「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

走れ花嫁! 「浮月楼」について考える1

2006年07月17日 23時47分02秒 | 人々
「浮月楼」には二度ほど行ったことがあります。その時の話はまた後日するとして、今日は前を通り過ぎようとしたら、国旗が掲げてあってウチは何十年もしてないなあと思ったのでパチリと写真を撮っておきました。

 

 徳川慶喜公の隠居所だったところであったことは静岡では有名な話ですし、静岡の迎賓館としての役目を負っていたわけですから、格式は高いわけです。

 ここで結婚披露宴を催される方はその辺のことも当然そういう期待をも持っておられるのだと思います。

 



 携帯のカメラですし、中に用があるわけではないので、外からの画像を何枚かとっていますと、「はやく、はやく」と女性の声がします。

 声の方を向くと浮月とは道路を挟んで向かい側なんですが、真っ白なウエディングドレスをまとったお嬢さんが二人のお子さんを両脇に従え、今まさに道路を渡ろうとなさっている瞬間でした。

 ちょうどカメラを構えていたので勝手ながらパチリと撮らせて頂きました。
 

 勝手な想像をしてしまうのは失礼なのですが、彼女のために一言口添えをしますと、両脇の幼い娘さんは花嫁となったお嬢さんのご親戚の方だと思いました。
 微笑ましく、ほのぼのとした雰囲気でしたし、母親が自分の子供に持つ独特の世話の焼き方では無かったような気がします。

 でも僕が携帯で写真を撮った中で一番人間らしい一枚になったことは確かです。

待て!悪漢! 銃弾をよけて、ジグザグ走行について考える

2006年07月16日 22時15分57秒 | 妄想
堺の盗難車、死亡の運転手から覚せい剤成分

堺市で15日、警察官が逃走中の盗難車に発砲し、1人死亡した事件で、大阪府警は16日、司法解剖の結果、死亡した住所職業不詳、福井慎也容疑者(45)の尿から覚せい剤の成分が検出されたと発表した。

盗難車から未使用の注射器も5本見つかった。

福井容疑者は逃走中、一方通行を逆走するなど異常な運転を繰り返しており、府警は覚せい剤の影響があった可能性もあるとみている。

警察官が発射した5発のうち4発が福井容疑者の右脇腹などに当たり、死因は胸腔(きょうこう)内出血だった。

盗難車には別人名義の預金通帳や携帯型の電気ドリルもあり、府警は、車が盗まれた経緯や、盗難車から降りて逃走した男との関連などについて調べを進める。

(読売新聞) - 7月16日21時47分更新

 映画だと車に向けて拳銃を撃つと、それが例えば機関銃であっても双方ともしばらくの間は車には当たらなかったりする。

 それは銃弾の緊張感と、カーチェイスのスピード感を併せ持たせて場面を盛り上げようとするからで、例えば車に当たっても最悪のケースで車が横転したりするけれど、それでもまあボンネットが外れたり、ドアが吹っ飛ばされたりフロントガラスが粉々に割れたりするけれど、車体を貫通して中にいる人を傷つけたりしない。

 銃撃戦のシーンではドアを遮蔽物にして銃弾を撃ち合ったりするけれど、ホントのところは、銃弾は38口径ぐらいで100メートル前後ならいとも簡単に貫通してしまうので、遮蔽物としては用を為さない。

 今回の事件の場合にも、記事を読めば分かるとおり 警察官は車に向けて発砲しており、銃弾は運転者の脇腹を傷つけている。警察官は容疑者が車を当てたりして身の危険を感じたから発砲したと言ってるけれど、果たして銃の威力を分かっていて使ったか疑わしい。

 前に警察官がノイローゼになって警察署のトイレで自分の銃で自殺したことがあったのだけれど、そのときこめかみから入った銃弾は彼の頭蓋骨を二周して脳みそを引っかき回し、そこから飛び出てタイル張りのトイレの天井や壁に数回当たってやっと落ちたということだった。

