2011. 9/17 1000
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(61)
中の君はつづけて、
「ほのかなりしかばにや、何事も思ひし程よりは、見ぐるしからずなむ見えし。これをいかさまにもてなさむ、と歎くめりしに、仏にならむは、いとこよなきことにこそはあらめ、さまではいかでかは」
――その時はちらっとしか見ませんでしたが、妹(浮舟)は全体に思っていました程には見ぐるしくなく見えました。母親はこの娘の身の振り方をたいそう案じていましたから、あなたが姉上の代わりとして、宇治の本尊に迎えられましたなら、この上ない幸せでしょう。でもそこまでは厚かましくて――
と、おっしゃる。
「さりげなくて、かくうるさき心をいかでいひはなつわざもがな、と思ひ給へる、と見るはつらけれど、さすがにあはれなり」
――(中の君は)素知らぬご様子で、実は自分(薫)のこういう厄介な気持ちを何とかして振り切りたいものだの思われて、妹のことなどを言い出されたのだ、と察せれるのも口惜しいけれど、やはりそれでも浮舟に心惹かれるのでした――
「あるまじき事とは深く思ひ給へるものから、顕証にはしたなきさまにえもてなし給はぬも、見知り給へるにこそは、と思ふ心ときめきに」
――中の君が、自分のこうした気持ちを、とんでもない事と思いこんでおられるものの、(薫に対して)あらわに辱しめたりはなさらないのも、私の真心を分かっていらっしゃるからだと思うと、胸がどきどきして――
そうこうしておりますうちに、夜もたいそう更けていきます。
「内には人目いとかたはらいたく覚え給ひて、うちたゆめて入り給ひぬれば、男君、ことわりとはかへすがへす思へど、なほいとうらめしくくちをしきに、思ひしづめむ方もなき心地して涙のこぼるるも人わろければ」
――御簾の内の中の君は、周囲の人の目にも大層極まりわるく思われて、油断をさせた間に、すっと奥へ入っておしまいになりました。男君(薫)は、無理もないこととは重々後承知になりますけれど、やはりひどく恨めしく口惜しくて、心を鎮めるすべもなくはらはらと涙がこぼれるのも女房たちの手前みっともなく――
「よろづに思ひみだるれど、ひたぶるに浅はかならむもてなしはた、なほいとうたて、わが為もあいはかるべければ、念じかへして、常よりも歎きがちにて出で給ひぬ」
――あれこれとお心は乱れるのでしたが、といって、一途に浅はかな振る舞いに及んでは、中の君の為は勿論の事、ご自分のためにもはしたなかろうと、じっと我慢をして、いつもよりいっそう溜息がちにお帰りになりました――
◆顕証にはしたなきさまにえもてなし給はぬ=顕証(けしょう)に・はしたなきさまに・え・もてなし・給はぬ=あからさまに極まり悪い風には、決してなさらない
では9/19に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(61)
中の君はつづけて、
「ほのかなりしかばにや、何事も思ひし程よりは、見ぐるしからずなむ見えし。これをいかさまにもてなさむ、と歎くめりしに、仏にならむは、いとこよなきことにこそはあらめ、さまではいかでかは」
――その時はちらっとしか見ませんでしたが、妹(浮舟)は全体に思っていました程には見ぐるしくなく見えました。母親はこの娘の身の振り方をたいそう案じていましたから、あなたが姉上の代わりとして、宇治の本尊に迎えられましたなら、この上ない幸せでしょう。でもそこまでは厚かましくて――
と、おっしゃる。
「さりげなくて、かくうるさき心をいかでいひはなつわざもがな、と思ひ給へる、と見るはつらけれど、さすがにあはれなり」
――(中の君は)素知らぬご様子で、実は自分(薫)のこういう厄介な気持ちを何とかして振り切りたいものだの思われて、妹のことなどを言い出されたのだ、と察せれるのも口惜しいけれど、やはりそれでも浮舟に心惹かれるのでした――
「あるまじき事とは深く思ひ給へるものから、顕証にはしたなきさまにえもてなし給はぬも、見知り給へるにこそは、と思ふ心ときめきに」
――中の君が、自分のこうした気持ちを、とんでもない事と思いこんでおられるものの、(薫に対して)あらわに辱しめたりはなさらないのも、私の真心を分かっていらっしゃるからだと思うと、胸がどきどきして――
そうこうしておりますうちに、夜もたいそう更けていきます。
「内には人目いとかたはらいたく覚え給ひて、うちたゆめて入り給ひぬれば、男君、ことわりとはかへすがへす思へど、なほいとうらめしくくちをしきに、思ひしづめむ方もなき心地して涙のこぼるるも人わろければ」
――御簾の内の中の君は、周囲の人の目にも大層極まりわるく思われて、油断をさせた間に、すっと奥へ入っておしまいになりました。男君(薫)は、無理もないこととは重々後承知になりますけれど、やはりひどく恨めしく口惜しくて、心を鎮めるすべもなくはらはらと涙がこぼれるのも女房たちの手前みっともなく――
「よろづに思ひみだるれど、ひたぶるに浅はかならむもてなしはた、なほいとうたて、わが為もあいはかるべければ、念じかへして、常よりも歎きがちにて出で給ひぬ」
――あれこれとお心は乱れるのでしたが、といって、一途に浅はかな振る舞いに及んでは、中の君の為は勿論の事、ご自分のためにもはしたなかろうと、じっと我慢をして、いつもよりいっそう溜息がちにお帰りになりました――
◆顕証にはしたなきさまにえもてなし給はぬ=顕証(けしょう)に・はしたなきさまに・え・もてなし・給はぬ=あからさまに極まり悪い風には、決してなさらない
では9/19に。