狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

宮城晴美氏の回顧、世にも不思議な論文 自著で論破される!

2012-06-30 07:25:53 | 援護法と歴史捏造

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宮城晴美氏の回顧と宮城能彦著「沖縄道」の続編を書く予定だが、先ず冒頭に亮太さんのコメントを紹介します。

奥様と愛犬を実家に送り届けた際の土産の干物やするめを肴に狼魔人人日記を読んでいる・・・拙ブログを楽しんでおられる情景が髣髴として、ブロガー冥利に尽きるコメントです。ありがとうございます。 同時に「パンドラ訴訟」のカンパ金もこの場を借りて御礼申しあげます。

<最近は週末は愚妻を実家に送る日々です。
愚妻の母上が体調を崩し、その看護のため帰るからです。それと母上が飼っていた愛犬も預かっていまして、その犬が週末になると実家に送り届けないと機嫌が悪いのです。
というわけで、本日も愚妻と犬を送り届けその帰りに、パンドラの箱訴訟のカンパ金を振り込みました。土産に貰った干物とかするめを肴に狼魔人日記を読んでいます。

宮城教授は、数年前までブログを持っていらっしゃいましたが、私も欠かさず読んでいました。遠まわしながら沖縄の全体主義を非難されていました。その文章からかなり気を使いながら文章を書いているとの印象は受けましたが、ある筋からの圧力で突然ブログを閉鎖され心配しましたが元気な様子で何よりです。

確かに集団自決裁判では、前言を翻す人達が多く出ましたが、裏に共通する人物がいますね。
そう沖縄戦の死亡者に満州事変の死亡者をプラスして沖縄戦の住民犠牲は15万人とも20万人とも主張する人です。
沖縄史編纂所で、一緒に仕事をした星さんがそのA教授の言葉として「日本軍を徹底的に貶めろ。」と発言したことを証言しています。
私は思うのですが、沖縄の不幸は戦後沖縄の指導者たちに、A教授や沖縄初の女性県会議員とか脛に傷のある人たちが就いたことですね。>

>沖縄史編纂所で、一緒に仕事をした星さんがそのA教授の言葉として「日本軍を徹底的に貶めろ。」と発言したことを証言しています。

確か以前の文章ではジェントルマンの星さんは名前を伏して遠慮がちに「A氏」と書いていました。 最近の星さんは覚悟を決めたのか、それともジェントルマンに決別したのか(失礼)、最新の「うらそえ文藝」第17号の宮城能彦沖縄大学教授との対談で、次のように「A氏」の正体を暴いている。

<星: 実は40年ほど前に、私は沖縄戦の聞き書きをしたとき、米軍が4月1日に上陸した地点から南部一帯をずっと調査したんですよ。区長の「家に数人の戦争体験者を集めて、証言を聞いたわけです。 その中には本当にウチナーンチュを助けた日本兵もいたのですよ。 勿論、日本兵を死に追いやった日本兵もいたが、日本兵の誘導で命拾いした話もあった。 それもテープお越ししているわけだから、それらをそのまま文章化した。 戦争とはこういうものだと心を痛めながら、資料編集所に文章化したものを提出した。 1週間して、当時、県職員だった安仁屋政昭が尋ねてきた。 まだ彼は名嘉正八郎のの下で働く職員だったけど、私のところに来て、「なんで日本兵の善行をもっともらしく書くのか、あんなのは必要ないよ」と、私に忠告してきたのです。 「いや、あれは僕1人じゃなくて名嘉正八郎も一緒に録音取ったものだ、ありのままのものだから、そんなふうに言われる筋合いはない」と言い返して喧嘩別れした>(「うらそえ文藝」第17号)

※注)安仁屋政昭⇒現在沖縄国際大学名誉教授

    名嘉正八郎⇒当時の県資料編集所所長

           ☆

又しても脱線しそうなので、宮城晴美氏の回顧を。


女性史研究家・宮城晴美氏

「うらそえ文藝」への反論として琉球新報に掲載された宮城晴美氏の長ったらしい駄文は、当時のエントリー世にも不思議な宮城晴美の論文 自著で論破される!では縁側さんの書き起こしにリンクさせてもらいましたが、本稿では保存資料としてコピペさせてもらいました。縁側さんに感謝です。

以下は過去エントリーに一部加筆したものです。

■世にもふしぎな宮城晴美の論文■

宮城晴美氏の琉球新報掲載の論文「検証「集団自決」 ジェンダーの視点から」は、逆風って気持ちがいい縁側さんのサイトで全文読むことが出来ます。

太文字は新報記事の見出しです。

宮城晴美の論考その1
権力による“殺人” 犠牲者の83% 女性・子ども
 
宮城晴美の論考その2
絶対的な「兵隊さん」 捕まる前に「玉砕」促す
 
宮城晴美の論考その3
犠牲者 座間味部落のみ 組織の指導者ら全員死亡
 

宮城晴美の論考その4
痛ましい父と子の関係 
戦時下、国家権力が「利用」

                  *

検証「集団自決」 ジェンダーの視点から 宮城晴美■
(琉球新報 6月19日~24日 ①~④の四回連載)

新報が四回連載で「集団自決」の論文を掲載するのだから、当然『うらそえ文藝』の「集団自決特集」に対する論理的な反論を期待して読んだ。

だが、その期待は見事に裏切られた。

新聞にしては例外的な大きなスペースの割りに論点ずらしに終始。

『うらそえ文藝』に対する反論らしき部分は次に引用する①の冒頭部分と、④の結語部分だと思われる。

①<法廷における元戦隊長らを擁護する立場から歪んだ「証言の再構築」(隊長は命令しなかったという新証言なるものなど)が浮上したり、「集団自決」の用語を封じる手段として、援護法(戦傷病者戦没者遺族等援護法)と「靖国思想」をからませた論理で、その当事者を糾弾するような言説が見られることなど、立場こそ違え、モノ言わぬ島の人々や死者を鞭打つような暴力的論調に強い懸念を抱くものである。>

④<その人たち(証言者)がいま最も懸念していることは、「靖国」を賛美する人たちによって、「集団自決」の悲惨さが美化されだしたことや、援護法適用のために「集団自決」の軍命が「方便」であったとして、元戦隊長らを擁護する動きが出ていることである。
住民の心に負った傷口をさらに鋭利な刃物でえぐるようなこうした言動があればこそ、“告発”の意味を含めて、弱者の視点から「集団自決」を記録し、継承することが、体験者の二世、三世、そして戦後世代の大きな役割りだと思っている。>

論文の①~④まで読んで、全般的にいえることは、宮城氏は元来シンプルなはずの「集団自決」論争をあえて避け、これに強引にもジェンダー論議を持ち込んで、論点をずらしに懸命の様子がが見て取れた。

元々この問題は「隊長命令の有無」が争点であったはず。 

係争中の裁判でも「隊長命令があった」という被告側の主張は証明されず、原告敗訴ではあったが事実上宮城氏の「軍命あり」の主張は退けられ原告の名誉は回復されている。

従って宮城氏が母の遺言を踏みにじってまで主張する「軍命あり論」は、今後よっぽど確定的な証言や証拠でも出てこない限り主張する根拠を既に失っている。 

つまり彼女はジェンダーという得意の土俵に論争持ち込み、それによって争点を曖昧にし、読者を煙に巻く手法をとっている。

そうでもしなければ、「集団自決」を論じることが出来ない程追い詰められた立場なのである。

論点をぼかすようなジェンダー論へのお付き合いは勘弁して欲しいところだが、あえて付き合わえてもらう。

内容は集団自決に関係ないような生硬い文言の羅列が続く。

①からざっと拾っただけでもこの通り。

「弱者切り捨ての視点」、「権力者(軍隊)の思想」、「住民を「死」へと追い込んでいった「力」、女・男の「不平等な力関係」、階級的差異、家父長制下の家族構成、階層秩序・・・・・等々。(「男・女」としないで敢えて「女・男」とするところには思わず失笑)

そしてどさくさ紛れに自論の「軍隊の命令」を次のような強引な筆致で押し進めていく。

<家族を守らんとする家父長制下の男性の論理があり、その「守り」は、日本軍に隷属させられたことで体現されたものだった。>

 <つまり、「敵に捕まると男は八つ裂きにされ、女は強姦されてから殺される」、敵への投降、スパイ行為の絶対禁止、「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)など、軍民が混在するなか、日本軍からの憎悪発話がくり返し住民にもたらされ、現実に敵を目前にしたとき、先に妻子を、男手のないところは母親が子どもを手にかけ、自らは最後に「自決」することで日本軍の要求に応ずるという、権力への隷属的構図に巻き込まれた人々の姿があった。>

そして、何の客観的根拠も示すことなく、次のように結論付けている。

最後に「自決」することで日本軍の要求に応ずるという、権力への隷属的構図に巻き込まれた人々の姿があった>と。

そう、この「『自決』することで日本軍の要求に応ずる」という部分こそ、集団自決論争のキモであり争点である「軍命による自決」そのものではないのか。 

この肝心な論点をジェンダー用語の羅列でごまかした後、突然根拠も示さず断定しているところにこの論のいかがわしさがある。

「軍命令があった」と根拠なしに断定する箇所は他にもある。

最終回の④の冒頭でも、これまでの論調と何の脈絡もなく「『玉砕」命令は、日本軍からもたらされたものだ」と断定している。

再三繰り返すが「集団自決」論争は「隊長命令の有無」という事実の解明であったはず。 

そして係争中の裁判でも一審、二審とも「隊長命令」は証明出来なかったではないか。 それを宮城氏は何を根拠に「軍命があった」と断定できるのか。

■集団自決はパニックの結果起きた■

人間でも野生の動物でも何かの原因でパニック状態になると常時では考えられない行動を取る。

島中を米艦船に取り囲まれ、軍民無差別の艦砲射撃を受けて逃げ場を失った住民は鬼畜米英と思われていた米兵の上陸を目の当たりにしてパニックに陥る。

集団自決の惨劇はそのような状況でが起きたのであり、その際「軍命の有無」など関係なかったのだ。

同じような状況は米軍の攻撃を受けた地域は座間味以外の本島各地でも起きていた。 ただ、座間味に比べて集団自決が少なかった理由は、陸続きのため慶良間のような袋のネズミの心理状態でなかったからだと容易に推測できる。

慰霊の日の琉球新報コラムに次のようなくだりがある。

64年前の6月21日、本島南部で砲弾の雨の中をさまよっていたひめゆり学徒の北城良子さん(82)は、至る所に散らばる死体を眺めながらこう願っていた。「一発で、一瞬で死にたい」と>金口木舌 2009年6月23日

これと同じ心境で慶良間島の住民は集団自決をしたのであり、この際「軍の命令の有無」は関係なかった。そう、恐怖を逃れるため「一発で、一瞬で死にたい」・・・・・・・・これが、集団自決の真相である。

ひめゆり学徒も慶良間住民も「砲弾の中をさまよった」のは同じだったが、慶良間島の住民の場合は離島であるため、袋のネズミの心境になったためパニックになる度合い強かった。

そのために「自決決行者」が多かったと想像できる。

■宮城氏も認めるパニックによる自決■

集団自決がパニックによるものだということは、この論文の宮城氏自身の記述にも見られる。

6月22日付け②に住民がパニックになる様子が次のように描かれている。

空襲は翌日も続き、さらに25日には艦砲射撃が加わった。空襲後の艦砲射撃は、敵の上陸の前触れであることを住民は知っている。

真っ赤に飛んでくる艦砲弾で壕の周りは火の海と化し、途切れることのない炸裂音におびえる住民の元へ、夕刻、村当局から非常米の配給が告げられた。さらにその日夜遅く、今度は、毎日のように集合を呼びかけてきた役場職員の伝令から、忠魂碑前での「玉砕」命令がもたらされた。ただ、いずれもすべての防空壕に届いたわけではなかった。「米の配給だ」 「いや玉砕だ」と住民の情報が錯綜し、危機感をもった子連れの女性たちの一部が、阿佐集落の裏海岸にある大きなガマ(洞窟)への移動をはじめた。その一方で、直接、「玉砕」命令を聞いた人たちは、最後の食糧を口にし、晴れ着に着替えて忠魂碑に向かった

歴史をひも解けば大事件や大事故に遭遇した住民が流言蜚語により、正常な判断を失いパニックになった結果正常では考えられない行動を起こした例が数多くある。

慶良間の場合もまさにこの状況であり、『「米の配給だ」 「いや玉砕だ」と住民の情報が錯綜し・・・』というくだりがまさに流言蜚語のパニック状態を表しており、この中から宮城氏の言う「軍の命令による集団自決」は、戦後の後付け説明であることが明白である。

今回の宮城氏の論文の③にも、パニックよる自決の例が次のように記述されている。 ここでも軍の命令無関係であることが分かる。

壕の前で銃剣をかまえて立ちはだかった大勢の米軍を見てパニックになり、40代の男性が妻をはじめ子どもたちの首をかみそりで次々と切っていった。 男性も最後に「自決」をはかったが、男児一人が死亡し、残りは米軍に救出された

ついでに言うと、少なくとも本人自身や愛する家族の命を絶つような重大な命令が「いずれもすべての防空壕に届いたわけではなかった」というのも不可解である。

さらにもう一つ付け加えると、宮城氏が強引に推し進めるジェンダー論による「家父長制云々」を認めるとするなら、

「家父長制云々」は何も慶良間島に限ったことではなかったはずだ。

本島各地にもあったし、当時の日本全体が「家父長制度」であった。

これだけでもジェンダーで慶良間の「集団自決」を検証すること自体が木に竹を接ぐような無理な話であることが分かる。

現在の価値観で過去を判断すると歴史の判断を誤る。

宮城氏は現在の価値観でも行き過ぎだとして意見の別れる「ジェンダー」の視点で歴史を判断し、そして歴史を歪曲した。

続く

           ★

【追記】

たかじんのそこまでいって委員会に惠隆之介氏がゲスト出演の予定です、視聴可能地域の方はご注目下さい。(沖縄では不可です)

2012年7月1日放送(予定)
夕方4時25分~5時20分

 

桜坂劇場特別企画 

シンポジウム「教育とは!」

日 時:   2012年7月8日(日)午後1時30分開場

午後2時より「スパルタの海」上映開始

午後4時より シンポジウム「教育とは」開始

午後6時終了

場 所: 桜坂劇場

〒900-0013 沖縄県那覇市牧志3-6-10  電話 098-860-9555

登壇者: 南出喜久治(弁護士)

伊藤玲子(「建て直そう日本・女性塾」幹事長)

戸塚 宏(戸塚ヨットスクール校長)

金城テル(沖縄県婦人平和懇話会会長、元はなぞの保育園園長)

       手登根安則(FM21パーソナリティー、前県立高校PTA会長)

       稲垣純一(沖縄県専修学校各種学校協会副会長)コーディネーター

チケット代: 前売り2,000円(無くなり次第終了)

主 催: 桜坂劇場

共 催: 体罰を考える会、全国勝手連連合会

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沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
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宮城晴美・ 検証 「集団自決」 ジェンダーの視点から

2012-06-30 07:16:11 | 資料保管庫

 

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検証「集団自決」 ジェンダーの視点から  宮城晴美

琉球新報 2009年6月19日~24日 ①~④の四回連載)

 

 

2005(平成17)年8月に、座間味村、渡嘉敷村の元戦隊長とその家族による、ノーベル賞作家の大江健三郎氏と岩波書店の提訴があり、それ以来、この数年間に県内外で「集団自決」にまつわるさまざまな動きがあったことは論をまたない。とりわけ、教科書検定がもたらした危機感は、黙して語らなかった「集団自決」体験者に重い口を開かせ、県民に沖縄戦史に向き合うエンパワーを与えた。

 しかしながらその一方で、法廷における元戦隊長らを擁護する立場から歪んだ「証言の再構築」(隊長は命令しなかったという新証言なるものなど)が浮上したり、「集団自決」の用語を封じる手段として、援護法(戦傷病者戦没者遺族等援護法)と「靖国思想」をからませた論理で、その当事者を糾弾するような言説が見られることなど、立場こそ違え、モノ言わぬ島の人々や死者を鞭打つような暴力的論調に強い懸念を抱くものである。

 

そのことについては後に触れるとして、こうした弱者切り捨ての視点は、権力者(軍隊)の思想と軌を一にするといっても過言ではないだろう。「集団自決」の犠牲は女性・子どもが圧倒的に多い。そこには、住民を「死」へと追い込んでいった「力」が、軍隊という強い者から最も弱い住民へと幾重にも及んでいったことがわかっている。にもかかわらず、「集団自決」が強制された住民同士の「殺し合い」として、その要因が一括りにされてきた感は否めない。こうしたことでは、地域性、年齢、ジェンダー役割等ミクロの視点が欠落し、沖縄で起こった軍官民の「集団自決」が十把ひとからげに論じられ、その本質が見えにくくなってしまう。