 銃を甘く見てはいけないし、日本人は不幸なのか幸せなのか銃の知識は全くないと言っていいだろう。

 でも銃への憧れは改造銃などの安易で危険な銃を創り出しており、絶対的な取り締まりと銃の恐怖は理解させておいても良いのでは無いかと思うのです。少なくとも警察官は銃を撃ったら人間がどうなってしまうかを知る必要があると思うのです。

お暑うございます 夜のドラックストアーについて考える

2006年07月14日 22時59分40秒 | 日記

 僕は小学校の地理で、日本最高気温は山形県で記録されたこと、山形は盆地が沢山あって空気が流れないから気温がドンドン上昇して凄く暑くなるけど、冬は寒くて大変なんだと言うことを教わった。

 僕はここがその山形でなくて静岡で暑さも寒さも激しくなくてよかったなあと思ったのを憶えている。

 しっかしだ!


 このところの日本の亜熱帯化は静岡にもかなり大きく影響し、その日の日本最高気温をマークすることが多くなった。

 気温が高いのは鹿児島だとか沖縄の海岸沿いに椰子の木が植わっている県の専売特許なのに、と思うのは過去の話、今や夏の日本の最高気温は静岡県がダントツ一番なのである。

 で、今夜は娘さんが任天堂DSの「マリオカート」に飽きてしまったので、それを売り払って「スーパーマリオブラザーズ」を買いたいという。

 小学5年生がいうセリフですよ。

 誰だよ、そういう知恵付けたのは!


 って、はーい父親で~す。


 もし僕がそういうことを言ったら。父親に二度とおもちゃなんぞ買ってもらえなかっただろうな。

 僕はおもちゃをそんなに大事にしなかったけれども、それでも棄てはしなかったモンな。

 まあ、買い取り価格がまだ2600円だし、もうやらないのだったら良いかという気になって、行ってきました。「GEO」に。

 で、その帰り道に「杏林堂」に寄ったんですけど、9時近くですよ。凄く人がいるのさ。



 なんだよこの混み具合は、凄いねどうも。

 とかカミさんと話していたら、

 「みんな暑かったのよ、きっと外に出るきしないもの、今日は」って言いました。

 ごもっともです。

 静岡県浜松市の最高気温は38.2C。

 全国一でございます。

 昨日浜松にいただけに暑さが実感できました。

 僕の仕事場の藤枝は4時ぐらいから轟く雷鳴、走る稲妻、叩きつける雨で女性陣は耳を塞いで悲鳴を上げていた。


 30分で終息、嘘のような青空と、綺麗な虹と夕焼けを見せてくれて雷雲は去っていきました。

 昨日もそうだった。


 スコールか!


 
 さあて明日は何処が最高気温を記録するのかな。

「劇団四季コーラスライン」を見たことについて

2006年07月13日 23時54分39秒 | 人々
いやあ慌ただしかったねえ。

 4時45分に無理矢理職場を放棄して、車に乗り自宅に着いたのが5時25分で、35分には娘を連れて家を出発。

 掛川駅の市営駐車場がラッキーにも空いていて、車を滑り込ませて切符を買って改札をくぐってホームに出てお腹が空いたという娘のために、おばちゃんとのやりとりが長いお姉さんを押しのけるようにして天津甘栗をかって放り出すように150円を払って、5時55分の電車に文字通り飛び乗り、ホッとしたのもつかの間、浜松駅には6時24分に到着、開演時間の6時30分までは後6分。浜松駅2階の改札をとおり、浜松駅ショッピングモール「メイワン」からアクトシティ専用通路を走り抜け一度地下1階まで螺旋階段を走り降りた時点で46歳のふくらはぎは脱力感に襲われます。

 最後の力を振り絞るようにレッドカーペットに金色の手すりの付いたこれもまた螺旋階段を一息に登ってチケットを手渡して3分前、娘をトイレに行かせて「今日の女子トイレはみんな異様に早いよ。」という妙な感想を述べながら出てきた娘を捕まえるように会場に入り、「それはそうだよ。30秒前だもの。」と独り言のようなセリフを言って指定された座席に座ったのでした。

