やはり、ミュージカル映画はいいもんだ。昨年、試写会で観た『RENT(レント)』はいい作品である。貧しく、家賃も払えない暮らしをするミュージシャンたち。彼ら、彼女らは、それぞれの夢がある。しかし、退廃した生活に埋没していきながら、同性愛やドラッグの結果、「エイズ」に蝕まれていく。「52万5,000分、1年をどんな尺度で計れるのだろうか?」のテーマソングは、考えさせられるものがある。現状を、誰しも最高とは認識していない。これからが、最高に向かう過程であるのだが、本当にそうなのか?これからは、下降していくのみの人生かもしれない。そんな中、色んな思いを持ちながら知り合った仲間たちで、必死に夢に向かって生きようとする。素晴らしいことだが、あまり残された時間がない。次々と友人たちが、死を迎えていく中、自分は何をすべきか?何が出来るのか?
ニューヨークのイースト・ヴィレッジ。人気バンドで活躍していたロジャーは、恋人がエイズを苦に自殺して以来、作曲ができなくなっていた。ルームメイトのマークはドキュメンタリー作家を目指している。そこへやってきたのは、かつてふたりと共に暮らしていたベニー。金持ちの娘と結婚したベニーは、この付近の土地の所有者となり、彼らに立ち退きを迫るようになっていた。同じ頃、ロジャーは階下に住むミミと出会い、心惹かれていくが…。
始まりは1996年、ニューヨークの小劇場。脚本家ジョナサン・ラーソンが書き上げた作品は、たった3ヶ月でブロードウェイへ進出し、トニー賞のみならずピュリッツァー賞までも獲得した。そんな伝説のミュージカル『RENT』が遂に映画化された。プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」をモチーフに、恋と友情、貧しさやドラッグ、HIV感染など、夢を追う若者たちの姿を名曲とともに描き出していく。ロジャー役のアダム・パスカル、マーク役のアンソニー・ラップなど、舞台のオリジナル・キャストに、『シン・シティ』のロサリオ・ドーソンを加え、ソウルフルで刺激的なドラマが展開。監督は、『ハリー・ポッター』シリーズのクリス・コロンバスが担っている。心震えるドラマと歌声に酔いしれたい。
生きる事と死は、対極にあるのかもしれないが、互いの存在があるからこそ、生きていくことが輝いている。苦しくとも、自分の夢に向かって走っている中では、楽しい人生なのかもしれない。限りある人生であるが、その長短の中に、自分の意味を見出す事が必要なのかもしれない。生きることの本質を、突きつけられた映画である。生きていく事の意義や重要性が、映像の中に散りばめられている。暗い映画であるように思えるが、本質は人間賛歌である。勇気をもらえる映画です。
【内容】
大ヒット作『インファナル・アフェア』シリーズを手がけたチームによる、心に深い闇を抱えた男たちの人生を描いたヒューマンドラマ。かつて上司と部下だった二人の刑事の日常が、ある殺人事件をきっかけに交錯していく様を見せる。対照的な主人公を熱演するのはアジアのトップスター、『2046』のトニー・レオンと『ウィンター・ソング』の金城武。本作はディカプリオ主演でハリウッドでのリメイクも決定している話題作。2003年のクリスマス、ポン(金城武)が凶悪犯を逮捕した晩に、彼の恋人は自殺を図り還らぬ人となる。3年後、酒浸りの日々を送っていたポンは、刑事を辞めて私立探偵になっていた。彼の元上司のヘイ(トニー・レオン)は富豪の一人娘スクツァン(シュー・ジンレイ)と結婚し、幸福な生活を送っていたが、ある日、義父が何者かに惨殺され……。 (シネマトゥデイ)
期間は8/7~8/12の6日間で、特別イベント+シネマ12作品の上映が行われる。これぞ、東京の夏に相応しい映画試写会の大イヴェントです。
私は、早々にこの期間、バッチリ休みを取得する予定です。待ち時間等が作品の合間で辛いが、がんばって全作品観よう!!昨年は、2作品を疲れで見逃してしまった。「マッチポイント」「ファイナル デッド コースター」の2作品であり、今でも観れない状況です。なんとも残念でした。
