永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(283)

2009年01月30日 | Weblog
09.1/30   283回

【常夏(とこなつ)】の巻】  その(8)

 内大臣は、「あなたを私の側において、なにかと仕事を…と思ったりもしましたが、そうも出来ないのです。普通の召使なら多少のことも大勢の中で紛れて目立ちも耳立ちもしませんが、あの人の娘だとか、この人の子だとか言われる身分になると、親兄弟の不面目になる例も多いものでして、まして…」

 と、さすがにその先は言いにくくていらっしゃるご様子もお察しせず、近江の君は、

「何かそは、(……)おほみおほつぼとりにも、仕うまつりなむ」
――いいえ、どういたしまして。(それは人より優れようとするから窮屈なのでしょう)私は、尿壺掃除でも何でも勤めましょう――

 内大臣は、我慢できずにちょっとお笑いになって、

「(……)かくたまさかに逢へる親に、孝ぜむの心あらば、このもの宣ふ声を、すこしのどめて聞かせ給へ。さらば命も延びなむかし」
――(そういうのは、似つかわしくないお仕事ですよ)、たまたま逢う親に孝行の気持ちがあるなら、その話声を少しゆっくり聞かせなさい。そうすれば、私の命も長生きするでしょうよ――

 と、おどけた風に微笑んでおっしゃるので、真意も酌み取れず、また近江の君は調子づいて、

「舌の本性にこそは侍れめ。(……)いかでこの舌疾さやめ侍らむ」
――私の早口は生まれつきなのでしょう。(子供の頃から早口で、故母がいつも苦にしては、教えてくれました。私が産まれます時に、妙法寺の別当大徳(べたうだいとこ)が産屋におりまして、それにあやかって早口に生まれたのだと、母が嘆いておりました。)どうにかして、この早口を直しましょう――

 と、ひどく案じながら答えますので、内大臣はすこし同情されましたが、この娘を弘徽殿女御にお見せするのも恥ずかしく、どうしてこんな変な点のあるのも調べずに引き取ったのだろう、きっと人々が見ては聞いては言いふらすだろうと、後悔ばかりがお心をよぎるのでした。そして「弘徽殿女御が里下がりをされていらっしゃるときに、あちらの女房たちの立ち居振る舞いを見習いなさい。」とおっしゃると、近江の君は、

「いとうれしきことにこそ侍るなれ。ただいかでもいかでも、御方々にかずまへしろしめされむ事をなむ、寝ても覚めても。御許しだに侍らば、水を汲みいただきても、仕うまつりなむ」
――まあ、それはうれしいことでございます。ただただもう皆様方から人並みに思っていただきたいと、寝ても覚めても願っておりまして、その外のことは何も思っておりません。お許しをいただければ、水を汲んでその器を頭に頂いても、お仕えさせていただきましょう――

 と、ますます良い気になって喋るので、内大臣も困ったものだとお思いになります。

◆かずまへしろしめされむ事=人並みに扱っていただくこと

◆水を汲みいただきても=下々のどんな仕事でも。(『拾遺集』の中にある歌を引いている。)

ではまた。


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