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ジブリ作品を観たい!!

2008年07月03日 21時34分40秒 | Weblog
崖の上のポニョ

 今日、家に帰ってみると、またまた試写会当選の通知が来ていました。『崖の上のポニョ』特別試写会なのです。4年ぶりのジブリ作品で、「ハウルの動く城」以来の制作なのです。この作品の評判は凄いもので、何とかしてみたい作品なのですが、平日に仕事がある小生には、かなり困難なチャレンジなのです。試写会の開催は来週なのであり、ちょうど仙台への出張に、完璧に重なってしまうのです。本当に残念至極なのです、毎回ですが・・・。試写状には、「海に棲むさかなの子ポニョが、人間の宗介と一緒に生きたいとわがままを貫き通し、5歳の宗介が約束を守りぬく物語。少年と少女、愛と責任、海と生命―神経症と不安の時代に、宮崎駿がためらわずに描く、母と子の物語です」と解説しています。なんと奥深いテーマなのだろう。『崖の上のポニョ』は、2008719日に東宝による配給で公開が予定されているスタジオジブリ制作の長編アニメーション映画及び映画と同名の主題歌。宮崎駿監督による2004年の『ハウルの動く城』に続く4年ぶりの作品となる予定である(原作・脚本・監督の3つ全てを担当するのは、2001年公開の『千と千尋の神隠し』以来7年ぶり)。海沿いの街を舞台に、「人間になりたい」と願うさかなの子ポニョと5歳児の少年・宗介の物語である。『人魚姫』を思わせるような作品で、日本的な要素が濃いということである。『ハウルの動く城』完成の後、しばらく宮崎監督が構想を練っていたものを、ジブリスタッフを伴っての制作が200610月に始まった。元々は今まで通りの表現手法で作る予定であったが、制作前にイギリスのテート・ブリテンで鑑賞したジョン・エヴァレット・ミレーの絵画、「オフィーリア」に感銘を受け、改めて作画方法について見直すことになる。その後、監督の宮崎駿が「紙に描いて動かすのがアニメーションの根源。そこに戻ろうと思う。もう一遍、自分たちでオールを漕ぎ、風に帆を上げて海を渡る。とにかく鉛筆で描く」という意向を固め、コンピューター(CG)を一切使わず、手書きによって作画される事となった。コンテを使うなど、絵のタッチは子供が書いたような素朴なものになるという。これまでのジブリと違った、新しい試みになっているとプロデューサーの鈴木敏夫は話している。特に、海(波)の描写に力を入れているという。ポニョの名前の由来は、作画中の宮崎が自身の描いたキャラクターを「ポニョっとしている」と思ったことから命名された。宗介の名前の由来は、夏目漱石の小説『門』の”崖の下の家にひっそりと暮らす野中宗助”から取られていると言う。
崖の上のポニョ『崖の上のポニョ』画像

海を舞台にした作品は、宮崎監督がいつか描きたいと長年夢見てきたが、「波を描くのが大変」という理由で、今まで踏み切れずにいた。それが実現することになり、準備として2005年の春に2ヶ月間滞在した瀬戸内海・<st1:MSNCTYST w:st="on" AddressList="34:広島県福山市;" Address="福山市">福山市</st1:MSNCTYST>鞆の浦の海に隣した知人の家に、2006年夏、単身でこもった。本作の構想もこの時に練り、自身を極限に追いつめる鬼気迫った姿がNHKの特集で放送された。

主題歌は公開よりも半年以上も前となる2007125日に異例の先行発売となった。8歳の子役大橋のぞみと、二人のおじさんこと藤岡藤巻とが歌う。曲は久石譲の作曲。 200712月の主題歌発表会見では、海を描くのが大変で、制作がだいぶ遅れていると言い、宮崎も不機嫌であった。しかし、主題歌を聞いて「のぞみちゃんの無垢なるものの力に打ちのめされました(笑)」と顔をほころばせた。宮崎監督は「この曲がエンディングで流れて、気持ちにギャップが生まれないようなハッピーエンドを描く責任がある」と決意を滲ませた。20081月に監督の全絵コンテが完成。2008年夏の公開に向けて鋭意作成中である。鈴木は「(宮崎監督の)長編映画はこれで最後です」と話している。