 「殺し合い」というのは、「力」関係が対等であることが前提となる。しかし「集団自決」は、強大な「力」を持つ軍隊が、地元の指導者を通して住民を強制・誘導することで、家族の中の「力」のある者が、最も弱い者から手にかけていったという、「不平等な力関係」のもとで起こっている。こうした「集団自決」の本質に迫るには、ジェンダーの視点での分析が必要になってくる。

 「ジェンダー」というだけで、男性の多くが拒否反応を示すことは知っている。その言葉の持つ意味が「女らしさ」(弱い、優しい、しとやかなど)、「男らしさ」(強い、潔い、雄々しさなど)という、社会的・文化的に作られた性差として批判の対象になっているからであり、「女は女らしく」と願望する男性にとって、不都合なことが多いことは確かだ。

 しかしながら、「ジェンダー」は単に女・男の「不平等な力関係」だけでなく、軍隊と民間人、あるいは地元指導者と一般住民という階級的差異、家父長制下の家族構成などといった階層秩序と相互に連動することで、抑圧構造を強化していくことがわかっている。言いたいことは、「集団自決」はまさにこうした構図の中で繰り広げられたということである。

 

 本稿では、私がこれまで調査をしてきた座間味島の具体的事例をもとに、「集団自決」の構造を弱者(家族の中の子ども、軍隊に対する民間人など)の視点から検証し、また「集団自決」の用語をめぐる問題にも言及するつもりである。

 座間味島の場合、「集団」で「自決」したのは、家族・親族単位の防空壕が最も多く、私が調査した限りにおいて、犠牲者の83%が女性・子ども(満12歳以下)であった。その行為遂行者のほとんどが男性であり、男手のある家族ほど犠牲者が多かったことを示す。そこには家族を守らんとする家父長制下の男性の論理があり、その「守り」は、日本軍に隷属させられたことで体現されたものだった。

 つまり、「敵に捕まると男は八つ裂きにされ、女は強姦されてから殺される」、敵への投降、スパイ行為の絶対禁止、「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)など、軍民が混在するなか、日本軍からの憎悪発話がくり返し住民にもたらされ、現実に敵を目前にしたとき、先に妻子を、男手のないところは母親が子どもを手にかけ、自らは最後に「自決」することで日本軍の要求に応ずるという、権力への隷属的構図に巻き込まれた人々の姿があった。

 座間味島の「集団自決」は、「お互いの殺し合い」ではなく、「乳幼児が自決することはあり得ない」(安仁屋正昭著沖縄戦のはなし)と言われるように、軍隊→兵事主任→伝令から家族の中の力のある者へ、そして最も弱い者へと重層的に作用した権力による殺人であったと思っている。なぜこうした事件が起こったのか、「集団自決」を最も弱い立場の視点からあらためて検証してみたい。

 

検証「集団自決」 ジェンダーの視点から(2)

 

座間味村の有人離島の一つ座間味島は、役場や学校、郵便局などの官公庁が集中する座間味村集落をはじめ、北東に阿佐、西に阿真という三つの小さな集落から成る。1944(昭和19)年9月中旬、この島に、未成年を中心に組織された海上挺身第一戦隊(梅澤裕戦隊長)という陸軍の海上特攻隊と、彼らが搭乗する特攻艇のの整備、秘匿壕堀り、陣地構築の役割をもつ約900人の海上挺身基地第一大隊(以下、基地隊という)がやってきた。

 

 那覇に最も近い慶良間諸島は、米軍が沖縄本島に向かう際、一斉に特攻艇を出撃させて背後から敵艦に体当たりするという第三十二軍の作戦計画に基づき、座間味島の海上挺身第一戦隊をはじめ、阿嘉島に第二戦隊(野田義彦戦隊長)、渡嘉敷島に第三戦隊(赤松嘉次戦隊長)が配備され、秘密基地化されていった。

 座間味島に配備された日本軍は、特攻隊員が学校を宿舎にしたのに対し、基地隊の将兵はすべて座間味集落の民家に割り振られた。家族は裏座敷に追われた格好になる。当時、人口約600人の座間味集落に、倍近い日本軍将兵が分宿したため、集落内は日本軍であふれかえった。

 住民の行動は軍の厳しい監視下におかれ、日常生活のすべてが軍主導へと変わっていった。日本軍が駐屯したその日から、住民に特攻艇揚陸にからむ作業が命じられ、その後連日、防空壕堀りや陣地構築、食糧増産のため、役場職員の伝令が住民への集合を呼びかけた。とりわけ婦人会員には、会長ら役員が各家庭を回り、徹底して動員を強要した。体調が悪いだけでは容赦しなかったという。さらに日本軍は、スパイ防止のため、漁に出る住民はおろか、集落内の往来でさえ、スパイではないという証明のマークの着用を強制するのである。

 その一方で、一つ屋根の下で暮らす将兵と住民は、家族のような親しい関係も築いていった。やがて日常の付き合いの中で、住民は「鬼畜米英に捕まると男は八つ裂きにされ、女は強姦されてから殺される」という恐怖心を将兵から植え付けられる。そして捕まる前に「玉砕」するよう剣を渡されたり、あるいは自分でできないなら殺してあげるから日本軍の壕まで来るように言われた人たちも少なくない。特に夫や息子を兵隊にとられ、子ども、年寄りを抱えた女性たちにとって、自家に宿泊する「兵隊さん」の存在は絶対だった。

 女性たちはまた、日本軍将兵の性の相手として朝鮮半島から連れて来られた「従軍慰安婦」の存在も意識せざるを得なかった。朝鮮人という民族差別に加え、いわば「淫売」としての彼女たちに憐憫の情を寄せることで、将兵を前に「淑女」としての自らのステータスを高めた。

 

 日本軍駐屯から半年後の1945(昭和20)年3月23日、座間味集落は米軍による突然の空襲で、乳児を含む23人が死亡、ほとんどの家屋が焼失してしまい、その日から、全住民の防空壕生活がはじまった。空襲は翌日も続き、さらに25日には艦砲射撃が加わった。空襲後の艦砲射撃は、敵の上陸の前触れであることを住民は知っている。

 真っ赤に飛んでくる艦砲弾で壕の周りは火の海と化し、途切れることのない炸裂音におびえる住民の元へ、夕刻、村当局から非常米の配給が告げられた。さらにその日夜遅く、今度は、毎日のように集合を呼びかけてきた役場職員の伝令から、忠魂碑前での「玉砕」命令がもたらされた。ただ、いずれもすべての防空壕に届いたわけではなかった。「米の配給だ」 「いや玉砕だ」と住民の情報が錯綜し、危機感をもった子連れの女性たちの一部が、阿佐集落の裏海岸にある大きなガマ(洞窟)への移動をはじめた。その一方で、直接、「玉砕」命令を聞いた人たちは、最後の食糧を口にし、晴れ着に着替えて忠魂碑に向かった。情報の届かなかった防空壕の人たちは、外の気配に気づかなかった。

 飛んでくる艦砲弾をぬうように忠魂碑に向かったものの、ほとんどの人たちが自分の家族だけ、あるいは少人数という不安感で引き返し、またしばらく留まった人たちも照明弾の落下で四散するなど、結果的にこの場所での「集団自決」の決行はなかった。

 引き返したところ、必ずしも自家の壕とは限らなかった。「兵隊さん」と一緒に玉砕しようと、日本軍の壕へ向かった家族がいたり、また、子ども、年寄りを連れ、どうしてよいかわからない女性たちは、役場職員のいる農業組合壕をめざした。しかしながら、日本軍の壕は、すでに将兵が移動した後で空になっており、また農業組合壕では、役場職員とその家族が入るという理由から、ほとんどの人が入れてもらえなかった。

 3月26日午前、米軍の上陸を合図に、各防空壕で「集団自決」がはじまった。直に米軍を目にした者は、はじめて見る人種「鬼畜米英」を前にパニックになり、次々と妻子を手にかけていった。

 

検証 「集団自決」 ジェンダーの視点から(3)

 

敵の上陸を予期しなかった座間味島住民の防空壕は、空襲から身を守ることを目的に、家族・親族単位で掘られ、場所は集落の近くに集中した。当初は、「兵隊さん」の近くが安心だと、日本軍の壕近くに掘った人たちがいたが、空襲がはじまったことで移動を命じられ、ほとんどが役場職員のいる西の方へ移っていった。

 「玉砕」命令の伝令が回ったのは、農業組合壕を中心にした西の防空壕だった。防空壕は島全体で50から60あったといわれるが、私がこれまで調べてわかった「集団自決」の犠牲者の出た所は、地図で丸印のついたAからHの八つの防空壕(場所はおおよその位置)である。

 A、B、Cは日本軍の壕だった。「兵隊さん」と一緒に「玉砕」するつもりでやってきたというAの家族のように、B、Cもその可能性は高い。Cは八つの壕の中で、唯一、女性、子どもだけだった。

 そしてDが役場職員とその家族の入った農業組合の壕、Eが学校長を中心とした学校職員とその家族、それに一般住民が入った。Fは姻戚の二家族、Gが婦人会長の家族、Hは一家族で、FからHは自家壕であった。そのほとんどの人たちが、忠魂碑まで行って引き返してきたことがわかっている。

 上陸した米軍は、集落を通ってこれらの壕の前に突如として現れたのである。逃げ場を失った人々は、防空壕内で「集団自決」を繰り広げた。

 

日本軍の武器庫のため、その中にあった銃剣が武器となった。「軍隊アガヤー」(宮城晴美は軍隊経験者と訳すが万人がわかるように縁側は単純に軍隊あがりの者と訳す。)といわれた50代の男性が、自分の妻子・嫁・孫・座間味区長を務めていた兄、それに実家と行動を共にした兄の娘・孫らに発砲、自身は着剣で割腹自殺。

 

壕を補強するための坑木の上部からロープを通し、二家族それぞれが父親(夫)によって縊死させられる。残った30代の父親は、「子どもたちと約束したから」と、妻子を死なせ半狂乱になっている40代の男性に懇願し、ロープを引っ張らせて「自決」。40代の男性も「自決」をはかるが、1人だけ生存する。

 

子ども二人を両脇に抱えた母親が、「天皇陛下バンザイ」の叫びとともに手榴弾を叩く。子ども二人は軽傷で助かるが、母親と周りにいた母子が巻き込まれて死亡。その母親は、婦人会の活動家だった。

 

最も犠牲の大きかったのが、村民の食糧庫でもあったこの壕である。村の三役をはじめ、その家族を中心に67人が入ったが、全員が死亡したため、武器に何が使用されたか不明。

 

日本軍の防空壕で、学校長と学校職員の家族、それに逃げ場を失った子連れの女性たちが多く入った。Dの防空壕が「集団自決」を決行したことと、米軍がすぐ近くまで来ているという情報により、校長の音頭で「天皇陛下バンザイ」が三唱され手榴弾が叩かれた。それによって、女性教師ら2人だけが死亡。「自決」失敗にあわてた校長はカミソリを取り出し、とっさに妻ののどに切りつけ、そして自分の首を切って死亡。

 

姻戚2家族と実家にもどってきた子連れの女性の家族。主に農薬の猫いらず(ヒ素を使った殺鼠剤)が使われた。いやがる子どもたちには黒糖を混ぜて強引に飲ませるが、のたうち回って苦しむ子どもを見るにみかねた父親が壕の前の小屋に火をつけてその中に放り込んだり、壕の土壁に叩きつけるなどして死なせる。実家にもどった女性は農薬を飲んで苦しみながら、生後2カ月の乳児を授乳しながら窒息させ、他の幼子たちは叔父にあたる弟に手をかけさせた。

 

婦人会長の家族壕である。見つかったときは全員が白いハンカチを顔にかけて整然と横たわっていたという。ここも生存者がいないため、どのような方法がとられたか不明だが、婦人会長宅に分宿した軍の幹部から、いざというときのために、多量の睡眠薬が渡されていたことがわかっている。

 

この家族は、忠魂碑からもどる際、1人の兵士から自分の壕で玉砕するよう手榴弾を渡されたが、死ぬ気を逸し、捨ててしまった。しかし、壕の前で銃剣をかまえて立ちはだかった大勢の米軍を見てパニックになり、40代の男性が妻をはじめ子どもたちの首をカミソリで次々に切っていった。男性も最後に「自決」をはかったが、男児1人が死亡し、残りは米軍に救助された。

 

 これまで調査した限りでは、八つの防空壕には175人が避難し、そのうちの135人が亡くなったことがわかっている(この数字は座間味村の「集団自決」犠牲者の総数ではない)。

座間味島の「集団自決」は、官公庁の集中する、しかも日本軍の分宿した座間味集落在住者だけにもたらされた事件だった。そして役場の全幹部(助役は兵事主任、防衛隊長なども務める)、学校長、婦人会長、青年団長、女子青年団長、座間味区長という組織の指導的立場にある人たちが、すべて亡くなった。

(紙上では、A~Hまでの壕の位置が地図化されています。すいません。)

  

検証「集団自決」 ジェンダーの視点から

 

「玉砕」命令は、日本軍からもたらされたものだった。その結果、駐留する日本軍に最も隷属し、住民と軍をつないだ村の幹部や学校長ら指導者層は、住民を「死」へ誘導するメッセンジャーの役割を果たすとともに、率先して「軍命」を履行した。もちろん、座間味島の頂点に位置する日本軍の守備隊長(戦隊長)が自決することはなかった。

 こうした階層秩序による「力」の作用は、女性、子どもに大きな犠牲をもたらした。とりわけ、父親と子どもの関係は痛ましい。

 Bの防空壕では、先に子どもを死なせた男性が、「子どもたちに父ちゃんも一緒だと約束したから、自分も死なせてくれ」と「自決」の幇助を頼んだ事例、Dで亡くなった男性は「死」を決して忠魂碑に向かう前、子供たちを抱きかかえて「お父さんも一緒だから恐くないよ」と言い含め、Fの壕では男児が叔父に手をかけられる直前、「お父さんの所に行く」と防衛隊に参加している父親を求めて泣き叫んでいたこと、Hの壕では父親に首を切られた11歳の男児が、息を引き取りながら「お父さん」と最期の言葉を発したなど、「死」を理解できない子どもたちに、「父親が一緒だから」と説得したという証言は多い。

 その底流には,「強い父親」と子どもの信頼関係、そして家族間の主従関係が横たわっていた。

 「敵の手にかかるよりは自分の手で」と、家族を守らんとする家父長制下の父親役割と子どもたちのこうした規範が、戦時下ではかくも残酷に国家権力に利用されたのである。

 

 私は、これまであえて「集団自決」という用語で、座間味島で起きた戦時下の事件について書いてきた。1970年代に聞き取り調査をはじめた当初は、住民の証言は「玉砕」だった。ところが、1953年3月28日付の渡嘉敷村遺族会が出した「慶良間列島渡嘉敷島の戦闘概要」では、すでに、玉砕、自決、集団自決の表記がなされており、また座間味村役場の文書である「座間味戦記」でも、同様に玉砕と自決が入り交じっている。

 はじめて「集団自決」の用語が使われたのは、沖縄タイムス社の「鉄の暴風」(1950年)といわれるが、なぜ住民証言の「玉砕」ではなく、「自決」を使用したのか、「集団自決」を造語したという太田良博氏からその説明はなかったと思う。

 「集団自決」の証言者は、ほとんどが「玉砕」を使用する女性たちだった。その証言を公文書に記録したのは、戦後復員してきた男性たちである。昭和18年のアッツ島における日本軍全滅を糊塗するため、大本営が国民向けに使いだした「玉砕」という軍隊用語を、それまで関係ないと思っていた座間味島の住民も、米軍上陸前夜の昭和20年3月25日夜から、自分自身にふりかかった「死の強要」として受けとめるようになった。ただ、住民の表現する「玉砕」という用語は、自分自身では死ねないので「みんなと一緒に」という、表象的で受動的な意味合いが強い。

 それに対して、「自決」は、武士道の「ハラキリ思想」に通じる。「男らしさ」を象徴するこの武士道こそ、男性には、敵への投降が許されず軍の命令に忠実であることが求められたものだった。したがって、軍隊を経験した座間味・渡嘉敷島の男性たちが、女性たちの「玉砕」証言を記録する際、軍隊の価値観で「自決」「集団自決」と記したことが考えられる。

