BIN山本の『映画にも程がある』

好きな古本との出会いと別れのエピソード、映画やテレビ、社会一般への痛烈なかくかくしかじか・・・

嫌です・・・

2009年03月31日 | 古本
 2分の1系古本屋さんで、天童 荒太著「悼む人」が
定価1619円+税のところ1480円で売られている。
これは客の足元をみた売価で、全く潔さがない所業だ。
どんなに売れ筋の新刊でも1/2を標榜するなら、それを頑なに守って欲しい。
一方こんなことで 相殺みたいな。(他店で)

 読者カードの差出有効期間が、まだ3ヶ月以上残っている。帯が付いていて、
汚れも無い。流通上の事情なのか、2009年2月10日第3刷ピカピカの新刊
がすでに百円だ。信じられないが一も二もなくこれは買いだ。
 喜多條 忠さんの自伝的小説だろうか、長すぎるのと少々粗い書き様だがそれを
補って余りある。これは自分勝手流新無頼派作家の出現だろうか。年端もいかな
いガキ作家を誉めるなら、この作品に芥川賞をあげてもいい。(直木賞にあらず)
  「俺はお前を女房にして不幸にしてやる。(・・・)不幸が嫌なのか」
  「嫌です」(・・・)
  「俺と一緒に不幸になれ。きっと楽しい」 -本文からー
 これはもう芥川賞だと思うが、はて・・・。
しかし、嫌という字は女と兼ねるだ。 ウムー??? 笑。

 「女房逃ゲレバ猫アデモ」著者 喜多條 忠 幻戯書房 定価1800円+税
  ( 2009年2月10日 第3刷  ※第1刷は08年10月 )
※発行者の名に、辺見 じゅん とある。すると辺見じゅんさんが出版社を始めた
 のだろうか。最新刊の本書が百円になった事情と関係はありや?

微熱映画団

2009年03月27日 | 古本
 らしくない一団の棚に紛れていて、見逃していた。
なぜあのコーナーに置かれていたかは分からない。
古い参考書や、各種資格教材系の棚に在ったのだ。
まぁしかし、それ系の場所に在っても不思議はない。
これはれっきとした抱腹絶倒人生の、指南教科書になっている。(笑)

 これほど楽しく読んで、笑ったのは久し振りだ。
固有名詞が実像でうかぶせいもある。誇張はあるにせよ、とにかく面白い。
タイトルもいいなぁー。〔夢の微熱〕なんて、そこはかとなく謙虚で、
粋な青年の無茶な馬力がある。
 黒田さんが書いてる書評などを新聞で読んでるが、こっち方面の続々編を
もっとガシガシ書いてもらいたい。(もしかして、あるの?)

 「夢の微熱」 著者 黒田 信一  本の雑誌社  定価2000円
  ( 1993年10月5日 初版第1刷発行 )
 ※ 講談社文庫「突撃!グフフフ映画団」の続編です。

押 し 花

2009年03月25日 | 古本
 女優の離婚も、野球の優勝も同じほどの〔お目出度さ〕だ。
豪華な挙式は幸福に反比例することも、人間を見るセンスの
無さも暴露した。試合結果を誇大に誇り、「神が下りた」などは
〔仏〕に対して不遜な言い分だとアタシは思うのだが。(笑)

 そんな時はこんな本がいい。押し花が挟まっていた。粋な仕業は女性で、それ
なりの年輩者だったと、元の持主を想像する。どんな感想で読んだのだろうか。
一人往復手紙のかたちは、面白さも苦しさも同居している。としても「押し花」
に、しばし和んだ。まぁいいか。

 「わが性と生」 著者 瀬戸内 寂聴 瀬戸内 晴美 新潮社 定価1150円
  ( 1990年10月30日 7刷 )

おろしあ国

2009年03月24日 | 古本
 石坂 洋次郎さんもそうだが、井上 靖さんの文庫もチェーン系
古本屋さんにはほとんど無い。街中の正統派古本屋になら在るの
だろうけど。
 で、「おろしや国酔夢譚」は文庫という作戦にした。流石に郊外型大規模書店
に在庫は在った。読み始めると活字が小さくてあまりに目が疲れる。最近文庫に
手を出さないのはその理由だ。最近の新聞の活字級数なら裸眼でOKなのだが。
 地区の図書館に行くと単行本が在った。始めからそうすれば良かった話しだが、
「大黒屋光太夫」と合せて手元に置いておきたかったのだ。
それで「おろしやー」もまた面白い。期せずして二人の作家が同じような資料に
あたっても、その書きようの違いが光太夫という人物を立体化させてくれた。
 とにもかく生き延びて江戸に生還した〔磯吉〕と〔光太夫〕、苗字も持てない
江戸時代の平民だったが、彼らの知恵と知能は恐るべきものがある。大昔は知能
が高いほど長生きして、現代は才ある人間が短命に終わる。ウムー、長生きした
いような、したくないような。(笑)
 