 いやあ劇団四季でしたねえ。

 これは豊かな人生を送りたかったら定番の一つとして見ておいた方がいいんじゃないでしょうか。

 しかし劇団四季でしたねえ。

 S席で9000円は高いけど、見ればその位しても当然だと思うでしょうね。それくらいの完成度でしたよ。

 唄も踊りも、最後の大団円の場面で鏡に引っ掛かってこけた人がいましたけど、なんのなんのでございまして、良かったですよ。

 やはり劇団四季でしたねえ。

 あれだけのキャパとあれだけの装置を使って尚かつ劇団四季であるのは、僕が演劇部だったせいでしょうか、それともミュージカルそのものに何らかの批判精神が働くからでしょうか。

 マイクを使っていますね。当然のことなんですね。

 声がスピーカーから出てくるんですね。そうするとですね、これは僕の極めて私的な意見なので不快な方は余所に行ってくださいよ。

 なんかね、変な感じなんです。

 舞台でしょ、生でしょ。すぐそこにね生身の人間がいるんですよ。でもね、映画みたいに感じるんですよ。

 舞台と客席の間に何らかのフィルターを感じてしまうのです。

 劇団四季は二度目なんです。「オペラ座の怪人」の時も感じたのです。

 これは演劇ではない…。

 僕が変なんでしょうと思うのですが、そう感じてしまうのです。

 みなさん声質も声量もプロ中のプロなんです。

 ほれぼれするほどの声なんです。

 でも肉声じゃないんですよ。

 僕も声には執着を持ってお仕事してますからね。

 演劇部でしたから。

 劇団にいたことがありますから。

 どうにも変にこだわっているんだと思います。


 で、内容は良かったですよ、人間的で。

 でも11歳の娘を横に座らせて「パパとママのしてる現場見ちゃった」とかホモセクシャルとか、ゲイトか思春期、美容整形、7歳で親戚に犯されたとか、横の父親がヒヤヒヤする内容が盛りだくさんで、終わった後に「どこが一番良かった?」と聞いて「とにかく綺麗で豪華で格好良かった、内容はあまり分からなかったけど」という言葉を聞くまで安心できませんでした。

 カーテンコールは5回か6回やるのが劇団四季の常識なのですか?

 万雷の拍手とか鳴りやまない拍手というやつを久しぶりに聞きました。




 最後にウチの娘さんはとても一生懸命に拍手をする人だと発見しました。惜しみない拍手の出来る娘さんは羨ましいし、僕に似なくて良かったなと思いました。

 

lion king  the lion sleeps tonight

2006年07月12日 23時38分51秒 | 文化論
 You Tubeと言えば今話題のフリーの動画置き場ですね。ですです君も紹介されていましたので、そちらを読まれた方は既にご存じのことかと思います。

 テレビ「学校へ行こう!」で紹介されていた中国の高校生がやっていた「エアボ」(本物の曲を流して、さも唄っているように振りや口パクをする。)が見れたりします。

 NHKの「おかあさんといっしょ」の絵描き唄かなんかが動画としてアップされていて、著作権の問題で一悶着あって一気に有名になりましたね。

 まあでもここは元々自分のところに動画を置くと重くなってしまうから、ここに揚げておけばいいやという場所ですので、いわば動画の掲示板みたいなものですね。

 当然のことながら著作権は守られておりません。

 クレームが付くと削除できるかもしれないけど、その時はかなりもう流れてしまっているからどうにもしようがない。

 で、今日はその中から、ちょっと素敵なCGミュージックを見つけたので紹介します。

 CGのカバ君が「the lion sleeps tonight」(ライオンは寝ている)を唄い、イヌが横で躍りながらコーラスを担当するんですけど結構良いですよ。

 こういうの結構好きなんですね。

ちょっとエッチな話 ヤモリは何故「守宮」なのかについて考える

2006年07月12日 00時18分17秒 | 文化論
 まず、ヤモリとイモリの違いですが、ヤモリは爬虫類で陸上に住み、イモリは両生類で水中に住んでいます。清流で見かけるヤツがイモリで、自宅に出没するのがヤモリと覚えておけば間違いありません。

