読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

映画化できないアブノーマルな世界、小説「ジャンゴ」(花村萬月著/角川文庫)

2007-07-27 02:49:40 | 本;小説一般
登場人物は、音楽事務所、芸能プロダクション、高級クラブを経営する、元広域暴力団傘下の組長だった山城、その妹で完璧な美しさを輝かせる小悪魔・麗子。そのクラブで演奏するジャズギタリスリト・沢村。山城子飼いのフリープロデューサー・芦原。同じく山城の事務所に所属する芸人・巨人症のオカマ・ミーナ。芦原が売出そうとしているシンガーソングライター相田亜矢子。

1995年の作品。初めて読む花村萬月作品。最近ことあるごとに降りかかるシンクロニシティはこの小説にもありました。「ジャズの歴史」(相倉久人著)を読む前に、部屋を掃除していたところへこの本がふと出てきました。いつ買ったのかも覚えていません。そのときはこの「ジャンゴ」というタイトルが、あのジャズギタリストのジャンゴのことだとは思い浮かびませんでしたが、それを想起したのは「ジャズの歴史」にその名が登場したからでした。

このブログの5/16付けの「『ギター弾きの恋』と『ショコラ』を繋ぐ『ジプシースィング』の創始者」というタイトルの記事にジャンゴのことを取り上げてはいました。以来、ジャンゴのことはそれなりに気になってもいました。それがここに来て一気に私の前に降りかかってきました。これは一度彼の音楽を聴かねばならないと思った次第です。

花村氏は登場人物である山城麗子のセリフを通し、ジャンゴについて次のようにまとめています。


「ジャンゴ・ラインハルト。本名ジャンゴ・パブティスト・ラインハルト、1910年1月23日、フランス国境近くのベルギー、リヴェルシーズのジプシー旅芸人一家に生れる。父はバイオリン弾き、母は歌手兼踊り子。14歳のときに、バンジョー奏者としてシャベールというシャンソン歌手の伴奏をつとめ、初レコーディング。

1928年、11月未明2日未明、ジプシー・キャラバン出火により、大火傷。左手薬指、小指がまったく動かせなくなる。半年間プレイを中断。独特のフィンガリング奏法を編みだす。そのフレージングは人差し指と中指、そして補助的に親指で低音弦を押さえるというもので、ジプシー旋法を使った哀愁感のあるメロディと、三連符を使った独特のフレーズがユニークだった。

演奏はオンビートで、チャンキー・リズム。そのスイング・ビートは黒人音楽の横ゆれするビートとは違って、ポルカのようなヨーロッパ伝承音楽を連想させる。フレーズは分散和音や装飾を多用する。フォー・ビートでテーマをインプロバイズしていくというジャズの定義には収まるが、アメリカのジャズギタリストとはまったく別物である。

使用していたギターは大型のアコースティック。ピックを用い、ブリッジの近くで力強く弾いた。音色は硬いが、潤いがあり、ロマンチックだった」。


*オン・ビート;表拍(オンビート)と裏拍(オフビート)
*チャンキー・リズム;英語の「chunky」ならば、「ずんぐり、どっしりした、厚手の」という意味があり、「どっしりとしたリズム」ということでしょうか?
*ポルカ;1830年頃おこったチェコの民俗舞曲。速い2拍子のリズムに特徴あり。
*ちなみに主人公・沢村の愛用ギターはギブソンES-335(写真)。ES-335とは、1958年にギブソン社から発売された、世界で最初のセミアコースティックギターです。ちなみに「ES」はエレクトリック・スパニッシュの略。

そして、もう一つのシンクロ。これはちょっと違う感じですが、24日に書いたモニカ・ベルッチ主演の映画「アレックス」。この淫靡なる世界を目にしていなければ、この「ジャンゴ」はとても読むに耐えなかったかもしれません。耐性ができていたのでしょうか?小説は文字によって必然的にその情景を想像させられますが、読んでいて「アレックス」の映像が浮かんできました。加えて、覚せい剤の「スピード」に絡めて、これまでのシンクロのキーワード「直腸」がみたび登場します。
この小説のキーワードは畸型、劣等感、倒錯、復讐。特に芸能、小説に関して厳しいことばが浴びせられます。それが麗子を通して、次のように語られます。

「聖なるかな、畸型の者たちよ。選ばれた者たちよ。マイナスが常にマイナスであるとは限らない。自分が正常であると思い信じこんでいる異常者の群れ、その異常者が基準をつくりあげる歪んだ社会。絶対多数という名の民主主義の偽善」

「この歪みきった世界。しかし、芸能に常識は不要であるばかりか、邪魔でさえある。人格者や道徳家は不要だ。大衆を楽しませるのは、いつだってフリークスなのだ。・・・指を二本失って、沢村はようやくフリークスの仲間入りをした。いつだったか、ミーナが言っていた。メキシコでは、小人が生れると、ラッキーマンと呼ばれると。彼は、将来、プロレスで食べていくことができる。だから彼は、人々から祝福される」。

淫靡、凄惨なシーンの中で、ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」、「月の光」の静謐なメロディが流れます。そしてもう一つの音楽の素材であるジャンゴの存在は、二重の意味で主人公である沢村に圧し掛かってきます。それはまた麗子によって次のように語られます。

「フォー・ビートの死よ。フォー・ビートは、あなたのような音楽は、もう死んだの。ファッションとしてしか、生き残れない」

この小説の映像化は不可能です。誰も映像化しようと思う人はいないと思いますが。もし、無謀な監督が本作品を映像化しようとするなら、それは「アレックス」どころの不快感を出さずして本作は成り立ちません。そういえば夏川結衣さんの初主演作「夜がまた来る」(石井隆監督/1994年)という映画もそれなりにきつい映画でしたが、やはり日本ではここまでが限界でしょうね。


花村 萬月(はなむら まんげつ、昭和30年(1955年)2月5日-、本名、吉川一郎)は、「日本の作家。東京都生まれ。小平サレジオ中学校卒業。1989年、デビュー作の『ゴッド・ブレイス物語』で第02回小説すばる新人賞。1998年、『皆月』で、第19回吉川英治文学新人賞。1998年、『ゲルマニウムの夜』で第119回芥川賞受賞」。(ウィペディア)

「皆月」(みなづき)は、望月六郎監督、奥田瑛二主演で1999年に映画化。この映画で日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞を吉本多香美さんが受賞。この映画では吉本さんのヌードを伴う濡れ場が話題となりました。この映画でさえ、かなり衝撃的でしたよ。


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