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白夜の炎

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シリアをロシアに任せるアメリカ/田中宇のブログより

2015-12-22 12:23:59 | 軍事
「 12月15日、米国のケリー国務長官がモスクワを訪問し、シリア問題などについてプーチン大統領と会談した。米国はこれまで、アサド大統領が続投するかたちでシリア内戦が解決することに反対し、内戦終結よりもアサド辞任を重視する「政権転覆策」を進めてきたが、ケリーは米国がこの策を放棄すると表明し、シリア国民が選挙でアサドを再選するなら、アサド続投で内戦が解決してもかわないとモスクワで宣言した。ロシアは以前から、アサドに辞任を迫る米国の姿勢に反対しており、ケリーの訪露は、米国がシリア問題でロシアにすりより、ロシア主導でシリア内戦が解決していくことを促した。 (Assad can stay, for now: Kerry accepts Russian stance) (米国の政権転覆策の終わり)

 オバマ政権は全体としてロシア敵視の姿勢を続けているが、その中でケリーは以前からロシア訪問を繰り返し、政権内で親露的な役割を任されてきた。ケリーは今回の訪露で、全体的に従来よりさらにロシアにすり寄る姿勢を見せ、ロシア側を驚かせた。ケリーの訪露には、昨年ウクライナの親露政権を転覆して反露政権を据える担当をしたヌーランド国務次官補も同行した。プーチンと会ってはしゃぐケリーのかたわらでヌーランドは仏頂面で、プーチンに握手を求められてヌーランドが尻込みし、それをケリーが不安そうに見る場面もマスコミに流れた。 (US Finally Ends `Regime Change' Card) (John Kerry's Moscow Lovefest) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)

 ケリーの訪露を前にプーチンは、シリアで活動するロシア軍に対し、近隣にいる米軍やイスラエル軍と連携してISIS掃討の作戦を展開するよう命じている。これも、米国がロシアに歩み寄ったことの反映と考えられる。 (Putin Orders to Coordinate Russia's Actions in Syria With US Coalition)

 ケリーが訪露してプーチンにロシア主導のシリア問題解決を進めるよう促し、プーチンはそれを実行するが、米政府全体としてはロシア敵視を変えず、ロシアが勝手にシリア内戦に介入しているという解釈をマスコミに書かせる傾向が、以前から続いてきた。今回もそのパターンだ。今年10月に露軍がアサドに要請されてシリアに進出した時もこのパターンだった。昨年、ロシアがアサドと反政府派を和解させようとした時も、裏にケリーの訪露があったし、2013年に米国がシリア政府軍に化学兵器散布の濡れ衣(本当はトルコがヌスラ戦線にやらせた)をかけた後、ロシアの支援でシリアが化学兵器を廃棄した時も同様だった。 (ロシアのシリア空爆の意味) (シリア空爆策の崩壊) (無実のシリアを空爆する)

 オバマ大統領は、12月18日の年末記者会見で「シリアの内戦を終結し、派閥間の対立を乗り越えるため、指導者としての正統性がないアサドは辞任する必要がある」と述べた。アサドの辞任を内戦終結より重視する従来の米国は変わらないという表明で、ケリーが3日前にモスクワで発した宣言と矛盾している。 (Obama calls for removal of Syrian president Assad)

 だが、オバマの記者会見と同日の12月18日に開かれた国連の安全保障理事会では、ロシアが以前から提案してきたシリア内戦終結へのシナリオが、米国も賛成して可決された。可決された露案は、来年の元旦からアサド政権と反政府諸派が和解交渉を開始して半年以内に妥結し、その後1年以内に選挙を行う。その間にISISやアルカイダ(ヌスラ戦線)などのテロリストを退治するシナリオだ。このロシア案に対し、米国は従来「和解交渉の前にアサドが辞任しないとダメだ」と言って反対してきたが、今回はその反対を引っ込め、アサドの地位に関する文言を全部外した文書にして可決した。 (UN Security Council Endorses Syria Peace Plan, Split on Assad) (Obama Finally Commits To Putin's Syrian Policy - Yet Continues Violating It) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?)

 これらの全体の展開を、イスラエルの新聞は「アサドはたぶん辞めねばならないだろうとオバマが発言した」という「たぶん」をつけた見出しで報じている。 (As UN Endorses Syria Plan, Obama Says Assad Will Probably Have to Go)

 安保理が可決したのは「ロシア案」だが、ロシアは、このシナリオを最も現実的と考えて提案したのではない。テロリストでないシリアの反政府勢力は、政治的にも軍事的にも弱すぎて、まともな和解交渉にならない。最も現実的なシナリオは、アサド政権の正統性を認め、シリア政府軍がISISやアルカイダを掃討するのを外国勢が支援することだ。米国がアサドを嫌っているので、ロシアは「外交で解決しようとしたが無理なので軍事で解決する」という大義名分を得るため、安保理に和解交渉のシナリオを提案した。 (Why the US Pushes an Illusory Syrian Peace Process by Gareth Porter)

 サウジアラビア政府は12月9日、首都リヤドにシリア反政府諸派を集め、露案に基づく来年元旦からの和平交渉の「反政府側」の交渉の主体を作る話し合いを反政府諸派にやらせようとした。サウジが招待した反政府諸派のうち最大のものは、シリア北部を拠点とする「アフラル・アルシャム」(Ahrar al-Sham)で、サウジは彼らにアサド政権と交渉する主導役をやらせようとした。だが、リヤド会議に出席した同組織の代理人は「アサドは武力で打倒すべきで、交渉などとんでもない」と言い続け、2日間の会議の途中で退席して帰ってしまった。そもそもアフラル・アルシャムは、アルカイダとほとんど同一の組織であり、ロシアやイランは彼らをテロ組織とみなし、まっとうな反政府勢力と認めていない。 (Syria armed group Ahrar al-Sham quits Riyadh conference) (Syrian armed groups get most seats in committee set for talks with Assad) (ISIS-linked groups were present at Syria talks, Iran says)

 リヤド会議の失敗により、来年元旦に開始されるシリア政府と反政府諸派との和解交渉は、開催不能になっている。かたちだけ反政府勢力の代表を立てて交渉が始まるかもしれないが、反政府諸勢力の結束が得られない限り交渉は無意味だ。その一方で、露空軍がシリア軍を支援して進められるISISやアルカイダの掃討は続けられ、リヤド会議を蹴って退席したアフラル・アルシャムも、露軍との戦闘に負け、いずれ弱体化していくだろう。 (Video shows Syrian Islamist rebels, Ahrar al-Sham, firing canon at Russian airbase) (Syrian Government Forces Capture Strategic Rebel-held Mountain)

 軍事的な掃討が進むほど、反政府諸派は全体として弱くなる。後になるほど、和解交渉は反政府派に不利、アサド政権に有利になり、アサドの続投が容認される傾向になる。米英系の調査機関(ORB International)の今夏の調査によると、シリア国民の47%が、アサド政権はシリアの安定に寄与していると答えており、他の反政府諸勢力への支持よりも高かった。テロ組織を掃討して内戦を終結し、選挙を経てアサド政権が続投するというのが今後の現実的なシナリオで、ロシアが描くシナリオもこれだろう。 (Bashar Al-Assad Has More Popular Support than the Western-Backed "Opposition": Poll)

 オバマが、口ではアサドやプーチンを敵視しつつ、実際はケリーを繰り返し訪露させ、ロシアが大胆な中東戦略をやるようプーチンをけしかける策を続けるほど、中東は米国でなくロシアが主導する体制に転換していく。今回、米国がアサド敵視を引っ込めたとたん、ドイツは諜報機関をシリアに派遣してアサド政権と情報交換を行っていることを発表(新聞にリーク)し、いずれシリアで大使館を再開する構想も明らかにした。 ('German spies cooperating with Assad,' Bild reports) (German Intelligence "Cooperating" With Assad, Berlin May Reopen Embassy In Damascus)

 米政界では、共和党の大統領候補として最有力になったドナルド・トランプが、プーチンを評価するコメントを発し、自分が大統領になったら対露関係を好転させると宣言した。これを受けてプーチンも記者会見で、トランプを「有能な指導者」と評価する発言を行った。プーチンを賞賛することが、英仏やギリシャといった欧州だけでなく、米国でも、政治家の人気取りとして有効な策になっている。 (From Russia with love: Putin, Trump sing each other's praises) (欧州極右の本質)

 シリアの今後について、もう一つの不確定要素は、シリア北部に自治区(西クルディスタン、Rojava)を構築したクルド人だ。サウジ政府は、シリア反政府諸派を結束させるための会議に、クルド人の組織を一つも呼ばなかった。サウジはおそらく会議を開く前にトルコに相談し、クルド人を呼ばなかったのだろう。トルコは、自国と国境を接するシリア北部にクルド人の自治区ができることに強く反対している。トルコの反対姿勢が、シリアの安定を阻害する要因になっている。アサド政権が、クルドの自治区を認めないかもしれない点も不安要素だ。 (Kurdish-Dominated Group Seeks Role in Syria Peace Talks)

 しかしクルド問題も、シリアでは、すでに落としどころが見えている。まず、アサド政権は、すでにクルド自治区の構築を積極的に認めている。そもそも、2012年7月にアムダ(Amuda)、コバニ(Kobani)、アフリン(Efrin)というシリア北部の3つの町でクルド人が自治を開始した理由は、それまで3つの町に駐屯していたシリア軍が撤退し、クルド人の軍勢(YPG)に町を明け渡したからだった。アサド政権の方から、政府軍を他の地域でのISISやアルカイダとの戦闘に投入するため、積極的にクルド人の自治を認め、3つの町から軍を撤退した経緯がある。 (Rojava conflict - From Wikipedia)

 アサド大統領は先日、YPGに武器を支援していることを認める発言を行っている。シリア政府は、目立たないかたちで、かなり前からクルド人と協調する関係にある。米国も先月から、YPGに対して武器を支援している。シリアのクルド勢力を嫌っているのはトルコだけで、残りの米国やアサド政権、イラン、ロシアは、すべてクルド勢力に味方している。 (Assad admits sending weapons to Kurdish forces) (ロシアに野望をくじかれたトルコ)

 実のところトルコにとっても、シリアのクルド人は、それほどの脅威でない。シリアのクルド人の軍勢であるYPGは、トルコのクルド人の軍勢であるPKKが訓練して育てた。PKKはトルコでテロや武装蜂起を繰り返し、トルコ軍と激しい戦闘を繰り返して、トルコ政府から敵視されている。トルコは、敵視するPKKに育てられたYPGをも敵視しているというのが、報じられている構図だ。 (People's Protection Units - From Wikipedia) (Kurdistan Workers' Party - From Wikipedia)

 しかし調べてみると、YPGはPKKだけの子分ではなく、トルコのクルド人組織であるPKKと、イラクのクルド人組織であるKDP(クルド自治政府の与党)が連帯するために作った組織「クルド最高委員会」(Kurdish Supreme Committee)の傘下にYPGが存在する組織図になっている(正確には、PKKの傘下にあるシリアのクルド人組織PYDと、KDPの傘下にあるシリアのクルド人政党連合KNCが連立して作ったのがクルド最高委員会)。KDPは、トルコ・イラク国境沿いを行き来するゲリラであるPKKにイラク側の隠れ家を提供したり、PKKとトルコ政府の和解を仲裁するなど、PKKを支援しており、YPGが創設される時に自分たちも一枚かんでいる。KDPの軍隊であるペシュメガ(イラクのクルド軍)はクルドの軍勢の中で最も強く、YPGはPKKとペシュメガの両方の弟分になっている。 (Kurdish Supreme Committee - From Wikipedia) (Kurdish National Council - From Wikipedia)

 そして、KDPの独裁的な指導者であるマスード・バルザニ(イラクのクルド自治区の大統領)は、トルコのエルドアン大統領と仲が良い。内陸地域であるトルコのクルド自治区は、経済的にトルコの傘下にあり、石油も全量トルコに輸出している。つまり、トルコのエルドアン政権は、バルザニのKDPを通じて、KDPの弟分であるYPGなどシリアのクルド人自治区に対し、影響力を行使できる。シリアのクルド人が自治を持つこと自体は、トルコも容認せざるを得ない。だが、それ以上のトルコの脅威になることを、バルザニの監督下にあるYPGはやれないし、やらないだろう。トルコは、シリアのクルド人自治区と安定した関係を持てる関係性を、イラクのクルド人経由で、すでに獲得している。 (Masoud Barzani - From Wikipedia)

 いずれISISがシリアから追い出されると、次の焦点はISISの残りの領域であるイラクに移る。トルコは北イラクのバシカの基地に軍を派遣し、地元のスンニ派イラク人の軍勢と、クルド人の軍勢ペシュメガを訓練し、ISISが占領するモスルを奪還する動きを支援している。12月18日にはISISがバシカの基地を攻撃し、トルコとISISの関係が、秘密の同盟から敵対に転じた観がある。最近の記事に書いたように、これはイラクの安定化に寄与するが、同時にイラクの3分割(連邦化)に拍車をかけるので、イラク政府は(自前でスンニ派地域を安定化する意思と能力がないのに)トルコ軍の越境進出に反対している。 (イラクでも見えてきた「ISIS後」) (Iraq Kurds say repelled main IS offensive)

 米国はこの問題でも、倒錯的な態度をとっている。トルコ軍の北イラク進出はイラクの安定化に寄与するので、米国はイラク政府をなだめて、トルコ軍の進出を認めさせる方向に動くのが一つの合理的な策だが、オバマ政権は逆に、バイデン副大統領がイラクの首相に電話をかけて「トルコはけしからん。イラク政府に味方する」と伝えたことを明らかにしている。 (In Dramatic Reversal, US Vice President Biden Calls On Turkey To Withdraw Its Troops From Iraq) (White House: Turkey Must Remove `Unauthorized' Troops From Iraq)

