goo blog サービス終了のお知らせ 

白夜の炎

原発の問題・世界の出来事・本・映画

<特定秘密保護法>人権侵害の恐れ、検討過程で官僚認識/毎日新聞

2014-08-18 17:20:10 | 政治
「<特定秘密保護法>人権侵害の恐れ、検討過程で官僚認識

毎日新聞 8月18日(月)9時48分配信

内閣情報調査室が自ら法の問題点を指摘した文書(2012年7月17日)

 特定秘密保護法案が政府内部で練り上げられた過程を探ろうと、毎日新聞が昨年5月に政府に情報公開請求したところ、1年以上かかって約4万枚の公文書が開示された。そこには法案の内容について政府内部でも議論があったことが記録され、官僚たちの「ホンネ」も透けて見える。【日下部聡】


【秘密保護法の“秘密”って誰が決めるの?】

 ◇「訓示的規定」入れる

 <訓示的規定を入れなければならないほど、ひどい法律なのかという議論に陥りそうな気がする>

 法案作りを担った内閣官房内閣情報調査室(内調)の「内閣法制局との検討メモ」によると、2012年7月9日の協議で、法制局はそんな疑問を内調にぶつけた。民主党・野田政権時代のことだ。

 「訓示的規定」とは、国民の基本的人権を侵害しないよう戒める規定のことだ。

 内調は法案の素案に、この規定を入れていた。その理由は、この日と同月17日に法制局に提出した別の文書に、内調が記している。

 <万が一本法が不適切に運用された場合を仮定すると、国民の知る権利、思想・良心の自由、取材の自由といった憲法的権利との間で問題が生じる余地がないとは言えない>

 <『本法の運用に当る者の良識に委ねた』部分がないと言い切ることは困難。「不安の念」が完全に払拭(ふっしょく)されたとは言い切れず、訓示規定を置かないことによる無用の誤解を避けることに合理性があると考える>

 法の危うさを内調自身が認識し、批判をかわすために「訓示的規定」を入れたことが分かる。法制局は、政府提出法案に最初からそのような規定が入るのは異例だとして「よほどうまく説明しないと法制局内で引っかかってしまう」と難色を示した。しかし、それ以降、この件が議論された形跡はなく、昨年10月に国会に提出された法案には、「(この法律を)拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害することはあってはならない」との規定が素案通りに入った。

 ◇外部の批判を意識

 <「国際的な」ということを書くと、アメリカから言われて立法するのではないかと批判される>(12年3月12日)

 <有識者会議の議事録問題はどうすることもできないのだろうか>(同27日)

 いずれも「検討メモ」に残る法制局側の発言だ。前者は、素案の第1条に「国際的な情報共有の促進」が、法の目的として入っていたことへの懸念だ。

 後者は、秘密保全法制を提言した政府の有識者会議の議事録が作成されていなかったことが、同年3月に毎日新聞などの報道で明らかになったことを指すとみられる。

 官僚たちは常に外部からの批判を意識していたことが読み取れる。内調からも次のような意見が出た。

 <(秘密の対象を)絞っているということをメッセージとして出さないと、いつまでもマスコミなどに何でも秘密だと言われ続けることになる>(12年2月20日「検討メモ」)

 主要な新聞記事は協議のたびに内調から法制局に手渡された。12年8月には、日本弁護士連合会の反対決議(12年5月)や日本新聞協会の意見書(11年11月)をまとめた文書が作られた。それぞれの主な主張に下線が引かれ、日弁連の指摘と法案を対照した表も作られている。

 しかし、国民の意見への反応は素っ気ない。11年に実施されたパブリックコメント「秘密保全に関する法制の整備に係る意見募集」の結果について「何か気づいた点はあるか」という内調の質問に、法制局は次のように答えている。

 <反応としては、こんなものではないか。建設的な議論をしようとする人はあまりいないのだろう>(11年12月16日「検討メモ」)

 法案の検討にパブリックコメントが反映されたことを示す記録は見当たらない。

 ◇政権交代影響なし

 政治家や政党の主張に対する言及はほとんどない。数少ない例は次のような法制局の意見だ。

 <尖閣ビデオが特別秘密(現特定秘密)に該当するというと、もともと(秘密保全法を)やれと言っている野党まで敵に回してしまうのではないか>(11年10月18日「検討メモ」)

 民主党政権下で実質的な法案作りが始まったのは11年9月。きっかけは、10年に尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船が中国漁船に衝突された事件の録画映像が、ネットに流出したことだ。当時野党だった自民党は、国民に映像を公開するよう求めた経緯がある。

 11年11月30日の「検討メモ」には次のように記されている。

 <法制局幹部会では、尖閣ビデオが本法制の対象にならないということで意見が一致していた>

 発端になった漏えい情報は、この時点で特別秘密には当たらないと判断されていたことが分かる。一方で法制局からは、こんなぼやきも出ている。

 <この(野田)政権における法案の優先順位付けがよく分からない>(12年2月17日「検討メモ」)

 にもかかわらず、法案作りは進んだ。開示された11年9月から昨年4月までの記録には、自民党が政権に戻ったことへの言及はない。

 一度動き出した法案作りは、政権交代に大きな影響を受けることなく官僚主導で進められた実態が浮かび上がる。

 ◇内調と法制局、40回以上協議

 特定秘密保護法の法案作成作業は、民主党政権が設置した有識者会議の報告書を受け、2011年9月に始まった。内閣情報調査室(内調)が担当し、次のような手順で進んだ。

 内調が素案を作り、防衛、外務、警察庁など関係省庁に提示して意見を求める。各省庁からの要求を取り入れたり、断ったりしながら条文を調整する一方、月に1~3回程度のペースで内閣法制局に素案や資料を持ち込み、憲法や既存の法律との整合などについて指導や助言を受けて修正する。この繰り返しだ。開示された11年9月~昨年4月の文書で確認できるだけでも、法制局との協議は40回以上行われている。

 協議は課長級の中堅官僚である参事官が主に担った。「検討メモ」によれば、この時期、内調側は警察庁出身の村井紀之参事官や外務省出身の橋場健参事官、課長補佐ら複数が参加した。法制局側は12年9月までは国土交通省出身の海谷(かいや)厚志参事官、以降は警察庁出身の太刀川浩一参事官が1人で対応しており、記録に残る法制局側の発言は両氏によるものとみられる。太刀川氏以外は既に出身官庁などに異動している。法案は昨年10月25日に閣議決定され、国会に提出された。国会では自民、公明、みんな、日本維新の会の4党による協議で一部が修正され、成立した。

 毎日新聞は昨年5月、内調はじめ14の政府機関に、法案の検討過程を記録した文書の開示を請求。昨夏から今月にかけて断続的に文書が開示された。閣議決定前に開示されたものは、ほとんど黒塗りだったが、閣議決定後は多くの部分から黒塗りがなくなった。昨年5月以降の記録についても昨年12月に開示請求をしたが、まだ開示されていない。

 政府は特定秘密保護法の年内の施行に向け、運用基準の素案や関連政令案についての意見公募(パブリックコメント)を今月24日まで受け付けている。」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140818-00000007-mai-pol

ウクライナの対露作戦としてのマレー機撃墜/田中宇氏

2014-07-29 16:58:10 | 政治
「 前回の記事に書いたように、ウクライナ東部でマレーシア航空機MH17を撃墜した「犯人」は、ウクライナ軍である可能性が最も高い。事件発生後、米欧日などのマスコミで、いっせいに「ロシア犯人説」が流布された。しかし米政府は7月22日、諜報担当官が匿名の記者懇談で「ロシアがMH17機の撃墜に何らかの直接関与をしていたと考えられる根拠がない」「ロシアがウクライナ東部の親露勢力にミサイルを渡して撃墜させたと考える根拠がない」と述べ、それまでの「ロシア犯人説」の主張を引っ込めた。 (US: No link to Russian gov't in plane downing)

 米政府は「ロシアの責任は、撃墜への直接関与でなく(親露勢力を軍事支援するなど)今回の撃墜につながる状況を(間接的に)作ったことだ」と、それまでより弱い対露非難へと後退した。また米当局者は「ウクライナ東部の親露勢力が(ロシアから与えられたのでなくウクライナ軍から奪うなど独自に入手した)SA11を使って、MH17機をウクライナ軍機と間違えて撃墜した」という新たな説明もしている。 (MH17 likely shot down by mistake by Russian separatists, US intelligence official says)

 ロシアがウクライナの親露派に命じて撃墜させたという説を米政府が引っ込めたことで、ロシア犯人説は「無根拠な陰謀論」になったといえる。残っているのは、米政府が推定している親露派による誤射での撃墜説と、ロシア政府が主張しているウクライナ軍犯行説の2つだ。この2つの説のうち、私は、ウクライナ軍犯行説の可能性の方が高いと考えている。その根拠は、7月21日にロシア軍高官が記者会見し、当日のレーダー映像を証拠として示しながら、ウクライナ空軍のSU25とみられる戦闘機2機が撃墜直前のMH17を追尾し、撃墜後に現場を旋回した上で飛び去ったと発表したからだ。「ロシアが言うことは全部ウソだ」という印象が報道プロパガンダによって蔓延しているが、今回の撃墜事件に関して最も説得力があった記者会見は、7月21日のロシア軍によるものだ。露政府と対照的に、米政府は説得性がある証拠を何も示していない。 (Ukrainian Su-25 fighter detected in close approach to MH17 before crash - Moscow)

 英国BBCテレビのロシア語放送は7月22日、墜落直前のMH17の近くを戦闘機が飛んでいるのを見たという、墜落現場近くの住民の証言を報道した。この放送動画はインターネットのBBCのサイトで公開されたが、その後削除されている。動画をコピーしたものがユーチューブで出回っている。親露派は戦闘機を持っていない。ウクライナ軍の戦闘機がMH17を追尾していた可能性が高い。 (The Video Report Deleted by the BBC - ENG SUBS) (Censorship or error? Internet criticism for BBC removal of MH17 report)

 ウクライナ軍の戦闘機がMH17を撃墜したと決めつけることはできないが、戦闘機の行動からは、少なくともウクライナ軍はMH17が撃墜されることを事前に知っていた、もしくは誘発した可能性が高い。そうでなければ追尾しない。ここにおいて、撃墜状況の可能性は(1)ウクライナ軍機が空対空ミサイル(R60)で撃墜した。(2)露軍が7月21日の記者会見で発表したように、ウクライナ軍は数日前から現場近くに地対空ミサイルSA11(ブーク)を配備していた。それで撃墜された。(3)ウクライナ軍戦闘機と一緒に飛んでいたMH17を、親露派が、ウクライナ軍輸送機と勘違いし、以前にウクライナ軍から奪って持っていたSA11で撃墜した。・・・の3通りが考えられる。(3)は親露派が犯人だが、戦闘機を間近に飛ばしてMH17をウクライナ軍輸送機に勘違いさせたのはウクライナ軍の謀略である。 (Ukrainian Air Defense Exercises Might be Behind Malaysian Aircraft Crash - Source) (マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国)

 撃墜事件以来、米欧などのマスコミがロシア敵視のプロパガンダを過激に展開し、世界的に「ロシアが悪い」「親露派が悪い」という歪曲されたイメージが強くなった。ウクライナ軍は、この反露的な世界の世論を追い風として、ウクライナ東部の親露派の中心地であるドネツクに攻撃をかけ、親露派を一気に潰そうとする作戦を開始している。ウクライナ軍はすでにドネツク郊外の小さな町を次々と侵攻し、ドネツクに対する包囲網を形成している。人口約百万人ドネツクの街には、まだ市民の多数が住んでおり、ウクライナ軍が市街地に侵攻すると、多数の一般市民が殺される。平時なら、ドネツク市民を殺すウクライナ軍に対する国際非難が強まる。 (Ukraine poised to try to reclaim Donetsk, its military says)

 これまで、ドネツク市民など親露派は、世界的に、あまり「悪者扱い」されていなかった。ウクライナ軍はドネツクを攻略できず、ウクライナ東部の内戦はこう着状態だった。しかし今回の撃墜で親露派が「犯人」扱いされ、親露派のドネツク市民は、MH17に乗っていた「多数の子供たち」を含む無実の乗客たちを殺害した「極悪非道のテロリストの仲間」だ。ウクライナ軍が多数のドネツク市民を殺害しても、国際的な非難は少ない。ウクライナ政府は、ガザの市民を殺害して世界の非難を浴びるイスラエル政府がうらやむような国際プロパガンダの追い風を受けている。ウクライナ軍にとってMH17の撃墜は、ドネツクに侵攻すべきまたとない好機を生み出している。

 こうした現状と、ウクライナ軍が撃墜して親露派のせいにしたか、もしくは親露派をだまして撃墜させたという、MH17撃墜をめぐるウクライナ軍の謀略を合わせて考えると、一つの推論が出てくる。ウクライナ軍は、膠着していた内戦を自分たちに有利なように進展させ、ドネツク陥落や内戦勝利に結びつけるために、親露派に濡れ衣を着せる目的で、MH17撃墜の謀略をやったのでないかという推論だ。

