ただ、生きて暮らす

ウサギというものはとても食べる動物だと思う。雪の厚く積もったこの時期に草を確保するのはとても難しい。雪を掻き分けて凍った葉っぱや枯れ草を両手一杯に集めて与えても、彼らは瞬く間に食べ尽くす。さすが草食動物だ。草だけで体を維持するというのはこういうことなのだろう。
だからこの冬の私の懸案はウサギの餌の確保だった。もちろんカボチャやジャガイモはストックがあるし適度にやれば彼らも喜んで食べるのだが、やはり主食である草は必要だろう。野生のウサギは冬の間雪を掘って草を食べているという。
そこで今日動物たちの餌を頂きに街に出た。往復30kmの道のりは断食中の身には少々疲れる。けれどそのお陰で嬉しいことに猫たちの魚のあらの他にキャベツの外皮を一箱頂けた。これで彼らに美味しい餌を食べさせれる！本当にありがたい。

断食５日目にしてやっと体の調子が戻ってきた。
やり始めは一時的に体がだるくなっても、今までは３日くらいすればかえって楽になるものだった。しかし今回の断食ではなぜか３日、４日と経つごとに体調が思わしくなくなる。寝た状態から起きる時に軽い立ちくらみがする。また４日目の朝起きたらなぜか突然右腿の外側がべったりと痺れていた。いくら考えても原因が見当たらないし過去の記憶でも思い当たるものや似た症状も無い。
しかし今朝になったらその痺れは半減していた。嘘のように立ちくらみもほとんど無くなりなんだか体調がいい。体というのはこんなにもコロコロと変わるものなのか。
体中の皮膚は内側にペタリと貼り付いている。風呂などに入ると水圧もあるのだろう、鳩尾から下腹部にかけてべコリと凹む。元々脂肪の無い体だったがそのどこからエネルギーを燃焼させているのだろう。
そういえば目もだいぶ良くなった。散歩の時に見渡せば今まで見えなかった遠くのものや看板の文字などが見える。寝ていると顔の上半分が引き連れたような感じになるけれど、きっとその間に治ろうとしているのだろう。ものが見えるということはとても嬉しい。景色は鮮やかだしすべてが美しく思えてしまう。このままひと月も断食していたらもしかして幼い頃の視力に戻るだろうか。・・・

しかしさすがにスタミナは無くなった。スヌーピーとの朝の散歩がしんどい。何かやるごとに間にひと休みを繰り返している。一度立ち上がってしまえば何でもできるのだけれどやはり力を使うと息が上がる。

私は自分では決して突出した健康志向の人間ではないと思ってるし、また今まで人並み以上に健康を害していたわけでもなかった。
ただ自分が今居るここで生きて暮らそうと精一杯なだけである。僅かな手持ちのお金を数え明日のことを気にしている。経済的な基盤を失ってからは将来自分はどういう生き方をしてるんだろうと思えどまったく見当がつかない。つかな過ぎて将来設計など考えることさえとうに辞めてしまった。
人並みの食べものが無かったから食べずに過ごしたし、また人の食べない屑や野草を食べてきた。お金が無かったから買わずに済ませた。だから私のこのような暮らしは「暮らす」ために全能力を使い尽くして行う真剣なものだった。同じようでいて世に自給自足を標榜している人はたくさんいるが、そのほとんどは趣味の域を出ていない場合が多い。

そう、ただ何の巡り会わせか私は今こんな暮らしをしている。日常に食べる量は都会にいた頃の半分になり食するもののおおよそ90％は自家製。肉や魚はたまにしか食べないがこの頃はさして食べたいとも思わなくなった。食堂やコンビニに入ることなど滅多に無い。
そして今このような体であることをありがたく思う。断食は人によってはかなりの危険を伴う行為だ。だから初めてする人はいきなり無理をせず、一日単位での軽いものから入るか、どこかの断食会に参加した方がいいと思う。いや本当は断食などする以前にすべき食のコントロールはたくさんある。私たちの体の内部は外側以上に個体差があるのだと思う。似たような外観を持っているからといって誰もが同じ適応力を持っているわけではない。
元々自身を健康だと自負してきた私だけれど、今になってやっと５日間なりの断食に耐えられる体になったんだなと思う。

さて明日は味噌を仕込む。我が家での味噌の消費量はかなりのものだけれど、それを将来自給できれば素晴らしい。自分で育てた豆、それと天日塩で長期熟成味噌を作ってみよう。ただ麹だけはなんだか作るのが面倒なので今日市販のものを買ってきた。

夜寝床に横になると食べものや酒のことがウワッと頭に押しかける。ああ、あれも食べたい。これも飲みたい。ようし！断食が終わったら飲むぞ～う！そんなことを考えながらいつしか眠りに落ちている。




【写真は雪に埋もれた猫家】