狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

禁煙、禁酒とタクシーと看板アナウンサー  

2008-05-31 08:19:12 | 県知事選

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今日から世界禁煙デー が始まり6月6日までは「禁煙週間」だそうだ。

我が家では大学生の息子も含めて煙草を吸わないのでこんな「デー」には「ムエン・デー」(本人はダジャレのつもり)である。

時事ニュースとしてはちょっと古くなるが、沖縄では既に去る四月一日からタクシー内では全面禁煙となった。

全国でも18番目だというから早い方なのだろう。

毎月一度集まって飲み会をする仲間内でもこれが話題にならなかったのは、

喫煙する者は一人でけで、しかもあまりタクシーは利用しないからなのだろう。

同じく広島でも禁煙に厳しいのは「平和教育」が活発だからなのか。

禁煙:公共施設とタクシー、全面禁煙化を 県医師会が要望 /広島

酒には寛容な沖縄なのに、地ビールならぬ「地タバコ」のある沖縄で煙草には何故か厳しい。

そこで今日のエントリーちょっと強引過ぎるかとも思うがタクシーと禁煙と禁酒の話。

快適な利用へ 県内タクシー禁煙スタート カメラ 2008年4月1日
 県内の法人タクシーが加盟する県ハイヤー・タクシー協会(伊集盛先会長)と、個人タクシーが加盟する全国個人タクシー協会沖縄支部(仲程力支部長)の全車計約5570台が1日から全面禁煙になった。全県的にタクシーが全面禁煙となるのは全国で18番目。県内のタクシーには1日、ドア部分に「禁煙車」を示すステッカーが張られた。
 同日午前、那覇市の県ハイヤー・タクシー協会で「全面禁煙タクシー」出発式があった。伊集会長が「公共の乗り物で禁煙が実施されていなかったのはタクシーだけで、長い間、客に迷惑を掛けた。快適に利用してもらうため頑張りたい」とあいさつした。
 式では禁煙ステッカーが配布され、ジャイアンツタクシー乗務員の米村清勝さん(七一)は「喫煙者に吸うなと言うのは難しいが、お互いの健康にいい。吸わないよう理解を求めたい」と話した。

                                                 ◇

 煙草には厳しくとも、酒に寛容な沖縄では未成年の集団飲酒は日常茶飯事。

最近では未成年の集団飲酒もニュース価値がないのか、

高校生や中学生の集団飲酒では記事(ウェブ記事)にもならない。

この程度「宜野湾で高校生3人を補導 」や、この程度「中学生5人を補導 」は産経新聞那覇支局長小山さんのブログ「今夜も、さ~ふ~ふ~」に頼らざるを得ない。

さすがに、小学校での禁酒講演会には驚いたのか、新聞もこれは記事にした。

「飲酒、断る勇気を」 非行防止で県警課長 カメラ  (11/17 10:31)

念ために言っておくが決して「アル中オヤジ」向けの禁酒講演会ではなく、小学生むけの講演会である。

新聞には載っていたようだが、ウェブ記事では女子中学生が学校で大暴れの記事は見当たらなかった。

これこそ「東スポ風」に一面大見出しだと思うのだが・・・。

白昼の悪夢!

女子中学生 泥酔で学校に乱入

暴言を吐いて大暴れ!

警察に取り押さえられ御用!

・・・とか。

小山さんのブログによるとこうなる。

いつもの集団飲酒かと思ったら、スケールが違いました。

27日午前10時30分から、昼にかけて、
女子中学生3人(いずれも13歳)が、那覇市内のアパート階段で飲酒。
その後、泥酔状態で学校に入って、暴言を吐き、大暴れを始めたため、
警察に通報され、補導に至ったもの。

どうも、この日、登校後、服装などを注意され、
校外に出て、酒を飲んでうさ晴らし、
その勢いで再び学校に乱入したということらしいです
。≫

さて、禁煙⇒タクシー⇒禁酒⇒泥酔・・・

と強引に話を繋いでくるとあの大物の話を避けて通るわけにはいかない。

時を遡ること17年の平成3年。

NHKの金看板・松平アナウンサーが酔ってタクシーに乗り、運転手とトラブルを起こしたあげく、後部座席から運転手の頭を蹴り上げた事件。

ニュースの時間には「こんばんは、松平です」が売り物の国営放送の人気アナウンサーの御乱行に、

巷では話題騒然、喧々諤々、肝心のトラブルの原因はさて置いて、興味の中心は専ら松平アナウンサーのキックの切れ味。

後部座席から狙いたがわず運転手の頭を蹴り上げる飛燕の技は何処で修得したのか。

看板アナウンサーは、テコンドーの達人なのかはたまたサッカーの強力ストライカーだったのか。

謎は謎を呼び、座席から蹴り上げた時の頭の位置も話題になった。

アレは秘伝の逆立ち蹴りだという説もあれば、サッカー界からはいやアレはオーバーヘッドシュートだという説も乱れ飛んだ。

松平アナウンサーは「その時」何をしたのか。

2チャンネルで「その時」の歴史を解明する記述があった。

「その時歴史はどう動いたか」を解明する貴重な史料として保存のため以下にコピペする。

                    ◇

543 :名無しさんといっしょ:2008/01/29(火) 12:06:01 ID:a3yCiCWL
こんばんは、松平です。
歴史を大きく動かした「その時」には、
その瞬間の人々の決断や苦悩のドラマがあります。
今日の「その時歴史が動いた」は、
私がタクシー運転手を蹴り殺そうとした「その時」をご紹介します。
~~~~~
時は、西暦1991年、平成3年。
日本は第二次大戦後、空前の経済繁栄に酔いしれていました。
事実上の国営放送である特殊法人のNHKこと日本放送協会。
衛星放送を始めるなど順調だったこの局の看板アナウンサーが、
徳川御三家の流れを汲む松平定知でした。
松平がタクシー運転手を蹴るまで、あと3日。
~~~~~
さあ、今日の「その時」がやって参ります。
彼は泥酔したまま車に揺られながら、吐き気を覚えていました。
とそのとき、運転席からタクシー運転手の舌打ちが聞こえました。
~~~~~
彼が何故、タクシー近代化センターに通報するより、
その場で、自らの足を使って成敗することを決断したのか 、
これは現在に至っても、未だなお日本の歴史上最大の謎とされています。
~~~~~
今日は、後日発見された彼の日記をご紹介して、お別れしたいと思います。
「徳川幕府の支配層であった私がなぜ雲助ごときに舌打ちされるのか。
国営放送局のアナウンサーとタクシー運転手では、比べものにならぬ。
私の先祖は、民衆の生殺与奪を思いのままにしてきた。その子孫である
私が、いま人を一人蹴り殺すことで、なんの非難を浴びようか。」

その後、彼は当時のニュース番組を降板し、謹慎処分になりましたが、
再びアナウンサーに返り咲き、今度はスタッフにペンを投げつけるなど、
相変わらずの態度に辟易した視聴者からの抗議は耐えませんでした・・・

そんな私から最後の一言、受信料は国民の義務。払ってください

                      ◇

なお、「その時」以後、松平アナウンサーは「逆手に取って」というフレーズは「サカテ」とは言わずに「ギャクテに取って」と発音するようになったという。 サカテは「酒手」を連想するからだという説もあり、また「その時」以後、中川(酒)と親交を深めたという説もあるが、何れも真偽の程は定かではない。

 

通常タクシーと酔っ払いの話は、松平アナウンサーの例の通り、運転手と酔客というのが相場だが、・・・

飲兵衛天国沖縄では話が違ってくる。

プロドライバーであるはずのタクシー運転手の泥酔が問題だというから怒るべきか笑うべきか、いや、松平アナウンサーの例のように笑っては済まされないだろう。

だがこれも何故か新聞にあまり載らない。

で、一年前の記事をやっと見つけ出した。

タクシー検問強化 飲酒運転対策
2007年1月10日 
6日に個人タクシー運転手(51)が道路交通法違反(酒酔い運転)容疑で現行犯逮捕された問題を受け、那覇署は9日、那覇市西の県個人タクシー事業協同組合会議室でタクシー関係者など15人を集めて飲酒運転撲滅緊急対策会議を開いた。昨年11月にも別の個人タクシー運転手が飲酒運転で逮捕されており、同署はタクシーに対する検問を強化する方針を示した。
 県警はこれまでタクシーについて、営業に支障が出ることやプロドライバーとしての信用から検問の際は配慮してきたという。しかし、タクシー運転手が相次いで逮捕された事態を受け、同署の當間和廣交通対策課長は「急いでいる人からは苦情が出てくると思うが、命が大事だと強調した。
 法人タクシーの各事業所で活用されているアルコール検知器を、個人タクシーでも今後導入することも確認した。
 昨年11月に逮捕された運転手は飲酒運転を繰り返していたことに加え、今回逮捕された運転手も飲酒運転の常習の可能性が指摘されており、那覇地区交通安全協会の島袋武会長は行政と連携したアルコール依存症のチェック体制の確立を訴えた。
 全国個人タクシー協会沖縄支部の仲程力支部長は「再発防止できなかったことは非常に残念で、県民に心からおわびしたい」と陳謝。「飲酒運転は許されない行為であり、撲滅に向けて最大限の努力を続けていく」と述べた。

                     ◇

ローカル放送「ラジオ沖縄」の| 方言ニュース出でも紹介されていた。

 県内タクシー会社、アルコール検…

しつこく念を押しておくと、上記引用記事は酔客と運転手とのトラブルを避けるため県警とタクシー協会が努力しているのではない。

注意すべき酔っ払いは後部座席の客ではなく、ハンドルを握る運転手だというから、

松平アナウンサーも後部座席で、ふんぞり返って、

オチオチヘドも吐いておれないだろう。

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宮城晴美氏の苦悩(2)-真実味ない「決定的証言」

2008-05-30 06:43:45 | ★集団自決

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那覇市史完成 編さん47年【写真】(沖縄タイムス 2008年5月22日)
那覇市史完成 編さん47年
 数十万年前の古那覇の地形形成から琉球王朝時代、戦前戦後、現代に至る歴史をまとめた「那覇市史」全三十三分冊がこのほど完成した。一九六一年に編さんを始めて以来、大学・研究機関の専門家や研究員、大学院生、一般市民らが資料収集や執筆作業に参加。四十七年間の地道な編さん活動の集大成となった。二十年以上市史編さんに携わっている市歴史博物館の島尻克美さんは「那覇に限らず琉球・沖縄の歴史を網羅した貴重なデータ資料が完成した。多くの人が活用し、沖縄の歴史に興味を持つ若い世代の育成にもつなげたい」と話した。
 市史は通史編三巻と、資料編三巻二十九冊、総索引・市政年表の別巻一冊の計三十三冊。

 琉球王朝時代までをまとめた第一巻には中国との交流の任務に当たった久米村の家譜や、首里に居住した士族各層の家譜それぞれ五十一冊などを収録。明治以降の近代史、第二巻には県内の新聞記事や市民の戦争体験記などを記した戦時記録、沖縄戦で破壊される前の旧那覇・首里・真和志・小禄の生活文化、祭祀などが分かる民俗資料などがある。

 戦後の現代史、第三巻は二〇〇〇年までの資料を集めた。

 行政書類に加え、沖縄戦の収容生活、満州、朝鮮、フィリピンなどでの市民の戦争体験記などを掲載している。

 市は市史編さん作業を通し、古文書解読などの講座を開講。受講者が解読した資料を市史に掲載するなど市民参加型の編さんを進めてきた。

 市歴史博物館主査の宮城晴美さんは「写真や情報の提供など多くの市民や研究者の協力に支えられた。今後は市史を使った講座などを通し、市民に還元していきたい」と話した。

 市史は歴史博物館で購入できる。

 問い合わせは同博物館、電話098(869)5266。

                                                ◇

那覇市の国際通りの端っこ、県庁や那覇市役所庁舎の在る界隈に「パレット久茂地」という賑やかなショッピングモールがある。

宮城晴美氏、その中にある「那覇市歴史博物館」の主査を勤めている。

宮城氏がマスコミに登場するときは女性史研究家という肩書だが、2000年12月に『母の遺したもの』を出版した後の2001年より、那覇市職員としての公務員としての別の顔も持っている。

そんな宮城氏の那覇市職員としての別の一面を報じたのが、上記タイムス記事である。

那覇市歴史博物館ホームページ 

宮城氏は、今や単なる「沖縄戦証言者」としてのみならず、公務員兼女性史研究家としてマスコミや県そして市町村主催の文化講座では講師としてなくてはならない存在になっている。

活躍の例
「トートーメー」の歴史を学ぼう!2月23日(土) 午前10時~11時半
宮城晴美(那覇市歴史博物館主査)

 彼女が母の遺言を踏みにじった代償は「沖縄タイムス史観」に支えられた現世の栄誉だったのだろうか。

知人のふと漏らした独言が耳をよぎった。

「沖縄で『識者』として生き抜くには『タイムス史観』を全面的に受け入れねばならぬ」

「物言えば唇寒し・・・」とも。

昨日に引き続き「沖縄戦「集団自決」から62年 真実の攻防 第2部」より宮城晴美氏に関する記事を抜粋し以下に引用します。

                     ◇
 
平成19年10月26日
真実の攻防 沖縄戦「集団自決」から62年 第2部 <4>

宮城晴美氏の苦悩(2)-真実味ない「決定的証言」、同じ証言、既に著書に引用 
 9月29日の沖縄県民集会を報じる新聞を掲げながら、検定撤回のビラを配布する「大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会」の関係者=15日午後、有楽町マリオン前(岩城喜之撮影) 
 「戦隊長による命令があったかどうかは分からない。しかし、住民の『集団自決』は軍の命令や指示によるもので、その最高責任者は部隊の指揮官である梅澤氏だ」。七月二十七日、大阪地裁で証人尋問に立った宮城晴美氏(57)は、それまで梅澤隊長の自決命令を否定する立場だったが、今年六月二十四日、座間味村の宮平春子さん(80)に取材して認識を変えたと語った。
 春子さんから、兄で兵事主任だった宮里盛秀助役(当時)が「軍からの命令で敵が上陸してきたら玉砕するように言われている」との発言を聞き、これを軍命令の「決定的な証言」と受け止めたという。

 だが、この証言は目新しいものでもなければ、決定的でもない。なぜなら宮城氏は、この証言を既に知っている。それは、宮里助役の父、宮村盛永氏の自叙伝(昭和三十一年十月起稿)にある。

 息子の盛秀氏が「今晩忠魂碑前で皆玉砕せよとの命令があるから着物を着替えて集合しなさい」と父に語っており、宮城氏は『母の遺したもの』二百十七ページに引用している。春子さんはその場にいて、兄のこの言葉を聞いていたのである。

 宮城氏は、盛永氏の自叙伝でこの発言を読みながらも、隊長の自決命令はないと判断したのである。なぜか。昭和四年から九年にかけて座間味村長を務めた宮村盛永氏の自叙伝は「集団自決」騒動が社会問題化する前に書かれたもので一級の資料である。これを読めば、当時の村民の息遣いが感じられる。

 <(三月)二十四日、午前九時からグラマン機はますます猛威をふるい、日中は外に出ることは不可能であった。敵の上陸寸前であることに恐怖を感じながら、この調子だと家族が全滅するのも時間の問題だと考えたので、せめて部落に居る盛秀夫婦、直(注・五男)、春子とともに部落の近辺で玉砕するのがましではないかと家族に相談したら、皆賛成であった。同日の夜、自分は座間味の壕に帰り、村の情況と家族の安否を尋ねたら、皆元気いっぱいで覚悟の活動をしていた。(略)

 (二十五日)午後九時頃、直が一人でやって来て「お父さん敵は既に屋嘉比島に上陸するから村の近い処で軍と共に家族全員で玉砕しようではないか」と持ちかけたので皆同意して早速部落まで夜の道を急いだ。>

 そこに記されているのは、村人の玉砕に対する潔い覚悟と準備の様子だ。軍や隊長の命令という字句は一つもない。実際、初枝さんは、盛秀氏が梅澤隊長に向かって「老人と子供たちは軍の足手まといにならないよう、忠魂碑前で玉砕させようと思います。弾薬を下さい」と申し出た場に立ち会っている。それを止めたのは、ほかならぬ梅澤隊長だ。直接、梅澤隊長が自決または玉砕命令を出したと証言する人物はこれまで一人も出ていない。

 こうした当時の状況、初枝さんの証言、盛永氏の自叙伝などを総合すれば、「忠魂碑前での玉砕命令」は、盛秀助役が、村民や自分の家族が混乱も未練もなく自決できるようにと自ら考え出したものとみるのが自然であろう。宮城氏はそう判断し、「結局、住民を敵の『魔の手』から守るために、盛秀は自分や妻子の命をもかけて『玉砕』を命令し、決行した」と書き切ったのである。

 このように、『母が遺したもの』執筆時、「玉砕命令」は梅澤隊長からではなく盛秀助役が発したものと判断した宮城氏は、春子さんが聞いたという、兄の「玉砕命令」発言の詳細を聞こうとは思わず、ただ村民の玉砕場面を詳細に聞き、それを三ページも割いて書いている。一部を紹介する。

