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ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

小泉純一郎さん

2013-08-27 10:25:32 | 新聞を読んで
昨日の毎日新聞の「風知草」という欄は「小泉純一郎の『原発ゼロ』」

小泉さんは今月中旬、脱原発のドイツと原発推進のフィンランドを視察して、

その感想は「脱原発、行って納得、見て確信」に尽きるそう。


ゼネコン幹部の一人が「あなたは影響力がある。

考えを変えて我々の味方になってくれませんか」とささやいた。

小泉さんは「オレの今までの人生経験から言うとね、

重要な問題ってのは、10人いて3人が賛成すれば、

2人は反対で、後の5人は『どっちでもいい』というようなケースが多いんだよ。

いま、オレが現役に戻って、態度未定の国会議員を説得するとしてね、

『原発は必要』という線でまとめる自信はない。

今回いろいろ見て、『原発ゼロ』という方向なら説得できると思ったな。

ますますその自信が深まったよ」と言ったそう。


原発は「トイレなきマンション」であるとこの欄の筆者が紹介してた。

そうだろうな。

小泉さんはーーー今すぐゼロは暴論という声が優勢ですが・・に対して、

「逆だよ、逆。今ゼロという方針を打ち出さないと

将来ゼロにするのは難しいんだよ。

野党はみんな原発ゼロに賛成だ。

総理が決断すりゃ出来る。

あとは知恵者が知恵を出す。

『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、

そんなことないね。

昔も『満州は日本の生命線』といったけど、

満州を失ったって日本は発展したじゃないか。

必要は発明の母って言うだろ?

敗戦、石油ショック、東日本大震災。ピンチはチャンス。

自然を資源にする循環型社会を、

日本がつくりゃいい。」

・・この欄の筆者の山田孝男さんは、小気味よく聞いた、とあった。

私もそう感じた。

同じ内容を他の政治家の誰かが言ったとしても、

この小泉節というこのなんともゆるい感じは出ないのかなと思った。

この人の軽さは持ってない感じ。

なんというか、原発反対論者の絶対これが正しい、みたいな

肩肘張る感じが無いと受け取るのは私だけじゃないだろうな。

毎日新聞をとってる人は朝日や読売ほど多くないだろうから、

ちょっと紹介したくて書いちゃったよ。


願う前から・・

2013-08-27 09:53:08 | ひとの幸福
これって、願う前から叶えられている、って感じだね。

・・って書いて・・そうなのか、って思った。

顕在意識で(そうしよう)、なんて思う前に既に叶えられている。

そうしよう、なんて思う事自体がそうなるのを邪魔する。

きっとそうだよ、そこに居る人たちに全体を見て、

他の人の邪魔にならないようによく考えて、

行きたい所に着けるのはどう歩いたらいいかをよく考えて、

歩いてくださいと誰かが提示したらどうなるんだろうなぁ・・

真面目にそれをしようとする人なんて居ないか?

その言葉を聞くだけでやる気が失われそうだし。

実践て、何も考えないでやることなんだと思うな。

何も考えずにやれるようになる・・のが本物か・・

習うより慣れろという言葉もその一部を表している表現なのかな。

渋谷のスクランブル交差点も毎年4月は初出勤の人や、

初通学の人が居て、幾らかはぶつかったりすることがあるらしいけど、

一週間(二週間だったか)もすればそれもなくなるとあったよ。

渋谷駅前

2013-08-27 09:39:34 | 新聞を読んで
昨日の毎日新聞の社説欄「日本のファンをもっと」と見出し。

日本への観光客を増やそうみたいな奴だったんだけど。

アメリカのタイム誌で「東京観光トップ10」が挙げられたことがあって、

その中の一つに「渋谷駅前のスクランブル交差点」というのがあったそう。

そのわけは「整然としたカオス」だから・・

以下はネットでスクランブル交差点を検索したものからです・・・

・・・もちろん斜めに横断することも可能なので、

交差点を渡ろうとする人の流れは大変複雑で、

前から来る人ばかりではなく横からも、斜めからも

やって来る歩行者を巧みに避けつつ渡らなければなりません。

外国人観光客がここぞとばかりに、

出来るだけ多くの人々を写真に収めようと懸命にシャッターを切っている。

日本人にとっては単に交差点を横断する人々でしかありませんが、

彼らの目にはこれこそが「日本人」、

そして「東京」を象徴する実にユニークな光景として映っているようです。

海外のガイドブックでも、「渋谷駅前の交差点」は

「ハチ公の像」と並んで、

れっきとした東京の観光名所になっています。

信号が変わるたびに一定のリズムで移動を繰り返す人の流れを見て、

外国人観光客は、しばしばこんな感想をもらします。

こんな多くの人が一度に道路を渡っているのを見たことがないなあ。

まるで打ち寄せては返す波のようだね。

どうやったらあんなふうにお互いぶつからずに歩けるんだろう。

・・・引用以上。

へぇ、そうなのかと思った。

新宿東口のスクランブル交差点は何度か通ったことがあるけど、

そこを通る度、私も海外からの旅行者みたいに、

誰も指図する人なんていないのに、多くの人が実にスムーズに、

ぶつかりもしないでそれぞれが行きたいところに向かっているんだなぁと

感心してた。

海外からの旅行者が驚くのは、

自国ではそんなふうな光景にあってないんだろうか・・・

スクランブル交差点は元々アメリカやカナダで始まったらしい。

そこを歩く人たちはみんながうまくいくように

・・なんて思ってるわけじゃないと思う。

それぞれの自分が行きたい所へと脚を運んでいるだけだ。

ひとのことなんか考えちゃ居ない。

それなのにそこに歩いて居るひとたち全員がうまいこといってる。

こっちへ行きたいんじゃないよ~なんて流れに逆らう人は見たことがなかった。

顕在意識でうまくいってるんじゃないね、これは。

日本人の潜在意識のプログラムにそうなる(もの)があるんだろうね。

日本では自動販売機が壊されないということなんかもそうだろうな。

これって、願う前から叶えられている、って感じだね。