 新渡戸稲造は、その著書「武士道」において、「女子の武器に頼りて其貞潔(貞操)を守るに切なるは、男子の其君主を護るに似たり」といい、女性が貞操を守ることは命にも勝ると説いた。武士道の論理でいえば、「慰安婦」とは違う「淑女」としての女性たちは、敵に捕まり強姦されると、共同体社会の中で生きていくこと自体許されなかったのである。

 こうしたジェンダー役割に規定され、国家の犠牲にされた住民の体験の記憶は、証言する過程において「玉砕」、後に「集団自決」という用語で表現され、それを私たちは記録してきた。しかしながら、「集団自決」という用語が、国レベルで「崇高なる犠牲的精神の発露」として美化されたり、軍人用語だから住民には使えないなど、さまざまな問題点が指摘されだした。そして「集団自決」に対する用語として、すぐれた沖縄戦研究者によって「強制集団死」という言葉の使用が提唱されている。

 

 それでも私が「集団自決」にこだわる大きな理由は、つらい思いをこらえながら自分や親族の体験を話してくれた座間味村民の用語として敬意を払いたいことと、座間味・渡嘉敷村の近現代史に必要不可欠の用語になっているということである。ほとんどの方が故人になったが、現在でも生き残りの方々は、「集団自決」を証言する。その人たちがいま最も懸念していることは、「靖国」を賛美する人たちによって、「集団自決」の悲惨さが美化されだしたことや、援護法適用のために「集団自決」の軍命が「方便」であったとして、元戦隊長らを擁護する動きが出ていることである。

 住民の心に負った傷口をさらに鋭利な刃物でえぐるようなこうした言動があればこそ、告発の意味を含めて、弱者の視点から「集団自決」を記録し、継承することが、体験者のⅡ世、Ⅲ世、そして戦後世代の大きな役割だと思っている。(沖縄女性史家)

 

沖縄戦「集団自決」の謎と真実
秦 郁彦
PHP研究所

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宮城晴美氏の回顧と宮城能彦著「沖縄道」

2012-06-29 07:29:48 | ★集団自決

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慶良間島の集団自決の軍命論争には、数多くのユニークな人物が登場する。 あるものは真実と地域共同体の風圧の板ばさみに、そしてあるものは真実とイデオロギーの狭間で呻吟し嘘の証言をする。

集団自決の体験者として、母初枝氏は真実と援護法の板ばさみで悩み、母の意志を受けついた娘晴美氏はイデオロギーの風圧に負けて証言を翻した。

宮城晴美親娘(おやこ)こそ別の意味で集団自決の最大の被害者なのかもしれない。

次の文は宮城能彦沖縄大学教授著「沖縄道~沖縄問題の本質を考えるために」の第3章の一部抜粋である。

ただしこの本は、なぜか沖縄の本屋ではほとんど見ることが無い。

5・集団自決と結果責任と人間の悲しさと

~改めて『母の遺したもの』(初版)を読む

宮城晴美『母の遺したもの』は、軍命は無かったという訴えの根拠の一つとしてあげられ一方で著者は被告側の証人として「軍命はあった」と証言している。 これはあまりにも悲しい書物である。特に後半は、宮城さんのお母さんが晩年「実は軍命はなかった」と隊長に告白して以降、次第に態度を硬化させた隊長が、軍命問題の最大の責任者は当時の役場職員であるとして反撃していく様子は、悲しすぎて読み進めていくことが辛い。お母さんが「軍命がなかったこと」を胸に秘め続けなければならなかった日々を思って胸が詰まり、同時に極悪人にされて残りの人生を辛く生きてきた隊長のことを思って胸が詰まる。 そして、隊長に反撃されて以降の、お母さんの苦しみ、戦争で苦しんだ人たちが数十年もたった後もさらに苦しみ続けなければならないこと、戦争で生き残った人が行き続けていくという営みの悲しさで涙があふれてしまってなかなか最後まで読み続けることができない。

 

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沖縄道―沖縄問題の本質を考えるために

 

著者宮城能彦沖縄大学教授によると、本文中の第3章5「集団自決と結果責任と人間の悲しさと~改めて『母の遺したもの』(初版)を読む」は、沖縄の新聞に寄稿して担当記者から「ただの感想文ですよね」のひと言で没にされたものだという。

新聞社には編集権という伝家の宝刀があるため、担当記者が「だめ!」と判断したら誰もこれに逆らうことは出来ない。 

宮城教授自身も「ただの感想文」と言われ、「本当だからしかたが無い」と謙遜しているが、筆者の「感想」でいえば集団自決論争の渦に巻き込まれた宮城親娘の心情まで慮った秀逸な「感想文」だと思う。

これを没にするか否かはまさに価値観の問題である。

「ただの感想文」というが、それでは沖縄の新聞には「感想文」は掲載できないという不文律でもあるのか。

「反戦平和」さえ叫んでおれば、感想文であれ何であれ、左翼大学教授の駄文を連日のように読まされるのが沖縄の新聞ではなかったのか。

宮城教授は、著書「沖縄道」を読めば自明だが、右にも左にも属さず比較的中立的立場で意見を述べており、沖縄が自由に自分の意見の言える言論空間になることを望んでいる。

宮城教授がいくら自分は左右どちらのイデオロギーにも組しないと言っても、沖縄で新聞の論調に迎合した主張をしなければ右翼と看做される。 

そのせいなのか著書を出版するほどの宮城教授の文章を沖縄の新聞で見ることはほとんどない。

沖縄の新聞が宮城教授の投稿を没にした理由は「ただの感想文」だからではない。 

文章の主題は宮城親娘の心の葛藤であるが、それを述べるため結果的に、沖縄紙に「集団自決に軍命はなかった」と文中に明示したことがその理由である。「集団自決に軍命はなかった」という文言は沖縄紙に掲載を望むのなら決して明示してはいけないタブーである。

上記引用の短い文のなかにも「軍命はなかった」というタブーが三度も繰り返されているではないか。

繰り返すが新聞社に編集権があるのでこれだけで「言論封殺」と騒ぐことは出来ない。

だが「集団自決に軍命はなかった」と明示した部分を曖昧にした「感想文」を書いていたらきっと没にならずに済んだだろう。 

沖縄の知識人としては大先輩の星雅彦氏はこういっているではないか。

私は七一年の「潮」に「集団自決を追って」という文章を物語風に書いたけれど、わざとぼかして書いた。ある程度の確信はあったが、あの私の逃げ口上的な表現に対しては、今でも忸怩たるものがある」(「うらそえ文藝」)

                  ★

さて、宮城晴美氏について回顧しようと思ったら、昨日は富村順一氏の回顧に脱線してしまった。

再度宮城晴美氏に言及しようと思うのだが、宮城氏については数え切れないほど書いてきたので当然重複を避けることは出来ない。

「軍命あり派」の証言者には前言を翻した「転向者」が多い。

が、そのなかでも最強の転向者に分類される宮城氏については、最強の「転向者」宮城晴美 【付記】ゴーマニズム宣言に登場!に加筆編集したものを以下に再掲する。

         ☆

■最強の「転向者」宮城晴美■

これまでシリーズで、集団自決に関する多くの「転向者」について書いてきた。
 
「転向者物語」はこの通り。

「転向者」ー林教授の「強弁物語」!『沖縄戦「集団自決」の謎と真実』より

続・「転向者」- 二足の草鞋を履く男

続々・出てくる「転向者」達ー大城将保・宮城晴美・宮村幸延

だが、最大の「転向者」ともいえる宮城晴美氏についてはあまり大きなスペースを割いていない。

というのは宮城晴美氏については過去に夥しい数のエントリーをしてあるし、それに彼女は「転向者」の中でも別格の「転向者」だと考えており、彼女については改めて特集でも組むべきと考えていたからである。

「転向者」とは集団自決論争で、当初は「軍命はなかった」と主張していながら、「裁判」を契機に「軍命はあった」と前言を翻した識者たちのことである。

「転向者」の名は、ざっと思いつくだけでも、林博史関東学院大学教授や大城将保氏といった歴史研究者の名が浮かぶが、特徴的なのは、その著書や論文がいずれも係争中の「裁判」の“原告側”証拠として法廷に提出されていることである。

その中でも宮城晴美氏が最強、最大の「転向者」といわれる理由は、晴美氏の実母・初枝氏が娘に託した遺言とも言うべき『母の遺したもの』に書かれた「集団自決の真相」を、法廷証言のわずか一か月前になって、いとも簡単に踏みにじったことにある

初枝氏は1945年3月25日の夜、梅澤隊長を本部壕にに訪ね、自決用の弾薬を求めて談判した村の指導者の中の唯一人の生存者であった。

生き証人である母の証言を、戦後生まれの娘が「隊長命令はあった」と簡単に翻すわけだから、「転向者」のなかでも「最強の転向者」と称されて当然であろう。

                  ◇

改めて「最強の転向者」として特集を組もうと考えていたその宮城晴美氏が、「集団自決」の論文を書いた。

6月19日から24日に渡り四回連載で、『検証「集団自決」-ジェンダーの視点から』と題する論文を発表したのだ。

 

宮城氏の論文発表には次のような伏線がある。

これまで「集団自決」の沖縄に於ける論調は沖縄タイムスを中心にした「軍命あり論」の横並びに一致団結しているように思われていた。

だが、5月11日発売の『うらそえ文藝』がその一枚板と思われたその論調に大きな風穴を開けた。

早い時期に先駆的な慶良間島の現地聞き取り調査をしていた星雅彦氏とドキュメンタリー作家の上原正稔氏が「隊長命令はなかった」「沖縄タイムスは誤った報道を謝罪すべき」と主張して沖縄紙に真っ向から異論を唱えたのだ。

それから約一か月、黙殺を続ける沖縄メディアに業を煮やした星、上原両氏は沖縄県庁で共同記者会見を開く。

地元紙が依然として黙殺を続ける中、産経新聞と世界日報が両氏の沖縄メディアへの告発ともいえる『うらそえ文藝』の論調を大々的に報じた。

『うらそえ文藝』の挑戦に対して、沖縄ニ紙がこれまで沈黙を守ってきた理由は、社説やコラムでまともに反撃したら勝ち目がないと判断したからに相違ない。

そして宮城晴美氏に「ジェンダーの視点云々」の論文で反論させるという姑息な手法で「世論」の動向を伺った。

それが、今回の宮城氏の奇妙な論文の正体である。

読者には理解し難い「転向者」の中でも、県内では知名度のある宮城晴美氏に、反論(らしきもの)ものを書いてもらい様子を伺ったというのが、今回の長ったらしい論文だといえる。

真面目に争えば争点は、ある事実の有無という極めてシンプルな事実認定の論議だ。

それを「靖国賛美者」とか、「ジェンダーの視点」とか、恣意的意見が入り込む土俵に持ち込んで争点を曖昧にした。

この辺に、琉球新報や宮城晴美氏の焦りが垣間見れる。

ネット上でよく見られる論争(らしきもの)で、左翼がよく使う手法に「○○著の『○○』を読め!それで論破されている」といったカキコをよく見る。

宮城晴美氏の今回の論文に限れば、あえてこれに倣って次の言葉で充分反論できる代物である。

「一々反論するほどのモノではない。自著を読め!それで論破されている」と。

で、その自著とは、第22回沖縄タイムス出版文化賞を受賞し、係争中の裁判証拠物件にもなっている旧版『母の遺したもの』である

ここで敢えて「旧版」としたのは、沖縄タイムスも絶賛した『母の遺したもの』は、裁判証言の直後「新版」と冠して前言を翻した結論の同名の書を出版しているからである。

今宮城晴美氏にとって、「旧版」は読者の目に触れて欲しくない焚書すべき忌まわしい本であり、

新版」は母が告白した真実を踏みにじった恥ずべき本として歴史にその名を刻まれる醜悪な本である。

一方、宮城氏の今回の論文は何を意図しているのか。

自著でもって自論が完全に論破されるという世にも不思議な論文を掲載するほど琉球新報も『うらそえ文藝』に衝撃を受け、そして血迷ってしまったのだ。 

自著で自分の論文を論破した噴飯物の論文!!

それで終わってしまってはブログネタにもならないので、

次稿ではお付き合いして、多少は突っ込みを入れてみたい。

続く

関連エントリー:

自著を否定する宮城晴美氏  証言者の葛藤

 

【付記】ゴーマニズム宣言に登場!

読者のコメントで『SAPIO』最新号の小林よしのり「ゴーマニズム宣言」で当日記のことを褒めて書いてあると聞いていたが、先ほど同誌を購入して読んだところである。

記事は「アイヌ論」から、沖縄の全体主義に触れ、小林氏に沖縄で協力した二人の沖縄県人に対するバッシングについて、次のように書いている。

①高里さんは『誇りある沖縄へ』の座談会では、わしを呼んだことで兄弟の縁も切れ、実家の仏壇の前にもいけなくなったとも語っている。

②沖縄大学の宮城能彦教授はわしの『沖縄論』の案内役を努めたために、それまでかかわっていたプロジェクトにいられなくなってしまった。

③「沖縄タイムス」「琉球新報」の二紙が作り出す論調に真っ向から逆らう人間は沖縄では排除される。

だから異論を持つひとは「怖い」と思うのだ。

だが沖縄在住の識者にも、最近この全体主義に戦いを挑む勇気のある人が現れ始めた。

「狼魔人日記」というブログは、まずその筆頭と言える。

④そのブログで知ったが、「うらそえ文藝」という雑誌で、沖縄在住の二人の識者が、ついに集団自決の真実について語り始めたという。

集団自決に「軍命はない」と沖縄の人間が言うのは勇気がいる!

だが全体主義に屈しない沖縄人がいるということは、沖縄に対する敬意と、希望を再認識させてくれて、嬉しい。(『SAPIO』「ゴーマニズム宣言」より引用)

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【沖縄と日本の明日を考える講演会】のご案内

自虐史観を憂うる弁護士の南出喜久治氏を招いて、占領憲法の正体とは何か、

本土復帰40年を迎えた沖縄と日本の法的位置づけ、地位協定の意味などについて講演していただくことになりました。

【日 時】平成24年7月7日(土)午後6時開場

     午後6時30分開演、8時終了       

【会 場】カルチャーリゾート・フェストーネ

     宜野湾市真志喜3-28-1  電話 098 (898) 1212

【演 題】 「占領憲法下における日本と沖縄」

【講 師】  南出 喜久治氏(弁護士)

【会 費】1,000円

【主 催】沖縄総合戦略研究所

【連絡先】担当:にしこり) 電話:090-9780-7272

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

■カンパ協力のお願い■

琉球新報の言論封殺戦いを挑んでいる上原さんの訴訟へのカンパ協力は支援団体の三善会へお願いしております。

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ゆうちょ銀行からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【口座番号】記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】サンゼンカイ.
--------------------------------------------------------------------------------
ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【店  名】七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】708
【口座番号】普通:1034797
【名  義】サンゼンカイ.