 <盛秀の妹の春子(一九歳)は、遺していたご飯をおにぎりにして、家族一人ひとりに配った。あわただしい食事を終えると、子どもたちから先に晴れ着を着せ、全員身じたくを整えた。出発の前、七歳、六歳、三歳の三人の子どもの前にひざまずいた盛秀は、三人をひとまとめに抱き抱え、これからお父さんと一緒に死のうね。みんな一緒だから怖くないよ」と、頬ずりしながら、しばらく子どもたちを強く抱きしめた。

 涙声はまもなく嗚咽(おえつ)にかわった。それから杯に水を入れて父親の盛永の前に進み、「お父さん、この世では十分親孝行できませんでしたが、あの世ではきっと孝行します」と水杯を交わした。

 親、きょうだいとも涙、涙で、あの世での再会を約束した。

 盛秀の妻はまだ一歳にもならない三女を背負っているため、三歳の次女を義妹の春子に預けた。

 「妹をお願いね。あの世に行ってから必ず会おうね」と涙をぬぐいながら固く春子の手を握った。……>

 宮城晴美氏が法廷で「春子さんへの取材が十分できなかった」と語ったのは正直ではない。新米記者でもあるまいに、最も肝心だと思っていたことを取材せず、本にしてしまったなどという釈明を誰が信じようか。ただ、当時は春子さんに取材しながら、家族の最期の情景こそ「決定的証言」と感じていたというのが真相であろう。

(編集委員・鴨野 守)

                     ◇

「沖縄集団自決冤罪訴訟」の控訴審第一回が6月25日、大阪高裁で行われます。

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宮城晴美氏の苦悩(1)-母から託された「真実」を本に

2008-05-29 07:09:51 | ★集団自決

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「集団自決」を解りづらくして大きな要素は座間味島、渡嘉敷島という二つの島で同じような悲劇がほぼ同じ時期に起きたことである。

従って登場する人物も「加害者」、「被害者」もそれぞれ異なるのは当然だが、多くの重要人物が戦後改姓をしたことも、問題を分かりづらくしている理由の一つである。

これを沖縄戦では戦火で戸籍が消失した例が多いので、戸籍復活の際に改姓したに過ぎず、特別の意味は無いという人もいるが、戸籍の消失は何も座間味、渡嘉敷に限らず沖縄のいたるところで見られた。

だが、両島のように一時期に集中的に多くの人が改姓した例を知らない。

仮に戸籍復活を機に改姓するといっても、先祖の名前の継承を尊ぶ県民性を考えると、丸ごと、しかも本土風の苗字に変えてしまうのはいかにも不自然である。 

問題の発端となった『鉄の暴風』の著者の大田良博記者も伊佐良博からの改姓である。

証言者の中には、改姓していない人でも似たような名前が多く、途中からこの問題に関心を持ち始めた人には紛らわしく問題の理解を妨げる。

ざっと思いつくだけでも、宮里、宮平、宮村、宮城等等・・・。

昨日のエントリーで重要証言者宮城晴美氏のことを取り上げたが、宮城氏は地元では「女性史研究家」として著名人であり講演会等では引っ張りだこのようで地元マスコミへの露出も多い。

だが、特に県外の方では「集団自決」の重要証言者の1人宮城晴美氏についてよく知らない読者も多いと思う。

そんな読者のため、また、よくご存知の方には控訴審前の知識の整理のため、

宮城晴美氏と「集団自決」との関わりを詳述してある『View Point 1 1980』(世界日報社刊)から以下に抜粋引用する。

                    ◇

沖縄戦「集団自決」から62年 真実の攻防 第2部 <3>(平成19年10月25日)

宮城晴美氏の苦悩(1)-母から託された「真実」を本に、原告側証拠となり、たじろぐ 

 「沖縄戦『集団自決』―教科書検定への不当な政治介入に断固反対する」緊急集会=10月15日、参議院議員会館第一会議室で(武田滋樹撮影)  (写真省略ー引用者)

 「沖縄戦の悲惨の極限『集団自決』の中を生き、『真実』を秘めたまま母は他界した。それから10年――いま娘は、母から託された『真実』を、『集団自決』の実相とともに明らかにする」
 第二十二回沖縄タイムス出版文化賞正賞を受賞した『母が遺したもの』(平成十二年十二月発行)の宣伝文句である。

 著者である宮城晴美氏(57)が母の初枝さんから託された「真実」とは何か。それは、昭和三十一年三月、厚生省引揚援護局の職員が住民の戦争体験の実情調査のため、座間味島を訪れたことに端を発する。住民が軍の要請を受けて物資の輸送や兵士の案内、勤労奉仕などの形で戦闘に参加・協力して死亡または負傷した人を支援する法律が施行され、沖縄もその適用の範囲に含まれることになった。これを踏まえて、聴き取り調査が行われたのである。

 初枝さんは島の長老から、「梅澤隊長から自決の命令があったと証言するように」と求められた。しかし、初枝さんは証言できないと断った。だが、「島の人たちを見殺しにするのか」という長老の怒りに屈して、自決命令があったと証言したのである。

 初枝さんの証言が契機となって、「梅澤隊長自決命令」説が広まって梅澤氏の家庭に暗い影を落とすことを耳にした初枝さんは激しく葛藤(かっとう)する。昭和五十二年になって、「梅澤隊長は自決の命令を出していない」と娘、晴美氏に語った。

 晴美氏は体験を記したノートに込められた母の思いを受け継ぎ、さらに関係者を取材し、書き上げた『母が遺したもの』。だから、この本はあの沖縄戦の惨禍を生き抜いた母と、ジャーナリストである娘の記念碑的共同作品とも言える。

 晴美氏は母のノートと関係者の取材を総合した結論として、梅澤隊長の自決命令はなく、座間味島の助役で兵事主任兼防衛隊長、宮里盛秀(せいしゅう)氏が、住民を敵の「魔の手」から守るために、「玉砕」を命令し、決行したと著書に書いた。

 その記述は、沖縄戦集団自決訴訟を提訴した原告側の、有力な証拠資料として裁判所に提出された。また、ジャーナリスト櫻井よしこ氏は週刊新潮(平成十九年一月四・十一日号)の連載コラム「日本ルネッサンス」で、原告の梅澤裕氏を取材して「沖縄集団自決、梅澤隊長の濡れ衣」と題するコラムを書いた中で、宮城初枝さんの新証言に触れつつ、「幾人かの住民も真実を語り始め、自決命令は宮里助役が下したと判明した」と書くなど、隊長命令を否定する決定的根拠としてあちこちで引用されるようになったのであった。

 もちろん、法廷では被告側弁護士が反論した。

 <「母が遺したもの」によると、宮城初枝氏は、一九七七年(昭和五十二年)三月になって、一九四五年(昭和二十年)三月二十五日夜に原告梅澤に会った際には隊長の自決命令はなかったと宮城晴美氏に告白するに至ったとされているが、これは、この面会の際に隊長命令がなかったということにはなっても、これによって日本軍の隊長命令がなかったことにはならない>(被告準備書面(6)要旨 平成十八年十一月十日)

 この裁判を前にして、著者の晴美氏に幾つかの選択肢があった。原告側から要請があれば出廷して、著書に書いたように「梅澤隊長の自決命令はなかった」と証言するという選択は、他人から見ればごく自然であろう。一方、沈黙を続けて、さまざまな誹謗(ひぼう)非難があったとしても、裁判に関与せず、母の証言と自著を守るという道もあった。

 だが、晴美氏は、傍目(はため)には最も「困難」と思える道を選んだ。自著の表現が未熟であり、誤解を関係者に与えてしまった、座間味島における日本軍の責任は限りなく大きいと証言し、被告側を支援するという道である。

 果たして彼女はその選択を、一体いつ決めたのだろうか。自らの主体的な意思で選んだのか。母初枝さんは昭和三十一年、村の長老の半ば脅迫じみた言辞に証言を拒めず、しぶしぶ、虚偽の証言をしてしまった。宮城晴美氏もまた、かつての母と同じように、関係者の「圧力」を受けたのだろうか。

(編集委員・鴨野 守)


(C)Sekai Nippo Co.Ltd(1975-) Tokyo,Japan.
voice@worldtimes.co.jp 

                       ◇
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宮城晴美氏がカミングアウト!「軍命派」の作戦変更

2008-05-28 07:30:37 | ★集団自決

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「沖縄集団自決冤罪訴訟」の控訴審、第一回期日が6月25日(水)午後2時より大阪高等裁判所で行われる。

                    ◇

控訴審を一ヵ月後に控えた5月25日の沖縄タイムスに興味深い対談記事が掲載された。

新・旧版の『母の遺したもの」の著者で係争中の裁判では被告側証人にもなっている宮城晴美氏と沖縄タイムス編集局長諸味里道浩氏との対談である。

「集団自決」における日本軍の加害性については、宮城晴美氏を始め「軍命あり派」が繰り返し主張してきたことであり教科書への記述もこの日本軍の加害性が論点となってきた。

一方、これと対極をなすのが被害者としての住民。

宮城氏もこの「日本軍=加害者、住民=被害者」の構図を主張してきた。

だが、ここに来て「軍命あり派」に一体何があったのか。

驚いたことに、日本軍の加害性追及の中心である沖縄タイムスとその先棒を担いできた宮城晴美氏が、住民の「加害性」についての分析が必要と言い始めたのだ。

来るべき控訴審を前に、作戦を変えてきたのだ。

以下に5月25日沖縄タイムスの対談記事を一部抜粋引用する。

≪肉親の戦争記憶継承を

諸味里:・・・戦後60年過ぎ、いま体験者の継承をどう考えますか。

 
宮城」:被害者としての戦争体験とは異なり、そこには加害性が加わってきます。 親族で手をかけた。 それだけにくくもっている(ママ)ところがあってなかなか証言できない。 戦後60年が過ぎて、もう封じられていくのか、という思いが島にはありました。 だからでしょうか、ずっと拒否してきた人も話始めました。 (略)
私は体験を語らない祖父母をずっと生活の中で見てきました。 そこでは祖母が夫に対して「人殺し」と、山羊の首を切るときに「首切り専門だ」と祖父に聞こえるように語る。 実際には、祖母自身すごい罪悪感を持っている。 この気持ちは夫にしかぶつけようがない。 二人は体験を共有している。 そのことが逆にきついのです。 その二人を孫である私は見ている。 あそこで何があったのかは当事者では語れない。 戦後世代の役割は、肉親の記憶を継承していくことです。≫

 

タイトルの「肉親の戦争記憶継承を」はいかにもそれらしいが、次のタイトル「加害」の構図 分析必要には一瞬我が目を疑った。

これまでいわゆる「軍命あり派」とされる人の発言では、「加害者」とか「加害性」というと、対句のように「日本軍」が出てきた。

住民は決まって「被害者」や「被害性」のある側として描かれてきた。

宮城晴美氏は今まで触れることの無かった祖父母の「人殺し」をカミングアウトしてしまったのだ。

引き続き対談の後半を引用する。 

≪「加害」の構図 分析必要

宮城:・・・(略)・・・母の日記に日本軍の負の要素が出てこないのはおかしい、と言ったら、母はあなたがいたら自分以上に殺したと思うよ、と話していました。 そうなのかも知れません。 母の中には日本人への強い思いがあり、友軍に批判的なことは言えない、ははの限界を感じています。

                       *

諸味里:どのような調査をしていくのですか。

宮城:集団自決」には、加害者の問題が含まれてきます。 座間味ではそれぞれの濠で起きました。 女、子供たちだけの所帯は自分たちではできないから、親せきの、男がいるところへ押しかけて行く。 でも断られる。 男がいる所帯ほど犠牲が起きる。 自決を住民が受け入れることによる、かっこ付きの「加害性」です。 日本軍の命令に対する隷属性が、結局、自分の家族に対する「加害性」をつくりだしていく。 家族の中でも弱いものへ向かう。 幼い子供、妻げ、最後に自分に。  騒いだ母親、次に直接手を下した父親。 その上に日本軍がいる。 日本人対沖縄、軍隊対住民、家庭の中の男対女、親と子供などさまざまな要素がそこにはあります。(略)≫

「上には日本軍がいた」、と苦しい弁明をしながらも、「集団自決」の体験者とは単に自分が死にきれなかた人ではなく、殺し合いで自分は生き残った人だと宮城氏は告白する。

だが、これは当日記が再三指摘してきたことだ。

自由主義史観研究会機関紙『歴史と教育』(6月号)で、次のようなことを書いている。⇒『証言を阻む南の島の呪縛』

≪加害者と被害者の思惑〉
集団自決といっても、座間味島の場合、手榴弾による自決者は暴発による犠牲者が数名だけで、他は農具等による殺し合いが主であり、自決を「手伝った人」も多くいた。そして生存者の中には、自らが被害者であり、また、加害者の立場に立たされた人が多くいた。  

この三つの思惑を見事に一致させる唯一のキーワードが「軍の命令」である。「軍の命令」さえあれば、自決の「手伝い」をした生存者は、贖罪意識のいくらかは救われる。≫

そして文の結びで次のように書いた。

≪集団自決の生存者は、単に死にきれなかった人たちだけではなく、金城氏や山城氏のように、他人の自決を「手助け」したり、自決に誘導した人が大勢いる。  

集団自決の真相は、これら生存者の証言に絡みつく濃密な共同体の呪縛と、死んだ人への贖罪意識を抜きにしては解明できない

この文は自由主義史観研究会の公式HPに22日に公開された。(。⇒『証言を阻む南の島の呪縛』)

25日の宮城晴美氏の対談記事はどう見ても拙文の指摘「住民の加害者の立場」を読んで、前もってアリバイつくりをしたとしか思えない。

何しろ自分自身の祖父母の「行為」を加害者としての告白をしたのだ。

日本軍=加害者、住民=被害者という従来の自説を大きく変えて、住民の加害者としての立場を分析すべきだというのである。

これまで被告側を支持する沖縄タイムスは「不都合な証言」は全て黙殺することで第一審を乗り切ってきた。

22日に自由義史観研究会のHPで拙文が公開され

集団自決といっても、生存者の中には、自らが被害者であり、また、加害者の立場に立たされた人が多くいた」

と指摘され、宮城氏は祖父母の「加害性」を含む体験者の証言を前もって、「カミングアップ」してアリバイ作りをしようと思ったのだろうか。

 

山城安次郎氏(当時の座間味村助役)と大田良博記者(『鉄の暴風』の著者』)は、

一体何を語り合い、そして何を封印しようとしたのか。

筆者の予想した通り、二人の思惑は一致し「座間味島の出来事」は、これまで闇に葬られてきた。

『母の遺したもの』にもこの事実は記述されておらず、村のリーダーで唯1人生き残った山城氏の記述も無い。

控訴審を前にして急きょ作戦変更をした理由は法廷で追及され、動揺するより、前もってカミングアウトしておいて、これに備える理論構築をした方が得策と考えたからなのだろうか。

 

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『証言を阻む南の島の呪縛』     

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「火事場泥棒」は中国の伝統!救援物資横流し疑惑相次ぐ

2008-05-27 08:37:58 | 県知事選

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「火事場泥棒」という言葉は、人が災難で窮地に陥っている時、その弱みに付け込んで悪事を働く行為を例えて、日本人の感覚では最も恥ずべき行為だと言われている。

アメリカが広島へ原子爆弾を投下するのを待ち構えていた、それまで日本とは交戦していなかったソ連が、日ソ不可侵条約を踏みにじり、日本へ宣戦し、満州(現在の中国北東部)へ侵入、樺太(サハリン)へも侵攻した。

典型的な火事場泥棒である。

だが、今日の「火事場泥棒」の話題は中国である。

 

四川大地震 救援物資横流し疑惑相次ぐ5.26 18:43 

  中国・四川大地震で救援物資の横流し疑惑が相次いで浮上し、住民の抗議行動も起きている。中国政府は被災生活で募る住民のストレスが不正をきっかけに暴発し、社会不安を招くことを警戒している。

 香港紙などによると、四川省徳陽市羅江県で21日、軍関係者による救援物資横領に反発した住民ら1000人以上が抗議行動にでて警官隊と衝突。軍関係者は横領の疑いで公安当局に拘束された。

 「哀悼日だった。絶対に許せない」。抗議の現場に居合わせた主婦は怒りが消えない。住民らは取材に対し「救援物資の管理が不十分」と当局への批判も口にした。だが取材を監視する県当局者が現れると「政府は(被災者のために)よくやっている。悪いのはほんの一部。誤解するな」と叫び、「本音」を隠した。(共同)

                                             ◇

中国では「火事場泥棒」ならぬ、「震災泥棒」もあるらしい。

いや、これだけではない。

今回の四川大地震で中国の知られざる(知っている人も多くいた)本質を世界にさらけ出してくれた。

公務員たちが救援物資を横領していると、警察に説明を求め、それが数千人の規模に発展したという。

肝心の警察自体も信用できないというが、阪神淡路大震災の時は一件の略奪も起きなかったという日本の方がむしろ不思議なのだろうかか。

 ⇒公共施設の手抜き「おから工事」横行、被害拡大の一因に

各地で学校の倒壊が相次いだことについては、インターネット掲示板を中心に、「おから(豆腐殻)工事が原因だ」との声が上がっている。「おから工事」は、汚職などが原因で建築費を安くあげた手抜き工事のことだ。多くの地方で、幹部が使用する建築の耐震性は厳格に守られるが、学校など民衆のための建築では手抜きが横行している。

