永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(763)

2010年06月12日 | Weblog
2010.6/12  763回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(24)

 この老女は辺りを憚ることなく、

「あなかたじけなや。かたはらいたき御座のさまにもはべるかな。御簾の内にこそ。若き人々は、ものの程知らぬやうに侍るこそ」
――まあ、勿体ないこと。失礼なお席の設け方ですこと。御簾の中へどうぞ。若い人たちは物の分別がありませんでね――

 などと、きつい調子で叱るような声が、年寄りくさいのも、姫君達には気まり悪く恥ずかしい思いでおりますが、老女は年来の薫の御厚意を八の宮に代わって御礼申し上げますにも、無遠慮で馴れなれしくてちょっと小憎らしいものの、人柄の感じはなかなか品があって、このような場合の応対にそつがなく、薫は、

「いとたづきも知らぬ心地しつるに、うれしき御けはひにこそ。何事も、げに思ひ知り給ひける頼み、こよなかりけり」
――まったくよりどころもない気持ちでおりましたところ、ご厚意の程嬉しくおもいます。(あなた方の方で)何事もご存知でいらしたと思えば、この上なく頼もしい次第です――

 と物に寄りかかりながらおっしゃる御方のお姿を、老女が几帳の陰からそっと拝見しますと、

「曙のやうやうものの色わかるるに、げにやつし給へると見ゆる、狩衣姿のいと濡れしめりたる程、うたてこの世の外のにほひにや、と、あやしきまで、薫り満ちたり」
――次第にものの見分けがついてくる曙の時とて、なるほど忍び歩きの狩衣姿がひどく
濡れてはいらっしゃいますが、なんとまあ、この世ではない(極楽世界)匂いなのかと怪しい位に、薫りが満ちているのでした――

 この老女は、薫であると知って、わなわなと泣き出して、「こんな事を申し上げては出過ぎているとお咎めを蒙りそうで、我慢しておりましたが」と、昔の事を話し出すのでした。

◆たづき=方便、手段、手掛かり