アグリコ日記

岩手の山里で自給自足的な暮らしをしています。

ネオニコチノイド

2010-12-03 17:35:40 | 思い
 農薬の歴史を大雑把に言うならば、「薬が開発される」⇒「使ってみたら人体や環境に非常に有害」⇒「製造中止・新たな農薬の開発」⇒「またとんでもなく有害」の繰り返し、と言うことができる。
 また「使ってるうちにだんだん効かなくなる」⇒「量を多くする」⇒「やはり効かないので更に増やす」⇒「もっと増やす」・・・という悪循環の側面も見逃すことはできない。後者のこれを俗に「農薬ジレンマ」と呼んだりするが、これは実のところ、地球の生命体が人類によって即効的に絶滅してしまわないよう、必死になって抵抗性を身につけている営みに他ならない。これは薬をふっている農業者にとってはなんとも苛立たしいことかもしれないが、このことによって植物なり昆虫なりが簡単に死に絶えてしまえば、連鎖的にすべての生物(もちろんヒトも含む)が遠からず滅亡してしまうのである。きっと草や虫たちは、「愚かなヒトたちの尻ぬぐいをするのも楽じゃないよ」と言ってるに違いない。彼らは地球上の全生物のために頑張っているのだ。
 農薬にはたくさんの種類がある。例えば有効成分で分類すれば、殺虫剤には、有機リン系、ピレストロイド系、カーバメート系、有機塩素系、ネライストキシン系、等など。これら人間が開発した殺虫剤のほとんどは、「動物の神経系に作用する」という特性を持っている。これは農作物に被害を与えないために大切なことなのだが、しかし半面、虫のみならず人間にも同じ毒性を持つことを意味する。昆虫の神経系とヒトの神経系は、その構造上本質的に差がないからである。
 さて、これら殺虫剤は、どのような使われ方をしてきたのだろうか。まず日本においては、化学合成農薬が本格的に使われだしたのは戦後のこと。ご存じDDT、BHCに代表される有機塩素系殺虫剤。しかしこれら有機塩素系農薬はあまりの残留性、魚毒性などの点で使用禁止が相次ぎ、有機リン剤に置き換わっていった。しかしその有機リン系も、パラチオンなどの急性毒性の高い薬剤(まま自殺や犯罪に使われた)は姿を消し、その後低薬量で幅広い種類の害虫に有効なピレスロイド系が普及していった。
 それとは別にカーバメート系薬剤も古くから使われたが、現在の国内での主流は有機リン系・ピレスロイド系が占めている。それに加えて近年開発された新しい殺虫作用を持つネオニコチノイド系、マクロライド系などが加えられる。これが大まかに見た国内の殺虫剤の変遷である。
 DDT、BHC、パラチオン、ヘプタクロル、PCP、水銀剤、エンドリン、メタミドホス、ホリド-ルなど今まで使用され、その後禁止された薬剤は、今となって見ればいずれも人体や環境にとんでもない毒性を示すものだった。でもそれらは禁止されるまで、まるでそんなこと考えない多数の農民の手によって何年、何十年にもわたり大量に撒かれ続けたのである。これらによって世界中で何千万人の人が病院に送られ、カメやワニ、タカや海鳥などの多くの種が地域的または全世界的な絶滅に追いやられた。そのダメージはもうこの先幾ら頑張っても取り戻すことができない。散布後数十年経った今でさえも、それらは土中や人体、環境中に残留し続けている。
 しかし残念ながら人類は、そこから学ぶことをしない。いや、わざと見ないふりをし、目先の利に走ってるというべきか。厳密に言えば今使われている薬剤のどれをとっても、やはり人体や環境に対する害悪は十分に検証されてはいない。来る年ごとに新たな薬害被害の報告が次々と寄せられて、まるで新薬の人体実験を実地に繰り返しているみたいだ。
 今回はそれら危険な農薬の一つ、最近さまざまな角度から脚光を浴びてきた「ネオニコチノイド系農薬」について見てみよう。

 まず「ネオニコチノイド」とはどういったものかについてだが、
タバコ葉に含まれるアルカロイドのニコチンとその類縁物質はニコチノイドとよばれ、殺虫作用がある。新たな殺虫剤として、ニコチノイドの構造をもとに化学合成されたのが、ネオニコチノイド(系)とよばれる化学物質である。