2008年5月13日13時14分  読売新聞)

                    ◇

 程度の差こそあれ賄賂の無い国は無いだろう。

だが犯罪としての賄賂はあっても、賄賂がその国の文化や伝統となっている国は中国を除いてないだろう。

中国四千の歴史とは「賄賂文化の歴史」であり中国の伝統とは賄賂の伝統である。

その連綿たる伝統を受け継ぐ現在の中国で「火事場泥棒」や「汚職」、「横領」が蔓延るのも中国四千年の歴史なのだろう。

「清官三代」という言葉が中国にはあるらしいがここで言う「清官」とは日本的感覚の「清廉潔白な官」の意味ではない。

「清官三代」とは、高潔な役人でも一族が三代働かなくても楽に生活出来るだけ賄賂で蓄財するのは当然だという考えのことらしい。

高級役人になるには超難関である科挙の試験を合格しなければならず、

若者が一族全ての期待を担って、科挙合格を目指して全人生をかけたのはこの賄賂の役得があるからだ。

将来の天下りの役得のためキャリア公務員を目指した日本の若者にも共通する点があるが、・・・いやいや、日本と中国とでは汚職、賄賂の桁が違う。

何しろ「火事場泥棒」と「清官三代」の伝統の国と日本を比べるのは失礼という程質量ともに程度が違う。

日本人の尺度で彼等の伝統を測るのは礼を失するということなのだ。 

 

【おまけ】

役人の賄賂のため可愛い子供が犠牲になった、・・・子を思う親の気持ちはいずこも同じ。

「子供返せ」学校倒壊の“手抜き工事”親たちが追及5.23 23:50

土下座で済むなら安いものとでも思っているのだろうか。

四川大地震 校舎倒壊死の遺族デモ行進 市トップが土下座 

 

【おまけ】その2

黄砂だったらクシャミで済むが、

放射能雨が舞い降りてきたら、工藤静香も呑気に歌っておれないだろう。⇒工藤静香 黄砂に吹かれて

放射性物質、7個回収 四川大地震で被害の北川県・セメント工場

 

【おまけ】その3

国際派時事コラム「商社マンに技あり!」の引用です。
http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/平成20年5月27日発行


    四川省災害復興でますます増える手抜き工事
 
 四川省大地震で、鉄筋ぬきの手抜き建築の悲劇が世界中に
知れ渡り、数多くの家族を涙の河に突き落としたからには、
今後はこれを教訓に手抜き工事の取り締まりが強化されて、
次なる災害に備えることだろう……

 ……と、日本人なら考えるのだが、それが通用しない異文
明の地こそ中国であることを、ある新聞記事が改めて思い知
らせてくれたので、ご紹介したい。


■ もういちど大地震が起きるまで ■


 いわく、

 被災地復興で手抜き工事は激増するだろう。

 今回手抜き工事が明らかになっても、誰も罰せられていな
いから。

 大地震がいちど起きれば、そのあと相当の期間は同じ大地
震は起きまいと、業者は達観している。

 手抜き工事は、もういちど大地震が起きない限り発覚しな
いのだから、被災地復興は手抜きをしても大丈夫。

 復興建設こそ、質より量が優先されてしまうのだ ――


 そんな、驚きのインタビュー記事を、中国・広東省の『珠
江晩報』紙が5月26日に配信していた。

 長い記事ではないので、全文を訳してご紹介する。
 (中見出しはコラム子がつけた。原文にはありません。)

 記者名は「潘多拉(はん・たらつ)」とある。
 おそらくペンネームだ。


= =


≪   すすむ災害復興  工務店社長が警告


地震救済作業が急がれるなか、復興建設も計画実施の段階と
なった。

わたしの知り合いの工務店社長もおかげで仕事にありついて
いる。

さっそく質問してみた。

「今回の地震で倒壊した建物の多くは学校で、たくさんの生
徒たちが悔しい思いを残して死んでいった。

あれはやはり、世に言われる <豆腐渣工程(おから工事 =
手抜き工事)> だったのでしょうか」


■「正直、無理だね」■


工務店の社長の答えはあっさりしたものだった。

「倒壊した建物のプレハブ建材には鉄筋が1本も入ってなか
ったろう。訊くまでもないことだろうよ。

べつに工務店のおやじでなきゃ分からぬものでもあるまい。
バカでも一目見りゃすぐ分かることさ」

そこでわたしは言葉を継いだ。

「それなら今後の復興建設では、業者さんたちはこれを教訓
にして <おから工事> の根絶に努力することでしょうね」

工務店社長は苦々しそうな笑いをうかべた。
「正直、無理だね」

わたしは仰天した。

「よりによって災害復興というのに、また <おから工事>
をやるだなんて!
報いが怖くないんですか?」


■ 賄賂の連鎖でうまれた「裏ルール」■


「報いだって? 地震そのものだろ、報いって。
地震以外に、何の報いがあるってんだよ」

工務店社長いわく、耐震基準を下回る工事をするのが土建業
界の「裏ルール」になっているという。

建設業者、デベロッパー、オーナー会社から、計画・開発・
入札・建設・監督に何らかのかたちで関わる人たちまで、

それぞれ気がついては いても あえて口には出さず、
それぞれの段階で賄賂を貰い受けさえすれば、誰も追及など
しない。

工務店社長が心配しているのは、災害復興にあたって手抜き
工事がさらに増えるだろうということ。

広い面積にわたり大規模の工事を、限られた時間内に集中し
て仕上げなければならない。

計画・入札・管理監督のそれぞれの局面が繁忙化し、仕事量
もふえて、いきおい管理監督も行き届かなくなる。

そうなれば、建設業者・デベロッパーが手抜き工事をしても
見つかるリスクは低い。


■ 建設業者の確率論 ■


そして、建設業者・デベロッパーからすると、そもそも或る
場所で大地震が起こる確率というのは低いのだから、

ましてや同じ場所で短期間の間に再び大地震が起きる可能性
はもっと低い。

そう判断して 一部の建設業者・デベロッパーは なにはばか
ることなく安心しきって「手抜き」のやりたい放題なのだ。

工務店社長の分析は、たしかに論理が一貫していて、まさに
建設業界の実情を反映したものだった。

そらおそろしいばかりだ。

わたしは絶望の思いでたずねた。

「もう、どうしようもないのでしょうか」


■ 目の前にある手抜き工事の厳正処罰が先だ ■


工務店社長は表情をやや和らげて言った。

「なんとかならんわけでもない。
取り締まりが本気で行われるかどうかだな」

工務店社長いわく、1998年の洪水のとき、江西省の九江
で長江(揚子江)の堤防が決壊し、朱鎔基総理が激怒して堤
防工事の「手抜き」ぶりを非難したことがあった。

ところがそのときも、誰かが責任を追及されたなどという話
は聞こえて来なかった。

今年はじめの中国南部の雪害でも、電線関連の「手抜き」が
見つかったが、責任追及の話は聞こえてこない。

過去の失敗に懲りないかぎり、それを教訓にして慎重になる
わけもない。

もし今回の復興工事でさらに手抜きを増やしたくなければ、
先ず初めに地震によってさらけ出された手抜き工事の数々を
厳正に処罰するしかないな。

それ以外に方法はないな……。


■ 目覚めよ! ■


復興工事で手抜きがさらに増えるだろう、とは!

これは、良心がまだ残っている工務店社長の警告だ。

施策策定部門・管理監督部門の官僚・事務官諸氏には、この
声が聞こえているか? 目が覚めてくれたろうか?≫


= = 


 以上が『珠江晩報』紙の記事である。


 地方レベルの目をおおうべきモラルの低さを、高い理想を
掲げて取り締まってくれる存在としての都の皇帝。

 これが、中国の代々の王朝の存立を支えた中国人民の幻想
だった。

 だから、地方役人の悪辣に苦しむ民が、皇帝に訴え出るた
めに上京するという伝統は、中国で脈々として今日まで受け
継がれている。

 今日の北京の中央政府は、苦しみの日常からの突破口を求
める地方の人民から救い主に見立てられ、幻想を抱いてもら
うことで成り立っているところがある。


■ 幻想が崩れるとき ■


 しかし悲しいことに共産党の北京政府もまた、賄賂の連鎖
にからめとられ、地方の隅々にまで張り巡らされた親分・子
分関係の頂点に位置しているに過ぎない。

 毒入り餃子の件にせよ、数多くの手抜き工事にせよ、処罰
らしい処罰が一向に行われない。

 それは、数え切れないほどの人々が賄賂に絡めとられてい
るからだし、犯人らが親分のまた親分のまた親分の共産党幹
部の庇護をしっかり受けているからだ。

 子分を救ってやるのが親分の甲斐性(かいしょう)。

 子分をいかに救ってやれるかということもまた、中国では
権力闘争の一形式なのである。
(そしてたまに捨て石になる子分もいる。)

 親分・子分関係の頂点、賄賂の連鎖の頂点に中国共産党の
中央組織が君臨していることが人民の目に明らかになったと
き、中華人民共和国を支える幻想ががらがらと音をたてて崩
れる。

(それがこわいから中国ではメディアへの規制が激しい。)

 崩れるのは、学校の建物だけではないのだ。

 『珠江晩報』の潘多拉(はん・たらつ)さんの声を聞け。
 工務店のおやじの声を聞け。


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沈黙の謎 証言を阻む南の島の呪縛

2008-05-26 06:46:47 | ★集団自決

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最も大きな障害は体験者の沈黙である■

沖縄戦、それも、特に「集団自決」の体験者の証言の聞き取り調査では、ある程度の話はしても肝心のポイントになると「多くを語らない」とか、場合によっては始めから沈黙を守る、とはよく聞く話である。

大城将保(嶋 津余志)元県立沖縄史料編集所主任編集員は、

その豊富な聞き取り調査の経験から、(真相解明の)「最も大きな障害は体験者の沈黙である」と断言する。

そして体験者のかたくな沈黙の理由をその著書『沖縄戦を考える』(ひるぎ社)の中で次のように分類している。

①あまりに残酷な目にあったために思い出すだに精神の苦痛に耐えられないという場合。 

②自分が真相を語れば関係者の誰かにめいわくが及ぶだろうと配慮している場合。 この場合共同体のタブーになっている場合が多い。

③遺族年金などとの関係で、すでに公式化された記録とくいちがう真相を語ると自分に不都合になる場合。

特定の思想信条の立場から、戦争の悲惨な側面を強調するのは好ましくないと考えている場合。

 

沖縄の新聞に登場する沖縄戦体験者の、

「多くを語りたがらなかった」といったフレーズは、

上記①の理由の「想いだすのも残酷だから」といった印象があるが、

真相に触れる重要なポイントでは、むしろ②と③が複雑に絡んで真相解明の障壁になっている。

これは、「軍命あり派」の大城氏も認めていることである。

「多くを語らなかった」どころか、事件当時村のリーダーであり、また島のリーダーの中の唯一の生存者でありながら、

自分の体験談を一切か語らなかった山城安次郎氏の言動は今でも謎に満ちて不可解だ。

山城氏の記録はネット上には、渡嘉敷島の「鬼の赤松」に関する伝聞証言のみで他には一切無い。

沖縄では普通のオジーオバーが長寿の記念等で「自伝」を出すひとも多く、「集団自決」関係者にも自決を指導したとされる座間味村助役宮里盛秀氏の父も自伝を出している。

ちなみに筆者の友人の母親も普通のオバーだが長寿のお祝いに自伝を出して親族一同に配ったという。(執筆・編集は長男があたった)

そんな沖縄の風潮の中で戦後沖縄のマスコミ業界を歩み、沖縄テレビの社長を務めたほどの著名人が「自伝」はおろか一冊の著書・共著も無く沈黙を守ったままなくなったのは不自然な話だ。

山城氏が沖縄テレビ社長に在任中に同社で勤務経験のある友人に同氏の印象を聞いてみた。

だが社長と一平社員では会話する機会もほとんど無く、唯一回だけ入社試験で社長自ら面接を行ったときの会話だけしか記憶に無いという。

その時は、「ロマンスグレーの温厚な紳士」といった印象だけで、勿論「参謀長」と呼ばれた男の面影は微塵も無かったという。

 

自由主義史観研究会機関紙『歴史と教育』(5月号)に掲載の拙文を下記に引用するが時間のある方は下記エントリーに目を通してから読んでいただくと幸いです。

「証言集」に見る新たな謎★教科書執筆者と体験者が初対面

「参謀長」と呼ばれた民間人★座間味で何があったのか

続・参謀長と呼ばれた民間人★座間味で何があったのか

「眼前の敵」 座間味で何があったか

悲劇を呼ぶ濃密な人間関係

                     ◆

証言を阻む南の島の呪縛(『歴史と教育』6月号掲載記事)

狼魔人(沖縄在住ブロガー)
「狼魔人日記」

◆取材記者と取材対象者

ある事件の取材に奔走する新聞記者を、その事件の体験者が記事にしてくれと訪問してきた。記者にとってタナボタ式のこんなオイシイ話は滅多にないはずだ。しかも社を挙げてこの事件を単行本にするという。場合によっては、その体験者を中心にした特集を企画しても良いはずだ。ところがその体験者は、自分の体験は語らず類似の別の事件の伝聞情報のみ語った。結局出版された本には、この体験者の体験記は一行も記されることはなかった。

『鉄の暴風』取材中の沖縄タイムス大田記者と彼を訪問した当時の座間味村助役山城安次郎氏のことである。座間味島の集団自決が起きた当時、山城氏は座間味村の国民学校教頭をしており、校長や村の三役と並んで島のリーダーだった。当時の島のリーダーは山城氏を除いて全て集団自決で亡くなっていたので、その時山城氏は、集団自決前後の村の状況を最も知る人間だった。だが実際は『鉄の暴風』には山城氏の証言や彼に関する記述は一行も掲載されていない。折角の実体験者の訪問を受けて大田記者は「座間味の出来事」を何も取材しなかったのだろうか。獲物には貪欲なはずの新聞記者が、ネギを背負った鴨を前に、座間味での集団自決を取材しなかったというのはいかにも不自然だ。  

取材を避けているのならともかく、自ら事件告発のため新聞社を訪問した山城氏が、自分の体験を一言も話さなかったのも、同じく不自然な話だ。とすると大田氏は記者魂を発揮して取材し、山城氏は体験談を詳しく話したと考えるのが自然だろう。

では何故大田記者は、山城氏の体験談を記事にしなかったのか。二人が既に亡くなった今となっては、推測に頼る以外に術はない。  


◆「軍の命令」という思惑  

沖縄を占領していた米軍は、沖縄を日本から分断して、永久占領を目論んでいた。そのため沖縄人宣撫のために発刊されたのが『鉄の暴風』であり、同書は米軍のプロパガンダの役目を担っていた。『鉄の暴風』に山城氏の体験談が記載されなかったのは、太田氏と山城氏の夫々の思惑が合致したからではないか。その思惑は、更に次の三つの思惑に分けられる。    

〈米軍の思惑〉  
米軍にとって、山城氏の体験談を記載することは、「残虐な日本軍」の印象を県民に植え付けるのが目的の『鉄の暴風』の主旨にそぐわなかった。  

〈島の思惑〉  
戦後、村の助役として戦後補償に奔走したとされる山城氏は、「援護法」を集団自決の犠牲者全てに適用させたかったが、実際は軍命令ではなく村のリーダーのパニックによる誘導が原因だった。
 
〈加害者と被害者の思惑〉
集団自決といっても、座間味島の場合、手榴弾による自決者は暴発による犠牲者が数名だけで、他は農具等による殺し合いが主であり、自決を「手伝った人」も多くいた。そして生存者の中には、自らが被害者であり、また、加害者の立場に立たされた人が多くいた。  

この三つの思惑を見事に一致させる唯一のキーワードが「軍の命令」である。「軍の命令」さえあれば、自決の「手伝い」をした生存者は、贖罪意識のいくらかは救われる。そして現実的な問題として、「援護法」を自決した住民へ適用させるという思惑と、米軍の『鉄の暴風』発刊への強力な思惑が一致して、山城氏の体験証言は、以後、永久に闇に葬られることになる。  

山城氏はその後、島を出て、新聞社編集長を経て、テレビ会社に入社し、マスコミ業界を歩みつづけ、沖縄テレビの社長にまで上り詰めるが、大田記者とどのような約束があったのか、彼は一切自分の体験を語ることはなかった。  

ここに「残虐非道な日本軍の命令による集団自決」という神話が誕生する。「軍の命令」さえあれば、八方丸く納まったのだ。  


◆死亡広告は血縁社会の象徴

沖縄では沖縄タイムス、琉球新報の両紙が読者を二分している。地元紙の極端な偏向記事をブログネタにさせてもらっているが、地元の読者から次のようなコメントを何度か頂いた。

「死亡広告さえなければ、偏向した地元紙の購読は即刻やめるのだが…」

新聞の死亡広告は、沖縄県民の人間付き合いには、不可欠のもので、これだけは毎朝欠かさず目を通すという人もいる。沖縄の地元新聞を初めて見る他県人は、一面または、日によっては、二面にまたがる死亡広告欄に度肝を抜かれる。

