狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

カレーは煮込んだほうが旨い!

2007-11-04 15:35:13 | 身辺雑感

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曜日ののんびりとした朝。

先ほどから妻は外出の準備で慌ただしい。

着替えをしながら夫に昼食の指示をしていた。

「昨日の残りのカレーがあるので、温めて食べてください」。

「カレーは一晩たった方がおいしいんですって」。

妻は隣の奥さんと一緒にデパートに買い物に行く予定。

それで朝からうきうきしている。

自分たちはきっとホテルかどこかで美味いものでも食ってグルメを気取るのだろう。

「それからもう一つ。 云い忘れていたことがあるわ」

「昨日保険屋さんから電話があったわよ」

「ガン保険か」

「いえ、この家の火災保険が昨日で期日だ切れるんですって。 土・日なので月曜日に契約お願いしたわ」 

「判った」「いいから早く行きなさい」

カレーだ保険だと出る間際になって慌しいことだ。

                *

妻が出かけた後は台風一過の静けさだ。 

しかし1人で留守番するのもたまにはいいものだ。 

テレビを見ながら背伸びをして大きなあくびをした。

すこし早いと思ったがカレーの鍋に火を入れた。

其の時玄関のブザーが鳴った。 

宅急便だった。

「ここにサインと印鑑を下さい」。

印鑑の置き場所がわからず一寸慌てたが何とか用を済ました。 

宅急便屋が帰ると同時に隣のご主人が尋ねて来た。

「女房どもは外でうまいもの、亭主族は内で残り物、これでは割が合いませんなー」。

隣のご主人とは将棋の相手で親しくして貰っている。

「近くに日本蕎麦屋が開店したそうですよ」。

「一緒に昼ご飯食べに行きませんか」。

彼の提案を断る理由は無かった。 

近所だということで下駄履きで出かけた。

隣のご主人は前もって食べたいものが決まっていたらしい。

メニューを見る間もなく注文を決めた。

「私は天ぷら蕎麦にします。 貴方は・・・?」

私はメニューをじっとにらんで何を食べるか考え込んだ。

「そうですね~、蕎麦屋のカレーはうまいですよね」

「私はカレーうどん・・・・? カレー ?」

「しまった! カレーだ!」

私は裸足で蕎麦屋を飛び出した。

全力で走り着いた我が家の前は野次馬の人だかり。 

消防車のホースの先には黒焦げに焼け落ちた我が家があった。

「しまった! 火災保険は昨日で切れていた!」

去年エントリーの「カレーは煮込んだほうが旨い」の再掲です。


 

 

★蛇足:この物語りはフィクションでありで実在の人物、お店には何の関係もない。

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松井ゴジラの小さなウソ 日本人が忘れつつある「心ばえ」

2007-06-29 09:56:06 | 身辺雑感

 

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ウソの上にウソを重ねる弁護団に

「弁護士として恥ずかしくないのか」と

テレビで御馴染みの大沢弁護士が叫んだ。

光市母子殺人事件の被告人尋問の話である。

確か橋元弁護士も同じようなことを言っていた。

本事件に限って言えば「嘘つきは泥棒より恥」という言葉があってもおかしくは無い。

「どらえもんが何とかしてくれる」

「魔界転生」

「母胎回帰」

「死者復活の儀式」

と言った奇妙キテレツな弁解を聞いたとき、滅多に使ったことの無い言葉が思わず口をついて出そうになった。

「うっそー!」

被告人の証言がウソというより、安田弁護士が真顔でこの証言を説明している事実に「うっそー!」と思ったのだ。

「嘘も方便」というが、この場合の弁護団のウソに同意する人は少ないだろう。

だがウソはウソでもヤンキースの松井選手がついた小さなウソには心が洗われる。

あのいかつい顔をした松井ゴジラにこのような優しい“心ばえ”があったとは。

“心遣い”と書きたいとこを“心ばえ”という言葉で松井を賛辞した。

日本人の忘れかけた言葉と文化だ。

こんなコラムを書く筆者に脱帽。

北国新聞コラム 2007年6月29日

 ヤンキースの松井秀喜選手の調子がおかしい。ついこの間まで快音を連発し、「夏場に強い男」と、評論家が口をそろえていたはずなのに

野球を熟知する評論家でも読み切れないのが、一流選手の心と体ということだろうか。天気予報なら「外れ」は失点となるが、それをとがめられないのが、この種の評論家や解説者。かえって、なぜ外れたかを講釈して済ますこともできる。不思議な職業である

もう時効だろうから、と小紙の松井番記者が明かした、ちょっといい話。スランプに悩む松井選手が愛用のバットを代えて当たりを取り戻した。「代えましたね」と、聞いたところ、「いいや」という返事

後になって、小さなうそを認め、「打てないのをバットのせいにしたくなかったんだ」。自分のために心血を注いでバットを作る職人のことも思いやっての「いいや」だった、とも打ち明けた

代えたバットに加え、そんな心ばえがあったからこそ実現したスランプ脱出だった。評論家や解説者のおしゃべりからは分からない野球の楽しさである。こんないい話が生まれるのなら、たまにはスランプに悩むゴジラ君がいてもいい。

 

【蛇足】心ばえ(日本人が忘れつつあるもの)

心葉(こころば)のこと。http://evagenji.hp.infoseek.co.jp/co-2002-12-8-2-3.htm
要するに「心葉」というのは、自分が大切にしたいと思っている相
手に対し、その気持ちを伝えるための添えもの なのではないか
しら? というのが、とりあえずの結論です。

現在でも、大切な人に贈り物をする時は、中身に気を配るだけで
なく、ラッピングにも心をこめますが、そういう贈り主のセンスを示
すものとして、この「心葉」は使われていたように思われます。


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反日映画・『パッチギ!LOVE&PEACE』に国民の血税投入って?

2007-06-02 20:08:58 | 身辺雑感

「駄作、愚作といったレベルではない。もはや、井筒は映画制作を今後一切放棄すべしと思わせるほど全編、半日思想一色に塗られた吐き気を催す作品である。これほど前に、極端に偏向した映画をボクは観たことがない。大げさではなく、朝鮮労働党が作る洗脳メディアとしての将軍様マンセー映画と何も変わりはしないと言って構わない。

(略)

在日=善。人の心がわかる、素晴らしき民族。日本人=悪。侵略戦争を冒した愚かで汚い人間。「LOVE&PEASE」は、この実に安易で無知な歴史観と思想を押しつけるプロパンダ映画と断言していい。在日の人々が日本で暮らしていく中で、大小の差別を受けることはあるだろう。ましてや、本作の描く74年当時は、現在より露骨だったのかもしれない。
が、映画人として表現者として、井筒が無様なまでのバランスを欠いた作品を作ったことはまったく別問題だ。

(略)

在日と同じ弱者であるとでもいいたげな、孤児院育ちの藤井隆演じる日本人青年の意味不明さ。アンソンの子供が不治の病であるという安直な設定。何もかもが、一方的な被害者意識に立ったゴミ映画。井筒をはじめこの映画に関わった全てのスタッフ、全ての俳優をボクは心底嫌いになった。  」(ヤフー映画評より)

 

こんなにまで悪評プンプンの反日映画・『パッチギ!LOVE&PEACE』が文化庁の推薦を受け3000万円の支援を受けたと言うから驚いた。

「LOVE&PEACE」さえ声高に叫べば、文化庁の推薦を受けられるなら文化庁推薦映画なんて素人でも簡単に作れる。

詳しくは「この国は変だ!よーめんのブログ」さんでどうぞ。http://youmenipip.exblog.jp/5510731

文化庁への電凸の音声は見事です!

 

◆参考エントリ:

映画・『パッチギ!LOVE&PEACE』 どうして「愛」と「平和」なの?

 

コメント (1)
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映画・『パッチギ!LOVE&PEACE』 どうして「愛」と「平和」なの?

2007-05-28 12:03:09 | 身辺雑感

【総連の犬】井筒監督、石原都知事に「おれは忙しいから都知事の映画は観てへんねん」

テーマ:在日朝鮮人

 1 :有明省吾φ ★ :2007/05/15(火) 21:22:21 ID:???0

5月14日(月)夕方、東京・新宿にファン1000人を集めて行われた
井筒監督最新作『パッチギ!LOVE&PEACE』(5月19日公開)の大音楽祭。
終始和やかなムードで進んだその終盤、 石原慎太郎・東京都知事について問われた井筒監督からの過激発言も飛び出した。

沢尻エリカ主演で大ヒットを記録した前作から数年経過した、1970年代の東京が舞台の今作。 胃や心臓を傷めながらも“パッチギ”するために必死で関西弁をマスターした主演・井坂俊哉は 「(関西弁は)外国語以上に難しかった!」。
現在、PRのため展開している『全国1万人握手ツアー』では、 手にアイシングをしながらの彼の体を張ったがんばりに監督は 「毎日怒ったけど、それはそんじょそこらの一家の物語やないから!基本的に、 打たれ強い人を選びましたね」と満足げだった。
だが、会見終盤に「戦争を美化している」と批判する石原慎太郎・東京都知事に話題が及ぶと、

険しい表情をしながら「こっちの作品を先に観て欲しいんですがね」と言葉を選びながら発言。
しかし、最後には「おれは忙しいから都知事の映画は観てへんねん」とキッパリ。
そして、報道陣に対して「どなたもそなたもぜひ観て欲しい!」とアピールした。

ソース:Yahoo!ニュース(5月15日6時30分配信 オリコン)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070514-00000014-oric-ent  


関連ソース:窪塚洋介猛反撃「井筒監督はアホ」
http://www.daily.co.jp/gossip/2007/04/19/0000307749.shtml  

関連リンク:yahoo映画
http://moviessearch.yahoo.co.jp/detail/tymv/id326745/



18 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 21:28:06 ID:fjurWsdo0
>>1
じゃ一切批判するなよw


23 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 21:30:12 ID:ulZl4Hih0
観てないのに批判してんのか。


馬鹿wwwwwwwwwwww

25 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 21:30:41 ID:4PTIZi9p0
この人、前もやったよね。観ないで作品批判。

39 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 21:33:45 ID:fjurWsdo0
つーか、映画監督なら他人の映画を批判してメシの種にするなよ

40 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 21:33:45 ID:WUI9UfPS0

北朝鮮に借りがあるからって
日本国内での反日広告塔を引き受けた井筒は本当の意味で売国奴。


51 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 21:35:01 ID:ACR9adNuO
見ないで日本の教科書批判してたあの国の連中と、思考パターンが一緒ですね。


71 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 21:38:59 ID:0aGvwpqJ0
朝鮮人の尻を舐めて映画資金を貰うのに忙しいんだろ


206 :名無しさん@七周年:2007/05/15(火) 22:01:49 ID:+jnp1NND0
★自称日本人、井筒和幸が朝鮮人の珍島犬に成り果てた理由!

