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感銘を受ける女性歌手の歌、大集合!!

2012年02月28日 21時27分34秒 | Weblog

 今回は、感銘を受ける女性歌手の歌を、多く見て聴きたいと思う。アイドルではなく、当時の女性歌手が歌う歌で、感銘を受けるものが多い。アイドルは、アイドルでの華やかさがあるが、アイドルとは一線を画す女性歌手の歌に聞きほれることも多かった。そんなことで、当時の流行った、女性歌手の歌を聴いてみたいと思うのである。

1.梓みちよ 「メランコリー」、「二人でお酒を」





2.研ナオコ 「あばよ」



3.中原理恵 「東京ららばい」



4.渡辺真知子 「かもめが翔んだ日」



5.庄野真代 「飛んでイスタンブール」



6.小坂恭子 「想い出まくら」



7.小坂明子 「あなた」



8.金井克子 「他人の関係」



9.加藤登紀子 「百万本のバラ」


10.久保田早紀 「異邦人」


第84回アカデミー賞発表、作品賞は『アーティスト』

2012年02月27日 22時50分21秒 | Weblog

           『アーティスト』
 ついにこの日が来てしまった。「第84回アカデミー賞授賞式」である。今回で84回目の授賞式、要するに、アカデミー賞ができて84年が経つということなのである。このアカデミー賞は、映画界の世界最高峰の賞という位置付になっている通り、世界3大映画祭(ヴェネツィア、ベルリン、カンヌ映画祭)よりも歴史が古く、群を抜いた名誉ある、格調高い映画賞なのである。ここで手渡される、通称゜オスカー像゛は、人間の形をしたトロフィーなのであるが、このトロフィー以外にもらうものはない。賞金もない。しかし、多くの映画関係者は、この賞をもらうことに必死になる。それだけ、大きな名誉がある賞なのであり、この賞の受賞者は、一生「アカデミー賞受賞者」として賞賛されるのである。
 WOWOWで、「アカデミー賞授賞式」を見た。もちろん、すでに各部門の賞は発表されているので録画ではあるが、実に壮大な受賞式である。破綻してしまったコダック社の冠を有する「コダック・シアター」で開催される授賞式は、会場の荘厳さからしてすごいが、各賞の発表の合間に繰り広げられる余興が素晴らしい。シルク・ドゥ・ソレイユの演舞や、パペット人形のユーモラスな会話、昨年の受賞者が今回のプレゼンター役であるが寸劇を披露する等、内容が非常に面白い。そんな中で、多くの部門賞が発表となるので、最終発表、そして閉幕まで4時間近い膨大な時間をかけて行われる授賞式なのである。
 アカデミー賞の「作品賞」は、ミシェル・アザナヴィシウス監督の『アーティスト』が受賞した。この作品は、サイレント(無声映画)からトーキーへと移り変わるころのハリウッドを舞台に、スター俳優の葛藤(かっとう)と愛を美しいモノクロ映像でつづるサイレント映画である。フランスのミシェル・アザナヴィシウス監督がメガホンを取り、ヨーロッパのみならずアメリカの映画賞をも席巻。芸術家(アーティスト)であることに誇りをもち、時代の変化の波に乗れずに凋落(ちょうらく)してしまうスターを演じるのは、『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』のジャン・デュジャルダン。ほかに、ジョン・グッドマンなどのハリウッドの名脇役が出演。サイレントの傑作の数々へのオマージュが映画ファンの心をくすぐり、シンプルでロマンチックなラブストーリーも感動を誘う作品となっている。「主演男優賞」は、この作品のジャン・デュジャルダン、「監督賞」は同様にミシェル・アザナヴィシウス監督が受賞した。この3賞以外にも受賞し、5冠に輝いたのである。
 そして、今回の注目は、アカデミー賞「主演女優賞」の受賞者メリル・ストリープである。メリルは、多くの作品に出演している大女優であり、「クレーマー、クレーマー」で助演女優賞、「ソフィーの選択」で主演女優賞をすでに獲得しているので、今回で3回目のアカデミー賞の受賞ということになる。このメリルの演技は素晴らしい。「プラダを着た悪魔」では、カリスマ女性ファッション誌編集長役を見事にこなし、ミュージカル映画「マンマ・ミーア」では、明るい女性を演じた。実に幅の広い、演技派女優なのである。
 また、今回のアカデミー受賞者の中に、82歳の最高齢受賞者がいる。助演男優賞を受賞したクリストファー・ブラマーである。彼は、受賞の喜びを答辞の中で、「(オスカー像を握りながら見つめて)君は84歳になるので、私よりちょっとお兄さんなんだね。でも、82年間の長き間、どうして君にめぐり合えなかったのかな」と話した。実にユーモアたっぷりの答辞なのである。年齢が近いのに、受賞ということがなかったことを、面白く表現したのでした。