常識に従うなら、死亡広告とは、故人がその地方で社会的に知名度が高く、特に交際範囲が広いという場合に、新聞に掲載するもの。ところが沖縄の死亡広告は、本土のそれとは趣を異にする。

沖縄では、ごく一般の県民の死亡広告が、連日紙面を大きく占拠する。しかも本土紙の「訃報」記事とは異なり、故人の生前の業績等には一切触れず、故人の親戚縁者の名前を孫から曾孫、従弟、従妹そして義兄弟に至るまで詳細に記載する。親戚縁者は沖縄に留まらず千葉在、ハワイ在と世界中に在住する縁者の名前にも及ぶ。死亡広告に記される親類縁者の名前が、百人に及んでも、沖縄ではけっして珍しいことではない。死亡広告は、沖縄の濃密な血縁社会と人間の絆を示す象徴である。

濃密な人間の絆は、祖先を大事にする沖縄独特の風習であり、それに基づく相互扶助の精神は、「結いまーる」といった形で現在も残っている。

だが濃密な血縁社会の絆も、大事件に遭遇すると人々の判断を大きく狂わす場合がある。周辺を海で囲まれた沖縄の県民性は、現在では一見陽気な印象を受けるが、古い世代の県民性は、逆に内向的とされており、特に外部の人には閉鎖的になることが多かった。沖縄の離島の村落では更にその傾向が強く、血縁・地縁・職縁が渾然一体となり、島全体に閉塞的な空気を作り出す。  

沖縄人は、他県人に比べて、年寄りを大事にするといわれるが、戦前の沖縄では、年寄りは、地域社会の長老として大きな発言権を持ち、重要な決定事項には長老の意見が大きく反映された。  

リーダーの意思決定に異を唱えるものや遵守しない者に対しては、本人や肉親、更に関わった者まで異端視される。集団自決は、そんな沖縄の、渡嘉敷と座間味の両島で起きた悲劇である。そして村長を筆頭に村のリーダーが、集団自決の意思決定に大きく関わった。  

野生動物でも人間でも、大事件に遭遇しパニックになった集団のリーダーは、往々にして判断を誤る。座間味、渡嘉敷島の集団自決では、周囲を敵艦船に包囲され袋のネズミ状態に直面した村のリーダーの意思決定がとんでもない方向に向かった。そして誰もこれに逆らうことが出来なかった。


◆宮城初枝氏の口を塞ぐ島の呪縛

座間味島の集団自決の生き残りである宮城初枝氏は、証人として「援護法」の調査に来た厚生省の役人の調査に臨む前に、村の長老から脅迫的圧力を受け、「軍の命令」を証言する。  

その証言と自分の書いた「軍の命令」の手記が、梅澤隊長の運命を狂わしたことを知り、血縁社会の呪縛と真実の狭間で初枝氏は悩み葛藤する。『家の光』に虚偽の手記を書いてから数十年後の昭和55年、初枝氏は梅澤氏への贖罪意識から梅澤氏に面会し、「あなたが命令したのではありません」と真実を告白した。


◆更なる悲劇の登場

初枝氏は梅澤氏への真実の告白に留まらず、改めて事実を記した手記を出版することで、流布する「梅澤命令説」を覆そうとした。村の長老の脅迫的とも言える地域社会の呪縛を直に経験した初枝氏は、戦後生まれで村のしがらみにはとらわれないと思われた娘晴美に、真実を書き綴った一冊のノートを託す。  

晴美氏は、母の死後『母の遺したもの』を出版することになるが、それにより新たな悲劇が晴美氏を襲うことになる。戦後も〈当事者〉の親族に絡みついてくる悲劇の島の呪縛である。  

「軍の命令による自決」という虚構が、軍への協力という名目で戦後の村を潤していた。軍の命令を聞き分けられないと判断される6歳未満から零歳児の戦没者まで、「軍の命令」による死亡として「準軍属」とみなされ、年金の対象とされていたのだ。  

当然のごとく晴美氏は、島の関係者から猛烈なバッシングを受けた。血縁社会の島では、〈当事者〉遺族が年金の恩恵を受けており、そのしがらみは、「偽証言」に関わった初枝氏や村の長老に留まらず、村の年金担当課長にまで及んでいた。  

島ぐるみで守ってきた「島の秘密」を、『母の遺したもの』で暴露され、晴美氏へのバッシングは激しさを増し、年金が差し止められたら晴美氏が補償してくれるかとの声もあったと聞く。


◆左翼勢力の呪縛

晴美氏の悲劇は、母から引き継いだ呪縛だけではなかった。日本復帰後、急速に台頭してきた沖縄左翼勢力の呪縛である。戦後生まれの晴美氏は、地元の大学に進み左翼学者安仁屋政昭教授の薫陶を受け、地元の「プロ市民」になっていた。  
自著が大阪地裁の原告側証拠として提出されるや、被告側証人となった恩師との板ばさみという苦境に立たされることになる。晴美氏は母の遺言に反して被告側の証言台に立つことになるが、証言直後に『母の遺したもの』を書き変えるという恥ずべき行為に及ぶ。  

母は戦中戦後と島の呪縛に悩んだが、これを引き継いだ娘は新たな左翼勢力の呪縛に巻き込まれることになる。集団自決が親子二代に渡って引き起こした悲劇である。


◆二人の体験者の戦後

渡嘉敷島の生存者金城重明氏は、親兄弟のみならず、他人の自決にも「手を貸した」。島を出た金城氏は「軍の命令」と現在も叫び続けているが、そうしなければ戦後生きてはいけなかった。一方、座間味島の生存者山城安次郎氏は、自分の体験を黙して語らないまま、真実を墓場まで持ち込んだ。
 
集団自決の生存者は、単に死にきれなかった人たちだけではなく、金城氏や山城氏のように、他人の自決を「手助け」したり、自決に誘導した人が大勢いる。  

集団自決の真相は、これら生存者の証言に絡みつく濃密な共同体の呪縛と、死んだ人への贖罪意識を抜きにしては解明できない。

特集・沖縄集団自決:虚構の軍命令 不当判決篇の目次へ   

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                       ◆

 

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「強姦まがい」にも金よこせ!

2008-05-25 07:32:34 | ★米兵事件

 

四川大地震の死亡者が5万人突破!

生き埋めを含む行方不明者も数万人いるという。

これでは北京オリンピックなんてとても出来ないだろう。

 

そんな重要問題が新聞を飾る中、当日記はスルーしたいと言い訳しながらも、連日しょうもない「強姦まがい」事件のエントリー。

お陰で読者も呆れかえったのか、ランキングも下降気味で、昨日はアクセスも700件代を切って600件代に突入。

それはそうでしょう(笑)

だが、沖縄に軸足を置いて日記を書き綴る以上、しょうも無い事件でも、どうしても地元紙の記事をスルーは出来ない。

それで今日も懲りずに「強姦魔の尻拭い」の続・続・続編で」エントリー。

基本的にはランキングのアップダウンには捉われないつもりだが、出来ることならアップの方が良いに決まっている。

そこのところは、ヨロシクお願いしなす。↓

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 沖縄タイムス 2008年5月24日(土) 夕刊 5面  
 
米兵暴行に抗議デモ/フィリピン人60人連帯

 【読谷】今年二月に沖縄市内でフィリピン人女性に暴行した容疑で米兵が書類送検され、不起訴処分となった事件を受け、県内在住のフィリピン人ら約六十人が二十四日午前、読谷村の米軍基地周辺などを行進し、事件の再発防止などを呼び掛けた。
 被害を訴えている女性も参加し、「真実をみんなに伝えるために来た。うそはついてない」と涙ながらに心情を語った。

 行進は、事件に抗議し、同様の不祥事が起こらないことを願って、読谷カトリック教会のロメス・クルス神父が中心となって呼び掛けた。

 米軍のトリイステーション周辺でミサ曲を歌いながら歩き、基地前で全員が祈りをささげた。被害女性が感謝の言葉を伝えると、すすり泣く参加者も。

 クルス神父は「来週にも軍の中で調査が始まると聞いている。公正な事実に基づいて判断を下してほしい」と語った。県内に在住して十七年になるという女性は「彼女の気持ちは痛いほど分かる。再発防止には(米国との)相互理解が必要だ」と涙ながらに語った。

 事件は今年二月に沖縄市内のホテルで発生。在沖米陸軍・地対空誘導弾パトリオット(PAC3)部隊所属の兵士がフィリピン人女性を暴行し、全治約三週間のけがをさせた疑いが持たれている。

 沖縄署は米兵を強姦致傷の容疑で書類送検したが、那覇地検が強姦罪成立の要件となる暴行や脅迫の有無について嫌疑が不十分として不起訴処分にしている。


「事実知って」心痛める被害者


 【読谷】「事実を知ってほしい」。読谷村でのデモ行進を前に二十四日午前、米兵から暴行を受けたフィリピン人の被害女性は、沖縄タイムス社の取材に応じ、涙ながらに当時の様子と現在の心境を語った。六人姉妹の長女として家計を助けるため沖縄に働きに来た。「事実を広く伝えたい」と米兵に何らかの処分が下されるまで、沖縄に滞在する予定だ。

 女性は事件後、一週間入院し、現在、本島南部の教会で暮らす。睡眠薬を服用し、精神的につらい日々を過ごしているという。「日本では、この事件を隠そうとしている。私自身についていろいろなうわさが出ているようだが、私は悪くなかったと真実を広く知ってほしい」と訴えた。

 下腹部に残る傷の診断書を二十三日に病院から受け取っており、検察と米軍の双方に提出して自らの主張を訴え、再捜査を求めるつもりだ。

                       ◇

事件の被害者の支援者が、デモをしようが、シュプレッヒコールをしようがそれは自由で当日記がとやかく言うつもりはない。

僅か60名足らずのデモを社会面トップで扇情的に取り上げる地元二紙のバランス感覚の欠如に対して、当日記は異論を唱えたいだけ。

防衛省が「強姦魔の尻拭い」をしたため、沖縄では強姦の定義が変わってきたようだ。

常識で言えば成年の男女が合意の上でホテルにチェックインし、そこで行われた男女の行為は和姦という。

だが、沖縄ではこれも強姦というらしい。

米兵とフィリッピン女性が仲良くホテルにチェックイン。

翌朝米兵が1人で帰った後、フィリピン女性が騒ぎ出したのが事件の発端。

当初米運が身柄を拘束したが、県警が逮捕状を請求し、検察で取り調べた結果不起訴処分で釈放。

ここまでは同じ頃起きた「米兵女子中学生暴行事件」と同じだ。

更に詳細不明のまま地元新聞が連日新聞の一面で大騒ぎして煽ったのも同じ。

日本の検察が嫌疑不充分で強姦罪の立件が出来ず不起訴処分で釈放になっても、新聞が騒ぎ、デモをすれば何とかなるのだろうか。

日本の検察が不起訴処分にした事件を、米軍事法廷に頼むのも「米兵中学生暴行事件」と全く同じだ。

                    *

では、この事件はどんな事件だったのか。

以下に過去記事から一部加筆で抜粋し引用する。

                       

米兵が女性暴行 米軍が身柄を拘束、逮捕状請求へ  琉球新報一面                   

事件発生当時、地元紙が詳細は不明なま連日扇情的に騒いでいた証拠写真。本日の地元紙朝刊   2008/02/21 08:28 

「加害者」と「被害者」の「犯行状況」も詳細不明のままに仰々しく一面トップとは沖縄タイムスも琉球新報もタブロイド紙以下だ。

 沖縄タイムス 2008年2月21日(木) 夕刊 1面  
 
沖縄市のホテルで暴行 拘束米兵トリイ所属20代伍長

犯行女性入院中
 在沖米陸軍所属の兵士が今月中旬、フィリピン人女性に暴行した疑いで米軍当局に身柄を拘束された事件で、暴行現場は沖縄市内のビジネスホテルだったことが二十一日、分かった。被害女性は二十代で、ホテルのロビーでぐったりしているところを従業員に見つけられ、病院に救急搬送。現在も入院している。米軍捜査当局はこの事件にかかわったとして、トリイステーション(読谷村)所属の二十代男性伍長の身柄を拘束。県警は米軍当局と連携し、伍長から任意で事情を聴いており、今後、強姦致傷容疑などの可能性も含め、慎重に調べている。容疑が固まれば逮捕状を請求する。
 同ホテルの関係者によると、伍長と女性は今月十七日夜にチェックインした。翌十八日朝のチェックアウト後、女性がロビーのソファで目をつぶったまま一時間ほど横になっており、ホテル側が救急車を要請したという。

 その後、被害女性の関係者が沖縄署に通報。関係者によると、女性は下腹部からの出血などで病院に搬送され、「気分が悪い」などと話していたという。

 県警では、被害女性や複数の関係者から事情を聴くとともに、ホテルの部屋などを現場検証している。(略)

                     ◇

米兵比女性暴行事件。

やはりそうだったのか。

昨日の今夜も、さ~ふ~ふ~の小山さんは本日の地元紙夕刊 で「依然として詳細不明」としているが。

おどろしい見出しとは裏腹に、

被害者はと加害者は二人で(仲良く?)ホテルにチェックインしていたようだ。

この事件も加害者が一方的に暴力的に被害者をホテルへ連れ込んだのではないようだ。

夜、大人の男女が「合意の上」でホテルにチェックインしたら部屋の中で何が起きるかは聞くだけ野暮だろう。

密室の中でどんな「事件」あったかは知るよしもないが、少なくとも女性に怪我をさせているからには米兵が加害者であることは間違いないだろう。

だが、この事件も地元マスコミが二紙揃って朝刊、夕刊とも一面トップを飾るほどの事件なのか。

犬が人を咬んでも記事にはならないが、人が犬を咬めば記事になるという。

地元紙がこんなに大騒ぎするということは、沖縄では米兵の女性に対する暴行事件はそれだけ少ないという証左ではないのか。

>同ホテルの関係者によると、伍長と女性は今月十七日夜にチェックインした。

新報の報道によると、ホテル側は「宿泊手続きの際、2人に特に変わった様子はなかった」(琉球新報)と話しているようだから、米兵が無理やりホテルへ連れ込んだわけではない。比女性暴行米兵、PAC3部隊所属か 犯行後基地に戻る  (2/21 16:02)

>翌十八日朝のチェックアウト後、女性がロビーのソファで目をつぶったまま一時間ほど横になっており、ホテル側が救急車を要請したという。

二人が初対面だったのか、既知の間柄だったのかは依然として不明。

当然部屋の中で何らかのトラブルがあったわけだが、それが何だったのか。

それが金銭トラブルだったとしたら被害者女性の立場も微妙になってくる。

引用終了。

 

くどいようだが外人同士の、それも合意の上の「強姦まがい」の事件で、

連日紙面トップを飾る、沖縄タイムス、琉球新報よ恥を知れ!