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八重山教科書訴訟、続・タイムスを恫喝した男

2012-06-28 07:08:54 | 八重山教科書採択問題

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昨日那覇地裁で「八重山教科書訴訟」の口頭弁論が行われたので傍聴に行った。

一時は傍聴者が殺到し、抽選をしたくらいだが今回の傍聴者は5人で取材記者2人を含めても7人と言うさびしさである。

雰囲気でわかるのだが筆者を除く全員が原告側の応援団の模様。 当初から負ける裁判を仕掛け、今頃になって応援団も敗訴に気がつき興味がなくなってしまったのだろうか。

前回も書いたが傍聴席を設けていながら両サイドの弁護士も裁判長も目の前のマイクを利用することもなく、専ら「仲間内の会話」のようにぼそぼそと話し、議論のほとんどは聞き取ることが困難であった。

それでも言葉の端々から推測して、裁判長が同じ趣旨の裁判が複数提訴されているのを併合して審理する、と交通整理に大童の印象だった。

ちなみに昨日の午後1時30分から始まった裁判は、原告はそれぞれ違うが「教科用図書の無償給付を受ける地位確認請求事件」という同じ内容の二つの裁判を同じ時刻に審理すると言うもの。 整理すると次の二つの裁判を同じ日の同じ時刻に審理すると言うものである。

①原告:高宮みのり外 「教科用図書の無償給付を受ける地位確認請求事件」 被告;石垣市

②原告:新里美智子外 「教科用図書の無償給付を受ける地位確認請求事件」 被告:沖縄県外

原告の名前が違うだけで同じ趣旨の裁判を同じ代理人が扱うわけだから、裁判長が困惑気味に複数の裁判を併合するということは素人でもわかることである。

結局原告側は「9・6全教委協議」の有効性を主張し、被告側は「8・23協議会」を主張したが最終的な教科書採択は夫々の教育委員会が採択すると言う点では一致した模様。(当然だが)

同地裁は「9・6全教委協議」の有効性を認めず、原告が申請した同協議の有効性を求める仮処分を既に却下している。

裁判所が判断を逆転させるケースは、上級審に控訴して別の裁判官が審理しなおした場合はありうる。

だが、同じ地裁で同じ裁判官が下した判断を同じ地裁の審理中に、自らの判断を覆すとは到底考えられない。

そもそも「無償給付」の地位を与える職務権限の無い石垣市や沖縄県を被告にして「地位確定の請求」を訴えでること自体が筋違いだと思うのだが。

それに被告になっている沖縄県は終始一貫して竹富町教委を支援していたのではななったか。 

昨日の審理でも県の代理人はひと言も「発言せず石垣市の代理人の発言を黙って聞いていた。(しかし代理人は宮崎政久弁護士となっており同じ弁護士事務所のはず)

いよいよ次の口頭弁論では原告・被告夫々の証人が法廷に立ち、証人尋問を受ける予定である。

次回審理

8月1日 (水) 午前10時

証人尋問  玉津博克石垣市教育長、慶田盛安三竹富町教育長、崎原用能与那国町教育長、竹盛洋一竹富町教育委員長の計4人

印象として原告側は追い詰められて、次々と新たな原告で訴訟を追加し、いたずらに裁判を長引かせようと悪足掻きしているとしか思えない。

【追記】 08:00

先ほど石垣市の読者より、昨日の裁判を報じる八重山毎日の速報が入った。 何故か八重山日報には関連記事は載っていないとのこと。

通常傍聴席には、一番前列に10席ほど専用の記者席が設けられている。 昨日は記者は2人だったが、審理が聞き取れないのは記者も一般傍聴者も同じのはずだが、具体的に記事がかけるのは審理終了後廊下などで代理人を囲んで裁判の詳細を取材できるからだ。 

通常は筆者も記者にまぎれて、取材の状況を傍受できるのだが、昨日の場合は4人の被告応援団と原告、弁護士そして記者を含めてヤク0名ほどの被告弁護団が弁護士控え室に引きこもっての説明会だったので、聞きそびれてしまった。

今朝の八重山毎日は比較的詳しく審理の成り行きを報じていたが、2人の記者のうちの1人は八重山毎日の記者だったのだろうか。

八重山毎日の記事は筆者が推測した上記内容と概ね同じだが、「原告の名前が違うだけで同じ趣旨の裁判を同じ代理人が扱うわけだから、裁判長が困惑気味に複数の裁判を併合するということは素人でもわかる」という筆者の印象が正しかったことを八重山毎日が裏付けてくれた。

本日(28日)の八重山毎日にはこう説明されている。

「原告側は、親子一組が請求を取り下げた」

なるほど、これで私の下記の印象記事の正しさも裏付けられたことになる。

印象として原告側は追い詰められて、次々と新たな原告で訴訟を追加し、いたずらに裁判を長引かせようと悪足掻きしているとしか思えない。」

【追記】2 10:17

沖縄タイムスがアップしたので資料として保存するが、原告側親子が取り下げたことは伏せられている。さすがカリユシ新聞(笑)

八重山教科書:8月に教育長尋問 那覇地裁

沖縄タイムス  2012年6月28日 09時38分

 八重山地区の中学公民教科書問題に関連した東京書籍版の無償給付確認訴訟で、那覇地裁(酒井良介裁判長)は27日、竹富町を含め八重山3市町の教育長と竹富町教育委員長の計4人を証人として8月1日に尋問することを決めた。

 原告側代理人の井口博弁護士は「(同版を採択した)昨年9月の八重山3市町の全教育委員による協議が有効であることを十分に立証できると確信している」と語った。

 一方、石垣と与那国両市町は、同日までに提出した書面で「(昨年8月の)地区協議会の答申がそのまま採択になるという関係にはなく、その後に各教育委員会の行う採択が唯一の有効な教科用図書の採択である」と主張。育鵬社を採択した根拠を、従来の「地区協議会答申」から「各教委の採択」に変更している。

 同訴訟は、石垣市と与那国町の中学生と保護者らが、両市町を相手に全教育委員協議で採択した東京書籍版教科書の無償給付の確認を求めている。

 【追記】3 12:39


八重山毎日新聞 2012年6月28日
教科書訴訟 被告が却下求める、8月1日に証人尋問

 【那覇】八重山地区の中学校公民教科書問題で、石垣市と与那国町の保護者と子どもが、両市町を相手に東京書籍版教科書の無償給付を受ける地位にあることを確認する訴訟の弁論が27日午後、那覇地裁(酒井良介裁判長)であった。被告側は引き続き却下を求め、8月1日に証人尋問を行うことを決定した。原告側は、親子1組が請求を取り下げた。

 弁論で被告側は、両市町教育委員会が昨年8月23日の答申に基づいた育鵬社版教科書の採択が有効と主張。東京書籍を採択した昨年9月8日協議には「採択としての効果を有するものではない」と反論した。
 次回は、8月1日午前10時から同地裁で証人尋問。竹富町の竹盛洋一教育委員長、慶田盛安三教育長、石垣市の玉津博克教育長、与那国町の崎原用能教育長が尋問に立つ。

 それぞれ、8月23日の答申と育鵬社版を採択した経緯、9月8日の東京書籍版の採択に至る経緯と内容、対応などで証言を求めることとしている。

              ★

コメント欄から富村順一氏の死を知った。

未確認ではあるが、80歳を超える高齢と左翼の襲撃により被った身体的ハンディ、それに独り身でいながら不規則な食生活を考えると「富村氏死亡」のニュースがネット上を駆け巡ってもおかしくは無い。

昨日のエントリーで「富村順一氏こそいま、沖縄タイムスがもっとも発言してほしくない人物」と書いたが、コメント欄では「沖縄タイムスにとっては早く死んでほしい人でしょうね「という声もあった。

まさか恫喝を受けた当事者の新川明氏が夜な夜な富村氏のわら人形に五寸釘を打ち付けていたとも思えないが・・・。

ご冥福をお祈りいたします。

以下は昨日の続編で、続沖縄タイムスを恐喝した男!究極の「転向者」富村順一に一部加筆してあります。

 
■究極の逆転向者ー富村順一■

前回、極左作家富村順一氏の恐喝に屈して『鉄の暴風』の記事を人目を避けるように削除した沖縄タイムスは、その歴史に致命的汚点を残した、と書いた。

口止め料として50万円を脅し取った上、タイムスの「穏便に」という願いを踏みにじって自著で「削除記事」を暴露し大儲けをした富村順一氏について今回も触れる。

大阪西成区に在住の元極左活動家、富村順一氏は、「集団自決裁判」には不自由な車椅子の体を押して大阪地裁まで来て、梅澤・赤松両元隊長の無実を訴え、大江に謝罪を求める文書を配布した。

左翼に襲われ車椅子生活に!

それまでの極左的発言から、ドラマチックな「転向」をし、原告側応援団の仲間入りした富村氏は、それまでの作家として、あるいは沖縄の「文化人」としての安逸な生活を失ってしまった。 

富村氏が「転向」の代償として受けたのは社会的経済的マイナスの他に、「裏切り者」として左翼集団による肉体的暴力だった。その結果現在車椅子生活を強いられている。

富村氏は、左翼集団の暴力により、手にも損傷を受け、原稿を書くことさえママならない状態であるという。

■富村氏が極左作家になった経緯■

富村順一氏は1930年5月3日、沖縄県国頭郡本部に生をうけるが、生来の反抗心から学校でトラブルを起こし小学校二年で放校となる。

15歳で終戦を迎えるが、戦後は窃盗、暴力行為と刑務所の出入獄を繰り返し、1955年保釈中にクリ舟で米軍統治下の沖縄を脱出し、奄美徳之島経由で島伝いに鹿児島に上陸する。

以後全国を放浪するがその間も犯罪を繰り返し、各地の刑務所の出入獄をくり返す。

1970年7月8日、「70年安保騒動」に刺激をうけ、「東京タワー占拠事件」を引き起こす。 

その日、富村氏は牛刀二丁を手に、たまたま東京タワー見学中の米人宣教師を人質にとり、タワー特別展望台を占拠して、次のように叫んだ。

「日本人よ、君たちは沖縄のことは口をだすな」

「天皇は第二次世界大戦で300万人を犠牲にした責任をとれ」

「沖縄の女性みたいに、正田美智子も売春婦になり、沖縄人民のためにつくせ」

結局、逮捕、起訴され、懲役3年の実刑を受けるが、公判中その過激な言動に共鳴した左翼弁護士の支援団体が結成され、獄中で弁護団と交した手紙が『わんがうまりあ沖縄」(富村順一著 拓植書房 1972年)として出版されることになる。

出版日が沖縄返還の日の直前という話題性と、特異な犯罪を起こした沖縄出身者という好奇の目もあったが、そのたどたどしい日本語の文体をそのまま校正なしに出版したことが読者の興味をそそり、この手の本には珍しく重版を続けベストセラーの仲間入りをする。

ちなみに同書の前書きには「富村公判対策委員会 富村順一手記編集委員会」の名で次のような解説が付いている。

○原文中、ら行とだ行の置き換えが、たとえば「やられる」が「やだでる」のように用いられています。これを17頁~35頁までの間のみ、ルビをつけ例としました。 それ以降は原文のままにしておきました。

○原文の漢字の誤用はカタカナに書きかえました。しかし、これはすべてではなく、誤解をまねくものを主にし、本人の原文中、カタカナで記されているものとの区別はつけません。

○送りガナはあえて統一しませんでした。

○原文中、促音がないものが大部ありますが、それも原文のままです。

○原文中、「   」の部分を傍点をつけ、「    」をはずしました。

支援弁護団と出版社の描いた「小学校もろくに出てない虐げられた沖縄人が書いた日本に対する抗議の書」、といったイメージは見事成功した。

同書の成功以後極左集団の支持を受け、次々とサヨクが狂喜するような過激なテーマの出版を続け、沖縄に戻っても沖縄タイムスを始めとする左翼メディアや左翼文化人にちやほやされ、講演会や執筆活動に追われるようになり、すっかり沖縄左翼のヒーロー的存在になる。

富村氏の著作を拾ってみても沖縄の左翼文化人が喜ぶような過激なそのタイトルが並んでいる。

『沖縄にとって天皇制とは何か』沖縄タイムス社 編。 沖縄タイムス社。 1976。 タイムス選書 

『沖縄戦語り歩き 愚童の破天荒旅日記』 富村 順一 編著。 柘植書房。 1995。

『沖縄戦に散った愛 天皇の押し花になった子供たち』 富村 順一 著。 JCA出版。 1982。

『隠された沖縄戦記』 富村 順一 著。 JCA出版。 1979。

『韓国の被爆者』 富村順一 著。 JCA出版。 1980。

『皇軍とアイヌ兵 沖縄戦に消えたアイヌ兵の生涯』 富村 順一 著。 JCA出版。 1981。

『最敬礼拒否の足跡 戦犯天皇を裁く』 富村 順一 著。 破防法研究会。 1974。

『十字架と天皇。 富村 順一 著』 たいまつ社。 1977。 (たいまつ新書18)。

『富村順一氏意見陳述集 「東京タワー事件」』 富村 順一 著。 富村公判対策委員会。 1971。

『もう一つのひめゆり部隊 -戦後沖縄の売春婦-』 富村 順一 著。 JCA出版。 1982。

『琉球慰安婦 天皇制下の闇の性』 富村 順一 著。 JCA。 1977。

『わんがうまりあ沖縄 富村順一獄中手記』 富村 順一 著。 柘植書房。 1972。

                   ◇

富村順一氏の人となり知るための参考に、本人を良く知ると思われる人物のネット記事を次に紹介する。

ニホンの夏を駆け抜けた三人との出会い(転載)

毎年この時期になるとなぜか三人の人間のことをおもいだす。ひとりは沖縄人であり、ひとりは日本人であり、そしてもうひとりは韓国人だ。ふたりはすでに故人となられ、もうひとりは消息が掴めない。▼最初に出会ったのは沖縄生まれの富村順一というヤクザものだった。二十代初めのころのことだ。どのような経緯から知り合うことになったか判然としないのだが、当時さかんにおこなわれていた新左翼系の集会の場ではなかったか。ごつい身体に野獣のような精気をみなぎらせ真っ黒に日焼けした四角い顔で手刷りのパンフをひとり頒布していた。パンフには『死後も差別される朝鮮人』というおだやかならざる表題が付いていた。好奇心から手にとってみた、そこには沖縄の離島のひとつで第二次大戦末期に日本軍によって島の住民多数が虐殺された事件のことが記されていた。そのなかには乳児までが日本軍によって斬り殺された在日朝鮮人一家・具仲会さんの名前があり、彼が訴えていたのは、そのことだった。「オレは沖縄人だが、在日朝鮮人は日本人に差別され沖縄人にも差別されている、住民虐殺のあったその島でも朝鮮人故に同じ虐殺遺族の人たちからも避けられてしまって居るんだ、二重三重の差別の実態をオレは告発したい」と富村はわたしに熱っぽく語りかけた。そうしたことからわたしも彼の運動に協力することになったのだった。▼沖縄出身のフリーライターの友人が居て彼もまた富村の主張に共鳴し参加した。やがて運動はひろがって、虐殺の地に無念の想いのままに死んでいった被害者たちの石碑を建てることになった。それはけして「慰霊の碑」ではない、むしろ死んでいった人びとの恨みを刻んだものであるべきだということになり、『痛恨之碑』と名付けることになった。

                   *

 
嘗て「東京タワ-事件」というのがあった。1970年7月8日の『朝日新聞』に「8日午前11時半ごろ、東京芝公園の東京タワ-特別展望台(地上250メト-ル)のエレベ-タ-前で、男が刃物を持ち『韓国人と20歳以下の者はおろしてやるが、日本人と、アメリカ人はおろさない』とわめいていると愛宕署に連絡があった。20人ほどいた客をエレベ-タ-で降ろしはじめたとき、男は新潟市の日本ル-テル教会宣教師ヒンズ・ダビテさん(39)のところへ男がかけより、ダビテさんの首に刃渡り20センチの包丁をつきつけた。愛宕署員が『刃物を捨てろ』と説得する一方で、さらに応援がかけつけ、約15分後にすきをみてとびかかり、警棒で包丁をたたき落とし、脅迫、銃刀法違反で逮捕した。調べに対し男は沖縄・本部東区富村順一(40)」と報じられていた。
1972年発行の富村順一公判資料『怨念は永遠に』によれば、事件当日の富村はシャツに「日本人よ君たちは沖縄のことに口を出すな」「天皇は第二次大戦で200万人を犠牲にした責任をとれ」と書いていたという。また、意見陳述では『天皇の娘である島津貴子や皇太子の妻美智子も皇后も、天皇や皇太子の前で米軍に強姦させてみたい」と述べたという。
 
私はこの資料を『青い海』大阪編集室で見た。編集長の津野さんから色々来と話を聞かされたが私には関心がなかった。あんなことで世の中が変わるのか、というのが正直な感想であった。大阪でも沖縄でも敬愛する先輩たちが富村裁判の応援に名前を連ねていた。
1974年発行の沖縄婦人連絡会議なるビラには「富村の女性解放への敵対を糾弾する、
また、白老出身のアイヌ・ウタリは「どうか我らウタリよ、この富村順一なるシャモ(蛆虫)にだまされないでください」などと富村への批判が続出した。
私は、1989年ごろ、大阪ナンバ高島屋前で富村順一を見かけるようになった。このとき貰った名刺には『新日本文学会/富村愚童」とあった。駅のタバコ自動販売機でピ-スを買ってあげると色々と話(「新川明の弱みをにぎっている」など)をしてくれたが、詳細は省く。数日後、富村は自分の本の宣伝をしながら、自分が載っているいる新聞記事(新聞名不詳)コピ-をくれた。新聞記事の題は「さがし続けた夏」で「富村順一、沖縄出身。62歳。かつて、新左翼から「反権力」の象徴にまつり上げられたことがある若いころは、ならず者だった。胸に骸骨、背中に竜の入れ墨がある。『骸骨の順』と呼ばれた。(略)
【おまけ】
沖縄タイムス・コラムに掲載された富村順一氏に関する記事。
1973年は沖縄返還の翌年である。
 

1973年6月22日http://www4.ocn.ne.jp/~toguchi/tomimura.html

  沖縄タイムス  唐獅子

  意識した熱狂を

 

