かつて、1935年から編纂の始った「日本少国民文庫・全16巻」は新潮社から2年間をかけて配本されたもの。
その第1回配本は、山本有三の「心に太陽を持て」だった。そしてこの「君たちはどう生きるか」は最後の配本であった。
これは山本有三が執筆する予定であり、16巻のなかで「倫理」についての本という役割を担っていました。
しかし、山本有三は病いのために書くことができず、この企画の編集主任だった吉野源三郎が書くことになったといういきさつがある。
この時代背景は……
1932年、満州事変。1937年、盧溝橋事件→中日事変。1945年、敗戦。
ヨーロッパでは……
ムッソリーニやヒットラーのファシズム政権の時代。
第2次世界大戦が世界中を覆う時代に、この本は出版されたことになります。
偏狭な国粋主義よりも、自由で豊かな文化を。ファシズムよりもヒューマニズムを。
この希望を少年少女たちに託した本だったというわけです。
はっきり言います。昔の出版社は偉い!今は大方「ランキング」で出版は動いている傾向にあるのはあまりにも貧しい。
以前に書いた「クオレ-愛の学校(上下) アミーチス」の日本版のような印象もありますが、
イタリアでの出版年は1886年。初邦訳は1902年(明治35年)ですから、この関係はわかりません。
主人公は中学2年生の本田潤一(コぺル君)。
2年前、大きな銀行の重役だった父親を亡くし、旧市内の邸宅から郊外の小さな家に引っ越してきました。
それでも、母親とばあやと女中さんとの4人暮らしの生活です。
近所には法学士である母親の弟が住んでいて、彼が「コぺル君」の精神的な成長を助けています。
中学校の友人には、正義感の強い北見君、大金持の水谷君、豆腐屋を営む両親を手伝いながら学校へ通う浦川君などがいます。
母親やおじさんに見守られながら、学校生活や友人の生活のなかから「コぺル君」は様々なことを考えるのでした。
それらに対して「おじさんのノート」が必ず答えて、さまざまな人間の生き方が書かれています。
大きな世界での自分の位置や存在について、あるいは「ナポレオン法典」の素晴らしさ、
それから友人関係における「正義」と「勇気」について、友人の貧富の差を超える友情などなど。
課題は尽きない。「コぺル君」は最後には「おじさんのノート」のように、
自らもノートを書くことをおじさんに約束するのでした。
話すことを書くことに変えることは、大きな成果ではないか?「コぺル君」の心と体の成長は草木のように健やかだ。
そして再度語りかけよう。「君たちはどう生きるか」と……。
最後には、丸山真男による『「君たちはどう生きるか」をめぐる回想―吉野さんの霊にささげる』という
詳細な長文も収録されています。しかも再掲にあたり丁寧な書きなおしと追記とが書かれています。
丸山真男のこの本に対する真剣な眼差しが見えるような文章でした。
(2009年第61刷・岩波書店刊)(初出版・1937年7月・新潮社刊)
その第1回配本は、山本有三の「心に太陽を持て」だった。そしてこの「君たちはどう生きるか」は最後の配本であった。
これは山本有三が執筆する予定であり、16巻のなかで「倫理」についての本という役割を担っていました。
しかし、山本有三は病いのために書くことができず、この企画の編集主任だった吉野源三郎が書くことになったといういきさつがある。
この時代背景は……
1932年、満州事変。1937年、盧溝橋事件→中日事変。1945年、敗戦。
ヨーロッパでは……
ムッソリーニやヒットラーのファシズム政権の時代。
第2次世界大戦が世界中を覆う時代に、この本は出版されたことになります。
偏狭な国粋主義よりも、自由で豊かな文化を。ファシズムよりもヒューマニズムを。
この希望を少年少女たちに託した本だったというわけです。
はっきり言います。昔の出版社は偉い!今は大方「ランキング」で出版は動いている傾向にあるのはあまりにも貧しい。
以前に書いた「クオレ-愛の学校(上下) アミーチス」の日本版のような印象もありますが、
イタリアでの出版年は1886年。初邦訳は1902年(明治35年)ですから、この関係はわかりません。
主人公は中学2年生の本田潤一(コぺル君)。
2年前、大きな銀行の重役だった父親を亡くし、旧市内の邸宅から郊外の小さな家に引っ越してきました。
それでも、母親とばあやと女中さんとの4人暮らしの生活です。
近所には法学士である母親の弟が住んでいて、彼が「コぺル君」の精神的な成長を助けています。
中学校の友人には、正義感の強い北見君、大金持の水谷君、豆腐屋を営む両親を手伝いながら学校へ通う浦川君などがいます。
母親やおじさんに見守られながら、学校生活や友人の生活のなかから「コぺル君」は様々なことを考えるのでした。
それらに対して「おじさんのノート」が必ず答えて、さまざまな人間の生き方が書かれています。
大きな世界での自分の位置や存在について、あるいは「ナポレオン法典」の素晴らしさ、
それから友人関係における「正義」と「勇気」について、友人の貧富の差を超える友情などなど。
課題は尽きない。「コぺル君」は最後には「おじさんのノート」のように、
自らもノートを書くことをおじさんに約束するのでした。
話すことを書くことに変えることは、大きな成果ではないか?「コぺル君」の心と体の成長は草木のように健やかだ。
そして再度語りかけよう。「君たちはどう生きるか」と……。
最後には、丸山真男による『「君たちはどう生きるか」をめぐる回想―吉野さんの霊にささげる』という
詳細な長文も収録されています。しかも再掲にあたり丁寧な書きなおしと追記とが書かれています。
丸山真男のこの本に対する真剣な眼差しが見えるような文章でした。
(2009年第61刷・岩波書店刊)(初出版・1937年7月・新潮社刊)
無い! ない! ナイ!
しかし、キッチンのボードには、ツェーザル・フライシュレンの祈り「心に太陽を持て」の拡大コピーが十年以上も貼ってある。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」と同じように、脳裏にしっかり刻まれている詩の一つ。
心に太陽を持つのは、人間が小さすぎて無理だが、詩を読んで、深呼吸するゆとりはいつでも持っていたい。
是非拝見したいものです。なんとか探してくださ~い!
http://www.hikoboshi.com/eba/inori/inori162Yamamoto.htm
わたくしの頭はいつでも酸欠状態みたいなので、これからは深呼吸します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%B3
確認したところ、整理する本の仲間とか。
やれやれ、初版本かどうかは、怪しくなってきた。
本はなるべく手放さないほうがいいようです。
わたくしは30代で自分の本棚を全部からっぽにした経験者です。
古本でしか手に入らない本は高価ですし、2度と手にはいらないものもあります。
文庫でロングセラーになっている本はまだ幸福ですね。