 トルコは、自国に脅威を与えていないシリア駐留の露軍機を撃墜して国際的に悪者になったが、トルコは撃墜に踏み切る前にNATOの盟主である米国に相談して了承を得たはずだ。トルコは、武器を支援したり石油を買ったりしてこっそりISISを支援してきたことが暴露し、この面でも悪者になっているが、これも、もともとイラク駐留米軍が涵養したISISを、米国と同盟関係にあるトルコが支援した構図だ。これらのトルコの悪事は、いずれも米国が主犯でトルコは従者にすぎない。それなのに今回、トルコがISISに見切りをつけてイラクを安定化する地元勢力の軍事訓練に乗り出すと、米国はトルコのはしごを外し、ISIS支援や露軍機撃墜でも、トルコだけが悪いという状況が作られている。 (露呈したトルコのテロ支援) (トルコの露軍機撃墜の背景)

 トルコは米国からはしごを外されつつも、地元勢力がモスルをISISから奪還して北イラクを安定化する策に協力している。この動きに、意外なところから支援(かもしれない)動きが起こされた。それは、サウジアラビアが25年ぶりにイラクの首都バグダッドで大使館を再開し、北イラクのクルド自治区の首都アルビルにも領事館を開設することだ。イラク政府、すでに9月にサウジ大使館の要員たちにビザを発給していたと報じられているので、今のタイミングで実施されたことを特段重視すべきでない事象かもしれない。 (Saudi Arabia to Reopen Embassy in Baghdad After 25-Year Chill in Relations)

 しかしサウジは、ISIS支援やアサド敵視の策においてトルコの味方だった。アサド延命とISIS崩壊の可能性が高まり、トルコとサウジの策が失敗しつつある中で、今後の中東における影響力を確保したいサウジが、トルコのイラク安定化(連邦化)策に協力し、北イラクのクルド人と直接の関係性を築くため、バグダッドやアルビルに大使館を開設することは、納得できる動きだ。サウジは、イラクのスンニ派地域に隣接しており、モスル奪還を皮切りに、同地域がISISの支配から脱し、その後のスンニ派地域の主導勢力(自治政府?)が親トルコ・親サウジになれば、トルコとサウジは、北イラクのスンニ派とクルド人のそれぞれの自治政府をはさんで「地続き」になる。

 その一方でトルコは、ペルシャ湾岸のカタールに、初めての海外軍事基地を開設する相互協定を、カタール政府と締結した(1年前から両国間に軍事協定があった)。カタールは、サウジを盟主とするGCC(ペルシャ湾岸産油諸国)の一員であると同時に、トルコとカタールはともにムスリム同胞団やISISを支援してきた盟友関係にある。 (Turkey diversifies allies with first Mideast military base in Qatar) (Turkey Announces Military Base in Qatar)

(トルコ軍は北キプロスにも駐留しているが、北キプロスはトルコにとって準国内だ。キプロスは国連の仲裁を受け、南のギリシャ人と北のトルコ人の間の和解が、間もなく成立しそうだ。この件も深い意味を持っている感じなので、いずれ分析する) (UN chief says agreement to reunify Cyrus 'is within reach')

 トルコとサウジ、カタールというスンニ派3カ国によるこれらの動きからは、3カ国が、従来の米国による中東支配の体制下で動くことをやめて、相互に直接的な関係を構築し始めていることがうかがえる。シーア派系の諸国は、イラン、イラクのシーア派地域(中央政府)、シリア(アサドが非スンニ・広義のシーア派の一つであるアラウィ派)、レバノン(ヒズボラ)にかけての「逆三日月」の地域を影響圏として確立しつつある(クルド地域を経由しないと地続きでないので、クルドとの協調が不可欠)。イラク南部からサウジ東部、バーレーン、イエメンにかけての地域もシーア派が多く、サウジ王政の力が低下すると、これらの地域で分離独立傾向が強まる。

 米国の中東覇権が低下すると、このシーア派の影響圏に対抗するかたちで、スンニ派のサウジやトルコが自分たちの影響圏を自前で確保せざるを得なくなる。そのための要衝の一つが、イラクのスンニ派地域になる。とはいえ今後、米国(米英)の影響力が低下すると、スンニ派とシーア派の対立は、従来より弱まり、協調関係が増す。これまで米英は、イスラム世界の結束を弱めて中東支配を永続するため、スンニとシーアの対立を扇動し、間抜けなムスリム指導者たちが扇動に乗せられ対立してきた。米国の中東覇権が低下すると、最初はスンニとシーアの影響圏争いがひどくなるかもしれないが、どこかで決着がつき、その後は安定に向かうと予測される。

 米軍は最近、リビア政府軍を支援するため、20人の完全武装の特殊部隊を派遣したが、事前に了承をとる相手を間違えた結果、リビアに着いたとたん、彼らを迎えたリビア空軍から「事前に何も聞いていない。すぐに帰ってくれ」と滞在を拒否され、武装したまま、帰国を余儀なくされている。最近の米国の頓珍漢さと、覇権の低下を象徴する話だ。 (US Special Ops Kicked Out of Libya) (Deployment fail: US special ops forces arrive in Libya, immediately told to leave)

 リビアではその一方で、イタリアとロシア、米国、国連などが連携して、リビアで内戦する各派を調停し、シリア内戦終結策(つまりロシア案)をモデルとして、内戦を終結させようとする動きが起きている。イタリアはEU内でロシア制裁の継続に反対する声を上げるなど、最近「非米色」を強めている。米国による無茶苦茶な政権転覆策が破綻した後、ロシアなど非米的な勢力による現実的な解決策が軍事的、外交的に模索され、かなり時間がかかるだろうが、事態が安定化していきそうな流れが、シリア、イラク、リビアなどで起きている。 (Italy and US launch Libya peace push amid fears on Isis expansion) (Russia Sanctions Extended? Italy Blocks European Union's Proposal To Renew Legislation Amid Disagreements)」

http://tanakanews.com/151221syria.htm

石川文洋さん

2015-12-08 13:59:43 | 軍事
先週の日曜日-11月29日に、長岡のリリックホールで石川文洋さんの講演会があった。

沖縄出身で、ベトナム戦争の最前線で取材した石川さんは、今もお元気で、辺野古へ、福島へと飛び回っておられる。

いくつか心に残ったことを書きます。

第二次大戦の沖縄戦で、最後に日本軍に強要されて一過の自決を迫られた。それは家族同士が殺し合うことだった、と言うお話。

また今辺野古で抗議する市民に襲いかかる機動隊や、海上保安庁の隊員たちの表情。

ベトナム戦争では14人の日本人ジャーナリストが死亡したということも初めて知った。

ベトナムでは本当に第一線の自由な取材が許された。そしてベトナム解放戦線は - 今のIS等と違って -捕虜を殺さなかったので、彼らを取材するため多くのジャーナリストがわざと捕虜になった、と言ったお話もありました。そして第一線の自由な取材が、空爆に焼かれる市民の実情を世界に伝えて、それがベトナム反戦につながった。

今IS関連でシリア・イラクに爆弾やミサイルが落ちる。

その現場に誰も取材者がいない。

そしてそこから逃れてきた人々にテロリストの嫌疑がかけられる。

市民の立場に立った報道、市民の生活を再建し、未来を切り開くための視点はどこにあるのだろうか。

ロシア軍機撃墜の背景/田中宙氏のブログより

2015-12-05 18:37:02 | 軍事

トルコの露軍機撃墜の背景

2015年11月25日   田中 宇
 11月24日、シリア北部のトルコ国境沿いを飛行していたロシア軍の戦闘機が、トルコ軍の戦闘機から空対空ミサイルで攻撃され、墜落した。露軍機は、その地域を占領する反政府組織(アルカイダ傘下のヌスラ戦線と、昔から地元に住んでいたトルクメン人の民兵の合同軍)を攻撃するために飛行していた。地上ではシリア政府軍が進軍しており、露軍機はそれを支援するため上空にいた。露軍機のパイロット2人は、墜落直前にパラシュートで脱出して降下したが、下から反政府組織に銃撃され、少なくとも一人が死亡した(パラシュートで降下する戦闘機の乗務員を下から射撃するのはジュネーブ条約違反の戦争犯罪)。他の一人は、反政府組織の捕虜になっているはずだとトルコ政府が言っている。 (Nato meets as Russia confirms one of two pilots dead after jet shot down - as it happened) (Turkey's Stab in the Back) (US Backed "Rebels" Execute Russian Pilots While Parachuting, Caught On Tape)

 トルコ政府は「露軍機が自国の領空を侵犯したので撃墜した。露軍機が国境から15キロ以内に近づいたので、何度も警告したが無視された。撃墜の5分前には、撃墜するぞと警告した」と言っている。ロシア政府は「露軍機はずっとシリア領内を飛んでおり、トルコの領空を侵犯していない」と言っている。 (Turkey Shoots Down Russian Warplane Near Syrian Border)

 トルコ政府が国連に報告した情報をウィキリークスが暴露したところによると、露軍機はトルコ領内に17秒間だけ侵入した。米国政府(ホワイトハウス)も、露軍機の領空侵犯は何秒間かの長さ(seconds)にすぎないと発表している。 (Russia's turkey airspace violation lasted 17 seconds: WikiLeaks)

 トルコとシリアの国境線は西部において蛇行しており、トルコの領土がシリア側に細長く突起状に入り込んでいる場所がある。露軍機はシリア北部を旋回中にこのトルコ領(幅3キロ)を2回突っ切り、合計で17秒の領空侵犯をした、というのがトルコ政府の主張のようだ。 (The Russian Plane Made Two Ten Second Transits of Turkish Territory)

 領空侵犯は1秒でも違法行為だが、侵犯機を撃墜して良いのはそれが自国の直接の脅威になる場合だ。露軍機は最近、テロ組織を退治するシリア政府の地上軍を援護するため、毎日トルコ国境の近くを旋回していた。露軍機の飛行は、シリアでのテロ退治が目的であり、トルコを攻撃する意図がなかった。そのことはトルコ政府も熟知していた。それなのに、わずか17秒の領空通過を理由に、トルコ軍は露軍機を撃墜した。11月20日には、トルコ政府がロシア大使を呼び、国境近くを飛ばないでくれと苦情を言っていた。 (Turkey summons Russia envoy over Syria bombing 'very close' to border)

(2012年にトルコ軍の戦闘機が短時間シリアを領空侵犯し、シリア軍に撃墜される事件があったが、その時トルコのエルドアン大統領は、短時間の侵犯は迎撃の理由にならないとシリア政府を非難した。当時のエルドアンは、今回とまったく逆のことを言っていた) (Erdogan in 2012: Brief Airspace Violations Can't Be Pretext for Attack)

 トルコが今回、露軍機を撃墜した真の理由は、17秒の領空侵犯を脅威に感じたからでない。真の理由は、シリア領内でトルコ政府(諜報機関)が支援してきたトルクメン人などの反アサド勢力(シリアの反政府勢力)を、露軍機が空爆して潰しかけていたからだった。トルコ側が露軍機に警告したのは「トルコの仲間(傀儡勢力)を爆撃するな」という意味だったので、空爆対象をテロ組織とみなす露軍機は、当然ながら、その警告を無視した。 (Turkish blogger warned Erdogan wanted to shoot down a Russian plane to provoke a conflict with Russia)

 2011年のシリア内戦開始以来、トルコは、シリア北部のトルコ国境沿いの地域に、反アサド勢力が安住できる地域を作っていた。アルカイダやISISなどのテロ組織は、この地域を経由して、トルコ国内からシリア各地に武器や志願兵を送り込むとともに、シリアやイラクで占領した油田からの石油をタンクローリー車でトルコに運び出していた。もともとこの地域には、トルコ系の民族であるトルクメン人や、クルド人が住んでいた。トルクメン人はトルコの代理勢力になったが、クルド人は歴史的にトルコから敵視されており、トルコ軍はクルド人を排除しようと攻撃してきた。 (ロシアに野望をくじかれたトルコ)

 9月末の露軍のシリア進出後、露軍機の支援を受け、シリア政府軍やシーア派民兵団(イラン人、イラク人、レバノン人)の地上軍がシリア北部に進軍してきた。シリア北部では、東の方でクルド軍が伸張してISISやヌスラをたたき、西の方でシリア政府軍などがヌスラやトルクメン人をたたく戦闘になり、いずれの戦線でも、トルコが支援するISISやヌスラ、トルクメン人が不利になっている。ISISやヌスラは純然たるテロ組織だが、トルクメン人はもともと住んでいた少数民族でもあるので、トルコはその点を利用して最近、国連安保理で「露軍機が、罪もないトルクメンの村を空爆している」とする非難決議案を提出した。 (Turkey seeks U.N. Security Council meeting on Turkmens in Syria: sources)

 実のところ、シリア北部のトルクメン人は、トルコから武器をもらい、テロ組織のアルカイダ(ヌスラ)に合流してシリア政府軍と戦っている。ロシアの認識では、彼らはテロ組織の一味だ。シリア内戦の終結をめざして11月に始まったウィーン会議でも、シリア北部のトルクメン人について、ロシアはテロ組織だと言い、トルコはそうでないと言って対立している。この対立が、今回のトルコによる露軍機撃墜の伏線として存在していた。 (Russia vs.Turkey: Conflicting Stories re: Fighter Shootdown and What Next - Analysis)

 シリアでは今回の撃墜が起きた北西部のほか、もう少し東のトルコ国境近くの大都市アレッポでも、シリア政府軍がISISやヌスラと戦っている。さらに東では、クルド軍がISISと対峙している。これらのすべてで、露シリア軍が優勢だ。戦況がこのまま進むと、ISISやヌスラはトルコ国境沿いから排除され、トルコから支援を受けられなくなって弱体化し、退治されてしまう。トルコは、何としても国境の向こう側の傀儡地域(テロリストの巣窟)を守りたい。だから17秒間の領空侵犯を口実に露軍機を撃墜し、ロシアに警告した。 (Turkey Raising Black Flag of ISIL by Shooting Down Russian Plane) (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出)

 先日、ISISの石油輸出を阻止するロシア提案の国連決議2199が発効し、露軍や仏軍が精油所やタンクローリー車を空爆し始め、ISISの資金源が急速に失われている。ISISがトルコに密輸出した石油を海外に転売して儲けている勢力の中にエルドアン大統領の息子もおり、これがエルドアンの政治資金源のひとつになっているとトルコの野党が言っている。トルコはシリア内戦で不利になり、かなり焦っている。 (Russian aviation destroys three major oil facilities in Syria) (Russian Media claims Erdogan's son behind downing of Russian Su-24)

 9月末の露軍のシリア進出後、トルコは国境地帯をふさがれてISISを支援できなくなりそうなので、急いで世界からISISの戦士になりたい志願者を集めている。9月末以来、イスタンブールの空港や、地中海岸の港からトルコに入国したISIS志願兵の総数は2万人近くにのぼっていると、英国のガーディアン紙が報じている。 (Is Vladimir Putin right to label Turkey `accomplices of terrorists'?)