と思う方、クリックお願いします。

【付記】

オーストラリア人の被害者もいっていたが「金よりも正義が欲しいそうです。↓

 比女性、消えぬ悪夢/来沖直後 米兵に力ずくで暴行され

 

★お知らせ

『歴史と教育』(6月号)掲載の拙文は自由主義史観研究会の公式HPで読むことが出来ます。

★自由主義史観研究会

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続・続・強姦魔の尻拭い 金も要ります正義も欲しい 

2008-05-24 07:27:51 | ★米兵事件

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沖縄タイムス 2008年5月23日(金) 朝刊 27面  
 
性暴力被害の豪女性、見舞金に納得せず

 【東京】二〇〇二年四月に神奈川県で米兵に暴行された四十代のオーストラリア人女性、ジェーンさん=仮名=が二十二日までに防衛省から見舞金三百万円の支払いを受け、同日、都内で会見した。ジェーンさんは「思いが皆に伝わるのに六年もかかったが、私が欲しいのはお金ではなく正義」と涙ながらに語り、加害米兵や米政府の公式な謝罪と慰謝料負担を訴えた
 その上で「私は絶対に黙らないし、あきらめない」と思いを新たにし、米兵らによる性暴力根絶をあらためて呼び掛けた。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみながら、公の場で自らの体験を語り続けてきたジェーンさん。これまでの自主活動による出費も多く、見舞金はほとんど手元に残らない見通しだという。

 防衛省から、見舞金の性格上、裁判で確定した額すべてを支払うのは困難として、価格交渉を提示された経緯も明かし、「私はバーゲンのセール品じゃない」と非難した。

 三月二十三日に北谷町で開かれた「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」で登壇し、犯罪根絶を訴えたジェーンさん。会場で、米兵による性暴行被害を受けたことがあるという高齢の女性に「あなたの話で人生をまた始められる」と声を掛けられたことも明かし、連帯の広がりに期待を込めた。

 会見には、被害者遺族でつくる「米軍人・軍属による事件被害者の会」の海老原大祐代表も出席。国会議員らに、米側に賠償責任を負わせる法案の議員立法を求めた。


[ニュース近景遠景]
“肩代わり”犯罪を助長/実態は98%泣き寝入り


 米兵に暴行されたオーストラリア人女性に対する見舞金の問題は、日本政府が賠償金全額を肩代わりする異例の決着となった。民事訴訟で賠償金を命じられた米兵は除隊となり帰国、米側も支払いを拒む中、六年に及ぶ女性の粘り強い行動でようやく補償された「特異なケース」(防衛省)。しかし、被害者の関係者らは、相次ぐ米軍関係の事件・事故の下で大勢が依然として泣き寝入りを余儀なくされている実態を指摘、制度の改善を訴えている。(東京支社・島袋晋作)


政府内に異論


 「私は正義を求めているだけ。レイプした人に責任を取ってほしい」

 二十二日、都内で会見した女性は、被害を立証するためのこれまでの苦労を切々と語り、あくまでも米側の責任を訴えた。

 日米地位協定によると、米軍関係者が公務外に起こした事件・事故は原則、当事者間の示談で解決するが、それが困難な場合、米政府が補償金を支払う。

 賠償は被害の立証が前提となるが、同事件で米兵は不起訴処分となった。このため、女性は損害賠償を求め東京地裁に提訴したものの、訴えが認められた二〇〇四年十一月には、米国内法の時効を過ぎていた。

 防衛省は被害者への補償が困難になった場合に米側に代わって救済する「見舞金制度」を、時効案件で初めて活用。賠償金の全額を補償したのも初だが、石破茂防衛相自身、会見で「国民の税金を使って何だ、という議論もあろう」と述べるなど、政府内にもわだかまりがくすぶっている。


米政府は2割


 防衛省が確認している公務外の事件・事故数は一九九九―二〇〇六年度の八年間で一万二千七十八件。示談が成立せず、米政府から補償金が払われたのはわずか約2%の二百二十九件だ。

 防衛省は「ほとんどが示談で処理されている」とするが、「米軍人・軍属による事件被害者の会」の海老原大祐代表は「示談なんて無理。言葉が違う問題など、大勢が泣き寝入りしている実態がある」と指摘する。

 米政府からの補償金も、「米政府は直接の加害者ではない」という認識から、見舞金的なものでしかなく、海老原代表は「請求額の二割にも満たない低額なのが実態」と訴える。

 被害者の会はこれまで、日本政府がいったん賠償金を払い、米側に全額請求する制度を求めているが、政府は閣議決定した政府答弁書で「法的措置を新たに講じる必要はない」と門前払いの状況だ。

 これに対し、海老原代表は「ちゃんとペナルティーを与えないから事件・事故が減らない。日本政府が肩代わりすることが、米軍に特権意識を植え付け、ひいては事件・事故につながっている」と、米側の責任を強調する。

                       ◇

「強姦魔の尻拭い」を国民の血税でおこなう。

しかも加害者も被害者も外国人だ。

こんな防衛省の軽挙妄動を沖縄タイムスは、脳天気にも歓迎した。

沖縄タイムスは、防衛省から金さえふんだくれば良しとでも思ったのか。

それでも今頃問題含みに気が付いたのか、一夜明けたら終わったはずのニュースに弁解タラタラの長い記事でこの有様だ。

少しは恥を知ったのだろうか。

記事自体も突っ込みどころ満載だが、連載エントリーにするわけにもいかないので、被害者女性の言い分だけでも取り上げてみる。
 
私が欲しいのはお金ではなく正義」と涙ながらに語り、加害米兵や米政府の公式な謝罪と慰謝料負担を訴えた

なるほど立派なことを仰るので、日本政府の行為は感謝しつつもお金は返すのかと思いきや・・・。

見舞金はほとんど手元に残らない見通しだという。

おいおい、感謝はしないが,お金だけはしっかり使ってしまうのかよ。

防衛省から、見舞金の性格上、裁判で確定した額すべてを支払うのは困難として、価格交渉を提示された経緯も明かし、「私はバーゲンのセール品じゃない」と非難した。

感謝をするどころか、

「私はバーゲンのセール品じゃない」だって?

それを言うなら金を返してから言うべきではないのか。

石破茂防衛相自身、会見で「国民の税金を使って何だ、という議論もあろう」と述べるなど、政府内にもわだかまりがくすぶっている。

石破茂防衛相はともかく、国民が納得できないよ。(沖縄タイムスは歓迎しているが)

同事件で米兵は不起訴処分となった

おいおい、この「強姦事件」は不起訴だって?

事件の経緯は良く知らんが、不起訴になっている以上「強姦事件」自体が怪しいのではないのか。

勘弁して欲しいね、タイムスさん。

                     ◆

 

               お知らせ

拙稿が掲載される自由主義史観研究会機関紙『歴史と教育』は、一般書店では発売されないようですので購読ご希望の方は下記に問い合わせて下さい。

★自由主義史観研究会

なお拙文は同公式HPで既にアップされ紹介されていますので、下記で読むことが出来ます。

 http://www.jiyuu-shikan.org/index.html



「極悪非道な日本軍」像を刷り込む、結論ありきの判決!
『なりふり構わず「戦後レジーム」を死守した深見判決の詭弁』
藤岡信勝/自由主義史観研究会代表・拓殖大学教授

教育法規に抵触しかねない、勝手な沖縄戦指導案事例!
『検定意見無視する沖縄県教育界 生徒の学力低下の要因に』
鴨野 守/ジャーナリスト

本土では知られていない、島民らが真実を語らない事情
『証言を阻む南の島の呪縛』
狼魔人/沖縄在住・人気ブロガー(『狼魔人日記』

「報道ステーション」「NEWS23」の集団自決偏向報道!
『沖縄集団自決報道のメディアリテラシー』
飯嶋七生/自由主義史観研究会会報編集長


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小学生を授業で洗脳/沖縄県民を洗脳しているテレビ

2008-05-23 07:17:05 | ★集団自決

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一昨日「スーマンボースー」で沖縄も入梅かと書いたら、 沖縄気象台は昨日(22日)、奄美・沖縄地方は梅雨入りしたとみられると発表した。

奄美地方は行政区分では鹿児島県だが、気候や文化的に言えば沖縄地域に近いのが分かる。 サンシンもあるし。

統計を取り始めた1951年以降、過去3番目の遅さで、

平年の梅雨明けは6月23日ごろとのこと。

やっと梅雨 過去3番目に遅く(2008.5.22) カメラ

                    ◆

沖縄の学校では、中学校、高校そして大学に至るまで、まだ学術的に確定もしていない「軍命令による集団自決」を授業に取り入れていると書いた。

偏向教師の偏向授業は小学校にも及んでいる。

2008年5月21日(水) 朝刊 28面  
 「集団自決」で創作劇/志真志小で来月上演 

≪宜野湾市立志真志小学校(喜納裕子校長)で、慰霊の日(六月二十三日)に向けた特設授業で上演する創作劇「ヒルサキツキミソウ」の準備が進められている。沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」をテーマにした物語で、日本軍の命令で、家族に手をかけざるを得なかった史実を、児童や教諭らが演じる。上演は六月二十日午前十時から同校体育館で。(平良吉弥)≫
 

≪ 米軍の艦砲射撃が始まり、日本軍から手りゅう弾が渡され、軍命で家族が命を絶つ直前の場面などを子どもやその両親の霊を通し、現代の子どもたちが「集団自決」の実相に触れる。≫

 ≪ 二十日に志真志小で行われた初げいこで宮城教諭は「集団自決」で首にけがを負った幼い少女の写真や沖縄戦の「集団自決」で亡くなったとみられる住民たちの写真を児童に示しながら、当時の状況を説明。「『集団自決』で一家全滅のケースもある。亡くなった人の気持ちになり、一生懸命練習しみんなに伝えましょう」と訴えた。≫

 ≪六年生の平良佳大君(12)は「曾祖母が八歳の時に竹やりで訓練したり、一生懸命走って逃げた話を聞いた。命令さえなければたくさんの人が亡くならなかったと思う」と話した。≫

                       ◇

まだ判断力の無い12歳の子供たちに「集団自決」があったことを教えて戦争の悲惨さを教えることはよしとしよう。

だが、まだ確定もしていない「日本軍の命令」を強調して、

ことさら日本軍への憎悪を掻き立てる必要がどこにあるのだ。

これは中国が行っている反日教育と同じではないか。

少なくとも小学生にまでこのようなに自分のイデオロギーを押し付けることは止めて欲しいものだ。

新聞を中心にした沖縄の偏向マスコミの反日活動については当日記の絶好のネタにさせてもらっているが、テレビの影響も無視できない。
   
とりあえず次の地元テレビ動画を見て欲しい。

【動画】 沖縄県民を洗脳しているテレビ

ここに登場する宮城恒彦氏は、「参謀長」と呼ばれた教頭が登場する『潮だまりの魚』の著者である。

どうテレビ内容がいかに偏向した内容であるかは以下の記事を読めば明白である。

沖縄タイムス 2008年1月31日(木)  
 
 悲劇の島から史実訴え/座間味村が証言集

 座間味村教育委員会が沖縄戦で「集団自決(強制集団死)」を体験した住民らの証言などをまとめた「戦世を語りつぐ 座間味村平和学習ガイドブック」を発刊した。制作を委託された編集委員会が三十日、同村教委に引き渡した。沖縄戦の「集団自決」に対する日本軍の強制を示す記述を文部科学省が削除させた教科書検定問題が起きる中、「座間味での沖縄戦の真実を伝え続けよう」と編集作業は進められた。
 編集委員会は二〇〇六年十二月に発足し、同村で「集団自決」を体験した宮城恒彦さん(74)が委員長を務めた。沖縄戦を体験していない世代の編集委員が、体験者数十人から聞き取りをした。


改ざんNO


 同ガイドブックでは、座間味島の「集団自決」を「三月二十六日、米兵は大挙して住民のいる壕の近くまでやってきました。それを知った住民はパニック状態におちいり、(中略)死の道へと急いだのです」と書く。宮城さんは「抑えた表現にしたが、住民を『パニック』に追い込んだのは、日本軍の強制だったことは明白だ」と説明する。

 「『敵の手にとられないように玉砕するよう、軍より命令があった』と当時、村助役だった兄が父に話すのを聞いた」との宮平春子さんの証言を収録し、編集後記には「文部科学省による『高校の歴史教科書改ざん』に対する答えは、多くの証言者の声やこの冊子に記載された内容が証明しています」と記した。


改訂も検討


 編集委員の一人、宮里芳和さん(59)は「『軍から玉砕命令があった』との証言は複数あり、日本兵側からも軍命を示す証拠や証言が新たに得られ始めた」といい、同ガイドブックの改訂時に盛り込みたい考えだ。

 二千部を発刊した。修学旅行生の平和学習などに活用し、希望者には販売する予定。問い合わせは同村教委、電話098(987)2153へ。

                                              ◇

>編集委員会は二〇〇六年十二月に発足し、同村で「集団自決」を体験した宮城恒彦さん(74)が委員長を務めた。

宮城恒彦氏は「証言集『潮だまりの魚』」の著者であるが、この本の証言では「軍の命令や強制」という結論を導き出すの困難である。

これについては去年の7月12日のエントリ証言集『潮だまりの魚』に見る守備隊長の実像 で触れた。
 

 >「三月二十六日、米兵は大挙して住民のいる壕の近くまでやってきました。それを知った住民はパニック状態におちいり、(中略)死の道へと急いだのです・・・抑えた表現にしたが、住民を『パニック』に追い込んだのは、日本軍の強制だったことは明白だ」

ところがその後の「11万人」集会等で勢いがついたのか軸足がふらついて来た。

米軍が大挙して壕の近くまでやって来て中の住民がパニックに陥ったのなら、原因は米軍であることは小学生でもわかることだ

それを「住民を『パニック』に追い込んだのは日本軍の強制だ」とは、まるでヤクザの言掛かりではないのか。

このような理の通らぬ話がいかにも「正論」であるかのように、もっともらしく掲載される・・・これが沖縄タイムスの正体である。

■似たもの同士の宮城恒彦と宮城晴美■

>改訂も検討

宮城恒彦氏は、当初は自著で「軍命や強制はない」という内容で出版しておきながら、後で「言葉としての命令だけでなく、強要や誘導、目に見えない命令があった」といった苦し紛れの弁明で証言を変更した。

あげくの果てに「改定も検討」とは『母の遺したもの』が「軍命なし派」の証拠として係争中の裁判の原告側証拠となると、改訂版を出版をした宮城晴美氏のケースと全く同じパターンである。

おっと、もう1人『沖縄戦と民衆』を反対派の証拠に使われた林博史関東学院大学教授の例も自著の内容と発言が違うという点では似たようなものだ。

宮城恒彦氏:
「米兵が大挙壕の近くに来て住民はパニックになり死の道を急いだが、住民のパニックも軍の強制である」

◆宮城晴美氏:
「母が言及している時間帯における梅澤隊長の命令が無かったとしても、以外の時間で梅澤さんの命令があったかも知れず、梅澤さんの責任はあると思うし、そもそも軍としての命令はあったと思う」

                     ◇

 

ひと》沖縄戦「慰霊の日」に体験記を出す

2004年06月23日 朝日新聞

写真

宮城恒彦さん

 沖縄戦で米軍が最初に上陸した座間味(ざまみ)島で45年3月26日に起きた「集団自決」の生き残りだ。当時は11歳。母親と姉弟で逃げ込んだ壕(ごう)の中で手榴弾(しゅりゅうだん)が爆発し、19歳の姉と担任の教師が亡くなった。

 「戦後、母が戦争を語ることはなかった。毎年3月になると、思い出したように嘆息した」。書き始めたのは、母親が他界した翌88年から。「自決」で住民173人が犠牲になった。自分だけでなく、島の人にも聞いてまとめた。

 「慰霊の日」に合わせて出してきた体験記は今年、16冊目になった。毎回、1千部以上を発行し、学校などに配っている。さらに、23日には、東京の出版社から過去の15冊をまとめた「潮だまりの魚たち~沖縄・座間味島の戦世(いくさゆー)」(クリエイティブ21)を出版する。

 元小学校長。一番苦しんだのは「日の丸・君が代」問題。惨劇を招いた戦前の教育が頭をもたげたが、個人の意見も言えず、公私のはざまで悩んだ。「自決の時、校長が合図をし、女性教師が手榴弾を投げた」。教師になったのも、あの時の体験で教育の大切さを知ったからだという。(略)http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000119999991201

                    ◇

関連エントリー⇒証言集『潮だまりの魚』に見る守備隊長の実像 

【付録】

【沖縄タイムスの入社試験問題】

次の文は「座間味村平和学習ガイドブック」よりの抜粋です。

「米兵は大挙して住民のいる壕の近くまでやってきました。それを知った住民はパニック状態におちいり、(中略)死の道へと急いだのです

問題

住民を『パニック』に追い込んだのは、次のAとBのどちらですか?

A・ 米軍

B・日本軍

解答⇒沖縄タイムスの正解はBです。

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続・強姦魔の尻拭い、 ピント外れのタイムス社説

2008-05-22 07:46:11 | ★米兵事件

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沖縄タイムス 社説(2008年5月21日朝刊)

 【暴行事件見舞金】「逃げ得」は許されない
 神奈川県で二〇〇二年、オーストラリア人女性が米兵に暴行された。女性は事件後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)にさいなまれながらも、三月に北谷町で開かれた「米兵によるあらゆる事件・事故に抗議する県民大会」に参加し勇を鼓して演壇に上がった。
 「私は性犯罪の被害者。私は恥ずかしいことありません。私は悪くない」―被害女性の痛切な訴えは参加者の心を揺さぶった。

 事件から六年。性暴力の被害を受けたこの女性に対し、日本政府は三百万円の見舞金を支払うことを決めた。

 被害女性にようやく救済の手がさしのべられたことは歓迎すべきことである。ただ、どこか釈然としない

 被害女性は「米兵は私に謝罪しておらず、逃げたままだ。米兵も米軍も責任を持たず、日本で税金を払っている人の負担になるのはおかしい」と語っているという。今回の決定を評価しつつ、それでもなお釈然としない感情が残るのは、被害女性が指摘した問題があるからだ。

 事件後、加害者の米兵が不起訴処分になったため、女性は損害賠償請求の民事訴訟を起こした。東京地裁は〇四年十一月、女性の訴えを認め、米兵に三百万円の支払いを命じた。

 だが、米兵は裁判中に帰国し、賠償金を支払っていない。

 米兵などによる公務外の事件・事故は、原則として加害者個人が賠償責任を負うことになっている。加害者が本国に逃げ帰り、賠償がうやむやになるケースが以前は目立って多かった。

 被害者救済のためには、賠償能力のない米兵や賠償金支払いに応じない米兵に代わって、日米両政府が責任を持って損害賠償に当たる仕組みが不可欠だ。そのような制度は現行の地位協定にもあることはある。

 公務外の不法行為に対して米軍は、日本側が作成した事件の報告書に基づいて被害者に慰謝料を支払うことになっている。この規定自体、恩恵的で不十分なものだが、今回は、民事裁判の判決が出た時点で米国内法(外国人請求法)の時効が成立していたという。

 このため、政府は一九六二年の総理府令に基づく見舞金制度を活用して被害女性を救済したというわけである。

 同制度は、補償金や慰謝料の額について日米双方の主張に隔たりがあったり、米兵の故意、過失などが立証できない場合に適用されるという。

 九五年の米兵による暴行事件を契機に地位協定問題が浮上し、日米両政府は、米兵による公務外の不法行為についていくつかの運用改善策を打ち出した。それによって被害者の不利益が大幅に改善されたのは間違いないが、まだ十分だとはいえない。

 被害者救済のために政府が、支払いのないまま「宙に浮いた慰謝料」の穴埋めをしたのはいいとしても、本来支払うべき加害者や米軍の賠償責任を結果として不問にしたのは腑に落ちない。