 志賀直哉が「城之崎にて」で殺すつもりが無いのに殺しちゃう生き物ですね。

 偶然に生きた自分(山手線の電車にはねられた)と偶然に死んだやもり(当てるつもりの無かった石が当たる)を比べて生きてることも死んでいることもそうたいして違いはないことに気付く重要なキャラを演じています。
 5月から9月にかけて産卵期ですから、動きが鈍かったのかもしれませんね。

 それは良いとして、ヤモリは「家守」とか「守宮」とか書きますね。

 どうしてでしょうね。

 家の壁を蜘蛛や虫を追って垂直に登っていく姿はスパイダーマンを彷彿とさせますがどうでしょう。

 少なくとも現代家屋には合いませんねえ。

 「守宮」のと言われるようになったのは守宮砂(しゅきゅうさ) 朱砂(水銀)を食べさせて赤くなったヤモリの粉を女性の 腕の内側に塗ると、一生その色が取れなくなるが処女喪失でこの色が消えてしまう。 起源は漢の武帝が官女たちに貞操を守らせるためにつかったことだという。

 「守宮」という漢字は「王宮の性的秩序を守る」ために役に立つものという意味で付けられたという伝説がありますね。

 伝説ですからね、信用しちゃいけませんよ。

 「水銀」をたっぷり仕込んだ守宮の粉末なんて、医学的にはとんでもないものだと考えた方がよいかと思う。

 この辺は冬川さんに聞けば答えてくれるかもしれない。


 どっちにしろ古代の人って「水銀」が好きですね。始皇帝も徐福に不老不死のクスリを探せっていうんで、水銀差し出したらしいじゃないですか。

 そんなの飲んでいたら寿命縮まりますがな。

 女性の処女性をあがめるという信仰は世界各地にありますが、王族の女性を斎の宮(いつきのみや」と称して処女のまま神様に差し上げちゃうのは他国の王族史をみてもけっこう珍しいのではないかと思ったりする。

  

「光年」について考える。   りるさんへのコメントにこと寄せて

2006年07月10日 23時27分49秒 | 文化論
 りるさんから七夕に寄せて、ベガ(織女星)とアルタイル(彦星)の距離が15光年離れているので光通信を使っての電話でも往復に30年かかりますとのコメントを頂いた。
 宇宙一の遠距離恋愛のお話である。でも七夕では二人は会えてしまうのだから、愛は距離を超越するらしい。しかも日帰りでお泊まりはなしときているので、結構忙しない逢い引きになるのではないかと思う。でもこの想像は、かなり下世話な感じがするね。二人にとっては大きなお世話だね

 とにもかくにも、この「光年」という距離の単位は「光が一年進んで到達する」という途方もなさは想像しようがない。だから印象として距離というより時間感覚が先行してしまう。地球を七周半まわる速さを持つ光にしてそれだけかかるのだからたかだか八〇年程度の人間の寿命では追いつかない。

 追いつかないから「光年」はいわば神様の単位でもある。

 仏教用語に「劫」とう言葉がある。

 落語「寿限無(じゅげむ)」の中に出てくる縁起の良い長大な名前の途中に登場する「五劫(ごこう)のすりきれ」の「劫」である。

 余談だが落語「寿限無」は小学校の教科書に出ている。ウチの娘に限らず「じゅげmうじゅげむごこうのすりきれ…」を暗唱できるお友達は多いと聞いている。

 変わりましたねえ時代が。

 落語は娯楽で学校で教わるもんじゃなかったからねえ、それが今は教科書にのってしまうっていうんだから、世も末だねええ。

 話を戻しますと、この「劫」というのは「永遠」を意味する言葉だそうで、どのくらい長い時間かというと、

 一劫の定義は、一辺40里(約160km)の岩を3年に1度、天女が舞い降りて羽衣で撫で、岩がすり切れてなくなってしまうまでの時間を指す。
 
 のだそうで、人類なんぞとっくに終わってそうだし、それよりも前に、その岩が他の要因で無くなっているだろうよ。

 という相手が困るようなツッコミをすると仏罰があたりそうですので止めときます。

 とにかく天女様も彦星君も織り姫様も天界の方ですから、そのくらいの時間単位で動いてますから、15光年くらいどうってこと無いのかもしれません。

 しかも天界よりも人間界にずっと近い空居天とかではお互いに手を合わせるだけで, その上方に位置する他化自在天, 楽変化天, 兜卒天まで登るとお互いに見つめ合っただけでエクスタシーに達するのだそうですから、天帝の娘、織り姫様はもとより、牛飼いとはいえ彦星さんも天界の人ですから15光年ぐらい離れていても充分に心の交流がかなえられるのだと思います。