 このように、アカデミー賞の授賞式は、色んなことが起こるし、見ていて楽しい。受賞者の答辞は、45秒間と決められている。これは、かつて、喜びのあまり、自身の生い立ちまで、5分もの長い間話した女優がいたためである。でも、この時間の規制は、しばしば、受賞者の感激から、守られないことがあるのだ。それは、このアカデミー賞が、最高にすばらしい賞であることが原因で、受賞者は感激のあまり喜びの気持ちを話し続けたくなってしまうからなのである。


【アカデミー賞受賞一覧】

作品賞 『アーティスト』
主演男優賞 ジャン・デュジャルダン 『アーティスト』
監督賞 ミシェル・アザナヴィシウス 『アーティスト』
主演女優賞 メリル・ストリープ 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』
脚本賞 『ミッドナイト・イン・パリ』

  • 助演男優賞 クリストファー・プラマー 『人生はビギナーズ』
  • 助演女優賞 オクタヴィア・スペンサー『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』
  • 脚色賞 『ファミリー・ツリー』
  • 美術監督賞 『ヒューゴの不思議な発明』
  • 作曲賞 『アーティスト』
  • 主題歌賞 「Man or Muppet」(『ザ・マペッツ』)
  • 撮影賞 『ヒューゴの不思議な発明』
  • 編集賞 『ドラゴン・タトゥーの女』 
  • 音響編集賞 『ヒューゴの不思議な発明』
  • 音響録音賞 『ヒューゴの不思議な発明』
  • 衣装デザイン賞 『アーティスト』
  • メイクアップ賞 『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』
  • 視覚効果賞 『ヒューゴの不思議な発明』
  • 長編アニメーション賞 『ランゴ』
  • 短編アニメーション賞『The Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore(原題)』
  • 長編ドキュメンタリー賞 『Undefeated(原題)』
  • 短編ドキュメンタリー賞 『Saving Face(原題)』
  • 短編実写映画賞 『The Shore(原題)』
  • 外国語映画賞 『別離』(イラン)

                  *(注)◆は、主要5部門を示す。

B級グルメ道89 食べ放題のおいしい蕎麦「柿の木坂 更科」

2012年02月25日 00時09分00秒 | Weblog

          柿の木坂 更科 - 外観写真:
 友人と、食べ放題のおいしい蕎麦屋に行った。この場所は、JR小岩駅から徒歩20分の住宅街にある、近隣では有名な゛そば処・柿の木坂の「更科」゛である。友人の知り合いからの情報で、この時期に限り、おいしい蕎麦が食べ放題なのだそうだ。というのも、この蕎麦屋がお客様への感謝として企画する、年に1回の「そば番付」大会が行われているからである。せいろに乗ったそばが食べ放題の企画なのである。そば好きには、本当にたまらない企画なのである。
          柿の木坂 更科 - 外観写真:錦ごいのいる池
 ここ「更科」は、錦鯉が泳ぐ池のある庭園を有する、中々趣のある蕎麦屋であり、裏には、なんと竹林がある。実に情緒豊かなたたずまいの屋敷なのである。蕎麦を食べに来ながら、多くの人が庭園を眺めたり、写真を撮ったりしている。蕎麦屋というよりは、有名な茶屋にやってきたような雰囲気が溢れた場所である。
 店に近づくと、自転車が多く止まっているし、自動車も駐車場に満車の状況。店の中も、多くのお客さんでごった返している上、軒下には、順番待ちの椅子に人が並んでいる状況。さすがに、有名な店と年に1回の企画であるから、これだけのお客さんがやってくるのである。
               柿の木坂 更科 - その他写真:食べ放題 ツワモノ番付
 やっと、店の中に入れた。店の中は、テーブル席と相撲の升席のような、小上がりの座敷がある。奥の離れの方を眺めると、そちらは座敷になっており、テーブルに4人が座布団で座れる席が、6~7セットはある広さで、まあ、割と広い座敷なのである。収容人数は、店全部合わせると70~80人は入っているのではないかと思える。そして、ほとんどの人が注文しているのが、「番付そば」。この「番付そば」は、せいろにそばが乗ったものが2枚、そばつゆ、薬味、野菜てんぷら4品で1,200円というもの。このセットが到着すると、店員の女性から聞かれる。「あと何枚お持ちしますか?」。そうなのです。せいろのそば(ざる蕎麦と同様)は、何枚でも注文でき、しかも、追加の料金は取られない。要するに、食べ放題なのである。友人と私は、「5枚ずつで、10枚お願いします」と注文。このせいろの数が、番付の基準になり、多くの枚数を食べれば、相撲でも御馴染みの番付表の上位に名前を掲げることができる。昨年の優勝者は37枚。この方は、東の横綱の位置に、大きく相撲文字(江戸文字)で名前が記される。記念品や賞品・賞金は無いが、名前が番付表に載るという栄誉は与えられるのである。
            柿の木坂 更科 - 料理写真:天せいろ