 井上さんの文庫、第1刷は1974年6月で、2006年12月で27刷だ。
30年を過ぎて版を重ねていることにも,読み継がれてる内容の証明がある。

 「おろしや国酔夢譚」 著者 井上 靖  文春文庫 定価543円+税
  ( 2006年12月15日 第27刷 )

深夜読本

2009年03月18日 | 古本
 しかしこのハデハデトロピカル色はいつまで続くのだろうか。
トロピー色5冊の在った古本家さんへ行くと、案の定2冊が
単独行動から戻ったようにしおらしくしていた。棚の下部の
引き出しにでも、オヒルネしていたのだろうか。どうせなら全員で一時期にガン
首を揃えていて欲しかったが、兄弟の折り合いでも悪かったのか。この分だとそ
の後のシリーズも揃ってくれるかも知れない。この2冊にも依然として様態は同
じで、一人持主の疑いが濃い。発行ごとに買い続けた正統的新刊即購入椎名派氏
には、コウベを深く下げます。
 しかし、ホゥやっぱり居たねなどと静かにつぶやき、おーし同じ値だ、とほく
そ笑むアタシの生活というか人生というか、どうもしみじみ地味で侘しいものが
ある。大概シーナ本は深夜に読むことが多いのだが、突然ギャハハハァーと笑っ
たりするから、アタシも少し変態気味になっている。20年ほど前から続くこの
シリーズ、ちっとも古く感じないのはシーナさんの時代の先を読む才能だろうか。

 「ひるめしのもんだい」 著者 椎名 誠 文藝春秋 定価1000円
  ( 1992年8月15日 第4刷 
 「カープ島サカナ作戦」 著者 椎名 誠 文藝春秋 定価1200円
  ( 1996年7月30日 第1刷 )

証 拠

2009年03月16日 | 古本
 前々からこのトロピカル色シリーズが気になっていた。
この本独特の小型サイズで、装丁が同じで色だけが違う。
『週刊文春』連載分の単行本化だから、風体は同じなのだ。
いつも堂々と各古本屋さんの棚には10冊くらいは並んでいる。

 この日はいつもより粘って均一棚を探したが、相変わらずの顔ぶれだった。
それではこの際と思いつき、均一棚右端に在ったハデハデカバー色に近づいた。
するといつもとは違う輝きを放ち、「ワシラもうここに居るのはイヤじゃけんね」
と集団で訴えているのだ。「おーし、そうかそうかワシもここまでシーナ本を読
んでいるなら、今更躊躇することもなかろう」と考えたのだ。で、エイヤァーと
並んでいた全員(5冊)をワシ掴みにし、少し離れたところに在った2冊を含め
計7冊の一気買いシーナ日としたのだ。幸いなことにトロピカル本の5冊は全員
52円で、マコトに在り難い値だった。しかしこの値にはある確かな理由がある
ことを後で悟った。つまりこの5冊は、ほかに単独行動で売れてしまったかも知
れないものを含め、全冊同じ持主によって処分されたことが想像できるのだ。

 その〔オマエら兄弟だろ!〕と考えられる共通する証拠は次々に発覚した。
①全冊全く汚れ具合が似ている。なにか黒砂糖がドロドロに溶けたカリン糖を
食いながらページを捲り、定期的にその指を擦り付けた跡がある。 この汚れ度
レベルに応じた値で引き取られ、売価設定されたのだろう。
②蚊かノミでも多い部屋に住んでいた持主なのか、一冊につき5ヶ所ほどページ
に挟み、圧殺したシミ跡がある。
③理由は不明だが限りなく終わりのページに、縦に2ミリくらいの幅で折ってあ
るのだ。これは技術的に難しいことだがなぁー。
④紙の変色の経年変化度が見事に発行順で、これは同様の保存環境だったことが
窺がえる。
⑤どこかしらのページが半端に中折れのクセが付いている。これは中断時に本を
伏せて置くとこうなりやすい。いわば読み手のクセで、アタシも時々そうする。

 かのごとき証拠によって、元の持主は同一人物だという判決を下す。
しかしながら持主は、長年新刊を買い集め、正しく著者に印税の大いなる貢献を
し、読者のカガミとしてマコトにエライのだ。ベタベタ指でのお触りと、小さな
虫への無慈悲な殺人は重罪だが、アタシのような貧乏人に対する読書の果てしな
いヨロコビを与えた功績によって、無罪放免とする。

 そしてまた、シーナさんの「蚊学の書」には思いがけず著者井上 靖さんの
「おろしや国酔夢譚」(※大黒屋光太夫のこと P-48)が載っていた。
これまた嬉しい奇遇だろうか。