①駄作映画『東方見聞録』の撮影で前途ある青年(21歳)を水死させる
※青年(21歳)に本物の鎧をつけさせて入水させて死亡
※自意識過剰による無意味な拘りが原因と思われる

②駄作映画『東方見聞録』公開中止!
※製作会社が倒産!
※遺族への補償責任も発生!

③多額の借金を背負い込む

④在日朝鮮人の自称映画プロデューサーのシネカノン李鳳宇に援助される
※何故、李鳳宇が井筒を援助したのかは不明…
※李鳳宇の父親は戦後、済州島から日本に密入国した総連幹部!

⑤以後、シネカノンの専属監督として駄作映画を作り続ける
※朝鮮人に逆らったら「映画監督」の肩書きを奪われる悲しい運命に…

⑥更に、駄作映画の製作を朝鮮総連が全面バックアップ!

⑦もはや完全な珍島犬(済州島の犬種)に成り下がる

                                           ◇

 

瓢箪から駒というか、ひょんなことから観る羽目になった「俺は、君の・・・」。

そう、筒井と窪塚の「アホ・バトル」のお蔭で見る気も無かった映画を観て感想文までエントリした。

だったら一方の筒井監督の『パッチギ!LOVE&PEACE』もついでに観て感想文でも・・・と思ったが、止めた。

実際に観た人のコメントサイトを見たらすっかり見る気を失ってしまったのだ。

それに「パッチギ」が韓国語で頭突きの意味だということはともかく、LOVE&PEACEというアレな決まり文句が胡散臭い。

特に沖縄の「市民団体」の特徴だが、本来崇高であるべき「愛」とか「平和」という言葉を安易に連発する団体にロクナモンはいない。

だからと言って観ないで批判はアホと言われるので、映画に対する感想は控えさしてもらって、実際に観た人のコメントをそのまま引用する。

 

○以下ヤフー映画より抜粋

◆関わった全てのスタッフと俳優を軽蔑す
   採点:
 
投稿日時:2007/05/25 14:04:58 投稿者:makoto0930jpさん 役立ち度:63人 
  
駄作、愚作といったレベルではない。もはや、井筒は映画制作を今後一切放棄すべしと思わせるほど全編、半日思想一色に塗られた吐き気を催す作品である。これほど前に、極端に偏向した映画をボクは観たことがない。大げさではなく、朝鮮労働党が作る洗脳メディアとしての将軍様マンセー映画と何も変わりはしないと言って構わない。

前作「パッチギ!」は、青春映画としても群像劇としても、ここ数年の邦画の中で3本の指に入る傑作だと、ボクは評価している。60年代後半の京都を舞台に、日本と朝鮮の両高校生が、時に対立し、時に友情を芽生え、時に恋を育み、越えられない壁や、哀しみ、別れを体験していく“輝かしい時間”に大いに笑い、涙し、心を揺さぶられた。
パッチギ=頭突きは、この映画のエネルギーを表す象徴的なアイテムで、時代背景と登場人物がリアルに描かれているからこそ、ケンカ・乱闘シーンにもカタルシスを感じ、
バックに流れる「イムジン河」「悲しくてやりきれない」などフォークルの名曲が心に染みいったのだ。

余談ながら、ボクは「パッチギ!」の中で朝鮮側高校生のNo2で、主役アンソンの親友を演じていた波岡一喜という役者に最も心惹かれたのだが、映画を見終わり、劇場の扉を開けたロビーで偶然彼がタバコを吸っており、人目もはばからず握手を求めたことがある。「最高でしたよ!」と突然近づいてきたオッサン彼は相当に面食らっていたが、ボクがさほどに感動したことがわかったのだろう、彼は「ありがとうございます」と照れくさそうな笑顔を見せてくれた。

そんな個人的な体験もあいまって、「パッチギ!」はボクの忘れられない作品となり、
今回の「LOVE&PEASE」も決して見逃してはならない映画だった。しかし、その期待は残酷なまでに裏切られた。正直、ショックで目まいがしそうだ。

在日=善。人の心がわかる、素晴らしき民族。日本人=悪。侵略戦争を冒した愚かで汚い人間。「LOVE&PEASE」は、この実に安易で無知な歴史観と思想を押しつけるプロパンダ映画と断言していい。在日の人々が日本で暮らしていく中で、大小の差別を受けることはあるだろう。ましてや、本作の描く74年当時は、現在より露骨だったのかもしれない。
が、映画人として表現者として、井筒が無様なまでのバランスを欠いた作品を作ったことはまったく別問題だ。

芸能界入りしたアンソンの妹が、売れっ子俳優役を演じていた西島秀俊と恋仲になり、別荘で抱かれた後、西島に「家族に会ってほしい」と口にするシーン。ここで西島は言うのだ。「おいおい冗談じゃないよ。キミとは人間の種類が違うんだよ」--。彼女が在日だと知っていても意に介していない役柄だったために、これは、井筒が日本人を汚い人種と思わせるためにわざと言わせた悪意に満ち満ちた台詞である。

彼女が大作映画の最終オーデションで落ち、その理由が在日であることを暗に知らせる大物ブロデューサー(ラサール石井)に怒り席を立つ彼女に、石井が言う台詞もしかり。「彼女、三国人の目をしていたね」--。なぜ、意図的にこんな露骨な言葉を吐かせるのか?無知な欧米メディアが日本には未だに侍が街を闊歩しているとでも思わせるような理解不能な情報を流すことにも等しい愚挙である。

妹が最終的に出演することになる劇中の大作映画が「太平洋のサムライ」という、英霊の悲劇を描くような作品であることも相当な悪意をはらんでいると言わざるをえない。映画初日の舞台挨拶で、彼女が実は自分が在日であることを告白するなど到底ありようもなく、その後引退して再び同胞の在日コミュニティで幸せに暮らしましたとさ、と映画を終わらせられたところで、ただただ呆気に取られるだけだ。まるで、彼女の行動が正しく美しかったような描き方は、現実に、今も数多く芸能界で活躍する在日タレントを逆に馬鹿にしているではないか。

在日と同じ弱者であるとでもいいたげな、孤児院育ちの藤井隆演じる日本人青年の意味不明さ。アンソンの子供が不治の病であるという安直な設定。何もかもが、一方的な被害者意識に立ったゴミ映画。井筒をはじめこの映画に関わった全てのスタッフ、全ての俳優をボクは心底嫌いになった。 



◆投稿日時:2007/04/29 00:46:59 投稿者:weekly_piaさん 役立ち度:378人  
 
試写で鑑賞。一言でいえば、「あなたを忘れない」に匹敵する酷さ。
映画の技術的面で言えば、本作の方がマシだが、思想的酷さは、「あなたを~」の上をいくかもしれない。
以下、登場順に、具体例を挙げよう。

・冒頭のシークエンスで、佐藤栄作総理批判。その後、田中角栄に対し、在日が
「列島改造論より、おまえの脳味噌改造しろ」との暴言。
・「ニシキノアキラも在日だ。日本の芸能界は在日だらけだ。」
「紅白歌合戦は、在日が参加しなかったら、赤組も白組もあったもんじゃない。」
「野球選手、一流のスポーツ選手はみんな在日なんだ。」
・(1944年、チェジュ島のシーン)嫌がる朝鮮女性を、日本兵が無理やり挺身隊にする。
「村の女性はみんな奴隷にされた!」
「召集令状が来る前に逃げよう!」→逃げる朝鮮人に、日本兵が容赦なく銃弾を浴びせる。
・(再び現代シーン、1970年代東京)日本の警察が、在日に対し、「犬の鑑札見せろ!」と暴言。
「犬の鑑札」とは、外国人身分証明書のこと。日本警察の横暴な弾圧が描かれる。
・(飲み屋のシーン)在日に友好的な日本人の台詞「俺たちの先祖だって大陸から来たんだから、
(朝鮮人も日本人も)変わらないよ!」
・(在日女性に対し、日本人のオーディション審査員が)「見た?今の目!三国人の血だね」と差別発言。
・(在日婆が)「四三事件で村人は(日本人に)全部殺された」
・(1944年、ヤップ島のシーン)現地人に対し、日本兵が天皇崇拝を強制。
・(水戸黄門の撮影シーン)「日本人は力道山が日本人と思い込んだから応援した。」
「在日とばれたら、(出演できる)コマーシャルはロッテくらいだ。」
・(日本人の芸能人が在日女性を手篭めにした後)「(お前とは)人間の種類が違う」と差別的暴言。
・在日女性が『太平洋のサムライ』という特攻隊の映画に出演する設定。
特攻隊を美化するような台詞を、嫌々言わされる。
しかし、完成披露試写会で、在日女性は本心を語る(特攻隊は良くないという感じのこと)
それに激怒した観客が、「朝鮮人は国へ帰れ!」などの暴言
・(エンディングロールで)「ベトナムも一つになった。次は俺たちだ!」
・(エンディングロールで)支援:文化庁

上記は、決してオーバーではなく、この映画に実際に出てくる台詞・シーンです。
終始一貫して、「在日は被害者、日本人は悪者」という構図です。
http://moviessearch.yahoo.co.jp/userreview/tyem/
id326745/rid314/p1/s2/c1/

「映画」という芸術を、プロパガンダに使うな!
「ラブ&ピース」という副題は噴飯物です。逆に、韓国・朝鮮への悪感情を煽るような映画です。  

 

◆参考エントリ:
映画・「俺は、君のためにのみ死ににいく」 旅先での映画鑑賞

 

 

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京都のタクシー  大阪のタクシー

2007-05-28 07:53:26 | 身辺雑感

春秋(5/28)
 「今のタクシー業界はおかしい」。そんな疑問を感じた運転手10人が都内で新会社を旗揚げした。参入規制などが緩和された5年前の話。乗り心地のいい高級車をそろえた同社が掲げた目標は「積極的に乗りたくなるタクシー」だった。

▼ワゴン車が多い。家族4人と荷物が1台に乗るため自宅から空港へ向かう客に喜ばれる。勘に頼らぬ流しを目指しGPSで優秀な運転手の行動を解析、客の目にとまりやすい信号待ちの位置などの知恵を共有した。携帯電話の充電器も置く。接客に気を配るよう売り上げではなく客の感謝の声を査定の基準とした。

▼工夫が評判を呼び車両は現在140台。運転手(同社では「乗務担当社員」と呼ぶ)の平均年収は580万円と業界の2倍に迫り、全産業平均も上回る。留学生に同乗してもらう通訳付きタクシーは外国人観光客に、時間制での契約は出費の上限が心配な高齢者に歓迎されているという。

▼少子高齢化が進む中、小回りのきくタクシーは重要な公共交通機関。盛岡市では初乗りが750メートル280円というタクシーが登場し「ちょっとそこまで」という需要を掘り起こしている。同質なサービスを前提にするから、値上げを巡り需給と価格ばかりが問題になる。安全で多様なサービスを後押しする議論も関係者には期待したい。