 到着した「番付そば」のせいろは、それほど量が無いように感じた。通常の蕎麦屋で食べるざる蕎麦より、多少少なめの量なので、これはいけると、友人とニンマリ!!いざ、出撃!!次々とせいろの蕎麦を撃破していった。しかし、10枚目になるとさすがに苦しい。それでも追加し、苦しさを堪えて、蕎麦を胃に流し込む。普通で食べれば、本当に腰があり、おいしい蕎麦なのであるが、これだけ食べてくると、さすがに拒絶反応が出てきてしまう。何とかして、友人も私も、17枚をクリアー。「もうだめ!これ以上胃に入らない」。とうことで、ギブアップしたのでした。昨年の番付表の最低枚数は15枚であるので、17枚であれば、何とか番付表の末席に名前を刻むことができたかもしれない。これは、後のお楽しみである。私は、そばが胃の中を覆い尽くしているため、てんぷらをほとんど食べれなかった。友人は、見事にてんぷらも制覇。さすがにすごい胃袋の持ち主である。お会計の前に、さすがに苦しくなり、トイレに駆け込んだのでした。
 「もうしばらく、蕎麦なんか見たくない」。こんな思いが強く感じられたのでした!!


ラーメン道29 絶妙の煮干ベースの美味ラーメン「夏海(なつみ)」

2012年02月19日 21時26分23秒 | Weblog

              麺処 夏海 - 外観写真:
 赤羽に最近オープンした「海(なつみ)」。どんなラーメン屋かと気になって、本日、妻と並ぶのを覚悟して、いざ出陣!!
 現地についてみると、最近オープンしたばかりとあって、店先にはオープン記念のお祝いの花が掲げられていた。店内は、10人がやっとは入れるくらいのカウンターのみの店。そして、店の外には、並んでいる人用に椅子が設けられていた。
           麺処 夏海 - 料理写真:豊穣清湯醤油ラーメン 
 ここのラーメンは、煮干をベースにしたラーメンが特徴。この煮干をベースにした醤油味と豚骨味のラーメン、つけ麺が主力商品。まずは、店先にて、食券を購入するのであるが、同じものを食べても意味がないので、妻は豊穣清湯醤油ラーメン(650円)、私は、にぼし豚骨ラーメン(680円)の食券を購入。並んでいる人はいたが、運よくすんなり店に入ることができた。黒を基調とする店内。あまり、ここの自慢を掲示する張り紙はない。4人ほどの若い兄ちゃんたちで、ラーメンを作っている。一人は、カウンター外や天外のお客さんの対応をしている。カウンターには、胡椒とつまようじと水のピッチャーが置かれているのみ。至ってシンプルなラーメン屋である。
           麺処 夏海 - 料理写真:煮干豚骨普通盛り
 程なく、ラーメンが到着。大き目のどんぶりに、醤油ラーメンとにぼし豚骨ラーメンが鎮座している。醤油ラーメンは、さっぱりとした醤油味ではあるが、多少煮干の風味が出ているが、苦くもなくいやみな味でもない。麺は、細めんで直麺に近い。にぼし豚骨ラーメンは、濃厚な煮干&豚骨のダブルスープに、太直麺である。この麺が、また、モチモチした食感でなんとも心地よい。どちらも、絶妙な味。妻は、醤油スープを完食してしまった。おいしいものは残さないという、彼女としてはわかり易いうまさの表現なのである。そして、どちらにも入っているチャーシューが、これまた絶品の味。噛んでも弾力があり、非常においしい。これだけのチャーシューは、肉の品質やボイルの仕方によってであろうが、中々手の込んだものである。これだけしっかりしたチャーシューは、食べたことがない。総合点は、100点満点中90点以上はつけれるもの。近隣に、塩ラーメンの名店「金字塔」があるが、この店「夏海」もその店に匹敵する位おいしいラーメンを提供する店である。店ができた早々、これだけお客が並んでも食べたい気持ちにさせるラーメンであることが、良く分かる。本当においしいラーメンだった。
 実は、この「夏海」は、東十条にある「麺処ほん田」のネクストブランドであるらしい。あの、行列のできることで有名な「ほん田」のラーメンが、赤羽にやってきたのである。通から言わせれば、「ほん田」で修行をしていた人たちの顔なので、すぐ分かるのだそうだ。なるほど、あれだけの有名店の系列であれば、ラーメンがうまくない訳がない。1月24日グランドオープンをした「夏海」。食券販売機には、×表示がされていたが、塩ラーメンも試作中であるらしい。今度は是非とも、塩ラーメンを食べてみようと決意したのであった。 


