ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

老いというもの

2018-10-17 00:44:19 | Care
   

かつて、老いた両親の看護を三姉妹の三女の私が
たった一人で背負った時期があった。
父は医師の手の施しようもない末期の病故自宅へ帰された。
母の認知症は急速に進んでいた。
老父母の心身の限界は明らかだった。
しかし、老人施設に入れるのはあまりにも可哀想だ。
両親も行きたくないのだ。
その当時には、施設は病人は預からない。

誰もが逃れたい希望のない役目、私はを迷わずに受け入れた。
報酬のある仕事に追われている者に見捨てられた仕事を。

その時「老人施設があるだろう。そこに頼れ。」
と私に強く助言した者は、今は老いて、そして病んでいる。
「老人施設になど入りたくないなぁ。」とつぶやいている。
「入れる。」と私は一度も言っていない。

私は絶句する。 沈黙する。
いつか私も倒れる日がくるだろう。
そこから目を逸らしているのは誰だ?
「老い」とは身勝手になることではないだろう。


こんなこと書きたくないけれど、一つの記録としよう。
コメント   この記事についてブログを書く
« 退院記念日 | トップ | 十日月 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Care」カテゴリの最新記事