                   ◇

京都に一泊した時、宿泊ホテル(京都東急ホテル)から清水寺までの往復にタクシーを利用した。

清水寺では修学旅行の大集団に巻き込まれもみくちゃになった・・・が、これはどうでも良いこと、帰りのタクシーは偶然MKタクシーだった。

タクシー料金は1000円前後の料金で往時よりも150円程度安かった。

が、何よりキチットした制服制帽で接客も気持ちよかった。

たった一回の乗車で云々するのもどうかと思うが、初めての観光客にとって乗ったタクシーの印象はその観光地の印象に大きく影響する。

値段が安くて接客態度が良く、おまけに会社が儲かって従業員の待遇がよければ利用者としては言うことなしなのだが。

京都のタクシーの接客はMKタクシー以外も総じて接客の印象は良かった。

 

京都の前日は「大阪シティホテル京橋」に泊まったがそのとき利用したタクシーにはベテラン運転手の悪い面が出ていた。

娘夫婦とホテルの近場で豆腐会席を食べたが調子に乗ってビールから日本酒まできこしめしてしまい帰りはタクシーを拾った。

「大阪シティホテルまで」といっても「京橋シティホテルやろ」と言うので

「大阪シティホテル京橋」とフルネームで告げた。

それでも「長年この近辺で仕事しているが、京橋シティホテルは在っても、大阪シティホテルなんちゅうホテルは聞いたことおまへん」と譲らない。

相手がいくらこの辺に詳しいとは言え、こちらはほんの数時間前にチェックインしたばかりで大きなホテルの看板もこの目で見ている。

ホテル名を間違えるはずは無い。

それにネット検索で予約したホテルであり、名前を間違えるわけは無い。

ここで小説の世界ならブチ切れて「もし大阪シティホテルがあったらどうしてくれる!」と開き直ると物語の展開は面白くなる・・・いや、タクシーの運転手との揉め事なんて面白くもなんとも無い。

どうやらベテラン運転手の言う「京橋シティホテル」と我々の目指す「大阪シティホテル京橋」は同一ホテルと思われたので以後無言で運転手の目指すホテルへ向かった。

勿論到着したホテルには大きな「大阪シティホテル京橋」という看板があったが・・・。

で、運転手は何か言ったかって?

何も。

我々もべテン運転手の勝手な思い込みをとがめるほどヤボではなかった、いや、実のところほろ酔い気分で早く寝たかったのが本音。

 

ところで肝心の豆腐会席はどうだったかって?

大阪に住む娘が予約してくれたJR京橋駅近くの「梅の花」で4000円の会席を賞味したが味、接客、店の雰囲気といずれも4000円、いや、それ以上の満足感を得て、つい日頃滅多に飲まない竹筒入りの日本酒までやってしまった次第。

おそらく同じようなメニューを京都で「豆腐会席」として食べたら倍近く(8000円前後)取られても仕方ないと思われる程のお勧めの店である。

◆「梅の花・京橋店」http://r.gnavi.co.jp/k021610/menu1.htm

◆MKタクシーhttp://www.mk-group.co.jp/kyoto/index.html

 

 

 

 

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「つもり違い10か条」

2007-05-27 06:39:35 | 身辺雑感

先週しばらく更新を休んだが出来るだけ毎日更新を目指しています。

それが自分自身の思考の更新だと勝手に決め込んでいるが、中には

「ちょっと覗くのを忘れると未読記事がたまってしまい、とても付き合っておれない」とブーイングする友人もいる。

それでも小さなブログながら毎日500件前後の閲覧件数、200名前後の訪問者があり、

更新休止中も300件前後の閲覧数、100名前後の来訪者がありました。

ご来訪の皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。

                    

ただ毎日の更新に追われてついつい腑抜けな記事を書いてしまい、それなら更新休止した方がまだマシかと反省しつつ更新し続ける今日この頃です。

 

そんな状況で今朝の「よみうり寸評」は大いに「ウチアタイ」させられました。

◆【臨時・沖縄語講座】

うちあたい(する)=思い当たる。良心が痛む(同情する)

「打ち当たる」とは心の琴線(反省点)に触れるといった意味から、「思いあたる点を衝かれて反省する」といった意味になる。

                     ◇

 

 

月26日付 よみうり寸評
 誰しも、自分のことは自分が一番分かっていると思いがちだ。が、勘違いは多い◆飲食店に、ドキリ、とする標語が掲げられていた。「つもり違い10か条」という。まずは「高いつもりで低い教養」「低いつもりで高い気位」「深いつもりで浅い知識」。飲んで「浅い知識」をひけらかしたかと不安になる◆品性については、「浅いつもりで深い欲望」「厚いつもりで薄い人情」「薄いつもりで厚い面皮」と手厳しい。心構えも「強いつもりで弱い根性」「弱いつもりで強い自我」とバッサリ。最後は飲み過ぎへの教訓か。「多いつもりで少ない分別」「少ないつもりで多い無駄」と戒める◆個人のことは、まあいい。困るのは周囲に迷惑な勘違いだ。例えばカゼ気味なのに学校や仕事に来る人。「たいしたことない」「自分がいないと仕事が回らない」という◆これが、はしかだと感染力は強い。病原体をまき散らす。本人は大丈夫でも、うつされた側はたまらない◆はしか拡大で高校、大学の休校も増えた。怪しいと思ったら病院へ。本当にはしかなら休む。分別を。

(2007年5月26日14時7分  読売新聞)

                   ◇

実に奥深い「つもり違い10か条」だが、自戒を込めて

「狼魔人のウチアタイ10か条」として抜書きしておく。

「高いつもりで低い教養」

「低いつもりで高い気位」

「深いつもりで浅い知識」(飲んで「浅い知識」をひけらかしたかと不安になる⇒超ウチアタイ!)

「浅いつもりで深い欲望」⇒色即是空、いや、死期即是食う?

「厚いつもりで薄い人情」

「薄いつもりで厚い面皮

強いつもりで弱い根性」

「弱いつもりで強い自我」

多いつもりで少ない分別」

「少ないつもりで多い無駄」


反省!

    

反省するのは猿でも出来る!

 

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映画・「俺は、君のためにのみ死ににいく」 旅先での映画鑑賞

2007-05-26 12:50:04 | 身辺雑感

先週の水曜日から約一週間、大阪、京都、東京と旅行をしてきた。

東京では三泊した。

毎日出歩くのも疲れるなーと思っていたら、・・・渡りに船。

泊まった品川プリンスホテルには映画館が併設されており、休養を兼ねて映画鑑賞としゃれ込んだ。

◆品川プリンスシネマhttp://www.princehotels.co.jp/shinagawa/entertainment/
index.html#cinema

例の窪塚クンの「見ないで批判するヤツはアホ」の名セリフが天邪鬼を目覚めさせた。

当初見る気は無かった石原慎太郎の「俺は、君のためにこそ死にに行く」を、しかも旅行中に、観る羽目になった。

窪塚クンはこうも言っていた。

「この映画を観て戦争賛美というヤツはアホだと思う。 もう一度観た方が良い」

実際に観た感想では少なくとも「戦争賛美」は感じられなかった。

窪塚クンに従ってもう一回観る必要は無いだろう。

かといって「反戦平和」といった単純な二元論では割り切れない映画ではあった。

一つ前の席で一人で観ていた50代のご婦人が大泣きして映画が終わっても涙を吹いていたのが印象に残った。

時々ジーンと来る場面はあったが、ハンカチを取り出すほどには至ら無かった。

この映画には最初から井筒監督のようなアホ、もとい、アレな人たちを挑発するには充分な要素が多くちりばめられている。

 先ず題材が「特攻隊」、「原作・脚本・総指揮が石原慎太郎」、それにタイトルがいかにも挑発的ではないか。

「俺は、君のためにこそ死ににいく」

アレな人の代表井筒監督がこの挑発に見もしないで見事に引っかかってしまって自爆してしまったという構図だろうか。

私自身も映画館で切符を買うとき、窓口嬢にタイトルを言うのが気恥ずかしく、というか、覚えきれずに「俺の、・・下さい」で済ましてしまった。

それでもちゃんと切符は買えたが・・・。

新華社配信の映画評によるとタイトルの「君」という文字には次のような意味があると御高説を垂れている。

≪タイトルの「俺は、君のためにこそ死ににいく」の「君」という文字は日本語で「あなた」の意味だが、同時に「君が代」の中で天皇を讃える「君」の意味も含まれている。≫

この映画を観て上記解説が言うように「君」を「天皇」と捉えた人はよっぽどへそ曲がりか、映画も見ないで批評しているとしか思えない。

確かにその時代は建前として「お国の為に」とか「天皇陛下の為に」といった掛け声というかモットーがあったのは事実だろう。

だが、映画が描くのは出撃前の知覧での若者達の淡い恋、夫婦愛、家族愛と、迫り来る死との狭間に悩む青春群像を描いており、タイトルの「君」は妻であり、恋人であり、父であり、母であり家族としか思えなかった。

映画を観終えて「君」が「天皇」であると感じた人がいたとはとても思えないのだが。

 

物語のあらすじはネタバレになるので省略するが、二時間あまりの映画にあまりにも多くのエピソードを詰め込んだ感は否めず各々が寄せ木細工のようで溶け合っていない気がした。

例えば在日の特攻隊員のエピソードも消化不良だし、原作者が最も訴えたかっただろうと思われる敗戦直後の特攻隊員に対する国民の手の平を返したような仕打ちが次のナレーションだけで上滑りに終わっていた。

≪特攻隊の生き残りには「特攻くずれ」、戦死したものには「犬死」と罵られ・・・≫

特攻くずれとして戦後の苦渋を味わった中西(徳重聡)と戦後の闇市で我が物顔で狼藉を働く「三国人」達との葛藤も石原慎太郎に描いてもらいたいテーマである。

沖縄本島を取り囲んで「鉄の暴風」を降り注いでいる米軍戦艦上で特攻の被害に狼狽する米兵の姿も印象的だった。

沖縄のアレな人たちは何かというと「沖縄は本土に見捨てられた云々」という。

沖縄に米軍が「鉄の暴風」を降らしたり、最初に上陸し地上戦になったのは米軍の作戦の結果であり、沖縄の存在する場所が米軍北上の「要所」だったのが不幸だったのだ。

だが、片道燃料で及ばずながらも沖縄上陸目前の米艦隊に突っ込んで我が命を捧げた若者達がいた歴史に目を閉ざしてはいけない。

そして沖縄に出撃し雄図むなしく途中で撃沈された戦艦大和で散った多くの若者達がいた事実にも。

これをらの事実を知りながら彼等の死を犬死と呼ぶ人たちを軽蔑する。

人間は愛する人の為に死ぬことの出来る生き物だ。

これは戦争賛美とか反戦平和といったイデオロギーとは別次元の問題だ。

歴史はその時代時代の空気を理解しなくては語れない。

歴史に「もし」は許されないと言うが、結果論で過去を断罪することは誰でも容易に出来る。

飽食の時代にのうのうと生きていて、“君のために死んだ”特攻隊員を“犬死”と罵る資格はだれも有さない。

右だ左だと見る前から色メガネで見る人はさておき、特攻隊員と鳥濱トメさんとの心のふれあいに感動することは人間として自然の感情だろう。

戦争場面のCGは見事で、特攻シーンは迫力満点、世代を超えて推薦できる映画だと思った。

◆俺は。君のためにこそ死ににいくhttp://www.chiran1945.jp/

最後に沖縄出身の新城監督の一言。

「右翼というのなら、どうぞ。史実をとらえありのままに描きました
」。
 

映画を観終えて銀座にでも出て「鳥ぎん」でヤキトリに釜飯でビールでも飲もうかと思ったが、

遠出が億劫になり、結局ホテル敷地内の「ななかまど」で、訪ねて来た三女も加えて三人で夕食を取った。

◆「銀座鳥ぎん」http://www.torigin-ginza.co.jp/menu.html

◆「ななかまど」http://www.princehotels.co.jp/shinagawa/restaurant/
nanakamado/index.html