 7月初め、米国の軍産複合体系のシンクタンク「ランド研究所」が、ウクライナ軍が内戦を本格化して勝つための3段階の戦略を立てていたことが暴露されている。それによると、ウクライナ軍はまずドネツクなど東部で親露派が立てこもっている町を孤立させ、外部との連絡網を完全に遮断し、ドネツクなどに残っている市民は親露反乱軍に加担するものとみなす。次に、町に侵攻し、反抗する市民は殺害し、投降してくる市民を、あらかじめ作っておく強制収容所にいれる。収容所でも、抵抗するものは射殺する。最後に、反乱軍を一掃した後のドネツクなどで、親露市民の土地建物などの資産を没収し、国有化する。この戦略は、平時だと人権侵害として国際的に非難されるが、親露勢力に極悪のレッテルが貼られている今なら、非難をあまり受けずに挙行できる。MH17撃墜も、ランド研が考えた謀略だとしても不思議でない。 (Leaked: `US think-tank plan' on E. Ukraine suggests internment camps, executions)

 米英の軍産複合体にとって、MH17撃墜を好機としたウクライナ軍のドネツク侵攻は、ロシアをウクライナの内戦の泥沼に引っ張り込める利点がある。米国などは「ロシアがウクライナに介入し、親露派に武器や戦争技能を供給している」と非難しているが、ロシアは国際政治的に優位を保つため、親露派に武器や技能を供給しないようにしている。米政府は「全部ロシアが悪い」と声高に言うが、国際世論は、途上諸国を中心に、しだいにロシアの肩を持ち、米国を信用しないようになっている。この裏に、ロシアがウクライナ内戦に介入を控えている現実がある。 (US says Russia fired artillery into Ukraine)

 しかし今後、ウクライナ軍がドネツクに侵攻して多くの親露派市民が殺され、米欧マスコミがそれを看過する事態になると、ロシアはウクライナ内戦に介入し、親露派を公式に支援せざるを得なくなる。そうなると「ロシアがウクライナに介入して内戦を激化させている」という米国の主張が、事後的にだが、正しいものになる。この展開は、ロシアを不利にする。 こうした事態との関係が不明だが、ロシアのプーチン大統領は7月23日、ウクライナ情勢について話し合うため、夏休み中の議会を緊急招集した。 (Putin Recalls State Duma From Vacation, "Planning Something" On Ukraine Situation)

 米国は、こうした事態を先取りするかのように、MH17が撃墜されたのと同じ7月17日にウクライナ、グルジア、モルドバの3カ国を、NATOに準じる同盟国に格上げすることを決定した。オバマ政権は、ロシア近傍の東欧諸国に米国の核兵器を配備することを検討している。米国防総省は、冷戦時代のロシア敵視策を復活してウクライナに適用すると表明した。MH17撃墜を機に、米国は、撃墜に対するロシアの直接関与がないと認める一方で、ロシア敵視策を強めている。MH17撃墜の謀略立案に、米国も加担していた感じだ。 (Obama Leads Republicans' War Against Russia) (Gen. Dempsey: We're Pulling Out Our Cold War Military Plans over Ukraine)

 MH17の墜落現場では、犯人を特定するための現場検証が始まろうとしているが、ここでも政治謀略がうごめいている。事故後、撃墜で194人の自国民が死んだオランダなどの当局者たちが撃墜現場を訪れようとして、ウクライナの首都キエフまでやってきたが、キエフから現場まで行こうとするたびに、現場の手前の地域でウクライナ軍と親露派の戦闘が起こり、キエフに引き返さざるを得ない事態が何日も続いた。東部の親露派がオランダの調査隊に語ったところによると、戦闘を起こしているのは多くの場合、ウクライナ軍の方だという。

 マスコミは「現場に行こうとする調査隊を親露派が阻止した」「親露派がフライトレコーダーを盗んだ。破壊した」などと喧伝したが、実のところ、フライトレコーダーは無傷で保管されていた。各国の調査隊が現場に着くまでの数日間、毎日の最高気温が30度を超える猛暑で死臭が漂う中、親露派の人々は、国際調査団から依頼されたとおり、墜落現場で遺体を捜索してマーキングする作業を続けた。猛暑で遺体が腐敗するのを防ぐため、親露派は、支配地域で破壊されずに残っている冷凍貨物列車を現場近くまで移動し、そこに遺体を移動して保管した。オランダの調査隊は、これらの親露派の努力を絶賛し、感謝の意を述べている。この間、国際マスコミは「親露派が遺体を冷凍貨車に乗せて盗み出す?」などと喧伝していた。 (Dutch forensics inspectors praise DLPR workers)

 事件後、初めて海外マスコミが墜落現場を訪れて写真や動画を撮影した時、現場で報道陣を案内した武装した親露派司令官が、搭乗者の遺品が集められた場所で、説明の途中で「見てください。これの持ち主も撃墜されたんです」と言って、子供の搭乗者の機内持ち込み品とみられるサルのぬいぐるみを取り上げた。司令官は、自分がぬいぐるみを持っているところをカメラマンたちに撮影させた後、ぬいぐるみをそっともとの場所に戻し、帽子をぬいで十字を切った。キリスト教徒であろう司令官は、ぬいぐるみの持ち主である子供に哀悼の意を示した。 (Наблюдатели ОБСЕ на месте крушения малайзийского ≪Боинга≫)

 ところが米欧では、親露派司令官がぬいぐるみを持っている写真が「MH17を撃墜した残虐な親露派が、子供の遺品を戦利品のように持って自慢している」という論調で伝えられた。親露派は、米国に後押しされた政権転覆で2月にできたウクライナの極右政権に、母語であるロシア語の使用を禁止され、自治を剥奪される流れになったため、自治の回復を求めて中央政府派遣の当局者を追い出し、自分たちの町に立てこもったのであり、残虐でも極悪でもない。高度1万メートルで破壊し落下したMH17の残骸や遺体は、約10キロにわたって散乱している。国際調査団がなかなか来ない中、親露派の人々は、その広大な地域で遺体や遺品を調査したり集めたりして、オランダ当局に感謝されている。そんな努力をしたのに、親露派は犯人扱いされ、極悪だと言われている。極悪なのは、マレー機墜落の謀略を行ったウクライナ政府や、意図的な歪曲情報をいまだに流すマスコミや米政府の方だ。 (Perverted truth: How rebel mourning MH17 victims was turned into looter with trophy)

 事件から10日がすぎ、国際調査隊がいよいよ墜落現場に行こうとすると、ウクライナ政府は新たな妨害工作を行った。国際調査団の中に、オランダの非武装の警察隊40人が含まれていた。ウクライナ政府は、外国の警察を自国領内に入れるための法的な措置が必要で、その議会承認に5日かかると言い出した。オランダ政府などにとって、それは初耳だった。 (Effort to Secure Malaysia Airline Crash Site Falters in Eastern Ukraine)

 27人の自国民がMH17に搭乗して死んだオーストラリアの政府は、撃墜現場での調査を安全なものにするとの理由で、ウクライナ東部に、190人の武装警察官と、人数は未確定だが豪軍兵士も派兵することを検討している。豪政府はすでにウクライナ政府と、警官派遣で協定を結んでいる。ドイツなど欧州の当局者の中には、豪州の派兵に「ウクライナ内戦を悪化させるつもりか」と強く反対する声が出ている。 (Australia risks inflaming Ukraine conflict by sending armed police to MH17 site: analysts)

 撃墜現場は、親露派とウクライナ軍の対峙や戦闘が起きているウクライナ東部の2大都市であるドネツクとルハンスクからそれぞれ50-60キロ離れた郊外で、すでに周辺で砲撃が行われている。今後、2都市で内戦が本格化すると、墜落現場の地域でも戦闘が激化する。その中で豪州の武装警察や軍隊が現地調査隊警護のために駐留していると、戦闘に巻き込まれ、内戦に参戦することになりかねない。豪州は米国の同盟国であり、好戦的なプロパガンダも米国同様、反露・親ウクライナの傾向だ。内戦が巻き込まれたら、豪州はウクライナの側に立ち、ロシアを敵にすることになる。豪軍がウクライナ内戦に巻き込まれてロシアと戦ってくれると、米軍を痛めず戦争を激化でき、米国の軍産複合体やネオコンにとってうれしいことだろう。

 逆に、米国の同盟国だがロシアと敵対したくないドイツなどEUにとって、豪州の派兵は迷惑千万だ。EUでは、MH11撃墜で自国民が194人死んだオランダが警察隊を派遣したが、非武装武装だ。オランダは海兵隊の派兵も一時検討したが、ロシアとの関係を考えて見送った。 (Dutch, Australians ready MH17 troops amid Ukraine deadly fighting)

 MH17撃墜の謀略が成功してウクライナ政府側が内戦に勝ち、ロシアが不利になる流れが始まったかと思いきや、それと逆の動きも出てきた。IMFがウクライナ政府に財政緊縮を約束どおりすぐに開始しろと圧力をかけ、ウクライナの4党連立政権が、IMFの要求に従おうとするヤツニュク首相らの2党と、財政緊縮を実施すると国民に貧困を押しつけることになるので拒否すべきと主張するスボボダ(極右政党)など2党が分裂し、7月24日にスボボダなど2党が離脱して連立が崩壊し、ヤツニュク首相が議会に辞表を提出した。 (Obama's Ukrainian Ploy Collapses; Ukraine Now Seeks Direct U.S. Bailout)

 ウクライナ議会は夏休みに入っており、ヤツニュク首相の辞表は議会に受理されていない。30日以内に新政権を組閣できない場合、議会が解散され総選挙になる。ウクライナでは今年5月の選挙で新大統領になったが、議会は2012年から総選挙が行われていない。早く総選挙をやるべきだという世論が強く、このまま総選挙に突入する可能性が強い。 (Poroshenko's risky power play)

 ウクライナの政界は04-06年にも、親露派が追い出されてナショナリストが政権を取った後、新政権内の派閥争いがひどくなり、親露派が政権を奪回する展開になった。今回も、今年2月に米国の後ろ盾で極右らナショナリストが親露派を追い出して政権をとったものの、5カ月後の今、政権崩壊が起きている。ウクライナは、政界が分裂してまとまらない中、東部で親露派を潰す内戦を激化して勝てるのかどうか、不確定さが増している。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び)

 IMFは、BRICSの突き上げが強いものの、一応まだ米国の支配下にある。米国がIMFを動かし、ウクライナ政府に財政緊縮の早期開始の圧力をかけるのをしばらく延期することもできたはずだが、米国はそれをしなかった。IMFは今年2月にウクライナに親米反露の極右政権ができた当初から、ウクライナに融資する見返りに、ほとんど実行不可能な厳しい緊縮財政を求めてきた。米政府はウクライナの反露政権を支援するが、米国が支配しているはずのIMFは反露政権に厳しい要求を突きつけて政権崩壊させてしまうという、矛盾した構造になっている。」

http://www.tanakanews.com/140728ukraine.htm

ヘイトスピーチ処罰を=慰安婦問題、国家責任認めよ―国連対日勧告

2014-07-25 17:15:36 | 政治
「【ジュネーブ時事】

 拷問禁止、表現の自由などに関する国連人権規約委員会は24日、日本政府に対し、ヘイトスピーチ(憎悪表現)など、人種や国籍差別を助長する街宣活動を禁じ、犯罪者を処罰するよう勧告した。また、旧日本軍の従軍慰安婦問題についても、「国家責任」を認めるよう明記した。

 規約委は勧告となる「最終見解」の中で、ヘイトスピーチや「Japanese only」の表示など、外国人への差別をあおる行為が広がっているとして問題視。差別される側が「刑法、民法で十分に保護されていない」と懸念を示した。
 その上で、「差別や暴力を誘う人種的優位や憎悪を助長するプロパガンダをすべて禁止すべきだ」と提言。日本政府に対し、犯罪者を処罰するルールを整備するよう促した。

 一方、従軍慰安婦問題に関しては、元慰安婦への人権侵害が続いており、教科書への十分な記述を含めた教育の重要性を指摘。「公式謝罪、国家責任を公式に認めること」を求めた。

 このほか、死刑確定後に再審が認められ釈放された袴田巌さんの事例を踏まえ、死刑制度の廃止検討を盛り込んだ。また特定秘密保護法の厳格な運用も勧告した。


 規約委の対日審査は15、16両日、ジュネーブの国連欧州本部で約6年ぶりに行われた。勧告の解釈は各批准国に委ねられ、法的拘束力はない。 」

日本が民主的な自由主義陣営というのなら、このようなことを言われるまでもなく、先に先に手を打っていたはずだ。どれほど日本政治の実態が民主からも自由からも離れているか、よく示している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140724-00000153-jij-int&pos=1

アッカーマン教授の安倍政権論/内田樹

2014-07-22 13:49:23 | 政治
「2014.07.17
アッカーマン教授の安倍政権論

エール大学のブルース・アッカーマン教授が先週の日本とドイツの動きについて、これらはアメリカとの戦後パートナーシップの重大な変質の予兆であるという見解を述べています。

とりあえず、日本に関係のある部分を翻訳しておきます。

「安倍晋三首相は時代錯誤的なナショナリストであり、日本の戦後憲法はマッカーサーの占領政策によって不当に押しつけられたものだとして、彼の自民党を先導して憲法への信頼性を傷つけるキャンペーンを展開している。

彼の最初の標的は九条であった。彼は当初は憲法に規定してある国民投票に訴えて、これを廃絶することを目指していたが、この動きが広汎な世論と議会内部での抵抗に遭遇すると、ギアを入れ替えて、憲法をいじらないままで目的を達成する方法を探った。
7月1日安倍は彼の政府は憲法九条を「再解釈」することで、憲法が「永遠」に放棄したはずの「武力による威嚇または武力の行使」は可能であると宣言して、過去二世代にわたる憲法解釈を覆した。