 今回の露軍機撃墜に対し、米政府は「露トルコ間の問題であり、わが国には関係ない」と表明している。だが、実は米国も関係がある。撃墜された露軍機のパイロットを捜索するため、露軍はヘリコプターを現地に派遣したが、地上にはアルカイダ系のテロ組織(形式上、穏健派とされるFSAの傘下)がおり、やってきたヘリに向かって小型ミサイルを撃ち、ヘリは何とかテロ巣窟の外側のシリア軍の管轄地まで飛んで不時着した。この時、テロ組織が撃ったミサイルは、米国のCIAが「穏健派」の反アサド勢力を支援する策の一環として贈与した米国製の対戦車砲(TOWミサイル)だった。テロ組織自身が、露軍ヘリに向かってTOWを撃つ場面の動画を自慢げに発表している。この動画は、米国が「テロ支援国家」であることを雄弁に物語っている。 (FSA video claims Russian-made helicopter hit with US-made TOW missile near Su-24 crash site) (U.S.-Backed Syrian Rebels Destroy Russian Helicopter with CIA-Provided TOW Anti-Tank Missile) (露呈するISISのインチキさ)

 トルコはNATO加盟国だ。NATOは、加盟国の一つが敵と戦争になった場合、すべての同盟国がその敵と戦うことを規約の5条で義務づけている。そもそもNATOはロシア(ソ連)を敵として作られた組織だ。戦闘機を撃墜されたロシアがトルコに反撃して露土戦争が再発したら、米国を筆頭とするNATO諸国は、トルコに味方してロシアと戦わねばならない。これこそ第3次世界大戦であり、露軍機の撃墜が大戦の開始を意味すると重大視する分析も出ている。ロシアとNATO加盟国の交戦は60年ぶりだ。 (Russia shooting highlights Ankara defiance) (World War 3 risk as Turkey threatens Russia with 'serious consequences')

 ここ数年、米欧日などのマスコミや政府は、ロシア敵視のプロパガンダを強めている。NATO加盟国のトルコの当局は、ロシアと対決したら世界が自国の味方をしてくれると考えているだろう。だが、私の見立てでは、世界はトルコに味方しにくくなっている。今回の露土対立は、世界大戦に発展しにくい。 (No, Turkey shooting down a Russian warplane will not spark World War III) (Turkey-Russia Confrontation Risks World War Or Impotent NATO)

 ISISやアルカイダの創設・強化は米軍の功績が大きい。米国は、ISISやアルカイダを敵視するふりをして支援してきた。ロシアとISISとの戦いで、米国主導の世界の世論(プロパガンダ)は「ISISは悪いけどロシアも悪い」という感じだった。だが、先日のパリのテロ以降、それまで米国のマッチポンプ的なテロ対策に同調していたフランスが本気でISISを退治する方に傾き、国際社会の全体が、ロシア主導のISIS退治に同調する傾向になっている。ISISへの加勢を強めているトルコと裏腹に、世界はISISへの敵視を強めている。 (Turkey-Russia tensions muddy anti-Isis alliance in Syria) (France Wants Grand Coalition Against ISIS, But US Still Seeks to Exclude Russia)

 その中で、今回の露軍機の撃墜は、露土戦争に発展すれば、ISISやトルコよりロシアの方が悪いという、善悪観の逆転を生むかもしれない。トルコはそれを狙っているのだろう。だが、ロシアがうまく自制し、国際社会を「やっぱり悪いのはISISだ」と思わせる方向に進ませれば、むしろISISやアルカイダを支援してロシアに楯突くトルコの方が「テロ支援国家」で悪いということになる。 (Assad only winner after Russian jet downed)

 フランスなどEU諸国はすでに今秋、トルコが国内にいた大勢のシリア難民をEUに流入させ、難民危機を誘発した時点で、トルコへの不信感を強め、シリア内戦を終わらせようとアサドの依頼を受けて合法的にシリアに軍事進出したロシアへの好感を強めている。今後、トルコがNATO規約5条を振りかざして「ロシアと戦争するからEUもつきあえ」と迫ってくると、EUの方は「騒動を起こしているのはトルコの方だ」と、ロシアの肩を持つ姿勢を強めかねない。露軍機が17秒しか領空侵犯していないのにトルコが撃墜したことや、トルコがISISを支援し続けていることなど、トルコの悪だくみにEUが反論できるネタがすでにいくつもある。難民危機も、騒動を扇動しているのはトルコの方で、ロシアはテロ組織を一掃してシリアを安定化し、難民が祖国に戻れるようにしようとしている。これらの状況を、EUはよく見ている。 (Turkey's attack provocation to split int'l anti-terrorist coalition - French politician)

 米国の外交政策立案の奥の院であるシンクタンクCFRの会長は「ロシアを敵視するトルコの策はISISをのさばらせるだけだ」「トルコはかつて(世俗派政権だったので)真の意味で欧米の盟友だったが、今は違う(エルドアンの与党AKPはイスラム主義だ)。形式だけのNATO加盟国でしかない」と、やんわりトルコを批判し「ロシアのシリア政策には良いところがけっこうある」とも書いている。 (Opponents of Isis must influence not isolate Russia)

 トルコは、国内で使用する天然ガスの6割近くをロシアから輸入している。エネルギー総需要の2割がロシアからの輸入だ。こんな状態で、トルコはロシアと戦争に踏み切れない。ロシアは、軍事でトルコを攻撃する前に、契約の不備などを持ち出してガスの供給を止めると脅すことをやるだろう。 (Russia Declares Warplane Downing A "Hostile Act" But Will It Cut Turkish Gas Supplies?)

 それよりもっと簡単な報復策を、すでにロシアは採り始めている。それは、これまで控えていた、トルコの仇敵であるシリアのクルド人への接近だ。露政府は最近、シリアのクルド組織(PYD、クルド民主統一党。クルド自治政府)に対し、モスクワに大使館的な連絡事務所を開設することを許した。シリアのクルド組織に対しては最近、米国も接近している。米軍は50人の特殊部隊を、PYDの軍事部門であるYPDに顧問団として派遣し、ISISとの戦いに助言(もしくはスパイ?)している。シリアのクルド人自治政府に発展していきそうなPYDに、すでに米国が接近しているのだから、ロシアが接近してもまったく問題ない。困るのはトルコだけだ。 (Syrian Kurdish PYD to open representative office in Moscow)」

「核の冬」再び

2015-08-10 17:05:12 | 軍事
日経サイエンスより

「 米国とソ連の間で核戦争が起こると「核の冬」が生じうることを25年前,複数の国際科学チームが示した。都市と工業地域に落とされた爆弾で大火災が生じ,その煙が地球を包み込んで日光を吸収,地表は温度が下がり暗く乾燥して,世界中の植物が枯れ,食物供給が絶たれるだろう。地表の温度は夏場でも冬の値に下がる。この予測は2つの超大国の指導者に米ソの軍拡競争が当事国だけでなく全人類を脅かす可能性を突き付け,核軍拡競争を終わらせる重要な要因となった。

 冷戦が終わったいま,なぜこの話題を取り上げるのか? 他の国々が依然として核兵器を保有・取得しようとするなか,より小規模な局地核戦争でも同様の世界的破局が起こりうるからだ。新たな解析の結果,例えばインドとパキスタンの衝突によって100発の核爆弾(世界に2万5000発以上ある核弾頭のわずか0.4%)が都市と工業地域に落とされると,世界の農業を麻痺させるに十分な煙が生じることがわかった。局地核戦争は当事国から遠く離れた国々にまで犠牲者を生む恐れがある。

 私たち著者2人は共同研究者とともに,最新のコンピューターと気候モデルを用いて,1980年代の「核の冬」の考え方が正しいだけでなく,核の冬の影響はそれまで考えられていたよりもずっと長く,少なくとも10年間は続くことを示した。そして数十年間にわたる影響を評価する計算を行い(現在の高速コンピューターで初めて可能になった),また海洋と大気全体を計算に含めて(これも初めて可能になった),局地核戦争であっても,その煙は太陽光によって暖められて上昇し,高層大気中に何年も浮遊して日光を遮断し,地球を冷やし続けることを見いだした。

 核拡散と政治的不安定,都市部への人口集中が組み合わさり,社会は人類史上かつてない大きな危険にさらされる恐れがある。悪夢が現実になるのを防ぐには,核兵器を廃絶するしかない。米ロの保有核兵器を他の核保有国と同水準(数百発)にただちに削減すれば,抑止力を維持しつつ,核の冬の可能性を減らし,核廃絶という最終目標に向けて他の国々を後押しできるはずだ。
著者
Alan Robock / Owen Brian Toon
ロボックはラトガーズ大学教授(気候学)で同大学の環境予測センター副所長。気候変動のさまざまな側面を研究している。米国気象学会フェローのほか,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のメンバーでもある。トゥーンはコロラド大学ボールダー校の大気・海洋科学科の学科長で,同校の大気・宇宙物理学研究所フェロー。米国気象学会および米国地球物理学会のフェローでもある。

原題名
Local Nuclear War, Global Suffering(SCIENTIFIC AMERICAN January 2010)」

http://www.nikkei-science.com/page/magazine/1004/201004_078.html

「集団的自衛権の行使はイラク戦争のときに既にやっていた」

2015-08-06 16:43:47 | 軍事
「「集団的自衛権の行使はイラク戦争のときに既にやっていた」

2008年,4月17日,名古屋高等裁判所民事第3部(青山邦夫裁判長、坪井宣幸裁判官、上杉英司裁判官)は,自衛隊イラク派兵が憲法違反であることの確認などを求めた訴訟(自衛隊イラク派兵差止訴訟)において,判決理由の中で、「現在,航空自衛隊がイラクにおいてアメリカ兵等武装した兵員の空輸活動を行っていることは,憲法9条1項に違反する」との違憲判断を行った。
高等裁判所において,自衛隊が現に行っている活動について憲法9条1項違反が認められたのは日本国憲法制定後初めてのことであり,歴史的な意義を有する画期的な判決である。
判決では,現在のイラクの情勢について「多国籍軍と武装勢力との間のイラク国内における戦闘は,実質的には平成15年3月当初のイラク攻撃の延長であって,外国勢力である多国籍軍対イラク国内の武装勢力の国際的な戦闘である」,特に首都バグダッドは「イラク特措法にいう『戦闘地域』に該当するものと認められる」と判断した。
その上で,航空自衛隊がアメリカからの要請を受け,アメリカ軍等との調整の上で,バグダッド空港への空輸活動を行い,空輸活動において武装した多国籍軍の兵員を輸送していることを認定した。この空輸活動について「それ自体は武力の行使に該当しないものであるとしても,現代戦において輸送等の補給活動もまた戦闘行為の重要な要素であるといえることを考慮すれば,多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っているものということができる」とし,「少なくとも多国籍軍の武装兵員を,戦闘地域であるバグダッドへ空輸するものについては,他国による武力行使と一体化した行動であって,自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない行動であるということができる」と判示した。そして「現在イラクにおいて行われている航空自衛隊の空輸活動は,政府と同じ憲法解釈に立ち,イラク特措法を合憲とした場合であっても,武力行使を禁止したイラク特措法2条2項,活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し,かつ,憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる」と述べて,憲法9条1項に違反することを明確に認めた。
加えて、判決では平和的生存権は「全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利であるということができ、単に憲法の基本的精神や理念を表明したに留まるものではない」とし、平和的生存権の具体的権利性を正面から認めた点も高く評価できる。

http://www.aiben.jp/page/frombars/topics2/329iken.html

自衛隊のイラク派兵差止等請求控訴事件
名古屋高裁違憲判決(全文)
(判決:2008年4月17日・確定:2008年5月2日)
http://www.kyodo-center.jp/ugoki/kiji/080417.htm

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-3397.html

敗戦・日本人の解放への端緒

2015-05-14 14:10:57 | 軍事
 日本人は自らが行った植民地支配の夢からまだ覚めていない。あの破局的な敗戦は、中国や朝鮮の人々の抵抗と闘いの結果であり、彼らによって日本人自身が軍と天皇制による非人道的な支配体制から解放されたのだということを理解する必要がある。

宮柊二「山西省」より

2015-04-03 18:51:33 | 軍事
 宮柊二は日本を代表する歌人の一人。北原白秋の弟子である。

 彼は昭和十四年から十八年まで徴兵されて中国山西省で一兵士として従軍した。

 その頃詠んだ歌を戦後発表したのが歌集『山西省』である。

 冒頭におかれているのは以下の歌。

 「夜の電話 新潟県長岡駅において招集下令を知る。昭和十四年八月上浣、故郷へ向かフ旅上也。

  遠くより伝はりきつつふるさとの夜の電話に低き姉の声」

 そして戦地での歌が続く。

 昭和十六年

 「帯剣の手入れをなしつ血の曇り落ちねど告ぐべきことにもあらず」

 昭和十七年 中原攻勢の後の歌

 「左前頸部左セツジュ部穿透性貫通銃創と既に意識なき君がこと記す

  胸元に銃剣受けし捕虜二人青深き谿に姿を呑まる」

 「断片」より

 「費孝通著「支那の農民生活』 此処に述べし開弦弓村も今は亡し戦火を浴びて亡しと結べり」

 昭和十八年 展望の見えない戦場の情景に、中国共産党の姿が浮かび上がる。

 「浮かびくる中共論理の言語群、春耕、犠牲・統一累進税」

 敗戦後出版した歌集への「続後記』より

 「昭和十六年十二月八日アメリカと戦争状態に入った、という部隊電報があった。私たちは息をのんだ。

 髪の中に秘めた連絡報を発見されて捕らえられて来た二十歳位の女の密偵は『私は中共軍の兵士です』とだけしかいわなかった。その短い言葉は氏のような美しさに張っていた。そしてその夜自ら死を選んでいった。