応募はこちらから>>http://www.gtf.tv/blog/users/gtf-staff6/?blogid=434&itemid=5012
GTF トーキョーシネマショー 2007 総計5,000組10,000名様ご招待!! まさに映画ファン垂涎のイベントです! ■応募概要 8/8(水)~12(日)試写上映作品 ■遠くの空に消えた ■幸せのレシピ ■伝染歌 -でんせんうた- ■モーテル ■ミス・ポター ■パーフェクト・ストレンジャー ■Life 天国で君に逢えたら ■包帯クラブ ■エバン・オールマイティ ■アーサーとミニモイの不思議な国 ■ファンタスティック・フォー:銀河の危機 ■グッド・シェパード 大変、たのしみですねーーーーー!! |
しかし、、「You Tube」の画像のように、無料で、その一部(タイトルや内容の抜粋等)に限られたものであるなら、どうして著作権の侵害になるのだろうか?むしろ、画像の内容によっては、ファンが多くなり、本当のDVD等で視聴したくなるもので、相乗効果があるはずだ。かってに、無料サイトに登録され、一般人の目に触れる事を許さないとしているなら、「おごり」以外の何者でもない。それだけの輩が作品の良さを本質的に理解しているはずはないし、そうは思えない。単なる「金」に固執する薄汚い輩であり、海賊版を手がける輩と同質であろうと思う。
自由なサイトで、良心のタガにより運営されているならば、目くじら立てて、抹消させる必要はない。昔の動画を懐かしみ、必要とあらば自身のものにしたいとDVDを買いに走る我輩としては、許せない行いである。確かに内容によっては、ここまで動画で・・と思うものもあるので、それは抗議すればいいのである。すべからくクレームを言い、視聴者の「観る権利」を侵害する事は許しがたい!!
1929年、エルジー・クリスラー・シーガー (Elzie Crisler Segar)により「シンプル・シアター」という作品で生み出されたキャラクターで、初めは主人公ハム・グレイヴィ(Ham Gravy)とその恋人オリーブ・オイル(Olive Oyl)、オリーブの兄カスター・オイル(Castor Oyl)が中心人物の漫画だった。オリーブ達よりも10年遅れて登場したポパイは当初脇役であったが、何をやっても不死身な所から一躍人気キャラクターとなり、ハムの主役の座とその恋人オリーブを瞬く間に奪い去ってしまった。1930年代に入ると、同作の短編アニメ映画がフライシャー・スタジオによって次々と制作されるようになった。今日知られるポパイはこのアニメ版といっても過言ではない。物語は、ほうれん草を食べると超人的パワーを出すセーラー服姿の男ポパイと、その恋人オリーブ、そしてブルート(ブルータス)の三人をめぐるコメディである。時々物語の舞台が西部劇や中近東などのシチュエーションになったり、他の物語、映画などのパロディになったりする事もある。その場合にはそれに適した役回りを演じることもある。ポパイのほうれん草パワーは、ほうれん草等の野菜を食べない小学生に野菜が必要な事とを説く際、多くの母親たちが引き合いに出したエピソードでもある。なおこの作品が制作された当時、ほうれん草の缶詰は製造されていなかったが、この作品の影響で製造が開始されたと言う逸話も残る。1960年代には初めてテレビアニメシリーズが制作され、1970年代にも、ハンナ・バーベラ・プロダクションの手によって新作のテレビアニメが制作された。 1970年代頃には、ポパイそのものがほうれん草のあだ名にもなった。1980年にアメリカで実写映画化されている。監督にロバート・アルトマンをおき、ロビン・ウィリアムズが主役ポパイを演じている。いかりや長介が日本語吹き替えを担当した。2004年、ポパイ誕生75周年を機にポパイの3DCGアニメがアメリカで放映された。