 制度の不備な点を洗い直し、再度改善に努めてもらいたい。
             

                                          ◇

バカバカしいのでスルーしようと持ったがタイムスの卑怯な社説に、又しても付き合いの良さを発揮してしまった。

タイムスにとっては米軍も防衛省もミソクソ一緒くたで、金が出さえすれば、これが日本国民の血税による「アメリカ人強姦魔」の尻拭いでも良しとするのか。

しかも被害者が日本国民ならともかくオースラリア人ではないか。

この日本政府(防衛省)の理の通らない処置を、タイムスは自分の言葉で批判するならともかく、

被害者女性が「おかしい」と言った言葉を引用してお茶を濁している。

>被害女性は「米兵は私に謝罪しておらず、逃げたままだ。米兵も米軍も責任を持たず、日本で税金を払っている人の負担になるのはおかしい」と語っているという

お金をもらう立場の被害者の口を借りて「おかしい」といわせておきながら、

「ただ、どこか釈然としない」なんて腑抜けな表現で逃げるのは卑怯ではないのか。

いつもの勇ましい反日論調は何処へ忘れた。

自分の言葉で「これは国民の血税を使う案件ではない」と堂々と批判したらどうなのだ。

もしこれを「歓迎する」のなら、交通事故等の被害者で相手に賠償能力が無い時は全て国に賠償せよと言うのか。

少なくと自衛官が一家の大黒柱を殺した次の事件は、犯人に賠償能力が無いと報じられていたが、

この場合こそ国がオーストラリア人より優先して補償すべきではないのか。

 

【社会】自衛官、男性の顔を「傘」で突き刺し死なす&財布奪う…沖縄
1 名前:☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @あらいぐまさん大好き!φ ★:2005/05/03(火) 02:17:11 ID:??? ?#
★強盗致死で幹部自衛官逮捕 財布奪い傘で刺す

・沖縄県警捜査一課と那覇署は2日、路上で男性から現金を奪い、傘で顔を 突き刺して死なせたとして、強盗致死容疑で那覇市高良二丁目、陸上自衛隊 第1混成団(那覇市)所属の三等陸尉原卓也容疑者(25)を逮捕した。
 原容疑者は「身に覚えがない」と否認しているという。

 調べでは、原容疑者は2月26日午後7時45分ごろ、那覇市牧志の路上で 同市首里山川町、学習塾経営川満正則さん(48)から現金10数万円入りの 財布を奪った際、川満さんが抵抗したため、持っていた傘で顔面を突き刺す などして失血死させた疑い。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050503-00000001-kyodo-soci

                     ◇

残念なことではあるが刑事犯の加害者に賠償能力が無い場合、泣き寝入りと言うケースは山ほどある。

それさえもカバー出来ないのに、外国人加害者による外国人被害者にまで、「おもいやり」で賠償せよというのか。

 

オーストラリア人に補償するのならフィリピン人にも賠償を・・・と、

こんなことを言い出す国まで出てきた。

比外務省、日本に再捜査要請 女性暴行事件で検討(2008.5.21)
2月に沖縄本島中部で起きたフィリピン人女性暴行事件で、書類送検された米陸軍パトリオット・ミサイル(PAC3)部隊所属の伍長(25)が15日に不起訴処分となったことを受け、フィリピン外務省は19日(現地時間)の記者会見で、事件の再捜査を強く求めていく考えを明らかにした。日本の法手続きの中で再捜査を訴えるほか、米軍事法廷も視野に、米軍側への要請も検討しているという。
 地元紙フィリピン・デイリー・インクワイアラーが19日付電子版で報じた。
 同紙によると、同国外務省移民労働者担当のエステバン・コンジョス次官は、日本の法手続きの中で再捜査命令を出すよう提訴する予定を明らかにし「結論が出れば、この事件の捜査をどう続けていくかを検討する。再捜査の提訴期限は15日以内だ」と説明した。
 16日に沖縄で開かれた米海兵隊の軍事法廷にも言及し「(日本の再捜査が却下されれば)二番目の選択肢として考えている」と強調した。

                     ◇

ちなみにこの事件は米兵とフィリピン女性が合意の上でホテルにチェックインし一夜を過ごし、翌朝米兵が帰った後になって女性が強姦されたと騒ぎ出した事件。

沖縄県警で身柄確保し取り調べの結果不起訴で釈放されたもの。

伍長を不起訴処分 比女性暴行で那覇地検

こんなことまで「強姦事件」にしてしまったら刑務所はいくつあっても足りないだろう。

フィリピン外務省は、沖縄で開かれた米海兵隊の軍事法廷にも言及し

「(日本の再捜査が却下されれば)二番目の選択肢として考えている」と強気のようだが、

軍事法廷の結果がどうあれ、犯人に支払い能力がない場合沖縄タイムスはこの場合も、日本政府に支払えとでも言うのだろうか。
 

沖縄タイムス 2008年2月21日(木) 夕刊 1面  
 
沖縄市のホテルで暴行 拘束米兵トリイ所属20代伍長

犯行女性入院中
 在沖米陸軍所属の兵士が今月中旬、フィリピン人女性に暴行した疑いで米軍当局に身柄を拘束された事件で、暴行現場は沖縄市内のビジネスホテルだったことが二十一日、分かった。被害女性は二十代で、ホテルのロビーでぐったりしているところを従業員に見つけられ、病院に救急搬送。現在も入院している。米軍捜査当局はこの事件にかかわったとして、トリイステーション(読谷村)所属の二十代男性伍長の身柄を拘束。県警は米軍当局と連携し、伍長から任意で事情を聴いており、今後、強姦致傷容疑などの可能性も含め、慎重に調べている。容疑が固まれば逮捕状を請求する。
 同ホテルの関係者によると、伍長と女性は今月十七日夜にチェックインした。翌十八日朝のチェックアウト後、女性がロビーのソファで目をつぶったまま一時間ほど横になっており、ホテル側が救急車を要請したという。

 その後、被害女性の関係者が沖縄署に通報。関係者によると、女性は下腹部からの出血などで病院に搬送され、「気分が悪い」などと話していたという。

 県警では、被害女性や複数の関係者から事情を聴くとともに、ホテルの部屋などを現場検証している。(略)

 

 ◆お知らせ◆

自由主義史観研究会会報誌『歴史と教育』6月号(5月末発行)に、拙文が掲載されます。

『歴史と教育』6月号
【沖縄 不当判決反論特集】
(1)巻頭論文・・・・(藤岡信勝)
(2)沖縄の言論空間・・・(鴨野守)
(3)証言を阻む南の島の呪縛・・・(狼魔人
(4)沖縄自決報道の検証・・・(飯嶋七生)
(5)平松茂雄講演ルポ・・・(篠原寿一)
〈告知〉
*夏の全国大会告知
*沖縄パンフ
〈連載〉
*咲都からのサイト・・・(赤野達哉)
*沖縄冤罪訴訟の今後・・・(南木隆治)
*ネトウヨの星・・・(木村日向子)
*論壇時評・・・(岡屋多津郎)
 表紙・目次・寸感

発刊後に当日記でも紹介したいと思います。

               

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集団自決研修を大学新入生に、金城重明氏が講演

2008-05-21 07:52:30 | ★集団自決

沖縄語の「ユーレー」(寄り合い⇒模合⇒頼母子講)が死語になりつつあると書いたが、

同じく死語になりつつある言葉の「スーマンボース」が今日から始まる。

今日(5月21日頃)は二十四節気の1つ小満(しょうまん)という。

この日から芒種(ぼうしゅ)までの期間を沖縄では「スーマンボース」というが、ウチナンチュといえども、50代以下の人には聞いたことも無い人が多いだろう。

「 スーマンボースーヌ アミヌ フイチジチュン」といっても意味不明だが、

「小満(しょうまん)芒種(ぼうしゅ)の雨(あみ)が降り(ふい)続く(チジチュン)」書き換えれば何とか判読できるだろう。

そう、小満芒種とは沖縄で梅雨期にあたる季節。

小満とは「草木枝葉繁る」、「麦畑が緑黄色に色づき始める」といったさわやかな季節を意味するようだが、

沖縄では一足お先に鬱陶しい入梅となる。(気象庁の入梅宣言とは別)

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戦の現実子どもに 日教組の若手教諭ら戦跡で平和学習(2008.5.19)

山本隆司沖教組教文部長の説明を聞く大阪府教組の教師ら=18日、読谷村のチビチリガマ

 5・15平和行進へ参加するため全国から集まった日本教職員組合の会員約200人は18日、沖縄戦についての理解を深め、今後の平和学習に役立てようと南城市のアブチラガマなどを巡る南部コースと読谷村のチビチリガマなどを巡る中部コースの二手に分かれ、野外現地調査を行った。

 中部コースには大阪府教職員組合の20代、30代の教師を中心に約120人が参加。案内をした沖教組の山本隆司教文部長は読谷村のガマを案内し、平和学習の模擬授業を行った。
 山本さんはチビチリガマでの「集団自決」について「捕虜になることの恐怖や『日本人らしく死ぬ』ことを強制する当時の教育が背景にあった」と説明した。対照的に米兵の呼び掛けに応じてガマを出たため、避難していた約1000人が助かった同村のシムクガマ、1人の死者も出さずガマの中で2人の子どもが誕生したうるま市のヌチシヌジガマも訪れた。
 和泉市立南松尾小学校の金谷一基教諭(38)は「沖縄で何度も戦跡巡りをしているが、南部戦跡が中心で悲惨な話ばかりだった。ヌチシヌジガマのような全員の命を守り赤ちゃんまで生まれたガマがあることを初めて知った」と感慨深そうに述べた。
 山本さんは「戦争体験をしていないわたしたちは事実関係を淡々と伝え、生徒たちにどう思うか問い掛ける授業をするべきだ」と指摘し、「子どもたちは63年前の戦争の話を聞くことで今をどう生きるか考えることができる」と強調した。
 初めて沖縄での平和学習に参加した大阪市立三津屋小学校の岡崎淳子教諭(27)は「自分があまりにも沖縄戦について知らなかったことを知りショック。また訪れて勉強したい」と述べ、大阪市立長吉六反小学校の佐伯直美教諭は「自分が感じたことを生徒に伝えたい。機会があったら生徒にもぜひ沖縄での平和学習に参加してもらいたい」と話した。

                    ◇

地元紙もここのところ「集団自決」に関しては開店休業の状態だが、上記は日教組の教師達が生徒達を洗脳するための研修会をしている模様を伝える「教育面」の記事。

「軍命あり派」は水面下で動いているようで、東京で大城将保(嶋 津与志)氏の講演会、映写会等を活発に行っている模様。

「GAMA―月桃の花」上映会  ~「沖縄のこころ」を伝えたい~

日時:5月24日(土)

場所:大田区民センター 音楽ホール

第一回上映10:30~ 大城将保先生講演12:30~ 第二回上映14:30~

料金: 大人1000円-当日1300円  大学生以下800円-当日1000円

主催 : 大学生の「GAMA-月桃の花」上映実行委員会

後援 : 高文研 沖縄タイムス社 琉球新報社

協賛 : 大田区教育委員会

■映画「GAMA-月桃の花」

文部省選定

沖縄県・沖縄県教育委員会推薦



地元でも中学生や高校生を「平和学習」でコツコツと洗脳しているので、見出しだけを拾っておく。

「沖縄戦を知ってほしい」 沖尚→兵庫・野々池中、平和学習講演(2008.5.19) カメラ

戦争の記憶後世に 平和絵本3冊発行(2008.5.16) カメラ

「集団自決」問題で資料集 教科書検定の経緯集約(2008.5.2) カメラ

県民大会体験報告へ 北部農林高生、全国サミット参加(2008.4.29) カメラ

 

 学校の先生がこんなことをしても良いのかね。↓
 
 
学生の洗脳活動は中高校生に留まらず、大学新入生にも「集団自決」でオリエンテーションをするというから驚きだ。
 
で、講演をするのが金城重明氏というから、研修内容は推して知るべしだ。
 
昨日(20日)の琉球新報の教育面の左トップの見出し。

「集団自決」伝え継ぐ

体験者の金城さん講話

キリ学新入生 渡嘉敷合宿で

琉球新報によると、沖縄キリスト教学院大学・短期大学の2008年度新入生オリエンテーションキャンプが渡嘉敷島で開かれ新入生や教職員ら約400人が参加し、金城重明氏が「平和学習」で講演をしたという。

金城氏は「集団自決」で自分の親兄弟を殺した悲劇の主人公として紹介されているが、彼がその現場で他人を撲殺して廻っていたことを報じるマスコミは殆どない。

沖縄在住の作家星雅彦氏が、その凄惨な現場の様子を聞き取り取材し、それをまとめて雑誌に発表していた。
 
雑誌「潮」1971年11月号
特別企画・沖縄は日本兵に何をされたか
星雅彦(作家)

               (略)

修羅場と化した西山盆地

一方、西山盆地では、ほとんど無傷でいた阿波連の人たちの間から、無残な殺し合いが始まっていた。それは三百人の集団がアラシのように立ち去った直後だった。遠くで、迫撃砲が激しく炸裂するのを、生き残っている多数の村民は上の空で聞きながら、ある人たちはナタやガマを借りて生ま木を切って棍棒を作っていた。その側で、母や妹や弟を、青年になった息子が、ベルトでつぎつぎと締め殺していた。また手榴弾で死にそこなった渡嘉敷の人たちの間では、持ってきた農具がそのまま凶器に変わって、血縁へ向かって理解しがたい怨念を打ち出すように、妻子を惨殺しはじめた。
(略)
ウシが気が変になったように、「クルチ、クミソウリ」(殺してください)と小声で繰り返し言っているとき、七歳になる二女は「死にたくない、死にたくない」と泣き叫んだ。長女は妹を腹の下に隠すように押えつけ、ただ恐ろしさのあまりじっとしていた。そのとき、阿波連の青年たちがワイワイ騒ぎ立てながら走ってきた。血の気のない顔で、彼らは何やら奇声をあげ、まだ生きている人を探し出しては、持っている梶棒で撲殺するのだった。 
 
その中の金城重明(現牧師)という十六歳の少年がウシの側へ近寄ってきた。学校で成績がよいと評判の少年だった。彼は立ち止まった。と、いきなり直径十センチぐらいの棍棒を振り上げ、「まだ生きているのか!」と叫び、妹を抱き押えて後込みしている長女の頭へたたきつけた。ギャツという声が短く走り、頭から血が流れた。少年はもう一度たたきつけた。娘たちは動かなくなった。それから少年は血走った目をむいて、ウシを見た。ウシは祈るように、「重明……」と小声でいって目を閉じた。ガーンと頭が割れるような音がした。ウシは額の上を二度叩きつけられるのを感じた後、意識を失った。 
 
何時間かたって、ウシも長女も意識を取り戻した。夕方間近くなっていた。周囲は死者ぱかりだった。首つり自殺をとげた死体が、十五、六人、潅木にぶらさがっていた。二女は痴呆状態になってすわっていた。ウシが抱いていた子供は、口がほおのところへ移って顔がゆがんでいた。ウシの額に振りおろされた棍棒は勢いあまって子供の顔にもあたったようである。
ウシは急にわれに返って、娘に、「水をくんできて」と叫んだ。娘はふらふら立ち上がり、ころがっている薬カンを拾って、水をくみに行った。その間、ウシは自分の顔いっぱいについている血糊をソデでふき、割れた前頭部からまだ血か流れるのを防ぐために、湿った赤土を取って膓口に塗りこんだ。それから娘がくんできた水を、抱いた子供の顔にかけた。すると子供は全身ひきつらせ、顔をぶるぶるけいれんさせて、元に戻った口から血のアワを出した。「生き返ったよ」と、ウシは思わず笑顔になった。

それからウシたち親子四人は、なんとか生きようと思い、谷間のほうへ下りて行った。

 

                        ◇

ここに描かれているのは「自決決行者」が、軍の命令で配給された手榴弾で自決して果てるのではなく、パニックになった住民が棍棒や農具で女・子供を殺して廻る凄惨な場面である。

事実、金城重明氏も手榴弾など配給されておらず、棍棒等で肉親を殺したあげく、関係ない他人まで撲殺して廻っていた。

「集団自決」の生存者というと手榴弾の不発等で死にきれなかった人たち、

と考えがちだがが、実際は金城氏のように女子供を殺して廻って自分は死にきれずに生き残ったという例も多い。

戦争が終わり、正常な社会に復帰して生きていくには、自分の犯した「原罪」への贖罪意識から逃れるために、どうしても「軍の命令」が必要だった。

彼らが戦後生きぬいていくためには、「(集団自決は)軍の命令で止むを得なかった」という神話が必要であり、それには「鬼の赤松」が必要であった。

以下は金城氏証言「集団自決は家族への愛」よりの抜粋です。


金城氏「軍命出た」 岩波「集団自決」訴訟

 渡嘉敷島で「集団自決」を体験し、生き延びた金城重明沖縄キリスト教短期大学名誉教授(78)が岩波側の証人として出廷。「(島に駐留していた)赤松嘉次隊長が指揮する軍の命令なしに『集団自決』は起こり得なかった」として、日本軍の強制を証言した。
(略)