 炎昼の喝に堪へ難いであろうと、既に人影を見ぬ農家の庭から梨をもいで捕虜に与えようとしたが、「私たちは老百姓の作物を無償でもらってはいけぬことになっている』と答えて見向くことをしなかったとき、その青年は静かな目をしていた。そして舌を噛み切って死んでいった。

 中国ははっきりとした将来の自信に立って、犠牲を見守り見送っていた。・・・」

 

特攻70年:「特攻は日本の恥部、美化は怖い」 保阪正康さんインタビュー

2014-10-24 17:16:03 | 軍事
「特攻とは何か。特攻隊員たちの遺書が自身の執筆活動の原点というノンフィクション作家、保阪正康さん(74)に聞いた。【聞き手・高橋昌紀/デジタル報道センター】

       ◇        ◇

 ある元海軍参謀にインタビューをした際、戦時中の個人日誌を読ませてもらったことがあります。特攻隊についての記述があり、「今日もまた、『海軍のバカヤロー』と叫んで、散華する者あり」と記してありました。部外秘の文字も押されて。この元参謀によると、特攻機は離陸した後はずっと、無線機のスイッチをオンにしているそうなんですよ。だから、基地では特攻隊員の“最後の叫び”を聴くことができた。「お母さーん」とか、女性の名前もあったそうです。「大日本帝国万歳」というのはほとんどなかった。ところが、そうした通信記録は残っていない。故意に燃やしてしまったに違いありません。“軍神”が「海軍のバカヤロー」と叫ぶ。それは当局にとって、隠蔽(いんぺい)すべきことだったでしょうから。

 高校時代に「きけわだつみのこえ」を読みました。それが特攻隊について、考えるようになった契機です。その後、生き残りの隊員や遺族らに取材を重ねてきました。学徒出陣した上原良司氏(陸軍大尉。1945年5月、沖縄で戦死)の妹さんは、兄と仲間たちの会話を手帳に残していました。彼らは「向こうの奴(やつ)ら(=米軍)何と思うかな」「ホラ今日も馬鹿(ばか)共が来た。こんな所までわざわざ自殺しに来るとは間抜けな奴だと笑うだろうよ」と言い合っていたそうです。取材後の彼女の何気ない言葉は重く、響いています。「指揮官たちは『後に続く』と言いながら、誰も飛び立たなかったそうです。その言葉を信じた兄たちが事実が分かったら、どんな気持ちになるでしょう」

 高級参謀をはじめ、日本の職業軍人とは何者だったのでしょうか。英国は階級社会ですが、国を守るという点では王族・貴族もありません。戦争で死ぬということについて、平等性がある。戦争に貴賤(きせん)なしです。日本でも高松宮さまなどは前線勤務を希望していたようです。ある陸軍大学校出身の元参謀には「息子を入学させるなら、陸大だよ」と言われました。彼の同期50人ほどのうち、戦死は4人だけだったそうです。エリートは前線に行かず、戦争を美化するんです。

 兵士への危険負担を限りなく、低くすることが本来の指揮官の役割です。国民的バックグラウンドの下で、西洋の民主主義国家にはそれがあった。彼我の戦力を客観的に分析する。物量主義も、兵士を死なせないためにあるんです。日本にあったのは生煮えの軍事学です。仏独に学んだ上っ面だけの西洋軍事学に“日本精神”である武士道を乗っけた。「武士道と云(い)ふは死ぬこととみつけたり」(「葉隠」)の文言だけを取り出し、都合良く利用した。

 特攻は日本の恥部です。命を慈しむ日本の文化や伝統に反することです。命中率99%であったとしても、だめなんです。志願を建前としていましたが、実際には強制でした。本人が望んでいない死を要求し、死なせる。こんなものは軍事ではない。国家のため、大義のためという、自己陶酔でしかない。戦争とは人の生死をやり取りする闘争です。ロマンなどないんです。特攻は米軍に畏怖(いふ)心を与え、日本本土上陸をためらわせた−−との説がありますが、とんでもない。米軍は暗号名「コロネット」「オリンピック」などの上陸作戦を着々と準備していました。一方の日本軍は「義勇兵役法」で国民の根こそぎ動員を決め、1億総特攻に駆り出そうとしていた。国民一人一人が特攻要員だったんです。

 「特攻隊員は我々である」との視点が必要です。あの時代に生きていれば、あの時代が繰り返されれば、自分も特攻隊員になるかもしれない。特攻を考える時、必要なのは同情ではなく、連帯感です。隊員の苦衷、苦悶(くもん)が分かれば、美化することなどできないはずです。「特攻で死んだ人に失礼ではないか」「彼らのおかげで今の日本がある」などと言ってくる人がいます。どうして、そんな軽々なことを言えるのか。特攻を命じた指揮官たちと変わりませんよ。

 クラウゼビッツ(プロイセンの軍事学者)は戦争を「他の手段をもってする政治の延長」と位置付けました。本来は政治こそが、軍事の上になければならなかった。日本が陥った軍部独裁は政治家たちだけの責任でもありません。国民も軍をもてはやし、甘やかした。勝つことこそが軍の目的ですから、負けると分かっても戦争をやめることなどできなかった。行き着いた先が特攻です。

 特攻について、時に涙が止まらなくなるほどの感傷を持っています。それとともにわき上がるのは軍への怒りです。この二つがあってこそ、特攻に向き合えるのではないでしょうか。どちらかに傾いてもいけない。特攻は時代を測るメルクマールだと思っています。いたずらに美化することは非常に怖いことです。集団的自衛権によって、自衛隊が海外派兵される可能性が高まっています。良くも悪くも、軍隊というものには国民性が表れます。今こそ、旧軍について、十分に検証すべきです。それが無くては、特攻というシステムを採用するような組織が再び、生まれてしまうかもしれません。

 ◇ほさか・まさやす

 1939年、札幌市生まれ。74歳。同志社大文学部卒。出版社勤務を経て、著述活動に入る。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。長年の昭和史研究で2004年に菊池寛賞を受賞した。」

http://mainichi.jp/feature/news/20141024mog00m040003000c.html

ドイツが冷戦期の情報収集に関する英米との協定を終了/AP

2014-10-20 13:32:49 | 軍事
"BERLIN (AP) ― Germany canceled a Cold War-era surveillance pact with the United States and Britain on Friday in response to revelations by National Security Agency leaker Edward Snowden about those countries' alleged electronic eavesdropping operations.

The move appeared largely symbolic, designed to show that the German government was taking action to stop unwarranted surveillance directed against its citizens without actually jeopardizing relations with Washington and London. With weeks to go before national elections, opposition parties had seized on Snowden's claim that Germany was complicit in the NSA's intelligence-gathering operations.

Government officials have insisted that U.S. and British intelligence were never given permission to break Germany's strict privacy laws. But they conceded last month that an agreement dating back to the late 1960s gave the U.S., Britain and France the right to request German authorities to conduct surveillance operations within Germany to protect their troops stationed there.

"The cancellation of the administrative agreements, which we have pushed for in recent weeks, is a necessary and proper consequence of the recent debate about protecting personal privacy," Germany's Foreign Minister Guido Westerwelle said in a statement.

British Foreign Office brushed off the significance of the German move. "It's a loose end from a previous era which is right to tie up," the Foreign Office said in a statement, noting that the agreement had not been used since 1990.

A spokeswoman for the U.S. embassy in Berlin, Ruth Bennett, confirmed that the agreement had been canceled but declined to comment further on the issue.

A German official, speaking on condition of anonymity, also said the cancellation would have little practical consequences.

He said the agreement had not been invoked since the end of the Cold War and would have no impact on current intelligence cooperation between Germany and its NATO allies. The official spoke on condition of anonymity because he wasn't authorized to publicly discuss the issue.

Germany is currently in talks with France to cancel its part of the agreement as well.

Public reaction in Germany to Snowden's revelations was particularly strong, with civil rights campaigners recalling the mass surveillance carried out by secret police in communist East Germany and during the Nazi era. Chancellor Angela Merkel went so far as to raise the issue of alleged NSA spying with President Barack Obama when he visited Berlin in June.

"The government needs to do something to show voters it's taking the issue seriously," said Henning Riecke of the German Council on Foreign Relations, a Berlin-based think tank. "Ending an agreement made in the pre-Internet age gives the Germans a chance to show they're doing something, and at the same time the Americans know it's not going to hurt them. Given the good relations between the intelligence agencies, they'll get the information they need anyway."

According to Snowden, Germany has been a particular focus on U.S. intelligence gathering operations in recent years. Several of those who plotted and carried out the Sept. 11, 2001, terror attacks in the United States had lived in Germany.

In March 2011, two U.S. Air Force members were killed and two wounded when a gunman from Kosovo fired on a military bus at Frankfurt International Airport. The gunman told police he was motivated by anger over the U.S.-led wars in Iraq and Afghanistan."

http://bigstory.ap.org/article/germany-nixes-surveillance-pact-us-britain#

中国の核兵器とアジア情勢/ロシアの声

2014-10-19 17:28:13 | 軍事
「 中国軍の高官による核兵器への言及は頻繁になっており、国営メディアもこれを盛んに報道している。一例を挙げれば、先日、新型大陸間弾道ミサイルDF-31Aの発射実験の模様が、TVで放映された。2006年に軍の装備に加えられて以来、初の実射だ。

より重要なのは、中国の核ドクトリンが原則的に見直されている様子が見られることだ。核兵器の将来的役割に関する議論の例として、軍事評論家で少将のチャオ・リャナ(乔良)氏がチュウンゴ・ハンチャンバオ(中国航天报)紙に掲載した論文が挙げられるだろう。論文では、ロシアの経験を研究し・承継するのが合理的であるということ、核兵器の先制使用の制限を破棄すること、核兵器を中国の平和的な発展を保証するものとすること、が明けすけに語られている。

米国はMD(ミサイル防衛)システムなど、中国を念頭に置いた軍事インフラの整備を進めており、「全地球即時攻撃」システムの構築といったプログラムまで温めている。こうした状況にあっては、中国としても、戦略核兵器を質・量ともに増強させていくほか、取るべき手立てがない。

新型核兵器の開発プログラムの数においては、中国は世界第一であろう。諸々のデータを見ると、製造に向けて準備が進んでいる新型核兵器の種類は、実に多い。現在保有されている核兵器の数を加えれば、2020年代半ばごろには、中国は少なくとも600発の戦略核ミサイルを配備し、将来的にはロシアと米国、2つの核超大国に次ぐ位置を占めるに至るだろう。
米国は戦略核兵器を継続的に減少させており、現政権ではその動きがさらに加速している。これにより、戦略核ミサイルの配備数で中国が米国と事実上の均衡を形成することが、ある程度可能になってきている。

中国の核ポテンシャルの急激な高まりに応じ、米国がアジアの同盟諸国に提供している安全保障サービスも修正を迫られている。日本が中国と軍事的に衝突すれば、いくつかの街が壊滅するなどという生易しいことでは済まず、列島が丸ごと灰燼に帰すというような状況では、米国の救援をただ待っているなどという体勢が取れるはずが無い。

冷戦時代、欧州諸国は、米国およびNATOにおける米国のパートナー諸国から少なくないものを期待していた。欧州のどこかの国がソ連と衝突した場合に米国からの救援を有効に取り付けるためのメカニズムの構築が盛んに行われていた。それでも英国とフランスは、高い対価を払って、自前の核兵器を開発した。経済規模でこの2国に匹敵するドイツとイタリアは、戦後のステータスのため、プロジェクトが実現できず、涙を呑んだ。

アジアにおける核の対立は今後どのような展開を見せるか?この問題は今こそアクチュアルである。

ヴァシーリー カシン

国際, アジア・オセアニア, 戦術核, 中国, 核抑止, アジア太平洋地域, 政治

続きを読む: http://japanese.ruvr.ru/2014_01_27/127895353/

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相模原の男性が語り続ける 慰安婦への加害の記憶

2014-07-14 18:06:12 | 軍事
「中国の女性たちを強姦する日本兵に私は避妊具を配った-。先の戦争で自ら手を染めた後ろ暗い過去と向き合い、告白を続ける人が相模原市南区にいる。元牧師の松本栄好さん、92歳。「傍観していた私は『戦争犯罪人』だ」。歴史への反省がかすむ社会に今、伝え残したいことが多くある。「従軍慰安婦は確かに、いた。私が証人だ」 



 筒状の器具を性器に差し込み、のぞき込む。炎症で赤くなっていないか。できものは見当たらないか。月に1度の性病検査。軍医の手伝いが衛生兵、松本さんの任務だった。

 女性の体を思ってのことではなかった。

 「兵力を維持するためだった」

 戦地や占領地では日本軍人の強姦が問題になっていた。住民の反感を買えば、治安の悪化を招き、占領はおぼつかない。一方、不衛生な現地の売春宿では性病に感染する恐れがある。病気になれば兵隊として使い物にならなくなる。強姦防止と性病予防が慰安所の目的だった。

