09.11/9 555回
三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(3)
珍しく女三宮の側に、らいし(食物を盛る器)などがあるのを、
「『何ぞ、あやし』とご覧ずるに、院の御文なりけり。見給へば、いとあはれなり。今日か明日かの心地するを、対面の心にかなはぬ事など、細やかに書かせ給へり。……われさへ疎かなる様に見え奉りて、いとどうしろめたき御思ひの添ふべかめるを、いといとほしと思す」
――「何でしょう、変ですね」とご覧になりますと、それは朱雀院からの御ふみでした。お読みになりますと、まことにあわれ深い。もう今日明日の命の心地がするのに、思うように対面もできない旨が、こころ細やかに書いておありになります。……私が女三宮に冷淡な風にお仕えしますので、院としては一層ご心配が増すことでしょうと、院にはお気の毒にお思いになります――
女三宮は院へのお返事を恥ずかしそうにお書きになって、お使いの者に、青鈍の綾一襲(あおにびのあやひとかさね)を渡されます。源氏は書き損じの紙を手にしてみますと、筆跡はひどく子供っぽい。その(歌)
「うき世にはあらぬところのゆかしくてそむく山路に思ひこそいれ」
――この世以外の静かなところに住みたくて、私も世離れた山寺を心に思いこんでおります――
源氏は、
「うしろめたげなる御気色なるに、このあらぬ所もとめ給へる、いとうたて心憂し」
――(あなたは)まだ若くお美しくて、出家などまともではありませんのに、ましてこの世以外の所をお求めになるなんて、随分ひどいですね――
「今はまほにも見え奉り給はず、いとうつくしうらうたげなる御額髪、つらつきのをかしさ、(……)などかうはなりにし事ぞと、罪得ぬべく思さるれば、御几帳ばかり隔てて、またいとこやなう気遠く、疎々しうはあらぬ程に、もてなし聞こえてぞおはしける」
――今では(女三宮)は、まともに源氏にお逢いになることがありませんが、可愛らしい額髪やお顔のきれいなことが(まるで子どものように見えて、あどけなく可愛らしく)どうして、このように出家させてしまったことかと、お心が揺らぎますのを、このようなことを思うだけでも仏罰を蒙りそうに思われて、ご几帳だけは隔てていますが、そう遠くないところでお世話なさっておいでです――
ではまた。
三十七帖【横笛(よこぶえ)の巻】 その(3)
珍しく女三宮の側に、らいし(食物を盛る器)などがあるのを、
「『何ぞ、あやし』とご覧ずるに、院の御文なりけり。見給へば、いとあはれなり。今日か明日かの心地するを、対面の心にかなはぬ事など、細やかに書かせ給へり。……われさへ疎かなる様に見え奉りて、いとどうしろめたき御思ひの添ふべかめるを、いといとほしと思す」
――「何でしょう、変ですね」とご覧になりますと、それは朱雀院からの御ふみでした。お読みになりますと、まことにあわれ深い。もう今日明日の命の心地がするのに、思うように対面もできない旨が、こころ細やかに書いておありになります。……私が女三宮に冷淡な風にお仕えしますので、院としては一層ご心配が増すことでしょうと、院にはお気の毒にお思いになります――
女三宮は院へのお返事を恥ずかしそうにお書きになって、お使いの者に、青鈍の綾一襲(あおにびのあやひとかさね)を渡されます。源氏は書き損じの紙を手にしてみますと、筆跡はひどく子供っぽい。その(歌)
「うき世にはあらぬところのゆかしくてそむく山路に思ひこそいれ」
――この世以外の静かなところに住みたくて、私も世離れた山寺を心に思いこんでおります――
源氏は、
「うしろめたげなる御気色なるに、このあらぬ所もとめ給へる、いとうたて心憂し」
――(あなたは)まだ若くお美しくて、出家などまともではありませんのに、ましてこの世以外の所をお求めになるなんて、随分ひどいですね――
「今はまほにも見え奉り給はず、いとうつくしうらうたげなる御額髪、つらつきのをかしさ、(……)などかうはなりにし事ぞと、罪得ぬべく思さるれば、御几帳ばかり隔てて、またいとこやなう気遠く、疎々しうはあらぬ程に、もてなし聞こえてぞおはしける」
――今では(女三宮)は、まともに源氏にお逢いになることがありませんが、可愛らしい額髪やお顔のきれいなことが(まるで子どものように見えて、あどけなく可愛らしく)どうして、このように出家させてしまったことかと、お心が揺らぎますのを、このようなことを思うだけでも仏罰を蒙りそうに思われて、ご几帳だけは隔てていますが、そう遠くないところでお世話なさっておいでです――
ではまた。