 「いろはかるたの真実」(発作的座談会) 本の雑誌社 定価1600円
 ( 椎名 誠 沢野ひとし 木村晋介 目黒孝二 
               1996年4月10日 初版第1刷発行 )
 「蚊学の書」 著者 椎名 誠〔編著〕 夏目書房 定価1600円
 ( 1994年11月25日 初版第3刷発行 )

  ※ 以下著者と出版社は同じです 『週刊文春』連載の単行本化
 「おろかな日々」 著者 椎名 誠 文藝春秋 定価1000円
 ( 1993年4月15日 第2刷 )
 「モンパの木の下で」            定価1100円
 ( 1993年12月1日 第1刷 )
 「南国かつおまぐろ旅」           定価1200円
 ( 1994年7月25日 第1刷 )
 「時にはうどんのように」          定価1200円
 ( 1995年11月25日 第1刷 )
 「ギョーザのような月がでた」        定価1190円+税
 ( 1997年7月20日 第1刷 )

 ※いま以前のブログをみると、「いろはかるたの真実」は既に買って在った
  本だ。すると今回買ったもう一冊は何なのか。もうシーナさん本はワケ
  判らん状態になっている。 ウムムーだ。


上 下 巻

2009年03月14日 | 古本
 ここ一週間何度も店を巡り、ついにみつけた。
我ながら粘り勝だ。もしなんだったら文庫で下巻(文庫化され
ているならばの話し)をと思ったのだが、挫けずによかった。
ただ残念だったのは均一ではなく、半額系の棚に在ったことだ。手に取ると帯も
付いていて汚れもなく、新しい。上巻が百円だったことを考えれば、ここは素早
く妥協決断すべきだろう。2003年2月刊であれば、アタシにとっては最新刊
そのものだ。
 しかし不思議なのは上巻のみが百円で売られていて、違う店で下巻が半額とは
解せない。勿論違う店で二人がそれぞれに捌いたのだろう。上下巻揃えてとも限
らない。ともかくそれぞれの持主の手を離れて漂流した二冊の上下巻は、数奇な
本人生(?)を経てアタシの手に落ちた。(笑)
 ただもしかして、この二冊が一人の持主から手放されたことだって考えられな
くもない。誰かが売りと買いを短期間に違う店にすれば、理論的にはあり得る。
当初は二冊揃って仲良く並んでいたのを、客に無理矢理はなされてしまったかも
知れないのだ。 大袈裟に云えばこの本の主人公〔大黒屋光太夫〕と〔磯吉〕の
運命に限りなく似ている。

 遭難漂流から10年、ついに日本の江戸へ戻れたのは17人中2人だけだった。
正確にいうとロシアから日本へ最初に上陸した地は、蝦夷の根室半島で3人が生
還した。しかし水夫の〔小市〕は根室上陸後、ついに病気で力尽きた。それから
残った2人は箱館や松前を経て、江戸に辿り着くまで12ヶ月を要した。光太夫
と磯吉の不屈の意思だった。

 先月の二月、日本の最東端根室半島(北方領土を除けば)、その最も東にある
小学校と仕事を通じて縁があった。その仕事が終わってすぐに「大黒屋光太夫」
の上巻と出会い、ほどなく下巻が手に入った。これも奇遇な偶然というべきか。

 「大黒屋光太夫」下巻 著者 吉村 昭 毎日新聞社 定価1600円+税
  ( 2003年2月15日 発行 )


奥 付 け

2009年03月12日 | 古本
 本のほぼ最終ページには、著者の略歴や発行日、版数、
出版社名、印刷所、製本所などが書いてある。場合によっては
著者の写真や消費税導入前は定価さえ印刷してあった。
それは出版用語で「奥付け」というらしいのだが、決まり文句として「万一落丁
本・乱丁本のある場合は送料当方負担でお取替え致します。小社〇〇部宛お送り
下さい。」と書いてある。出版社によって〇〇部が営業部、編集部、書籍制作部、
出版部、読者係などその社の体制によって微妙に違うが、その落丁、乱丁という
のがどの程度のことをいうのだろうか。一文字二文字が不鮮明だったり反転して
いたりしても、全体の内容や流れを読むことで意味は通じる。ほとんど中古本ば
かりに親しむアタシは何があっても驚かない。納豆的ネバネバ手でページを捲り、
蚊を閉じて殺し、赤ペンで傍線など珍しくない。いまの出版界でのチェック体制
や製本技術で返品になる程の間違いは無いと思うのだがどうだろう。もしあるの
ならそれがどんな状況本の場合か、出版社にこっそり教えて欲しいものだ。(笑)
 アタシならもしそんな落丁乱丁を手にしたとしても、それが凄ければ凄いほど
きこう本として、とっておくがなぁー。切手みたいに高額になったりして(笑)。

