09.10/30 546回
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(28)
柏木の父の大臣も、母上も涙の乾くひまなく思い沈んで、
「はかなく過ぐる日数をも知り給はず、(……)」
――はかなく過ぎる月日さえお分かりにならず、(ご法要の際の僧服や衣装その他万端の用意をも、柏木の兄弟姉妹がそれぞれに準備なさったのでした)――
「七日七日の御誦経などを、人の聞こえおどろかすにも、『われにな聞かせそ。かくいみじと思ひ惑ふに、なかなか道さまたげにもこそ』とて、亡きやうに思しほれたり」
――七日毎の御誦経を、人がご注意申しますにも、「私の耳には入れないでくれ。こんなにひどく歎き惑っているのに、この上亡き人を苦しめては成仏の妨げになる」とか、ぼけたことをおっしゃる。
ましてや一条の宮(落葉の宮・柏木の正妻)にとりましては、
「おぼつかなうて別れ給ひにしうらみさへ添ひて、日頃ふるままに、広き宮のうち、人げすくなう心細げにて、親しく使ひならし給ひし人は、なほ参りとぶらひ聞こゆ。(……)」
――ご臨終にもお逢いにならずお別れになった無念さは格別で、日数経るにつれて、広い御殿には人けが少なく、心細げに静まり返っております。柏木が生前親しくお使いになった人は、今でも落葉の宮をお見舞いに来られます。(柏木が生前好んでいた鷹や馬も主人を失い、その係りの者たちも気抜けして悄然としている姿をご覧になるにつけ、落葉の宮の悲しみは尽きないのでした)――
「常にひき給ひし琵琶、和琴などの緒も、とり放ちやつされて音を立てぬも、いとうもれいたきわざなりや」
――(柏木が)いつも弾いておられた琵琶や和琴の緒を取り外して、見すぼらしく音を立てぬのも、一層気の滅入る侘しさです――
先払いの声を賑やかに立てて、一条の宮の門前に止まった人がおられます。夕霧がお出でになりました。
◆やつされて=見すぼらしい姿で
◆うもれいたきわざ=埋もれいたし=気が晴れ晴れしない。わざ(事)=ありさま、様子。
ではまた。
三十六帖【柏木(かしわぎ)の巻】 その(28)
柏木の父の大臣も、母上も涙の乾くひまなく思い沈んで、
「はかなく過ぐる日数をも知り給はず、(……)」
――はかなく過ぎる月日さえお分かりにならず、(ご法要の際の僧服や衣装その他万端の用意をも、柏木の兄弟姉妹がそれぞれに準備なさったのでした)――
「七日七日の御誦経などを、人の聞こえおどろかすにも、『われにな聞かせそ。かくいみじと思ひ惑ふに、なかなか道さまたげにもこそ』とて、亡きやうに思しほれたり」
――七日毎の御誦経を、人がご注意申しますにも、「私の耳には入れないでくれ。こんなにひどく歎き惑っているのに、この上亡き人を苦しめては成仏の妨げになる」とか、ぼけたことをおっしゃる。
ましてや一条の宮(落葉の宮・柏木の正妻)にとりましては、
「おぼつかなうて別れ給ひにしうらみさへ添ひて、日頃ふるままに、広き宮のうち、人げすくなう心細げにて、親しく使ひならし給ひし人は、なほ参りとぶらひ聞こゆ。(……)」
――ご臨終にもお逢いにならずお別れになった無念さは格別で、日数経るにつれて、広い御殿には人けが少なく、心細げに静まり返っております。柏木が生前親しくお使いになった人は、今でも落葉の宮をお見舞いに来られます。(柏木が生前好んでいた鷹や馬も主人を失い、その係りの者たちも気抜けして悄然としている姿をご覧になるにつけ、落葉の宮の悲しみは尽きないのでした)――
「常にひき給ひし琵琶、和琴などの緒も、とり放ちやつされて音を立てぬも、いとうもれいたきわざなりや」
――(柏木が)いつも弾いておられた琵琶や和琴の緒を取り外して、見すぼらしく音を立てぬのも、一層気の滅入る侘しさです――
先払いの声を賑やかに立てて、一条の宮の門前に止まった人がおられます。夕霧がお出でになりました。
◆やつされて=見すぼらしい姿で
◆うもれいたきわざ=埋もれいたし=気が晴れ晴れしない。わざ(事)=ありさま、様子。
ではまた。