わたしでないわたしが走り出し、ブレーキがきかなくなり、意味のわからないことを口走り、行動をとり始める。いま思うと、子どものころからその傾向があったが、政治運動に参加するようになってから、とみに顕著になった。

60年安保闘争のころ、学生大会や政治集会においてもそうであったし、市議会議員に立候補したのも、その後の諸々の闘争においても<いけない、いけない>とブレーキをかけても、暴走するのが常であった。 そんな自分に気付き、壁に<衆人みな酔い、われひとり醒めたり>と<闘いの中にあり、闘いの外に立つ>を貼ったが、結果はやはり狂気じみたものであった。

マックス・ヴェーバーが「職業としての政治」で述べている<政治状況への冷徹な厳しい認識><いかなるものにも挫折しない堅い意志>を持つ職業政治家(革命家)というものに、わたしは、羨望しつつも冷徹で透徹した頭脳による醒めた判断と行為、<白鳥の声など聞こえない(庄司薫)><狼なんかこわくない>といいきれるそのさまに、どうにもやりきれない嫌悪感と劣等感を抱く。

ところで、沖縄の政治(革命)家は、どうであろうか。憤死した謝花昇、「ズル顕」こと宮本顕治にまんまとやられた徳田球一、東京タワー占拠事件の富村順一、二宮尊徳像破壊の大城俊雄、皇居突入の沖青委、国会正門激突死の上原安隆、国会への爆竹投下の沖青同。彼らに共通した沖縄的なものがありはしないか。政治外の日常生活においても、衝動・唐突、大胆・狂気としか思えぬ行動をある日突然行う傾向を沖縄の民は多く持っているのではないだろうか。ロシア革命での作家ゴリキーの悲鳴に似た心やさしいひよわさ、私小説風にいえば、破滅型としかいいようのない傾向を沖縄の民は宿命的に持っているのではないだろうか。お人好し丸出しで痛々しい屋良朝苗知事、背伸びしながらシドロモドロな演説をする国場幸昌議員、両氏の演説の中に自分自身の類型を発見しない沖縄の民は少なくないだろう。

先日、石川県金沢市で富村順一氏から渡された小論文の題名が『浮んだ舟は走る』。わたしは中野重治の『歌のわかれ』を思い浮かべながら、「こんな歌をうたってはいけませんよ」といったが、富村氏の言動に自分自身の多くを見た嫌悪感がいわせたものだった。

さて、沖縄の民は、冷徹な立ち振る舞いなど出来ないのだから、貧乏くじ引き引き意識しながら、熱狂であろうではないか。

 

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タイムスを恫喝した男

2012-06-27 07:52:20 | 援護法と歴史捏造

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沖縄タイムスがいま、一番発言してほしくない人物。

かつて「識者」としてタイム紙の紙面を飾った男。

その人は、富村順一氏のことである。

         *

当日記が扱う話題は総じて沖縄に関するものだが、一時は今政局の中心になっている小沢一郎氏についてもしつこく追求したときもあったが、見かけの強面(こわおもて)とは似ても似つかぬ張子の虎で、敵前逃亡を得意とする臆病者だとわかり最近は無視してきた。

小沢夫人人の離婚暴露メールで、夫の小沢一郎氏は原発事故騒動のとき、真っ先に敵前逃亡していたと知り、さもありなんと1人納得していた。

小沢氏は敵前逃亡をする

やはり小沢は敵前逃亡!三権分立?笑わせるな!

 

最近は専ら「沖縄問題」に話題が集中しているが、沖縄問題と言っても、「PTA会費流用裏給与問題」、「八重山教科書問題」など、古くは「集団自決」等々と多岐に渡る。

特にこの数日、コメント欄が過熱した。 地元紙が黙殺している「ゼロ校時問題」(「PTA会費流用裏給与問題]に対し、読者が並々ならぬ関心を持っていると言うことである。 

その点当日記は沖縄2紙が地元紙としての責務を放棄したその穴埋めのいくらかは果たしていると自負する次第である。(一寸オーバー?笑い)

当日記の読者の意識が高いことは常々感じており、筆者もコメント欄から多くを学ばせてもらっている。

昨日のエントリーで数多い「集団自決」論争の登場人物のなかから、久しぶりに宮城晴美氏を回顧してみたら、コメント欄に珍しい登場人物の名前を見付けた。

現在も大阪でご存命の富村順一氏のことである。

宜野湾市よりさんのコメントです。

波乱の人・富村順一さんを思い出します。
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/9a156cfdf90ff1669ff827f1f8f2edba

http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/8129fdffddce65897665bd677bdf5ed2

その富村順一さんの口述の書き起こしです。
初めて読まれる方は、長いし途中で別な記事やコメントが挟まりますが、上方の「次のメッセージ」をひたすら辿ってください。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1143582&tid=a4a4a4ha4a4a4h4z9qbe
clga4xa5aba5a6a5sa5ha5c0a5a6a5sa1aa&sid=1143582&mid=68190


この口述の細かい時系列を突いて反論することで却下、遮断しようとする人もあるかと思いますが、手に入るあらゆる違う記録を地道に突き合わせることこそが、一次史料がない中で史実を探る方法。

慰霊の日にも当然働いている人々があり、国道から見えるパチンコ店の駐車場にはいつものように車がたくさんあり、スポーツの試合や地域の行事があり。
だからと言ってその人たちが皆、先人を思わないわけでもなく。
忘れずとも人生は続いていく、と思う。
実相がまだよく判っていない恨みつらみに縁取られた「沖縄戦を忘れない」が、恒久平和を担保するものでも、拡張の意図を持った他国を抑えることを担保するものでもない、とも思う。

当日記の古いエントリーをリンクして下さったのも嬉しいが、さらに驚くのは今では絶版となっている富村氏の著書を読んだというコメントである。 涼太さんのような古くから支援して下さっている意識の高い読者の存在や安仁屋正昭さんのようにデタラメな公的刊行物を自分の眼で確かめるような熱心な読者の存在には、そのうち狼魔人日記は「本文よりコメント欄の方が勉強になる」と噂が立ちそうである。(涙)

その亮太さんのコメントです。

<安仁屋正昭様
宜野湾より様

私も富村順一氏の「隠された沖縄戦記」は読みました。

「手に入るあらゆる違う記録を地道に突き合わせることこそが、一次史料がない中で史実を探る方法。」

仰るとおりです。
私もいろいろな沖縄関係の本を読んでいるうちに、たどり着いた結論は「集団自決に軍の命令は無かった」です。
それ以外にも、久米島のスパイ処刑の真実など、沖縄のマスコミが発狂すればするほど真実が炙り出されます。
戦場売春婦が、日本軍の強制だ。補償しろ。と叫べば叫ぶほどぼろが出ます。>
同じことですね。

          ☆

そこで本日は沖縄戦史の裏の登場人物・富村順一氏について回顧してみる。

現在「うらそえ文藝」第17号が県内外の話題を呼んでいるが、3年前の同誌第3号で、富村氏に触れた部分があるので、抜粋して引用する。

うらそえ文藝」(14号2009.5より)

星雅彦  上原正稔との一問一答   
 

 ―― 集団自決をめぐって ――  

(略)   

 星 そう、『鉄の暴風』の間違いに対しては、訴えるべきだろうし、抗議して謝罪させることだってできるはずだったのに…。

 上原 それについては次のような裏話がある。ある悪い奴がいて―― 富村という男が沖縄タイムスに何度も訪れ、執拗に賠償金を要求して夕イムスから金を受け取つたという。そのことを僕は八〇年頃にタイムスのある記者から聞きましたよ。

 星 悪いウチナーンチュ?

 上原 そういう奴が、沖縄タイムスを脅迫したんです。彼は梅澤さんが生きていることを嗅ぎつけて、それをネタに沖縄タイムスを脅迫して、賠償金を要求したんです。

 星 そんなでたらめなことを。

 上原 でたらめじやなくて事実です。「梅澤さんは生きている。これを書いたのは君たちの間違いだろう」というふうに沖縄タイムスに抗議したわけです。それでお金を要求して、士方なく五〇万円を沖縄タイムスは渡したわけです。これは有名な裏話ですよ。


 星 その男に渡したんですか。それ本当の話ですか。立証できますか。

 上原 間違いない。彼はあくどい点でも有名な男ですから。

 星 生きているのに、慰安婦と一緒に死亡とは、悪意さえ感じられる。

 上原 梅澤さんは要求など、そんなことはしない。タイムスの昔の記者だったらたいてい知ってしいますよ。宮村という男がタイムスに抗議して、梅澤隊長が慰安婦と一緒に死んだという文章を削らせたのです。この削除にはそういう背景があったということです。

 星 そうすると、一九七○年に東京タワー事件を起こして、アメリカ人の神父を人質にして昭和天皇を処刑台に送れ!と叫んだあの富村順一ですね。それにしても彼がタイムスへの謝罪要求をしたとは・・・。

 上原 とにかくはっきりしてるのは、梅澤さんは現在も九一歳でとても元気だということですよ。

 星 それからこの裁判で、証言者たちが前言を翻して、逆な発言をするのも不思議な現象だ。例えば、宮城晴美さんのお母さんの宮城初枝さん、以前は宮平初枝さんだが、その人が軍命につぃて嘘の証言をしたこことを告白したのを、娘が後でまた裏返してあの告白は嘘だったという経緯がある。その上、戦後生まれの宮城晴美さんは自分の証言の真実性を訴えたりする。また、二重の虚言的な操作をする人が出てきたこりして、非常に疑心暗鬼になる。ただ、住民が本当のことを言えなくて、奥歯にものの挟まったような状能で証言するのを、私は数人から何度も感じてきたわけです。
 
 また、四〇年ほど前に渡嘉敷島と、座間味島に宿泊して、私は当時の村長と駐在巡査と宮城初校に会って話を聞いたわけです。そのとき何かしっくりせず隠しているなと感じたものです。隊長命令があったとは誰も言わなかったし、なかったとも言えないふうに、非常に曖昧だった。私は七一年の「潮」に「集団自決を追って」という文章を物語風に書いたけれど、わざとぼかして書いた。ある程度の確信はあったが、あの私の逃げ口上的な表現に対しては、今でも忸怩たるものがある。(略)

             ☆

星雅彦氏は、若いころ誰よりも早い時期に集団自決の聞き取り調査をした。 その経験を雑誌に書いたが、「(隊長命令がなかったことは)ある程度の確信はあったが」「わざとぼかしたて書いた」ことを次のように反省している。

「あの私の逃げ口上的な表現に対しては、今でも忸怩たるものがある。」と。

そしていま、歴史捏造を企てる勢力に対し「村八分」を覚悟で敢然と立ち上がった星雅彦。

そして琉球新報に対し「言論封殺」の戦いを挑んでいる上原正稔氏。

お2人の勇気ある言動に、最近とんと見かけなくなった侍(サムライ)の面影を見ることが出来る。

上記の「うらそえ文藝」の対談を見た芥川賞作家の目取真俊氏が自分のブログでいちゃもんをつけた。

相変わらずの無知丸出しのコメント対し、からかう意味のエントリーをしたのがこれ。

富村証言の衝撃!沖縄タイムスを恐喝!

以下は過去エントリーに一部加筆したものである。

■恐喝された沖縄タイムス■

沖縄在住の芥川賞作家目取真俊氏が自ブログで、係争中の裁判の判決文を誇らしげに引用し、「うらそえ文藝」の上原氏の発言を批判して「裏事情を知っているだけで、判決文も読まないものが口出しをするな」といったニュアンスの文を書いている。

『鉄の暴風』を訴えなかった理由

ところが判決文では触れていない「裏事情」を、これ以上発言されると一番困るのは沖縄タイムスであり、その意味では同じ立場に立つ目取真氏が沖縄タイムスの意を受けて星、上原両氏に、判決文全文を読んでいないことを盾に、発言を封じようと画策していることは容易に想像できる。

目取真氏は、沖縄タイムスが富村順一氏に恐喝され50万円支払ったことを、大した問題ではないといった書き方をしているが、これは読者の目を欺くためのごまかしに過ぎない。

富村氏の恐喝は沖縄タイムスにとって二つの意味で大きな汚点、いや、新聞社としては致命的ともいえる大きな打撃である。

先ず恐喝した富村氏は、過去に沖縄タイムスから著書を出版したり寄稿をしていたタイムスにとっては重宝な左翼作家であること。

つまり富村氏沖縄タイムスの紙面をにぎわす「識者の1人」だったのである。

そして恐喝の理由が、問題の書『鉄の暴風』の記事削除であり、沖縄タイムスは実際削除に応じたこと。

しかも恫喝された事実を沖縄タイムスは闇から闇へ葬ろうとした。

恐喝を受けた当事者の新川明氏(元沖縄タイムス社長)が、「うらそえ文藝」の当該記事を見て立腹し、何らかの対抗手段を打つと息巻いていたが、結局この事件には沖縄タイムスOBを含む複数のの証言があるというので、問題化することを諦めたと聞く。

そして脅し取った50万円は、当然タイムス社からの出費だが、その出金名目は「原稿料」とした、という生々しい証言もある。

さらに恐喝した当人の富村氏が78歳の高齢ながら現在も大阪でお元気であることも沖縄タイムスが対抗手段を打つことなく沈黙を守る理由だという。

目取真氏はタイムスが恐喝されたことの真偽を同社に問い合わせ、それが事実だと知って愕然としたのではないか。

そこであのような目くらまし記事を書いて「沖縄タイムスが恐喝に屈した」という「うらそえ文藝」の告発を、「矮小化」(左翼の得意の表現)し、星、上原両氏のこれ以上の発言を封じ込めようとしているのではないか。

まさに、沖縄版・言論封殺魔の面目躍如である。

■証言の信憑性■

「集団自決訴訟」の特徴は、60数年前の体験者の証言と、

数十年前に彼らに聞き取り調査した人物の記録、

という極めて曖昧な要素のある証拠物を根拠に争われているという点である。

しかも数十年前に聞き取り調査に応じた体験者も大半は鬼籍に入ってしまった現在、

彼らが残した記録に「思い違い」や「勘違い」などがあったとしてもそれを本人に確認する術はない。

いや、その聞き取りをした人さえ「聞き違い」などが考えられるが.、聞き取りした人にも既に物故した方がいて、この問題の検証の難しさを倍化させている。

証言者がその時、その場所にいたからといって、その証言を無条件で信じることは出来ない。

■証言者のバックグラウンド■

アリバイ証言を求める場合、家族や、親族の証言がその信憑性を疑われるように、証言者のバックグラウンドが証言に及ぼす影響を無視することはできない。

ここで「集団自決訴訟」に登場する証人をそのバックグラウンドによって、大きく二つに分けてみる。

①本人または近い親族が「援護金」を受給している証人

②「援護金」とは無関係な証人

この二種類の証人は夫々同じような証言をするという特徴を持つ。

①の証人は金城重明氏や、宮里春子氏、宮村幸延氏のように「軍の命令があった」と証言しているのに対して、

②の証人は宮平秀幸氏のように「軍命令はなかった」と証言している。

通常の刑事裁判ならこの時点で「援護金受給」という経済的バックグラウンドを考慮すれば、①の証言は信憑性に欠けるとして却下されてしかるべきである。

だが、奇怪なことに「集団自決訴訟」では①の証言はほとんどそのまま採用されている。

その一方で、②の「援護金受給」に無関係な人びとの証言はことごとく虚言として却下されている。

■証言者のプラス派とマイナス派■

裁判には集団自決当時、現場にいなかった戦後生まれの学者や関係者も多く登場するが、彼らはその「証言」が経済的、社会的に見て本人にプラスかマイナスかによって二つに分類できる。

①プラス派⇒宮城晴美氏、林博史、安仁屋政昭、大城将保、石原昌家など

②マイナス派⇒照屋昇雄、星雅彦、上原正稔

外にも①の【プラス派】には高校教師から琉球大学教授に駆け上がった、高嶋伸也氏や元県知事で沖縄戦戦記本を多数出版した太田昌秀氏などの大物もいるが、

中でも宮城晴美氏は、那覇市役所の臨時職員だったのが『母の遺したもの』を出版した後、わずか三カ月足らずで那覇市歴史博物館の主査のポストを得て、

その後は女性史研究家の肩書きで新聞その他の団体から講演会等で引く手あまたの地元知名士になり、母校の沖国大では講師を努めていると聞く。 

更には琉球大学に博士論文提出中というから高嶋教授の後釜でも狙おうかというほど社会的にも経済的にもプラス派の代表者であろう。

おっと、教科書執筆者の高校教師・坂本昇氏なども①の【プラス派】の代表だろう。この方も沖縄では有名人になって沖縄の大学のポストを狙っているとか。

 