参考エントリ:

宮沢元首相に「特攻隊員の罰で野たれ死にした」 慎太郎節炸裂

井筒監督はやはりアホだった! もう一人のアホ有田良生

テレ朝「スーパーモーニング」 又現れた漫画家のアホ

                     ◇

一つの映画が観る人によってこうも違うと言う好例を「ロイター(英)」と「新華社配信(中国)」と二つの評が興味深い。

                    *

【シネマ】「日本の神風映画、平和の主張に火を点けた」…石原慎太郎作・総指揮の『俺は、君のため…』評/ロイター(英)

1 :どろろ丸φ ★:2007/05/15(火) 04:06:12 ID:???0
第二次世界大戦の神風特攻隊を称える、ナショナリストの東京都知事によって書かれた映画
が土曜日に封切られたが、観客からは愛国主義的反応よりも、平和主義者の心に火を点けた。
日本が第二次世界大戦敗北後の60年間、軍事活動を厳しく制約している憲法を改正する
国民投票法案制定に向けて、日本政府が舵をきっている最中にこの映画は公開された。

石原慎太郎(74歳、作家・政治家)が書いた『俺は、君のためにこそ死ににいく』は、若者達
が爆弾を搭載した飛行機でアメリカの軍艦に突っ込む訓練をする中、彼らの多くにとって母親
的存在であった食堂経営者の実話である。日本列島南部は九州の知覧にある鳥濱トメの
食堂は、殆どが10代か20になって間もない訓練兵にとって第二の故郷だった。そして彼らは
第二次世界大戦最後の数ヶ月間、日本が死に物狂いでアメリカの侵入を阻止しようとして
いた中、究極の犠牲を払う準備をしていた。

石原は、学校での強制的国歌斉唱導入を含む愛国的政策で知られているが、観客は
18億円を費やした映画からは、それとは異なるメッセージを受け取った。「我々は決して戦争
をするべきではない、と考えさせられた。戦争は悲惨で、残ったものは苦々しさだけだ」と、
ヒロと名乗る58歳の会社員が東京都内の映画館で映画を観終えた後言った。

監督の新城卓は、自分は戦時中に日本が採った極端な方策を美化する意思は全くない、と
言っている。「私は当時の軍幹部は卑劣だったと思います」と彼は火曜日に記者達に語った。
「彼等はこの純粋無垢な若者達を採用し、死に向かって送り出した。私は彼らがその責任を
取るべきだと思う」。   (
>>2-5に続く)

Reuters(英語):
http://www.reuters.com/article/filmNews/idUS
T26213420070514?pageNumber=1

http://www.reuters.com/article/filmNews/idUS
T26213420070514?pageNumber=2


 

 

 

 

【日中】石原慎太郎が脚本を書いた映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』が、日本の青年たちを煽動している[05/14]

1 :~^◇^)<誤訳あったらごめん。@シャイニング記者。φ ★:2007/05/15(火) 00:42:21 ID:???
石原慎太郎が脚本を書いて撮った映画が日本の青年たちを煽動している
---
第二次世界大戦を美化しようとする道を日本が再び踏み出した。

5月12日、「俺は、君のためにこそ死ににいく」という神風特攻隊を讃える映画が
日本で公開された。制作総指揮、脚本は、東京都知事の石原慎太郎だ。
第二次世界大戦を美化するのは、石原慎太郎の十八番だ。
この18億円かけて制作された第二次世界大戦の映画でも、
愚かな皇民思想や軍国主義を美しく脚色している。

タイトルの「俺は、君のためにこそ死ににいく」の「君」という文字は、
日本語で「あなた」の意味だが、同時に「君が代」の中で天皇を讃える「君」の意味も含まれている。
内容は、鹿児島県の知覧飛行場の439名の若い飛行士たちが死に向かう前の生活を描いたものだ。

石原の「特攻隊」映画は、特攻隊員に対して「深い友情」を持っている
食堂の女店主の「特攻」隊員への想いを通じて、出撃前の若者たちの心中を描いたものだ。(*1)

脚本を書いた石原慎太郎は、日本の有名な右翼分子で、
「侵略戦争」を覆そうと全力を注いでいる。
石原慎太郎は鳥濱トメ(*2)と長年にわたって交友があり、
彼女から多くの特攻隊員のエピソードを聞いている。
鳥濱トメは1992年にこの世を去り、石原慎太郎はかつて宮澤元首相に対して
彼女に国民栄誉賞を与えてはと提案したが、拒否されている。
8年前、石原は鳥濱の体験を映画にしようと計画した。

「特攻隊は、両親や兄弟を護るため、死をも厭わなかった。」
石原は公然と、日本の発動した戦争は「自衛の戦争」だったと揚言する。
彼はまた「日本の若者は「特攻」精神を学ぶべきだ。
今の日本の若者たちは恵まれすぎていて、平和の害毒が深い。
日本の若者達は、青春の価値とは結局何なのかをはっきり見る必要があるのではないか?」と言う。

ある映画評論家は映画を見て、日本政府が今、平和憲法の改正に向けて歩みを速めていると分析した。
石原のこの映画は、実は一部の保守潮流を助けるためのもので、
特攻隊の精神を日本の若者たちに広めるためのものだというのだ。

この映画の表現手法と似て、日本で最近、第二次世界大戦に関する映画の宣伝手法に
変化が見られる。これまでの侵略戦争を覆すため赤裸々に叫ぶのではなく、
登場人物の内心世界を通じて描き、さらに彼らの「勇敢に善戦した」などと宣伝し、
煽情する目的を達成するものに変わってきている。

これらの映画の中では、戦争の過ちについて微塵の反省も無く、
登場人物たちの狂乱した考え方に対するいかなる批判も無い。
一方で、いわゆる「客観的な真実」と吹聴するので、こうした映画は、とまどいを深めさせていく。
特に、日本の若い世代に対して、戦争の歴史がアジアの隣国の国民を
著しく傷つけていることを認識させることを不可能にさせてしまっている。
[ 国際先駆導報 [中国] 東京発 / 記者:何徳功 ]

★ ソースは、新華社 [中国] とかからはしょり気味に訳。
http://news.xinhuanet.com/world/2007-05/14/content_6096783.htm (中国語・簡体字)

★ 訳註。
(*1) この後、原文ではストーリーについて書かれてて、激しくネタバレするので割愛。
(*2) 鹿児島県知覧町で食堂を営み、多くの特攻隊員の面倒を見、「特攻の母」とよばれた。
   本映画では岸恵子が彼女の役を演じている。
 
 
 
 
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サラリーマン川柳  辻ちゃんデキ婚

2007-05-15 08:27:01 | 身辺雑感

恒例の「サラリーマン川柳」が発表された

1 脳年齢 年金すでに もらえます 満33歳
2 自慢げに カタカナ言葉 欧米か! ゴルゴ43
3 ゴミ分別 ゴミ箱増( ふ)えて 片付かず 永年勤続
4 定年後 メシ・フロ・お茶は 妻の声 静子
5 イナバウアー 一発芸で 腰痛め 小太(こぶと)りおじさん
6 覚えたぞ 既に機能は 次世代へ ITしらず
7 無茶言うな! サンタはそんなに 金がない レオパパ
8 たまったなぁ お金じゃなくて 体脂肪 サラ川小町
9 アレどこだ? 
9アレをコレする あのアレだ! 読み人知らず
10 小遣いの 値上げに欲しい 代理人 マイナー夫
11 奇跡とは メイクの後の 妻の顔 たまげた亭主
12 英会話 前は駅前 今ゲーム 留学留年中

