語り部:塩の湖 その5
法術師は笑った。
「王子よ、怖いのですか」
王子は言った。
「お前は常に神のご意志にはすべて道理があると言っていたではないか。それなのに、今になって盾突く言葉を述べるとは」
「私がそのようなことを申しましたか?」
「これは天の意だ、それも天の意だと、いつも言っていたではないか。」
「天はすべてのものに道理があるとお考えですが、地上の人間はそうは受け取りません。そうでなければ、一つの国には塩を与え、もう一つの国には何も与えない、などということはあり得ないでしょう」
「それはお前の言葉ではないようだ」
「それは偉大な国王サタン、あなたの父君の言葉です」
「お前は父上を諌めるべきだった。そのようなことを言ってはならぬ、と」
「私はお諌めしませんでした。なぜなら、国王の考えは正しかったからです」
「神が聞いたらお喜びにならないだろう」
「それなら、喜ばない者がいることを神に知らせるべきでしょう」
神を怒らせてはならないことは、法術師は王子より良く分かっていた。
だが、塩の湖に積み上げられた、この地の人にとって使い道のない、だが、ジャン国の民には手に入れる術のない塩を見た時、怒りを覚えたのだ。
彼は王子に背を向け、意志も、特別な配慮も示そうとしない神に向かって再び叫んだ。
「あなたは不公平です、天よ」
叫び声がまだ湖面を揺蕩っているうちに、雲一つない空から激しい雷鳴が響き、湖畔にいるこの狂った者に稲妻が突き刺さった。
倒れた瞬間、彼の開かれたままの口は塩で一杯になった。
岸に打ち寄せる波はひたひたと音を立て、まるで得意げな笑い声のようだった。
雷に焼かれた死体は耐え難いほどに焦げた匂いを発した。
死体は塩の山に横たわっていたが、それでも強い腐臭を漂わせた。
王子は心から恐れた。
神とは一部の人を助けるが、それ以外の人は助けないのだろうか。
彼はこれ以上考え続けたくなかった。
不可能を知らぬ神が自分の考えを見通すのではないかと恐れた。
だがこの疑問は頭から離れることはなかった。
頭の中はまるで暗い沼地のようで、そこから湧き上がる泡は破裂したかと思うと、また他の場所からボコっという音と共に湧き出してくる。
眠れぬ夜、王子は絶えず頭をもたげようとするこの疑問と戦った。
次の日、鎧兜に身を包んでも、この疑問は頭の中に居座っていて、いくら追い払っても消えなかった。
そのため、剣を交えながらも、無意識のうちに天を見上げた。
戦いを挑んで来たシンバメルツは言った。
「天を仰ぐ必要はない。神はそなたを助けはしない。神はリンと共にある」
この言葉を聞くや否や、王子の心に怒りが燃え上がった。
刀を揚げ、馬に鞭うち、真っ直ぐにシンバメルツを倒すべく向かって行った。
だが、年老いた英雄は馬を牽いて王子を避けた。
古くからの英雄は言った。
「それがしはケサル大王の命を受け、おぬしと話をしに参ったのだ」
「ケサルはお前の王ではないだろう」
「今は私の王だ」
「この裏切り者!天は許しはしないぞ」
言いながら王子は馬を鞭打って向かって行った。
この時、シンバメルツは避けもせず、言った。
「世の流れを御存じないのか。天がそなたを助けるか、我々を助けるか、見るがよい」
二人が馬上で戦い始めて間もなく、神はもうそこに現れていた。
神々はシンバメルツがユラトジに敵わないと見て取り、そこで、石を積む山神が山を運んで来たが、ユラトジを押さえつけることは出来なかった。
背の高い山神もやって来たがユラトジを鎮めることは出来なかった。
最後に近くや遠くから三人の山神も加わり、五つの山の重さによって、やっとユラトジの動きを封じ込めた。
シンバメルツは心苦しくも、腕ほども太く羊の腸のように長い綱で、右から左からしっかりと縛り上げた。
「若い英雄よ、そなたを殺すつもりはない。ケサル大王の元へ連れて行く。だが恐れなくともよい。そなたのような若い英雄を、ケサル王は傷つけたりはしない」
王子は顔を上げて叫んだ。
「空を飛ぶ雄の鷹よ、南へ飛んで行き、父王に告げよ。息子ユラトジはジャンの民のために塩の海を奪えず、リンの手によって命を落とした、と」
道すがら、シンバメルツは恥入りながらも王子を慰めた。
「英明な国王は絶対にそなたを殺すことはないぞ」
果たして、ケサルはユラトジを一目見るなり、心の真っ直ぐな人物だと知り、喜んだ。
だがやはり彼が充分に勇敢かどうか試さなくてはならない。
「そなたは王子でありながら、国に留まらず、我が国の塩の湖を盗みに来た。そなたを神の前に差し出さなくてはならない」
「王子として、この体と命は私だけのものではない。ジャンの民のためなら死んでも憂いはない」
ケサルはこの言葉を聞くと、即座に表情を輝かせた。
「このように英明な王が子いることは、ジャン国の幸せだ。このケサルが魔物を降すのは、民の苦しみを除くためであり、心から愛するのは、お前のような勇敢で心の真っ直ぐな者だ。そなたのような王子がいれば、ジャンの民はより多くの幸せを手にするだろう」
言い終ると、王座から降りて自ら王子の縄を解いた。
王子は尋ねた。
「ジャンの民に塩を下さるおつもりですか」
「そなたが軍を率いて北上した道は、これからは塩の路となるだろう」
ケサルは言った。
「それだけではない、英明で正直な王子を彼らの総統としよう」
王子は尋ねた。
「では父は」
「彼は退位して天に詫びなくてはならない」