確かに、ポパイは、暴力的な映像が多い。相手を互いにノックアウトするまで叩きのめすところは、現代にそぐわないかもしれない。でも、このアニメで言わんとすることはそんなことではない。正義とは、悪に勇敢に立ち向かう生き様なのです。オリーブを救い、ブルートと言う「悪の化身」をやっつけるところの、勧善懲悪の意味があるのです。日本で言う、「遠山の金さん」や「水戸黄門」と同質の意義fがあるアニメだと思いますね。単に、映像のみに固執した感性で観る事は、ナンセンスといわざるを得ない。本質はどんなところにあるのかを真剣に、受け入れる側も考える必要がある。
ポパイの映像は古いため、アニメの動きもぎこちないが、当時熱中した感激は、未だにさめ止まない。古の文化は、いつまでも健在なのかもしれませんね。「トムとジェリー」は最近新しいものになって、確かに動きは今風になったけど、当時感じていたものがあまり無い。やはり、いいものをいじる事は賛成できかねる。いいものは良いのであり、それを後世で変質させる意味は無い。素直に、いいものであり、そのことで感動すればいいのである。現代風にアレンジする事を、視聴者は望んでいない。全く異質なものに置き換えるなら別ですが・・・。
やはり、私の最高傑作としている映画である。『パピヨン(PAPILLON)』。
スターチャンネルで放映された。本当に、何度観ても感動する長編ヒューマンドキュメントであり、実話を元にした映画である。1973年アメリカ制作。
フランス領ギアナ刑務所に投獄された殺人罪の濡れ衣を着せられた囚人・アンリ・シャリエールが1931年に自伝を書いたもので、胸に蝶の刺青をしていたことから「パピヨン」と呼ばれていた男であった。兎に角、人間的な扱いを全くせず、もの以下の処遇である。植民地労働者として、死ぬまでき厳しい労働を課し、死んだらゴミのように捨てるこのひどさ。しかし、パピヨン(スティーブ・マックインーン)は、自由への強い、貪欲なまでの切望で、この脱出不可能な刑務所からの脱獄を何度も繰り返す。国債偽造で収監された詐欺師・ドガ(ダスティン・ホフマン)との演技も素晴らしい。この2大スターを配置しての映画に武者振るいがする。マックイーンは、激しいアクション映画の主演が多いのだが、この人間の生き様に焦点を当てたヒューマン・ドラマの主演は珍しい。しかし、自由を求めてのあくなき追求を行うこの作品は、感動以外の何者でもない。暗い独房生活で、必死に生きるために、這い回っている虫をも口にするシーンは、身の毛もよだつ。これほど凄まじい執念で生きていこうとする人間を見たことがない。青く清んだ海に浮かぶ島がなんとも言えない美しいコントラストを描く。先日観た「ショーシャンクの空に」とダブル映像がいいね。暗く切ない監獄と海の対比が、なんとも人間の所業と自然の対比、人間対神の対比で面白い。音楽も素晴らしい。なんとも物悲しいテーマ曲が映像の重さを引き立てる。製作は「リスボン特急」のロベール・ドルフマンと「パットン大戦車軍団」のフランクリン・J・シャフナー、製作総指揮はテッド・リッチモンド、監督はフランクリン・J・シャフナー、脚本は「ダラスの熱い日」のダルトン・トランボとロレンツォ・センプル・ジュニア、撮影はフレッド・キーネカンプ、音楽はジェリー・ゴールドスミス、編集はロバート・スウィンクが各々担当。このメンバーを見れば、最高映画であることは、当然なのかもしれない。最後に、パピヨンが椰子の実をネットに入れた簡易ボートを海に浮かべ、このボートに乗っての脱出を試みる。これが成功してしまう。孤島の監獄からこの様子を見送るドガの表情が素晴らしい。疲れ果てた人間の顔だが、自分の分も自由に生きてくれと訴えかけている表情だ!さすが、名優・ダスティン・ホフマンの演技である。
【ストーリー】
