永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(766)

2010年06月15日 | Weblog
2010.6/15  766回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(27)

 薫は、いましがたの弁の君(べんのきみ)の話に怪しくお心が騒いで、夢の中の話か、巫女の類の問わず語りを聞いているようなお心持ではありますが、その一方では、

「あはれにおぼつかなく思し渡ることの筋を聞こゆれば、いとおくやかしけれど、げに人目も繁し、さしぐみに古物語にかかづらひて、夜を明かしはてむも、こちごちしかるべければ」
――前々から何となくはっきりとしたことが分からないあのことを、弁の君が話しているようなので、その先も聞きたいけれど、なるほど辺りに人も多く、出会った早々に昔話にかかずらわって、夜を明かしてしまうのも気が重いので――

「そこはかと思ひわく事はなきものから、いにしへの事と聞き侍るも、ものあはれになむ。さらば必ずこの残り聞かせ給へ。霧晴れゆかばはしたなかるべきやつれを、面なく御覧じとがめられぬべきさまなれば、思う給ふる心の程よりは、口惜しうなむ」
――何がどうなのかはっきり分かりませんが、昔の事と聞きますと、なつかしく思われます。ではいずれ必ずこの続きをお聞かせください。霧が晴れては極まり悪いような忍び姿を、厚かましくも姫君方から見咎められそうな有様ですから、残念ながら、長居も出来ませんし――

 と言って立ち上がられますと、折から、八の宮がお籠りになっていらっしゃる寺の鐘の音が、かすかに聞こえてきて、あたりは一面霧が深く立ち込めてきました。はるかに峯の八重雲を見るにつけ、寺の八の宮との隔たりがあわれに思いやられて、薫の心の内では、

「この姫君達の御心の中ども心苦しう、何事をおぼし残すらむ、かくいと奥まり給へるも道理ぞかし」
――やはりこの姫君たちの御心中がお気の毒で、これではきっと様々に物思いの多いご生活であろう。こうした内気でいらっしゃるのも尤もなことだ――

薫の(歌)

「あさぼらけ家路も見えずたづねこし槇の尾山はきりこめてけり」
――夜が明けても家路さえ見えぬ程、はるばる尋ねてきた槇の尾山(まきのおやま)には霧が深く立ち込めていることだ――

◆槇の尾山(まきのおやま)=宇治で名高い山

ではまた。