永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(770)

2010年06月19日 | Weblog
2010.6/19  770回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(31)

 さて、薫はまた宇治に参上しようとお思いになって、

「三の宮の、かやうに奥まりたらむあたりの、見まさりせむこそをかしかるべけれ、と、あらましごとにだに宣ふものを、聞こえはげまして、御心騒がし奉らむ、と思して、のどやかなる夕暮れに参り給へり」
――そういえば、三の宮(匂宮)が常日頃「こんな奥深いと思うような山家で、思いがけない美しい女に巡りあったら、さぞかし趣深いだろうに」と、想像をたくましくしておっしゃったことがありましたっけ。これは好い機会だ。匂宮をおだてて、大げさに作り話もつけて、お気を揉ませて差し上げよう、とお考えになって、のどかな夕暮れ時に、匂宮の御殿に参上なさいました――

 いつものようによもやま話にうち興じたついでに、薫は宇治の八の宮のお話を持ち出して、あの明け方にちらっと御覧ななった姫君たちのご様子を詳しく申し上げますと、

「宮いと切にをかしと思いたり。さればよ、と御気色を見て、いとど御心動きぬべく言ひ続け給ふ」
――匂宮はご興味を持たれたようで、ひと膝乗り出されます。やはり案の定だ、と薫は匂宮のお顔色を見て取って、いよいよお心が傾くように宇治のご様子を語り続けられます――

匂宮が、

「さてそのありけむ返り事は、などか見せ給はざりし。まろならましかば」
――それで、その大君のお返事とやらを、なぜ私にお見せにくださらなかったのですか。私なら、勿体ぶって隠したりはしないのに――

 と恨みがちにおっしゃいます。薫は、

「さかし。いとさまざまご覧ずべかめる端をだに、見せさせ給はぬ。かのわたりは、かくいともうもれたる身に、ひき籠めて止むべきけはひにも侍らねば、必ずご覧ぜさせばやと思ひ給へれど、いかでか尋ねよらせ給ふべき……」
――そうでしょうか。宮も随分ご覧になるらしい女文の片端さえ私にはお見せになりませんね。あの宇治の姫君達は、私のような華やかさのない男が一人占めして済ませれるような方々ではありませんから、必ず貴方にお目にかけたいとは思いますが、貴方のような御身分の方が、どうして宇治までお出でになれましょうか……――

ではまた。