 つまり「ニコチン」の兄弟のような物質である。化学構造が酷似しているので、当然その作用もほぼ同一である。一言で言えば、タバコに含まれるニコチンの、急性毒性を抑えて農薬登録許可されやすいようにモデルチェンジしたモノと言える。ちなみに「ニコチン」とは、天然由来の即効性で非常に強い神経毒性を持つ依存性物質で、半数致死量が人で0.5mg~1.0mg/kg、つまり青酸カリの倍以上に匹敵する猛毒である。タバコは、これを商品化したものである。
 タバコの葉を水に浸してニコチノイドを抽出したタバコ水は、古くから殺虫剤として使われていた。日本でもかつて「硫酸ニコチン」が農薬登録されていたこともある。しかし人畜に対する毒性の高さや、選択性に問題があること、発がん性があることなどから広くは使われないできた。
 しかし新しく開発された「ネオニコチノイド」は、急性毒性が低く、水溶性、無味・無臭である。折から有機リン系殺虫剤による健康被害や、昆虫の薬剤抵抗性の上昇によって農薬販売に暗い影が投げかけられていた農薬業界にとっては、「渡りに船」の存在となった。そこでこの新薬の長所だけをクローズアップして大々的に宣伝した。1991年クロロニコチル系(ニコチノイド系と同義)殺虫剤「イミダクロプリド」(商品名「アドマイヤ-」)の発売。今からおよそ20年前である。ちなみにこの商品の創出者には、2004年に農林水産大臣賞が贈られている。
 今やこのネオニコチノイドは、一般家庭用から農業用(ダントツ、スタークル、アドマイヤー、ベストガードなど)、松くい虫対策(マツグリーンなど)、シロアリ駆除、ペットのシラミ・ノミ取り、ゴキブリ駆除、スプレー殺虫剤、新築住宅の化学建材など広範囲に使用されるようになった。農薬として世界100カ国以上で販売されていて、「恐らく地球規模で最も大量に使用されている殺虫剤」だと言う人もいる。まったく彗星のように現れ、瞬く間に世界を席巻しかけている。しかしこの農薬、実はいまだ十分な実験がなされておらず、公表されたデータが著しく少ない。つまり環境や人体への影響はほとんど未解明のままなのである。

 例のごとく「使ってみて初めてわかった」ことだったが、ニコチノイドを撒いていたら、いつの間にかミツバチがいなくなっていた。この件については国内では岩手県の事例が有名である。
 2005年 9月28日に岩手県養蜂組合が組合員のミツバチが大量死したのは農薬散布が原因だとして県と全農県本部に損害賠償を求めることを組合の理事会で決定した。組合によると胆江地域を中心に700群のミツバチが死亡しているという。この時期はイネのカメムシ防除のためにネオニコチノイドが広域に散布された時期と重なり、組合は農薬散布が大量死の原因であるとしている。
 県や養蜂組合の分析によると、ミツバチの致死量に近い値のカメムシ防除に用いたネオニコチノイド殺虫剤クロチアニジンが巣や死んだミツバチから検出されている。

 1990年代初頭から報告された「蜂群崩壊症候群」(Colony Collapse Disorder:CCD)は今や全世界に波及しつつあり、米国では僅か半年で飼われているミツバチの4分の1が消失(2006年)、その他ベルギー、フランス、オランダ、ポーランド、ギリシア、イタリア、ポルトガル、スペインなど欧州全土が同様の現象に見舞われた。原因としてはさまざまな要因が疑われ、未だに解明できていない。ただ報告されたこれらの事件はすべて、その地域にてネオニコチノイド系農薬が使われてから起こりだしたという共通項を持っている。
 前出の岩手県の場合も養蜂業者は「ネオニコ系農薬が生れてからおかしくなってきた」「大量死の事例は過去にもあったが、8月になって発生することはなかった」「表面的にはウイルスやダニが直接原因だとしても、それはネオニコチノイドによってミツバチの免疫力が弱体化した結果」(いずれも岩手県盛岡市の藤原養蜂場場長・藤原誠太氏の談)と主張している。
「2007年の春までに、実に北半球のミツバチの四分の一が失踪したのである。」
(ローワン・ジェイコブセン著『ハチはなぜ大量死したのか』文芸春秋より )

