先島諸島を襲った大津波のことは、この連載第17回で書きました。「ヨナタマ」海霊、霊魚を捕え喰おうとした人間たちは、海神の怒りを買い津波でさらわれてしまう。しかしこの靈魚を助けたり、話す言葉を素直に聞き理解した人たちは救われる。あるいは大いなる幸を授けられる。
柳田国男は「物言ふ魚」で、ジェデオン・ユエ著『民間説話論』を取りあげていますが、グリム童話「ハンスのばか」、あるいは「馬鹿のハンス」とも翻訳されている作品の原型は、ユエの紹介している昔話であるとしています。
霊魚を助けた人間は、願い事、望むことが何でもかなうという不思議な力を与えられる。この伝説昔話は西欧、南欧さらにはロシアに広がっている。またシベリアや蒙古でも形跡がある。
昔、貧しくまた醜く、大馬鹿の若者がいた。彼は釣りに出かけ、不思議な魚をとった。この魚は話ができ、「もしわたしを水にかえしてくれれば、あらゆる願い事がかなう才能を授けてあげましょう」。若者は魚を水に投げかえした。
帰路、王城の前を行く若者の醜さと間抜けた様子に、王女が窓から馬鹿にして哄笑した。腹をたてた若者は、口のなかで「お前は妊娠すればよい!」。すると魚との約束にしたがって、彼の願いはかなった。
父の王は訳もわからず怒り、娘を牢に入れてしまった。そして赤ん坊の王子が少し大きくなるのを待って、赤子の父親探しの計画を立てたのである。乳母に抱かれた子を宮殿の広場に置き、町のすべての青年を行列させて進ませるというテストである。子どもは惨めな様子をした醜い若者、この馬鹿な男をだけ指差した。そう、父はこの若者である。
父親はまたも怒り、王女と青年と幼児を、樽に詰めて海に投げ捨てさせた。狭い樽のなかで王女は若者に聞いた。「どうして知りあいでもないあなたが、子どもの父親なのですか」。若者は魚の話を語り、かつて窓辺の姫に怒り、はらめと口にしたばかりにこの子が産まれたと言った。
「では、あなたの願いは何でもかなうの?」「樽が近くの海岸に早く着くようにお願いしてよ」。岸に辿りつくと今度は「樽が開くように頼んでちょうだい」
「立派な宮殿がここに建つようにお願いしてよ」。そして「あなたが美しくなるように、あなたが利口になるようにお願いして」。すべて実現するのであった。
国王も王女の智恵で、自らの過ちに気づき和解がもたらされた。そして美しく才気あるようになった若者は、国王の婿となり、その後王位の継承者となった。
グリムの「馬鹿のハンス」はこの話にそっくりです。ところが大切なポイントである霊魚が出て来ない。なぜ青年が特殊な能力を得たのか、その説明が欠落しているのです。また不思議なことに「ハンスのばか」はほとんどのグリム童話集から除外されています。
ドイツ文学者の吉原素子、吉原高志氏によると、この話はグリム童話集の初版にのみ掲載されている。1812年にグリムがカッセルで、ハッセンプフルーク家の姉妹から聞き取った。しかしグリムは「ハンスのばか」を、フランスの話でありドイツの昔話ではないと推測し、第2版以降は省いたという。AT675番。
グリムはこの話の欠陥に気づいていたのではないでしょうか。超能力を有する若者は姫から指示される以前に、その能力を誰かから気づかされ、もっと早い時点で望みをかなえることができたはずです。ということは、姫が懐妊する少し前に、特殊な力を得たはずです。なぜ手にすることができたのか? グリムには謎だったのではないでしょうか。おそらくグリムは霊魚が与えたことを知らず、この話の決定的な弱点、完成度の低さから削除したのではないか。そのように思えます。
ところで長沢芦雪と地震津波のことは「津波の歴史」第14回で書きました。南紀串本、無量寺の虎がじっと見つめているのは、「ヨナタマ」すなわち霊魚ではないか。虎は霊魚の語ることを聞き、さらには対話しようとしているのではなかろうか。近ごろ、そのように思えて仕方ない。
若冲の象と鯨の図も同様だが、動物たちはひそかに交信対話しているようだ。異種動物間でのコミュニケーション、そして霊魚と幸運と津波。そのような思いのトライを、これからも幾度か試みてみようと思っています。
参考書
○『民間説話論』ジェデオン・ユエ著 1981年 同朋舎 関奎敬吾監修・石川登志夫訳(原著1923年パリ刊)
○『初版グリム童話集』第2巻(全4巻) 吉原素子・吉原高志訳 1997年 白水社
<2011年6月3日 南浦邦仁>
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