あの青い空のように

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原発は必要か

2013-07-02 23:16:12 | インポート

MOX〈使用済み核燃料を再処理して作られたプルトニウム・ウラン混合酸化物〉燃料が、フランスから届き、これを使うプルサーマル発電が再開されようとしています。原発から生まれた使用済み核燃料が増え続けている中で、果たしてそれを再利用することが本当に理にかなった方策なのか、疑問に感じます。なぜなら、それは原発の再稼働を前提にするからです。核廃棄物のリサイクルを意図したプルサーマル計画ですが、先の原発事故を通して、原発を再稼働させるかどうかが問われるようになりました。

福島の原発事故からいったい何を学ぶことができたのでしょうか。住む故郷を失い、除染がままならず、今でさえ多くの人々が避難生活を余儀なくされています。事故の補償に莫大な費用がかかり、廃炉に至るまでにはさらに多くの費用と年月が必要とされます。放射能で汚染された水の流出が今でも起こり、事故の後処理には多くの課題が山積しています。そういった現状の中でも、原発の再稼働に向けた動きが進んでいる状況にあります。

電力不足の解消のためには、本当に原発の再稼働が必要なのでしょうか。

原発は、本当に効率的で経済的な電力をつくりだすシステムと言えるのでしょうか。

今必要だからと急ぐ中で、どんな未来を後世に残していけるのでしょうか。

原発を稼働させることで、新たに使用済み核燃料が生じてきます。現状では、国内で再処理できる施設がないため、フランスやイギリスに依頼し、MOX,燃料に変えてもらうしかないのですが、輸送費や再処理の費用を考えると、かなり高額なコストとなり、それがまた電力料金に反映されることになります。プルサーマル計画を断念したとしても、使用済み核燃料は放射能漏れが起こらないようにするために 安全な管理施設や体制が必要になります。さらには原発を廃炉にするだけでもたくさんの費用と年月が必要とされます。

未来に向けて原発をどう取り扱うのか、進むべき方向性をしっかりと定め、その方針に基づいて取り組む時期を 今 迎えているように思います。

原子力の平和利用ということで、原発は希望の星でもありました。しかし、チェルノブイリや福島で起こった事故を通して、決して原発は安全ではなく 事故が起こった場合に どれだけ危険なのかを身をもって知ることになりました。どんなに科学技術が進歩しても、いざ事故が起きると 人間の手では制御できないほど 恐い存在が原発だということを 目のあたりにしました。まして日本は、世界でも有数な地震大国でもあります。揺らぐ大地の上に、たくさんの原発がつくられてきたわけで、それだけ事故の確率が高い環境にあります。

経済的な発展のために電力が必要とされ、その電力を生みだすために原発がつくられてきました。原発は、ある意味では経済発展の原動力となってきたわけです。しかし、原子力の平和利用という希望と 一体であったはずの安全神話が崩れる中で、それまで見えなかったのものが見えるようになりました。電力と言う有益なものがつくりだされる一方で、危険なゴミが大量に生乱されてきたということ。今の科学力では、そのゴミを無にする処理はできず、放射能漏れが生じないようにその周りを包みこむか、地中深く埋めることでしか 核廃棄物を管理できないということが 見えてきました。

原発は、果たして必要なのでしょうか。稼働させて新たに危険なゴミを誕生させ、その処理を未来に託すことでいいのでしょうか。今後、想定外の事故が起こることも考えられます。

ドイツが先陣を切ったように 安全で安心なクリーンエネルギーへの依存に切り代え、脱原発の方向性に大きく踏み出すことこそ 今は必要なのではないかと思うのですが……。

未来に対する責任を どう果たすのか。原発をどう取り扱うかは、その問いに対する答えでもあると思えるのですが……。

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