永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(778)

2010年06月27日 | Weblog
2010.6/27  778回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(39)

 弁の君の身の上話がつづきます。その男もその地で死んでしまったので、また京に上り、縁故を頼って八の宮邸にお仕えしていること。柏木の御妹の弘徽殿女御の御邸の方にこそ、参上すべきでしたが、何となく気まり悪く顔出しもできず、宇治の山里に老い朽ちる身となったのです。

 とお話を申し上げているうちに、夜が明けてしまいました。薫は、

「よし、然らば、この昔物語は尽きすべくなむあらぬ、また人聞かぬ心やすき所にて聞こえむ。侍従といひし人は、ほのかに覚ゆるは、五六ばかりなりし程にや、にはかに胸を病みて亡せにきとなむ聞く。かかる対面なくば、罪重き身にて、過ぎぬべかりけること」
――まあ、しかし、この話はなかなか尽きそうにはありませんから、またいつか、人目のつかぬところで聞きましょう。小侍従という人は、かすかに覚えていることとしては、私が五、六歳の頃、胸を病んで亡くなったと聞きましたよ。こうして貴女に逢わなかったら、私は実の父の事も知らずに、罪障深い身で終わるはずのことでした――

 と、おっしゃる。弁の君は、

「ささやかにおし巻き合わせたる反故どもの、黴くさきを袋に縫ひ入れたる、取り出でて奉る」
――小さく巻合せた反古紙の黴くさいのを袋に縫い込んであるのを取り出して、差し出されます――

 そして弁の君は、

「御前にてうしなはせ給へ。「われなほ生くべくもあらずなりにたり」と宣はせて、この御文をとり集めてたまはせたりしかば、小侍従にまたあひ見侍らむついでに、さだかに伝へ参らせむ、と思う給へしを、やがて別れ侍りにしも、私事にはあかず悲しうなむ思う給ふる」
――どうぞ、貴方様の手で焼き捨てるなり何なりしてくださいませ。柏木さまが「私はもう生きられそうにもなくなったよ」とおっしゃって、この御文をまとめて私に下さいましたので、小侍従に今度会ったときに、必ず女三宮にお渡し申そうと思っておりました。それっきりで小侍従が死んでしまいましたのも、私ごとですが、ほんとうに悲しうございます――

 と、申しあげます。

◆弁の君=父は左中弁で、八の宮の北の方の叔父に当たるらしい。

ではまた。