法術師は笑った。
「王子よ、怖いのですか」
王子は言った。
「お前は常に神のご意志にはすべて道理があると言っていたではないか。それなのに、今になって盾突く言葉を述べるとは」
「私がそのようなことを申しましたか?」
「これは天の意だ、それも天の意だと、いつも言っていたではないか。」
「天はすべてのものに道理があるとお考えですが、地上の人間はそうは受け取りません。そうでなければ、一つの国には塩を与え、もう一つの国には何も与えない、などということはあり得ないでしょう」
「それはお前の言葉ではないようだ」
「それは偉大な国王サタン、あなたの父君の言葉です」
「お前は父上を諌めるべきだった。そのようなことを言ってはならぬ、と」
「私はお諌めしませんでした。なぜなら、国王の考えは正しかったからです」
「神が聞いたらお喜びにならないだろう」
「それなら、喜ばない者がいることを神に知らせるべきでしょう」
神を怒らせてはならないことは、法術師は王子より良く分かっていた。
だが、塩の湖に積み上げられた、この地の人にとって使い道のない、だが、ジャン国の民には手に入れる術のない塩を見た時、怒りを覚えたのだ。
彼は王子に背を向け、意志も、特別な配慮も示そうとしない神に向かって再び叫んだ。
「あなたは不公平です、天よ」
叫び声がまだ湖面を揺蕩っているうちに、雲一つない空から激しい雷鳴が響き、湖畔にいるこの狂った者に稲妻が突き刺さった。
倒れた瞬間、彼の開かれたままの口は塩で一杯になった。
岸に打ち寄せる波はひたひたと音を立て、まるで得意げな笑い声のようだった。
雷に焼かれた死体は耐え難いほどに焦げた匂いを発した。
死体は塩の山に横たわっていたが、それでも強い腐臭を漂わせた。
王子は心から恐れた。
神とは一部の人を助けるが、それ以外の人は助けないのだろうか。
彼はこれ以上考え続けたくなかった。
不可能を知らぬ神が自分の考えを見通すのではないかと恐れた。
だがこの疑問は頭から離れることはなかった。
頭の中はまるで暗い沼地のようで、そこから湧き上がる泡は破裂したかと思うと、また他の場所からボコっという音と共に湧き出してくる。
眠れぬ夜、王子は絶えず頭をもたげようとするこの疑問と戦った。
次の日、鎧兜に身を包んでも、この疑問は頭の中に居座っていて、いくら追い払っても消えなかった。
そのため、剣を交えながらも、無意識のうちに天を見上げた。
戦いを挑んで来たシンバメルツは言った。
「天を仰ぐ必要はない。神はそなたを助けはしない。神はリンと共にある」
この言葉を聞くや否や、王子の心に怒りが燃え上がった。
刀を揚げ、馬に鞭うち、真っ直ぐにシンバメルツを倒すべく向かって行った。
だが、年老いた英雄は馬を牽いて王子を避けた。
古くからの英雄は言った。
「それがしはケサル大王の命を受け、おぬしと話をしに参ったのだ」
「ケサルはお前の王ではないだろう」
「今は私の王だ」
「この裏切り者!天は許しはしないぞ」
言いながら王子は馬を鞭打って向かって行った。
この時、シンバメルツは避けもせず、言った。
「世の流れを御存じないのか。天がそなたを助けるか、我々を助けるか、見るがよい」
二人が馬上で戦い始めて間もなく、神はもうそこに現れていた。
神々はシンバメルツがユラトジに敵わないと見て取り、そこで、石を積む山神が山を運んで来たが、ユラトジを押さえつけることは出来なかった。
背の高い山神もやって来たがユラトジを鎮めることは出来なかった。
最後に近くや遠くから三人の山神も加わり、五つの山の重さによって、やっとユラトジの動きを封じ込めた。
シンバメルツは心苦しくも、腕ほども太く羊の腸のように長い綱で、右から左からしっかりと縛り上げた。
「若い英雄よ、そなたを殺すつもりはない。ケサル大王の元へ連れて行く。だが恐れなくともよい。そなたのような若い英雄を、ケサル王は傷つけたりはしない」
王子は顔を上げて叫んだ。
「空を飛ぶ雄の鷹よ、南へ飛んで行き、父王に告げよ。息子ユラトジはジャンの民のために塩の海を奪えず、リンの手によって命を落とした、と」
道すがら、シンバメルツは恥入りながらも王子を慰めた。
「英明な国王は絶対にそなたを殺すことはないぞ」
果たして、ケサルはユラトジを一目見るなり、心の真っ直ぐな人物だと知り、喜んだ。
だがやはり彼が充分に勇敢かどうか試さなくてはならない。
「そなたは王子でありながら、国に留まらず、我が国の塩の湖を盗みに来た。そなたを神の前に差し出さなくてはならない」
「王子として、この体と命は私だけのものではない。ジャンの民のためなら死んでも憂いはない」
ケサルはこの言葉を聞くと、即座に表情を輝かせた。
「このように英明な王が子いることは、ジャン国の幸せだ。このケサルが魔物を降すのは、民の苦しみを除くためであり、心から愛するのは、お前のような勇敢で心の真っ直ぐな者だ。そなたのような王子がいれば、ジャンの民はより多くの幸せを手にするだろう」
言い終ると、王座から降りて自ら王子の縄を解いた。
王子は尋ねた。
「ジャンの民に塩を下さるおつもりですか」
「そなたが軍を率いて北上した道は、これからは塩の路となるだろう」
ケサルは言った。
「それだけではない、英明で正直な王子を彼らの総統としよう」
王子は尋ねた。
「では父は」
「彼は退位して天に詫びなくてはならない」