この動きは1960年代以来の大きな抗議デモを引き起こし、世論調査でも市民の不同意は高い率を示している。

これに対して、日本政府は九月に予定していた実施関連法律の審議を先送りにし、慎重審議を約束している。

もし、安倍がこのまま成功を収めると、彼のラディカルな憲法再解釈は日本国憲法が保証している基本的な政治的権利、市民的権利を抑制しようとしている自民党の改憲案の先駆的実践としての役割を果すことになる。

この政治的事件の賭け金はきわめて高いものであり、これからあとの数ヶ月、近代日本史上最も重要な議論が繰り広げられることになるだろう。
しかし、国防長官チャック・ヘーゲルは違う方向からこの議論に介入した。

ペンタゴンでの先週金曜の記者会見で、安倍のこの決定が日本の立憲政治にとってどれほど重大な意味をもつものかに言及することなしに、ヘーゲルは米政府は安倍政権の「大胆にして、歴史的、画期的な決定」に「強い支援」を約束すると述べたのである。

この声明は日本のみならずアメリカにとってもひとつの転換点を意味している。

というのは、この声明でヘーゲルはアメリカが二世代にわたって支持していた日本の憲法秩序を否定したからである。
安倍の憲法への攻撃の歴史的意味を勘案するならば、アメリカの立場をペンタゴンの記者会見の席でヘーゲルが述べるに任せるということがあってはならなかった。

これは大統領自身が、アジアの自由民主主義の未来に与える安倍の決定の破壊的衝撃(devastating impact)について国務長官とともに精査したのちに、ホワイトハウスで取り扱うべき事案だったからである。

しかし、ケリーとオバマは中東やその他の地域での戦闘に忙殺されて、アメリカの長期的戦略にかかわるこの大きな問題に取り組むことができなかった。

ドイツのスパイ騒動の場合と同じく、ホワイトハウスは、戦後の日米関係、独米関係が大きな転換点を迎えているという事実を真剣に考慮することなく、国家保安の部局にその仕事を丸投げしてしまったのである。
ドイツと日本にかかわる先週のニュースは「目覚まし時計」の鳴動である。

アメリカ政府は緊急の問題と、本当に根本的な問題をしっかり識別しなければならない。

アメリカ政府が日本、ドイツとの伝統的な戦後パートナーシップについて再考するを怠れば、われわれは遠からず独裁主義的日本(authoritarian Japan)とアメリカにきっぱり背を向けたドイツに遭遇することになるだろう。
それは二十世紀の最大の遺産が破壊されたということを意味している。」

http://blog.tatsuru.com/

あまりに‘リアル’で”19禁"にされた映画/ハンギョレより

2014-06-26 14:14:53 | 政治
「非現実的なキム・ギョンムク監督の‘おかし哀しい’映画

<これが我らの行き着く先だ>

 「8館、左側に入場してください」 ‘私たちはどこかのアルバイト生だった’というメインコピーの映画を案内する映画館のアルバイト生は同じ言葉を機械的に繰り返した。 8館は入場する観客から見れば右側にあるのだが、誰もアルバイト生の言葉を聞いて左側へ行く人はいなかった。 映画のチケットに8館と鮮明に記されていたし、赤い字で大きく書かれた‘8’という数字が、絶対に道に迷わないよう案内していたからだ。 観客は誰もアルバイト生の言葉に耳を傾けていなかった。

「バイトなんかしているくせに」

 全国のコンビニが2万5千店を超えて、一日に880万人がコンビニを利用するという。 そして95%以上のコンビニが24時間営業している。 ‘コンビニエンス’という単語のように、私たちは一日にも何度もきれいに陳列された売場で便利に商品を購入している。 コンビニのアルバイト生は「いらっしゃいませ。 1万ウォンお預かりします。 お釣はいくらです」のような、規則的な仕事はしているものの、私たちの大部分は彼らに関心がないだろう。

 キム・ギョンムク監督の4本目の長編映画<これが私たちの行き着く先だ>は、映画館のアルバイト生のように、一日に何度も何気なくすれちがうコンビニ アルバイト生の話だ。 映画は労働の神聖な価値を強弁することも、最低賃金問題を語りもしない。 ただ、その視線をコンビニの商品ではなく、影のように静かに働いている若い青年たちに向けている。 映画の中のアルバイト生は、見慣れた空間を通り過ぎていく多くの人々をレジの外ではなく中から眺める。 そしてそれこそが多くの私たちの姿だと話す。

 映画の中のエギョン コンビニで働くアルバイト生8人は、同性愛者、インディミュージシャン、自主退学生、求職者、脱北者、中年失業者で、社会から‘なぜそんな風に生きるのか’と後ろ指を差される人々だ。 だが逆説的に言えば、そのアルバイト生たちは社会を最も熾烈に生きていた。 僅か1千ウォン(100円)のドリンク一つ買って、客だという理由で王の振るまいをしようとする人々に落ち着いて応対する。 次のアルバイト生が来ないので大事なオーディションに遅れても、アルバイト生はタバコを売らざるを得ない。 彼女はコンビニで自身の役割に忠実だが、数千ウォンのお金を持つお客さんは、お客さんの限度を越えてアルバイト生の日常を侵す。 そんな風に、映画はお金さえあれば好き勝手にしてもかまわなくて、金がなければ人間的なことも尊重されえない社会の規則に対して‘そんなことも知らないのか、ソウルの田舎者みたいに’と皮肉っている。

 キム・ギョンムク監督の映画<これが我らの行き着く先だ>の力はまさにその‘現実性’にある。 ミンヒ役を演じる俳優キム・セビョクは今回の映画をどのように準備したかという質問に「別に準備することはなかった。 映画館の近所のコンビニでアルバイトを長くしていたし、その時の感じをそのまま生かした」と話した。 そして、キム監督本人と共同作業をしたシナリオ作家全員がコンビニでバイトをした。 それで監督はアルバイト生とお客さんの話を時には非現実的に表現しているけれど、その非現実的な設定があまりに現実的なので、面白くて、また胸がつまる。


キム・ギョンムク監督の<これが我らの行き着く先だ>//ハンギョレ新聞社
 コンビニでアルバイト生にセクハラして、働いたバイト代を払ってやらないと脅迫する社長が威張っている、反対に加盟店契約が憲法の原則に反していても何も問題にならないおかしな世の中で、監督は現実を映画にした。 商売にならなくて店を閉めたくても社長が思いのままに閉めてはいけない社会、「エアコンをバンバンつけておいて、仕事もなくてバイトなんかしているくせに」という言葉を聞きながらも、当面の生計のためにバイトに追い立てられる現実は、時にはとても非現実的なので映画のようだ。

Hでも、暴力や悪口が多いわけでもない19禁

 だが、軍律厳しい軍隊の閲兵式のように、整然と立ち並ぶ販売台、ホコリ一つないと思った白い床のコンビニで、そこを利用したり運営する人々は全て無粋に傷ついていた。 高貴に見えるほど礼儀正しいがトイレが急な「奥様」のように、私たちはジタバタしながら生きているが、社会が強要する‘クール’さからは逃れられない。 そんな風に人々は泥沼で日常に耐えているのに、社会は相変らず洗練され公正だと言う笑わせる世の中なので、この映画は俗っぽい言葉で‘ウップン(おかし哀しい)’だ。

 誰もが行けるコンビニに関するこの映画は、映像物等級委員会で青少年観覧不可等級を受けた。 青少年観覧不可映画なので、Hで、暴力的な場面や聞いたこともない創意的な悪口を期待したが、実際の映画は非常に現実的だった。 映等委の等級判定によれば、今後全国2万5千店余りのコンビニは青少年危害施設に指定して出入りを統制しなければならないだろう。 <これが我らの行き着く先だ>に対する映等委の青少年観覧不可等級判定で、改めて私たちの社会がウップン(おかし哀しい)ことが証明された。 この映画は6月26日に封切られる。

ヤン・ホギョン青年ユニオン活動家

韓国語原文入力:2014/06/25 16:57
http://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/644014.html 訳J.S(2430字)」

http://japan.hani.co.kr/arti/culture/17671.html

慰安婦問題、失われた正義/WSJ

2014-06-26 13:28:38 | 政治
「【北京】第二次世界大戦終了の直後、敗北した日本政府にとって喫緊の課題は、国内の女性たちを連合国占領軍の何十万人もの米兵からどう守るかということだった。

 解決策は「ianfu」(慰安婦)だった。

 ボランティア(自由意思)による慰安婦が募集された。RAA(the Recreation and Amusement Association=特殊慰安施設協会)として知られる政府公認の一連の売春所で働く仕事だ。

 何千人もの日本人女性が応募し、「広く社会のために」自らを犠牲にすると覚悟した。売春所は米兵たちの間で人気が沸騰。兵士たちの間で性病が広がり、数カ月後には閉鎖しなければならなくなった。

 今では日本のボランティア女性たちの犠牲に言及されることはほとんどないが、そうした犠牲は戦時の慰安婦に関する考え方を体現していた。慰安婦とは、太平洋戦争中に日本軍が性奴隷を指す言葉として生み出した言葉だ。戦時中の慰安婦の大半は、当時日本の植民地だった朝鮮出身の女性だった。しかし中国人も相当な数がいた。

 戦時中の女性の役割に対するこうした認識が、その後の米国主導の東京裁判が日本の最も極悪な一面を覆い隠した背景にあった、と主張する法律学者や女性権利擁護者もいる。東京裁判は性奴隷を戦争犯罪として認めることはなかった。

 終戦から70年たった今、韓国や中国などで元慰安婦の生存者が少なくなっているが、彼女たちは今なお正義を待ち望んでいる。政治家たちが責任の所在という問題で言い争っている中で、正義を待ち望んでいるのだ。

 安倍晋三首相は、アジア各地の元慰安婦に対する1993年の画期的な謝罪(河野洋平官房長官談話)を検証することで、この古傷を再び開いた。河野談話の謝罪は、「慰安所」の設置と慰安婦の募集で旧日本軍が果たした役割を認めたものだった。それは「心身にわたり癒やしがたい傷を負われた(犠牲者たち)」に対する自責の念を表明していた。

 日本政府は先週、河野談話の謝罪の作成過程を検証した結果、日本と韓国の当局者が文言調整で秘密裏に交渉していたことが判明したと発表した。これは、河野談話で純粋な自責の念のようにみえたものが、実際には外交上の産物であったことを示唆したことになる。

 安倍首相は、この謝罪を撤回するよう求めるナショナリスト(国粋主義)的な同志たちから圧力を受けているが、謝罪自体は撤回しないと述べている。しかし検証作業によって、ずっと責任回避的だった河野談話がさらにあいまいになった形だ。慰安婦を商業ベースの売春婦だったと表現し、日本は不当に非難されていると主張する右翼勢力は、今回の検証に勇気づけられている。

 日本の検証に反対していた韓国政府は23日、日本の駐韓大使を呼び、検証結果公表に抗議した。また中国外務省の報道官は、日本が「侵略の罪を覆そうとしている」と非難した。

 戦争終了後これほど多くの年月がたった今日、アジアの元慰安婦が今なお正義を求めているのに対し、政治家たちが技術的な詳細にこだわり続けるのは一体なぜなのだろうか。

 確かに、性犯罪への日本軍の直接関与に関する証拠を入手するのは困難だ。中国の公文書専門家は、日本軍が撤退の際に記録や文書を徹底的に破棄していたと述べている。

 慰安婦たちの一部は、自分たちの境遇を生前に一言も語ることがなかった。生存者たちによると、慰安婦はいったん「摩耗」したり、病気になったり妊娠すると、即座に殺され、時には銃剣で突き殺されたという。

 「慰安所」をどのように説明すべきかの議論が続いている。慰安婦のための正義を求める人々は、それが村々から拉致された女性や少女のあふれるレイプセンターだったと表現する。だが、この説明は大きな違いを見落としている。1937年に日本軍によって陥落した上海など中国の主要都市では、軍の「慰安所」は、日本の民間人向けの売春宿システムの中に設置され、規制も厳しかった。女性たちの扱いは、戦争の前線に近い臨時施設の方が悪かったようだ。中国人のブローカーが主要な役割を果たし、侵攻してくる日本軍のために女性たちを調達していた。

 このため日本の右翼勢力は、責任の所在が旧日本軍にあるとする画一的な議論を否定している。 

中国政府にも見捨てられた元慰安婦

 しかし、元慰安婦たちの消えない痛みの裏には、文化と政治に関する根深い問題が存在する。そうした問題は依然として完全に認知されているとは言えない。それは日本だけにとどまらない。

 戦時の女性たちの苦悩は、戦後も続いた。彼女たちは、純潔を重んじる男性優位社会からしばしば締め出された。慰安婦として働いた結果不妊になった女性たちは、結婚相手として認められなかった。これは女性の価値に関する田舎の価値観を浮き彫りにしていた。多くの女性たちは旧日本軍の協力者だとのレッテルを貼られた。

 最近出版された米バッサー大学の丘培培(Peipei Qiu)教授と中国在住の共著者2人(蘇智良氏と陳麗菲氏)の著書「Chinese Comfort Women(中国人慰安婦)」は、元慰安婦12人の痛ましい経験をつづり、この悲劇にあらためて光を当てている。