13 マズイのに ウマイ!と言ったら 朝昼晩 週末亭主
14 新機種に 右脳左脳も 右往左往 ケムンパス
15 「時間よ」と 二度寝する妻 起きる俺 塚丸
16 大相撲 地球儀回し 国探す 相撲ファン
17 飲もうかと 言えば部下すぐ 車です 小玉虫
18 妻は待つ!! 年金半分 掴むまで ヒロ君のパパ
19 下校時に 孫に声かけ 逃げられる 飛翔
20 ここからは 魔界と思う 三次会 泰子(たいこ)
21 「無理するな」 本心だったら 休暇くれ 気弱な亭主関白
22 久しぶり 定時帰宅に 笑顔なし! 組合人
23 スッピンで 我が子を抱けば 泣きやまず ヘチマ
24 お年玉 あげると孫は すぐ帰る 昭和世代
25 やっと出た 年金さえも この格差 弘です
26 リバウンド 痩せる前から 気に懸ける チャレンジャー
27 新妻は 炊事と掃除 未履修で 蓮見 ひろし
28 OH三十一( み そ か) 部屋も私も 片付かず 片づけられない女 29 登校を しぶる息子は 現役教師 スクールカウンセラー
30 リフレッシュ もらった休暇が ストレスに スケッチ
31 この景気 回って来ないぞ 給与には いざ凪(なぎ)景気
32 脳年齢 それより気になる 肌年齢 家族団欒
33 定年で あわてて地区に 顔を売り 日向ぼっこ
34 俺だって 診断結果は チョイ悪だ 脂肪官
35 デスノート 「脂肪」「脂肪」と 書く女房 体エル
36 ファミレスで おしぼり王子に なる上司 元高校球児
37 予知不能 妻の怒りの 時期と規模 地震予報士
38 窓際で 部下に聞かせる 武勇伝 耳だこ
39 脳トレを やるなら先に 脂肪トレ 鉄人28年生れ
40 代行車 飲み代よりも 高くつき 働く男
41 手品好き 上司のデスクが 消えていた ワフワフ
42 パパお願い 運転・場所取り・ カメラ・ゴミ 空とぶ竹ぼうき
43 コンビニの お袋の味 中国製 メイドイン中国
44 同窓会 行ってみれば 老人会 自分だけ若いと思う
45 会社より 妻を替えたい ポータビリティ 仮面ノリダー
46 大(おお)いびき リモコン切ったら 「見てたのに!!」 お手上げパパ
47 ペット死に 喪中ハガキを 書く女房 仲よしこよし
48 絶滅の 危機に瀕する 吸える場所 てんてん
49 エビチャンを 真似て巻き髪 オバチャンに・・・ 読み人知らず
50 妻タンゴ 息子はスノボ 俺メタボ ダメ親父
51 長電話 何回言うのか 「それじゃまた」 健吾
52 父の日に 父のおごりで すしを食べ さくら
53 気を配り マナーモードで いびきかく 世相仮面
54 飲み屋では 常に情報 漏えい中 酔い太郎
55 病院も あったらいいな ポイント制 溜め込みババ
56 残業代 欲しくはないです 帰らして お疲れ社員
57 きいてない 人の話と 育毛剤 ゴーイング舞植え
58 「直帰する」 妻の返信 「えっ!困るー!」 妻にもアポ取り
59 やりあげます なんとかします すいません 販売会議
60 ケータイは 携帯してくれ 母さんよ 不通者
61 三兄弟 昔だんごで 今亀田 世界チャンピオン
62 このオレに あたたかいのは 便座だけ 宝夢卵
64 ジーコ去り ご苦労様と オシム声 ワールドカップ
65 なつかしや 妻のエクボが いまメタボ ごんちゃん
66 犬はいい 崖っぷちでも 助けられ オレも崖っぷち
67 エロかわいい ほめたつもりが エロおやじ!! 町人
68 行き先を 告げず出掛ける ネコと妻 ナンタルチア
69 買ってきて 着信メールは 妻ばかり いまいち鷹山(ヨウザン)
70 「教えません」 妻の小遣い グレーゾーン 1万円亭主
71 癒される 部下のレポート 誤字当て字 クスクス
72 ソックスに 足を通して 60億 西武ファンの一人ごと
73 忘れぬよう メモした紙を また捜す 敢山
74 「ありがとう」 そのひとことが 潤滑油 ココイコ
75 たいやきに だんごの次は たらこかよ 第零生命
76 身分証 本人確認 できぬフォト 髪なし
77 飲み仲間 ついた名前は メタボの会 フラミンゴ
78 妻・子・俺 格差社会は 我が家にも ひら夫
79 ポイントを 貯めたいばかりに 無駄使い ポイントサン
80 うちのママ 家庭科少し 履修漏れ 大江山の鬼
81 ハンカチで ヨン様卒業 ぼくの妻 紀州梅
82 帰りたい 我が家ではなく あの頃に ノスタル夫
83 休みたい 理由がなくて 出社する なんだかなあ
84 受験生 一男去って 又次男 苦浪人
85 謙遜を おっしゃる通りと 受け取られ 素直
86 かけすてを 覚悟(かくご)で払う 教育費 お受験ママ
87 岩盤浴(ガンバンヨク) 韓流スターかと 聞く親父 世間知らず
88 優先席 座ってていいのか 迷う年 定年間近
89 次長課長 我が社は笑えぬ ダメコンビ 小林烏龍
90 「いつ買った」? 前からあったと シラを切る 耐える夫
91 タクシーで 「おつりいいから」 「足りません!」 室戸岬
92 女子アナの お肌にきびしい ハイビジョン 大顔面
93 大掃除 そこは俺やる 訳がある へそくり命
94 もてぬ子に 水色ハンカチ 親心 珍竹林
95 そのすきま 席(せき)ゆずられても すわれない 明日からやせる女(ひと)
96 冥王星 何だか他人と 思えない 温泉仮面
97 通知表 情報保護と 見せぬ孫 しっかり亮ちゃん
98 ナビだけが 「お疲れ様」と 慰労する 家族旅行愛好者
99 「ご飯ある?」 「ツクレバアルケド」 「ならいいです…」 腹減った
100 昇格の アタックチャンス 「はい、消えたー」 キャリア25 
 
                      ◇

◆辻ちゃんデキ婚会見「命が何より大事だった」
05/11 07:32 

 
 “できちゃった婚”する元モーニング娘。の辻希美(19)と俳優、杉浦太陽(26)が10日、都内のホテルでツーショットで結婚会見を開いた。妊娠9週目で舞台を降板し、新ユニットから脱退した辻は「迷惑をお掛けしましたが、自分のおなかに授かった命が何より大事だった」と説明。杉浦は「おなかの父として、夫として、頑張って2人を守ってみせます」と約束した。

                      ◇

タイトルをみて当日記を続けて読んでくれている方は、

ん?と思ったでしょう。

時々話が下品になる癖はあるが、芸能ネタはあまり扱った事はなかった。

そう、篠原涼子のことを書いたことがあったが、これもオナラ関連の下品ネタで書いたに過ぎない。

モーニング娘といっても顔の識別さえ出来ないものが芸能ネタでもないでしょうと思ってもごもっともな話。

話は芸能を離れて愛娘の「できちゃった婚」に怒るオヤジの話。

話は二年ほど前のこと。

ワイドショー番組で「新発見」があった。

 ハリウッドのアクションスター、スティーブン・セガールが生出演して愛娘の結婚話をしていた。

年頃の娘にデレデレして「親の承諾なしの結婚は認めない」というセガールに司会者が「出来ちゃった婚」なら仕方が無いでしょう」とからかった。

 日本語の達者なセガールの説明によると「出来ちゃった婚」は「shotgun wedding」というのだそうだ。

一般的に男女交際というとアメリカの方が進んでいて(乱れていて),日本の方が保守的であると考えられている。

最近の日本の若者は変にアメリカかぶれして「進んで」来たとはいえ、少なくとも我々の世代は男女交際には純情で保守的だった。

しかし、この前のアメリカ大統領選挙を見ても、勝ったブッシュの支持層は「男女の関係」には超保守的だった。

現在でも女子高校生の門限は8時だという家庭もあるという。
 
日本は言葉の言い換えで物事の本質を誤魔化す伝統があると、以前書いた覚えがあるが「出来ちゃった婚」と言う言葉が連日テレビ等で飛び交って厳粛な結婚の意味を曖昧化しているのに気がついていない。

 shotgun weddingは結婚の意味を厳粛に捉える保守的アメリカの家庭の娘に対するオヤジの気持が表れていて興味深かった。
  
 結婚の約束も無いのに自分の愛娘を妊娠させた男の所にショットガンを持って乗り込み「娘を胎(はらま)しやがって!結婚するか,それとも一発お見舞うか!」と怒鳴り込む親父はもう日本には見られ無くなったのか。

 勿論そうなったら、セガールはガン片手に怒鳴り込むそうだ。

尤も彼は武術の達人なのでガンの必要は無い、と司会者が笑わしていた。

【shotgun wedding [marriage]】の検索
 1 ((俗))妊娠したためにやむをえず行う結婚, できちゃった婚. ▼娘の父親が相手の男にshotgunをつきつけて結婚させること。
2 必要に迫られて行う妥協[合併, 合同].

後日、仕入れたばかりこのshotgun weddingを友人たちとの酒席で話題にしたら面白いチン解釈をする男がいた。

「shotgun weddingって一発発砲した意味ではないの?」

これには一同大爆笑。

「一発ぶっ放す」のはオヤジではなく、娘の彼氏が「一発ぶっ放して」結婚式を挙げる羽目に陥ったとはタマゲタ解釈!

「shotgun wedding」ならぬ「gun-shot wedding」とでも言う新語が出来たようだ。

 

ところが話はこれでは終わら無かった。

次のようなメールを送ったヤツがいた。

<shotgun wedding で話が弾んで「gunshot wedding」に飛び火して話は終わったかに見えたが、物好きにも再検索したらオモシロイ言葉に遭遇した。

「a gunshot wound 銃創」
銃創とは銃によって受けた傷のことである。

J君の解釈がここでも大活躍する。

即ち「一発ぶっ放されて銃創を負った(傷物になった)」娘をどうして呉れる!

これでは、セガール・オヤジは大暴れするだろう。

★新語辞典に追加:a gunshot wound →傷物にされた娘のこと。≫

 

うーん、「傷物にされた娘」という言葉は時代劇専用で、今時では死語になっているようだ。

 

 

                





 

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強盗の決まり文句は?

2007-04-20 06:29:19 | 身辺雑感
コンビニ強盗 防犯カメラに犯行の一部始終<4/19 21:42>

 愛媛・松山市のコンビニエンスストアで18日夜、男が包丁で店員を脅し、現金約5万円を奪って逃げた。防犯カメラがとらえた犯行の一部始終が公開された。

 事件があったのは、松山市のコンビニエンスストア。男は18日午後8時過ぎに入店し、犯行直前まで漫画売り場にしゃがみこみ、店内の様子をうかがっていた。その後、店長がトイレに行き、女性店員が1人になったのを確認してレジに向かった。女性店員が小声で何かを話す男の言葉を聞こうと少し身を乗り出したところ、「ちょっと言いにくいんだけど、お金出してくれる?」と包丁を出して脅した。

 女性店員がレジから出した約5万円を奪い、男は逃走した。レジに向かってから逃走するまでの約40秒の犯行で、警察は、強盗事件として男の行方を追っている。
(日テレnews http://www.news24.jp/82178.html

                   ◇

強盗の決まり文句は、

「金を出せ!」

だとばかり思っていた。

 

古い日本映画などを見ていると、必死で逃げる男(たいていは悪いヤツ)に向かって叫ぶ言葉にも決まり文句がある。

「待て!」

「待て」と言われて待つ筈はないと思うのだが・・・。

 

もう一つ決まり文句のおまけ。

これも古い日本映画や時代劇で悪いヤツが主人公にとっちめられて退散する時の決まり文句。

「覚えていやがれ!」

この場合覚えていようが忘れてしまおうがストーリーには関係ない。 何でもいいから一言いわないと格好つかないだけの話。

「ちょっと言いにくいが覚えていてくれる?」

では格好つかない。

 

 

 

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マッカーサーが生んだ「七つの顔の男」

2007-02-21 08:22:11 | 身辺雑感
子供の頃、心踊らして観た時代劇、と言うよりチャンバラ映画には数々の想いい出がある。

片岡千恵蔵と言っても50歳以下の世代には片岡鶴太郎の弟子かと間違えられるほど遠い人になってしまったが、千恵蔵は当時のチャンバラ映画のヒーローだった。

若い人の中には名前だけは知っていると言う人もいる。

だが林家木久蔵がオーバーなモノマネをするセリフ不明瞭な昔の時代劇スターと言った程度の知識だろう。

昔の時代劇スターは歌舞伎出身が多く現代劇に出る事は殆ど無かった。

ちょん髷に刀を振り回す立ち回りにも歌舞伎の要素が取り入れられていたと聞く。

そのチャンバラ専門の片岡千恵蔵がちょん髷代わりに黒のソフト帽をかぶり、刀の代わりに二丁拳銃を構えてバタバタとギャング団を撃ち倒す映画には面食らった。

今で言えば高橋英機の桃太郎侍のイメージが突然黒い背広に黒ソフトで拳銃を乱射するようなモノだ。

いや、もっと衝撃的だった。 高橋英機は元々日活デビューの頃は現代劇青春スターだったし、テレビのトーク番組でもファンにはお馴染みなので背広姿もけしておかしくは無い。それに時々はテレビドラマの現代劇にも出ているようだ。

