まるさんかくしかく〇△☐Ⅱ

雑感・雑記・日記

0202 邪悪って何!

2021-09-26 10:32:12 | 雑感

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<2015-02-02 0202>
ジャーナリスト後藤健二さんの殺害事件は今朝の新聞にも掲載、「邪悪なる・・・」と決めつけるISIL(ISIS)のメッセージも書いてあった。邪(よこしま)な者達から邪悪と言われたくはないものだ。モスリムの人達からもイスラム教の名を借りたテロリストと反発される「イスラム国」という集団。

わずか100年200年前まで野蛮な戦争に明け暮れていた人類が、その社会や心身の荒廃の甚大さから漸く戦うことや征服すること以外の道を模索し始め、階級社会・宗教上の制約、封建社会・男尊女卑などの時代から徐々に進化してきたというのに、600年以上前のオスマン帝国時代を勝手に理想とし、勝手に国を作ったと宣言し、武力や虐殺によって恐怖政治を行なおうとしている。

こうしたことは、ついこの間「アラブの春」までも、結構あったのだろうが、そうしてみると「戦(いくさ)の時代」は、まだまだ終わったりしていないことを思い知らされる。

戦だけではない。日本でも「殺してみたかったから」という動機とも言えないような理由から殺人がなされている。

また近年は二つの世界戦争を含めても、それ以前の時代と比べて自然死以外の死者が格段に減っているというような話だし、一方で、過去5度ほどあった「大量絶滅(隕石の地球衝突などによる)」が、環境変化をもたらし続けた人類が原因で6度目が危惧されているとも言われる。

何かが狂ってきているのかもしれないが、この間も昼間の時間に宗教関係の人が「冊子をお読みになりますか?」とドアホンを鳴らしてきた。丁重にお断りした。信心すること、信仰することは大いに結構だ。けれども、かのイスラム教も、もとはといえばキリスト教・やユダヤ教と本(もと)を同じくするものらしい。そしてそれぞれが他宗を邪悪として血を流した歴史もあるようで、その時代の正義は宗教の名のもとに血生臭い自前の論理に盲従、殺戮や略奪、火炙り・ギロチンなどの拷問や他宗教の女性を凌辱し、奴隷・人身売買も当たり前だった。それが、神の名のもとに行われてきたのだ。

イスラムのコーランでは、多神教の人間は殺せ、とか書いてあるそうだし、女は外に出ることも顔や肌を出すことも禁忌らしい。豚を食うべからずという、ハラールのようなものまである。それはそれでいいのだが、旧約聖書が源流と言われるこうした宗教や、イスラムであってもスンニ・シーアと派があって反撥し合う。

太陽が、生命の源であり発展と恵みの象徴でありながら、同時に「死」の象徴ともなりうることは、紫外線で生命の死滅を防いでいるのが水や大気の存在にかかっているのだし(すでに豪州あたりでは皮膚ガンが深刻?)、砂漠の太陽は、まさに死の象徴でさえある。
宗教が心の救いをもたらす尊いものであることに疑いは無いが、「尊厳」・「正義」・「規範」などというものは、(神ではない)後の人間が後付けしていったもので、教祖・始祖はもっと大らかで肩に力みのないもののようである。

崇高で厳かである「べき」、荘厳である「べき」であるとする、後世の真摯でひたむきな「ひと」の解釈付与は、権威とともに「従わせる」という側面も持つ。その意味では、扱い方を間違えると、宗教もまた両刃の剣であり、禍福糾える縄であり、正邪ともに併せ持ってしまう可能性がある。神や仏というのも、すでに象徴的な偶像そのものに他ならない。


+++++++++++邪悪って
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2019.7.19 "私"を主役に仕立てて物事を見る習慣がつくと、周りの世界は全てが邪悪に見える。
2019.7.20 主役が誰か、それぞれが勝手に思い込むところに"忖度"も"いじめ"も起こり得る。他を叩く無形の杖は無用に。
2021.9.26 爬虫類の脳~大脳新皮質。それよりも更に脳は進化するのだろうか。覇権主義とか“かつての栄光”追わないさ。

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