胸に彫られた蝶の刺青があるところから、パピヨン(S・マックイーン)と呼ばれた男が、大勢の囚人と共にフランスの刑務所から、南米仏領ギアナの監獄に送られたのは肌寒い夜明けのことだった。罪名は殺人だが、本当にやったのは金庫破りにすぎない。国籍剥奪の上、二度と生きては帰れぬ“生き腐れの道"へ追放されるのは納得できなかった。灼熱の海を渡る船中で、パピヨンはルイ・ドガ(D・ホフマン)を知った。フランス中を混乱させた彼の罪状は国防債券偽造。パピヨンは、脱走に必要な金を工面するために、ドガの金を狙う囚人から彼の生命を守ることを約束する。夜蔭に乗じてドガを襲った二人の男をナイフで仕末して、二人の仲は深まった。ギアナに到着して、サン・ローランの監獄に放り込まれた二人は、獄吏の買収に失敗し、ジャングルの奥の強制労働キャンプに送られる。ワニが棲む沼地での材木切り出し、粗悪なねぐら。囚人たちは次々に死んでいった。数日後、ヘマをして看守に殴られるドガをかばったパピヨンは、銃弾を浴びせられ、川へ飛び込んで逃亡を計る。だが、無計画だったために捕まり、二年間の島送りとなった。サン・ローラン西方の沖合いにあるサン・ジョセフ島の重禁固監獄は“人喰い牢"と呼ばれる恐ろしい独房だ。吸血コウモリとムカデの住みかで天井は鉄格子。陽はまったくあたらず、ひとかけらのパンとスープしかあたえられず、囚人たちは次々に死んでいく、暗黒の墓場だ。ムカデ、ゴキブリをスープに入れて、餓死寸前のところでパピヨンは二年の刑を終えることができた。サン・ローランに戻ったパピヨンは、ドガの助けを借りて、クルジオ(W・パーフリー)、ホモのマチュレット(R・デマン)と共に脱獄を試みた。クルジオは捕えられたものの、三人は遂に自由の世界に降りたった。ジャングルでは、奇怪な刺青の男に救われ、さらに、ライ病患者の首領トゥーサン(A・ザーブ)にヨットを与えてもらい、コロンビアとおぼしき海岸にヨットをつけることができた。しかし、運悪くパトロール隊と遭遇し、パピヨンはジャングルに舞い込んだ。ドガは捕えられ、マチュレットは銃弾に倒れ、パピヨンもパトロール隊が放った原住民の執拗な追跡に逃げおおせず、毒矢を射られて断崖から激流に落下していった。意識を取り戻したパピヨンは、インディオで手厚い看護を受けた。ゾライマ(R・アッサン)という美しい娘とのロマンスも芽ばえる平和なひとときだったが、酋長の胸に自分と同じ蝶の刺青を彫ってやった翌朝、インディオたちはパピヨンに大粒の真珠を残し、忽然と姿を消した。一たんは修道院に身をひそめたものの、院長の通告で捕えられ、パピヨンの苦難の逃走は失敗に終った。五年後、サン・ジョセフ島での狐独な独房生活から解放されたパピヨンの髪は真白になっていた。そして、悪魔島へ。この島では手錠も足枷もなかったが、周囲は断崖で激流とサメが押し寄せ、脱出はとうてい不可能だった。かつてフランス中を騒然とさせたドレフェスも、そしてドガもこの島に流されていた。ドガは、もはや祖国に帰る夢をなくし、孤独だが平和な日々に満足していた。だがパピヨンは違う。脱出のチャンスをうかがう彼は、試みにココナッツの実を海に投下し波の動きを調べる。そして、断崖の下の入江に押し寄せる波は七つあり、その七つ目の波に乗れば沖へ出られることを発見した。このパピヨンの脱出案にドガも心を動かされたが、ドタン場で決意が崩れた。抱きあって無言の別れを告げる二人。ココナッツの実をつめた包みを七つ目の波に落下させ、パピヨンは絶崖から身をひるがえした。見送るドガの眼には熱い涙がとめどもなく流れていた……。
『ショーシャンクの空に』(The Shawshank Redemption)は1994年に公開されたアメリカ映画である。スティーブン・キングの小説『刑務所のリタ・ヘイワース』を原作として、フランク・ダラボンが初監督と脚色を兼ねて映画化した。身に覚えのない罪を着せられ、内部組織まで腐敗しきった刑務所に投獄された、一人の銀行員の刑務所生活とその脱出劇を描いたヒューマンドラマである。
劇場公開当初は『フォレスト・ガンプ/一期一会』や『パルプ・フィクション』、『スピード』などの話題作に隠れて興行収入は芳しくなかった。最終的に第67回アカデミー賞において7部門にノミネートされるまでに到ったものの、その賞全てを先述の『フォレスト・ガンプ/一期一会』に浚われた「無冠の名作」でもある。