片岡千恵蔵のギャング映画登場の衝撃は今の時代劇スターでは、例え里見浩太郎や、松方弘樹をもってしても例える事は出来ない。

その衝撃の映画は「名探偵・多羅尾伴内シリーズ」と言うシリーズもので最初に観たのは小学校3年か4年生の頃「国際劇場」か「平和館」のどちらかで見た。

シリーズのうち何編見たかは曖昧だが、筋書きは大体決まっていた。

場面は客の帰ったキャバレーか遊技場。

悪の親玉と十数名の子分達が捕らわれの身の令嬢を脅している。

令嬢の悲鳴! 親玉が「殺(や)っちまえ!」と命ずる。

令嬢に迫る危機。

其処へフラフラと1人のお馴染みの人物が現れる。

八の字髭にロイドめがね。 ソフト帽子にくたびれた背広で悪漢の前に立つ。

今までの騒音は一瞬沈みかえり、一同は動きを止めてこの男を凝視する。

沈黙を破って親玉が怒鳴る。

「お前は誰だ!」

待ってました! 

ここでお馴染みの極め台詞!

「七つの顔の男だぜ。」

勿論演ずるは時代劇のヒーロー(だった筈)の片岡千恵蔵。

悪の親玉はこれも時代劇の悪役でお馴染みの進藤英太郎。

「七つの顔の男 多羅尾判内シリーズ」の名場面である。

この進藤親分、時代劇では越後屋から小判の贈答を受け、

「越後屋、お前もワルだのう」

「そういう代官様はもっとワルで御座います」

「ケッ ケッ ケッ・・」

・・と声を潜めて何度笑ったことか。

最後は千恵蔵扮する正義の剣士に何度切られた事か。

そして虚空をつかんで何度死んだことか。


進藤親分は懲りもせずに、ギャング映画でも悪事の限りをつくしていた。

次の場面は愈々この映画のクライマックス。

七つの顔の男は拳銃を構えている悪漢の群れを前にして変装(しているつもり)のロイドメガネ、八の字ヒゲ、くたびれた背広を一気に剥ぎ取る。(本当に瞬く間に)。

おー! 何とその下から現れたのは黒の背広の上下に何故か茶色っぽかった帽子も黒に変ってしまっている。 勿論シワ一つ無いビシッとした筋目入りだ。

それから延々と自己紹介を始める。

「ある時は片目の運転手、ある時は謎の中国人、ある時は多羅尾伴内、ある時はパイプの画家、またある時はセムシ男、しかるにその実体は!?」

「 正義と真実の人、藤村大造だ!」

(この藤村大造の出自は良く分からない・・・が、そんな事はどうでも良かった)。

変装の達人と言う設定らしいが如何みても千恵蔵がバレナレというのに当時は何の疑念も持たず手に汗を握って観ていた。

自己紹介がやっと終わると、今度は事件の謎を解説する。

敵地に乗り込むのに得意の変装で敵を欺いて秘密を探ると言う筋書きだ。

何故かその間悪漢の群れは手に拳銃を持ったまま凍りついたように動かない。

一同の前に仁王立ちで長演説をする千恵蔵を手に拳銃を持った悪漢の手下が何故撃たないのかは問うヤボのファンはいなかった。

長い解説が終わった頃合を見計らって進藤親分が又しても怒鳴る。

「殺(や)っちまえ!」

その一声が合図だ。

拳銃の乱射戦で入り乱れる。 ・・・が何故か悪漢の弾は一発も当たらない。 

窓ガラスは派手な音を出して割れるが。

ところが千恵蔵の拳銃は確実に敵を倒していく。

大方勝負がついた頃を見計らったようにパトカーのサイレンが鳴り、警官隊が現場に雪崩込み悪漢の残党を取り押さえる。

救出された令嬢が我に返って警部(何故かいつも間抜け)に尋ねる。

「あの方は?」

一同が辺りを見回すと既に「あの方」の姿はない。

警官の1人がわざとらしく叫ぶ。

「警部! ここにこんな手紙が!」 

さすがに手紙の内容までは憶えていない。

七つの顔の男は一枚の置手紙を残して何処(いずこ)へともなく去っていく。

去りゆく男の背中に「完」の文字。


この映画は全部で11シリーズあって第一作は終戦の翌年の1946年に作られている。

私が始めて見たこのシリーズは第四作目の「三十三の足跡」というタイトルだった。

制作年は1948年だから多分7歳のころ観たのだろうか。

結局1960年の11作目でこのシリーズは終わってしまい、千恵蔵も進藤親分も晴れて時代劇の世界に戻った。

千恵蔵と並ぶ時代劇のスターに市川右太衛門がいる。

真っ白に塗った顔、ド派手な衣装それに眉間の刀傷が売り物の「旗本退屈男シリーズ」も子どものころ良く観た。

やはり7歳前後に栄町にあった「沖縄劇場」で観た映画であの右太衛門が黒いソフトに黒背広そして拳銃を携えていたのを憶えている。

タイトルははっきり憶えていないが「海のジーメン?」とかいったようなタイトルだったような気がする。 

映画を観た後、ジーメンとはどういう意味か、と親にしつこく聞いた憶えがある。

こちらの方は七つの顔シリーズほど人気が無かったのか、右太衛門の拳銃を持つ姿を見たのはこの一作だけだった。

時代劇専門のスター千恵蔵や右太衛門が戦後の一時期、ちょん髷を黒のソフト帽子に代え、刀を拳銃に持ち替えたのには深い訳があった。

                  *


昭和21年、日本占領中のGHQは、日本刀を振り回すチャンバラ時代劇は軍国主義を煽り立てる危険があるとして禁止の通達を出した。

学校の体育教科では剣道や弓道と言った武士道に関わるような教科も禁止された。

以後、連合軍の占領中は剣劇が製作できないことになり、時代劇スターを含む映画界は対応策を迫られた。

時代劇の大スター片岡千恵蔵のために現代活劇の構想が練られた。

試行錯誤と苦心の末、黒いソフト帽に黒い背広で決め二丁拳銃を構える名探偵「多羅尾伴内」を主人公とする『七つの顔シリーズ』の登場となる。

時代劇のチャンバラは拳銃による銃撃戦に置き換えられ、内容は毎回ワンパターンの千恵蔵が七変化をするミステリ活劇というものであった。

映画は大評判となり、大ヒットを記録して、以後はシリーズ化されることになった。

千恵蔵と並ぶ時代劇スターで旗本退屈男で有名な市川右絶太衛門(北大路欣也の父)も黒のソフトに黒背広で現代活劇映画に転進を求めたが成功しなかった。

まもなくGHQにも「チャンバラ映画禁止令」のバカバカしさが分かり解除されたが、「多羅尾伴内シリーズ」は千恵蔵の代表作となり時代劇に復活後もシリーズは続いた。

名探偵多羅尾伴内は瓢箪から駒で、マッカサーの判断ミスによって生まれたともいえる。

余談だが、マッカーサーのチャンバラ映画や剣道の禁止令を解除した後も「剣道は人殺しを教える武道だから学校では禁止すべき」と叫ぶ婦人団体がいた。
                    
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東国原知事 ハマコー 管直人

2007-02-06 12:34:49 | 身辺雑感

マスコミの「マッチポンプ」が動き出した。

東国原宮崎知事の記者会見でマスコミが副知事選任について攻撃を始めた。

「(副知事候補者は)しがらみがあると批判していたのではないか」。

ワイドショーによると、1時間の会見中50分はこの問題に集中し、知事が声を「荒立てる」場面もあったと言う。

だがテレビ映像で見る限り「声を荒立てる」様子は無く、真面目に答えていたように見えた。

東国原知事よ、

マスコミの質問には次のように答えておけば良い。

「確かに彼が知事になっておれば“しがらみ”が問題だった」。

「だが知事は“しがらみ”の無い私だ。知事と副知事は自ずとその職責は異なる」。

「“しがらみ”は言葉を変えれば豊富な人脈ともいえる」。

「彼は将棋の駒であり、その使用は私が判断する」。

こんなもんでどうだろう。

                   *

管直人が最近テレビで笑いの対象になっている。

日曜日のテレビトーク番組で「柳沢辞めろ」を連発し、中継で参加していた片山虎之助に「菅さん、貴方は何かと言うとすぐ辞めろというが、辞めさせ屋か」と揶揄されスタジオの笑いを取っていた。

何事も行き過ぎるとコントのネタにされかねない。

◆久々に笑ったテレビタックル【動画】

 管直人が民主党若手議員に苦言を呈する場面。

「最近若手議員の中にはテレビタックルに出てハマコーやたけしにやっつけられて信用を失っている」

「どうせ出るのならやっつけられないように私に聞けば教えてやる」

「昔ハマコーが予算委員長をしていた時、審議が滞ると私のところに10万円の商品券を届けたことがある」(影の声:管さん昔から審議拒否の常習犯?)

「勿論突き返したが、ハマコーに政治と金の問題で何か言われたら、このこと(商品券)を言えばよい」

「たけしにやられたら講談社殴り込みを言えばよい」

これをビデオ映像で見ていたハマコーとたけしが爆笑していた。

ハマコー:「あれは一度じゃなく、審議拒否の度に何度もやった」

「それに商品券ではなく、現金だった」

たけし:「じゃあれはハマコーさんのパケットマネーだったの?」

ハマコー:「オレがポケットマネー出すわけないだろう」

「あれは小沢が持っていけと言ったから持って行ったんだ」

ハマコーは得意の決め技の時、意識的に声をひっくり返す。

小沢が云々の件(くだり)では勿論声をひっくり返す大サービスでスタジオは大爆笑。

管直人vsハマコー!  ハマコーのノックアウト勝ち!

管さん、議員を辞めてもハマコーと組んででコントが出来るよ!

【爆笑動画】http://www.nicovideo.jp/watch?v=ut6SjY72NHLSQ

 

 【おまけ】言葉にならない船⇒ 評判の悪い民主党テレビCM⇒ 難破船の上で嵐に遭遇の小沢、管、鳩山の三人の幹部⇒小沢を助ける振りする管の顔のアップ⇒

その下にテロップ「小沢党首の失脚を待つ男」http://www.nicovideo.jp/watch?v=utWXbioguz2YQ

うーん、管さん笑える!

