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【朝顔】の巻】 その(6)
この噂が世の中に洩れ聞えて、
「前斎院、ねんごろに聞え給へばなむ、女五の宮などもよろしく思したなり。似げなからぬ御あはひならむ、など言ひけるを、対の上は伝へ聞き給ひて、」
――源氏が、前斎院に親しくなされればこそ、女五の宮も適当なご縁と思われたのでしょう。お似合いのご夫婦でしょうね。などと言っていますのを、紫の上は人づてにお聞きになって――
さしあたって、気を付けてご覧になりますと、源氏のご様子はたしかにいつもと違ってそわそわしていらっしゃる。本気で思い詰めていらっしゃるのを、無理にごまかそうとしていらっしゃる。
紫の上は
「同じ筋にはものし給へど、おぼえことに、昔よりやむごとなく聞え給ふを、(……)よろしき事こそ、うち怨じなど憎からず聞え給へ、まめやかにつらしと思せば、色にも出し給はず。」
――私と朝顔の宮は、同じ皇族の出ではありますものの、昔から世間で重んじられていることでは、あちらが格別で、(源氏も以前から尊んでおられるので、お心がそちらへ傾けば、自分はさぞ辛い思いをすることでしょう。源氏のご寵愛を受けてきました身に、今更、他の人の下に付くなど、情けないこと)。と、大抵のことは、嫉妬なども愛嬌ていどになさるのですが、この度は身に沁みて辛いと思われていらっしゃるので、顔色にも出されないのでした。――
源氏は、柱の端近くにうつらうつらしていらっしゃることが多く、また宮中にお泊まりになる日が重なって、まるでお仕事のようにお手紙をお書きになりますので、紫の上は、人の噂は、嘘ではないようですこと、それならば一言でもお聞かせくださればよいのに、と怨めしくお思いになります。
冬の初めの頃、今年は藤壺の諒闇中ですので、十一月ですが神事も廃されて淋しいので、源氏はつれづれのままに、女五の宮の許をまたお訪ねになります。雪のちらついている夕暮れ時に、御衣裳に香を薫きしめて、格別念入りに身支度なさってお出ましになるのですから、そのお美しさと言ったら、心弱い女でしたら、どうして靡かずにはいられましょうか。
◆旧歴の冬は、10.11.12月。
◆諒闇(りょうあん)=帝が父母の喪に服する期間で1年間。民も1年間服喪した。
ではまた。
【朝顔】の巻】 その(6)
この噂が世の中に洩れ聞えて、
「前斎院、ねんごろに聞え給へばなむ、女五の宮などもよろしく思したなり。似げなからぬ御あはひならむ、など言ひけるを、対の上は伝へ聞き給ひて、」
――源氏が、前斎院に親しくなされればこそ、女五の宮も適当なご縁と思われたのでしょう。お似合いのご夫婦でしょうね。などと言っていますのを、紫の上は人づてにお聞きになって――
さしあたって、気を付けてご覧になりますと、源氏のご様子はたしかにいつもと違ってそわそわしていらっしゃる。本気で思い詰めていらっしゃるのを、無理にごまかそうとしていらっしゃる。
紫の上は
「同じ筋にはものし給へど、おぼえことに、昔よりやむごとなく聞え給ふを、(……)よろしき事こそ、うち怨じなど憎からず聞え給へ、まめやかにつらしと思せば、色にも出し給はず。」
――私と朝顔の宮は、同じ皇族の出ではありますものの、昔から世間で重んじられていることでは、あちらが格別で、(源氏も以前から尊んでおられるので、お心がそちらへ傾けば、自分はさぞ辛い思いをすることでしょう。源氏のご寵愛を受けてきました身に、今更、他の人の下に付くなど、情けないこと)。と、大抵のことは、嫉妬なども愛嬌ていどになさるのですが、この度は身に沁みて辛いと思われていらっしゃるので、顔色にも出されないのでした。――
源氏は、柱の端近くにうつらうつらしていらっしゃることが多く、また宮中にお泊まりになる日が重なって、まるでお仕事のようにお手紙をお書きになりますので、紫の上は、人の噂は、嘘ではないようですこと、それならば一言でもお聞かせくださればよいのに、と怨めしくお思いになります。
冬の初めの頃、今年は藤壺の諒闇中ですので、十一月ですが神事も廃されて淋しいので、源氏はつれづれのままに、女五の宮の許をまたお訪ねになります。雪のちらついている夕暮れ時に、御衣裳に香を薫きしめて、格別念入りに身支度なさってお出ましになるのですから、そのお美しさと言ったら、心弱い女でしたら、どうして靡かずにはいられましょうか。
◆旧歴の冬は、10.11.12月。
◆諒闇(りょうあん)=帝が父母の喪に服する期間で1年間。民も1年間服喪した。
ではまた。