読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

発売40年後の再評価、ビーチ・ボースの名盤を綴る「ペット・サウンズ」(ジム・フリージ著、村上春樹訳)

2008-12-31 03:48:05 | Weblog
<目次>
プロローグ「僕にはちゃんとわかっているんだ。自分が間違った場所にいるってことが」“I know perfectly well I'm not where I should be...”
第1章「ときにはとても悲しくなる」
    “Sometimes I feel very sad...”
第2章「僕らが二人で口にできる言葉がいくつかある」
    “There are words we both could say...”
第3章「キスがどれも終わることがなければいいのに」
    “I wish that every kiss was never-ending...”
第4章「ひとりでそれができることを、僕は証明しなくちゃならなかった」
    “I had to prove that I could make it alone now...”
第5章「しばらくどこかに消えたいね」
    “Let's go away for awhile...”
第6章「自分にぴったりの場所を僕は探している」
    “I keep looking for a place to fit in...”
第7章「でもときどき僕はしくじってしまうんだ」
    “But sometimes I fail myself...”
第8章「答えがあることはわかっているんだ」
    “I know there's an answer...”
第9章「この世界が僕に示せるものなど何ひとつない」
    “The world could show nothing to me...”
第10章「美しいものが死んでいくのを見るのはとてもつらい」
    “It's so sad to watch a sweet thing die...”
エピローグ「もし僕らが真剣に考え、望み、祈るなら、それは実現するかもしれないよ」“Maybe if we think and wish and hope and pray it might come true...”
訳者あとがき 神さまだけが知っていること

著者は、アメリカのミステリー小説作家であり、1983年以来「ウォール・ストリート・ジャーナル」にロック音楽の評論を書いているジム・フジーリという人。そして翻訳が村上春樹さんでした。本書は、今年2月の初版。

本書は、1966年5月16日にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバムにして、リーダーであるブライアン・ウィルソンの最高傑作と見なされ、多くの音楽評論家がかつて作られた最良のポップ・アルバムと評価される「ペット・サウンズ(Pet Sounds)」について書かれた一冊。著者はプロローグで次のように述べています。

「『ペット・サウンズ』の奇跡は、その音楽と歌詞(それらはシンプルでありながら同時に、驚くばかりに複雑である)の中にあり、そしてまたいつでも消え去らぬ余韻の中にある。それはリスナーの心に深くしみ込むアルバムになっている。何故かといえばそこにあるのは、単にブライア個人の怯えや憧憬、夢や失望であるに留まらず、リスナー自身の怯えや憧憬、そして夢や失望でもあったからだ」。~

「『ペット・サウンズ』は僕やあなたについての物語である。子供や女性、あるいは男であっても、感受性や自己認識をいくらかでも持ち合わせ、そしてまた人生の避けがたい浮き沈みを既に経験したり、ゆくゆく経験することを前もって予測している人であれば、その作品の中に自らかの姿を見出すことができるはずだ。あるいはまた、そのような心を持つ人であれば必ず、その作品が顕示するものによって、変化を遂げたり、(そこまでいかずとも)大きく心を動かされたりするはずだ」。

一方、村上春樹さんはこの「ペット・サウンド」について、あとがきに次のように記しています。

「1967年にビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が発表されたとき、それがどれくらい衝撃的な作品であるのかは、僕にも即座に理解できた。聴いたとたんにその素晴しさはわかった。『わお、これはものすごいアルバムだ!』と僕は思った。それはどうしてだろうか?その二枚のLPは同じくらい意欲的なアルバムであり、同じ1960年代半ば過ぎに発表され、完成度も同じくらい高かった」。

「それなりに『サージェント・ペパーズ』は世界中の音楽ファンにリアルタイムに熱く受け入れられ、『ペット・サウンド』は長いあいだ世界の片隅で冷や飯・・・とまでは言わずともあまり温かくないご飯を食べさせられることになった。」

「でも不思議なことに(というべきだろう)、その二つの音楽的インパクトのバランスは、時間が経過するにつれて――少なくとも僕の中ではということだが――徐々に、しかし確実に変化を見せていた、『サージェント・ペパーズ』が僅かずつではあるが当初の圧倒的なまでの新鮮さを失ってきたのに比べて、『ペット・サウンズ』はそのレコードに針を落とすごとに、何か新しい発見のようなものを僕にもたらしてくれた。そしてある時点で両者は等価で並び、そのあとは疑いの余地もなく『ペット・サウンド』が『サージェント・ペパーズ』を内容的に凌駕していった」

<ペット・サウンズ(Pet Sounds)>1966年5月16日

1.素敵じゃないか - Wouldn't It Be Nice (Brian Wilson/Tony Asher/Mike Love) 2:22
2.僕を信じて - You Still Believe in Me 2:30
3.ザッツ・ノット・ミー - That's Not Me 2:27
4.ドント・トーク - Don't Talk (Put Your Head on My Shoulder) 2:51
5.待ったこの日 - I'm Waiting for the Day (Brian Wilson/Mike Love) 3:03
6.少しの間 - Let's Go Away for Awhile (Brian Wilson) 2:18
*Originally titled The Old Man and the Baby
7.スループ・ジョン・B - Sloop John B (Trad. arr. Brian Wilson) 2:56
8.神のみぞ知る - God Only Knows (Brian Wilson/Tony Asher) 2:49
9.救いの道 - I Know There's an Answer (Brian Wilson/Terry Sachen/Mike Love) 3:08
10.ヒア・トゥデイ - Here Today (Brian Wilson/Tony Asher) 2:52
11.駄目な僕 - I Just Wasn't Made for These Times (Brian Wilson/Tony Asher) 3:11
12.ペット・サウンズ - Pet Sounds (Brian Wilson) 2:20
*Originally titled Run James Run
13.キャロライン・ノー - Caroline, No (Brian Wilson/Tony Asher) 2:52