 

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忘年会のネタ

2006-12-24 09:02:42 | 身辺雑感

 今日は日曜日のクリスマスイブ。

クリスマスを祝い、大晦日にはお寺の除夜の鐘を聞き、その足で神社に初詣でに行く多神教徒は日本では珍しくない。

そういえば沖縄波の上の護国寺と波の上神社は隣あって在り、同じ敷地内にあるように思える。

除夜の鐘の生の音を聞いたその足で隣の神社で初詣が出来る。

いや、鐘の音を聞きながらお賽銭を投げられるほどだ。 

両施設に行ったことのある息子にこの二つの違いを聞いてみたら

「一緒でしょ?」と簡単明瞭。

沖縄では「本地垂迹」が現代でも生きている。

恐るべしチャンプルー文化。

それとこの時期になると何故かクラシック音楽が盛んになり、プロ、アマを含めて多くのオーケストラがベートーベンの「第九」を演奏する。

これに参加するアマチュア合唱団がシラーの詩の原語を覚えるのに四苦八苦する話が良く話題になる。

クリスマスイブの日曜日に忘年会をする物好きががいるかどうかは別にして、これから年末にかけて忘年会が目白押しの人もいるだろう。

そんな人にかくし芸ネタを一つ。

誰でも知っている有名なメロディーに乗せて、ベートーベンの「第九」合唱部分の「歓喜の歌」のサワリを原語で歌うこと。

ドイツ語歌詞

「フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン」

ここまで覚えて後は知っているドイツ語らしい単語を羅列すれば済む。

例えば

バウムクーヘン(お菓子)、ベッケンバウアー(サッカーのヒーロー)

ヒンデンブルグ(ドイツ大統領)、

エンゲルベルト・フンパーディリンク(歌手)・・・この辺になると古すぎる?

他にもたくさんある。  

菩提樹(リンデンバウム)とか。

あ!そうそう、肝心な人物?を忘れていた。

フランケンシュタイン

そして、愛ん手多淫、・・・失礼、変換ミスです、吾飲酒多飲、でも無く

アインシュタイン。

(カタカナ有名人を部分変換しようとするととんだしっぺ返しを食う)

 

でも肝心の「フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン」の部分を覚えるのが舌を噛みそうで大変だって?

大丈夫。 今朝の日経が覚え方を指南している。

風呂出で(フロイデ)。

詩へ寝る(シェーネル)、

月照る糞犬(ゲッテルフンケン)

 

余裕があれば

蒸す(ムス)、愛ん(アイン)、利減る(リーベル)、負当てる(ファーテル)、忘年(ヴォーネン)!

もあわせて覚えるとウケること請合える。

ただしウケるコツはネタ晴らしが必要。

本地垂迹http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%9C%B0%E5%9E%82%E8%BF%B9%E8%AA%AC

                     ◇

春秋(12/24)

 喜びよ。美しき神の霊感よ――。年末のベートーベン「第九」が日本に定着した時期は、高揚感が国中を覆った高度成長期に重なる。だが人が友愛で支え合い生きる力を歌うシラーの詩は、自殺や虐(いじ)めが増える今の日本でこそ響かせたい。

▼東京向島の料亭の芸者衆の合唱団が、ドイツ語の歌詞の暗記で苦労したという85年の記録がある。そこで上智大独文科の学生だった吉井実奈子さんが“虎の巻”を考えた。たとえば冒頭はこんな調子。「風呂出で(フロイデ)。詩へ寝る(シェーネル)、月照る糞犬(ゲッテルフンケン)」。原意とはかけ離れているが人生を明るく楽しむ気持ちが伝わってくる。

▼今宵(こよい)クリスマスイブ。第九の最終楽章のように1年の最高潮のはずだが街の風景がどこか寂しげに映るのは気のせいか。仕事や育児、介護に追われ、孤独や鬱(うつ)病に悩む人の話をよく耳にする。出生率が落ち、日本の人口は半世紀後には1億人を割るという。国の将来に希望を抱けない気分のまま年は越したくない。

▼ここはひとつ「喜びの歌」を覚え、内籠(ご)もりの心の扉を開こう。人は皆独りぼっちではない。金銭だけが幸せの源ではない。シラーの原詩は「この星空の上に、愛する父なる神がきっと住んでおられる」と歌う。虎の巻版はこうだ。「蒸す(ムス)、愛ん(アイン)、利減る(リーベル)、負当てる(ファーテル)、忘年(ヴォーネン)!」。――楽しいイブをお過ごしください。

【蛇足】

テレビを掛けっぱなしで書いていたがフジテレビ「報道2001」のエンディングに稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」を流していた。

以前から気になっていたことだが、歌詞の冒頭で

「ク ・ リ ・ ス ・ マ ・ スキャロルの」というくだりが気に食わない。

「クリスマ」までのブツ切れ歌詞は我慢もしよう。

だが「スキャロル」(そう聞こえる) とは、一体どこの言葉だ!

 

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傾聴に値する話  「傾聴ボランティア」

2006-12-09 08:50:47 | 身辺雑感

同期生の友人10名で毎月一度あつまって飲んだり食ったりして旧交をあったためる事を以前に書いた。(固有名詞なき会話

殆どが定年退職の隠居暮らし故、子供たちは既に独立して家族は少なくなっているのがメンバーの大部分。

中にはお子さんが海外に嫁入りした上、奥様に先立たれて一人暮らしの「気楽な」男もいる。

以前は午前様のご帰宅には奥様の顔色が気になっていたが、今ではそれも懐かしいというのは多趣味を誇るんN君。

夜遅く帰ってもお小言を言ってくれる奥様がいなくなると、外出も面白くないと最近では二次会も足が遠のきがちだという。 

おっと、言い忘れたが外出から帰ると全身で喜びを表して迎えてくれる愛犬だけが慰めだとは彼の弁。

ただ、件のN君、無類の博識を誇り、趣味はクラシック音楽鑑賞で、自宅の応接間にPCと連結した最新の視聴覚再生装置を構築。

更に音楽鑑賞に留まらず学生時代たしなんだチェロを弾き出して、地元のアマチュア楽団に参加して練習やらボランティア演奏会で連日多忙と聞いていた。

更に油絵の趣味もあり展覧会に出展の経験もある程の腕前。

その合間を見計らって海外旅行を楽しんでいる模様。

・・・となると羨ましい限りの老後の生活であり、有り余る時間を有意義に且つ多忙に過ごしているものと誰でも思う。

夜遅くご帰宅時の奥様のお小言に代わる愛犬との触れ合いは、彼一流のジョークと受け取っていた。

ところが今朝「同期生サイト」(メンバーだけの掲示板的プライベート・サイト)にN君がいつもの強気には珍しく「孤独」についての一文を寄せた。

一昨夜のNHK「クローズアップ現代」で放映したらしい(筆者は見てない)「傾聴ボランテリア}についてだ。

しばらくは同君の寄稿を「傾聴」して見よう。

独り者の情感が滲み出た名文である。

以下引用。

≪Date:  2006年12月8日(金) 午後11時12分
Subject:  傾聴ボランチア

水曜日のNHK11:00のクローズアップ現代での話題であるが、皆さん、この傾聴ボランティアなるもをご存知でしたか。

全国で既に4,000人程が登録し活躍を期待されているらしい。首都圏の市町村でこのボランティアの公募や訓練が日増しに増えている。

傾聴というのは、いじめや悩み事相談を聞くものではなく、ましてやうつ病患者の救済ボランティアでもない。一口に言うと、僕のような独り者で話し相手の居ない人の話を聞くボランティアである。世の中核家族が進行し、一人暮らしが全国に4,000万人(?)居るらしい。

勿論一人暮らしの中には、彼女は居るが結婚はしてない人も含まれるだろう。こいう自ら望んで一人暮らしをしている人は別として、職も無く、終日一人で家の中に居る人は話し相手が居なくて、自分が生きているのか死んでいるのかさえ、実感できないという人が増えているらしい。独身で退職して、家族も無く、友人、知人とは既に縁が切れ、一人で家の中で終日過ごす。こう言う人が増えていて、一人何を語るでもなく、さびしく死んでいく。死んでから1週間後に発見されるのはまだ幸いのようだ。中には、家賃の滞納で家主に3ヵ月後に発見されるというのもあるらしい。今は、隣は何をする者ぞと気遣う人も少なくなったようだ。≫

 寡聞にして「傾聴ボランティア」という言葉をN君の寄稿で始めて知った。

困った時のウィキペデリア頼み、とばかりにウィキペディアを検索しても未だ未掲載である。(12月9日現在)

2006年ウェブ大賞に輝いたウィキペディアにして未収録なのも道理、ネット上で各地域単位で「傾聴ボランティア」の普及を勤めているが未だ全国的には認知されていないようだ。

◆2006年ウェブ大賞:http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/12/07/14163.html

そうなると一昨夜のNHKの放映が全国的認知の鏑矢となるだろう。

しかし「傾聴」という堅苦しい言葉に逆らったのか朝日新聞は二月ほど前の都内版の記事で「聴き上手」という言葉を使っていた。

常日頃は朝日新聞のことはボロクソに批判している当日記だが都内版ではこのようなよい記事も書いているようだ。

「傾聴」か「聴き上手」か・・・、NHKの参入によってほぼ「傾聴」で決まりのようだが、「聴き上手」という言葉も捨てがたいとは思う。

 ◆「聴き上手」講座人気http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000130610190001

 件のN君と同じくNHK「クローズアップ現代」を見て「傾聴ボランティア」を扱ったブログを下記にリンク。

◆「ときどき★刻々」さんhttp://d.hatena.ne.jp/nasca/20061205

 

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007は殺しの番号

2006-11-29 07:55:54 | 身辺雑感
イギリスの名門校イートン校に学んだ、この男第二次大戦ではイギリス海軍に属し、その後イギリス秘密情報部に勤務。

スポーツを好むダンディなプレイボーイで美食家でヘビースモーカー。酒にはうるさく、「ステアせず、シェイクしたウォッカ・マティーニ」を愛飲する。

格闘術に優れ、自動車や銃の扱いに長けるスーパーヒーローと言えば、おなじみ007のジェームス・ボンド。

007ジェームス・ボンド役は誰かと問えばその答えによって歳がばれる。

筆者の世代では007と言えばショーン・コネリー。

髪のふさふさした(実はその当時もカツラだったという説もあるが、そんなことはどうでもいい)ダンディなショーン・コネリーのボンドが完全に刷り込まれており、他の役者がどんなに名演技をしても「ショーン・コネリー・ボンド」を脳裏から削除することは不可である。

