2011. 11/29 1033
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(4)
「守こそおろかに思ひなすとも、われは命をゆづりてかしづきて、様容貌のめでたきを見つきなば、さりとも、おろかになどは、よも思ふ人あらじ、と思ひ立ちて、八月ばかりと契りて」
――常陸の介こそ浮舟をいい加減にあしらうとも、自分は命に代えて大切にお世話をしていこう。姫君のご器量の素晴らしさを見たならば、どんな人でも粗略になど思う筈はないと思い決めて、ご縁組は八月頃にと約束したのでした――
「調度を設け、はかなき遊び物をせさせても、さまことにやうをかしう、蒔絵螺鈿のこまやかなる心ばへまさりて見ゆる物をば、この御方にと取り隠して、おとりのを、『これなむよき』とて見すれば、守はよくしも見知らず、そこはかとない物どもの、人の調度といふかぎりは、ただとり集めてならべすゑつつ、目をはつかにさし出づばかりにて、琴、琵琶の師とて内教坊のわたりより、迎へとりつつ習はす」
――(それからというものは)手廻りの道具類を調え、とりとめのない手遊びの道具を作らせるにしましても、趣向を格別に、出来栄え優れた蒔絵や螺鈿の、見栄えのするものは、この姫君の方へと隠しておいて、それより劣っている方を、「これがよろしゅうございます」と守に見せるのでした。常陸の介はよくわからないので、つまらない物でも、調度と名のつく物であれば、選り好みもせずに何でも買い集め、実の娘の部屋いっぱいに、やっと目を覗かせられる程に積み上げています。また、琴や琵琶の師匠といえば、内教坊(ないきょうぼう)あたりから、わざわざ招いて来て習わせています――
「手ひとつ弾き取れば、師を立ち居をがみてよろこび、禄を取らすることうづむばかりないて、もてさわぐ。はやりかなる曲ものなど教へて、師と、をかしき夕暮などに、弾き合せて遊ぶ時は、涙もつつまず、をこがましきまで、さすがに物めでしたり」
――娘たちが一曲習い上げますと、師匠を立ったり座ったりして拝んでよろこび、身体が埋まるほどに禄を与えて大騒ぎするのでした。調子が軽くて早い曲などを教えられ、風情のある夕暮れなどに、師匠と合奏するときは、傍目もはばからず涙を流し、愚かしいまでに感動しているのでした――
「かかることどもを、母君はすこし物のゆゑ知りて、いと見ぐるしと、思へば、ことにあへしらはぬを、『あこをば思ひおとし給へり』と、常にうらみけり」
――北の方は多少とも物事の心得があるので、守のなさり方を見ぐるしいと思って、格別相手にせずにいますのを、『わしの娘を馬鹿にしておられるのか』といつも恨んでいます――
◆うづむ=埋む=うずまる程
◆内教坊(ないきょうぼう)=宮中にあって舞姫をおき、節会などの際の女楽を調習するところ
では12/1に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(4)
「守こそおろかに思ひなすとも、われは命をゆづりてかしづきて、様容貌のめでたきを見つきなば、さりとも、おろかになどは、よも思ふ人あらじ、と思ひ立ちて、八月ばかりと契りて」
――常陸の介こそ浮舟をいい加減にあしらうとも、自分は命に代えて大切にお世話をしていこう。姫君のご器量の素晴らしさを見たならば、どんな人でも粗略になど思う筈はないと思い決めて、ご縁組は八月頃にと約束したのでした――
「調度を設け、はかなき遊び物をせさせても、さまことにやうをかしう、蒔絵螺鈿のこまやかなる心ばへまさりて見ゆる物をば、この御方にと取り隠して、おとりのを、『これなむよき』とて見すれば、守はよくしも見知らず、そこはかとない物どもの、人の調度といふかぎりは、ただとり集めてならべすゑつつ、目をはつかにさし出づばかりにて、琴、琵琶の師とて内教坊のわたりより、迎へとりつつ習はす」
――(それからというものは)手廻りの道具類を調え、とりとめのない手遊びの道具を作らせるにしましても、趣向を格別に、出来栄え優れた蒔絵や螺鈿の、見栄えのするものは、この姫君の方へと隠しておいて、それより劣っている方を、「これがよろしゅうございます」と守に見せるのでした。常陸の介はよくわからないので、つまらない物でも、調度と名のつく物であれば、選り好みもせずに何でも買い集め、実の娘の部屋いっぱいに、やっと目を覗かせられる程に積み上げています。また、琴や琵琶の師匠といえば、内教坊(ないきょうぼう)あたりから、わざわざ招いて来て習わせています――
「手ひとつ弾き取れば、師を立ち居をがみてよろこび、禄を取らすることうづむばかりないて、もてさわぐ。はやりかなる曲ものなど教へて、師と、をかしき夕暮などに、弾き合せて遊ぶ時は、涙もつつまず、をこがましきまで、さすがに物めでしたり」
――娘たちが一曲習い上げますと、師匠を立ったり座ったりして拝んでよろこび、身体が埋まるほどに禄を与えて大騒ぎするのでした。調子が軽くて早い曲などを教えられ、風情のある夕暮れなどに、師匠と合奏するときは、傍目もはばからず涙を流し、愚かしいまでに感動しているのでした――
「かかることどもを、母君はすこし物のゆゑ知りて、いと見ぐるしと、思へば、ことにあへしらはぬを、『あこをば思ひおとし給へり』と、常にうらみけり」
――北の方は多少とも物事の心得があるので、守のなさり方を見ぐるしいと思って、格別相手にせずにいますのを、『わしの娘を馬鹿にしておられるのか』といつも恨んでいます――
◆うづむ=埋む=うずまる程
◆内教坊(ないきょうぼう)=宮中にあって舞姫をおき、節会などの際の女楽を調習するところ
では12/1に。