永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(768)

2010年06月17日 | Weblog
2010.6/17  768回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(29)

 大君からのお歌の筆跡もお見事で、ほんとうに疵のないご立派な御方だと、薫は、ますますお心から離れないのですが、お供が「都からお車を持って参りました」とお帰りを催促していますので、あの宿直人に濡れたご衣裳を脱ぎ与えられ、ご自分は直衣に着替えられて、

「帰り渡らせ給はむ程に、必ず参るべし」
――(八の宮)が御寺からお帰りの頃に、必ずまた参上しますから――

 とおっしゃって、京にお発ちになったのでした。

さて、京にお帰りになった薫は、

「老人の物語、心にかかりて思し出でらる。思ひしよりはこよなくまさりて、をかしかりつる御けはひども、面影に添ひて、なほ思ひ離れ難き世なりけり」
――あの弁の君という老女の話が、気懸りであれからずっと物思いを続けております。また姫君達はといえば、想像していた以上にご立派で美しかったご様子が目の前にちらついて、やはり道心への道はそう簡単ではなさそうだ――

 と、お心も弱って行かれるようです。

 薫は宇治の姫君達に御文を差し上げます。好色がましさを極力避けて、厚手の白い紙に筆を念入りに選んで、墨の具合にもお気を配られてお書きになります。お手紙に、

「うちつけなるさまにや、とあいなくとどめ侍りて、残り多かるも苦しきわざになむ。かたはし聞こえ置きつるやうに、今よりは御簾の前も心やすく思しゆるすべくなむ。御山ごもり果て侍らむ日数も承りおきて、いぶせかりし霧のまよひもはるけ侍らむ」
――ぶしつけではないかと、何となく差し控えまして、申し上げたいことも沢山残して参りましたことが気になっております。あの時も申し上げましたように、今後は御簾の御前にも気軽にお許しくださいますようにお願い致します。八の宮の御参籠が終わる日をお待ちして、また霧を分けてお尋ねしながら、あの時残念にもお目にかかれませんでした宮にお会いいたしたいものです――

 と、真面目にしたためられて、左近の将監(さこんのぞう)を使いとして、「あの弁の君を尋ねてこの文を渡せ」とお言い付けになります。あの寒そうにしていた宿直人をあはれに思われて、何やかやと土産をに持たせます。

◆左近の将監(さこんのぞう)=左近衛府の三等官で、六位相当。

◆いぶせかりし霧のまよひもはるけ侍らむ=鬱陶しい霧に迷ったことも晴らしたい(
  お目にかかれなかった憂さを晴らしたいです) 

ではまた。