当時16歳だった金城さんも母と妹、弟を手にかけた。 軍の命令で陣地近くに集められていた金城さんら住民の下に軍の自決命令が出たようだとの話が伝わり、村長の「天皇陛下万歳」の号令で「集団自決」を始めたと具体的に証言した。
 「『天皇―』は玉砕の掛け声。村長が独断で自決を命じるなどあり得ず、軍命が出たということ」とし「集団自決」の直接の引き金に軍の強制があったと明言した。
 金城さんは家族を手にかけた時の気持ちについて、「米軍が上陸し、(惨殺されるかもしれないという思いで)生きていることが非常な恐怖で、愛するがゆえに殺した」と語った。
 (略) 原告代理人は会見で「村長が自決命令を出すはずはなく、軍命だったという金城氏の証言は推論にすぎない」などとして「金城氏は集団自決の隊長命令を語る証人として資格がないことがはっきりした」と述べた。

(琉球新報 9/11 9:38)

                      ◇

■軍命令はすべて推論■

軍命令をにおわす証言については、金城氏はこれまでいろんな場面で証言しており、それが62年も経った今頃になって新しい証言が出たらかえって信憑性を疑われるだろう。

ただ、新しいといえば吉川勇助氏の証言を法廷で自分の証言の「軍命令あり」の推論の補強に使ったぐらいだろう。

結局、金城証言のどこを見ても「軍命があった」という「体験者」としての証言は無い。

琉球新報が「軍命あり」と断定する部分は次の点だろう。

①村長が音頭を取った「天皇陛下万歳」とは玉砕の掛け声。 村長が独断で自決命令を出すのはありえず、軍から命令が出たということ。

②村長が「天皇陛下万歳」唱える前、軍の陣地から伝令の防衛隊員が来て、村長の耳元で何かを伝えたとの事だが、軍の命令が伝えられ、村長が号令を書けたことが分かった。

③軍から手りゅう弾が配られた。 

>村長が独断で自決命令を出すのはありえず、軍から命令が出たということ。

「Aが○○をすることはあり得ないから、Bがやったに違いない」。

これは原告弁護団がいみじくも言うように金城氏の「推論」である。

■伝聞の又伝聞■

>村長の耳元で何かを伝えたとの事だが、軍の命令が伝えられ、村長が号令を書けたことが分かった。

結局金城氏は軍の命令を直接聞いていないが、他人の伝聞、それも「耳打ちしたのを見た」であり、耳内の内容を聞いたわけでも無い伝聞のその又伝聞を自分の「推論」の補強にしているに過ぎない。

おまけにその耳内を目撃した吉川勇助氏の証言によると、耳打ちの最中にすさまじい迫撃砲や艦砲射撃の爆発音も聞いている。

その伝聞の伝聞さえ爆音で消されているのである。

≪不意に軍の陣地方向から現れた防衛隊員が、村長に何かを耳打ちしているのに気付いた。迫撃砲や艦砲射撃のすさまじい音と爆発の音、防衛隊員が村長に何を伝えたか、勇助の所までは聞こえない。≫。(9)防衛隊員、耳打ち「それが軍命だった」

このような状況での「耳打ち」を目撃した吉川証言に頼らざるを得ないほど金城氏は「隊長軍命令」を語るには不適格なのである。

                   ◆

以上地獄を見た二人  雉も鳴かずば・・・より抜粋加筆で引用。

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強姦魔の尻拭い、防衛省が血税で

2008-05-20 07:47:22 | ★米兵事件

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防衛省:米に代わり見舞金 米兵による女性暴行事件で

 防衛省は19日、02年に神奈川県横須賀市で起きた米兵によるオーストラリア人女性への暴行事件で、米兵や米政府に代わり女性に見舞金300万円を支払う方針を決めた。同事件をめぐる民事訴訟で東京地裁は04年、米兵に同額の損害賠償を命じたが、米兵は判決前に帰国。日米地位協定は米兵に賠償能力がない場合、米政府が慰謝料を支払うよう定めているが、米国内法でも既に時効を迎えている。このため、放置されていた支払いを日本政府が肩代わりすることにした。

 同省は、米兵による公務外の損害が地位協定で救済が難しい場合、必要であれば日本政府が支給できるとした1964年の閣議決定に基づき「問題を放置することは社会的に妥当でない」と判断した。例外的な措置という。【松尾良】

毎日新聞 2008年5月19日 23時04分

                                              

最初に断っておきたいが、婦女暴行等の卑劣な犯罪の被害者が、何の賠償もされず「問題を放置することは社会的に妥当でない」という政府の基本姿勢に異存はない。

だが、今回の防衛庁の措置には大いに異存がある。

加害米兵に賠償能力がない場合、当然米政府に請求すべきと日米地位協定でも決めているではないか。

米国内法でも既に時効を迎えているというが、被害者には気の毒だが、これは日本が関知すべき問題ではない。

アメリカ人がオーストラリア人に加えた犯罪の賠償を、何故日本国民の血税で尻拭いするのか。

防衛省は閣議決定を根拠にしているが、閣議決定は何の拘束力も無く法律を超越することは無い。

それに今回の措置は米兵にとっても「逃げ得」という風潮が蔓延する悪しき前例となる。

それにこの措置はもう一つの問題を含む。

加害者が日本人の場合で、賠償能力が無い場合も政府は補償してくれるのか。

加害者が米兵だから国が補償するというのは人種差別ではないのか。

日頃人権問題にうるさい「プロ市民」の方々は是非とも今回の防衛省の人種差別的措置に反対して欲しい。

ましてや「ナンパ・ゲーム」の果ての「暴行事件」も対象になるとしたら、安易に米兵とラブ・ゲームに陥る女性にも血税を払うようなことにもなりかねない。

今回の防衛省の措置は米政府か豪政府の仕事であり、日本国民の血税で尻拭いすべきではない!と思う方クリックお願い。

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                       ◆

 

4000人基地なき島訴え 5・15平和行進  2008年5月19日 琉球新報
全国での平和運動展開を誓い「頑張ろう」と三唱する参加者=18日午後、宜野湾市の宜野湾海浜公園
 5・15平和行進最終日は18日、本島の各コースの参加者が最終地の宜野湾市の宜野湾海浜公園野外劇場に集結し「復帰36年 5・15平和とくらしを守る県民大会」(同実行委員会、沖縄平和運動センター主催)を開いた。
主催者によると平和行進への参加者は宮古、八重山コースも含め県内外から計約7千人、県民大会への参加者は約4千人だった。大会では米兵女子中学生暴行事件など米兵の凶悪犯罪が相次いでいることを受け、登壇者から「基地をなくしていこう」「米軍再編を許さない」などの声が上がった。大会宣言では日米地位協定の抜本的改定などを求めることを表明した。(略)

                    ◇

わざわざコメントすることも無いと思いながらこの記事を取り上げた理由は次の二つを言いたかっただけ。

①会場が「11万人」集会と同じ「宜野湾海浜公園」で行われ、参加人数が「4000人(主催者発表)」だったこと

②知人のT君が名護から那覇に向かう途中、読谷界隈の国道で、道路の中央を歩く「平和行進」に遭遇し、あまりの傍若無人な「プロ市民」の態度に腹を立てたということ。 

お陰で国道は渋滞で目的地に着くのに二時間も遅れたという。 

T君、他人の迷惑を考えない「平和行進」には絶対反対と怒っていた。

琉球新報も昨年の「11万人」集会では会場全体の航空写真を掲載するという大ポカをやってしまったが、今回はその点は反省したのかシッカリと部分写真で誤魔化している。(笑)

(部分写真だが、参加人数は去年の約30分の一だって)

                       ◆

「おまけ」

「カエルとネズミの助け合い」

別件の検索でネットを彷徨っていたら偶然見つけたのほほえましい写真なので保存しておいたもの。(出典は失念)

説明書きは以下の通り。

2006年6月30日、豪雨が続き、洪水による被害が出ているインド北部のラクノーでは、カエルの背中に乗って避難するネズミの姿が見られた.

ダウンロード

 

カエルの写真で四川大地震を予知したと言われるカエルの大集団移動に話題を持っていこうと思うのだが・・・ちょっと無理がありますか?

でも、強引に話は続きます。

 

大紀元日本5/14-四川大地震前、各地で兆候が↓http://jp.epochtimes.com/jp/2008/05/html/d68786.html

印刷版   

地震発生の数日前、綿竹市西南鎮の檀木村で、ヒキガエル数十万匹が道路を渡ろうとした

中国四川大地震前、各地で兆候が発生

 【大紀元日本5月14日】四川省大地震の発生数日前、前兆と思われる奇妙な現象は同省各地で現れたことが分かった。

 四川省「華西都市報」5月10日の報道によると、綿竹市西南鎮の檀木村では、大量のヒキカエルの移動風景が見られた。数十万匹とも言われたヒキカエルは人を恐れず、道路を渡ろうとしている。多くのヒキカエルは車に轢かれたり、人に踏まれたりした死骸も道路上に残っているという。(略)

  各地の奇な妙現象に不安を感じた人々から、地元の防災機関に問い合わせが殺到したが、ただの自然現象とか、地震なんかありえないと結局無視された。

(08/05/14 00:18)

【四川省大地震】 カエル集団移動に地震雲「予知現象あった」とネットが当局批判 

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(2)沖縄の言論空間・・・(鴨野守)
(3)証言を阻む南の島の呪縛・・・(狼魔人
(4)沖縄自決報道の検証・・・(飯嶋七生)
(5)平松茂雄講演ルポ・・・(篠原寿一)
〈告知〉
*夏の全国大会告知
*沖縄パンフ
〈連載〉
*咲都からのサイト・・・(赤野達哉)
*沖縄冤罪訴訟の今後・・・(南木隆治)
*ネトウヨの星・・・(木村日向子)
*論壇時評・・・(岡屋多津郎)
 表紙・目次・寸感

発刊後に当日記でも紹介したいと思います。

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「嘘の巨塊」のノーベル賞作家

2008-05-19 07:16:12 | 大江健三郎のいかがわしさ

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<論破され 「誤読」で逃げる 大作家> 詠み人知らず

存在もしない誤字の幻を見て狂喜乱舞する人には笑いで済むが、

30数年前に書いた本の矛盾を突かれ、それは誤読だとシラを切るノーベル賞作家には驚かされる。

法廷証言で自著には書かれていない屁理屈をを問いつめられ、これを誤読とだと言い逃れた。

(問い)-陳述書で「装燈された時限爆弾としての命令」としているが、「沖縄ノート」には書いていない。

「1970年にこの本を出版して現在まで37年がたつが、私は沖縄の問題についてかなり多くの文章を書いたし、新聞にも連載したことがある。大きな新聞で書く以上、責任をもってやってきた。根本的に誤読があるなら、曽野綾子さんに訂正を求める文章を書こうと思う。

50年間、小説家をしてきた。その間、読者に対する責任を持ってきた。純文学の作家とはそういうものです。これからも何十年も考えていこうと思う」

自分に都合の悪い事はなんでも誤読で逃げられると思っているのだろうか

更には、日本人には馴染みのないラテン語の辞書の、それも二番目の意味を取り出して、自分の書いた奇妙な単語の意味だと屁理屈をこね回す姿には、この人物の常識さえ疑ってしまう。

彼にとっての常識とは、戦争は絶対悪であり、軍隊のやることはすべて悪という絶対平和主義であり、全てはこの基準で測られる。

だが同じ軍隊でも沖縄では「鬼の赤松」を創り上げ、日本軍を糾弾した大江氏が、なぜか広島や長崎に原爆を投下した米軍を糾弾することはない。

大江氏の常識とは所詮この程度の少女趣味の常識であり、戦後GHQの「三年殺し」で去勢された常識でもある。

彼を左翼勢力と呼ぶのは、ある意味で大きな見当違いである。

ヨーロッパ先進国の左翼は自分の国家に帰属意識を持った上での左翼であるが、

日本という国家に帰属意識を持たない大江氏のよりどころにするのは、憲法第9条に代表されるユートピア的国際主義であり、連合赤軍の世界同時革命にも通じる。

大江氏は自分が生まれ育った日本国へ憎悪をむき出しにする反日勢力という呼び名が相応しい。 

自国の文化勲章受賞は拒否しておきながら、スウェーデン王立のスウェーデン・アカデミーが選定するノーベル賞には嬉々として尻尾を振る。

ここに、このノーベル賞作家の精神的幼児性がある。

社会主義が健在だった時代には、こういうユートピア的国際主義も一定の説得力を持ちえたが、ベルリンの壁が崩壊し、そして大江氏が地上の楽園と憧れた北朝鮮もその恥部を世界中に暴露されてしまった今、もはや彼の帰属希望の共同体(地上の楽園)はこの地上には無い。

             

                ◆お知らせ◆

自由主義史観研究会会報誌『歴史と教育』6月号(5月末発行)に、拙文が掲載されます。

『歴史と教育』6月号
【沖縄 不当判決反論特集】
(1)巻頭論文・・・・(藤岡信勝)
(2)沖縄の言論空間・・・(鴨野守)
(3)証言を阻む南の島の呪縛・・・(狼魔人
(4)沖縄自決報道の検証・・・(飯嶋七生)
(5)平松茂雄講演ルポ・・・(篠原寿一)
〈告知〉
*夏の全国大会告知
*沖縄パンフ
〈連載〉
*咲都からのサイト・・・(赤野達哉)
*沖縄冤罪訴訟の今後・・・(南木隆治)
*ネトウヨの星・・・(木村日向子)
*論壇時評・・・(岡屋多津郎)
 表紙・目次・寸感

発刊後に当日記でも紹介したいと思います。

                      ◆

以下は過去記事「屁理屈ジャンケン」の再掲です。(一部加筆)

 

後だしジャンケン■

後だしジャンケンとは、相手が出したタイミングに一瞬のタイムラグを設けて、相手の手を読みそれに勝つ卑劣な手段のことをいう。

『母の遺したもの』の著者宮城晴美氏は、自著が「集団自決裁判」の原告側の証拠として提出され、「梅沢隊長が軍命を出した」という被告側の主張が否定されると、「一ヶ月前に立場を変えた」として自著を改定し『新版 母の遺したもの』を出版した。

筆者はこれを後出しジャンケンだと批判した。

「集団自決」 宮城晴美氏が新版で「後出しジャンケン」

宮城晴美氏らが弁護しようとする大江健三郎氏は法廷の証言台で自著『沖縄ノート』をテキストに、後出しジャンケンどころか、とんでもない「屁理屈」を披露して世間を驚かした。

■屁理屈ジャンケン■

大江健三郎氏は、宮城晴美氏が批判に動揺して後だしジャンケンを出したような分かり易いような手法は取らなかった。

一旦出した自分の手はそのままにして、それを屁理屈で煙に巻いて勝を主張するというから、さすがはノーベル賞作家。

「屁理屈ジャンケン」とは、負けた場合でも、負けを認めず屁理屈で何とか勝とうという破廉恥な手段のこと。

例を挙げよう

チョキをだしたのに相手がグーなら普通は負けを認める。

だが、「屁理屈ジャンケン」はこれからが勝負。

「私はパーを出したつもりだ」

「この指をチョキと見るのは君の誤読だ」

「指は5本伸ばしたつもりだ」

大江健三郎氏は証言台でcorpus delictiなる一般読者には聞きなれない言葉まで引っ張り出して、

「罪の巨塊とは死体である」と、まともな人間なら赤面するような屁理屈を披露した。

法廷で証言台に立った後の11月20日の朝日新聞朝刊で、大江氏は「『罪の巨塊』に込めた思い」と題する更なる「屁理屈」をこねた。

 ≪私は渡嘉敷島の山中に転がった三百二十九の死体、とは書きたくありませんでした。受験生の時、緑色のペンギン・ブックスで英語の勉強をした私は、「死体なき殺人」という種の小説で、他殺死体を指すcorpus delictiという単語を覚えました。もとのラテン語では、corpusが身体、有形物、delictiが罪の、です。私は、そのまま罪の塊という日本語にし、それも巨きい数という意味で、罪の巨塊としました。≫

一般の読者は著者自らの解説を聞く幸運には遭遇しないし、例え解説を聞いても理解できる人は少ない。

ならばと今度は朝日新聞の紙面でその「屁理屈」に上塗りの解説という念の入れようだ。

問題の箇所を『沖縄ノート』より抜粋するとこうなる。

《慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と他者への瞞着の試みを、たえずくりかえしてきたことであろう。人間としてそれつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう。かれは、しだいに希薄化する記憶、ゆがめられる記憶にたすけられて罪を相対化する。つづいてかれは自己弁護の余地をこじあけるために、過去の事実の改変に力をつくす。》(210ページ)

一般の読者に上記文で国語の問題を出したら、「罪の巨塊」が「死体」(他殺体)のことだ理解できる人が果たして何人いるか。

ちなみに辞書を引くとcorpus de・lic・ti は次のような二つの意味がある。

犯罪の事実[主体];

②(他殺)死体.⇒corpus  [さらに]

