あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

あした咲く蕾

2012-11-01 08:41:38 | インポート

「あした咲く蕾」は、朱川湊人さんの書いた 文春文庫の短編集に収められている作品で、本のタイトルにもなっています。白石加代子さんが演じた一人芝居『百物語』の中で、朱川さんの書いた「栞の恋」という作品が取り上げられていたのを思い出し、読んでみることにしました。

第一話がこの作品でしたが、心に残るストーリーでした。ガサツで率直な言動をする若く美しい女性が登場しますが、彼女には不思議な能力があります。命を分けてあげるという力です。幼い姪と甥の前で、枯れた朝顔をよみがえらせたり、死にかけた捨て猫に生きる力を与えたりする力です。やがて彼女は結婚するのですが、ガス爆発事故に巻き込まれた子どもを救おうとして命を使いきり亡くなってしまうという話です。

「僕が出会った、天使の話をしよう」という言葉から物語は始まるのですが、その意味が最後の場面でしっかりと伝わってきます。やはり、彼女は繊細で心優しい天使だったのだと……。

34年前の出来事という設定なので、なつかしいフクちゃんや新谷のりこが歌う「フランシーヌの場合」が登場するなど、当時の時代状況が目に浮かぶような描写も散りばめられています。

命を分けてあげる能力を身につけることができたら、自分だったらどんなことに使うだろうかと考えてしまいます。命には限りがあるわけですから、誰かや何かのためにその力を用いることは、それだけ自分の命を失っていく行為になります。彼女は、自分の幸せのために生きることのできない辛さを人一倍感じとっていたのではないでしょうか。結婚に踏み切るまでにもかなりの葛藤があったようです。彼女の姉は、そんな妹の悲しい運命を予感し、その行く末を気遣っていました。愛する人のために、その命を使いきってしまうのではないかと……。

生きることは、ある意味で与えられた命を少しずつ使っていくことなのかもしれません。仕事や家族のために・親しい友のために・自分の志のために・趣味や自分のために…、意識せずに・あるいは意識的に、日々 命を使っているのだと思います。

目に見えない 命というものについて、そして その使い方について 深く考えさせられた作品でした。

11月1日は、今年から「古典の日」となりました。1008年11月1日に、源氏物語をめぐる記述が「紫式部日記」に初めて出てきたことにちなんで、定められたとのことです。古の書物を読むのにも、現代の書物を読むのにも、今は最適な季節を迎えています。書物に時間を割くことも、命の上手な使い方の一つなのかもしれません。