 一方行政側では、相次ぐ行革やコスト削減の影響で、農業試験場や家畜保健衛生所に養蜂の専門家が雇用されておらず、このようなミツバチ被害に対応できる担当係官はいない。また製薬メーカー側もせっかく売り出した花形商品がとんでもない事態を引き起こしたなんていう事実を容易に認めたがらない(しかもこの商品は日本で開発され、開発者は大臣賞まで受賞しているのだ!)。これらのことが日本においてさっぱり原因の究明が進まない要因となっている。
 しかしそれ以外の国の対応は早い。フランス最高裁はいち早くミツバチ大量死の原因をネオニコチノイドと断定して使用禁止(2006年)。他オランダ、デンマーク、ドイツ、イタリア各国で一部または全部の使用禁止や流通禁止など次々と対処がなされている。米国では環境保護庁の農薬評価書で主因として認められながらも、今のところ政府と農薬企業との癒着構造で身動きが取れていない。
 肝心の日本では、今もってネオニコチノイドは野放し状態。原因究明はなされず、政府・農薬メーカー・農協のラインで実質農家がネオニコチノイドを「使わざるをえない」ような仕組みが作られている。しかも一般の農家はこの薬剤の毒性に極めて関心が薄い。使用して被害を蒙るのは一に生物、二に散布周辺農家なのだが、どちらも「モノ言わぬ存在」なので推進派としてはまことに扱いやすい。
 これに対して、「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」では、2010年2月に「ネオニコチノイド系農薬の使用中止等を求める緊急提言」を取りまとめた。そして3月から、衆議院、参議院議員に対する政策提言の申し入れ、農林水産省や厚生労働省などとの意見交換を始めているところである。

 ミツバチがいなくなるということは、単に養蜂業者の経営圧迫に留まらない重大な問題を内包している。実は蜂は、地上の植物の受粉に決定的な役割を担っているのである。
 人類の食糧全体の3分の1は昆虫の介在による受粉で実る植物(虫媒植物)に依存している。そしてその内の80%の受粉はミツバチが担っている。だから、もしこのままミツバチが減少して行くのなら、農業、そして人類は深刻なダメージを受けてしまう。
 例えばミツバチによる受粉が必要な作物には、リンゴ、桃、梨、栗、梅、杏、オレンジ、プルーン、プラム、キーウィ、サクランボ、イチゴ、メロン、マンゴー、ブルーベリー、ライチ、大豆、アボガド、キャベツ、スイカ、キュウリ、トマト、ナス、カボチャ、タマネギ、アーモンドなど100種類以上。これらはミツバチがいなくなることによって生殖行為ができない。つまり実を結ばないどころか子孫を残せなくなってしまう。
 実際、ミツバチの利用の中で農作物の花粉交配効果は、今や直接養蜂生産物(蜂蜜、ローヤルゼリー、蜂ろう)よりも経済貢献度が遥かに大きい。養蜂業の収益から見ても全体の98%を占めている。
 ミツバチは自然環境の変化を真っ先に感知する「環境指標生物」であり、生態系の中では「キーストーン種」と位置づけられている。これは生物群集の中で、その生物種が欠けると生物群集全体や生態系に大きな影響が生じるような種のことをいう。ミツバチがいなくなると植物も少なくなり、その植物を食べる動物も少なくなり、最終的には生態系のトップに位置する人間も絶滅に瀕することになるだろう。
 「ミツバチが絶滅したら、人類は4年で滅亡する」という言葉がある。この話をアインシュタインが言ったというのは眉唾ものかもしれないが、話の中身はあながち出鱈目でもない。数年かどうかはともかくとして、ミツバチがすっぽりといなくなってしまえば、おそらく地上の植物種は半減(八割減という説もある)し、ヒトはたちまち飢餓状態に陥る。少なくともミツバチ異変が、昨今の農産物収穫の不安定要因になっていないという保証はない。

