脚と角

関西を中心に国内外のサッカーシーンを観測する蹴球的徒然草。

喜怒哀楽の真髄は蹴球にこそ有り。

魁!後藤塾!

2007年11月27日 | 脚で語るJリーグ


 昨日、とある繋がりから後藤健生さんの講義を受けに関西大学に行かせてもらう機会があった。後藤健生さんといえば日本が誇るサッカージャーナリストの大御所であり、74年西ドイツW杯から現地で世界の名試合の数々をウォッチしてきた方だ。筆者は兼ねてから後藤さんのファンであり、先生の著書も幾つか拝読してきた。その後藤さんは現在、関西大学の客員教授として不定期ながらも大阪に来られている。

 今年大阪で行われた「サロン2002」において自身の最新の著書である「日本サッカー史」を引っ提げて講演に来阪されたのが、筆者と後藤さんの最初の出会いであった。その時は仕事を切り上げ、何とか時間内に間に合ったものの、満足に後藤さんのお話をお伺いすることはならなかった。後藤さんの大先輩である日本サッカージャーナリストの先駆け賀川浩さんも来られていたこともあり、筆者が会場に着いた時には、歩く「日本サッカー大辞典」賀川さんの独壇場であった。
 一度、後藤さんの講義を拝聴させて頂きたく機会を狙っていたのだが、今回思わぬ形でそれが実現の運びとなった。

 久々に少数の学生に混じって、大学の講義室で充実感みなぎるおよそ3時間を過ごした。何よりも以前から気になっていたサッカーノートの書き方においてレクチャーを頂いたのは願ってもないことであった。
 
 今年になってガンバ以外のゲーム観戦の際につけるようになったサッカーノート。これはサッカー観戦の新境地を己に知らしめてくれる最高のアイテムとなった。日頃気にしないようなシーンにも目を向けることのできる自分がいる。特にゴールシーンは一連の流れを記号でメモして残す作業がクセになった。
 ところがどうだろう。後藤さんの講義を聞いて自分の未熟さをつくづく痛感させられた。先日行われた五輪代表のベトナム戦の映像を講義材料に自らサッカーメモを執っていく実習では、ゴールシーンや決定機だけでなく、その前後やその局面に直結する全てのプレーがサッカー観戦では重要になってくるということを改めて学んだ。それは紛れもないサッカージャーナリストの観点からだ。そう、90分間ほぼ全てがメモの対象となる。

 例えば、このベトナム戦で李が前半8分に水野のFKからヘッドで奪った先制点。この早い時間帯での先制点が日本を勢いづけるきっかけになったのだが、さらに重要なのはどういった展開からこの得点機会をもたらした水野のFKが生まれたかということだ。普通にゲームを流して観る中で、後でその局面を問われるとほとんど脳裏には映像が残っていない。どういったやりとりの中で相手のファウルが生まれたのか、メモも手元には残っていない。しかしそこが最も重要なファクターである。
後藤さんはその得点シーンよりもそれに直結した局面の重要性を説いてくださった。
 今年、早くも現地観戦数が200試合を越える後藤さんはこのベトナム戦も現地でもちろん取材されていた。しかし、考えてもみればこの直前のファウルが日本の先制点に繋がる確固たる確信はない。リプレイのない生観戦において、ほぼ全ての局面を細かい何気ないシーンまで記号でメモにとることで、その場で行われていた90分間の激闘が手元に記録として残るわけだ。もう一度、試合のVTRに頼ることなくスムーズにその試合を論じることが可能となる。これを口で語るのは実に簡単であるが、事実90分間これを続けることは相当な集中力と、ノートとフィールドを幾度となく往復する己の目が必要になってくる。しかし、サッカージャーナリストたる者には絶対不可欠なアジリティ要素だ。

 これはすぐにしっかり実践していこうと思った。いつもそういう局面での細かいプレーなどはページの隅に文章のメモで執っていた程度であった。しかし、90分間常に記号でのメモをとることで、さらに戦術的、技術的な論述が可能になる。ヒューマニズムに偏重し、サッカー自体の面白さを失いかねなかった自分のこれまでの温いフィルターを浄化された気分になった。

 コツなど何もない。おそらくゲームを観る目と膨大な経験値がモノをいう。今年は60試合以上の観戦に足を運んだ私もまだまだひよっ子だ。ますますサッカージャーナリスト後藤健生は自分の中で神格化された。
 いつも感じることのない緊張感を感じつつ、後藤さんとクルマで関西大を後にし、大阪市内へ向かった。車中でまだ25歳の若造にいろいろお話頂いた後藤さんに感謝。17時を過ぎた大阪はすっかり暗くなっていた。
 
 サッカーを愛する一人の人間として、自分もまた負けてはいられない。次の世代のサッカーを伝える者として、もっと勉強したくなったのが本音だ。


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