BIN山本の『映画にも程がある』

好きな古本との出会いと別れのエピソード、映画やテレビ、社会一般への痛烈なかくかくしかじか・・・

柏 艪 舎

2018年08月19日 | その他
出版社「柏艪舎」で時々行うシンポジウムに登録してチケットを予約した。それ以来柏艪舎から出版される
刊行物のカタログが来るようになり、イベントなどの案内はメールで来るようになった。
先月は作家丸山健二さんの15年かけて全集をだすというカタログ案内と、そのほか硬めの小説群のカタログ
が入っていた。ベストセラー本やビジネス書などとはない。そして柏艪舎の社長の「お願い」なるA4で2枚
の文章も同封されていた。それがどうにも心を打つのだ。勿論規模や背景、趣旨はここの博物館とは大いに違
いがあるが、運営の厳しさにおいては同じだ。「お願い」の一部をここに抜粋させていただく。

 私こと山本光伸は、故郷の神奈川県逗子市から五十三歳で札幌に居を移し、早くも二十数年が過ぎようとして
います。私の生業は文藝翻訳家で、これまでに二百五十冊ほどの小説を翻訳して参りました。そのようなわけで、
およそ四十五年間にわたり、出版界の近くにいたことはいたのですが、出版業はまた別物で、その事を等閑視し
て、十七年前に勢いに任せて(株)柏艪舎を始めたのがそもそもの間違いでありました。
 私の能力不足が最大の原因ではあるとはいえ、出版業界は予想以上の荒れ海で、この十数年は苦しい日々の連
続で、心の休まる暇もなく、大勢の方に支えられながら、同時に大勢の方にご迷惑をお掛けしてしまいました。
慚愧に耐えません。

私自身、老後資金にと用意した二億円余りを出版業に使い果たしてしまい、個人としては今は手の打ちようがあ
りません。ただし、お断りしておきますが、私はそのことを後悔しているのではなく、そのお金を取り返したい
ともまったく思っておりません。好きでやったきたことですから。私はただひたすら、地方に出版文化を根付か
せたいと心から願っているだけなのです。

一部の抜粋だがアタシと重なるところも有りの、また重ならないところも有りだ。二億円でもないし二百万円で
もない。じつはその半分程度の資金でここを始めた。いわばそれがアタシの資力のすべてだった。予想外にかか
った設備やあっちこっち傷んでいた補修には泣かされたが、なにより助けられたのは同級生たちだ。毎日のよう
に来てくれ、そのままだったパチンコ店内設備を壊し、作り変えた。設計図はアタシの頭の中にしかなく、みんな
には概略図面しかなかった。それでもなんとかオープンに間に合わせた。誤算は本棚の不足で、後で徐々に何段も
増やした。未知の人からの機材提供や、昔の仕事仲間がいろんなカメラやVTR,その周辺機材を提供してくれた。
そして何より嬉しいのは、この齢であたらしい出会いがあることだ。何もかも一人の運営や補修や掃除は大変だが
新しく機材が増える。それがアナログ機材なら1日いじっていても飽きない。夜は一缶のビールか、コップ一つに
山盛り入れた氷へ並々と盛った焼酎を呑み、本を読むのが最高というものだ。