 中国山西省盂県に出征したのは1944年2月。当時21歳。城壁で囲まれた大隊の拠点に慰安所はあった。

 「慰安婦としていたのは20代ぐらいの6、7人。日本の着物ではなかった。兵隊たちが『朝鮮ピー』と呼んでいたので、彼女たちが朝鮮の人々なのだと分かった」

 半年後、分遣隊として数十キロ離れた上社鎮という占領地区に移り、慰安所は強姦の歯止めになるどころか性的欲求をあおり、拍車を掛けていることを知る。

 「慰安所は大隊本部にしかなかった。だから兵隊たちは『討伐』と称し、村々で食料を奪うのと同時に女性たちを強姦していった」

 犯す前、松本さんは避妊具を手渡した。「気を付けろよ」。病気になるなという念押しだった。

 強姦は当時の軍刑法でも禁じられていた。「私はトルストイの禁欲主義に傾倒していて、性行為への嫌悪感が勝っていた」。それでも、目の前で繰り広げられる光景に疑問も罪悪感も湧かなかった。

 

■問題は強制の有無か

 やはり分遣隊が「討伐」に繰り出したある日、逃げ遅れた女性を拉致した。

 「20~30代ぐらいまでの7、8人。兵隊たちにとっては『戦果』だった」

 従軍慰安婦の問題をめぐっては、軍の関与と強制性を認めた河野洋平官房長官談話の見直しを求める声が一部の政治家から上がり続ける。第1次安倍政権では「政府が発見した資料の中には、軍や官憲による、いわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」と明記した政府答弁書が閣議決定されている。

 松本さんは首を振り、証言を続ける。

 「女性たちは自ら歩かされ、連れてこられた。悲鳴を上げたり、騒ぐこともなかった。あの状況で逃げ出したり、抵抗したりすることにどんな意味があったか。抵抗すればいつ危害が加えられるか分からない。その絶望になぜ思いをはせないのか」

 女性たちは駐屯地の兵舎の片隅に監禁され、「兵隊たちはそこで代わる代わる強姦した。私は避妊具を配り続け、やはり女性たちの性病検査を行った」。

 1週間ほどたち、隊長の判断で女性たちを村に戻すことになった。松本さんは「女性たちの体力が低下したからだ」と思った。隊長は交換条件として、村長に命じた。

 「ほかの女を連れてこい」

 別の2人が連れてこられた。

 松本さんは言う。「慰安婦だけの問題ではない。中国や韓国の人たちが怒っているのは、それだけではないと認識すべきだ」

 村々での強姦、慰安所ではない兵舎での監禁。女性たちの体に刻み付けられた暴力の残虐さに違いなどない。なのに人集めの際の強制性の有無を論じたり、慰安婦制度ばかりに焦点が当てられることは問題の本質から目を遠ざけることになると感じている。

 「私たちは中国や朝鮮の女性を性の奴隷として扱っていた」

 そして、自身がそう認識することができたのも戦後になってからという事実にこそ目を向けなければならないと、松本さんは言う。

 

■語らないことの責任

 ニワトリや豚を盗むように女性を連れ去り、犯す-。「戦地は倫理、道徳、品性、誇りも何もないモラルのない人間がつくりあげられていく人間改造場だった」。松本さんは中国や朝鮮の人々には何をしても構わない、という空気が蔓延していたと振り返る。

 「当時の教育を見詰めないといけない。戦時動員の名の下、国家主義を浸透させるために『日本よい国 きよい国 世界に一つの神の国』と自国の民族の優位性を強調する教育が行われた。その過程でとりわけ中国や朝鮮の人々への蔑視と傲慢さが、私たちの心の内に生み出されていった」

 復員後、牧師となったが、自らも加担した蛮行を口にしたことはなかった。

 「戦争体験を多少話したことはあったが、通り一遍のこと。罪の自覚から話せなかった」

 慰安婦の女性と会話を交わしたことはあったはずだが、どんな言葉をしゃべり、どんな表情をしていたかも記憶にない。「覚えていようと思わなかったためだ」。やはり消し去りたい過去だった。



 転機は8年前。牧師を引退し、親族が住む神奈川に居を移していた。旧知の教会関係者に証言を頼まれた。使命感があったわけではない。「求められるなら話してみよう、と」。市民団体などから次々と声が掛かるようになり、反響の大きさに語る責任があることに気付かされた。

 証言するということは過去の自分と向き合うことだ。「正直、つらい。できれば黙っていたかった」。過去の否定は、いまの自分を否定することでもある。

 同じように人は望みたい歴史にしか目を向けようとしない。

 「何をしてきたのかを知らなければ、同じ過ちを繰り返す。語らないことでまた責任が生じる」

 従軍慰安婦をめぐる議論が再燃するのと時を同じくし、憲法9条を見据えた改憲や集団的自衛権の解釈変更の議論が政治の舞台で進む。「この国は戦後ではなくもう戦前と言っていい」。そして問い掛ける。

 「悪いのは政治家だけだろうか。そうした政治家を選んできたのは、過去と向き合ってこなかった私たち一人一人でもあるはずだ」

◆旧日本軍従軍慰安婦と河野談話

 戦時中、日本軍の戦地や占領地に造られた慰安所で朝鮮半島や中国、フィリピン、インドネシアなどの女性が兵士らに性的暴力を受けた。女性たちは暴行・脅迫や甘言、人身売買により連れられてきた。慰安所設置の計画立案から業者選定、女性集め、慰安所管理までが軍の管理下に置かれていたことは各種資料で裏付けられている。

 日本政府は1993年に河野洋平官房長官談話で軍の関与と強制性を認め「おわびと反省」を表明した。

 談話をめぐっては2007年に第1次安倍内閣が、軍や官憲が強制連行した証拠は見つかっていないとする政府答弁書を閣議決定。第2次内閣では、安倍晋三首相が談話の見直しを示唆。韓国の反発だけでなく米国の懸念を招き、日米韓首脳会談を前にした今年3月に談話の継承を明言。一方で談話の作成経緯についての検証は行うとしている。

【神奈川新聞】」

http://www.kanaloco.jp/article/70041/cms_id/76481

「安倍政権・・・ 戦後の平和主義を根本的に転換し本気で軍事大国めざす」

2014-07-01 17:23:45 | 軍事
「安倍政権が集団的自衛権行使に執念を燃やす理由

90年代初頭のアメリカは「世界の警察官」として名乗りをあげました。しかしアメリカ一国だけでやるのは嫌だ。アメリカの青年が血を流して、アメリカ企業の権益や自由な市場の秩序を守るのは結構だけれども、その秩序のおかげで日本やドイツの企業が暴れ回るのは許すわけにはいかない。同じように企業がグローバルな市場の下で大儲けをしたいのであれば、それにふさわしい分担をしろと言うわけです。「カネだけでなく汗も血も流せ」という強い声がアメリカから起こってきました。

アメリカは当時、ソ連に代わる最大の敵は日本だと思っていました。日本の多国籍企業の成長がアメリカ企業を脅かしていると感じていたのです。だから、アメリカ企業を脅かす日本企業のために、アメリカの青年が血を流すのは許せないということで、「共に血を流せ」という要求が一層強く、アメリカの企業サイドからも出され、日本の財界もそれに同意しました。

それまで財界は憲法の問題や自衛隊の海外派兵にはあまり関心がありませんでした。財政を出動して公共事業をやってもらって、日本の企業の市場を確保してくれることが政治に対する一番強い要求でしたし、それをかなえる自民党政権の安定が財界にとっての大きな要請だったわけです。しかしその要請の中に、自衛隊の海外派兵とアメリカとの協力が出てくることになってきたのです。

その背景にあるのは、80年代中頃から日本企業が怒濤のように海外に進出を始めたことです。それまでの日本企業は、優秀な労働力を過労死するほどまで自由に使える国内の方が、生産に有利だということで海外進出しませんでした。しかし80年代の円高と経済摩擦の結果、日本企業の怒濤のような海外進出が始まった。さらに冷戦の終焉でそれが一気に爆発的に拡大する中で、日本の財界も「アメリカの言う通りだ」と同調していく。

財界は自衛隊に自分達を守ってもらいたいとは思っていません。自衛隊にそんな力があるとは思っていない。だけどアメリカに守ってもらうには、自衛隊が海外派兵してくれないとアメリカも日本の企業を守ってくれないということで、「国際貢献」という名の下に自衛隊の海外派兵や日米共同作戦を求めるようになりました。

そこで問題になったのが、憲法が自衛隊の海外派兵や日米共同軍事行動に対して大きな障害物として立ちはだかっていることです。憲法を変えなければ、アメリカが求める「共に血を流す」という体制はできない、そうすると、自分達をアメリカに守ってもらえない、という問題に日本の財界も立ち至ったわけです。
憲法と運動の力が海外派兵を許さなかった
では、なぜ憲法が自衛隊の海外派兵にとっての大きな障害物になったのか? もともと憲法9条があると自前の軍隊を持てませんし、自衛権を発動して戦争することもできません。それで保守勢力は、明文改憲で9条を取っ払うのが一番手っ取り早い、スッキリした形だということで明文改憲を望んでいました。しかし60年安保闘争によって明文改憲は挫折させられてしまった。仕方なく自衛隊を9条の下で維持し、存続しなければいけないという路線に転じざるをえなかったわけです。それが1960年代以降の、日本の基本的な安保軍事政策になっていくわけです。

そこで、そのまま放っておけば憲法の下で自衛隊はもっと大きくなり、活動の自由を得たと思うのですが、安保闘争に立ち上がった日本国民の運動はそれを許さなかった。3つの力が立ちはだかりました。

1つは、安保闘争以来活発化した平和運動の力です。これが、ベトナム侵略戦争に反対し、日本がアメリカの要請にしたがって侵略戦争に加担することに強く反対しました。

2つめは、そうした力を背景に増加した革新政党の国会での追及でした。国会の中で力を発揮するようになった共産党や結党したての公明党が、社会党と一緒になって、政府が、憲法9条の下で自衛隊を拡充したり、日米共同行動を追求しようという試みに反対の論陣をはり、自衛隊の違憲性を追及したのです。自衛隊が憲法の下でいかにそれに反する様々な日米共同の演習をしているか、また違憲と問われるような編成や武器を持っているかを国会で追及したのです。
「自衛のための必要最小限度の実力」に制約
第3の力は、憲法裁判運動です。当時、自衛隊のミサイル基地建設などに反対して、自衛隊の違憲を争う憲法裁判が起こされました。ここでも、自衛隊がいかに憲法9条に違反する軍隊であるかが、さまざまな角度から明らかにされました。

そこで政府は、これら運動の声に対して、自衛隊は9条に違反しないと言うために、自衛隊の活動にさまざまな制約を設けざるをえなくなったのです。

政府は、自衛隊が9条の下で合憲だというために、次のような解釈をとったわけです。「確かに9条は戦争を放棄し、戦力を持たないといっている。しかし憲法に書いてあろうとなかろうと、国が外敵によって侵略され、国土が蹂躙されることに対しては、実力をもってそれを撃退する権利がある。それはどこの国でも持っている。それを固有の自衛権という」「しかし実際に侵略された時に相手を撃退するには、それなりの実力がなければ実現できない。ただし日本は9条で戦力の保持を禁止しているので、それが大きくなって、軍隊として戦力となるようなものは持ってはならない」「けれども、自衛のための必要最小限度の実力は持てる」と。つまり「自衛のための最小限度の実力は、9条が禁止している戦力ではない」と言ったのです。そして、自衛隊はこの「自衛のための必要最小限度の実力」だから自衛隊は9条に違反しないとしたのです。
アメリカの要請「共に血を流せ」に応えられない
「自衛隊は海外派兵しない」とする憲法に基づく解釈
それに対して、国会での野党や憲法裁判では、実際の自衛隊は最小限度の実力を超えているじゃないかという追及がなされた。そこで、政府は自衛隊を維持するために、様々な形で自衛隊の諸活動に制約を加えざるを得ませんでした。

その制限のうち最も大きなものの一つが、「自衛隊は海外派兵をしない」というものです。なぜなら、自衛のための最小限度の実力は、敵に攻撃された、急迫不正の攻撃を受けた時にそれを撃退できるものであり、自ら国益を守るために、攻められてもいないのに他国に進出することは許されないからです。

また、自国が攻められた時には反撃する権利は持っているけれど、自国が攻められてもいないのに、自国と同盟を結んだ国が攻められたということをもって戦争に突入する、武力行使を行う、いわゆる集団的自衛権行使は認められないという制約も言明されました。

さらに、たとえ武力行使をしないで後方支援で輸送や食糧調達だけをやる場合も、すべて9条に違反しないとは言えない。たとえ武力行使をしなくても戦場で自衛隊が後方支援をすることもあってはならない。「他国の武力行使と一体となったような活動は一切やってはいけない」という制約も設けられました。このように、がんじがらめの規制が行われたのです。これは、憲法9条のもとで、激しい追及を受けた政府が自衛隊を維持するための不可避の手段でした。

こうした、憲法9条とその解釈の体系の下では、アメリカから言われた「共に血を流せ」という要請に応えることはできません。そこで90年代に入って、改憲の第2の大波、つまり憲法と、憲法に基づく解釈の体系を壊して、自衛隊を海外で米軍と共に血を流せる軍隊にするという課題が浮かび上がったのです。ですから第2の改憲の大波の焦点は、明らかに9条の改憲だったのです。

明文改憲でなく解釈改憲で乗り切る道
この課題に対して、自民党政権は明文改憲による9条廃棄という路線を取らずに、憲法9条をそのままにしてその中味を解釈や立法で変えてしまう解釈改憲で事態を乗り切ろうとしてきました。

改憲案は41も出されたのですが、自民党政権は、国会で改憲案を通して、国民投票で明文改憲を行う路線は取らずに、解釈改憲で行うことを決めたのです。その理由は2つありました。

1つは、アメリカの要求が急すぎて、明文改憲をやっている時間がなかったということです。湾岸戦争から始まって、アメリカは次々と戦争を行い、その度に早く自衛隊を出せと言ってくるわけで、明文改憲を行っているのでは間に合わないのです。