一方、②の【マイナス派】の証言者が少ないのは地元のマスコミが証言しても取り上げないせいもあるが、

経済的、社会的にマイナスになるなら、でしゃばって証言するより沈黙を選ぶのは人間の常なので、人数が少ないのも仕方がない。

例えば、戦後早い時期に現地で聞き取り調査をした、照屋昇雄さんなどは、「軍命があった」と証言しておれば地元ではチヤホヤされ、各地で集団自決の重要証人として執筆や講演会などを請われ、社会的にもプラス面が多かったはずだが、

「軍命はなかった」と証言したばかりに嫌がらせなどを受けた。 いや現在も受けているときく。

照屋さんの場合も当然マイナス面ばかりである。

最近『うらそえ文藝』で沖縄タイムスに捏造記事の訂正と謝罪を要求した、星雅彦氏と上原正稔氏が、その後沖縄の文壇から締め出され兵糧攻めに遭っていると聞くが、これも証言したための典型的なマイナス面であろう。

■富村順一・・・・・最大のマイナス派証言者■

もう一人、最大のマイナスを被った証言者がいる。

自ら座間味島を訪問し、聞き取り調査をした結果、これまでの極左的言動から一変し、沖縄タイムスの『鉄の暴風』のデタラメな記事を批判する側に「転向」した富村順一氏こそ、「転向」で最も激しいマイナスを被った人物だろう。

富村氏については改めて詳しくエントリーしたい興味ある人物だが、ここでは概略を述べる。

富村氏は、沖縄返還の前年、天皇糾弾を叫んで東京タワージャック事件を起こし逮捕された。 服役中、彼を支援する左翼弁護団と交した獄中記がベストセラーになり、出所後は「作家」として生計を立てるようになる。 

勿論出版物の内容は左翼弁護団が「天皇糾弾・反日・沖縄人」というキーワードでおだて上げたせいか、

『棄民・戦争・天皇』とか『皇軍とアイヌ兵』といったいかにも左翼が喜ぶタイトルで10冊ほど出版するほどの売れっ子作家になる。 

沖縄では沖縄タイムスを始め、出版社と新聞社からの原稿依頼が殺到し、沖縄の知識人・文化人から大歓迎をされ、さらに、各大学、各地で講演することもあった。 

そして沖縄タイムス刊『沖縄にとって天皇制とは何か』(1976。 タイムス選書)の執筆者の一人にもなる。

ところが座間味島で聞き取り調査をしているうちに、『鉄の暴風』の余りのデタラメさが徐々に発覚し、流石の極左が売りものの富村氏も、沖縄左翼の捏造体質にあきれ返ってしまう。 

特に「朝鮮慰安婦と不明死した」と侮辱的に書かれている梅澤元隊長は存命、という情報を島の古老から得て、富村氏は梅澤元隊長探索の旅を開始する。

元隊員や多くの人を辿って大阪で警備会社の重役をしていた梅沢氏と大阪で会うことになる。 その頃は未だ『鉄の暴風』には梅沢氏の「死亡記事」が平気で記載されていた。

富村氏の慶良間島取材後に「梅澤生存」を記した『隠された沖縄戦記』をするのだが、その出版年(1979年)から判断して1978年ごろのことである。 

その後30年経って梅澤氏は「集団自決訴訟」の原告の一人になるわけだが、その時は『鉄の暴風』の存在さえ知らなかったようだ。

梅澤氏は、作家というより刑務所を出たり入ったりのヤクザ者といった方が似合う富村氏に梅田の居酒屋に呼び出され、二人は酒を酌み交わしながら座間味島のことを語り合った。

そのとき梅沢氏はこう語った。

「確かに悲惨な島であった。私は自決命令を出していない。 だが、私が自決命令出したとして公表されれば、助かる島の人は一杯いるでしょう。 またお金も降りるでしょう。それでいいんじゃないでしょうか。もう終わったことです。」

「私は自分が悪者になってもいいよ。座間味は大きな犠牲を出したんだから、自決した人もいる。 私は生きのびて、こうやって生きのびているだけでありがたい。それから考えると、あまり重視する問題じゃない」(富村順一著『沖縄戦語り歩き』拓植書房1995年』)

富村氏は梅澤氏の言葉に大きなショックを受け、沖縄の論壇から総スカンを食う覚悟で『隠された沖縄戦』を出版し、沖縄タイムスの歪曲報道を暴露する。

通常のパターンだったら沖縄人が沖縄戦記を出版した場合、沖縄マスコミは揃って宣伝記事を書くものだ。

だが、『隠された沖縄戦』の場合、沖縄マスコミ、知識人、文化人は皆これを黙殺し、沖縄の書店でもこれを販売するものはほとんど無かった。

従って富村順一氏のことを知る沖縄県人は、左翼文化人と古い記者以外ではほとんどいないし、富村氏が沖縄タイムスに乗り込んで恐喝した話など知る人は少ない。(タイムスを恐喝した話は『うらそえ文藝』に詳しい)

何よりも不可解なのは、『鉄の暴風』で「死亡記事」を書かれた「悪鬼のような梅澤元隊長」が生存していることが判明したのだから、

新聞にとっては重大ニュースであり一面トップで扱ってもおかしくなかったはずだ。

だが、実際は『鉄の暴風』から該当記事をソッと削除しただけで、タイムスも新報もこの重大ニュースを報道することはなかった。

それ以降、富村氏はあれほどチヤホヤされていた沖縄マスコミからも干されてしまい、多くの出版物も今ではほとんど絶版になっている。

おまけに左翼集団に襲われ重傷を負って車椅子生活を余儀なくされるのだから、富村順一氏ほど「転向」によって損害を被った人物もいないだろう。

富村順一氏は、沖縄マスコミの徹底した黙殺により、沖縄では忘れ去られた沖縄戦記作家であり、元極左活動家であり、そして「転向者」でもある。

従って現在「集団自決」に興味を持つ人でも、その名を知る者は少ない。

『鉄の暴風』から「梅澤死亡」の記事が削除されるのは、出版後30年経過した1980年になってからだが、沖縄タイムスはその年にはどうしても「削除版」を発行せねばならぬ理由があった。

それは、富村氏が削除の件でタイムスを恐喝しただけでなく、前年の1979年発行の自著『隠された沖縄戦』で、梅澤氏が生存している事実を書いて『鉄の暴風』の捏造体質を暴露していたからである。

富村氏が「梅澤生存情報」を使ってどのように50万円を脅し取ったのか。 

おそらくは沖縄タイムスが、「そのうちソッと削除するから、騒ぎ立てないでくれ」と口止めの意味で50万円を支払ったのであろう。

だが、富山氏は50万円を脅し取った上、口止めどころか自著でも暴露して大儲けした。

ちなみに当時の50万円は現在の500万円に相当するという。

富村氏も良くやるね。

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慰霊の日に、決まって出没する宮城晴美氏

2012-06-26 08:17:46 | 援護法と歴史捏造

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毎年夏が来ると沖縄のメディアは集団発狂をする。

6月23日の慰の日から8月15日の終戦記念日にいたる数ヶ月間、沖縄の新聞から沖縄戦関連の記事が消えることは無い。

記事とはいっても、粛々と沖縄戦の事実を戦没者の鎮魂記事として報道するならともかく、一連の沖縄戦の記事は「発狂」といういささか下品な表現でしか、その狂乱報道を言い表すことは出来ない。

一面トップや社会面トップ、時としては2ページに渡る狂ったような大見出しを、当日記のような個人ブログが表現するとしたら、「発狂」という下品な言葉でも使わなければ仕様が無い、・・・いや「発狂」でも言い足りないくらいだ。

そして慰霊の日前後になると必ず登場し、講演会などでメディアに顔をみせるのが宮城晴美氏である。

最近しばらくその名を聞かないと思っていたら、24日のQABテレビでお仲間の高嶋伸欣琉球大学名誉教授と2人の顔を見たので、調べたらこんな催しに参加していたようだ。

沖縄大学 教養講座で平和教育を考える QABテレビ
これからの平和教育のあり方について考える教養講座が、6月24日、沖縄大学で開かれました。基調講演で、沖縄大学の加藤彰彦学長は、戦争の本質が国家に服従し、自分の判断力を失くしていくことにあると指摘。

「受験戦争」や「就職戦線」という言葉など、日常生活にも戦争の論理が浸透しているとして、自分自身で考え、一緒に語り合えることが保障される社会をつくることが、これからの平和教育を考えていく上で、重要だと訴えました。

また、沖縄固有の文化や歴史が、廃藩置県やアメリカ統治によって奪われ続けてきたとして、それらをどのように取り戻し、次の世代に継承していくかが今後の沖縄の課題だと話しました。

            ☆

「受験戦争」や「就職戦線」という言葉など、日常生活にも戦争の論理が浸透しているとして

本土で食い詰めた左翼学者の掃き溜めが沖縄の大学と相場が決まっているが、加藤学長は「平和学習」の一環として戦前のように言葉狩りでもするつもりなのか。

「受験戦争」⇒「お受験の争い」

「就職戦線」⇒「お就職の争い」

とか。(爆)

沖縄大学の土曜教養講座には筆者も何度か参加した事があるが、今回は多忙に紛れてビッグトゥーが参加する500回記念講座だとは知らず参加できなかった。

沖縄大学のHPから内容を拾うと、こんなことを行ったようである。

*********************第497回沖縄大学土曜教養講座********************

           土曜教養講座500回記念〈復帰40年〉シリーズ  
          日本平和学会2012年度春季研究大会開催校企画 
             「沖縄における平和教育の課題と展望」



【日 時】6月24日(日)14:30~17:00(14:00会場)

※当初6月23日(土)を予定しておりましたが、諸事情により6月24日(日)に日程を変更して開催いたします。
 急な変更でご迷惑をお掛けいたしますがご了承下さいますよう宜しくお願いいたします。

【会 場】沖縄大学 本館 1階 102教室

【第一部】記念講演

     「沖縄の平和と子ども」 加藤 彰彦(沖縄大学学長)

【第二部】シンポジウム

     「沖縄平和教育の新地平」 高嶋 伸欣(琉球大学)

     
     司 会:里井 洋一(琉球大学)

     パネリスト:北上田 源(アメラジアンスクール沖縄)
         普天間 朝佳(ひめゆり平和祈念資料館)
         宮城 晴美(沖縄大学)  


【聴講料】300円(予約不要)

【Ustream】http://goo.gl/SI0i1

     インターネット上のUstreamにて生放送で配信いたします。会場に足を運べない皆様に、ご覧頂ければ幸いです。

【主 催】沖縄大学地域研究所

【共 催】日本平和学会
    

-----------------------------------------------------------
 <お問い合わせ先>
    沖縄大学地域研究所
      電 話:098-832-5599
      F A X :098-832-3220
      e-mail:chiken@okinawa-u.ac.jp

― 趣 旨 ―

岐路に立つ沖縄の平和教育。
 沖縄戦や米軍統治の歴史、基地問題等について、どのように教え、どのように伝えることができるのか――沖縄の未来像をどのように描き、どのような平和を想像/創造するのか、それは、未来を担う子どもたちをどのように育てるのか、という課題に深く関連している。
 の節目に、沖縄の平和教育を振り返り、実践の最前線を学び、ともに語り合おう。今こそ、平和教育に真正面から向き合うとき!

           ☆

参加しそこなったのを悔やんでも仕方が無いので、久しぶりに宮城晴美氏と援護法の関係を回顧して書いてみる。

ここでひと言いわせてもらうと、沖縄戦関連で集団自決の証言者である宮城晴美氏や援護法について書こうとしたら当然過去に引用した資料について言及せざるを得ない。 場合によっては過去に自分の書いたエントリーを再現する事だってありうること。
 
これを否定し全く新しい資料をもとに書けといっても、それは無いものねだりと言うものである。
 
そう、現在係争中の「パンドラの箱掲載拒否訴訟」のキモはここにあるのである。
 
つまり、琉球新報は同紙に長期連載中の沖縄戦記「パンドラの箱が開く時」を、掲載日の直前になって掲載拒否した理由を、以前と同じ資料を引用したからと主張しているのである。
 
琉球新報の主張がいかに馬鹿げているかは、一番の当事者である前泊博盛沖国大教授(当時の担当記者)が証人決定の直前になって出廷をドタキャンしたことだけでも自明である。
 
 
さて、宮城晴美氏だが、「11万人集会」の行われた2007年にも講演会を行っていた。

「集団自決」の証言者  宮城晴美さん講演

以下は当時(2007年)のエントリーを編集したものである。

 

6月23日の慰霊の日の地元紙のフィーバーは例年を上回る異常ぶりだった。

「集団自決」で「教科書検定意見撤回」を叫ぶプロ市民運動と地元サヨク学者は強力タッグを組んだ。

それを地元マスコミが後押し、と言うよりむしろ主導した。

マスコミに煽られて、県内の各市町村議会が次々と「検定意見書撤回」が議決され、

ついには県議会まで反対決議をするという前代未聞の事態にまで発展した。

教科書問題と慰霊の日を結びつけたサヨク・メディアの思惑通りの結果だった。

慰霊の日の報道で、地元マスコミは得意満面で電子号外まで出した。→電子号外(PDF、1.4MB)

                    *

同じ日に「沖縄集団自決冤罪訴訟」の証拠にもなっている『母の遺したもの』を出版した宮城晴美氏も講演会を開いた。

それを報道する琉球新報の大見出しは次のとおり。

宮城晴美さん講演

<自著「誤解されている」>  

連合、平和オキナワ集会

惨劇を 事実を 次代へ

「岩波書店と大江健三郎さんが訴えられている裁判があります。それは私の書いた本がもとになりました」。

座間味村出身で座間味島の「集団自決」について記した『母が遺したもの』の著者、宮城晴美さんが23日、那覇市民会館で開かれた2007平和オキナワ集会(日本労働組合総連合主催)で講演した。

この中で、宮城さんは、「本が誤解された面がある」と切り出し、「集団自決」への軍命の有無にかんして「助役に関しては家族に『軍命が下った』とはっきり言っている」と注目される発言をした。

「集団自決」軍命 訴え継続を強調

宮城さんは「役場職員をしていた母は、助役、学校長、収入役、伝令と五人で梅沢隊長のところへ行った。 助役が『これから住民を玉砕させるので爆弾を下さい』と言ったら(隊長は)しばらく考えて『一応帰ってくれ』と言った。 母の目の前では帰ってくれ言ったけど、実際に助役は家族の所に行って『隊長から命令がきた、これから死ぬよ』と述べた。

「戦後、梅沢元隊長が自分の名誉挽回のためいろんな行動を取ってきて住民が二分された。 母も亡くなる前に『目の前に彼が立っている』と苦しんでなくなった。 私は、母は最期まで戦争で殺されたと思っている」と深い悲しみの表情を浮かべた。(以下略)(琉球新報 2007年6月24日)

                     ◆

県内で9月出張法廷 岩波集団自決訴訟
 沖縄戦で「日本軍の指揮官の命令で慶良間諸島の住民が集団自決した」とする本の記述は誤りで、名誉を傷つけられたとして、当時の指揮官と遺族が、出版元の岩波書店と作家の大江健三郎さんに本の出版差し止めと損害賠償などを求めている訴訟の第9回口頭弁論が25日、大阪地裁(深見敏正裁判長)であった。今回も被告、原告双方が「集団自決」に対する「軍命」の有無について主張を展開。9月10日に沖縄で出張法廷を開き、当時「集団自決」を目の当たりにした金城重明沖縄キリスト教短期大学名誉教授の証人尋問を行うことが決まった。
 次回7月27日には、座間味島での「集団自決」について原告、被告双方が主張の根拠として引用している「母の遺したもの」の著者で女性史研究家の宮城晴美さんと、当時渡嘉敷島の守備隊中隊長だった皆本義博氏、同隊副官だった知念朝睦氏の3人の証人尋問を行うことも決まった。
 弁論で岩波書店側は、原告が座間味島での「集団自決」は村の助役の命令だったと主張していることに反論。当時の助役の家族の証言などを新たに証拠として提出し「日本軍から米軍上陸時には自決するようあらかじめ命令されていた助役が、自決のため忠魂碑前に集合するよう住民に軍の命令を伝えた」などと当時の様子を明らかにした。
 元指揮官ら原告側は「これまでの被告の主張は、防衛隊などが住民に手りゅう弾を渡したから命令があったと評価するにすぎないものや、命令の主体を特定しない『広義の命令』説であり、原告らが命令を出した張本人とする立証から逃げている」などと主張した。

