歌わない時間

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ディック・フランシス『奪回』

2008年08月16日 | 本とか雑誌とか
ディック・フランシス/菊池光訳『奪回』(ハヤカワ文庫)読了。いやー。今回も楽しませてもらいましたわ。今回の主人公は誘拐対策企業のスタッフだそうです。もちろんイギリス人なんですが、イタリアの若い女性騎手──当然ながらこの彼女が今回のヒロイン──が誘拐されて、その解決のために、その騎手の父親である実業家の依頼でボローニャに乗り込んでいる。すったもんだのあげくにその事件は解決するんですが、関連する誘拐事件がイギリスで、さらに米国で発生し、主人公であるアンドルー・ダグラスが乗り出していきます。誘拐対策企業──。今の物騒な世の中ならそういう仕事も当然必要だろうなとすんなり思いますが、これ1983年の作だそうですよ。

アンドルー・ダグラスはリバティ・マーケットというその企業の共同経営者のひとりで、同僚が何人か出てきます。たとえば、陸軍出のマッチョな同僚と人質救出のために共同作戦をやったりするのね。これまで、フランシスの主人公って、最前線ではわりと孤独に闘うことが多かったので、この点はめづらしい感じがしました。

で、今回はイタリア、イギリス、米国と舞台を移しながら、順調に事件が解決されていくんで、今回は「やられ」はないのかなあと思ったんですが、ちゃーんと最後のところで「やられ」も織りこんでありました。こういう「やられ」がないと、フランシスらしくならんのですよ。

フランシスの探偵小説のいいところは、筋の面白さだけではなくて、筋を語っていくうちに登場人物のキャラをちゃんと立ててくれるところです。毎度毎度ワンパターンっちゃあ、それまでですが。犯人に対する恐怖とか、危険に対する恐れとか、そういう弱いところもあるんだけどそれでも基本的に不撓不屈の勁さでもって犯人に立ち向かっていく主人公を、フランシスは描き出してくれる。その点、ゴダードの場合は、たしかに筋は面白いんだけど、人物の造型の点でどうも弱いことがよくあるんだよ。(ただし『最期の喝采』の主人公のトビーは、ゴダードにしてはよく書けてると思いましたよ。)

『最期の喝采』のブライトンという地名が『奪回』にもちらっと出てきます。ブライトンまでは「三時間のドライブ」なんだそうですわ。いえどっから三時間なのかイマイチ曖昧なんですが、どのみちロンドンかロンドン近郊からでしょう。