不思議な感動のある白黒アニメ「W3(ワンダースリー)

2012年02月19日 00時47分06秒 | Weblog

    
 パソコンTV・GyaOで、手塚治虫原作の古いアニメ「W3(ワンダースリー)が放映されていた。1965〜1966年にTVアニメ(当然、当時は白黒映像)として放映されていたものだが、このストーリー性や内容に不思議な感動をしていたことを覚えている。宇宙人である3人は銀河パトロールの精鋭調査隊であり、怪しまれないため地球上の動物(うさぎ、鴨、馬)に変身し、地球人の善悪を調査するという内容なのである。地球人が悪の生物なら、1年後に反陽子爆弾によって地球を破壊するし、善人ならば地球を救うため協力するという銀河連盟の決議によるものであるこれは、1970年代、地球では戦争等で争いが止まないため、見かねた銀河連盟が動き出したのである。
 こんなストーリー展開だったが、銀河パトロール隊員によって地球の人間が評価され、最悪、消滅させられてしまうという緊迫感に、幼い当時はハラハラ、ドキドキもので、成り行きを見ていた記憶がある。異性人によって、地球が消滅させられてしまうことの恐怖感は、相当なものだったと記憶している。そして、この3人の隊員は、それぞれに特殊技能を持っている。この点も、人類とは桁外れに超越した能力を有するのであると感嘆したのも事実。
 勇気や愛にあふれていたはずの手塚作品には、あまりなじまないアニメなのであるが、この3人の隊員は、結局地球が好きになり、銀河連盟から処分を受けてしまうのである。この辺は、非常に悲しいストーリーとなる。


 

 