 元慰安婦のうちの1人、Yuan Zhulinさんは、初めて慰安所で働いた日に頑強な日本兵10人からレイプされたことを明かし、「下半身をナイフで刻まれているように感じた」と説明している。武漢生まれの彼女は、逃げようとしたら殴打され、そのため頭痛に生涯悩まされることとなったという。彼女の苦難は、法的な迫害でさらに増幅された。1958年、中国の裁判所は日本人相手の売春婦だったとして彼女に「重労働」の刑を言い渡した。彼女はその後17年間、極寒の中国東北部に追いやられた。

 またNan Erpuさんは1960年代の文化大革命の際、日本兵に性を提供した「守旧的な反革命主義者」という理由で投獄された。彼女は後に自殺した。

 屈辱は最近まで続いた。Li Lianchunさんは2000年に元慰安婦に関する会合に参加するため東京を訪れようとしたが、中国の地元当局者に渡航書類の発行を拒否された。この当局者は、彼女が国外で「恥ずべき過去」を語ることが不適切だと考えたためだった。

 これまで研究者たちは、アジア全域で最大20万人の慰安婦がいたとし、うち大半は朝鮮出身者だったと推定してきた。しかし丘教授らの著書によると、最近の中国の研究は、慰安婦の総数は40万人で、少なくともその半数が中国人だったと推定しているという。

 中国人慰安婦たちの苦難の責任は、一義的に旧日本軍にあった。しかし女性たちの政府(中国政府)もまた、彼女たちを見捨てていたのである。」

http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304057704579645890629397988?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesThird

集団的自衛権行使に反対する埼玉市民集会のお知らせ/6.15(日) 6時~

2014-06-13 18:11:19 | 政治
「集団的自衛権行使容認をめぐる動きに対抗する行動が全国で起きています。

埼玉弁護士会が呼びかけた6月9日の集団的自衛権行使容認に反対する昼休みデ
モに550人が集まりました。

これに連動していく企画として、さいたま市レベルの呼びかけですが、集団的自
衛権行使容認に反対する7・21オールさいたま市民集会が呼びかけら れてい
ます。

運営については、系列・規模の大小を問わず団体・個人の対等平等を原則とする
「集団的自衛権行使容認に反対するオールさいたま」を掲げており、市 民グ
ループ・個人の積極的な参加が期待されます。

呼びかけ人の30名の特徴は、多数の地元の弁護士が参加していることです。特
に現役を始め、最近の埼玉弁護士会の元会長が軒並み8人も含まれてい ること
です。

今回の取り組みについてもう一つ大きな特徴があります。それは、第1次安倍内
閣時の教育基本法改悪反対の取り組み、3・11以後の生協連を軸とし た脱原
発の取り組みが継承され、共同闘争の枠組み、進め方等の先行事例となっている
ことです。

具体的な内容は、「7.21オールさいたま市民集会開催実行委員会(仮称)」
を6月15日(日)に結成し、その会議で企画の概要と実行委員会の構 成が決め
られます。

ぜひ、ご参加ください。

 7.21オールさいたま市民集会開催実行委員会
    日時:6月15日(日)6時~ 
    場所:浦和コミュニティセンター(パルコ9階)第15集会室
    議題:7.21市民集会の詳細検討・他 

詳しくは、市民じゃ~なる編集部blog に呼びかけ人、呼びかけ文を掲示してい
ますので、ご参照ください。

http://shiminj.blog108.fc2.com

キエフ一揆:反抗する労働者たちが東部で権力を握る/ちきゅう座より

2014-06-03 14:19:55 | 政治
「ジェイムズ・ペトラスの最新論文和訳
キエフ一揆:反抗する労働者たちが東部で権力を握る

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
完璧に理解しておこう。ウクライナでの闘争はアメリカとロシアとの間でのものではない。それは、片方にあるネオリベラル富豪群とファシストで構成されるNATOお仕着せのクーデター政府、そしてもう片方にある工場労働者および地域の戦闘部隊と民主的な委員会の間で行われているものなのだ。前者はIMFとワシントンを擁護し付き従っている。後者は地域産業の生産能力に頼り住民多数派に応えることによって支配しているのである。 (ジェイムズ・ペトラス著 「キエフ一揆:反抗する労働者たちが東部で権力を握る」、拙訳より)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

今回はニューヨーク州立大学ビンガムトン名誉教授で社会学者のジェイムズ・ペトラスがこの5月7日に発表したウクライナ情勢の分析を和訳(仮訳)してご紹介することにしよう。原文は下記。
The Kiev Putsch: Rebel Workers Take Power in the East 05.07.2014 ::Analysis
http://petras.lahaine.org/?p=1983

アメリカ副大統領ジョー・バイデンの息子がウクライナ最大の天然ガス生産会社ブリスマ・ホールディングズ(Burisma Holdings)の重役として就職したことが、5月13日のマスコミ報道で世界に知らされた。私はこのニュースを最初にスペイン大手日刊紙エル・ムンドで知ったのだが、あまりの露骨さ、というか、あけっぴろげな厚かましさに、思わず笑ってしまった。昨年来続いてきた「ウクライナ紛争」なるものの正体は、もはや誤魔化すことも隠すことも不可能だろう。「マイダン広場の革命」を支持しロシアに抗議した大勢の西側の(特に左翼の)「評論家」「文化人」たちは、この期に及んでも未だ「マイダン」を後生大事に祭り上げるつもりだろうか。その正体は上に引用したペトラスの言葉通りのものである。

「アメリカ」という国家と「ロシア」という国家が争っているのではない。少なくともそれは本質的ではありえない。世界の金融支配に向けていかなる邪魔をも強引に踏み潰して突き進む勢力(その代表機関がIMF)とその政治代表部であるワシントン(より正確にはネオコン権力)と、生産現場を握る労働者および誤魔化しではない民主主義を求める一般大衆との闘争なのだ。直接的には、前者はネオリベラルを信奉する富豪とそれに従う自由主義者、そしてネオナチの暴力集団が表に立つ。

ベネズエラでも同様で、いまニコラス・マドゥーロ政権をあらゆる卑劣な手段で突き崩そうとしているのは、意図的に生活物資の流れを止めてインフレを起こし社会的混乱を作り出すネオリベラルの富豪たち(代表はエンリケ・カプリレス・ラドンスキー)とその配下の自由主義者であり、同時におそらくCIAの指導を受けたファシスト暴力集団である。(なおこのカプリレスの母親Monica Cristina Radonski-Bochenekは東欧系アシュケナージ・ユダヤの血統だが、父方の祖先もまたセファラディ・ユダヤ系である。またベネズエラの政府転覆策謀に関わる自由主義者についてはこちらの記事「戦略兵器としてのマスコミ:ウクライナをめぐるメディア戦争」の最後にある注釈を参照のこと。)

IMFと欧州中銀を先頭部隊として従来の秩序を破壊するネオリベラルのやり口は、スペインやイタリアなどの西側「先進」諸国でも本質的には同様である。こちらの私からの報告にある通り、長らく西欧諸国を特徴づけてきた福祉社会は惨めに崩壊させられ、おそらく二度と戻ってくることはあるまい。それに伴って各国でファシズムの動きが盛り上がり警察国家化の方向性が鮮明になりつつある。また同時に同性愛者の結婚や女性の権利・堕胎の自由を巡る自由主義者たちの動きも活発化・先鋭化し、社会は何重にも引き裂かれている。 しかしそういったネオリベラル、つまり歯止めを失った資本主義(資本原理主義?)の破壊と暴力が最も激しく発揮されている場所がウクライナとロシアであることに疑う余地はあるまい。そしてそれと対峙し反撃しているのが、ペトラスの言う通り、「地域産業の生産能力に頼り住民多数派に応える」自覚した労働者たちと民主主義の実現を目指す「99%」に属する人々の戦闘部隊なのだろう。

関連して、先日来お知らせしている5月2日のオデッサ大虐殺だが、やはり、焼き討ちされた労働組合会館にあった犠牲者の遺体について、オデッサ市の救急隊長であるウラジミール・ボデラン氏は次のように語っている。
「労働組合会館で死亡した人々の99.9%が何秒間かの間に死亡しており、煙で窒息死した(あるいは焼死した)のではないと、私は確信する。しかし法医学の専門家たちがおり、我々は彼らが発見するものを待つつもりだ。」
またこちらの記事にもあるように(残酷な写真が多いので注意)、明らかに射殺されたうえで焼かれたとしか考えられない遺体が多数発見されているのだ。つまり、惨殺された人々の多くは火災ではなく労働組合会館にあらかじめ忍び込んでいた殺人部隊によって計画的に殺害された可能性が極めて強いと言える。

この残虐さとその証拠や情報を世界のマスコミ報道から消し去るだけの力が、このウクライナ危機を演出しているのである。(マスコミ報道についてはこちらの拙訳および「マスコミに載らない海外記事」様の翻訳『アメリカ企業5社で、人々の思考を支配する方法(RT記事)』をご参照いただきたい。)またこういった血なまぐさい表側での動きとは別に、世界には金融の面でもう一つの熾烈な戦争が続いているようだ。これについてはこちらの「田中ニュース」の記事に詳しい。さらに、スペインを含む西ヨーロッパ各国でIMFと欧州中央銀行による金融支配に対する大衆的な抵抗も再び盛んになりつつある。こちらのRTのニュースにそれがビデオを並べる形でまとめられている。

いつも前置きが長くなって申し訳ないが、以下にジェイムズ・ペトラス論文の拙訳を掲げておきたい。なお原文中にある”putsch”は明らかにヒトラーによるMunich Putsch(ミュンヘン一揆)が意識されているため「一揆」という訳で統一した。また”junta”は「クーデター政府」と訳したが、英語ではクーデター後に成立した軍事政府や臨時政府を指す。しかし語源と思われるスペイン語の”junta(「フンタ」と発音される)”は議会あるいは地方自治体政府の意味であり、スペインではアンダルシア州の自治体政府をこう呼んでいる。

2014年5月18日 バルセロナにて 童子丸開

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

キエフ一揆:反抗する労働者たちが東部で権力を握る
2014年5月7日  分析記事

はじめに:アメリカとEUがバルト海諸国、東ドイツ、ポーランドとバルカン諸国を含む東ヨーロッパを奪取してそれをNATOの軍事基地と経済的下僕に変えて以来というわけではなく(その以前からだが)、西側列強諸国はウクライナのような戦略的な意味を持つ国を我がものにするために激しく行動し、ロシアに対して現実的な脅威を与え続けてきたのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2013年までウクライナは「緩衝国」だった。基本的に非同盟であり、EUとロシアのどちらとも経済的なつながりを持っていた。地元やヨーロッパ、イスラエルそしてロシアに基盤を置く大富豪たちと緊密につながる政府によって統治されていたが、その政治指導部は2004年のアメリカに資金を提供された政治的変動(いわゆる「オレンジ革命」)の産物だった。それに続く10年の大半の期間でウクライナは西側に支えられた「ネオリベラル」経済政策の実験の失敗を経験した。ほぼ20年にわたる政治的な侵入の後で、アメリカとEUは、いわゆる非政府組織(NGO)の長期にわたる資金投入、政治党派、そして準軍事的な集団を通して、その政治システムの中にしっかりと立場を固めた、

アメリカとEUの戦略は、下位の従属国としてウクライナをヨーロッパ共同市場とNATOに差し出す従順な政権を据え付けることだった。EUとウクライナ政府の間の交渉はゆっくりと進んだ。それらの戦略は、EUから要求される負担の大きい条件と、ロシアによって提供されるより好ましい経済的な利権と補助金のために、次第につまずいていった。ウクライナをEUに組み入れる交渉に失敗したために、そしてまた憲法改正のための選挙日程を待つことを望まなかったために、NATO勢力は、その十分に資金を与えられ組織化されているNGO群と傀儡の政治リーダーたちと武装した準軍事的集団の動きを活発にさせ、選挙で選ばれた政府を追放した。その暴力的な一揆は成功し、そしてアメリカに指名される半文民‐半軍事クーデター政府が権力を握った。

この政権は従順なネオリベラルと狂信的なネオファシストの「大臣たち」によって構成された。前者はアメリカによって新しい政治と経済の秩序を管理し強化するために指名されたのだが、その政策は公的な産業と人材の私有化、ロシアとの貿易と投資の関係の破棄、クリミアのロシア海軍基地を許可する条約の廃棄と、軍事産業のロシアへの輸出の終結を含んでいた。ネオファシストたちと軍事・警察の諸部門が、西部と東部のあらゆる民主的な反対派を暴力的に抑えつける目的で、閣僚の地位に指名された。彼らは、米国‐NATOが押し付けたクーデター政府に向かうべき反対を民族的な対立の方に捻じ曲げながら、二重言語(ロシア語とウクライナ語)使用者とその慣例と習慣に対する抑圧を監督した。彼らは西部と東部の選挙で選ばれた全ての反対派を公職から追放し、地方自治体知事を中央の認可によって任命したが、これは基本的に戒厳令体制を作り出している。

NATO‐クーデター政府の戦略的な標的

NATOの暴力的で危険性の高いウクライナの強奪は多くの戦略的で軍事的な目的によって導かれてきた。それには以下のものを含む。

1)クリミアの軍事基地からロシアを追い出し、それをロシアと対決するNATOの基地に変えること。

2)ウクライナを南部ロシアとカフカス諸国に侵入するための発信基地に変えること。それはロシア内部の親NATOリベラル党派とNGOを政治的に動かし支えるための大前提である。