2つめは、明文改憲は政権にとって危険すぎるという点です。明文改憲を行った場合は、アジアの人々だけではなく、日本国民の強烈な反発を受けるため、自民党政権は解釈改憲の道を取ったのです。

それを実行に移したのが小泉政権です。2001年の9.11テロ事件に対して、アメリカがアフガンのタリバン政権攻撃に乗り出すと、小泉政権は「国際貢献」を理由に、ついにインド洋海域に自衛隊を派遣しました。そして2003年にイラク戦争が始まると、ついに他国の地上に自衛隊を派兵した。これを、憲法をいじらずに解釈によって強行したわけです。

ここで大きく憲法の状況は変わったのですが、実はこの自衛隊のイラク派兵やインド洋海域への派兵は、解釈改憲の限界を持たざるを得ませんでした。

その最大の限界は何かというと、アメリカが最も強く求めていた「共に血を流せ」、つまり自衛隊が海外でアメリカ軍と共同軍事行動をとることができなかったという点です。海外には行ったけれど、当時の解釈改憲は、政府が60年以降再三にわたって作り上げてきた、「自衛隊は海外派兵をしない」「集団的自衛権行使は認められない」「武力行使と一体になった活動はできない」「攻撃するための兵器は持たない」という解釈の体系を壊さないで、それをすり抜ける形で自衛隊を派兵したのです。小泉政権の解釈改憲というのは、憲法9条についての解釈を変えてしまうのではなく、政府解釈を維持した上で、それをすり抜ける形でやった。「自衛隊の海外派兵はしない」という原則は変えません、「自衛隊のイラクへの出動は、政府が禁止している派兵ではなく派遣です」という形で突破したのです。

「共に血を流せ」とするアメリカの圧力の強まり
では、禁止されている「海外派兵」とは何か。武力行使目的で自衛隊を進駐させた場合は海外派兵だから、これは認められない。しかし復興支援に行く、あるいは今回フィリピンに行っているように、災害復旧支援に行く、そのために自衛隊が海外に出動するのは「派遣」であって「派兵」ではない。これは認められるという形でイラクに派兵したわけです。既存の政府解釈を維持したまま行ったために、サマワに行った自衛隊は1発の銃も撃つことができなかった。その結果、極めて皮肉にも、未だにイラクの国民からは「日本の自衛隊は英米の多国籍軍とは違う」と言われています。何が違うかというと、彼らは私達イラクの国民を殺さなかった、銃を向けなかったというわけですね。また自衛隊の側からいえば、1人の自衛官も戦闘で死んでいない。そういう意味では極めて特異な形、制限された形でしか行けなかったわけで、それがアメリカにとっては気に食わない。「13年かけてそれだけか?」ということで、解釈改憲の限界を突破して、「共に血を流す軍隊に変われ」と、2003年のイラク派遣の後にブッシュ政権から強く言われるようになりました。

第1次安倍政権の明文改憲政策を
破綻させた九条の会
そこで、解釈改憲の限界を突破するには、明文改憲を行うしかないということで、登場したのが第1次安倍政権です。第1次安倍政権の明文改憲政策は、まさにアメリカの強い圧力と苛立ちを受け止めて、小泉までの政権でできなかった解釈改憲の限界を突破するというものでした。

ところが、この明文改憲はものの見事に失敗します。安保闘争のような数十万の人間が国会を取り囲む状況にはならなかったけれど、九条の会が全国で7,500もつくられる。そしてその九条の会が全国津々浦々で様々な形で集会や9の日行動を行うようになりました。おそらく100万人以上の市民が動いたと思いますが、その中で、大きな変化が生まれた。国民の憲法についての世論が大きく変わってきたのです。九条の会が増えるのと並行して、憲法改正に関する世論に変化が現れました。読売新聞の世論調査でも、九条の会ができた2004年には、65%あった改憲賛成の世論が、九条の会が増えるにしたがって減り、改憲反対の世論が増える中で、2003年4月の世論調査では、改憲賛成42.5%、反対43.1%と逆転してしまったのです。

そうなってくると、明文改憲の最後のハードルである国民投票を行っても、改憲反対の方が賛成よりも多いという状況がつくられてしまうので、明文改憲に打って出られない。こうした国民的な運動がつくりだした状況の中で、第1次安倍政権における明文改憲政策はものの見事に破綻しました。

今回の第2次安倍政権は、そのリベンジとして登場したのです。目標は同じで、集団的自衛権の行使を容認して、軍事行動できなかった自衛隊を、今度こそアメリカ軍と共同の軍事行動を行える軍隊に変える。「戦争をできる軍隊」に自衛隊を変えることが、安倍改憲の大きな目標です。だから国会の中でも安倍首相は、「集団的自衛権の行使を容認する」、ここに焦点を合わせるんだと発言するわけです。

首相が国会で集団的自衛権行使を容認することをめざすと明言したのは、今国会の施政方針演説が初めてです。そういう意味では、安倍政権の目標がそこに設定されていることは非常にはっきりしています。

安倍首相の「積極的平和主義」の狙い
――安倍首相は「積極的平和主義」という言葉も掲げていますが、その狙いは何でしょうか?

今国会の施政方針演説では、「積極的平和主義」を掲げたり、集団的自衛権の行使の容認を、安保法制懇の報告を踏まえて行うと言ったりしていますが、2つ重要なポイントがあります。

1つは、安倍改憲の中心が集団的自衛権にあるということを明言したことです。もう1つは、その改憲を解釈でやると言ったことです。後者は第1次安倍政権とまったく違うところです。この2つを明言したことが重要な点です。
戦後の平和主義を根本的に転換
1つめのポイントから考えてみましょう。

自衛隊が海外で米軍と共同軍事行動を進めることを安倍政権は「積極的平和主義」と表現しています。今まで日本が戦後69年掲げてきた平和主義は、武力で相手国を脅したり、あるいは武力行使で国益の確保を図るようなことはしないというものでした。つまり再び侵略の銃を取らないというのが日本の平和主義の最も大きな原則だったわけです。ところが、安倍政権はそうした戦後日本の平和主義を「消極的平和主義」「一国平和主義」だとし、それでは世界の平和は守れないというわけです。日本が侵略の銃を取らないことは実は世界の平和にとってとても大きな意味を持っているのですが、安倍政権はそれを全く認めない。むしろアメリカの要請に基づいて、日本がアメリカと共に血を流す、自由な市場秩序を守るために、イラクやシリアや中国や北朝鮮に派兵することによって、世界の平和と秩序は守れると言っています。

これは日本が戦後69年掲げてきた平和主義を根本的に転換する発想です。それを安倍政権は「積極的平和主義」と呼び、自衛隊が米軍とともに海外にプレゼンスすることによって、世界の平和に貢献するのだと言っているのです。自衛隊が侵略の銃をとらない、海外で軍事行動をとらないことによって世界の平和を実現するのではなくて、逆に自衛隊が海外で軍事行動をすることによって、国際的な平和を実現するというのが安倍政権の「積極的平和主義」で、これはまさしく集団的自衛権によって米軍と共同で軍事行動をとることを宣言した言葉です。
アメリカの世界戦略、戦争政策の転換
では、それを解釈改憲でやるのはどうしてなのか。第2の点を検討しましょう。

先ほど言ったように、そもそも第1次安倍政権で明文改憲を唱えたのは、小泉政権までの解釈改憲の限界を突破するためでした。解釈改憲では軍事行動ができないということで明文改憲を唱えたはずなのに、今回の安倍政権は、再びそれを解釈でやろうという方針を掲げている。これには2つ理由があります。

1つは、アメリカの世界戦略が変わったということです。アメリカは自由な市場秩序を守るために、場合によっては武力で政権を転覆して「自由な」市場秩序を守り、拡大するという形で戦争してきました。イラクに兵を出し、アフガニスタンのタリバン政権を倒し、再びイラクで戦争をした。つまりアメリカは、20年以上に渡って自由な市場秩序のために戦争を繰り返してきたわけです。

そして2つの結果が生じました。1つは、第2次世界大戦時の日本と同様、未曾有の財政破綻です。アメリカは20年以上も戦費を使い続けた結果、公務が全部止まりました。あれは共和党との対立とも言われていますが、対立の最大のポイントは財政破綻です。

もう1つは、国民の厭戦意識、反戦意識が強くなったことです。この2つの結果、オバマ政権は今までの戦争政策を転換せざるを得ない事態に直面しているのです。

第1の転換は、直接介入主義の放棄です。アメリカのこれまでの戦争政策を、基本的に私は「直接介入主義」と呼んでいます。大企業本位の世界秩序を維持するために、米軍が直接出て行って、場合によっては武力行使をしてでも維持を図るという方式です。これを転換せざるを得なくなりました。しかしだからといって、この自由な市場秩序に対するアメリカの覇権を放棄するわけにはいかない。それではどうするのか?
多国間協調・肩代わり・リバランス戦略
1つは「多国間協調主義」といって、できるだけ戦争に持ち込まないというやり方を使う。イランやシリアや北朝鮮の暴発を、ロシアや中国とも協調し巻き込んで抑え込むというやり方です。多国間協調主義でできるだけ戦争に持ち込まないということになると、同盟国とだけ協調していたのでは不十分で、ロシアや中国などとも協調しながら世界の秩序維持を図り、ある意味ではロシアや中国に、シリアや北朝鮮という国の問題も責任分担をさせることによって、できるだけ大企業本位の秩序を維持する必要が出てきます。

2つめは、自分達の人とカネを肩代わりさせる「肩代わり戦略」です。日本やドイツ、NATO、オーストラリアなどに肩代わりさせる。それによって、人もカネもアメリカの負担を軽減するという方式が出てきます。

第2の転換は、そうやって節約したカネと人を、財政再建に充てるだけではなく、この20年の戦争の中で衰退したアメリカの覇権を再建するための新しい戦略に使うということです。つまりアジア太平洋地域に重点的に軍事力もカネも使うという政策です。オバマ政権は、これを「リバランス戦略」として、アジアの中でのバランスを取り直すという政策として打ち出しているわけです、

なぜアジア太平洋かというと、今世界の中で成長しているのはアジアだけだからです。中国、インド、そしてASEAN、そこに、少し衰えていますが、韓国と日本。この成長の領域に軍事力とカネを使って、アメリカの多国籍企業がアジアに進出し、安定した覇権の再確立をするという政策を取る。これが第2の政策です。

アジア太平洋重視の「新型大国関係」
この問題でカギになるのは、アジア太平洋地域です。本当であればアメリカ一国でやりたいのですが、そうはいかない。アジア太平洋地域のリバランスをとるための最大の焦点は中国だということで、中国に対する2面的な政策が出されてくる。1つは、アジア太平洋地域で大企業が自由に活動できる市場をつくるために、中国と同盟管理をすることです。中国に北朝鮮の暴発を防がせる形で、中国と協調しながらアジア太平洋秩序を維持する。同時に中国が独自の覇権主義という形でアメリカに歯向かうような覇権を確立しようとする時には、アメリカは力で中国を包囲する。その時には日本やオーストラリア、インドネシア、フィリピンなどを動員しながら、中国の覇権主義を抑える。こういう2つの側面の政策をとることによって、アジア太平洋地域でアメリカの覇権を再確立するという戦略を取っています。中国もこれに呼応して、アジア太平洋地域の覇権を、米中が東西で分割する「新型大国関係」を提唱しています。
「アメリカの手下として軍事行動せよ」
この「肩代わり戦略」と「アジア太平洋重視戦略」のいずれからも、対日政策は大きく変わることになります。

まず「肩代わり戦略」では、日本を米軍の手下として働かせるということです。また、日本にカネを出させて、アジア太平洋地域における防衛分担をもっとさせるという点で、アメリカは日本に、人もカネも要求する。その中でポイントになるのは、カネだけでなく集団的自衛権を早く認めさせて、日米共同軍事行動でヒトの面からもできるだけ日本に分担させるという形の要請が出てきたことです。そういう意味でいうと、集団的自衛権を早く認めろというアメリカの90年以来の要求は、少し形を変えて、「共に血を流せ」ではなく「アメリカの代わりに手下として軍事行動せよ」という要求として集団的自衛権を要求しているのです。

2つめの「アジア太平洋重視戦略」では、日本のあからさまな軍事大国化は今までに増して困るため、それは抑圧しなければならないという要請が出てくる。それは何かというと、アジア太平洋地域の同盟政策を安定させる上で焦点となる中国が、一番怖れているのが日本の軍事大国化だからです。またアジア諸国も日本の軍事大国化を怖れている。特に韓国が顕著です。そうなってくると、アメリカとしては日本のあからさまな復古的軍事大国化は、アジア太平洋地域の安定を損なう意味でも、また焦点となる中国のアメリカとの合意によるアジア・太平洋の秩序を維持する上でも、どうしても抑え込まなくてはいけない。これがアメリカの大きな考え方として出てきています。

「おとなしく」共同軍事行動という
アメリカの注文は安倍政権にとって厄介
この2つを合わせると、オバマ政権の要求は、米軍の手下として早く共同軍事行動を認め、しかしそれはあからさまな明文改憲ではなく、「おとなしく」やってほしい。つまり明文改憲とかを言わずに、解釈でやってほしいと言うことになります。

これは安倍政権にとっては非常に苦しいことなんですね。というのは、安倍政権が改憲や集団的自衛権の容認を国民に訴える最大のテコは、尖閣問題や中国の横暴という問題です。ところがアメリカは、中国と敵対しないで、早くやれと言うわけです。つまり安倍政権にとっては極めて厄介な注文がアメリカによって押しつけらているのです。

安倍政権が解釈改憲路線を採る理由は、それだけではありません。第1次安倍政権は明文改憲で失敗しているので、2度と同じ失敗は許されない。これも安倍政権に大きくのしかかっています。