地上波初放映、『アバター』

2012年02月18日 01時36分10秒 | Weblog

 
 昨日、地上波(デジタル)初放映が行われた『アバター』(2009年アメリカ制作)。この映画は、封切り当時に劇場で見たのであるが、とにかく迫力ある映像だった。しかも、3D映画作品で、立体的な画像に興奮した。でも、今回はTVの放映であるため、大画面による迫力も、興奮する音響システムもない。
 『アバター』と言う映画作品のテーマは、生命を中心とした精神世界にある本質、言うなれば「魂」だと感じます。パンドラという衛星は、全てが生命体として一体化した「魂」の総称なのです。この魂は、この意識を持った生物や植物にもあるが、星や宇宙を形成する全てを包含しているのです。ナレーションの中に出てくる、「一体となった」と言う表現の意味は、ここから来ているのです。また、ジェイク・サリーの意識をアバターに送り込んでいるアバターシステムは、本来、知覚等の意識感覚のみを繋げる役目だったのですが、サリーについては、意識を超えた深いところに位置する「魂」をも繋げてしまったのです。サリー扮するアバターとナヴィのネイティリの間に、「君が見える」「あなたが見える」という台詞が何回か出てきます。これは、単に姿かたちが見えるといっているのではなく、それぞれの着ぐるみ的肉体の奥に存在するもの、「魂」を感じているからこそ出てくる言葉なのです。お互いが、本質である「魂」を認識していると言うことなのです。だからこそ、ネイティリは、クオリッチ大佐が操縦するロボットによって、アバター・システムが破壊され、瀕死の状態にあった人間であるサリーを、アバターに存在していたサリーと同一視できていたのです。要するに、人間やアバターという肉体ではなく、その奥底に存在する「魂」をお互いが認識していたから、全く違う生命体でも、通じ合っていたのです。アバターとして、ナヴィ族の居住地に行った時、エイワ(万物の基盤となるもの)が集まってきたのも、サリーの魂が、存在していること(単にアバターシステムによる意識の注入ではない)を知覚したことを意味しているのです。だからこそ、この光景を見て「あなたは選ばれた」とネイティリは分かったのです。そして、最後に何故、人間としてではなく、ナヴィとしてでもなく、アバターとして、サリーはエイワの力によって復活したか?アバターというDNAで作られた着ぐるみ的肉体に、万物に繋がる魂を人間の肉体から分離し移行したからなのです。ここに、この作品のテーマとなっている「すべてのものには万物に共通の、一体となった精神世界の本質゛魂゛」が基盤となっていることを表しているのです。
 ジェームズ・キャメロン監督は、宮崎駿を崇拝しているのです。宮崎駿の世界は、この万物に存在する精霊的世界、要するに「魂」の存在を主張しているのです。そのために、これらと繋がる主人公を多く作り上げている。オームの意識が分かるナウシカ、トトロという精霊とコンタクトできるさつきやメイ、動物たちと会話できるもののけ姫等。これは、宮沢賢治の世界にも通じているのです。宮崎は、宮沢を心底尊敬していることからも、この事が分かるのです。万物に存在する精霊的「魂」を理解することが、この作品を理解することだろうと感じます。千尋が見えた八百万の神とういう概念も、ここから来ているのです。
 当時、この『アバター』は、多くのアカデミー賞にノミネートされながら、主要な賞を獲得できませんでした。この精霊という思想は、欧米諸国の崇拝するキリスト教という一神教世界では、分かりにくいと思いますね。本来「アカデミー賞」のアカデミーは、学術的と言う意味もありますが、ギリシャ語の語源「真理」と言う意味からきているのです。映像の表面的なものではなく、精霊という世界にあるもの、この真理を理解して欲しかったと今でも感じます。
                   ハート・ロッカーの場面カット「ハート・ロッカー」
 アカデミー賞作品賞は、元妻だったキャスリン・ビグロー監督の作品「ハート・ロッカー」が獲得しましたが、私は今でも(「ハート・ロッカー」という映画を見た今でも)、「アバター」の世界にアカデミー賞を授与すべきだったと思っています。


