知る喜びと、撮る喜びのつぶやき通信  (読める限り読み文章にする。 歩ける限り撮り続ける『花鳥風月から犬猫太陽』まで)

興味のあることは、何でも調べて文章にする。   写真は「光と影」と言われるが、この理解には、まだまだ、ほど遠い.

『銃の発達は星形要塞を造り、大砲の発達が星形要塞を終焉に 1』ー星形要塞ネットワークがナポレオン軍の侵略から小国ポルトガルを守った!ー

2020-12-18 09:15:37 | 城・城郭・城塞

『銃の発達は星形要塞を造り、大砲の発達が星形要塞を終焉に 1』

『星形要塞ネットワークがナポレオン軍の侵略から小国ポルトガルを守った!』

 

先日(20180603)にBSテレビで放映されていました。 ポルトガルの星形要塞『エルヴァス』と周辺の5ヵ所の小要塞『サンタル、グラーサ、他』ネットワークが強国スペイン軍や,ナポレオン軍の侵略から、小国ポルトガルを守った。 5ヵ所の小要塞軍は、丘の上の本要塞『エルヴァス』を取り囲むように周囲の丘の上に構築され、それらの丘は、敵砲兵が陣地を構築したい丘を、先取りしていた。  史上、このような星形要塞とそのネットワークは短命でした。

 写真中央がエルヴァス要塞、黄枠内が小要塞、周囲に5ヶ所

 ウエブ情報(エルヴァス要塞の写真)から引用

 

写真は多稜郭のエルヴァス要塞(この周囲に小要塞群)

ウエブ情報(ウキペディアのエルヴァス要塞の写真)から引用

星形要塞と言うと、先ず思い出すのは、函館の五稜郭と榎本武揚です。 この人・榎本武揚は、最後まで明治新政府に抵抗しましたが函館で敗北、捕虜になったが、敵将・黒田清隆の尽力により助命され、釈放後、明治政府に仕え、活躍しました。 星形要塞には五稜と六稜が主力ですが四稜も多稜もあります。

 

星形要塞は、世界には340ヵ所あり、発祥の国・イタリアが最多の37ヵ所、続いては、ドイツの35ヵ所です。 因みに日本は函館の四稜郭と五稜郭、長野佐久市の龍岡城の3か所です。

ヒトは他人の領土を侵略する、これに備えて、独立峰、尾根上や先端に、砦や山城を構築した。 武器は矢・刀・槍でした。 この山城は世界に10万ヶ所以上と言われていますので星形要塞340ヵ所は、一時期、短期間のものでした。

さて、本題です。 ポルトガルの国境防衛都市エルヴァスとその要塞群のこと。
戦争の心配は薄れると『目立つ平城』が主流になり、砦や山城が衰退するのは自然の流れ。  それでも、この平城の石垣・城壁はどんどん高くなりましたのは、理由は銃・大砲の発達です。  一方、『目立つ、大規模平城や宮殿』は権威・威厳の象徴でした。

それでも、侵略に対しては、人は戦います。   そこで、平地や丘陵地に造られたのが、星形要塞です。
星形要塞は火砲に対応するため15世紀半ば以降のイタリアで発生した築城方式。イタリア式築城術とも言われます。
 
ここで著名な、ポルトガルの国境防衛都市エルヴァスの中心星形要塞とその周囲の5個の小星形要塞群です。  この小要塞群は中心要塞を大砲攻撃からまもるための小要塞軍ネットワークです。  これは小田原城とその支城ネットワークとはそのコンセプトが異なります。 正に『必要は発明の母なり』です。

    (記事投稿日:2018/06/22、最終更新日:2020/12/18、#023)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『夏目漱石と黒猫のこと 2... | トップ | 『早熟・大型化・多収穫で味... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

城・城郭・城塞」カテゴリの最新記事