永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(760)

2010年06月09日 | Weblog
2010.6/9  760回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(21)

 姫君たちのご様子を透垣越しに眺めておられる薫は、お心の中で、

「昔物語などに語り伝えて、若き女房などの読むをも聞くに、必ずかやうのことを言ひたる、然しもあらざりけむ、と、憎くおしはからるるを、げにあはれなるものの隈ありぬべき世なり」
――昔から伝えられている物語を若い女房達が読んでいるのを聞くと、必ずといって良いほど、思いもかけない所に美しい女が住んでいると描かれている。いくら昔でも、よもやそんなことは無かったであろうにと、つい反感を覚えたものであったが、なるほど今の世にも、人目につかぬところにこんな方々が居れば居るものなのだ――

 と、お心が騒だって来るのでした。

「霧の深ければ、さやかに見ゆべくもあらず。また月さし出でなむと思す程に、奥の方より、人おはす、と告げ聞こゆる人やあらむ、簾おろして皆入りぬ」
――霧が深いので、姫君たちのお姿をはっきりと目に留めることもできません。月が顔を出して欲しいものだと思っていらっしゃるときに、奥の方で「どなたかがおられます」と知らせる人がいたらしく、急いで御簾を下ろして、姫君達はもちろん女房、女童もみな奥に隠れておしまいになりました――

 奥にお入りになるご様子は、

「おどろき顔にはあらず、なごやかにもてなして、やをら隠れぬるけはひども、衣の音もせず、いとなよよかに心苦しくて、いみじうあてにみやびかなるを、あはれと思ひ給ふ」
――驚きあわてたご様子でもなく、ごく物やわらかな身のこなしで、すべり隠れるときの衣ずれの音もさせぬなど、いじらしい程で、この上なく上品でもあり、みやびやかでもあって、薫はいっそうしみじみあわれ深く、うっとりとしてしまわれるのでした。――

 薫は蘺(まがき=荒く編んだ垣根)から出て、先ほどの宿直人に、何かを耳打ちなさっています。

ではまた。