楽しいワンダーランド「商店街」

2012年02月16日 23時13分57秒 | Weblog

              中野サンモール商店街
 「商店街」という響きは、どこか郷愁を感じながらも、ワクワク感やドキドキ感をも感じるものなのである。何か不思議なものを探求する対象の世界、言わば゛ワンダーランド゛のような存在なのである。この「商店街」には、その場所における地域性やコンセプトによって様々な顔を持つ。たくさんの商店が軒を連ね、見るものを魅了するものがある。当然にして、購買機運も高まるのである。
 交通新聞社刊行の「ザ・商店街」という雑誌が面白い。東京を中心に、色んな商店街を紹介し、その特徴や商店街の店舗構成をイラストで示している。実に様々な商店街があるし、また、これはと思うような商店街もある。本当に、この商店街を歩くことだけでも、非常に楽しいし、ストレス解消にも繋がるのである。
 「商店街」とは、何軒以上の店が集まると呼ばれるのであろうか?これには、純粋な条件は無いようである。だいたい、20軒程度の商店が集まった場所を、「商店街」と呼んでいるようである。しかし、大阪市の肥後橋商店街は、19軒の店が全長79mの通りで構成されている商店街であり、一般的な条件には店数が多少足りない。ここは、「日本一短い商店街」をキャッチフレーズにしている。長い商店街は、大阪の「天神橋筋商店街」で、南北に2.6kmもの長さがある商店街。確かに、高松中央商店街は2.7kmで実質日本一の長さではあるが、いくつもに枝分かれしているため、天神橋筋商店街が日本一の長さの商店街になっているようである。
 商店街の中でも、気に入っている商店街がいくつかある。先ずは、品川にある「戸越銀座商店街」。ここは、ニュース番組などで、アンケート調査される舞台でもあるので、かなり有名な商店街である。この「戸越銀座商店街」は、日本で最初に「銀座」と命名した商店街。本家「銀座」のガス灯の炉に使われていたレンガを通りに敷き詰めたことから、銀座の呼称を使わせてもらったものらしい。東京の銀座ではない「銀座」の、第一号なのである。全国に流通した「銀座」はここから始まったのである。ここは、昔ながらの懐かしい佇まいの店が多い。しかも、庶民的な気さくな店主に、きさくな商品が多い。「戸越銀座コロッケ」なども、庶民的なものの範疇にある。
 そして、「巣鴨地蔵通り商店街」。ここは、゛おばあちゃんの原宿゛と言われるほど、高齢な人が多い。それもそのはず、とげぬき地蔵尊が鎮座している高岩寺があるからである。病気の箇所を洗うと御利益があるということで、高齢者が多く参拝にやってくる。そのため、高齢者向けの商品を扱う店が多い。甘味では、「みずの」や「東京すがも園」の塩大福、「松月堂」の地蔵もなか、「アキミツ和作」のぼた餅セット、「雷神堂」の煎餅、「マルジ洋品店」の赤パンツ、「にしむら」の八目鰻の蒲焼、カレーうどんで有名な「古奈家本店」等、中々の店が多い。また、焼きたてのあんぱんが美味しい「喜福堂」(パン屋)も名物のひとつ。
 「ハッピーロード大山商店街」は、私の好きな商店街の一つ。ここに来ると、本当に新たな発見がある、そんなワンダーランド商店街なのである。しかも、雨の日も大丈夫なアーケードが続いているのも嬉しい。天気を気にせずに、楽しい買い物ができるのである。「とれたて村」は、全国の産直販売店。この商店街居ながらして、地方の有名産を手に入れることができる。「イグレクテ」というパン屋には、相当な種類の変わったパンが陳列されている。ここも、発見がある場所なのである。ドーナツ専門店の「フロレスタ」、揚げたてのメンチカツが美味しい「アライ精肉店」、「松屋甘味店」は、すぐに売り切れてしまう、おいしい大学芋が有名な店。白羊羹など鳥取の銘菓は「米仙堂」で買うことができる。 


B級グルメ道88 繊細さが光る「湊や」

2012年02月11日 00時05分47秒 | Weblog

 

             

 昨日は、私の快気祝いということで、元上司や同僚が会を開いてくれた。あの事件以来、もう1ヶ月半が過ぎ去ろうとしているのであるが、私が禁酒をあれ以来していることから、この時期の開催となった。場所は、日本橋の「湊や」。この「湊や」は、全室が個室という店舗形態なのである。そして、新鮮な魚介類を提供する店でもある。8人が入れる個室に通された。掘りごたつ風の座敷席。座布団が異様に高い(発泡スチロールが入ったクッション風の座布団)。引き戸が格子状になった、中々の雰囲気のある座敷なのである。
 今回も当然にして、私は終始ウーロン茶で通した。この時期、寒い季節でもあるので、ホット・ウーロン茶ではあるが・・・。他の人は、生ビールにグレープサワー等を注文し、乾杯!!酒を飲まないで、居酒屋で宴に参加するのは、今年2度目となる。これだけの期間、酒を飲まないと、もう酒を飲むことさえ不必要な感じになってしまう。体が、酒を欲しないのである。あれだけ酒を飲んでいた私が、こんな状況になってしまうとは、考えてもいなかったことである。酒は、私自身不必要な代物だったということか・・・?1ヶ月半という期間、酒を飲まなかったことは、酒を飲めるようになってからでは、はじめてのことかもしれない。1週間の禁酒というのはざらにあったが、1ヶ月半も飲まないというのは、初めての挑戦かもしれない。この機に、いっそ禁酒でこれからを通そうかとも考えるが、其れはそれで、淋しいことなのかもしれない。
 テーブルの上には、料理が並び出した。

            
 

選べる【海鮮づくし】コース
    
先付   帆立と烏賊のチリソースがけ
    向付   海の幸 六点刺身盛り合わせ 
    サラダ  大根とジャコの彩りサラダ 
    揚物   串天婦羅三種盛り合わせ
    蒸物   茶碗蒸し
    煮物   金目鯛の煮付け
    お食事  湊や特製 海鮮ばらちらし寿司
           お新香の盛り合わせ
    甘味    黒ごまプリン 白玉添え