 それにしても光文社は出版物のどれにも〔奥付け〕にある一文はなんだか謙虚
で、ほかの出版社の奥付けにはこんなに丁寧なこと書いていないし、みたことが
ない。その全文はこうだ。
     お願いー
 『この本をお読みになって、どんな感想をもたれたでしょうか。「読後の感想」
を左記あてにお送りいただけましたら、ありがたく存じます。 なお、このほか
に「光文社の本」では、どんな本を読まれたでしょうか。どの本にも、一字でも
誤植がないようにつとめておりますが、もしお気づきの点がありましたら、お教
えください。ご職業、ご年齢などもお書きそえくだされば、幸せに存じます。』
                           光文社 出版社
 これはなんだか和服を着た妙齢のご婦人からいただいた[手紙]のようで、すぐ
にでもアタシは返事など書きたくなる。(笑) ウムーだ。

 「せつない話」 山田 詠美編 (15篇の短編集)光文社 定価1300円
  ( 1991年12月5日 第17刷発行 )  

行 列

2009年03月10日 | その他
 アタシはどうも待つことも、人を待たせる事も嫌いだ。
したがってどうにもあの行列に並ぶなどという事は避ける。
映画DVDを借りようとレジに向かうと、そこに長い行列が
できている。日曜日の旧作100円セール日なら仕方ないのか。アタシはたとえ
みようとした映画でも、100円日でもそれなら取り止める。他のことで待つ事
はかまわないが、行列に長い時間並ぶ事は我慢ならない。アタシは探す時と同じ
くらいの時間をかけて棚に3枚戻した。なんしろ発作的に選んだ映画は元の棚の
位置をよく覚えていないのだ。その事に結構時間がかかり憤然とする。(笑)

 ある日、札幌駅の通路を歩くと遠目にも行列が出来てるのが見えた。何事かと
よくみると、近頃すっかりTV番組に出て宣伝しまくりの、生キャラメル販売店
だった。看板には[〇〇時販売開始]と書いてある。その時間までにはあと1時間
もある。何故あのような進みもしない行列に人は並ぶかが解からない。いのちを
つなぐ食料の配給でもあるまいし、菓子類のたぐいに行列は、人間としてあれは
卑しくはないか。おとなしく並ぶあんなヤツラにかぎって本当に必要な時の行列
を崩し、我先にと食料を奪い取るのだ。そしてその行列を煽り見せることで宣伝
効果を得、制限する必要のない販売(商品)に人を待たせて行列を作らせる(聞
くに生産上、時間販売や制限の必要はないらしい)販売会社の神経が理解出来ない。販売戦略上そうしているだけの事で、まともな神経ならあの行列は客に対し
て申し訳ない事だと考え、その解消に努めるだろう。あれは口コミならぬ〔列コミ〕のタダ利用だろ。
 また客も行列に並ぶことで、ちゃっかりと宣伝効果上で使われている事を自覚
し、そんな商品は行列を作らされてまで買うべきではないという事を、きっちり
と決意するべきなのだ。
 それであの社長、過日番組内で厚いサイフとブランド時計を自慢していた。
バカ番組の構成台本だとしても、それこそ人間としての品性が卑しくないか。
行列に並び、キャラメルなど喰うヤツは、ヨシタケの遊び金を貢がされている事
と同じだ。 ったく、バカバカバカバカしくて、やりきれないぜ。(笑)

続均一本列伝

2009年03月08日 | 古本
 しかし、均一本主義は時につらい。
面白い吉村 昭さんの「大黒屋光太夫」の下巻がないのだ。
在った上巻だけ買うとこんな思いもする。
そこが均一本列伝のスリリングなところで、楽しみを持続してくれる。(笑)
 大黒屋光太夫氏は1782年、総勢17人の乗組員で今の三重県鈴鹿市を出船。
帆船で千石積みの「神昌丸」は鳥羽浦を過ぎて嵐で遭難、7ヶ月の漂流を経て北
のロシア圏の島に漂着した。それからロシア国内を命からがら移動、実に10年
の後、光太夫を含む3人だけが日本に生還した。12人が亡くなり2人がロシア
に残った結果だった。食物習慣が違うことによる飢餓と、寒さなどによる日本と
の環境差が過酷だった。

 そのおよそ133年後の1915年、「エンデュランス号」によるイギリス国
南極横断探検隊の、シャクルトン隊長一行28名は、南極密流氷帯で遭難した。
17ヶ月に及ぶ絶望的漂流は飢餓、極寒、病気に襲われるも全員が奇跡的な生還
をした。ある意味似た話で壮絶だ。時代も状況も違うから一概にいえないが、二
つの遭難事件で生死を分けたものはなにか。精神力では語れないが、精神生命力
が無かったら生き延びられなかったのも本当だろう。ウムーだ。

 「大黒屋光太夫」上巻 著者 吉村 昭 毎日新聞社 定価1500円+税
  ( 発行 2003年2月15日 )