その後ビデオ販売・レンタルが開始されると、これを鑑賞し作品完成度の高さを知ったユーザーからの口コミを中心にファンが激増していった。「映画ファンの踏み絵的作品」とも言われ、Internet Movie Databaseを始めとした国内外の映画批評サイトなどにおいても、公開後10年以上経った現在でも視聴者からのレビュー数の多さ・評価の高さで史上最高峰に位置付けられる作品である。
【ストーリー】
1947年、銀行員として成功していたアンディ・デュフレーンは、妻とその愛人を射殺したという身に覚えのない罪で終身刑2回という判決を受け、ショーシャンク刑務所に投獄される。刑務所が持つ異質な雰囲気に初めは戸惑い孤立するアンディであったが、「調達係」と呼ばれ服役囚から慕われていたエリス・ボイド・"レッド"・レディングと出会い、鉱石を砕くロックハンマーや、リタ・ヘイワースやラクエル・ウェルチといったスター達のポスターなど様々な物を調達してもらううち、少しずつ2人の交流が深まっていく。アンディは元銀行員の経歴を如何なく発揮し、刑務所内の環境改善に取り組む事でレッドや他囚人の信頼を高めていく。さらには監察官たちからも一目置かれるようになり、彼らの税務処理や所長の所得隠しまでも請け負うことになるが、彼にはある考えがあった・・・そして、アンディはついに奇跡を起こす。
アンディは言う。「人生において行うことは、必死に生きるか、必死に死ぬかだ。生きるために希望を強く持ち続けることが大事だ」。確かに、その通りなのかも知れない。中途半端に、世間に流されての人生は、生きていることの意味を見出せないのだろう。ショーシャンクの刑務所に、無実の罪(妻とその不倫相手のプロゴルファー殺害の冤罪)で20年も拘束されてしまう。その間、所長の裏金作りの経理担当をさせられる。2年の刑で投獄されたトミーは、別の刑務所にいる時、アンディが濡れ衣を着せられた真犯人を知っていた。しかし、所長がアンディの釈放による危機を察知し、脱獄の形を取ってトミーを射殺させてしまう。アンディの無実の汚名は晴らすことが困難に・・。一方、アンディはコツコツと小さなかなづちで、刑務所の壁に穴を開け続けていた。ついに脱獄の日がやってきた。穴は、リタ・ヘイワースのポスターで隠されていた。裏金の架空預金者に成りすまし、すべての預金を引き出し、メキシコへ逃亡。やがて、釈放されるであろうレッドには、ある場所を約束して指定。そこに、今の自分の場所を明示し、資金を置いていた。やがて、二人は青く清んだ太平洋の海岸で再会するのだった。
この物語は、最後まで希望を捨てず、自分を信じて生き通す強い男の人生を描いている。私の最高傑作として挙げている映画『パピヨン』に通じるものがある。
長編大作『グリーンマイル(THE GREEN MILE)』。
長編映画で、こんなに飽きずに映像にくらい突いていた経験が無い。上映時間は191分。通常映画の2作分に匹敵する長編大作だ。実にトム・ハンクスの演技がいい。「ターミナル」「ダ・ヴィンチ・コード」での演技でも感じたが、本当に深い演技をする俳優である。この映画には、真実を共有した者たちの悲哀が浮かび上がる。殺人犯人として送り込まれてきた大男の黒人。しかし、彼には神にしかなしえない「人を癒す力」を持つ。彼が、死刑囚であるはずが無い。そんな人間的な感情を他所に、死刑を執行せねばならない看守たち。やるせない悲しみが覆う。
【ストーリー】
