永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(777)

2010年06月26日 | Weblog
2010.6/26  777回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(38)

弁の君はつづけて、

「かたはらいたければ、委しく聞こえさせず。今はのとじめになり給ひて、いささか宣ひおく事の侍りしを、かかる身には置き所なく、いぶせく思う給へ渡りつつ、いかにしてかは聞し召し伝ふべき、と、はかばかしからぬ念誦のついでにも、思う給へつるを、仏は世におはしましけりとなむ、思う給へ知りぬる」
――これ以上のことは、御いたわしくて委しくは申し上げられません。ご臨終の時には多少の御遺言がございましたが、私ごとき卑しい身では処置のしようもなく、ずっと気にかかりながら、どのようにして貴方様にお伝え申したものかと、おぼつかない念仏の間にも思っておりました。こうして貴方様にお話申し上げる機会がありますとは、やはり仏様がこの世にいらっしゃるのだと、つくづく思い知ったことです――

「ご覧ぜさすべき物も侍り。今は何かは、焼きも棄て侍りなむ、かく朝夕の消えを知らぬ身の、うち棄て侍りなば、落ち散るやうもこそ、と、いとうしろめたく思う給ふれど、この宮わたりにも、時々ほのめかせ給ふを、待ち出で奉りてしは、すこしたのもしく、かかる折もやと念じ侍りつる、力出で参うで来てなむ。さらに、これは、この世の事にも侍らじ」
――お目にかけたい物もございます。今となってはどうしたら良いのか、焼き捨ててしまおうか、こうしていつ死ぬか分からない身で、このまま残して置きましたら、どこに散り放たれてしまうか分からないと、大そう不安でなりませんでした。貴方さまがこのお邸に時々お出でになるのをお見かけ申すようになりましたので、こうした折もありはしまいかと辛抱しておりました甲斐がありまして、勇気が出てきたのです。まったくこれは、この世の事ではなく、前世からの因縁でございましょう――

 と、泣き泣き薫のご出生当時のことを細々と思い出して、お話申し上げます。

 さらに、弁の君は、

「空しうなり給ひし騒ぎに、母に侍りし人は、やがて病づきて、程も経ず隠れ侍りにしかば、いとど思う給へしづみ、藤衣たち重ね、悲しきことを思う給へし程に(……)」
――(薫の君が)亡くなられた大騒動に、乳母の母が間もなく病気になりまして、程なく亡くなりました。私はどうしたら良いかと思案にくれ、柏木の君と母との二重の喪に服して悲しみに沈んでおりました時に(たちの良くない男で、私に言い寄っていましたのが、私をだまして西海の果てまで連れて行きましたので、それっきり都の様子が分からなくなってしまったのです)――

ではまた。