(5/26 9:59)

                     ◇

「本が誤解された面がある」

母が遺した「真実の証言」を出版し、それが「反対派」の裁判証拠とされた。

これがもとで「集団自決に軍の命令は無かった」と立証されては困るのが県内メディアで活動する宮城晴美氏の苦しい立場。

義理と人情の板ばさみならぬ、「母の遺言」と「平和運動」の板ばさみに悩む宮城氏の立場にはご同情を申し上げる。

「本が誤解された面がある」というのが精一杯。

実は本の内容は「集団自決生き残った母の証言で、『軍命令は無かった』というのが真実です」と記述されている。

だが講演では、どうしてもそうは言えない。

それを言ったら「平和運動」に水をさすことになる。

 母の遺したもの【立ち読みコーナー】 http://www.koubunken.co.jp/0250/0249sr.html
著者
宮城 晴美(みやぎ・はるみ)
1949年、座間味村に生まれる。『沖縄思潮』編集委員会、沖縄の総合月刊誌『青い海』の記者、編集者を経て、フリーランスライターに。県内外の新聞、雑誌に寄稿する傍ら、『座間味村史』(上・中・下巻)の執筆・編集に携わる。現在、那覇市総務部女性室に勤務し、『那覇女性史』の編纂事業を担当。沖縄の基地問題に取り組む「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」会員。


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■「約束」から一〇年(まえがき)

 私の母・宮城初枝は、一九二一(大正一〇)年七月、慶良間諸島の一つ、座間味島に生まれました。太平洋戦争末期の沖縄戦でいち早く米軍に上陸され、住民の「集団自決」が起こった島です。当時二四歳で、村の役場に勤めていた母は、女子青年団員の一人として座間味島駐留の日本軍と行動をともにし、米軍との銃撃戦に巻き込まれた経験をもちますが、さらに「集団自決」の“当事者”でもあったと言えます。

 一〇年前、母は、「いずれ機会をみて発表してほしい」と、一冊のノートを私に託し、その半年後、六九年の生涯を閉じてしまいました。字数にして四百字詰め原稿用紙で約百枚、自らの戦争体験を日を追って具体的につづったものでした。
 実は母は、このノートに書いた大部分のことはすでに発表していました。まず一九六二年、雑誌『家の光』の懸賞募集に応募した手記が入選し、翌年、同誌四月号に掲載されました。さらにその手記は、それから五年後に出版された『沖縄敗戦秘録──悲劇の座間味島』という本(私家版)に、「血ぬられた座間味島」と題してそのまま収録されていたのです。
 母はこの『悲劇の座間味島』と、ノートを私の目の前に開き、どこがどう違うのか説明をはじめました。事実と違う、あるいは書けなかったことを、今回は書いたという部分が八カ所ありました。村の指導者の行動や、自らが米軍の「捕虜」となったときの取り調べの内容など、本には載ってないことが具体的につけ加えられていました。
 とりわけ、本に収録された手記にあった、当時の座間味島駐留軍の最高指揮官、梅澤部隊長からもたらされたという、「住民は男女を問わず軍の戦闘に協力し、老人子供は村の忠魂碑前に集合、玉砕すべし」の箇所の削除を指示する母の表情には、険しさが感じられました。「座間味島の“集団自決”は梅澤裕部隊長の命令によるもの」という根拠の一つとされ、母の戦後の人生を翻弄した数行だったのです。

 事実はそうではなかった。母は自分の“証言”がもとで、梅澤元部隊長を社会的に葬ってしまったと悩み、戦後三五年経ったある日、梅澤氏に面会して「あなたが命令したのではありません」と〝告白〟しました。しかしそのことが思わぬ結果を招き、母は心身ともに追いつめられることになるのです。
 改めて事実を記した手記を出版することで、母は“証言”をくつがえそうとしました。しかしそれだけでは、また別の意味で誤解を生じさせかねません。そこで母は、私にノートを手渡しながら、「これはあくまでも個人の体験なので、歴史的な背景や当時の住民の動きを書き加えてから発表してね」と言い、私も軽く引き受けたのです。でもその時は、そんなに早く母が逝ってしまうとは、夢にも思いませんでした。

 それにしても、なぜ母は事実と違うことを書かなければならなかったのか。また事実を〝告白〟したことで母に何があったのか──。それを調べていくうちにわかったことは、「国家」の戦争責任は不問に付され、戦後の何十年もの間、〝当事者〟同士が傷つけあってきたということでした。
 結果的に母は、「事実はこうだった」と明確にせず、ある意味で責任を果たさないまま鬼籍に入ってしまいました。しかし、戦後なお“終わらない戦争”を引きずって生きた母の遺したものを、戦後世代の私が“追体験”し、ここに「新しい証言」として公刊することで、「母の償い」に代えられるのではないかと思っています。
 一二月六日は母の命日です。今年でちょうど一〇年、やっと母との約束を果たせそうです。そしてなによりも、座間味島における日米の戦いで尊い生命を奪われ、中途で人生を断たれた多くの人々の供養になればと願っております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・                    

自分の虚偽の証言が梅沢元隊長の人生を破壊してしまったことを知り故宮城初江さんはことの重大さに気づく。

そして自分の“証言”を悔いた。

真実の告白を決意するが「反対勢力」との狭間で悩んだ。

「真実の告白」を自筆のノートに遺して娘の宮城晴美氏に託して他界する。

 

>なぜ母は事実と違うことを書かなければならなかったのか。また事実を〝告白〟したことで母に何があったのか─

違うことを書かなければならなかった」というのはノートに書き遺した「真実」のことでは無い。

文学少女だった初江さんが、後世こんな大事(おおごと)になるとは考えもせず、ローカル誌「家の光」の懸賞文に自分の「戦争体験記」として応募した「(口裏あわせした)“違うこと”」のことをさす。

本人にとっても梅沢元隊長にとっても不幸なことに、応募した「戦争体験記」は入選し、同誌に掲載されてしまった。

それから“違うこと”が本人の意思とは関係なく独り歩きを始める。

この辺の事情を『母の遺したもの』の著者宮城晴美氏は次のように説明している。

≪母はこれまでに座間味島における自分の戦争体験を、宮城初枝の実名で二度発表している。まず、1963年発行のの『家の光』4月号に体験実話の懸賞で入選した作品「沖縄戦最後の目」が掲載されたこと。それから5年後の1968年に発行された『悲劇の座間味島-沖縄敗戦秘録』に「血ぬられた座間味島」と題して体験手記を載せたことである。
ではなぜ、すでに発表した手記をあらためて書き直す必要があったのかということになるが、じつは、母にとつては“不本意”な内容がこれまでの手記に含まれていたからである。
「“不本意”な内容」、それこそが「集団自決」の隊長命令説の根拠となったものであつた。≫

◆母の遺したものhttp://www.zamami.net/miyagi.htm

 

亡き母が良心の呵責に耐えかねて書き遺した手書きの遺書とも言うべき手記。

母の遺志を継いで『母の遺したもの』としてこれを出版した宮城晴美氏。

だが、沖縄の異常な言論空間は、宮城氏を県内の対立意見の狭間に立たされることになる。

県内メディアで生きる宮城氏は、皮肉にも母と同じ苦しい立場を辿ることになる。

宮城氏が「沖縄集団自決冤罪訴訟」の原告側の『証拠』を出版していながら、一方では被告側の「証言者」になると言う「ねじれ現象」を本人が一番苦にしていると推察する。

この「ねじれ現象」こそ「集団自決」問題の象徴でもある。

座間味島の集団自決から33回忌(32年後)に当たる昭和52年3月25日、宮城初枝さんは娘に「梅澤隊長の自決命令はなかった」ことを初めて告白した。 事実は、梅澤隊長のもとに自決用の弾薬をもらいに行ったが断わられ追い返されていたのである。集団自決の命令を下したのは、梅澤隊長ではなく、村の助役だった。

では、なぜ村の長老たちは宮城さんにウソの証言をさせたかといえば、厚生省の方針で、非戦闘員が遺族年金など各種の補償を受けるには単なる自決では足りなく、軍の命令があった場合にだけ認められるという事情があったからだ。座間味村(そん)の遺族が国から補償を受けるためには、ウソでも軍の命令で集団自決したという証言が必要だったのだ。

その後、宮城初枝さんは梅澤隊長に面会して謝罪し、命令を下した助役の弟も梅澤隊長が無実であることを証言する念書を梅澤氏に手渡した。こうして座間味島では、住民側の証言によって梅澤隊長の命令はなかったことが証明されたのである。(「沖縄の集団自決『軍命令」』は創作だった」より抜粋)http://www.jiyuu-shikan.org/tokushu2_fujioka.html

            ☆

1995年(平成7年)6月23日付沖縄タイムスは宮城晴美氏の手記を「母の遺言」として3回に渡り掲載した。



母の遺言(上) 母の遺言(中) 母の遺言(下)
母の遺言 (上)    母の遺言 (中)    母の遺言 (下)

 

そのなかの「母の遺言(中)」で、宮城晴美氏は、集団自決における軍命と援護法の関係について赤裸々に真相を語っている。」


切り取られた"自決命令"

「玉砕」は島民の申し出

援護法意識した「軍命」証言

宮城 晴美

母は、どうして座間味島の「集団自決」が隊長の命令だと書かなければならなかったにか、その真相について私に語りだしたのは、確か一九七七牢(昭和五十二)だったと思う。

戦没者の三十三回忌、いわゆる「ウワイスーコー」と呼ばれる死者のお祝いを意味した最後の法事があると私は聞き、「島の人は何を孝えているのだろう」という気持ちから座間味島の取材に出かけたときのことである。

「援護法」とのはざまで

話は一九五六年(昭和三十一)にさかのぼった。

沖縄への「援護法」(正確には戦傷病者戦没者等遺族援護法)の適用を受け、座間味村では一九五三年から戦没者遺家族の調査が着手されていたが、それから二年後、村当局は、戦争で数多く亡くなった一般住民に対しても補償を行うよう、厚生省から来た調査団に要望書を提出したという。

この「援護法」は、軍人・軍属を対象に適用されるもので、一般住民には本来該当するものではなかった。

それを村当局は、隊長の命令でで「自決」が行われており、亡くなった人は「戦闘協力者」として、遺族に年金を支払うべきであると主張したというのである。

つまり、国のシステムから考えれば、一般住民に対して「勝手に」死んだ者には補償がなされず、軍とのかかわりで死んだ者にだけ補償されるといういう論理を、住民たちは逆手にとったことになろうか。

その「隊長命令」の証人として、母は島の長老からの指示で国の役人の前に座らされ、それを認めたというわけである。

母はいったん、証言できないと断ったようだが、「人材、財産のほとんどが失われてしまった小きな島で、今後、自分たちはどう生きていけばよいのか。

島の人たちを見殺しにするのか」という長老の怒りに屈してしまったようである。


それ以来、座間味島における惨劇をより多くの人に正確に伝えたいと思いつつも、母は「集団自決」の箇所にくると、いつも背中に「援護法」の"目"を意識せざるを得なかった。

軍と運命を共に

(省略)

一九四四年(昭和十九)九月、この島に日本軍か駐屯するようになったころから、住民は兵隊たちと運命を共にすることになる。

(省略)

忠魂碑の前に

一九四五年(阻和二十)三月ニ十五日、三日前から続いた空襲に代わって、島は艦砲射撃の轟音(ごうおん)に包みこまれる。方々で火の手かあがり、住民は壕の中に隠れていても、いつ砲弾が飛び込んでくるか、ただおびえているだけであった。

そんな夜おそく、「住民は忠魂碑の前に集まれ」という伝令が届いたのである。

伝令が各壕を回る前に、母はこの伝令を含めた島の有力者四人とともに、梅澤隊長に面会している。

有力者の一人から一緒に来るようにいわれ、意味もわからないまま、四人についていったのである。

有力者の一人が梅澤隊長に申し入れたことは、「もはや最後のときがきた。若者たちは軍に協力させ、老人と子どもたちは軍の足手まといにならぬよう忠魂碑の前で玉砕させたい」という内容であった。

母は息も詰まらんばかりのショックを受けていた。

(沖縄女性史研究家)

            ☆

 援護法が絡む沖縄戦関連の訴訟である「沖縄靖国(合祀取り消し)訴訟」で、原告側の敗訴が確定した。 同訴訟には原告側証人として石原昌家沖国大名誉教授が証言台に立ち、「(軍の命令が理解できるとは思われない)6歳児以下の幼児が援護金の対象になっているのは。国が軍命を捏造して歴史を書き換えたから」と言う趣旨の証言をし、事実上「集団自決における軍命は援護法受給のための方便だった」と法廷で証言してしまったのだ。

石原教授は大江・岩波を被告とする「集団自決訴訟」では逆に被告側の応援団として、「軍命はあった」と証言していた.

その一方で石原教授は、先日原告の敗訴が確定した沖縄靖国(合祀取り消し)訴訟で「軍命を否定」する証言をした。

石原教授が「援護法の適用のため国が拡大解釈して軍命を捏造した」と証言した意味は大きい。

石原教授は「援護法研究の第一人者」として、県公文書館などで、一般人には閲覧不可能(個人情報として)な援護法関連の資料を独占し、それを基に沖縄靖国訴訟でも長大な援護法関連の意見書を法廷に提出していると聞く。

訴訟が終結した現在、法廷に提出した資料は原則として公開のはずである。

集団自決の真相解明には、援護法が沖縄でどのように実施されてきたかを解明すことが不可欠である。

沖縄靖国訴訟の結審は思わぬ所で援護法解明の絶好の機会を一般に公開することになる。

沖縄靖国訴訟の結審が「援護法と歴史捏造」の新たな論戦の出発点である、という所以である。

 ⇒援護法と歴史捏造、新たな論戦の出発点

 

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くすぶる「PTA会費流用裏給与」問題、沖縄紙は黙殺!買

2012-06-25 07:10:17 | 未分類

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 今朝の沖縄タイムスも「PTA会費流用裏供与」問題についての記事は完全黙殺である。

この問題に戦々恐々としている勢力が、コメント欄で荒れ狂っているのに・・・。

「反戦平和は免罪符」を沖縄紙が身を持って証明しているのであろう。

           ☆

櫻井よしこ氏は沖縄の2大紙、琉球新報と沖縄タイムスを、この数十年購読していると言う。 

もちろん愛読しているわけではなく、両紙の偏向度を知るためであり、率直な感想を問われ、「両紙はもはや新聞ではない」と極言している。

櫻井氏の発言を裏書するように、今日の沖縄タイムスは、国会でも問題となり今県民が最も関心を寄せている「PTA会費流用裏給与」問題について一行の掲載も無い。 

全国紙の産経新聞が県教委の不適切な対応を抉り出しているにも関わらず、地元紙が全くこれに触れないのはいったいなぜか。

これまで「反戦平和」を合言葉に、地元紙と県教委は、長年の慣習として馴れ合いの付き合いが続いてきた。 2007年の「11万人集会」のときも、参加の要請に対し県知事は当初、「特定の政治集会に県知事が参加するのはいかがなものか」として、参加を断っていた。

だが当時の県教育長が校長会で生徒の参加を「指導」し、実施中の高校野球なども一時中止にさせ参加を要請し、会場までの無料バスを運行させるに及んで、県知事もしぶしぶ参加せざるを得なかった経緯がある。

「反戦平和」を旗印にされると県知事と言えども県教育庁の「指導」に従がわざるを得ないと言う好例であった。

それ以来、県教育庁は、沖縄2大紙が「反戦平和は免罪符」を享受する確固たる地位を手にすることになる。 つまり沖縄紙は、県教育庁がやらかす大抵の「不都合事」には目をつぶる悪しき習慣が出来上がったのである。

八重山教科書問題では、沖縄2紙は県教委(教育庁)の不始末に目をつぶるどころか、徹頭徹尾援護射撃したことは記憶に新しい。

だが、今回の「PTA会費流用裏給与」問題は、巨額の金銭が絡み、場合によっては逮捕者もでかねない深刻な問題であるため、沖縄2紙としても、八重山教科書問題のように表立って援護射撃をするわけにはいかない。

彼らが今与えられる「免罪符」は徹頭徹尾この問題を黙殺するか、多少のアリバイ記事は書いても問題の深刻さを県民の目から逸らすため本質を矮小化したベタ記事を書くことくらいだろう。

沖縄紙が「反戦平和」が旗印の沖教組に免罪符を与えている例を挙げると、地元の教師が犯した破廉恥事件を地元紙ではなくスポーツ紙でしか知ることは出来ない。

買春で小学教諭逮捕 女子高生にわいせつ「そういう事実はない」スポーツニッポン)

 沖縄県警は28日、女子高校生に現金を渡してわいせつな行為をしたとして、児童買春・ポルノ禁止法違反(買春)の疑いで、沖縄県沖縄市立小学校教諭(45)=同県宜野湾市=を逮捕した。

 県警によると、「そういう事実はない」と容疑を否認している。

 逮捕容疑は2月上旬、宜野湾市内のホテルで、県内に住む女子高校生(17)が18歳未満と知りながら、現金数万円を渡してわいせつな行為をした疑い。

 県警によると、2人は携帯電話の出会い系サイトを通じて昨年知り合った。メールの内容を不審に思った女子高校生の親族から、3月に浦添署に相談があった。 [ 2012年5月28日 16:57 ]

            ☆

地元紙が報道しない「PTA会費流用裏給与」問題を当日記が取り上げると、コメント欄が突然荒れてくるという事実は、何を意味するのか。

それだけ「関係者」がこの問題の今後の展開に息を飲みつつ当日記を読んでいると言うことになる。

この問題の闇は深い!