1995年。老人ホームの娯楽室で名作「トップ・ハット」を見たポール・エッジコムの脳裏に60年前の記憶が甦る……。大恐慌下の1935年。ジョージア州コールド・マウンテン刑務所の看守主任ポール(トム・ハンクス)は、死刑囚舎房Eブロックの担当者だった。死刑囚が電気椅子まで最後に歩む緑のリノリウムの廊下はグリーンマイルと呼ばれていた。部下は副主任のブルータル(デイヴィッド・モース)はじめ頼れる連中ぞろいだが、州知事の甥である新人パーシー(ダグ・ハッチソン)だけは傍若無人に振る舞う。そんなある日、ジョン・コーフィ(マイケル・クラーク・ダンカン)なる大男の黒人がやってきた。幼女姉妹を虐殺した罪で死刑を宣告された彼は、実は手を触れただけで相手を癒すという奇跡の力を持っていた。彼はポールの尿道炎を治したのを皮切りに、パーシーに踏み潰された同房のドラクロアが飼っていたネズミのミスター・ジングルズの命を救った。ドラクロアはその翌日処刑されたが、パーシーは残酷にも細工をして彼を電気椅子で焼き殺した。コーフィの奇跡を目の当たりにしたポールらはパーシーを拘禁室に閉じ込めてコーフィをひそかに外へ連れ出し、刑務所長ムーアズ(ジェームズ・クロムウェル)の妻で脳腫瘍で死の床にあったメリンダ(パトリシア・クラークソン)の命を救わせた。房に帰ったコーフィは、拘禁室から解放されたパーシーをいきなりつかまえるや、メリンダから吸い取った病毒を吹き込んだ。するとパーシーは厄介者の凶悪犯ウォートン(サム・ロックウェル)を射殺し、そのまま廃人になった。ウォートンこそ幼女殺しの真犯人だったのだ。ポールはコーフィに手をつかまれ、彼の手を通じて脳裏に流れ込んで来た映像で真実を知った。ポールは無実のコーフィを処刑から救おうとする。だが、彼は「全てを終わらせたい」と自ら死刑を望み、最後の望みとして処刑前日、官舎で開映された映画「トップ・ハット」に見入ってから死に赴いた。それから60年。あのときコーフィが与えた奇跡の力はポールに宿り、彼にいまだグリーンマイルを歩かせしめないのであった。ポールは108歳の長寿。その間、多くの肉親・友人との別離を経ていた。そして、その当時、同じように命を吹き込まれたネズミのミスター・ジングルズも長らくの命を保ってきていた。
しかし、コーヒィなる黒人大男は、人間であったのだろうか?この世に降り立った「神の化身」だったのでは・・?独房をでて、所長の家に向かうとき、夜空の星を見て、「あれがカシオペア座だ」と懐かしそうに指差していたのが、非常に印象的だった。2人の幼女殺害の濡れ衣を着せられ、処刑を待つコーヒィは何を感じていたのだろうか?結局、真犯人は、当時ペンキを塗っていたウォートンであったのだが、その真実は、看守たちにしか分かっていない。当時の死刑は、電気椅子で、陪審員・被害者たちの座っている目の前で執行される。殺害された遺族たちの癒しのためか・・?真実を知りながら、電気椅子に高圧電流を流す命令をするポールの目には熱い涙が・・・。やるせない、こんな処刑があるのだろうか?真実を知らない被害者たちの前で・・。この映像に、熱いものが止め処なく流れる。辛く、悲しい気持ちに陥ってしまった。
監督は、「ショーシャンクの空に」を手がけたフランク・ダラボン。さすがに、人間の内なる苦しみや葛藤を映像化させる天才監督である。長編映画を飽きさせず最後まで釘付けにさせる展開に頭が下がる。本当に素晴らしい映画に出会った。DVDも持っていたのだが、これまで見る機会が無く、結局CATVで全編を観る事になったが、早くに観ておきたかった感動巨編だった。
いやあ、難解なサスペンスを観てしまった。2005年アメリカ制作の
映画『ステイ(STAY)』。
自殺を予告した青年患者を受け持った精神科医が、やがて生と死、夢と現実が入り混じった奇妙な時空をさまよい混乱していく姿を描いたサスペンス・スリラー。監督は『ネバーランド』のマーク・フォースター。出演は『スター・ウォーズ』シリーズのユアン・マクレガーと『キング・コング』のナオミ・ワッツ。
【ストーリー】
ニューヨークの有名な精神科医サム・フォスターは、ヘンリー・レサムという青年を新たな患者として受け持つことになった。ミステリアスな雰囲気を持つヘンリーは、3日後の21歳の誕生日に自殺すると予告する。一方、自殺未遂経験を持つサムの元患者で恋人のライラは、自分と同じ自殺願望を持つヘンリーに興味を抱く。やがてヘンリーは、予告した自殺を遂行するかのように誕生日を前に行方をくらましてしまう。彼を救おうと必死で行方を捜すサムだったが、次第に彼の周りで現実の世界が奇妙に歪み、精神に混沌をきたしていく…。