3)重要なエンジンと部品のロシアへの輸出を止めることによって、ウクライナにある工場と結びついたロシアの防衛軍事産業の最重要部分を崩壊させること。
ウクライナは長い間ソヴィエト連邦の軍産複合体の重要な部分であり続けた。今回の一揆の背後にいるNATOの計画者たちは、ソヴィエトの国防産業の3分の1がソ連崩壊後にもウクライナにとどまっていることと、ウクライナのロシアへの輸出の40%が、つい最近まで、兵器と兵器関連の機械で成り立っていたことを、非常によく認識していた。より特定して言うならば、東部ウクライナにあるモトール‐シクフ(Motor-Sikh)の工場で、1000機の攻撃用ヘリコプターのエンジンを供給するという最新の契約を含む、ロシアの軍事用ヘリコプター・エンジンの大部分を製造していたのである。キエフの政治的な手先に対してNATOの戦略家たちは即座に、ロシアへの全ての軍事物資供給を停止するように命令した。それには中距離空対空ミサイル、大陸間弾道ミサイル、輸送用飛行機、そして宇宙打ち上げロケットが含まれていた。(ファイナンシャルタイムズ、14年4月21日、3ページ)。アメリカとEUの軍事戦略家たちはキエフ一揆を、ロシアの空、海そして国境の防衛を突き崩すための方法と見なした。プーチン大統領はその衝撃を認識してきたのだが、それでも、ロシアが2年以内に重要な部品を国内での生産に切り替えることができると主張し続ける。これは東部ウクライナの何千人もの熟練労働力を失うことを意味しているのだ。

4)バルト海からバルカンまで、トルコからカフカス諸国までのNATO基地と同調させたウクライナの前線基地の使用によって、ロシアを軍事的に包囲し、続いてロシア連邦の自治州にグルジアから侵攻すること。
アメリカ‐EUのロシア包囲は、北海、バルト海および地中海へのロシアのアクセスを終わらせるようにデザインされている。「外海への出口」を持たない孤立した大地の塊にまでロシアを包囲し閉じ込めることによって、アメリカ‐EU帝国建設者たちは、中東地域と北アフリカ、南西アジアと北大西洋地域での帝国主義的野望に対して対抗する中心的な力でありバランスをとる錘(おもり)としてのロシアの役割を制限しようと目論む。

ウクライナ一揆:帝国主義拡張の集積

アメリカとEUは世界のどこででも、効果のあるあらゆる手段を用いて独立した国民主義的な非同盟の政府を破壊し、それらを帝国主義の取り巻き国家に変えようとしている。たとえば、現在のNATO‐武装傭兵によるシリア侵略は、膨大な数のシリア国民に対する血まみれの結果を顧みることなく、国民主義的で世俗的なアサド政権を放逐して親NATO従属国家を確立する方向に向けられている。シリアに対する攻撃は様々な目的にかなうものだ。それは、ロシアとの同盟と地中海の海軍基地を消し去ること、パレスチナへの支援とイスラエルへの反対を破壊すること、イスラム共和国イランとレバノンの強力な武装勢力ヘズボラー党を包囲しシリアの地に新たな軍事基地を設立することである。

NATOによるウクライナの強奪は、ロシアに対しては「下から上に」、中東に対しては「上から下に」届いてその莫大な石油の富の支配権を統合する複合的な効果を持っている。

ロシアの同盟国あるいは貿易相手国に対する最近のNATOの戦争はこの予測を確信的なものにさせる。リビアでは、独立した非同盟のカダフィ政権が、モロッコ、エジプト、チュニジアなどの卑屈な西側取り巻き諸国とは確固とした対称をなして立ちはだかっていた。そのカダフィは放逐され、リビアは巨大なNATOの空爆を通して破壊された。エジプトの大規模な反ムバラク民衆反乱と民主主義の勃興は軍事クーデターによって覆され、その結果として残虐な軍事独裁者の下でアメリカ‐イスラエル‐EUの周囲を巡る国に舞い戻った。NATO追随者とイスラエルによるガザのハマス、レバノンのヘズボラーに対する武装侵略は、イランに対するアメリカ‐EUの経済制裁とともに、全てがロシアの潜在的な同盟者あるいは貿易相手に対して方向づけられている。

アメリカ合衆国は、東ヨーロッパでの「選挙と自由市場化」を通してのロシア包囲から始まり、ウクライナ、カフカス諸国、中東そしてアジアでの軍事力と殺人部隊とテロと経済制裁の使用にいたるまでに、激しく行動している。

ロシアでの政権転換:世界的な強国から従属国家へ

ワシントンの戦略的目標は外部世界からロシアを孤立させその軍事能力を破壊し経済を突き崩すことであり、それはロシア内部にいるNATOの政治的・経済的な協力者たちを強化してさらなる分割に導き、従属にも準ずる状態に引き戻すという目的を持っている。

この帝国主義的な戦略の最終目的は、モスクワでネオリベラルの政治的傀儡を権力の座に据えることだ。それはちょうど、悪名高いエリツィン時代の10年間にロシアに対する略奪と破壊を監督した者たちのようなものである。アメリカ‐EU権力によるウクライナの掌握はその方向に向けての大きな一歩である。

包囲・征服戦略の評価

現在のところ、NATOによるウクライナの奪取は計画通りには進んでいない。何よりもまず、クリミアの基地に関するロシアとの軍事条約合意にあからさまに違反して行われた明白な親NATOのエリートたちによる暴力的な権力強奪のために、ロシアはクリミア地域にいる圧倒的多数の民族的ロシア人民を保護する目的で介入せざるをえなくなった。自由で開かれた住民投票に続いて、ロシアはその地域を帰属させその軍事的な立場を確保した。

ロシアが黒海での海軍の存在を保持した一方で…、キエフにあるNATOクーデター政府は、ウクライナの東半分にある民主主義を好みクーデターに反対するロシア語支配地域に対して、大規模な軍事的攻撃を発動した。その地域の人々はウクライナの文化的な多様性を反映する連邦制政府を要求し続けているのだ。アメリカ‐EUがクーデター政府に奨励したのは、大規模な民衆の異議に対して「軍事的返答」を推し進め、ネオナチのテロを用いてロシア語を話す多数派から市民的権利を剥奪し、選挙で選ばれた指導者の代わりにクーデター政府が指名した地域支配者の受け入れを民衆に強制することだった。この抑圧への反応として人民自衛委員会と地域の武装部隊は即座に立ち上がり、当初ウクライナ軍は、何千人もの兵士たちが、キエフに設置された政権つまり西側の利益のために自分の同胞たちを撃つようなことを拒否したために、後退を余儀なくされた。しばらくの間、NATO後援のネオリベラル・ネオファシスト連立クーデター政府は「権力基盤」の瓦解と苦闘せざるを得なかった。同時にまた、EUとIMFとアメリカからの「援助」は対ロシア貿易とエネルギー供給の停止に対する埋め合わせに失敗した。そこでキエフのクーデター政府は、訪問したアメリカのCIA長官ブレナーのアドバイスのもとで、選び抜かれた「特殊部隊」を(民族的に)多様なオデッサの街に派遣し、「見せしめ的」虐殺を企てた。市の最大の労働組合本部を焼き討ちしてその中に閉じ込められてネオナチによって脱出を妨害されたほとんど非武装の41人の市民たちを惨殺したのだ。死者の中には、ネオナチの暴力から逃れようとした大勢の女性たちや10代の者たちが含まれていた。生存者たちはむごたらしく殴られ、ビルが燃えている間に傍観していた「警察」によって投獄された。

来るべき一揆‐クーデター政府の崩壊

オバマのウクライナでの権力掌握とロシア孤立化の努力は、EUの中でいくつかの反対を引き起こしている。アメリカの制裁措置はロシアとの深いつながりを持つヨーロッパの多国籍企業に明らかな被害を与えている。東ヨーロッパとバルカンと黒海におけるアメリカの軍事的増強は、主だった経済的な契約を途絶させながら、大規模な軍事衝突への緊張と脅威を高めている。アメリカ‐EUによるロシア国境への脅威はプーチン大統領への民衆の支持を増大させロシアのリーダーシップを強化している。ウクライナでの戦略的な権力掌握は、ネオファシストと民主的な勢力との間で、ウクライナの政治の二極分化を先鋭化させ深化させている。

帝国の戦略家たちがエストニアとポーランドで軍事的増強を推し進め激化させてウクライナに軍事力を投入している一方で、全体的な権力の掌握は不安定な政治的・経済的基盤の上に乗っかっているのだが、それは、血みどろの内戦と民族間の殺し合いのさ中で、今年中にも崩壊しうるものである。

ウクライナのクーデター政府は早くも国の三分の一で、民主主義的でありクーデター政権に反対する運動と自衛軍部隊に対する政治的な支配力を失っている。アメリカの軍事的な利益に仕えるためにロシアへの戦略的な輸出を断ち切ったことによって、ウクライナ人はその最も重要な市場の一つを失ったが、それは他と置き換えることが不可能である。NATOのコントロールのもとで、ウクライナはNATOが特定した軍事ハードウエアを買わなければならないだろうが、それはロシア市場に向かっていた工場群の閉鎖を導く結果になる。対ロシア貿易の消失は、特に東部の熟練工業労働者の間ですでに大量の失業を産み出しており、その人たちはロシアに移住せざるを得ないだろう。膨らみ続ける貿易赤字と国家歳入の減少は全面的な経済崩壊をもたらすだろう。第3に、キエフのクーデター政府がNATOに従属する結果として、ウクライナ人はロシアから供給されていた何十億ドル分ものエネルギーを失っている。高いエネルギー・コストは世界市場の中でウクライナの産業の競争力を失わせる。第4に、IMFとEUからのローンを確保するために、クーデター政府は食糧とエネルギーに対する補助金の打ち切りに同意しなければならないが、それは家庭の収入を激しく目減りさせ年金生活者を極貧の中に放り込むことになる。以前には工業製品の製造が保護されていた地方のどこにおいても、EUからの輸入がそれに置き換わるにつれ、倒産件数が増加しつつある。

クーデター政府内でのネオファシストとネオリベラルの間で起こる暴力ざたと不安定さと紛争のために、新しい投資が流れ込むことは無い。このクーデター政府は、政府のその日暮らしを安定させるためだけにNATOのパトロンたちからの300億ドルの無利子借款を必要としているが、そんな大金は今すぐにでも近い将来にでもやってくるものではない。

この一揆を計画したNATOの戦略家たちが単にロシアを軍事的に弱めることだけを考えていたのであり、ウクライナがロシアの市場とローンと供給エネルギーにあまりにも頼っていたというのに、キエフの傀儡政権をもちこたえさせる政治的、経済的、社会的なコストについて一顧だにしなかったことは明らかである。そのうえに彼らは、予測できたはずのこの国の東部地域の激しい反発による政治、産業、農業面での力学を見過ごしていたようだ。その代わりにワシントンの戦略家たちは、住民移送と虐殺の中での大規模な民族浄化を伴ったユーゴスラビア式の解体を仕掛けるという、彼らの算段を基本に置いていたのかもしれない。何百万の民間人が死亡したにもかかわらず、ワシントンはそのユーゴスラビアとイラクとリビアを破壊した政策が政治的・軍事的に大成功をおさめたと認識するのだ。

最も確実なことを言えば、ウクライナは長期に渡る深刻な不況に落ち込むだろう。それには輸出、雇用および生産の急激な下降が含まれる。おそらくは経済崩壊が国全体に及ぶ抵抗と社会不安を引き起こすだろう。それは東から西に、南から北に広がっていくだろう。社会的な動乱と大規模な苦悩がウクライナ軍の士気をさらに低下させるかもしれない。現在でさえキエフは兵士たちに食糧をたまにしか与えられておらず、コントロールの困難なネオファシストのボランティア戦闘員に頼らざるを得ないのだ。アメリカ‐EUは、リビア・スタイルの爆撃による直接的な戦い方を用いる介入はしそうにもない。もしそうするならば、アメリカでの世論が消耗な帝国主義戦争に苦しみ、ロシアの一次産品企業と結びつくヨーロッパの商業的利害関係者たちが仰々しい制裁を耐え忍んでいるようなときに、ロシアの国境を巡っての長い戦争に直面するだろうからである。

このアメリカ‐EUによる一揆は、失敗しつつある政権と暴力的な紛争で引き裂かれる社会を作ったが、それは大っぴらな民族主義的暴力を産み出しつつある。実際に、その結果として起こってきたのは各地域の境界線を引き裂く競争者たちを伴った二重権力のシステムである。キエフのクーデター政府は、ロシア包囲作戦でNATOが信頼を置くことのできる軍事的な連動装置として仕えるための一貫性と安定性を欠いている。それとは逆に、アメリカ‐EUの制裁措置、軍事的な脅迫そして好戦的な言い回しは、ロシアに西側世界に対する「開放性」を即座に考え直さざるを得なくさせている。国家安全保障に対する戦略的な脅迫はロシアをしてその西側の銀行と企業とのつながりを見直す方向に追いやっている。ロシアは公共投資と輸入代替を通して工業化を拡大させる政策に頼らざるをえなくなるかもしれない。ロシアの富豪たちは、その国外資産を失ってきたために、ロシアの経済政策の中心的な役割を縮小させていくのかもしれない。