ちゃぶ台返しの解釈改憲
ここで出てくるのが、集団的自衛権の行使容認、「戦争する軍隊づくり」を徹底して解釈改憲でやるという路線です。それも今までのようなレベルの解釈改憲ではダメなので、60年続いてきた政府解釈、つまり「固有の自衛権」「自衛のための最小限度の実力」「そのための集団的自衛権行使の禁止」「海外派兵はしない」という憲法解釈の体系自体を、解釈でひっくり返すというわけです。

敢えていえば60年間で政府自身が認めてきた解釈を、ちゃぶ台返しでひっくり返すことによって、自衛隊を戦争できる軍隊にするというのが、安倍政権の今回の解釈改憲の大きなねらいだということです。」

http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20140701-00036921/

対米軍事従属下の「軍事的自立」への模索 -日本の将来をもてあそぶ「軍事オタク」たち-/盛田常夫

2014-06-24 13:27:52 | 軍事
「冷静終焉後の内戦と地域紛争 

米ソの冷戦時代が終焉して以降、各地で内戦や領土・領海をめぐる紛争が頻発している。親分が死んでパンドラの箱を空けた途端、各地で頭目争いが始まったような様相だ。

1990年代初めには、旧ユーゴスラヴィアでは信じられないような残虐な殺戮合戦が起こった。戦争の時代だった20世紀が終わりに近づき、もうナチス・ドイツのような民族殺戮など起こりえないと思われていたヨーロッパ大陸での出来事である。「自主管理社会主義」と胸を張っていた国が、どうして隣人同士で殺し合うことになったのか。自主管理社会主義というイデオロギーが消え失せた途端に、社会的秩序も崩壊し、モザイク国家をつなぎ止める紐帯がほどけてしまった。しかし、それが何故、大量虐殺行為へと社会を走らせたのか。

 宗教やイデオロギーをベースにした独裁国家の崩壊は、社会の既存の紐帯をも解いてしまう。しかし、新しい紐帯の創造には歴史的時間が必要だ。宗教国家であれイデオロギー国家であれ、独裁政治のなかで市民的倫理・社会的規範が育成され制度化されることはない。支配-従属関係で構築されている社会では、人は個としての近代的な倫理や社会的規範を学び、我が物にすることができない。したがって、旧体制の崩壊はすぐに新しい倫理や規範を生み出すことはない。旧体制の倫理や社会的規範が持続的に人々を支配しながら、新しい行動規範を模索する長期の過渡的過程が到来する。

こうして、旧社会の崩壊は倫理や規範の空白を惹き起し、往々にして人々を非文明的な行動へと走らせる。そのような混乱の時代に社会的な力をもつのは、旧体制の規範に染まった政治家や軍人、諜報部員、治安機関である。彼らは旧体制崩壊以後の社会的混乱を自らの利益のために利用しようとし、それが時として、残虐無道な行動をも惹き起こす。しかも、こうした社会の混乱にたいして、旧体制の影響が少ないと思われる若者も、いともかんたんに無法行為の追随者になってしまう。社会の不安定さと将来の見通しのなさが、若者たちを一時的な興奮へと駆り立ててしまう。

社会主義国家や宗教国家の崩壊後に私兵組織が隠然と存在するのは、このような理由からであり、これらの組織が次第にマフィア組織へと変貌する。平和的に体制転換が進んだハンガリーでは、若い世代は旧社会主義体制の崩壊から学ぶことなく、再び強権的な政治支配体制を樹立するという旧体制と同じ過ちを犯している。社会が旧体制の崩壊という歴史的事象をしっかりと分析し、そこから学ぶことがないからだ。だから、社会は古い時代の教訓を若い世代へ受け継がせることができない。
 それは日本でも同じだ。戦後直後の一時期を除き、「平和教育」は時が経つにつれて風化し、人々は軍国主義時代の艱難を忘れ、過去の失敗から学ぶことを止めた。終戦から10年もの時間を経て日本に生を受けた政治家たち、しかも戦前の支配層の末裔たちが、日本の軍国主義の悲劇から何も学ばなかったとしても、不思議ではない。原発事故からまだ3年しか経っていないのに、もう自分に関係のない問題であるかのように振る舞っている人が多いのだから。

 だから、社会は同じ過ちを何度も繰り返す。行ったり来たりしてしか、社会を発展させることができない。自民党や安倍首相は日教組の「偏向教育」を言うが、きちんとした「平和教育」ができていれば、幼稚な「力の均衡論」を信奉する戦後世代の一部が権力を握り、再び戦争ができる国への転換を企てることなどなかっただろう。戦後世代の「軍事オタク」内閣の出現は、戦後平和教育が風化してしまったことの証左である。

戦争を知らない世代の跳ね上がり 
着の身着のままで、幼い兄たちを連れ、米軍の海上爆撃の中、船で台湾から日本へ戻った話を何度も母から聞かされた。安倍首相の「日本人を乗せた米軍艦船護衛」はまさに、太平洋戦争末期の悲劇を再現し、人々に恐怖を与えようとするものだ。しかし、本当にこのような事態を想定しているのか、それともたんなる脅しなのか。

 TV討論会の中で、このような想定は非現実的で、万が一、そのような危険な事態が生じた場合には、海上移動するのを止め、陸地で一時的に避難する方がよほど現実的だという指摘にたいし、安保法制懇を事実上主導する北岡伸一氏は返す言葉がなかった。本当に第三次世界大戦のような事態を想定しているとは思われない。戦闘行為が継続しているなかで機雷掃討艇を使用するためにも、集団的自衛権が必要だという議論にたいして、「そもそもプラスティックで建造されている小さな船を、戦闘海域に出動できると考える方が間違っている。機雷除去作業は戦闘終了後でしか行えない」という的確な指摘にたいしても、北岡氏は「官僚は細かなことを知っているので困る」というような苦言で誤魔化している。

 要するに、安倍首相が例示した具体例のほとんどは、国民に恐怖感を与えて集団的自衛権が必要なのだと実感させることを狙ったものだ。だから、事例を出したり引っ込めたりしている。そこに問題の本質がないことは明らかだ。

 北岡氏がいみじくも吐露したように、「安保法制懇は安全保障の専門家の集まりで、憲法的観点は考慮していない」。安全保障の専門家からすれば、集団的安全保障など常識の部類に属するものだという。つまり、安全保障の観点からは、抑止力論で対応するしかないというのが、安保法制懇の基本姿勢だ。簡単に言えば、「武力にたいしては、武力で抑止するしかない」という力の均衡論だ。冷戦時代を過ぎても、地域紛争処理に力の均衡論が幅を利かせている。このような単純な議論には、20世紀の戦争の時代を経験した人類の知恵など、一欠片(ひとかけら)もない。なぜ日本が戦争放棄の憲法で戦後社会の建設を始めなければならなかったのかという歴史的反省もまったくない。

 抑止力論に立てば、たとえば隣家との境界線をめぐる紛争で、隣が鎌で威嚇するなら、こちらは刀で威嚇し、向こうが刀で威嚇するなら、こちらは鉄砲で威嚇するしかない。これこそ、19世紀から20世紀にかけての帝国主義時代の論理だ。そして、自分の力が足りなければ、隣町の猛者に援軍を頼もうというのが、集団的自衛権の議論だ。しかし、いくら何でも、隣人を殺してまで境界線を守ろうとする時代ではないだろう。もう国境紛争に軍隊を出動させて、殺し合いをする時代ではない。

 明らかに、集団的自衛権の唐突な主張には、地域紛争が喫緊(きっきん)の課題になっているという背景はあるが、それを契機に、国外での自衛隊の武力行使に道を開きたいという自民党右派の長年の念願がある。軍事的に自立した国にしたいという強い願望が、安倍内閣の「集団的自衛権」容認で現実化しつつある。ところが、対米軍事従属下の「軍事的自立」など、形容矛盾以外の何物でもない。


対米従属下の「軍事的自立」という矛盾 

日本の保守右翼の最大の弱点は、対米軍事従属からの自立を主張できないことだ。戦後70年も経っているのに、日本の軍事主権はアメリカに握られたままで、基地使用に期限がない。戦後、安全保障条約の締結にかかわった政治家は皆、米軍駐留を可能な限り短期間で終わらせることに腐心していた。そこには、帝国時代の政治家の気概が見られた。

ところが、米軍駐留が恒常化するにつれ、基地の返還・撤廃は次第に重い課題になり、もうそれを言い出す政治家がいなくなった。それに代わって編み出されたのが、「同盟国」論理である。軍事的従属という事実に目を瞑(つむり)り、「従属」を「同盟」と言い換えることで、米軍駐留の現状を合理化する論理だ。こうすれば、もう米軍駐留を批判することも撤去を要請する必要もない。しかし、「同盟」と読み替えてみても、軍事的従属という事実がなくなるわけではない。幼児は、「目を瞑(つむ)れば、自分の体が外から見えなくなっている」と考える。「同盟国」と言い換えれば、軍事的従属の事実に目を瞑ることができると考えるのは、まさに幼児の論理だ。

 集団的自衛権が「アメリカ艦船が運ぶ邦人を守るために」にあるのでないことは明らかだ。石破幹事長が図らずも吐露したように、当然、「将来、国外の戦場に行く」ことに、事の本質がある。当面、日本一国で国外の戦場に出かけることはないから、アメリカと一緒になって、国外で戦闘行為を行うということだ。いったん集団的自衛権を言い出したなら、軍事的主権を握るアメリカの要請を断るのは難しい。アメリカ軍人の犠牲者を一人でも減らしたいアメリカにとって、安倍内閣の提案は「渡りに船」だ。対米軍事従属下の集団的自衛権の容認は、戦場国から避難する邦人を保護するためのものではない。アメリカの戦争に手を貸すから、中国からの「侵略」には手を貸してくれと言う見え透いた取引だ。

しかし、この取引でいったい誰に分があるのか。アメリカ軍にとって、そんな口約束など、たやすいものだ。それより、本当に集団的自衛権を言うなら、日本の軍人を戦場にしっかりと派遣して欲しいというのが本音だろう。アメリカの軍事的従属下の集団的自衛権の行く末は見えている。真の自立を主張できない「いじけた集団的自衛権」は、日本に何の利点もない。これこそ、保守右翼が口癖のように使っている「売国の論理」だ。自らが「売国の輩」だということが分からないほど、日本の保守右翼は日本人の矜持を失っている。

ヴェトナム戦争を忘れるな
集団的自衛権とは、「同盟国が攻撃を受けた時に、反撃支援に参加する義務」があるということだ。安倍首相が示した架空の事例ではなく、具体的事例に照らしてみなければ、その意味することは理解できない。
 第二次大戦以後で最大の総力戦となったヴェトナム戦争が本格化したのは、1964年にアメリカが本格的に参戦してからである。この参戦の契機になったのは、ヴェトナム沖トンキン湾における米軍艦船への魚雷攻撃である。遠く母国を離れ、他国の領海近辺に威嚇出撃し、攻撃されたと「因縁をつけて」、アメリカは北ヴェトナムへの爆撃と南ヴェトナムへの地上軍派遣を決定した。「同盟国」の艦船が攻撃されたのだから、「同盟国」はこのような強引な侵略にも付き合う義務がある。
およそ8年にわたるアメリカのヴェトナム侵略によって、北ヴェトナムの森林は廃墟となり、南ヴェトナムの地上戦ではアメリカは一時50万人を超える兵士を派遣したが、そのうち5万人もの軍人が命を落とした。ヴェトナム人の軍人と民間人の死者は300万人とも400万人とも言われている。アメリカの参戦によって、膨大な人命が地球上から失われたのだ。

 日本はアメリカのヴェトナム侵略のために、アメリカ軍基地の全面的使用を黙認して米軍の戦闘行動を支援したが、自衛隊を派遣することはなかった。これにたいして、ヴェトナム特需で景気を持ち直し、対北朝鮮問題を抱える韓国は、最大時で5万人の軍隊派遣を行った。その韓国が払った犠牲者は5000人とも1万人とも言われている。

 全世界でヴェトナム戦争に反対する運動がおこり、アメリカは大きな犠牲を払ったにもかかわらず、孤立し、撤退を余儀なくされた。戦争終結後にアメリカでヴェトナム戦争の評価をめぐる検討が繰り返され、今では誤りの戦争だったという評価が大勢を占めている。しかし、失われた人命は永遠に戻ってこない。当時、アメリカ兵1人の死は、ヴェトナム人50名分とか100名分とか言われた。「未開のヴェトナム人」は家畜のように数えられた。しかし、この不正義のヴェトナム戦争がアメリカ社会に残した後遺症は深刻で、これ以後、アメリカは他国への地上戦参加を極力控えるようになった。

「喉元過ぎれば、熱さ忘れる」。ヴェトナム戦争終結から30年経過して、アメリカは再びイラクで、同じ過ちを犯した。そのイラク戦争にも、日本は後方支援に加わるだけで、戦闘行為へ加わることはなかった。ひとえに、「憲法九条」の盾のお陰である。ヴェトナム戦争、イラク戦争という不正義の戦争に日本が直接加わらなかったことは不幸中の幸いだった。しかし、どちらの戦争においても、日本政府は戦争原因を究明し、戦争支援行動の正否を検討するという当然の行為を怠った。アメリカの軍事的従属下では、政治家にそのような評価を行う勇気も必要もなかったのだ。なんとも腑抜けた歴代自民党政府だ。

 それから日本の政治は変わったのか。何も変わっていないばかりか、ますます腰が軽くなった主体性のない「軍事オタク」政治家が、日本の将来をもてあそんでいる。アメリカへの軍事的従属下の「集団的自衛権」の行く末は見えている。ネトウヨは、集団的自衛権を主張するのが愛国者で、それに反対するのが売国奴というが、本質はまったく正反対なのだ。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye2665:140617〕」

http://chikyuza.net/archives/45264

自衛隊の憲法理解/HPより 2014.6.16 午後17時5分現在

2014-06-16 17:04:16 | 軍事
「憲法と自衛権

1.憲法と自衛権

 わが国は、第二次世界大戦後、再び戦争の惨禍(さんか)を繰り返すことのないよう決意し、平和国家の建設を目指して努力を重ねてきました。恒久(こうきゅう)の平和は、日本国民の念願です。この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は、第9条に戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認に関する規定を置いています。もとより、わが国が独立国である以上、この規定は主権国家としての固有の自衛権を否定するものではありません。
 政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められると解しています。このような考えの下に、わが国は、日本国憲法の下、専守防衛をわが国の防衛の基本的な方針として、実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図ってきています。