 つまり1年に一度だけ逢うことが許されるというのは、ほんとに物理的な欲を叶えるの日なのではなく、もっと情緒的ないわば精神的な戒めをこの日だけ解いて一日を過ごして良いのだよと言う意味の日なのではないでしょうか。

 「会社が」とか「つきあいが」とか「子供のために」とか色々と戒めをつくりながら一生懸命に生きているお父さんやお母さんにとって、この日はそういう背負っているものを全部降ろして、一人の男と女というか、夫婦の原点に戻って良い日であると考えれば、ロマンチックなだけで現実味のない「七夕」が、ちょっと素敵な日になるような気がしませんか。

ペリドッツって知ってますか 「労働」っていうのを唄ってます。

2006年07月09日 21時37分01秒 | 人々
PERIDOTS
PERIDOTS, Koki Takahashi, Neko Saito
東芝EMI

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 一人ユニット「ペリドッツ」というのだそうです。

 山形出身の人で先日浜松に来てましたね。

 曲は「労働」っていう唄が売れてるそうです。

 ここで視聴できますので良かったらどうぞ。

 僕がこのアーチストを注目したのは「労働」という曲を聞いたときで、それまで何回か耳に入っていたのだけれど「おっ!スピッツの曲調変わったなあ。」と思っていたんですね。

 あんまり意識してないで聞くと、そういう風に聞こえちゃうんですね。

FM放送で、インタビューがあって、たまたま聞いていて「へええ、そんな人もいるんだ。」と聞き流していて、いざ彼の曲が流れると、「おお!これはスピッツの曲じゃなかったんだ!」と驚きまして、改めてしっかり聞くとスピッツとは全く別の世界を持っていらっしゃる。

 重い詩の内容をリズム感良く歌い上げてしまおうとする姿勢はユニット名「ペリドッツ」の由来ともなった。8月の誕生石「ペリドット」のごとく透明感をもった世界を描き出してくれています。
 
 ちなみに

 こんな人だよ。

住んでみたい所はどこですか? トラックバック練習版

2006年07月09日 00時08分58秒 | 妄想
 東静岡駅周辺の高層マンションのペントハウスに住みたいです。朝起きて窓を全開にすると必ず、富士山がなんの障害物もなしに薩田峠の向こうに展開している風景が見える環境下で暮らしてみたい。

 JR駅まで1分、新幹線に乗るまで10分の距離感が東京だろうと大坂だろうとグッと近くに引き寄せてくれる感じがする場所でもあるしね。

 今川義元も徳川家康もこの風景を原風景として天下に臨んだはずなのである。

 僕も人生の後半戦をこういう場所から始められたらいいなと思う。

貴方はインナー派?ジャケット派?について考える

2006年07月08日 23時45分10秒 | 文化論
 そりゃもちろん、どっちも高級品で揃えたいよね。

 でもどちらかというと僕は下着にこだわっているような気がする。

 といってもBODYWILD程度のことなんですけどね。

 この間、ふと気付いたら下着に1,000円以上のものを着けてるのに、ジャケットは「はるやま」で購入した2着目のジャケットだったから1,000円だったのだ。

 逆に「パパの下着にはお金がかかっているんだから大事にしてよ。」って威張っているカミさんのインナーはすべて「ユニクロ」製だ。

 なんだか楽なんだそうだ。

 でもそのかわり彼女のジャケットの値段は絶対教えてくれないが、その辺のアピタ、ジャスコで買ったことはなく、すべて静岡伊勢丹か松坂屋でローン組んで買おう入しているところをみるとかなりの値段になるらしいのは疑いないところである。