映画と本の『たんぽぽ館』

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「静かな大地」 池澤夏樹 

2017年02月15日 | 本(その他)
知っておくべき北海道の歴史

静かな大地 (朝日文庫 い 38-5)
池澤 夏樹
朝日新聞社


* * * * * * * * * *

明治初年、淡路島から北海道の静内に入植した宗形三郎と四郎。
牧場を開いた宗形兄弟と、アイヌの人々の努力と敗退、繁栄と没落をえがく壮大な叙事詩。
著者自身の先祖の物語であり、同時に日本の近代が捨てた価値観を複眼でみつめる
構想10年の歴史小説。
第3回親鸞賞受賞作。


* * * * * * * * * *

かなりボリュームのあるこの本、
でも興味尽きることなくじっくり噛み締めながら読みました。
私は北海道に生まれながら、札幌にいると、あまりアイヌの人々については身近ではありません。
内地の人と知識においてはあまり変わらないかもしれません・・・こんな年でも。
でも、そんな私にとって本作は絶対に読むべき本でした。


本作は、由良という女性が、
伯父にあたる宗形三郎という人のことを聞いたり調べたりして文章にまとめた、
という体裁になっています。
だから、時には語り口調だったり、手紙文であったり、またある時は小説調。
したがって、色々な人から見た三郎像が描かれていて、
実像をしっかりと形作っていきます。


始まりは、淡路島のお侍たちが北海道の静内に入植する経緯。
なぜ淡路島からはるばる北海道までやってきたのか、
というのもなかなか切ない事情があるのです。
何れにせよ明治維新で、武士たちは新たな生き方を探さなければならなかったわけですね。
この時三郎はまだ少年です。
静内の港について、船上からはじめてアイヌの男性を見る。
威風堂々としたその姿に、彼と弟・志郎(由良の父)は感動してしまったのです。
カッコイイと思ったのです。
他の人達は「ドジン」だと、蔑んだ気持ちを抱いただけだったのだけれど。


第一印象が大事なんですね。
この後、この兄弟は頻繁にアイヌの家に出入りし、
オシアンクルという同年代の男の子と親友になり、言葉を覚えてゆくのです。
三郎は長じて、アイヌの人々と共同で牧場を開き、馬を育ててかなりの成功を得ます。
しかし、それまでの文中で、
三郎は何か悲しい事情で亡くなってしまうことが伺われるのです。
物語は、そのことに向かってどんどん収束していくのですが、
実際その最期の出来事には胸がふさがり、涙、涙・・・。


私は三郎が、札幌の官園農業現術学校で一年間学ぶところがとても好きでした。
当時「札幌農学校(今の北大)」があったことはよく知られていますが、
それよりももっと即戦的、実践的に新しい農業を学ぶ学校があったのですね。
北海道は寒くてお米が栽培できません。
(今は品種改良が進み、どんどん良い米が採れますが。)
だから今まで見たこともない馬鈴薯や唐黍の栽培の仕方を
アメリカから学ぶ必要があったのです。
また牧畜などのことも。
札幌農学校はすぐ近隣にあったので、
あのクラーク博士が退任のときに放ったあの言葉を、三郎が聞くシーンがあるのですよ。

「野心的であれ。
大いなる志を持て。
金銭や、利己的な勢力拡大、人が名声と呼ぶところの儚い栄誉に対してではなく、
知識と廉直とこの地の人々すべての向上という目的に対して、野心的であれ。」


正にこの言葉の通り、
三郎は新しい知識や技能を意欲的に余すところなく吸収し、
それを自分ばかりではなく、故郷静内の人々にも伝え、
地域のために尽くしたのです。
この学校で開拓の夢と希望にあふれた三郎のなんと晴れがましいく力強いこと。
読んでいてもワクワクします。
本当に、こういう人達によって北海道は発展したんだなあ・・・。
そうして、大きな牧場を開いた三郎は、人々の人望もあったのですが、
ただ、アイヌの人々とあまりにも親しく近いことが、
人々の眉をひそめさせることもあった・・・。
それが悲劇の芽です。


本作で描かれるアイヌの文化もまた、今だからかもしれませんが、
ある意味憧れさえ覚えてしまうのですね。
かつて山や川にあふれるほどいた、熊や鹿、狼、鮭。
それは神から授かったものなので、本当に必要なだけ採り、神に感謝した。
けれど、和人がやって来るようになって、
彼らは食べるためだけでなく、お金儲けのためにそれを採る。
あっという間に熊も鹿も狼もいなくなり、鮭も上がって来なくなる。
おまけにアイヌの人々は住むところを奪われ、片隅に追いやられ、蔑まれる。
なんという愚行・・・。
まあ、それをしたのは私のご先祖さま(しかも、そう遠くはない)
というのが、まったくもって複雑です。
もちろん直接的に悪意を持ってそれを行ったわけではないにせよ。


思うに、三郎は最後には守るものが多くなりすぎていたのではないでしょうか。
若いうちは身一つ、どう転んでも自分だけのこと。
体力はあるし、気力も充実。
怖いものなんか何もない。
だからどんどん思うように前進できた。
けれども次第に年令を重ね、家族ができます。
共に暮すアイヌの人々、そしてまたすべてのアイヌも守らねば・・・と、
背負うものがどんどん膨らんで、怖くなってしまったのでしょう。


由良の父、志郎と母の馴れ初めの話のところも傑作で、好きでした。
誰の人生も、皆ドラマだなあ・・・。


静内は日高地方にあって、今も馬の名産地です。
なので私、本作を読んで、
三郎が牧場を作るということでつい競馬用のサラブレッドを連想してしまっていたのですが、
それは大きな間違いであることにすぐ気づきました。
当時のことですから、荷車を曳いたり農耕に使う馬ですよね。
特にこの広い北海道の開拓に馬は必需品。
そしてまた、軍馬としての需要も高かったようです。
時は移り変わります。


一度劇的に減った鹿も、今はまた増えすぎて少し困ったことになっています。
対策に狼を話してみては?などという話があるくらい。
秋には川に棒が立つくらいに鮭が溢れかえった・・・
などという光景を、見てみたいものですねえ・・・。


「静かな大地」池澤夏樹 朝日新聞社
満足度★★★★★★(!)
図書館蔵書にて


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2 コメント

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池澤さんの中で一番好きかも (こに)
2017-02-16 07:50:41
読み応えのある作品ですね。
アイヌや開拓民の話題を目にすると必ず本作を思い出します。
私にも100%満足の小説でした!
Unknown (たんぽぽ)
2017-02-16 20:01:36
>こにさま
わたしはこれですっかり池澤夏樹さんにハマってしまい、今後もどんどん読む予定になっております。読書の楽しみが広がりました。
まだまだ、読んだことがなくて素晴らしい作家や本がありそうです。

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