 今回のコースは、海鮮づくしコースである。どれも、中々のお味。上品で、繊細な和食なのである。金目鯛の煮付けは、これまた絶品で、だしが染み込んで黒色化した大根の上に鎮座していた。これだけの料理を出すのは、居酒屋では珍しい。これだけ手の込んだ料理は、あまり見たことがない。さすがに、゛海鮮゛を標榜している店であるからこそできるものなのであろう。
 皆さんの飲み物は、ハイボールに日本酒熱燗に変わっていた。皆さん、グイグイと勢い良く酒を消費していく。こんな冷静に、他人の飲酒風景を見れるというのも、何となくおかしな状況ではある。大概、同じ輪の中で酩酊している自分の姿が今までのことであったので、冷静にいられる自分が特異な存在のようにも思えてくるのである。まあ、当分こんな時期を過ごしながら行くのだろうと思うのである。


大笑い!!「Dr.スランプ」

2012年02月05日 21時45分10秒 | Weblog

             
 パソコンTV「GyaO」で、鳥山明原作の超爆笑漫画「Dr.スランプ」の放映が開始された。この漫画、「週刊少年ジャンプ」に1980年から1984年まで連載された、超爆笑漫画なのである。鳥山明の感性が実に漫画に良く反映されており、くだらない漫画というよりは、奇抜な漫画ということになる。
 「Dr.スランプ アラレちゃん」は、アニメとしてTV放映されたのは、1981年のこと。もう、32年前のことになってしまう。月日の流れは早いもので、この漫画を当時、抱腹絶倒で見ていた記憶がある。何といっても、アラレちゃんのはちゃめちゃには、ビックリ仰天なのである。ちょっと力を入れれば、相当な怪力なので、大概のものは、大破し、すっ飛んでいってしまう。戦車も飛行機も、アラレちゃんには敵わないのである。また、このアラレちゃんの誕生秘話が面白い。自分の汚い研究室を掃除する、女中ロボットを制作していた則巻千兵衛博士(海苔巻きの煎餅のこと?)が、雷の影響で少女ロボットができてしまったのである。アラレちゃん名の由来は、博士の名前が千兵衛(煎餅?)だから、「あられ」になったと思われる。しかも、実に騒々しくて面白い。
 ロボットなのに眼鏡をかけるという設定、擬人化した動物のキャラクターが登場するなど独特の世界観も人気の一つであった。鳥山の出身が愛知県清洲町(現・清須市)ということもあり、その地域で使われる方言の名古屋弁が作中で多用されている。また、「ほよよ」、「んちゃ」、「キーン」、「バイちゃ」などのアラレ語は流行語にもなった。  当初は則巻千兵衛を主人公として毎回発明品で失敗する、という方向性のストーリーであったが、担当の鳥嶋和彦の強い主張により、アラレを主人公に据えて展開された。この時点ですでに4話分のネームが完成していたため、主人公は4話までが千兵衛、5話以降がアラレという変則的な展開となる。この変更に鳥山は当初抵抗感があったものの、結果的に本作は人気作品となったため「鳥嶋さんが正しかった」と後に認めている。なお、本作が短期打ち切りとなった時のことを配慮し、連載開始前からすでに鳥嶋と次回作の打ち合わせをしていたことも明かしている。
 鳥山が大の車好きということもあり、扉絵にはアラレが自動車を運転する場面などが多く描かれた。しかしあまりに描きすぎて、担当の鳥嶋に注意されたこともあった。大概は鳥嶋の意向を汲んできた鳥山であったが、恋愛漫画を描くのが大の苦手であり、アラレとオボッチャマンのラブシーンの要求には気が進まず拒否したという。