明白なことは、キエフでの権力掌握が決して「ロシア本土に突き刺さったナイフ」という結果にはならないことだ。キエフのクーデター政権の最終的な打倒と放逐は、民主主義運動の急激な進展と労働者階級の自覚の高まりを基盤にしたウクライナの自治を先鋭化させうるだろう。これはIMFの緊縮財政プログラム、およびウクライナの資産と企業を裸に剥いていく西側の機関に対する、彼らの戦いから現われるはずのものだ。キエフにいる西側の家来どものくびきを投げ捨てることに成功するウクライナの工場労働者は、ロシアの大富豪どものくびきに自分自身を縛りつける意図は持たない。彼らの戦いは、独立した経済政策を発達させる能力を持ち帝国主義の軍事同盟者から逃れた、民主的な国家を作るためのものである。

エピローグ:

2014年メーデー:東部における二重の人民権力と、西部におけるファシズムの盛り上がり

キエフのクーデター政府内でのネオファシストとネオリベラルの間での仲違いは予想できたことだったが、それはメーデーの反政府派のデモ隊と警官隊との間で起こった大規模な騒乱によって明らかとなった。アメリカ‐EUの戦略では、ネオファシストを「奇襲部隊」として、そして選挙で選ばれたヤヌコヴィッチの政権を追放する際の街頭戦闘員として利用し、その後に彼らを切り捨てる予定だった。国務補佐官ヴィクトリア・ヌーランドとキエフのアメリカ大使との間で交わされて録音された有名な会話に例示されるように、アメリカ‐EUの戦略家たちは自分たち自身で指名したネオリベラルの家来どもに、外国の資本を代表して苛酷な緊縮財政を押し付け、そして外国の軍事基地のために条約を結ぶように奨励する。逆にネオファシストの戦闘員どもとその政党は国有企業を保持してナショナリストの経済政策を好むことだろうし、大富豪たち、特に「イスラエル・ウクライナの二重の」国籍を持つ者たちに嫌悪を抱いているようである。

経済戦略の推進に関するキエフのクーデター政府の無能さ、その暴力的な権力の掌握、そして民主主義を好む東部の反体制派への弾圧は、「二重権力」の状況を導いている。多くの場合に、民主主義的運動を抑圧するために派遣された軍隊はその武器を捨て、キエフのクーデター政府を見捨てて東部の自治運動に参加した。

ホワイトハウス、ブリュッセル、IMFという外部の支援者を除けば、キエフのクーデター政府は、あまりにもNATOに従属していることによってキエフにいる右翼の同盟者たちから見捨てられ、またその権威主義と中央集権主義によって東部の民主主義的な動きからの抵抗を受けている。キエフのクーデター政府は二つの椅子の間に倒れこんでいるのだ。それは大部分のウクライナ人の間で正当性を欠き、キエフ政府庁舎群が占める狭い土地のかけら以外のあらゆる場所で支配権を失っており、それらさえネオファシスト右翼によって包囲され、幻滅を感じる従来の支持者から次第に距離を置かれているのだ。

完璧に理解しておこう。ウクライナでの闘争はアメリカとロシアとの間でのものではない。それは、片方にあるネオリベラル富豪群とファシストで構成されるNATOお仕着せのクーデター政府、そしてもう片方にある工場労働者および地域の戦闘部隊と民主的な委員会の間で行われているものなのだ。前者はIMFとワシントンを擁護し付き従っている。後者は地域産業の生産能力に頼り住民多数派に応えることによって支配しているのである。

【引用・翻訳ここまで】

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye2631:140520〕」

5月10日の朝日朝刊・ジョン・ダワー 「対米依存変わらぬ」

2014-05-10 18:47:12 | 政治
 以下の話は実態を示している。いろいろな意味でひどい話だが。

「・・・戦後日米安保条約に基づく日米の軍事協力関係には、当初から明確な目的があった。米軍がアジアに前方展開する際、日本を拠点にすることだ。このため自衛隊は常に米国の管理下にあり、決して自立して行動できない仕組みになっている。

 たとえ改憲しても、この対米従属は続く。米軍への依存は変わらないし、むしろ米国の戦略により深く組み込まれることになる。日本が軍備を拡張すればするほど、米国の世界的な軍事活動に積極的な参加を求められるだろう。・・・」

(朝日新聞 5月10日 朝刊 「憲法を考える 私の視点×4」より抜粋)

「この国の岐路」

2014-05-09 21:35:19 | 政治

「この国の岐路-私たちの道と彼らが目指す道  2014/05/10 

 今この国は本当に岐路に立っています。戦争の悲惨さを実体験した世代が少なくなっていく中、戦争も軍隊も知らない人々の声が高く大きくなっています。先週から今週にかけてNHKで第一次大戦をテーマにしたドキュメンタリーが三回にわたって流されました。そこでは歴史家・軍事史家が参戦兵士の手紙を数多く紹介していました。その中である兵士は、塹壕戦の苦しみについて語り、そこには勇気などない、恐怖だけが支配していると語っていました。紹介された写真に写っている負傷した仲間を担ぐ兵士の眼は、ただ眼があるというだけで、普通の光を持った人の目ではありませんでした。

漫画家の水木しげるさんは南方で悲惨な体験をされましたが、『総員玉砕せよ!』で、「玉砕」を生き残ってしまった者たちに、再び玉砕の命令が下ったと書いている。そして「僕は戦記物を書くと訳の分からない怒りが込み上げてきて仕方がない」とも述べています。

この長岡でも南方の戦線で、あるいは中国の戦線で、文字通り地獄の体験をした人々がいました。またこのまち自体空襲によって灰燼に帰した経験があるのです。今こうして過ごしているこの通り、この角に焼け死んだ市民が、あるいは瀕死のだれかがいたのです。そういったことが過去の記憶になり、それさえ消えかかっていくとともに、勇ましい声や、無関心が広がってきています。

 この間の政治を少し振り返ってみましょう。民主党の野田政権のとき、石原慎太郎東京都知事がアメリカのヘリテージ財団主催の講演会でスピーチを行い、核武装論や自主憲法論を展開した後、東京都知事として尖閣諸島購入を言い出しました。石原氏の動向を危惧した野田政権が国有化を実施すると、日中間の棚上げ合意に反する行為だとして中国政府が一気に軍事的圧力を強め、この島をめぐる日中軍事衝突が現実味を帯びてきました。それは日中間だけでなく、世界的な懸案事項となり、EconomistやFinancialTimes等にも多くの論評がのるまでに至りました。

 そして安倍政権です。石原氏と政治的傾向を同じくすると思われる安倍政権は、日中間の緊張を緩和するどころか靖国参拝を―同盟国アメリカの懸念さえ無視して-強行し、日中間、そして日韓の間で首脳会談どころか電話一本かけることさえできないという状況にしてしまいました。そしてひたすらアメリカの日米安全保障条約の適用地域であるという発言にのみ頼るという外交になっています。日本自らの問題を自ら解決する姿勢は欠如しています。

そして地元の強い反対を全く無視し、強引な政治的圧力のもと辺野古の米軍基地の移転を言われるままに進めることとしました。沖縄の人々の声に全く耳を傾ける人がないという政府は果たして日本の政府でしょうか。まるで沖縄を人身御供に差し出したかのようです。

 そして昨年の末には特定秘密保護法を国民各層の幅広い反対の声・懸念する声を無視して成立させてしまいました。世論調査の結果も無視されました。日本国内の新聞も圧倒的多数が反対の社説を掲げました。しかし一切を安倍政権は無視しました。
この法律では特定秘密を官僚が指定し、しかも何を指定したかは公表する必要がなく、なおかつその資料を廃棄しても報告の義務がありません。日本の政治を実質的ににコントロールする官僚がその行為の責任をとる必要がない体制、そして国民の目に触れないところで最も重要案件を処理できる仕組みを作ったのです。

 しかし実際にはこんな法律を作らなくとも日本は秘密だらけの国です。藤井治夫氏が1972年に書いた『日本の国家機密』という本をみると、外務省に極秘/40673、秘/59915 、防衛庁に国家機密/749、極秘/ 958 秘/22587 が既に存在したと書かれています。国家機密はおそらくは日米安保関係だとされています・

実際そのことをうかがわせる資料もあります。例えば1965年度の「フライング・ドラゴン」計画は、防衛庁内部における「対内局秘」とされています。防衛庁内部でも文官には知らされていなかったのです。内容は自衛隊の制服組と在日米軍の取極で、有事の際に自衛隊と在日米軍が共同作戦を行う計画です。藤井氏は 「…日米両軍関係に設けられている多くの共同作戦機構において作成される協定、覚え書、資料等は、うっかり防衛庁内局などへ報告することもできないであろう。」38頁、と書いています。

 その後情報公開法が作られていますが、実に知りたいことが出ない法律でいくつもの訴訟が起こされています。

 このように国家の存亡にかかわりかねない事態が市民に知らされていない状況が継続する中で、そして軍事的緊張を外交的に緩和する努力を政府が放棄する中で、今度は集団的自衛権を憲法解釈の変更で認めようという事態になっています。個別的自衛権は個々の国が侵略を受けた場合それぞれの国には自衛する権利があるというものです。しかし集団的自衛権は例えばNATOの様な軍事同盟をみるとわかりやすいわけですが、自国が直接危害を加えられていなくとも、同盟関係にある国が危害を加えられた、あるいはその可能性が高いと判断されると、共同で軍事行動を行う義務を負うというものです。

 そもそも憲法第9条で紛争解決に軍事力は用いないと言っている国が、自国が直接侵略されたわけでもないのにどこかの国と戦争をするというようなことが、政府の憲法解釈の変更だけで認められるでしょうか。当然あり得ないことです。

そもそも憲法というのは時の政府の恣意的な行動を抑制し、何が正しく、何が間違っているかの基準を示すものだったのではないでしょうか。今の安倍政権が立憲主義の否定といわれるのはまさにその通りです。彼らは憲法無視の内閣であり、したがって憲法のもとでそれに従って生きている市民を無視した政府だといわなければなりません。しかし彼らはこの憲法のもとで、この原則を順守することを誓約して議員となり、内閣を構成しているのではないでしょうか。そして官僚たちも同様のはずです。彼らの行為は実は彼らの正当性を実は掘り崩すものです。

 だからこそ彼らはとんでもない憲法改正を行おうとしていのです。
 彼らが用意した憲法草案の全文は、「…日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を守るとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。…」と書かれています。市民的自由や個人として自立した個人が前提となっている現憲法の理念とは大きく異なっています。今の憲法の前文は・・・・となっています。・・・・

そして、第9条(平和主義)には「2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。」とかきくわえられ、「我が国の平和と独立竝国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。・・・」とめいきされます。「自衛権」とだけしか書いていないことには集団的自衛権も正当なものだとする意図が見えます。

 さらにそれだけではありません。この憲法草案の何よりの特徴は、本来的に一人一人の市民が持つ基本的人権や自由が、あたかも時の政府・国家権力によって与えられるものであるかのように書かれていることです。

たとえば、第12条(国民の責務)には 「・・・自由および権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及公の秩序に反してはならない。」となっています。「公益」はだれが決めるのでしょうか。責任とか義務とは何を意味するのでしょうか。その解釈はまた政府が-そして官僚が、行うことになるのではないでしょうか。不服に思い裁判にかけても最後のよりどころの憲法がこれでは、「責任と義務」が強調され、そして上級審に行けばいくほど行政優位の判決が出る今の裁判制度のもとでは、市民的自由の保障は実質的に担保されないこととなるでしょう。そして人々はあきらめていくこと似るのではないでしょうか。それとも安倍政権はそれを期待しているのでしょうか。

また思想および良心の自由を規定する第19条は 「思想および良心の自由は、保障する。」となっています。現憲法 では「思想および良心の自由は、これを侵してはならない。」です。つまり先ほども言った通り、自由権は一人一人の市民が生まれもって持つものであり、それを国家権力は侵害してはならない、と言っているのです。これが近代市民社会のしたがって民主的社会の基本的原則です。それを自民党の憲法草案は、国家権力が「保障する」ものだと貶めています。市民がもともと生まれ落ちたときから一人一人が持っているものを政府が管理できるもの、もっといえば政府が与えた範囲のものにしてしまいかねない規定になっています。

さらに第21条(表現の自由) についても、「2 前項の規定にかかわらず、公益及公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは認められない。」 となっています。ここでも誰がこの判断を行うのでしょうか。テロ組織だ、反社会的団体度といえばただちに結社の自由は失われます。団結権は労働組合はもとより、あらゆる市民団体成立の根源的な基礎です。これだけNPOの活動が活発になっている時代にこの規定は何なのでしょうか。

実際、勤労者の団結権を規定した28条は2で「公務員についてし、全体の奉仕者であることにかんがみ、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部または一部を制限することが出来る。・・・」としています。今でさえ公務員のスト禁止等が継続しており、ILOの度重なる勧告を日本政府が無視しているという状況の中、このような憲法が生まれたとき公務員はどのような条件で働くことになるのでしょうか。

そしてこの憲法草案には今までなかった第9章・緊急事態、という規定が新たに盛り込まれています。その内容には閣議が「緊急事態」を宣言すれば、「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。」が含まれます。戒厳令を連想するのは私だけでしょうか。

 この連休中安倍首相はヨーロッパを歴訪し、防衛協力を行く先々で訴えました。NATOでわざわざ演説までしています。あたかも第二の「脱亜入欧」を目指すかのようです。その行動が中国との対峙を意図するものは明らかです。でも「何のために」そうするのでしょうか。なぜ外交的解決をするための環境を作らないのでしょうか。まるでわざと緊張を高め、それを口実にして軍事化を進め、国民の自由を奪う憲法を作ろうとしているかのようです。国民の安全を危機におとしいれ、それを口実に国民の自由を奪う。こんな安全保障政策があるでしょうか。間違っていればよいのですが、私には安倍政権がやっていることはそのように見えてしまいます。