 またニコチノイドの特徴的性質として、「強力な拡散性」がある。例えば有機リン系のフェニトロチオン(商品名「スミチオン」)が数100m範囲で拡散するのに対し、ネオニコチノイドは半径4km四方に霧状に拡散する。そのエリアではミツバチなのみらず、人間もあらゆる動物種もネオニコチノイドに触れるのである。ましてや空中ヘリで散布すれば、範囲は更に広がる。
 ネオニコチノイド系農薬の容器には「注意書き」として「ミツバチやカイコを飼っている場所では使用しないこと」と記載されている。しかし、農家が4km四方でミツバチやカイコを飼っているかどうか調べて散布しているわけがない。また養蜂家は日々花を追って日本列島を旅しているので、彼らの所在を把握し続けることは不可能に近い。更に何よりも、この注意書きには肝心の「人間がいる場所」という文字が抜けている。
 例えば従来の農薬に比べてネオニコチノイドの放散距離が30倍だとしてみよう。すると拡散面積はほぼ1000倍にもなる。今までの千倍の国土が冒されているのである。日本の場合、北海道の寒冷地と都心地帯を除いて、ほとんどの住宅の半径4km以内に水田の一枚くらいはあるだろう。つまりネオニコチノイドを使うことによって、ほぼ全国民と人とともに生きてきた生物たちが農薬被爆を受けることになった。
 湧き水や、山からくみ出した自然水も汚染の例外ではない。またネオニコチノイドは水溶性なので土壌深いところに浸透し蓄積する。そこから作物の根を通じて吸収されるので、洗っても落ちない。また生物種の中で最大の被害を受けるのはミミズだろうと言われている。ミミズの死滅は、土の肥沃化にとって致命的である。
 農薬の神経毒性を研究している青山美子医師(群馬県前橋市)らは、松枯れ防除のためのアセタミプリド(やはりニコチノイド系農薬)の空中散布後に、それが原因と思われる、胸部症状、頭痛、吐き気、めまい、もの忘れ、四肢脱力等の自覚症状、頻脈、徐脈等の心電図異常が見られる患者が相次いで訪れるようになったと報告している。エリートサラリーマンが方向感覚を失って会社にたどり着けなくなったり、OLが具合悪くなって這ってやってきたという症例は、心電図が同じパターンで乱れていたという。
 同じ神経毒性でも、有機リン系が行動を促進する方向に働くのに対して、ネオニコチノイド系は神経伝達を阻害して行動抑制的に働く。だから蜂は巣に帰れず、人間はうつ病や引きこもりになってしまう。青山医師は、最近のうつ、引きこもり、自殺急増の背景には、ネオニコチノイドの影響の可能性があると指摘している。
 青山医師によると、農薬散布時期以外でも、お茶や果物などアセタミプリドが残留している食品摂取により同じような症状を訴える患者が来院しており、このような患者は年間150人~200人にも及んでいるとのこと。特にリンゴを常食している人、ペットボトルのお茶や天然水をがぶ飲みしている人に神経症状が顕れていると明言している。この新薬のおかげで、今や天然水も農作物も、非常に危険になってしまった。
 ネオニコチノイドは動物体内に入ると、神経伝達物質であるアセチルコリンが受容体に接合する阻害剤として機能する。この神経系の仕組みは昆虫もヒトも同じなので、ネオニコチノイド系農薬はニコチンと同様、確実にヒトへも作用する。自律神経や脳への影響、とりわけ胎児・小児などの脆弱な発達脳への影響は甚大と考えられる。
 タバコを吸う人が、平静はまともな思考力を持っている場合でも、いざタバコをやめてくれという話になるとまるで常軌を失ったように依怙地でむきになるのは、あながちニコチンの中毒性ばかりが原因ではない。このニコチン系統の薬剤が有している「神経系を冒す」働きがその行為を助長しているのではないだろうか。
 前述のように殺虫剤はなべて神経毒性を持っているので、農薬の中毒症状がまま老人ボケや痴呆症のような形で顕れることは従来から知られていた。しかし「農薬被爆」という観点から見ない限り、通常このような症状が農薬と結びついて診断されることはまったくない。ここに農薬に限らず「化学物質」の怖さがある。大部分の事例は別の原因、または原因不明として片づけられてしまうのである。特に他の薬剤より30倍という拡散力を持つネオニコチノイドは、ミツバチのみならず各地でさまざまな障害を起こしているにしても、おそらく本当の原因が未解明のまま放置されているのではなかろうか。
 以下に現在までに確認された、代表的ネオニコチノイド系農薬「イミダクロプリド」の生物への危険性を、参考までに列記しておこう。
急性毒性:実験動物では無気力、呼吸困難、運動失調、体重低下、痙攣など
生殖障害:妊娠動物では流産や低体重仔が増える
遺伝子損傷:作物に遺伝子損傷の一種増加
鳥類被害:ある種の鳥類に急性毒性
水生動物:エビや甲殻類は60ppbで死滅。小エビは1ppbという超低濃度で成長阻害
土壌汚染:米国の野外テストでは土壌中を移動しつつ水質汚染源となる可能性あり
農薬耐性:米国でコロラドポテト甲虫が、2年で耐性獲得
(「農薬改良ジャーナル」2001年春号 第21巻No1より)

 使用後間もないのに既にこれほどまでの毒性が確認されている農薬も珍しいが、これをわが国・日本ではまったく規制されず、世界最大規模で撒き続けているのである。日本でのニコチノイド系農薬の使用量は、推定中国の100倍。しかも食品残留基準値はEUに比べて数十~数百倍甘い(ここにも、行政と農薬メーカーの癒着があると指摘されるゆえんがある)。このツケは必ず国民が払わされることになる、というより既にもう影響は出ている。
 かつて「人には低毒性・害虫には効果」「夢の新農薬」と謳われたネオニコチノイドは、実は悪魔の農薬だったのだろうか。私から言わせると、大部分の農薬そのものが「人間という悪魔」の所産であり、用法からしても性質から見ても、農薬というよりは農「毒」と呼ぶべきもののように思ってしまう。これはもちろんタバコの「ニコチン」も同列である。


【冒頭の写真はミツバチの顔のアップ。「へなちょこ写真ブログ」さんから無断借用させていただきました】
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