人の心の温かさに感涙『ALWAYSー三丁目の夕日ー’64』

2012年02月04日 20時40分41秒 | Weblog

 
 久しぶりに、MOVIXで映画を見た。人情で感涙する『ALWAYS-三丁目の夕日ー’64』(2012年東宝制作)である。この三丁目の夕日シリーズは、本当に人情、人間の心の温かさを見事に描いていると感じる。この手の映画は、見ていると感涙してしまって、止めどもない状況になる。人の心の優しさが、心にしみるのである。今回の最新作は、1964年、昭和39年当時が舞台。高度経済成長まっしぐらの日本。戦後初めて、国際的なスポーツの祭典「オリンピック」が東京で開催された年でもある。航空自衛隊のブルーインパルスが、大空にオリンピックのシンボル、5大陸を表す五輪を描いたのである。
 今や国民的映画となった「ALWAYS」シリーズ。その三作目となる本作は、時代は東京タワー完成後の昭和39年。オリンピックに浮き立つ日本を背景に、三丁目で育った子供たちのそれぞれの旅立ちを描く。自動車修理会社、鈴木オートの長男・一平は、加山雄三に憧れてギターをかき鳴らす夢見がちなガキ大将。売れない作家、茶川竜之介とヒロミを親代わりに育った淳之介は、茶川と同じ小説に憧れ、そして六ちゃんは仕事と恋の間で揺れ…。三作目ともなると、登場人物は懐かしい友達のよう。友人の家を訪ねるような気持ちになる。出演は、吉岡秀隆、堤真一、小雪、掘北真希、薬師丸ひろ子、須賀健太ほか。監督は1作目からの山崎貴。
 昭和39年(1964年)。オリンピック開催を控えた東京は、ビルや高速道路の建築ラッシュとなり、熱気に満ち溢れていた。そんな中、東京下町の夕日町三丁目では、5年前と変わらず、個性豊かな住民たちが元気に暮らしていた。小説家の茶川竜之介(吉岡秀隆)は、ヒロミ(小雪)と結婚し、高校生になった古行淳之介(須賀健太)と3人で仲良く生活している。茶川商店の一角は改装され、ヒロミがおかみを務める居酒屋「新山藤」となった。ヒロミは身重で、もうすぐ家族が一人増える様子。だが茶川は「冒険少年ブック」の看板作家として連載を続けているが、新人小説家の作品に人気を奪われつつあった。編集者の富岡(大森南朋)から「もっと新しい雰囲気で」と言われ、茶川はますますスランプに陥っていく。一方、鈴木則文(堤真一)とその妻・トモエ(薬師丸ひろ子)、一人息子の一平(小清水一揮)、住み込みで働く星野六子(堀北真希)が暮らす鈴木オートは、順調に事業を拡大し、店構えも立派になった。六子にも後輩の従業員ができ、厳しく指導をする姿はすっかり一人前。彼女無しでは鈴木オートの仕事は回らないほどであった。そんな六子は、毎朝おめかしをして家を出て行く。それは、通勤途中の医者・菊池孝太郎(森山未來)とすれ違い、朝の挨拶をかわすためだった。六子のほのかな恋心を温かく見守るのは、大田キン(もたいまさこ)。そして小児科医・宅間史郎(三浦友和)は、今日も町の人のために診療を続けている。そんな折、茶川が隠していた、とある電報をヒロミが見つけてしまう……。

 今回の作品は、感涙するシーンが多い。先ずは、茶川竜之介が受け取った電報には、「チチキトク」とスルされていた。ふとしたことでこの電報を発見したヒロミは、茶川に早く父のところに行って上げてと懇願する。しかし、茶川は、小説家になることで父に勘当されたことを言うのであるが、「行ってあげて。私の場合、父の死に際に会えなかった。きっと、あなたも後悔するから・・・」と涙ながらに言うヒロミの気持ちに押され、父の待つ実家に戻る。すると、病床に付していた父から、「こんな奴は知らん。内には息子などおらん」と、勘当当時と同様突っ返されてしまうのである。怒った茶川は、「戻るんじゃなかった」と捨て台詞を履き、帰途につく。その後、「チチシス」の電報が届くが、行く気にもならない茶川を再度さとして、ヒロミが一緒に実家へ行く。「単に後片付けに来た(葬儀をするためのみ)」と言う茶川に、叔母は本当のことを告げる。小説家は、並大抵のことでは成就しない。そのため、父は涙をこらえ勘当することで、息子にとっての帰れる場所を絶ったのである。小説家を挫折し、帰ろうとする弱い気持ちにさせないためだったのである。その後、父は息子の小説が載った雑誌を全て購入していたし、連載されていた「冒険少年ブック」を毎回購入し、各号で父自身の寸評を付していた。小説家という仕事を軽蔑したための勘当ではなかったことが、父が死んだ後に分かったのである。このシーンには、本当に参った。親の優しさが、強烈に感じられた感涙シーンなのであった。