たまにロジャー・ムアの姿も出てくるがその頃はストーリー自体にバカバカしさを感じるようになっており007も遠くなって行った。

一番新しいボンド役・ピアース・ブロスナン主演の作品も見たが自分より若いボンドには今ひとつなじめず時の移り変わりを007に感じてしまった。

ショーン・コネリーのボンドの頃は東西冷戦時代を反映して、西側と東側のスパイ合戦も映画のテーマであった。


ジェームス・ボンドの故郷イギリスで元ロシアのスパイが毒殺されたと言う。

東西冷戦は終わったはずだが、ソ連崩壊は「偽装倒産」だったと言う人もいる。

そういえば最近のプーチン・ロシアには時代を逆行しているような動きも見える。

そのロシアのプーチン大統領が元スパイ毒殺事件に関わっているといったら、007ジェームス・ボンドの登場を期待したくなる。


久しぶりに「007」が映画化されるという。

007シリーズは今回で21作目で主演のジェームス・ボンド役も7代目だと言う。



(※)第21作『007 カジノ・ロワイヤル (CASINO ROYALE) 』(2006年11月16日(日本2006年12月1日)公開予定/マーティン・キャンベル監督)


イギリスの元スパイ毒殺事件に関連した各紙のコラムを以下に


◆毎日新聞 余録:スパイ小説で「ウエットワーク(ぬれ仕事)」といえば…

 スパイ小説で「ウエットワーク(ぬれ仕事)」といえば、諜報(ちょうほう)員への暗殺指令だ。78年にロンドンで起きたブルガリアの亡命作家マルコフの怪死は東側スパイのウエットワークとして語り継がれてきた。それが傘に偽装した特殊な凶器による毒殺だったからだ▲ある日バス停でマルコフが足に痛みを感じて振り返ると傘を持つ男が「失礼」と立ち去る。彼は原因不明の高熱を出し4日後に死亡した。その後、遺体からは白金とイリジウムの合金でできた直径1ミリほどの球が撃ち込まれているのが見つかった▲球の微細な穴には猛毒リシンが仕込まれていたが、同様の未遂事件がなければ死因は謎のままだった。ソ連の協力を受けたブルガリア政府の仕業と分かったのは冷戦後だ。そんな陰惨なウエットワークの記憶を呼び起こす怪死がまた欧州を騒がせている▲ロシアのプーチン政権批判を繰り返し、亡命先のロンドンで毒を盛られた疑いで重体になっていた元同国保安庁員リトビネンコ氏が死亡した。薬物中毒かどうかをふくめて死因の特定は困難という。疑いはロシア政府に向けられているが、むろんプーチン政権は全面否定である▲だが疑惑には背景がある。先月はロシア国内で反政府の言論で著名な女性記者が殺害され、過去にリトビネンコ氏が告発する政府の疑惑を追及した議員も暗殺された。プーチン氏はこの夏、情報機関に「テロリスト殺害」--ウエットワークを指示できる大統領権限を手に入れている▲プーチン氏にすればそれはぬれ仕事ではなく、ぬれぎぬだといいたいかもしれない。ならば疑惑の温床となってきた政権の強権的姿勢への欧州諸国民の不信をぬぐい去るよう手を打つことだ。つまり言論の自由と人権の尊重である。 毎日新聞 2006年11月25日 東京朝刊


◆朝日新聞【天声人語】2006年11月28日(火曜日)付

 夫婦で研究を進めるうちに、放射性の新しい元素の発見を公表できるまでにこぎ着けた。夫のピエールが言う。「きみが名前をつけてやりなさい」。祖国のポーランドに思いを致した妻・マリーが遠慮がちに答えた。「〈ポロニウム〉というのはどうかしら?」(エーヴ・キュリー『キュリー夫人伝』河野万里子訳・白水社)。

 発見から約1世紀を経て、思いがけない所でポロニウムが注目されている。亡命先のロンドンで変死したロシアの反プーチン派の元情報将校の体から「ポロニウム210」が検出された。

 ロシアの情報機関の関与がとりざたされる一方で、大統領への打撃を狙った反プーチン派によるたくらみではないかとの主張もあるという。いずれにせよ、何者かが口封じに出た疑いは濃い。

 口封じの疑いが濃厚な事件がもう一つ、先月モスクワで起きた。射殺された女性記者は、チェチェン共和国の警察部隊などによる人権侵害を厳しく追及していた。

 以前、その著書に書いている。「二〇〇二年が終わりつつある……私は生きていたい……私たちは二〇〇三年を生き抜けるのだろうか?……私には肯定的な答えはない」(『チェチェンやめられない戦争』三浦みどり訳・日本放送出版協会)。

 英紙によれば、ポロニウムに倒れた元情報将校は、亡くなる2日前に、こんな言葉を残している。「ひとりの人間を沈黙させることには成功するかも知れないが、世界中からの抗議のうなりが、生涯あなたの耳に響き続けるだろう」。暗殺の深い闇に、光をどう当てるかが問われている。


◆産経新聞 産経抄 平成18(2006)年11月28日[火]

 ホテルのメードに変装したソ連の女スパイが、靴の先から飛び出すナイフで、英国情報部員、ジェームズ・ボンドに襲いかかる。映画の007シリーズ2作目『ロシアより愛をこめて』の一場面だ。

 ▼イアン・フレミングの原作では、実はナイフの刃には日本のフグの毒が塗られており、映画とは違って、ボンドは意識不明に陥る。フグ毒は傷口から入っても有毒なのか。同僚の長辻象平記者はコラム「釣然草」で、「答えはイエスのようである」と書いていた。

 ▼ロイター通信モスクワ支局長の経験もあるフレミングは、どこで情報を仕入れたのだろう。確かに毒物を使った暗殺は、旧ソ連国家保安委員会(KGB)のお家芸だった。関与が疑われているのは、たとえば1978年にロンドンのバス停で、ブルガリアの亡命作家マルコフが、傘に刺されて死亡した事件だ。

 ▼傘の先端には、ヒマの種子から抽出した猛毒のリシンが仕込まれていた。2004年9月、ウクライナ大統領選のさなかには、野党候補ユシチェンコ元首相の顔が腫れ上がる毒殺未遂事件があった。このとき使われたのはダイオキシンだ。

 ▼ロンドン市内で変死したロシアの元情報将校、リトビネンコ氏の尿からは、放射性物質「ポロニウム210」が検出され、英メディアは色めき立っている。リトビネンコ氏は、プーチン政権批判を繰り返して、英国に亡命中だっただけに、疑いの目はロシア政府に向けられている。KGBのスパイの経歴をもつプーチン大統領はもちろん全面否定だ。

 ▼冷戦の終焉(しゅうえん)とソ連の崩壊によって、スパイの活躍の場が失われる、との見方もあったが、とんでもない。「殺しのライセンス」を持つスパイの暗躍はいまなお猖獗(しょうけつ)をきわめている。

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西銀座駅前 いかす野郎ども

2006-05-25 09:13:24 | 身辺雑感

昭和33年。
東京では戦後の暗い世相はすっかり忘れ去られていた。
銀座は華やかな東京の象徴のような街だった。

新宿、原宿、渋谷。
若者の街は時代と共に変わっていく。
その頃の銀座は若者の躍動が感じられる町だった。
その年、東京タワーが建設され東京観光の目玉となった。
日本中の若者は東京に憧れ銀座に夢を見た。
渋谷、原宿はまだ静かな街だった。

少し前に鮮烈な銀幕デビューを飾った石原裕次郎の「いかす」という言葉が若者の流行語となって街に飛び交っていた。
それまでは渋谷と浅草を結ぶ銀座線しかなかった地下鉄にその年に丸の内線が新設された。
銀座は若者の街に変わりつつあった。
新設地下鉄の駅界隈は、四丁目を中心とした大人の街に対して若者の街として活気に満ちていた。

新しい地下鉄の駅名を西銀座といった。
西銀座を起点とする高速道路の下を利用した二階建ての細長い西銀座デパートが話題を呼んだ。
その中の「有楽フードセンター」はいわばグルメ街のはしりだった。

その頃街には奇妙な野郎がゴロゴロしていた。
Aもその中の1人だった。
年はまだ二十歳前だったろうか。
リーゼントの髪をチックで固め何時も口癖のように何かを呟(つぶや)いていた。
世間の大人たちが見るといかれた野郎だった。
街にネオンがつく頃になると地下鉄の階段を上って来るのをよく見た。
一度、何の用事で毎日この街に来るのかと尋ねたことがあった。
「いや~別に・・・ただ刺激が欲しいだけさ」だって。
キザな野郎だったが何故か憎めないヤツだった。
その時もAのブツブツ呟く言葉は良く聞き取れなかった。
何か英語のようにも聞こえた。
歌の歌詞に英語を混ぜるとかっこよく聞こえた時代だった。
その後人気者になった飯田久彦が歌う「ルイジアナママ」のオニオリ~ンという意味が判ったのはかなり後になってからだった。(from New Olreans)

Aは開店前のあるクラブによく出入りしていた。
そこのバーテンBとは幼馴染だったらしい。
そいつはカクテルは作るくせに酒は一滴も飲めなかった。
酔って陥る恋は本物の恋ではないとキザな台詞が口説き文句だった。
女には不自由しないと何時も豪語していたっけ。
そのくせ何かあると、すぐ泣き出す泣き虫夜野郎だった。 
コイツも何故か憎めないヤツだった。 
今ごろ何処でキザな文句を垂れているのやら。

当時の銀座の若者のデイトコースは何と言ってもジャズ喫茶だった。
銀座では「銀座ABC(アシベ)」と言うジャズ喫茶が時代の先端だった。
ジャズ喫茶といっても今の感覚とは一寸違う。 
アメリカンポップスを日本の歌手が日本語で歌ういわばライブ喫茶だ。
ジャズ喫茶なのに歌い手はジャズ歌手とは言わず何故かロカビリー歌手と言った。
そういえば何時も1人でジャズ喫茶に現れたCも変な野郎だった。
寂しげに1人で店を出るとき、その後姿にふと尋ねてみたことがあった。
「今夜これから何処へ行くの」
これに対する返事も又キザだった。
「行く先だって?・・・・ 信号灯だけが知ってるサ」だって。
「何時も1人だが、彼女はいないの?」と話し掛けたら、
「俺・・恋には弱いんだ」と寂しげに答えた。
でもコイツも憎めないヤツだった。

みんな何処へ消えてしまったのだろう。
みんなキザな野郎だったが憎めないヤツばかりだった。
そういえばみんな同じようなことをブツブツ呟く癖があった。
最後まで良く判らなかったが、あの口癖の意味は一体何だったのだろう。
今でも謎だ。
「ABCXYZ・・・・・?」
でも皆「いかれて」なんかいなかった。
「いかす」野郎だったぜ。


◆西銀座駅前 昭和33年 歌 フランク永井

♪ABCXYZ これはおいらの口癖さ♪・・・・(以下略) 

この歌を歌っていたフランク永井は今でも熱海の施設でご存命との事。
彼のABCXYZの発音はカッコよく当時としては新鮮に聞こえたのを想い出す。


 

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