 いま安倍政権は、アベノミクスと称して円安誘導と公共事業、そして一部の輸出企業の好成績で日本経済の復活が果たせるかのような幻想をふりまいていますが、それは虚妄です。そんなことより、よく日本の周りを見回せば、世界で最も急激に成長している中国という経済圏があり、そして先進国にまで成長した韓国があります。日中韓が連携すればそれだけで世界最大の経済圏であり、その中で互いに足りないものを補い、経済的にも文化的にも大きな飛躍が期待できるのではないでしょうか。別に閉鎖的な共同体を作る必要はありません。自由で安全な環境を作ればよいのです。

 振り返ってみれば鳩山政権がアジア共同体を打ち出したのはまさにこの方向でした。そして彼は沖縄の問題にも耳を傾けました。そしてまさにそれゆえに政権は破綻に追いやられたように思います。そして今安倍首相の日米同盟強化とEU・NATO歴訪です。

 しかし先方もよくわかっています。安倍政権はEUにEPA-経済連携協定-締結を持ちかけましたが、EUは日本政府に対してEUの人権条項を協定に含めるように主張しています。彼らは安倍政権が危険で反民主主義だということを見透かしているのです。

 いま私たちは安倍政権を倒し、改憲や集団的自衛権の試みを阻止しなければ、私たちが当たり前だと思っている社会・国を失ってしまいます。政府の顔色をみなければNPOが作れない。もしかしたらネットのブログやFB、Twitterまでチェックされかねない、そんな国になりかねません。自民党の憲法草案が目指す、安倍氏が「取り戻す」といった日本はそのような日本なのです。

これは右とか左の問題ではありません。イデオロギーや思想の問題ではありません。私たちが当たり前だと思っている社会を維持していこうというだけのことです。それを壊そうという試みを阻止しようということなのです。

なんとしてもこの岐路で間違った道を選ばないようにしなければなりません。日本の次の世代が、そしてこれから生まれてくる人たちが私たちを厳しいまなざしで見つめています。国の外からもです。みなさん、私たちの未来のために、そして日本だけでなく、アジアと世界の未来のために、頑張ろうではありませんか。」

戦争をさせない1000人委員会にいがた・スタート

2014-04-20 14:45:36 | 政治
 4月19日午前10時半。新潟市の勤労福祉会館の二階で、「戦争をさせない1000人委員会新潟」のキックオフ集会が持たれました。

 佐々木寛(新潟国際情報大学)、高橋千洋、石附幸子、黒田玲、水内基成の五氏が呼びかけ人共同代表となり、その他39人の呼びかけ人が名前を連ねました。

 冒頭佐々木共同代表は、今回の闘いが本当に民主主義を守れるかどうかのギリギリの闘いであること。左右も党派も関係はない。市民同士の対話を通じて、何としても会見を阻止し、特定秘密保護法を廃案に追いやらなければならないことを訴えました。 

 委員会では、これから①1000万人署名、②地域ごとの委員会の確立、③学習会の実施などを展開する予定です。

 また新潟県内では5月10日に「立憲主義と憲法9条を守り戦争をさせない長岡市民集会」がアオーレ長岡で開催されます。13時半スタート、15時解散予定です。

 その他、4月23日には近藤正道弁護士による「憲法入門 憲法とは? 立憲主義とは? -安倍政権の危険な狙い-」が勤労福祉会館(新潟市中央区新光町6-2)の2階で開かれますし、4月27日には斎藤裕弁護士(日弁連秘密保護法対策本部事務局長)による「特定秘密保護法は憲法違反」という講演が、ガレッソホール(新潟駅万代口コープシティ花園3階)で開かれます。

 勉強し、仲間を増やし、政治を変えていかなければいけません。

 今安倍政権とその背後にいる官僚たちに好き勝手をさせれば、日本は未来を失うことになります。様々な立場を乗り越えて団結する時です。

 頑張りましょう。

「国家機構の大改革と脱原発で、野党はまとまる」 ~小沢一郎講演会 in 奈良県/小沢一郎

2014-03-11 20:29:01 | 政治
「1回の失敗くらいで民主主義を放棄するな

 冒頭、生駒市議会議員の有村京子氏から挨拶と来賓紹介があり、小沢一郎氏が登壇した。小沢氏は「病み上がりで声が聞き取りにくく、申し訳ない」と述べた上で、「政権交代はなんだったのか。自公一強他弱になってしまい、あきらめのムードが漂っているが、間違った考え方だ。結論を急ぎすぎている」と話し始めた。

 「戦後、自民党政権が続いてきた。こういう例は、先進国では日本しかない。復興と東西対立の中でやりくりできたのは、高度成長があったから。今、少子高齢化、年金、医療、財政、税金などの問題が表面化してきた。『なんとかしなくてはいけない、政権を変えてみるか』で起こったのが、先の政権交代だ」。

 「今は、その政権交代の批判ばかり。メディアも同調し、マイナス面だけがインプットされているが、政権交代の意味がなかった、という論調は間違っている。意味がなかったと思ったとたんに、民主主義は終わってしまう」と力を込めた。

 さらに、「イギリスでは何百年もかけて、議会制民主主義を作り上げた。日本は1回の失敗くらいで、民主主義を放棄してはいけない。戦前の日本は、政党が信用できないと言って、戦争に突入した。政党不信、民主主義不信になったら、絶対にダメだ」と訴えた。

民主党は、なぜ政権を託されたのか

 小沢氏は「2つ目。民主党は何を訴えて、政権を託されたのか。日本の行政は大きな力を持っている。国民を代表した政治家たちが、その役所を時代の変化に合わせ、変えていく。行政機構の中から、今までと違った原則でやろうという意見は、決して出てこない。だから今、官僚主導の政治では、社会のいろんな矛盾を解決できない」と主張した。

 「だから、国民主導の政治に変えるんだ!」と語気を強めた小沢氏は、「政権交代は官僚機構の強大な権力をそぐことになり、大きな抵抗は予想できたが、地方自治体への権限移譲、年金制度の一元化、最低保障年金、農林漁業や雇用のセーフティネットなど、具体案を数多く提案した」と述べた。

 「しかし、官僚主導から政治主導への根本的な変革は実現できず、自民党政権と同じように、官僚の上に乗っかってしまった。なぜ、そうなってしまったのか。官僚機構を抜本的に変えることは不可能だ、と思っていたのかもしれない。国民主導の政治を、よく理解できずに、政権の座に就いてしまったのかもしれない」。

 「先の東京都知事選で、田母神候補は60万票以上を獲得した。若い人の4分の1が、田母神候補に投票したという。これは、とても危険な兆候だ。欧米でも社会が不安定になると、必ず極端な議論が力を得る。根本的な民主主義そのものを否定することだけは、食い止めなければならない」。小沢氏は、このように反省の弁を交えながらも、議会制民主主義の大切さを説いた。

野党が力を合わせれば、今でも絶対勝てる

 その上で、「3つ目。『一強他弱の中で、どうするのだ。現状では自公与党はとても切り崩せない』という敗北感が、政治家や国民の中に蔓延している。かつて、民自合併して政権が取れるなんて、誰が思っていたか。ところが、力を合わせ、マニフェストを掲げ、国民に訴えた結果、勝利した」と述べて、次のように続けた。

 「なぜなら、先の総選挙、参議院での自民党の得票は増えていない。しかし、2009年の政権交代の時より、棄権が10%も増え、野党の分散化も影響した。小選挙区制では輪をかけて差が拡大する。しかし、小選挙区制だから、政権交代ができた」。

 「自公対野党の首長選挙では、ほとんどのところは勝っている。都知事選でも、細川氏と宇都宮氏が一本化していたら勝っていた。なぜなら、国民は今の政治に対して、大きな不安と不満を持っているからだ」。

 「今でも野党が団結し、候補者を1人に絞り、自公与党に対抗すれば、絶対勝てる。そうすれば、10%の棄権した人たちも戻ってくる。しかし、このまま行けば、野党は全滅、日本の将来はお先真っ暗。本当の国民目線で、間違いのない道へ舵取りをしていくことに、全力を尽くす」と決意を表明し、最後に中村哲治氏への支援も訴えた。

目先の利害を捨てて、国民のために協力を

 中村氏と小沢氏のコラボトークになった。まず、市民から寄せられた質問で始まった。「政治活動で、一番つらかったのはいつですか」。小沢氏は「創政会の設立時、故田中角栄元首相と行き違いがあった時だ」と答えた。

 「民主党が政権を取った時、なぜ、総理大臣にならなかったのか」と問われると、小沢氏は「正直、表舞台に出るのは苦手だ。しかし、民主党代表として、総理大臣になってがんばるつもりだったが、検察の強制捜査があり、事実無根の罪で捜査が続き、代表を辞めざるを得なかった。非常に残念。しかし、今後、その時がきたら、覚悟してやるつもりだ」と続けた。

 中村氏が「先の総選挙で民主党を離党したが、また、民主党と組み、野党再編を目指すか」と訊くと、「民主党は、消費税をやらない約束で票をもらった。それを反故にすることは筋が合わないので、離党した。しかし、いまだに、政権交代を果たした小沢と民主党、というイメージが強く残っていると感じる。現在も、野党では第一党だ。個人的な恨みもない」と答えた。

 「しかし、民主党は(小沢氏を)裏切り者と言って、受け入れないのではないか」という中村氏の懸念に対して、小沢氏は「このまま、衆参ダブル選挙になったら、明らかに野党は全滅だ。オリーブの木(複数の政党が連携する構想)で十分、戦えると信じている。民主主義の根幹は選挙。国民の主権を行使できるのは、選挙しかない。目先の利害を捨てて、恨みも憎しみも捨てて、国民のために協力しあうべきだ」と熱く語った。

国家機構の大改革と脱原発でまとまる!

 支援者から「野党をまとめる対抗軸は」と問われると、小沢氏は「国民主導の政治。つまり、官僚政治と一極集中の国家機構の大改革と、脱原発だ」と述べ、ドイツの脱原発の状況を説明した上で、「この2本柱でまとまる」と明言した。

 中村氏が「小沢さんは、かつて原発推進でしたよね」と訊くと、「あの時はそうだったが、小泉氏より先に、脱原発だ」と応じて、会場の笑いを誘った。

 話題を消費税に移し、中村氏は「アメリカに消費税はない。小売り売上税だ。自由貿易に関する協定で、アメリカへの輸出に補助金が出なくなった代わりが、輸出還付金。小売り売上税は、仕入れに税金はかからない。消費税は、増税分が若い人の負担に回る」と危惧した。また、消費税を上げるために「日本がギリシャになる」と脅した財務省の嘘を糾弾した。

 さらに中村氏は、「日本の個人消費は、GDPの6割を占めている。その上、給料が増えず、増税で負担が増える。政府はまったく逆の政策、アベコベミクスをやっている。ところで、小沢さんは細川政権の時、消費増税派だったのでは」と尋ねた。

 小沢氏は「財政当局とメディアが、しきりに『破産する』と言い立てる。しかし、破綻するような状況ではまったくない。消費税をやる時は、社会保障費を含めた直接税の軽減をし、無駄使いを洗い出す。ただ、消費税に、まったく反対している立場ではない」と答えた。

靖国神社の宮司はA級戦犯合祀に反対した

 そして、テーマは外交問題になった。小沢氏は「非常に危ない状況。安倍首相にビジョンや国家観がしっかりとあるなら、自分は賛成はしないが、それはそれでいい。しかし、安倍首相は、心情、懐古的な感情で動いている。そのような情緒的な政治のやり方は、必ず、道を誤ると確信している。そこを糾すのは、国民しかいない」と述べた。

 中村氏が「情緒的とは?」と尋ねると、小沢氏は「靖国神社は、戦争で亡くなった人を奉る神社。A級戦犯は、戦争で死んだのではない。だが、安倍首相は『戦勝国のアメリカの手で殺されたことに違いはない』と言いたいようだ。(今回の首相の靖国参拝は)日中韓以上に、日米に深い亀裂が走ったと思う」と答えた。

 「小沢さんが首相だったら、どうするのか」と重ねて訊かれると、「合祀を止め、みんなでお参りできる靖国神社にするべきだ。そもそも、靖国神社への戦犯の合祀は、厚生省から言われてやったこと。その時の宮司は反対した」と話した。

 小沢氏が退席し、中村氏が最後にスピーチをした。「まず、国家機構の大改革だ。民主党の失敗は、財務省に立ち向かえなかったこと。政治は今、国民の生活が第一という、原点に戻らなければならない」。【IWJテキストスタッフ・関根/奥松】 」

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/128572

「適正な裁判や当事者の権利は二の次」 元裁判官が最高裁の「人事支配」を厳しく批判

2014-02-28 20:08:55 | 政治
「33年間にわたり、東京地裁や大阪高裁など日本各地の裁判所に勤務し、最高裁判所の調査官を経験したこともある元裁判官・瀬木比呂志氏が2月27日、外国特派員協会で記者会見を開き、日本の裁判所の「病巣」を厳しく批判した。

