永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1069)

2012年02月13日 | Weblog
2012. 2/13     1069

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(40)

「上、いとほしく、うたて思ふらむ、とて、知らず顔にて、『大宮なやみ給ふとて参り給ひぬれば、今宵は出で給はじ。ゆするの名残りにや、心地もなやましくて、起き居侍るを、渡り給へ。つれづれにも思さるらむ』ときこえ給へり」
――中の君は、浮舟が可哀そうで、さぞかし不快なことであろうとお思いになって、このことを知らぬ風にして、浮舟に使いの者を出して「(匂宮は)明石中宮のご病気で参内なさったのですから、今夜はこちらへはお戻りになりますまい。私は洗髪をしましたせいか、気分も冴えなくてねられずにおります。こちらへいらっしゃい、あなたも退屈でいらっしゃるでしょう」とおっしゃいます――

「『みだり心地のいと苦しう侍るを、たまらひて』と、乳母してきこえ給ふ。『いかなる御心地ぞ』と、立ち返りとぶらひきこえ給へば、『何心地ともおぼえ侍らず、ただいと苦しくはべり』ときこえ給へば、少将右近、目まじろきをして、『かたはらぞいたくおぼすらむ』と言ふも、ただなるよりはいとほし」
――(浮舟が)「私も気分がすぐれませんで、たいそう悩ましゅうございますので、ぐずぐずしております」と乳母を代理にお返事させますと、「どんなご気分でしょう」と中の君から折り返しお訊ねになりますので、「どこがどう悪いということもございませんが、ただもう、何となく悩ましいのでございます」と申し上げます。少将と右近が目くばせして、「上(中の君)も、さぞかし、苦々しくお思いでしょうね」と声をひそめて言うのは、誰も知らないよりは却って浮舟にお気の毒なことです――

 中の君は、お心の中で、

「いと口をしう心ぐるしきわざかな、大将の心とどめたるさまにのたまふめりしを、いかにあはあはしく思ひおとさむ、かく乱りがはしくおはする人は、聞きにくく、実ならぬことをもくねり言ひ、またまことに少し思はずならむことも、さすがに見ゆるしつべうこそおはすめれ」
――本当に浮舟にはおいたわしいことになったものですこと。薫がお心にかけていらっしゃったようですのに、どんなにか軽はずみな女と、お蔑みになることでしょう。匂宮のように女にだらしのない方は、無実のことでも聞きづらく難癖をつけては恨み事を言い、それでも実際に少々不都合なことがあっても、見逃しておしまいになりますが――

「この君は、言はで憂しと思はむこと、いとはづかしげに心深きを、あいなく思ふこと添ひぬる人の上なめり、年ごろ見ず知らざりつる人の上なれど、心ばへ容貌をみれば、え思ひ放つまじう、らうたく心ぐるしきに、世の中はありがたくむつかしげなるものかな」
――薫というお方は、何ごとも表には出さず、お心深く悲しみ歎くという、ひどく気が退けるほどご立派で深みのあるご性分ですのに、困った事になってしまいました。この年月会った事もない妹ではありますが、気立ても器量も可愛らしくいじらしいので、とても見棄てられそうになく、なんと世の中はままならぬ煩わしいことでしょう――

◆ゆするの名残りにや=ゆする(泔る=髪を洗うこと)そのせいか。
 ■泔る=強飯(こわめし)を蒸した後の湯で、洗髪に使った。
 ■泔坏(ゆするつき)=鬢盥(びんだらい)、髪を洗う器。昔は土器、この頃は漆器や銀器。

◆目まじろきをして=目瞬ぐ=まばたきをする。

◆あはあはしく思ひおとさむ=淡淡しく思い落す=軽薄なものと蔑む

◆くねり言ひ=ひがむ。すねる。

では2/15に。

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