2.憲法第9条の趣旨についての政府見解

(1) 保持し得る自衛力

わが国が憲法上保持し得る自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。

自衛のための必要最小限度の実力の具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有していますが、憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」に当たるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題です。自衛隊の保有する個々の兵器については、これを保有することにより、わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かによって、その保有の可否が決められます。

しかしながら、個々の兵器のうちでも、性能上専(もっぱ)ら相手国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、これにより直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。したがって、例えば、ICBM(Intercontinental Ballistic Missile)(大陸間弾道ミサイル)、長距離戦略爆撃機、あるいは攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されないと考えています。

(2)自衛権発動の要件

憲法第9条の下において認められる自衛権の発動としての武力の行使については、政府は、従来から、
①わが国に対する急迫不正の侵害があること
②この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと
③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
という三要件に該当する場合に限られると解しています。

(3)自衛権を行使できる地理的範囲
わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られませんが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概には言えません。
しかしながら、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないと考えています。

(4)集団的自衛権

国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているとされています。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然です。しかしながら、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止することを内容とする集団的自衛権の行使は、これを超えるものであって、憲法上許されないと考えています。


(5)交戦権

憲法第9条第2項では、「国の交戦権は、これを認めない。」と規定していますが、ここでいう交戦権とは、戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって、相手国兵力の殺傷及び破壊、相手国の領土の占領などの権能(けんのう)を含むものです。

一方、自衛権の行使に当たっては、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することは当然のことと認められており、その行使は、交戦権の行使とは別のものです。」

http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/seisaku/kihon02.html

陸上自衛隊情報保全隊調査資料に関する私見/元東部方面隊調査隊・相馬原派遣隊長 高井三郎

2014-05-18 18:19:38 | 軍事
 自衛官による漏えいした内部情報に関する所見。貴重なので掲載します。

「2697.自衛隊のイラク派遣に関する国内勢力の反対動向



【自衛隊のイラク派遣に関する国内勢力の反対動向】
     陸上自衛隊情報保全隊調査資料に関する私見
        元東部方面隊調査隊・相馬原派遣隊長 高井三郎
                   --
 拙文は去る6月6日に日本共産党が国会記者団に公表した陸上自
衛隊情報保全隊による2003年末から翌年初頭までの間における
イラク派遣関連の国内動向の調査報告に関する私見である。
党が公表した資料は文書A(東北方面調査隊が陸上自衛隊情報本部
に報告した資料)及び文書B(陸上自衛隊情報保全隊が作成した資
料)から成る。

 文書A及び文書Bは代々木当局が便宜上、設けた呼称である。
本資料の調査対象期間は自衛隊によるイラク復興支援の閣議決定に
伴う計画準備及び陸空各部隊の1次派遣の時期と大体、一致する。
 別紙:入手資料一覧、文書A、B

 拙文の内容は6月12日の夕方に筆者が共産党広報紙、赤旗日曜
版の記者からの質問に答えた事項及び筆者自身の情報勤務の経験に
基づく参考意見から成る。赤旗記者は共産党が入手した資料作成の
必要性、その利用目的、評価(質)及び資料収集のための情報活動
に特に関心を寄せていた。

 もとより共産党の既存の政策及び制度に寄せる見方、考え方及び
主張が体制側のそれと平行線を辿る事を否めない。更に党幹部の言
動は論理的な思考よりも多分に政略的ないしは戦術的な意図に基づ
く場合が多い。しかしながら拙文は情報の本質を客観的かつ実証的
に説明し、常識のある全国民が容易に理解できるように記述されて
いる。

     恐らく拾い集め書類の集成:構成が不完全

 このような注意文書の漏洩事案が起ると必ず入手先及びその要領
が問題になる。そこで筆者は念のために入手先を記者に質問したが
、当然の事ながら回答は出て来ない。それは赤旗に限らず、すべて
の報道機関が重要な取材源を保全する原則に他ならない。

 端的に結論を述べれば、今回の事案を見るに元の所有者が手放し
て、しかも分散した資料を党の関係者が拾い集めたような印象を受
ける。すなわち自衛隊内部の人物が意図的に外部に資料をまとめて
渡した形跡は極めて薄い。

 すなわち文書A及び文書Bの構成を見れば、以上の背景を推察す
る事ができる。先ず文書Bは情報保全隊本部(市ヶ谷)がイラク派
遣準備時期に当る約4箇月間における全国の反対勢力の動向及び一
般情勢を記述した1週間単位の報告書6件から成る。

 文書Bの資料作成に当り、隷下の北部、東北、東部、中部、西部
各方面情報保全隊からの報告内容を分析評価の上、取捨選択し、整
理している。ところが、この期間では11件あるべき報告書が6件
にとどまる。更に6件とも別紙だけで、文書名、日時、発簡者、宛
先、配付区分、格付け、保存期限等を明記する本文が欠落している。

 これに対し文書Aは東北方面情報保全隊が中央の情報保全隊本部
に上げた当該方面区内の動向を記述する情報資料5件の集成であり
、いずれも本文及び別紙から成る。しかしながら4箇月間に応ずる
報告書としては本来8件あるべきところ3件が欠落している。

 1 ちなみに情報資料の一連番号は2、3、4、6及び8で1、
5、7は欠番である。なお各方面区に関連する報告書のうち、東北
方面情報保全隊の分だけを党が入手した。要するに2003年11
月から翌年2月までのイラク派遣関連の反対勢力の動向に関する調
査資料としては不完全であり、拾い物的な性格が濃厚である。
 従前から赤旗記者は偶然、入手した資料を記事又は政治に利用す
る傾向にある。特に衆参議員会館の反古紙集積場は彼らにとり宝の
山に等しい。

 各議員の事務所では相次いで流入する官公庁文書、新聞、雑誌、
単行本などが時が経つに伴い、山を成すので、折を見て会館の指定
場所に放出する。そこで赤旗記者は宝の山から利用価値のある資料
を探り出す。その中には防衛庁が安全保障問題に関心のある議員の
要求に応え、提供した基地問題などの注目に値する資料も含まれて
いる。

 これまでの例から見て共産党始め野党は価値ある資料を各種の手
段により入手次第、タイミング良く国会の場及びマスコミを通じて
公表し、政治的影響力を及ぼすに努めて来た。その顕著な例として
は1960年代後半における三矢研究(極秘)、フライング・ドラ
ゴン(機密)、治安行動訓練計画などが挙げられる。これらの資料
は特定の人物が野党議員に手渡した。いわゆる三矢事件等は現在に
至るまで、有事対処、日米連合作戦(集団自衛権)など防衛政策の
進展に多大な障害を与えている。

 今回の資料公表も入手後、早い時期に行われたようである。然る
に本資料は作成時期から3年以上になり、イラク派遣部隊の主力を
成す陸上自衛隊600人は無事、任務を終り撤退してから9箇月も
過ぎている。したがって報道的な価値は薄く、政治と世論に及ぼす
影響力も限られた範囲にとどまる。今回の事案から代々木当局は、
その基本的な立場上、機会を捉えて、政府の防衛政策に挑戦する努
力を続けていると認識する事ができる。

   表面的な現象の情報収集は公然活動専一

 従前から代々木当局は情報保全隊による情報収集の手段及び要領
に異常な関心を抱いている。すなわち工作員(通称、スパイ)の潜
入、秘密文書の窃取、買収による資料入手など非合法ないし非道徳
な手段を使う非公然活動が多用されていると多分に誤解する。

 然るに政治情勢、世論動向、大衆運動など表面的な現象は例外な
く公然活動による情報収集による。ちなみにイラク派遣に伴う反対
動向は集会、デモ、街頭宣伝、講演会、研究会、駐屯地・基地への
抗議、営外居住の自衛官への直接的な働き掛け、自治体の決議、報
道などから把握する事ができた。

 先ず集会、デモ、街頭宣伝、講演会などは大部分、治安機関等に
届けるので、少なくとも概要が明らかになる。更に主要な行事は主
催組織の刊行物、政党の機関紙、新聞、雑誌に予告及び参集人員数
を含む結果報告が載る。加えてインターネットを検索しても、かな
りの情報入手が可能である。駐屯地・基地の門前で行う集会、デモ
、ビラ配付、の動き、あるいは抗議文を読み上げる行為は警衛隊、
広報担当などから通報を受ける事ができる。

 ところで各方面区に配置された情報保全隊隷下の各駐屯地派遣隊
は平素から当該担当地域内の治安機関及び自治体と連携して情報交
換を続けている。このような情報交換も、すべて公然活動による。

 自衛隊は防衛警備、演習訓練、部隊行動及び隊務運営に影響を及
ぼす各地域の情勢を継続的に把握し、判断を下す参考資料にする。
このように中央及び部隊の要求に応えるため端末の派遣隊は地域情
報の収集機関として不可欠の存在である。

2 本来、調査隊に始る情報保全隊は秘密情報組織ではなく、対情
報及び部隊保全に関し、一般部隊を支援する役割を果す。当然、
どこの国の軍隊も手掛けている非公然活動専門の組織は別に編成し
なければならない。

 情報保全隊には秘密の漏洩などの事案が起きた場合には当該事案
を解明する調査活動を行う任務もある。更に以前、起きた反戦自衛
官、オウム信者隊員などの解明は隊内動向の把握と呼ばれる任務で
ある。然るに部下隊員の心情把握は当該指揮官ないしは管理者の責
務であり、情報保全隊は所要の情報を提供して部隊保全に協力する
役割を果す。要するに平素、兆候がない状況下で情報保全隊が隊内
の動向を探る事はできない。

 筆者が派遣隊長当時、地域の情勢を把握する恒常的な情報収集任
務は「基本的情報収集項目」と呼ばれていた。基本的情報収集項目
による収集活動は当面の状況に応じ、中央が命ずるEEI(情報主
要素)に応えるように努力の重点を指向する。ちなみに1960年
代後半には地対空ミサイル、ホークの米国からに導入に伴う対象勢
力の動向把握がEEIであった。当時の左翼はミサイルを侵略戦争
の兵器と誤解し、集会、デモ、抗議行動を繰り返しており、横浜港
における揚陸妨害、駐屯地への輸送・搬入阻止が懸念されていた。

 2003年末から翌年初頭までの間に情報保全隊が命ぜられた
EEIは「イラク派遣に伴う国内勢力の反対動向」であったと認識
する事ができる。仮に反対行動が顕著あれば、部隊の派遣要領始め
政策の在り方を見直す可能性も絶無ではなかった。

 恐らく、当時は尖鋭分子が武器を使い、隊員、装備品、施設に実
害を与え、あるいは部隊移動を阻む妨害工作、破壊工作も懸念され
たに違いない。九一一事件以来、国際テロ活動が活発化する全般情
勢上、その影響が反体制勢力の行動に及ぶ可能性も考慮すべき範囲
に含まれていたからである。

 実際には新左翼によるイラク出動予定部隊が所在する旭川駐屯地
の門前に障害設置(警察が排除)及び防衛庁近傍における手作りの
金属弾発射にとどまり、事なきを得た。当時の状況を察するに防衛
政策及び部隊行動に障害を与える兆候の把握はEEIの中でも最も
重要な要素であったと理解する事ができる。

 ところで情報保全隊全体及び駐屯地派遣隊は共に限られた人数を
もって多くの業務を処理する立場にある。それ故に各地で起る集会
、デモなどに間髪を入れず、しかも十分な要員を送り出して、情報
を収集する能力はない。既に述べたとおり、既存の刊行物、報道、
ネットの内容分析に加え、治安機関及び自治体との交流により、情
報収集を行う。

 特に公然資料により情勢を把握し、基礎知識を習得する努力は全
情報活動の基本的な条件である。基礎知識は国家、社会、政治、軍
事に関する歴史の学習も含まれる。例えば共産党を知るためには現
行の組織、綱領、活動路線、日本の社会主義運動史の他、マルクス
、エンゲルス、レーニンの業績も学ぶべきである。

 もとより駐屯地・基地の周辺における現象は人数の少ない派遣隊
でも容易に直接把握する事ができる。一方、治安機関も警備、公安
、外事に関わる任務を効率的に進めるために、自衛隊から知り得た
情報の提供を期待している。治安機関における普段からの本的情報
収集項目の整備努力は情報保全隊の水準を遥かに上回る。

 防衛、治安、警備各組織は共に国家に安全及び存立を保障し、国
益を擁護するという重大な使命を担う。このため、各組織の情報要
員は普段から情報を交流し、協力体制の維持強化に努めている。

3 既に述べた基本的情報収集項目の収集に任ずる組織は自衛隊に
限らず、現代各国軍に存在する。例えば在日米軍の500情報旅団
(座間)には日本の政治社会情勢、対米世論動向、反米活動など
一般情勢を継続的に把握する組織がある。彼らも人数が限られてい
るので、日本の治安機関及び自衛隊からの情報提供に依存する。
特に厚木、横田、富士、横須賀など主要な基地の情報要員は自衛隊
と恒常的に情報を交流している。

 6月6日に代々木当局が今回の事案を公表後、数日間のテレビ報
道に出た評論家の多くは情報保全隊の活動を「国民を絶えず監視す
る旧軍憲兵の復活」と批判した。しかしながら、本拙文を一読すれ
ば共産党員を含む日本国民の大多数が情報保全隊の存在意義を正当
に理解する事ができると確信する。

 情報保全隊の全身である調査隊の経緯は本誌1997年7月号、
駐屯地派遣隊の業務の一例は本誌2002年8月号を参照されたい。」

http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/L9/190709.htm