本書の魅力は、一枚のアルバムについて、著者との精神的な関わりに触れながら、このアルバムがどのように制作されていったのかを追ったドキュメントである点。そして、本書の随所に見られる訳者である村上春樹さんの村上さんらしい文章表現にあります。それは、この「ペット・サウンズ」の収録曲のタイトルに、一般的な邦題ではなく、村上春樹さんが独自の訳をつけているのが、次ぎの曲のタイトルに表れされます。

「ドント・トーク」→「しゃべらないで(僕の肩に頭を置いて)」
「少しの間」→「しばらくどこかに消えたいね」
「駄目な僕」→「間違った時代に生まれた」
「救いの道」→「答えがあることはわかっている」
「待ったこの日」→「僕はその日を待っている」
「神のみぞ知る」→「神様しか知らない」

そして、第6章「自分にぴったりの場所を僕は探している」で、「駄目な僕」(「間違った時代に生まれた」)に注目した著者がその詞を引用していますが、この詞を村上春樹さんはこんな風に訳しているtところが村上さんの真骨頂と言えると思います。

「間違った時代に生まれた(I Just Wasn't Made for These Times)」

自分にぴったりの場所を僕は探している。
自分の心をそのまま言葉にできる場所を。
いつまでも一緒にいたいと思える人々を、みつけようと努めている。
僕にはアタマがあるってみんなは言う。
でもそんなもの何の役にも立ちやしない。残念だけどね。
ものごとが再びうごきだすたびに、今度こそうまくいきそうだって気がする。
でもほら、必ずどこかでおかしくなっちゃうんだ、ときどき僕はすごく悲しくなる。
僕はきっと、間違った時代に生まれたんだろう。


著者はこの曲について、次のように記しています。

「僕はボブ・ディランが好きだし、ジョニ・ミッチェルやレナード・コーエンが好きだ。彼らはみんな自分で歌詞を書くし、それは僕自身や、僕を取り巻く世界を深く眺める方法を教えてくれた。その方法は、僕がこれまで巡り会ってきたどのような芸術形態に比べても、少なくともひけをとらないものだった。しかし今でもなお、ブライアンとアッシャーがこの「間違った時代に生まれた」のために書いた歌詞の持つ力強さを前にして、僕は言葉を失うことになる」。

・・・・

「子供たちの不安定な心がこれほど混じりけなく表現された例を、あなたは目にしたことがありますか?『キャッチャー・イン・ザ・ライ』をひとつのヴァースとひとつのコーラスに縮めると、まさにこういう感じになるのではあるまいか、そんな気がする」

更に、著者の各曲に対する愛着は、ロック音楽評論家でもある片鱗を随所に示してくれます。たとえばこんな風に。

「『間違った時代に生まれた』はスペクターのプロデュース曲を想起させる。まるで軍楽隊の太鼓みたいにぴりぴりした、闊達なドラム。ほとばしるギター音の積み重ね。キーボードとサキソフォンがサラウンドになって、いたるところから聞こえてくる。・・・そして今やお馴染みになったテンポのアップダウンがある。独創的に用いられる強弱法(ダイナミックス)があり、ジャズの影響を受けたコードが顔を見せ、ポールマンのベースはコードのルート音を片端から省いていく。Gマイナー、Ebメジャー、Cマイナー、Bbメジャーそれぞれのキーからなる音節の組み合わせについていえば、その構造は見事にロジカルであり、滑らかである」

また、本書では1966年から1967年にかけてリリースされたビートルズのアルバム「Rubber Soul」→ビーチ・ボーイズの「Pet Sounds」→ビートルズの「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」というビートルズとビーチ・ボーイズ、いやポール・マッカートニーとブライン・ウィルソンとの「ロック史上最も偉大なキャッチボール」の経緯についても記されていますが、そのことについては次ぎの関連記事を参照下さい。

<23歳同士が成し遂げた、ロック史上最も偉大なキャッチボール>(2008/11/3)
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/55411052.html

<再評価されるビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」と、ビートルズへの影響>(2008/12/31)
http://blogs.yahoo.co.jp/asongotoh/56086771.html


ジム・フジーリ(Jim Fusilli):1953年、アメリカ、ニュージャージー州ホーボーケン生れ。イタリア系アメリカ人の家庭に育つ。『NYPI』(邦訳は講談社文庫刊)から始まった探偵小説のシリーズのうち、「HARD,HARD CITY」は2004年ミステリー・インク・マガジンのベスト・ノベルに選ばれた。ウォール・ストリート・ジャーナルなどにロックやポップスに関する寄稿をしている。『ペット・サウンズ』はロックの名盤をテーマにしたContinuum社の「33 1/3」シリーズの一冊として刊行された。

<Jim Fusilli - Official Website>
http://www.jimfusilli.com/content/author.asp

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