裁判所の内部に長く在籍した人物による表立った組織批判は、異例のことだ。2月中旬に『絶望の裁判所』と題する新書を出した瀬木氏は、同書の内容を引用しながら、「最高裁長官の意を受けた最高裁事務総局が、裁判官の人事を一手に握ることによって、容易に裁判官の支配・統制をおこなうことが可能になっている」と指摘した。

そのうえで、「裁判官たちは、ヒラメのように最高裁事務総局の方向ばかりをうかがいながら裁判をするようになり、結論の適正さや当事者の権利は二の次になりがちだ」と、現在の裁判所の人事制度がもたらす問題点を批判した。

スピーチでは、最高裁長官による「大規模な情実人事」や、最高裁の暗部とされる「思想統制工作」についても触れており、組織内部の体験者ならでは生々しさが感じられる。以下、瀬木氏のスピーチの内容を紹介する。

●「思想統制工作」を自慢げに語る裁判官たち
「日本の裁判所はどのような裁判所かということですが、大局的にみれば、それは国民・市民支配のための道具・装置であり、また、そうした装置としてみれば、極めてよくできているといえます。

なぜ日本の裁判所・裁判官が、そのような役割に甘んじているのかを多角的に解き明かすのが、この書物(『絶望の裁判所』)の目的です。

私は思想的には、広い意味での自由主義者であり、また、個人主義者でもあると思いますが、いかなる政治的な党派・立場にも与してはいません。

以下、書物の内容に沿いながら、論じます。

まず、私が最高裁で経験した2つの事件について、述べます。1つは、私が事務総局民事局の局付裁判官だった時代の経験です。

ある国会議員から入った質問に対してどのように答えるかを、裁判官たちが集まって協議していたとき、ある局の課長(裁判官)がこう言いました。『俺、知ってるんだけどさ、こいつ、女のことで問題があるんだ。質問対策として、そのことを週刊誌かテレビにリークしてやったらいいんじゃないか』

もちろん彼のアイデアは採用されませんでした。(裁判官からこのような言葉が出たことに)他のメンバーはショックを受けていましたが、その課長は平然としていました。彼は、のちに出世のヒエラルキーを昇り詰め、最高裁に入りました。

また、私が最高裁の調査官時代、最高裁判事と調査官の昼食会の席上、ある最高裁判事が大声をあげました。『実は、俺の家の押し入れには、ブルーパージ関連の資料が山とあるんだ。どうやって処分しようかな』。すると、『俺も』『俺も』と他の二人の最高裁判事からも声があがりました。

このときも、昼食会の会場は静まりかえりました。『ブルーパージ』というのは、大規模な左派裁判官排除、思想統制工作であり、最高裁の歴史における代表的な恥部です。そのような事柄について、6人の下級裁判所(地裁・高裁)出身の裁判官のうち3人もが、自慢げにこのような発言をおこなったことに、他のメンバーはショックを受けました」

●最高裁事務総局を頂点とする「上命下服のピラミッド」
「2000年代以降、長く人事上劣勢にあった刑事系裁判官は、裁判員制度導入を利用して、裁判所の支配権を握りました。彼らがおこなった情実人事については、本書でも詳しく記しています。

このような状況について、ある元裁判官は『最高裁長官・竹崎博允(ひろのぶ)氏が進めたこのような人事は、言語道断である。こうした大規模な情実人事が、下級審裁判官たちに与えた影響は計りしれない』と述べています。

竹崎長官の就任後、最高裁判所のいわゆる『学者枠』に元裁判官である女性学者が任命されました。しかしこの人事については、学者の間から『彼女の業績は非常に乏しいものではないか』という批判が数限りなく聞かれました。

この人事についても、元裁判官の有力者は次のように述べています。

『筋の通った反対意見を書くことが多く、影響力が強い《学者枠》の裁判官に、そのような人物ではない人を得るというのは、裁判所当局にとって都合の良いことであろう。たとえば、必ず提起されるに違いない《裁判員制度違憲》を訴える訴訟について、全員一致の合憲判決を得ることが容易になるに違いない』

この合憲判決については、彼の予測は当たることになりました。

日本の裁判所のもっとも目立った特徴は、あきらかに『(最高裁)事務総局中心体制』であり、それにもとづくところの上命下服の『ピラミッド型ヒエラルキー』です。そのヒエラルキーは、たとえば横綱から幕下力士までの名前が細かく掲げられた相撲の番付表にも似ています。日本の裁判所が、およそ平等を基本とする組織ではなく、むしろ、その逆であることを認識してください。

最高裁長官、事務総長、そして、その意を受けた事務総局人事局は、裁判官の人事を一手に握ることによって、容易に裁判官の支配・統制をおこなうことが可能になっています。こうした人事について恐ろしいのは、裁判所当局による報復が何を根拠としておこなわれるのか、いつおこなわれるのか、わからないということです。

そのため、裁判官たちは『最高裁や事務総局の気に入らない判決を書かないように』ということから、ヒラメのようにそちらの方向ばかりをうかがいながら裁判をするようになり、結論の適正さや当事者の権利は二の次になりがちです。

事務総局は、気に入らない者については、かなりヒエラルキーの階段を昇ってからでも、たとえば『もう、あなたは東京には戻さない』といったことを告げ、公証人など別の職業を紹介するといった形で、切り捨てることができます」

●『それでもボクはやってない』はいつでも起こりうる
「日本の裁判官は、このような事情から、たとえば国が被告になっている、あるいは行政が被告になっているような困難な判断につき、棄却・却下の方向をとりやすい。また、困難な判断を避け、当事者に和解を強要する傾向が強いといえます。

最高裁の判例の一般的な傾向については、このように言えると思います。すなわち、統治と支配の根幹はアンタッチャブルであり、しかしながら、それ以外の事柄については、可能な範囲で一般受けの方向を狙うということです。

刑事裁判については、日本では『それでもボクはやってない』という周防正行監督の映画が話題になりましたが、実際には日本の法律家にとって、あの映画はショッキングなものではありません。ああいうことは、いつでも日本の刑事司法で起こりうる。つまり、あなたがたにも起こりうることだと考えます。

裁判員制度についても、そのあるべき姿がゆがめられてしまったといえます。被告人選択制の陪審制度に移行すべきです。

日本の裁判官は、かつては2000名あまり、現在も3000名足らずと非常に少ない。一般的にいえばエリート集団ですが、その非行はかなり多く、ことに2000年代以降、8件もの事件で、多くの裁判官が罷免等されています。ほとんどが性的な非行です。これは裁判所の荒廃の端的なあらわれではないかと思います。このような事態を生む裁判官の精神構造の病理については、本書で詳しく触れています。

日本においても、たとえば大学では、ハラスメントに関する適正な規律がなされています。しかし、裁判所には、そのようなガイドラインも、相談窓口や審査機関もなく、いわば野放しの状況になっているといえます。

つまり、裁判官たちの非行については、収容所的な組織がもたらす悪影響と個人的な原因があるということです」

●日本の裁判官は「見えない収容所」の囚人
「日本の裁判官たちは、見えない『檻』『収容所』の中に閉じ込められた『制度の囚人達』であるといっても良いと思います。それはある意味で、旧ソ連の全体主義的共産主義体制すら思い起こさせます。

日本の社会はそれなりに充実した民主社会ですが、その構成員にとって、あるいは日本に住む外国人にとって、息苦しい部分があると思います。

その原因の一つは、おそらく社会の二重構造、二重規範にあるのではないかと思います。つまり、法などの明確な規範の内側に、それぞれの部分社会特有の『見えない規範』があるのです。人々は、どちらかといえば、その『見えない規範』によって縛られています。

日本の裁判官の社会は、この『見えない規範』が極めて強固であり、またそれに触れた場合の制裁が極めて過酷な社会なのです。

日本国憲法76条には『すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される』と記載されています。

しかし、日本の裁判官の実態は、『すべて裁判官は、最高裁と事務総局に従属してその職権を行い、もっぱら組織の掟とガイドラインによって拘束される』といったものになっています。この憲法の条文は、日本国憲法の他の数多くの輝かしい条文と同じように、愚弄され、踏みにじられているといえます。

日本の裁判所・裁判官制度が根本的に改革されなければ、日本の裁判は、本当の意味において良くはならないでしょう。また、現在の裁判所はもはや自浄能力を欠いており、法曹一元制度の採用による根本的な改革が必要だと考えます。

まとめの言葉として、次のように述べておきたいと思います。

本書はある意味で、司法という狭い世界ではなく、日本社会全体の問題を批判する書物です。バブル経済崩壊以降の日本社会の行き詰まりには、私がこの書物で分析したような問題に起因する部分が大きいのではないでしょうか。

日本の裁判官組織は、法律専門家エリートの非常に閉ざされた官僚集団であるために、そのような問題が集約・凝縮されてあらわれていると考えます。その意味で、本書で私が提起した問題には、かなり大きな普遍性があるのではないのかと考えています」

【瀬木比呂志氏プロフィール】

1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。1979年以降、裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年明治大学法科大学院専任教授に転身。民事訴訟法等の講義と関連の演習を担当。」

http://blogos.com/article/81366/

安倍達の背後にいるもの/すべてを失う前に

2014-02-24 17:51:45 | 政治
このブログは自分の勉強のための資料集を兼ねていろいろな記事を転載している。

 資料を集めつつ思うのは、安倍政権によって日本が急激に悪くなっていることだ。

 ほとんど予測不能な事態になっている。

 しかし安倍や石破など表立った活動している政治家の背後にいるのは官僚たちだ。彼らこそが事態を動かしてきた張本人である。

 だからこそ特定秘密保護法でも、官僚が情報を統制できる内容になっている。

 出発点は占領下で国家主義者や官僚たちへの追及が中止され-逆コース-岸等戦犯が日本政界に復帰し始めたときからだろう。

 もともと戦犯容疑者の追及のため設置された特審局がその後公安調査庁になり変ったことが、事態の変化を良く示している。

 そして占領が終われば好きなことが出来るとじっと息をひそめていた官僚の後継者が、戦後の民主的体制の換骨奪胎を図り始める。

 戦後の保守対革新の対立の背後にあったのは、戦後民主主義を本気で根付かせるか、それを-形はどうあれ-何とかして破壊したいという官僚たちとの、長い闘いであった。

 その官僚たちの後継者が、長年かけて作り上げてきた設計図ににそって、今帝国日本の再構築を図かっている。

 でも官僚たちも時間とともに変わっているはず、という意見もあるだろう。

 それはない。人事がそれを阻んできた。

 官僚の人事は、トップの時間は事実上先任次官の後継指名で決まる。

 以下昇進も同様。となれば先任者と根本的に異なる人間が後継者になることはない。

 そもそも国家公務員上級の採用は、試験に合格した名簿の中から、現役の官僚が選ぶのだ。

 この選択と人事、そして教育を通じて、市民的常識の欠けた戦前エリートの模倣を鏡とするエリート官僚が作り上げられてきた。

 そしてそれと本気で対峙したからこそ、鳩山・小沢政権は屠られた。

 今回の都知事選でも、細川・小泉連合は、どちらも引完了形政治家だった。

 なんとかして幅広い連携を実現しなければいけない。それが出来なければ私たちはすべてを失うことになりそうである。

知事証人喚問 無責任県政極まれり/琉球新報

2014-02-24 15:34:40 | 政治
「 視界は一向に晴れない。県議会調査特別委員会(百条委)に仲井真弘多知事が証人喚問されたが、なぜ埋め立てを承認したか、証言に納得のいく人がいるだろうか。

 環境悪化への懸念を払拭(ふっしょく)できないという環境生活部の意見をなぜ無視したのか。合理的な説明はない。知事は「申請が出た以上、最終的な形で終わらせないと」と述べた。行政手続きだから国から申請があれば承認するしかないという意味であろう。県庁は下請け機関なのか。

 知事は、承認直前に東京で入院した際、病院を抜け出して官房長官らに会った事実を認めた。だが埋め立て承認に関する会話はなかったと主張する。県庁内の調整のメモもなく、首相との会談の記録もないという。行政としておよそ考えられない。説明を尽くすつもりがあるのだろうか。

 百条委は知事を再度喚問すべきで、提案のあった菅義偉官房長官の証人喚問も必要であろう。承認過程を徹底解明してもらいたい。

 知事は「法律にのっとって」と繰り返した。公有水面埋立法に照らせば国の申請は承認せざるを得ないという意味だ。だが同法によると「環境保全への十分な配慮」は必須要件だ。外来生物侵入の恐れが強く、ジュゴンやウミガメなど希少生物に影響を与える計画で、環境が専門の部局が懸念を拭えないと言っている以上、法律にのっとればむしろ不承認しかないのではないか。理解に苦しむ。

 県は、申請書が環境について一定の配慮をすると書いたことを承認の理由に挙げる。これから配慮をするだろう、という推測を根拠にしているのだ。「環境保全の措置に先立つ承認」だ。転倒した理屈と言うほかない。推測が理由になるなら、審査する県の責任放棄でしかない。

 県は行政手続き上避けられないかのように強調するが、経緯を知れば知るほど、知事の政治判断だと考えざるを得ない。それなら知事は堂々と政治判断だと説明すべきではないか。

 環境への懸念があっても「言いっ放し」で済ませるのなら、県の環境部局など不要だ。政治判断で何でも決まるのなら、行政組織に意味があるだろうか。無責任県政ここに極まれり、と言うほかない。
 環境への懸念をないがしろにした以上、知事は公有水面埋立法に抵触する疑いがある。百条委継続の理由は十分にあろう。」

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-219969-storytopic-11.html