BIN山本の『映画にも程がある』

好きな古本との出会いと別れのエピソード、映画やテレビ、社会一般への痛烈なかくかくしかじか・・・

シャシン

2021年08月16日 | 古本
年輩の映画にかかわるお歴々には映画を〔シャシン〕という呼ぶ方が多い。アタシがバイトしていた札幌東映の映写技師さん達も
そうだった。よくフイルム倉庫に休憩しにきた時、今度のシャシンは何々だなどと話していた。映画業界には特別な隠語や言い方
が多い。それに慣れないと一人前扱いされなかった。
また今では例外を除いてほとんど同時録音だが、フィルム撮影時代が多かった時代はそれを〔シンクロ〕と言った。同時録音カメラ
を使うか、ナグラなどの高性能テープレコーダーを使う。その時カメラから出るパルスをレコーダーにも録音してシンクロさせる。
稀に何かの事情で〔アフレコ〕(アフターレコーディングのこと)のなる場合がある。屋外でOKテークにサイレンの音が入ってしま
ったとか、極端に騒音の多い所でのセリフなどは音声さん泣かせだ。ちなみに映像業界では音の収録スタッフを〔音声〕さんという事
がほとんど、これに対してホールなど屋内の音スタッフは〔音響〕さんという。屋外でのライブなどは〔PA〕さんいというケースが
多い。そのほか映像業界独特の言い回しや隠語があるが、それを語るときりがない。

さて後藤 浩滋さんは1960年代から70年代は盛んに、また80年90年代までも東映のプロデューサーとしていわゆるシャシンを
プロデューサーとして仕切った人物。知らなかったが女優〔藤 純子〕さんの実父でもある。任侠映画を多く手掛けたがヤクザの杯は受け
なかったもののそのスジとの付き合いは多い。クレジットの名が出なかったシャシンもそれなりにあるのだと。
その人物を山根 貞男さんが聞き書きとして1冊にした。写真も多く、またアタシらには懐かしい役者の名も多く出ている。アタシは
任侠映画は特別好きでもなく、そんなには観ていないがパターンは大概決まっている。まあ呆れるほどの本数を年間量産していた時代
の古い名プロデューサー。それらの逸話を読むのも一興かも知れん。
 「任侠映画伝」 著者 後藤 浩滋・山根 貞男  講談社 定価2000円+税
  ( 1998年2月1日 第1刷発行 )

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