大江氏は敢て二番目の意味の死体(他殺体)は訳語に当てたという。

よくもこんな屁理屈がいえるものだ。

『沖縄ノート』が出版されてから30年以上経って初めて、こういう「新解釈」が出てくる・・・

これを称して「屁理屈ジャンケン」という。

■「逆ヘリクツ・・」?■

追いつめられるといろんな人が出てくるもの。

物故した方の書いた文、しかも「相手方」の勝を証明する文をひねくり回してトンデモ解釈する人物がいるが、

これは相手が出したチョキをパーに見えると屁理屈をこねる「屁理屈ジャンケン」の逆バージョンで「逆へリクツ」・・・うーん、疲れるわ。

いろんなブログが大江氏の屁理屈を「詭弁」、或いは「変な説明」として批判しているが日々是好日さんが「大江氏による「罪の巨塊」の変な説明 」で詳細に検証しているのでご覧下さい。 ノーベル賞作家も形無しです。

他にも大江氏の「屁理屈ジャンケン」を批判するブログの紹介。

大江健三郎という「嘘の巨塊」

 

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沖縄・少女暴行 司法取引の犠牲、米兵軍法会議で

2008-05-18 09:02:38 | ★米兵事件

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夜の繁華街を徘徊する不良女子中学生を、中年の不良米兵がナンパし、中学生は米兵の自宅までついて行った。

不良米兵と不良中学生のナンパトラブル。

エントリーに際し、こんなしょうもないネタは今日でオシマイ、今日でオシマイ、

と繰り返し思いながら27回もエントリーしてしまい、

ついには「米兵事件」というカテゴリーまで作ってしまった。

沖縄人同士の事件だったらだったらボツネタのようなネタを、

当事者の一方が米兵というだけで地元二紙が大騒ぎを始め、

号外を出すまでの大事件にでっち上げた。

これでは、当日記としても嫌でも付き合わざるを得なかった。(弁解)

事件は女子中学生の告訴取り下げで、容疑者の米兵は無罪釈放。

今度こそこんなクダラナイネタは終わりにしようと思ったが・・・・、

米軍法会議の判決以後、またぞろ新聞が騒ぎ出し、昨日は二紙が揃って社説で取り上げる騒ぎ。

やれやれ、と思いながらも付き合いの良い当日記は付き合ってしまう。(苦笑)

結論だけ先に書いておこう。

容疑者の米二等軍曹は日米地位協定の狭間に立たされ、「県民感情配慮」の人身御供となった犠牲者である。

勿論軍法会議でも「強姦罪」は無罪である。

沖縄県警が犯行の翌日容疑者の身柄を拘束し、家宅捜索を行い証拠物件は押収し、拘留期限を延長して検察と共同で調べても「強姦罪」は立件出来なかった。

「被害者の」告訴取り下げは、被害者の意図というより、

そうしなければ証拠不十分により立件できない検察側にとって、告訴取り下げは渡りに船だったはず。

告訴取り下げの真相、検事正会見から読む

 

 

二等軍曹に実刑3年 米兵女子中学生暴行(2008.5.16)
琉球新報夕刊一面トップ

女子中学生暴行事件で訴追されたタイロン・ハドナット二等軍曹に対する審理が行われる軍法会議の法廷=16日午前7時すぎ、北谷町キャンプ瑞慶覧(代表撮影)

 ことし2月に本島中部で起きた米兵女子中学生暴行事件で、女性暴行や誘拐など統一軍事裁判法違反で訴追された二等軍曹(38)に対する在沖海兵隊の高等軍法会議が16日午前、北谷町の米軍キャンプ瑞慶覧であった。
判事は懲役4年を言い渡したが、司法取引で1年が猶予され、3年の実刑となった。検察側は求刑で懲役8年、弁護側は9カ月以内の判決を求めていた。

 
二等軍曹は5つの罪のうち、16歳未満の少女に対する虐待を認めた一方、残りの4つの罪を否認した。
 二等軍曹が米軍当局と司法取引を行い、1罪を確定させる代わりに検察側が4罪を取り下げた。これを受け、判事は有罪を認定した。(略)

                      ◇

沖縄タイムス2008年5月16日(金) 夕刊 1面  
暴行米兵に懲役4年/キャンプ瑞慶覧軍法会議
司法取引で3年に
 二月に本島中部で起きた米兵暴行事件をめぐり、県警に強姦容疑で逮捕された後、被害者の告訴取り下げで不起訴処分となった在沖米海兵隊キャンプ・コートニー所属のタイロン・ハドナット二等軍曹(38)の高等軍法会議が十六日、キャンプ瑞慶覧で始まり、同軍曹は少女への暴力的性行為を認めた。八年の求刑に対し、判事は懲役四年を言い渡した。しかし、司法取引で一年猶予となり、三年の懲役が確定した。
 ハドナット二等軍曹は十六歳未満の少女への強姦や、誘拐、偽証など五つの統一軍法典違反に問われていた。このうち、十六歳未満への暴力的性行為を認めた。司法取引が成立し、残りの四つの罪については検察が取り下げた。(略)

                                             ◇


新報⇒二等軍曹は5つの罪のうち、16歳未満の少女に対する虐待を認めた一方、残りの4つの罪を否認した。


タイムス⇒同軍曹は少女への暴力的性行為を認めた。

おやおや、沖縄の新聞の辞書では「虐待=暴力的性行為」と書いてあるらしい。

それに被告は強姦は否認しているがタイムスは強姦と暴力的性行為の区別を解説すべきであろう。

手元の簡易辞書を引いてみても、

【虐待】とは①むごい取り扱いをすること。 ②いじめること。

とある。 だが、通常の用例を見ると「捕虜虐待」「幼児虐待」といった②のいじめの部分が強調して使われている。

なるほど暴力的性行為はむごい取り扱いだろうが、無理やり言葉遊びをしたタイムス、新報両紙は故意に問題の本質を隠そうとしている。

ちなみに琉球新報の5月16日夕刊の一面トップは8段抜きの大見出しで

二等軍曹に有罪  米兵女子中学生暴行

検察側8年求刑

軍法会議  虐待認め司法取引

そして5月17日琉球新報長官 社会面トップ

沖縄の声届かず

米兵、謝罪繰り返す

「言い訳できない。 欲望あった」

>欲望あった

当たり前だろう。こんなのは争点でもなんでもないのにこの見出しだ。

 

両紙とも司法取引されたとする「五つの罪」を敢て曖昧に記しているが、西日本新聞によると、「五つの罪」は次のようになっている。

≪ 2等軍曹は「16歳未満の少女に対する強姦」「暴力的性行為」「偽証」「姦通」「巧妙な手口による誘拐」の5罪に問われていた。審理の中で、1罪での有罪を確定させるかわりに、検察側が4罪の訴追を取り下げる司法取引が成立。取り下げられた強姦などの罪について、事実関係の審理はされなかった。≫

整理すると五罪とは①強姦、②暴力的性行為、③偽証、④姦通、⑤誘拐・・・ということになる。

そして米軍曹は②の暴力的性行為は認めたが、他の四つの罪は否認している。

で、暴力的性行為の詳細は強姦ではなく、

16歳未満の少女に対する強制わいせつで、具体的には「体を下着の上から触った」と報じている。

これを見ても沖縄紙が印象操作で被告を「残虐な強姦魔」に仕立て上げようとしていることがミエミエである。

下着の上からさわっただけで「禁固三年」と「不名誉除隊」が重いのか軽いのか。 

仲井真県知事は「(実刑でも)県民は腑に落ちない思いがあろう」(新報5月17日)とコメントしているが、

絞首刑か銃殺にでもしなければ県民は納得しないのだろうか。

沖縄・少女暴行 米兵軍法会議では有罪 禁固4年 司法取引で1年猶予 =2008/05/17付 西日本新聞朝刊=2008年5月17日 00:26

 沖縄タイムス社説(2008年5月17日朝刊)

 【暴行米兵に判決】取引には納得いかない
  ≪二等軍曹は十六歳未満への暴力的性行為を認めた判決は禁固四年だが、司法取引が成立し一年猶予され実質は禁固三年になるという。≫

≪ 二等軍曹は強姦、暴力的性行為、偽証、姦通、巧妙な手口による誘拐の五つの罪に問われていた。

 だが、暴力的性行為の罪を認めたため、検察側が残り四つの罪を取り下げたという。≫

  

琉球新報社説
 米軍法会議 米兵裁けぬ事件の反省を(2008.5.17)

≪ 被害者も県民である。それにもかかわらず、日本の司法、法律で裁くことができなかった。
 暴行を受けた女子中学生に対するネットでの誹謗(ひぼう)中傷、「誘いに乗った少女が悪い」「深夜徘徊(はいかい)を許す家庭に問題がある」などの県内外からの批判もあり、被害者の女子中学生側が告訴を取り下げたためである。
 告訴取り下げで二等軍曹は不起訴処分となり日本の司法機関は事件を裁くことができなくなった。
 
性犯罪は「凶悪犯罪」である。1995年に沖縄本島北部で起きた少女乱暴事件では、小学生が犠牲になった。≫
 

≪ 性犯罪は親告罪であり、被害者の訴えがなければ、犯罪者を裁くことができない ≫

                    ◇
 

タイムスの社説は今更反論する必要も無いだろう。

新報はここで恥ずべき印象操作・・・

新報
被害者も県民である。それにもかかわらず、日本の司法、法律で裁くことができなかった。

容疑者を日本の法廷で裁くことが出来なかった理由は、米軍が容疑者を勝手に軍法会議にかけたから、といった書きぶりだ。

元々在りもしない「強姦事件」をマスコミに踊った警察・検察が、

拘留延長までして立件を試みたが出来なかったので、「告訴取り下げ」という奥の手を使っただけの話。

そのため容疑者は無罪釈放で検察側は恥をかかずに済んだというのが真相だ。

もし、「事件」が存在しているのなら親告の不要な「青少年保護条例」という手もあったが、

検察側はこれも敢て行使しなかったのが「無罪」の何よりの証拠である。

 

新報⇒
1995年に沖縄本島北部で起きた少女乱暴事件では、小学生が犠牲になった。

1995年の事件と今回の事件は似て非なるもの。

続・米兵中学生暴行事件  似て非なるものだよ

1995年に沖縄本島北部で起きた少女乱暴事件」とは、

「小学生の幼い女児を米海兵隊員3人が車で拉致して」暴行した事件のことで、

これは罪のない小学生を米兵三人で殴りレンタカーで誘拐、

テープで縛って暴行を加えるという100%米兵に罪のある事件である。 言うまでもないが被害者の少女には一点の非もない。

これを意図的に今回の「ナンパトラブル」と同列に扱う新聞の悪意は卑劣である。

当初今回の「ナンパ事件」を、沖縄タイムスはスルーした。(ウェブ記事)

琉球新報も、オーバーな見出しで「拉致」としなければボツになる程度の事件だった。↓

女子中学生、車で拉致 外国人の男逃走  (琉球新報 2/11 10:54)

 < 沖縄署の調べによると女子生徒は、午後8時半ごろ沖縄市上地のミュージックタウン音市場前で、大型バイクの男に誘われて後部座席に乗り、その後、車に乗り換えたという。女子生徒は友人7、8人と遊びに来て、1人だけ行ったという。>

<午後10時50分ごろ、女子生徒は北谷町北谷の安良波公園付近で車から降ろされていたところを警察に保護された。>

ところが一夜明けて被害者の女子中学生が「強姦された」と前日の証言を翻すや、

沖縄タイムスが新報に負けじと「号外」を出した。

更に幻の事件を糾弾しての「県民大会」にも驚くが、

僅か2000名足らず(当日記予測)の動員に号外 とは良くやるよ。

沖縄タイムスさん!琉球新報さん!

米兵事件で沖縄県民大会、自民県連は組織参加見送り・知事欠席 (3月23日 21:55)

やれやれ、ご丁寧に沖縄タイムスはネット号外まで。

>>PDF版1面(421KB)
>>PDF版2面(705KB)

 

最後に一言述べておくと当日記は、問題の不良米兵に微塵の同情心も持っておらず何らかの罪で罰せられることを望んでいたが、誤解を恐れず敢て言わしてもらうと、

夜の繁華街で合意で付いてきた大人びた(成人と思ったー本人談)中学生の「体を下着の上から触った」だけで、

禁固三年と不名誉除隊とは、お気の毒といわざるを得ない。

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グリーンピース、窃盗で横領を証明?

2008-05-17 06:58:44 | 県知事選

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気に入らない相手にテロリストとレッテルを貼るのが得意なアメリカだが、

グリーンピースへ献上したテロリストの称号は的を射ており拍手を送りたい。

このいかがわしい団体を、日本でも エコ・テロリストと呼んでいるらしいが、

調査捕鯨船に体当たりし妨害行為する映像を見ると、

正義面したヤクザ集団とでも言ったほうが良い。

というとヤクザ屋さんからクレームが付くかもしれない。

「我々は、ユスリタカリはしてもドロボーはしない」と。

このヤクザもびっくりのグリーンピースが自分の「正義」を実証するため窃盗を働いた。

その行為を自HPや動画・you tubeで公表しているというからヤクザ屋さんが驚くのも無理はない。

鯨肉持ち出し疑惑、「証拠品」示す グリーンピース写真付き記事

2008年05月15日12時08分

 日本の調査捕鯨で捕られた鯨肉を乗組員が無断で持ち出している疑惑について、環境NGO「グリーンピース(GP)・ジャパン」が15日、東京都内で記者会見した。船から配送されたという段ボール箱に入った塩漬けの肉を「証拠品」として示し、疑惑解明や調査捕鯨の見直しを訴えた。同日午後、乗組員ら12人を業務上横領の疑いで東京地検に告発する。

写真

会見で乗組員が無断で持ち出したとされる鯨肉を提示するグリーンピースのメンバー=15日午前、東京都千代田区、福留庸友撮影

 GPによると、箱に入っていた鯨肉はベーコンの原料になるウネスと呼ばれる部分で23.5キロ。市価で11万~35万円相当という。星川淳事務局長は会見で、「調査捕鯨には税金も使われている。日本の信頼にかかわる問題で、政府は徹底して真相解明する必要がある」と話した。また、水産庁に対し、調査捕鯨を実施している財団法人日本鯨類研究所などの調査捕鯨許可を停止するよう求める文書を送ったという。

 GPが確認した箱は、4月15日に東京に帰港した船から降ろされた荷物の一部。GPは調査捕鯨船・日新丸の元乗組員から「乗組員が鯨肉を私的に持ち帰っている」との情報提供を受けて調査しており、同日、船から出された荷物を積んだ運送会社のトラックを追跡。配送所などで「塩物」などと書かれた伝票と乗組員の名簿を照合し、12人の名前を47箱で確認。うち1箱を無断で持ち帰ったという。

 一方、日本鯨類研究所は、乗組員に赤身とウネスを数キロずつ土産として配ることは認めているが、「乗組員が何十キロものウネスを持ち出すことはまず無理だ」としている。 (朝日新聞)

                       ◇

>うち1箱を無断で持ち帰ったという。

日本では他人の持ち物を無断で持ち帰ることをドロボーという。

上記記事のグリーンピースのメンバーの写真は窃盗犯の顔写真を朝日が全国に晒したことになる。

まだ逮捕されていないので「公開指名手配写真」とでもいうところか。

 

プレスリリース 調査捕鯨鯨肉、調査団による横領発覚 ― グリーンピース、証拠の鯨肉を持って東京地検に告発 2008年5月15日

地検に告発というが、この連中、日本では窃盗の立証のため自ら窃盗をしたら証拠能力が無いことを知らないのだろうか。

ご丁寧に自分の犯行を動画でアップする勇気ある行為にはヤクザも真っ青というところ。

⇒【動画】調査捕鯨に横領が発覚! 2008年05月14日 投稿者:greenpeacejapan

宅配鯨肉紛失はグリーンピースの窃盗? 西濃運輸が青森県警に被害届5.16 20:00  産経新聞
荷物が持ち出された西濃運輸青森支店=16日午後、青森市野内菊川 日本の調査捕鯨船「日新丸」の乗組員が鯨肉を横領したとして、環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」(GP)が東京地検に告発状を提出した問題で、乗組員の荷物を扱った「西濃運輸」(岐阜県大垣市)が16日、鯨肉の入った荷物1個をGPに盗まれた疑いがあるとして、青森県警に被害届を提出した。

 西濃運輸によると、被害に遭ったのは、乗組員が15日に東京港から北海道函館市の自宅に送った段ボール箱4箱のうち1箱。中には鯨肉などが入っていた。16日午前8時半過ぎ、青森に到着、函館行きのトラックに積み込む際、紛失に気づいた。

 同社は配送ミスの可能性もあるとみて調べていたが、GPが15日の記者会見で送り主の了承を得ずに入手したと発表。「(乗組員の)横領行為の証拠として提出するためで、違法性はない」と主張している。

 また、調査捕鯨を担当した共同船舶は「明らかな窃盗行為で、法的手段を含め対応をする」としており、週明けにも今後の対応を協議する。

                   ◇

このテロリスト集団の窃盗行為は、自ら公表した証拠がブーメランとなってしまった。

自ら提出した「証拠物」が動かぬ証拠になるとは笑ってしまう。

立件は容易だろう。 もっとも「動画」には「動く証拠」だと屁理屈をいうかもしれないが・・・。(笑)

東京地検よ、早々に立件して一網打尽にして欲しい。

でも、間違ってはいけない。

犯人は乗組員ではないく、グリーンピーだよ。

GPは豚箱入りだ、と思う方、

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