09.1/8 269回
【蛍(ほたる)】の巻】 その(2)
玉鬘は、源氏に打ち明けられた不愉快な物思いのあとなので、兵部卿のお文を心を留めてご覧になるのでした。それは、
「何かと思ふにはあらず、かく心憂き御気色見ぬわざもがな、と、さすがにざれたる所つきて思しけり」
――それは、兵部卿の宮を好ましく思ってのことではなく、源氏のあのような厭な素振りを見ないで済ませたいと、さすがにしっかりと抜け目のないお考えの上なのでした――
兵部卿の宮は、玉鬘からの快いご返事に玉鬘を訪ねて来られ、几帳越しに心の内を訴えておられます。折を見計らった源氏は、帷子(かたびら)をさっとお引きになって、かねてご用意されていましたたくさんの蛍を、玉鬘の御顔のあたりにお放ちになりました。ほの青い蛍の光に照らし出された玉鬘のご容姿の美しさに、宮はいっそう思いが募ってくるのでした。
源氏は玉鬘に悩まれる兵部卿の宮を遠くから面白くご覧になられています。実の親ならこんなことはしますまいに。
宮は、心をこめてお歌を贈ります。(歌)
「なく声も聞こえぬ虫のおもひだに人の消つにはきゆるものかは」
――声も立てぬ蛍の灯でさえ人が消しても消えないのですから、ましてあなたを想う私の心の火の消えることはありません――
分かって頂けるでしょうね。とのお手紙に、玉鬘は思い迷っていると思われるのも心外ですので、早々にお返しの歌、
「こゑはせで身をのみこがす蛍こそいふよりまさる思ひなるめれ」
――声はたてず身ばかり焦がす蛍のほうが、お口に出しておっしゃるあなたより、一層深い思いを持っているでしょう――
などと、お心のこもらない返歌をなさって、ご自身はそっと奥に引き入ってしまわれました。
宮は、ひどくよそよそしくなさる玉鬘の冷淡さをたいそうお怨みなっておられます。
◆写真:几帳に隠れている玉鬘 風俗博物館
◆帷子(かたびら)=几帳などに掛けてへだてとした布。夏は生絹(すずし)を、冬は練絹を用いる。ここでは夏の装い。
ではまた。
【蛍(ほたる)】の巻】 その(2)
玉鬘は、源氏に打ち明けられた不愉快な物思いのあとなので、兵部卿のお文を心を留めてご覧になるのでした。それは、
「何かと思ふにはあらず、かく心憂き御気色見ぬわざもがな、と、さすがにざれたる所つきて思しけり」
――それは、兵部卿の宮を好ましく思ってのことではなく、源氏のあのような厭な素振りを見ないで済ませたいと、さすがにしっかりと抜け目のないお考えの上なのでした――
兵部卿の宮は、玉鬘からの快いご返事に玉鬘を訪ねて来られ、几帳越しに心の内を訴えておられます。折を見計らった源氏は、帷子(かたびら)をさっとお引きになって、かねてご用意されていましたたくさんの蛍を、玉鬘の御顔のあたりにお放ちになりました。ほの青い蛍の光に照らし出された玉鬘のご容姿の美しさに、宮はいっそう思いが募ってくるのでした。
源氏は玉鬘に悩まれる兵部卿の宮を遠くから面白くご覧になられています。実の親ならこんなことはしますまいに。
宮は、心をこめてお歌を贈ります。(歌)
「なく声も聞こえぬ虫のおもひだに人の消つにはきゆるものかは」
――声も立てぬ蛍の灯でさえ人が消しても消えないのですから、ましてあなたを想う私の心の火の消えることはありません――
分かって頂けるでしょうね。とのお手紙に、玉鬘は思い迷っていると思われるのも心外ですので、早々にお返しの歌、
「こゑはせで身をのみこがす蛍こそいふよりまさる思ひなるめれ」
――声はたてず身ばかり焦がす蛍のほうが、お口に出しておっしゃるあなたより、一層深い思いを持っているでしょう――
などと、お心のこもらない返歌をなさって、ご自身はそっと奥に引き入ってしまわれました。
宮は、ひどくよそよそしくなさる玉鬘の冷淡さをたいそうお怨みなっておられます。
◆写真:几帳に隠れている玉鬘 風俗博物館
◆帷子(かたびら)=几帳などに掛けてへだてとした布。夏は生絹(すずし)を、冬は練絹を用いる。ここでは夏の装い。
ではまた。