この映画は、映像描写の素晴らしさ・難解さは、天下一品。どんどんと映像展開の中に吸い込まれていく迫力が感じられた。子供が風船を飛ばすシーン、公園の噴水前で会う少年に「この人、死ぬの?」と母親に尋ねるシーン、サムが自宅に帰る際、ドアを開けてライラが出迎えるシーン、螺旋階段を降りる事を繰り返すシーン等が何度も挿入され、繰り返される。この映像の迫力やなんとも不思議な違和感に観衆を追い込む映像は、かなりの優れたもの。いつの間にか、自分がデ・ジャブ体験をしているような錯覚に陥る。何故かな、何の意味かな・・、と考えている暇が無いほどの映像展開に吸い込まれていってしまう。自殺をほのめかすヘンリーの自室には、壁一面に模様のように言葉が書かれている。「許してくれ(For Give)」。ヘンリーは、21歳の誕生日に自殺した新鋭画家:トリスタン・リヴァーを崇拝している。彼自身が、リヴァーの生まれ変わりだったのでは・・?同じ自殺願望から立ち直ったライラは、ヘンリーに伝えて欲しいとサムに言う。「人生は美に溢れている」ことを。最後にヘンリーは、予告通り、ブルックリン橋で死んでしまう。しかし、画家・リヴァーが行った銃による自殺ではなく、交通事故に遭遇しての死。その時駆けつけたサムは精神科医ではなく医者、ライラは看護士であった。自分自身を変えようとしたヘンリーの影響で、その周囲も変わってしまったのか?サムやライラも・・。
人生は、すでに決めてきたレールの上を走っているのかもしれない。その主体が変化した時、その関係する周囲も大幅に変化するのだろうか?生まれ変わりからの「デ・ジャブ(既視感)」はあるのかもしれない。人生は、しかし、ライラの言うように、「美に溢れている」世界なのかもしれない。生きる事の意味、現実と幻想の中での自分の存在感・・・、色んなことを考えさせられた映画だった!!
監督はジェラール・ピレス、出演は、サミー・ナセリ、フレデリック・ディーファンタルの本当に楽しい映画。スピード違反で捕まったタクシー運転手が違反取り消しを条件に警察に協力することになる痛快カー・アクション。迫力満点のカー・チェイスや銃撃戦など見どころ満載!
フランスの港町マルセイユ。スピード狂のダニエル(サミー・ナセリ)は、恋人リリー(マリオン・コティヤール)との生活を始めるために、趣味と実益を兼ねたタクシー運転手の仕事を始める。ダニエルは改造車を猛スピードで走らせるので、警察は彼をスピード違反として呼び止めることさえできない。一方、マザコン気味の新米刑事エミリアン(フレデリック・ディーファンタル)は、8回も運転免許試験に落ち続け、何をやっても失敗ばかり。美貌の上司ペトラ(エマ・シェーベルイ)に夢中だが、全く相手にされない。そんなある日、ダニエルの初めての客カミーユ(マニュエラ・グラリー)が、エミリアンの母親だったことがきっかけで、刑事だと知らずにエミリアンを乗せたダニエルは、得意のスピード全開で車を走らせる。彼こそスピード違反常習者のタクシー運転手だと気づいたエミリアンは、ある取引を思いつく。目下署内で一番の問題になっている、ベンツに乗った銀行強盗団メルセデスを逮捕するのにダニエルの才能を借りて、見事逮捕にこぎつけたあかつきには、免許証を返すというものだ。かくしてダニエルとエミリアンはコンビを組み、メルセデス逮捕を目指す。しかし敵は手ごわく、一筋縄ではいかない。ドジなエミリアンの力では中々つかまえられなかった。だがダニエルが主動権を握ると、ことは良い方へ動き出す。メルセデスを挑発し、まんまと街中へおびき出したダニエルとエミリアンは、時速250キロの派手なカー・チェイスを繰り広げながら、マルセイユ中を駆け抜けていく。激しいデッドヒートの末、見事メルセデスを逮捕。ふたりは勲章をもらい、ペトラはエミリアンのことを見直した。そしてダニエルは警察後援のF1レーサーになるのだった。