それにしても沖縄の新聞は教員に甘い。

上記記事に関連して、読者の黒島さんのコメントを引用する。

 破廉恥な事件を起こす教師ほど、優秀で日常業務にも長け、加えて部活動の顧問などを引き受け、生徒からの人望も厚い者が多いという。
後になって、「あの先生が」と驚きの声があがることが多々見受けられるのも、そんな方々に共通した点であろうか。
普段、生徒への学力向上と健全育成のために稼動させている明晰な頭脳を、汚物のような言葉を記すことに使うのではなく、現場の教員の考える解決策として提案を作成し、堂々と投稿すべきであろう。
影に隠れ、相手を罵倒することは、コーラのような一瞬の清涼剤とはなりえても、ミルクのような栄養は無い。
そうではないか? junten殿

       ☆

【おまけ】

(本文には何の関連も無い「おまけ」です)

 

先日、とある沖縄ソバ屋に行ったときの話。
 
ソーキソバを註文したら、そこのオヤジが親指を丼の汁につけたまま持ってきた。
 
親指を入れられるくらいだから、生ぬるいに違いない。 
 
それに客の食べるものに、親指を突っ込んだまま持ってくるのも無礼な話だ。
 
第一不衛生である。
 
黙っているわけにはいかないので、勿論クレームをつけた。
 
「客に出すものに親指をつけたままでは失礼ではないか!(怒)」
 
「気がつきましたか。すみません。」
 
「知っていながらとは、ますますケシカラン!」
 
「はい、私には持病があるのです」
 
「こうして親指を絶えず暖めないと激痛が走るのです」
 
「そんなこと、俺の知ったことか!(激怒)」
 
「そんなに暖めたかったら、ケツにでも突っ込んでいろ!」
 
「ハイ、お客さん、さっきまでケツに突っ込んでいたのです、この親指を」
 
「・・・・・・・」
 
            *
 
※この話はあくまでフィクションであり、実在の沖縄ソバ屋とは何の関係もございません。
 
狼魔人
 
 

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犯人は県教委だった!ゼロ校時裏給与の闇の仕掛け人

2012-06-24 07:26:58 | 未分類

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当日記のパソコン環境をお知らせすると、夜間は原則として電源を切っておく。

ブログを立ち上げた初期の頃は、コメント欄に書き込まれる批判や罵詈雑言も多く、筆者もムキになって深夜までコメント欄で応酬したものである。 

ところがこの手の連中と生真面目に渡り合うのが馬鹿げたことだと気がついてきた。 夜中の1時、2時まで貴重な時間を浪費する愚かさを避けるには、PCの電源を切るのが一番と考え、原則として深夜はパソコンは見ないことにした。

他に何をするかって?

夜は寝るものでしょう。 

他には酒でも飲むか、本でも読めば否応なしに眠くもなるもの。

で、今朝のブログのテーマは、昨日の今日なので「慰霊の日」関連にしようと思いつつパソコンを開いた。

そしたら、教員と思われる読者の罵詈雑言が・・・。

何故教員と思うかというと、コメントが「ゼロ校時」裏給与問題のエントリーに集中していることと、あとは筆者の直感である。

「発狂」という指摘がよっぽど気になるらしいが、人間図星をさされると逆上するもの。

おかげで筆者も塵呼ばわりされてしまった(老魔塵)。(笑)

塵も積もれば山となって、怖いよ!

筆者は沖縄2紙がこの問題の深刻さを隠蔽していると再三指摘した。

この問題の根っこには十数年にも及ぶ巨額のカネの流れがあり、それが組織ぐるみで行われているとも指摘していた。

保護者の有志が「返金訴訟」でも起こせば、億単位の巨額請求問題になるとも・・・。

本日のコメント欄を見ると、コメントの主は「ゼロ校時」問題の当事者たる教員か少なくとも沖P連の関係者であることには間違いない。

そして同じくコメント欄にリンクされた産経の記事を見て二度ビックリである。

これも以前に筆者が指摘したとおり、県教委の違法行為そのものではないか。

八重山教科書問題で結束した県教委と沖教組の持ちつ持たれつの悪しき慣習が、ここでも浮上した。

ウーン、あまりにもわかりやすい構図だ。

保護者の有志が県教委に公開質問状を提出しても県教委はまともな回答さえ出来ず、手書きのメモのようなものを回答書としたことを書いた。

ところが、これをまともに報道したのは八重山日報一紙だけ。 

「ゼロ回答」!保護者有志質問に、PTA会費裏給与問題で県教委

これもあまりにもわかりやすい。 

八重山教科書問題と2重写しではないか。

沖縄の「発狂新聞」が決して報道しない「ゼロ校時問題の闇」を産経新聞が暴いてくれた。

ここでも県教委は、八重山教科書問題のときと同じように「朕は法律なり」を実践していたようだ。

それとも、ここでも「うちなーびけーん」(沖縄だけは特別)というつもりなのか。

教員の無許可兼業、横行の背景に沖縄県教委が「容認」 勤務内報酬も承認

産経新聞 2012.6.24 00:00 (1/2ページ)
 沖縄県の県立高校で、教員が届け出をせずに保護者から報酬を得て早朝授業を行う「無許可兼業」が横行していた問題で、県教委の内部資料で分かった。違法行為が横行した背景には、県教委の誤った指導があった可能性が高く、教員だけでなく、県教委幹部らの責任も問われそうだ。

 県教委によると、昨年度、全県立高校60校のうち45校で、1時限目が始まる前の早朝に行う「ゼロ校時」と呼ばれる進学指導を実施。教員は保護者から1コマ2千~3千円の報酬を受けていた。こうした勤務時間外の有料授業は、県教委に兼業許可を受ければ法的に可能だが、すべての高校で受けていなかった。

 3月に国会でこの問題が表面化した後、県立学校教育課は「許可を受けていれば問題なかった」と教員側の問題との認識を示していた。ところが、産経新聞が入手した「平成11年度会計監査資料 ゼロ校時に関する対応 県立学校教育課の基本的な考え方」と題した資料では、ゼロ校時について「兼業とは、他の地方公共団体の職を兼ねたり、自ら営利企業を営んだり、報酬を得て他の事業に従事することをいい、同一職場での兼業はあり得ない」として「兼業にはあたらない」との見解を示していた。

また、放課後など勤務時間内の補習についても「謝金は教材研究・開発等の資料代であり、(ならびに、時間外に及ぶ労働に対する謝金であり)二重所得にはならない」と明示。実際、県内の多くの高校では、放課後補習などに対して「資料代」名目で、教員が事実上の報酬を受けていた。

 文部科学省は、報酬を受けて行う勤務時間内の補習について「地方公務員法の職務専念義務違反で懲戒処分対象」との見解を示している。

 県立学校教育課は「当時、どういう目的でこの文書を作成したのか分からず、各高校に周知した事実も確認できないので、無許可兼業を横行させたとの指摘は当たらないのではないか」としている。


教員の兼職・兼業


 公務員は基本的に兼職・兼業はできないが、教員については、教育公務員特例法で、本来の業務に支障がないと任命権者が認めた場合、教育に関する兼職や兼業に限り行うことができると規定。ゼロ校時など勤務時間外の補習も兼業にあたるが、文科省は5月、勤務時間中の職務と誤解を招きかねないことなどから不適切との見解を全国の教育委員会に通知した。

                ☆

>県教委に兼業許可を受ければ法的に可能だが、すべての高校で受けていなかった。

>3月に国会でこの問題が表面化した後、県立学校教育課は「許可を受けていれば問題なかった」と教員側の問題との認識を示していた。

先日の参院文部科学委員会で、義家議員が平野文科相から、たとえ兼業許可を得ていても学校の教室や教科書を使用し、通常授業との区別が難しいものは不適切との答弁を引き出している。

したがって「県教委に兼業許可を受ければ法的に可能」というのは間違いだが、仮に合法であったとしても、その届けさえ出していなかったのだから、二重の「不適切行為」を重ねていることになる。

>「兼業とは、他の地方公共団体の職を兼ねたり、自ら営利企業を営んだり、報酬を得て他の事業に従事することをいい、同一職場での兼業はあり得ない」として「兼業にはあたらない」との見解を示していた。

県教委は自分の都合のいいように法律を捻じ曲げて解釈するものらしいが、しつこいようだがこれも八重山教科書問題のときの県教委の対応と軌を一にしている。

>県立学校教育課は「当時、どういう目的でこの文書を作成したのか分からず、各高校に周知した事実も確認できないので、無許可兼業を横行させたとの指摘は当たらないのではないか」としている。

自分たちで勝手な解釈をしておいて、間違いを指摘されると「どういう目的でこの文書を作成したのか分からず、各高校に周知した事実も確認できない」と開き直り、挙句の果ては「よくいわからない、確認できない」という理由で「無許可兼業を横行させたとの指摘は当たらない」と、再度開き直るのには怒りを通り越して笑うしかない。

いずれにせよこの問題は沖縄2紙が隠蔽工作をすればするほど、また問題の深刻さを矮小化すればするほど、当日記はこの問題に注目する。 

当然県民も問題の根の深さに注目してくる。

大城県教育長は問題が発覚した県立西高校で当時英語の教員をしており、「ゼロ校時裏給与」の当事者であるとの情報も入っている。

だとしたら長年溜まった問題の膿を摘出すべき県教育庁の責任者が膿そのものだったという笑えない事態も想定できる。

「識名トンネル不正事件」のように初期の対応を誤ると、刑事告発等の重大事件に発展する」恐れのある問題である。

県行政の最高責任者である仲井真県知事も、「教育への行政の介入は避けるべき」などと無責任な対応を続けていると、給与の50%カットどころか自分の首をカットする事態にもなりかねない。

県教育庁は現在、完全にマヒ状態で、問題解決の」指導力は一欠けらもない。

知事を責任者に置いた特別調査機関を設置するのが急務である。

地元紙が報じない「県内の事件」を全国紙を通して知る不便さを、過去に何度か嘆いてみせたが、今朝の沖縄タイムスに「ゼロ校時問題」は一行の掲載もない。

【おまけ】

保存資料として

沖縄県立高で教員の無許可兼職横行 謝礼「月額10万円」も

産経新聞 2012.3.14 11:26
 沖縄県の県立高校で早朝や放課後など通常以外の授業をした教員に、保護者から謝礼が支払われていた問題で、こうした慣行が法令に基づく兼職の許可を受けないまま、県内の多くの学校で横行していたことが13日、関係者への取材で分かった。年間の謝礼額が4千万円に上る高校や、毎月10万円近くを受け取る教員もいたという。文部科学省は、地方公務員法違反にあたる疑いもあるとみて県教育委員会に調査を指示した。

 関係者によると、同県では遅くとも昭和50年代から進学指導を希望する保護者の声を受け、「ゼロ校時」と呼ばれる1時限目が始まる前の早朝に行う授業や、夏休みに行う「夏季講座」などが進学校を中心に広がっていったという。

 通常授業以外に進学指導をしてもらうため、保護者から教員に謝礼が支払われるようになったといい、保護者が年度初めにPTA会費や「校納金」名目に学校側に数万円を支払い、その中から謝礼を拠出。年間約4千万円もの謝礼が計上された高校もあった。

 謝礼は各学校によって違うが、主にゼロ校時は1回3千円。数学や英語などは通年でゼロ校時が行われ、月10万円近くを受け取る教員もいたという。

 こうしたケースは地方公務員法で禁じる「兼職」行為にあたるが、教育公務員特例法は、教育に関する事業に限り、都道府県教委の許可を受ければ可能と規定。ところが、同県の大半の教員は兼職許可を受けていなかったという。

 ある県立高校の元教員は「数年前に県教委などで問題になったが、やってくれる先生がいなくなるという理由で是正されなかった」と証言した。

 文科省の指示を受け、県教委は全60高校の調査を開始。今回問題になった高校を含め、5校で無許可兼職が確認されたという

         ☆

                 第4回             

沖縄県ことだま研究会のご案内

謹啓

 梅雨の候、会員の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。

今回は、言語がもつ「言霊」とその時代、その場に漂う「空気」との関係について学ぶことにしました。当会の顧問で、英語界の重鎮で国際ディベート学会会長であり、「言霊」について造詣の深い近江神宮言霊普及会専任講師、六輪館・紘道館両私塾の館長を務める松本道弘氏に「ことだまと『空気』」について講演をしていただきます。講演後、質疑応答のほか、沖縄言語文化研究所の中松竹雄所長などによるコメントなど交えて有識者の皆様と懇談する場を設けます。

ご多忙とは存じますが、沖縄文化、神話、言霊にご関心のある皆様友人、知人の方万障お繰り合わせの上、多数ご参加くださいますようお願い申し上げます。 謹白          

演 題 「ことだまと『空気』」

講 師   松本 道弘氏(国際ディベート学会会長)

プロフィール まつもと みちひろ 関西学院大学商学部卒業後、日商岩井に1962年~1969年まで勤務。その後、アメリカ大使館同時通訳、日興証券金融担当役員秘書、NHKテレビ英会話の講師、産業能率短期大学助教授、国際基督教大学講師、名古屋外国語大学教授などを経て、1982年にマネージメント開発研究所を設立。ディベート、国際交渉、異文化コミュニケーションなどの分野、さらに古神道、言霊に関する研究を重ね、最近ではインターネットテレビ「TIMEを読む」を主宰。著書は、「図解2時間でわかるディベート」「新版・速聴の英語」「国貧論」「古神道入門」など100冊を超える。

 

【日 時】平成24年6月24日(日)午後1時30分開場

     午後2時開演、4時終了       

【会 場】沖縄県護国神社 会議室 那覇市奥武山44番地

      電話 098(857)2798

【会 費】1,000

【主 催】沖縄県ことだま研究会  【後 援】沖縄むすび会

【連絡先】沖縄県ことだま研究会  担当 竹林 電話&FAX098 (862) 9195

                        携帯電話  090-3438-6

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改訂版・大本営の密使 沖縄戦秘話

2012-06-23 07:07:16 | 県知事選
 

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電文の冒頭は次の様な文言がある。
「沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告せらるべきも、県には既に通信力なく、32軍司令部また通信の余力なしと認めらるるに付き、本職、県知事の依頼を受けたるに非ざれども、現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上げる。」

法治主義に徹した日本の将校の生真面目さが垣間見えるではないか。

大田中将(当時少将)は、県民の実情報告は県の仕事だとして、役割分担を峻別していたが「県には既に通信力なく」そして上部組織である「32軍司令部また通信の余力なしと認めらるるに付き」、本職、すなわち大田中将が「県知事の依頼を受けたるに非ざれども、現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上げる」、と「越権行為」をしたことを釈明している。

このような良くも悪くも法治主義に徹していた日本軍が管轄外の住民に軍命を発して自決させたり、また住民が唯々諾々と「軍命に従って自決した」などと喧伝するのは、軍民を問わず亡くなった人達への冒涜である。

 

戦後67年、本日は慰霊の日です。

糸満市摩文仁の平和祈念公園で、県主催の沖縄全戦没者追悼式が開催される。 例年時の首相が参列するが今年は「慰霊の日にオスプレイ配備を県知事に通告する」などと悪意に満ちた推測記事で沖縄2紙に叩かれた野田首相が参列する。

慰霊の日ならそれらしい厳粛な記事を書けばよさそうなものだが、反日を使命とする沖縄タイムスの本日の見出しを一部拾っただけで暗澹とした気分に襲われる。

安所の証言続々

マラリヤの悲劇 曲に込め

強制疎開体験継承を

差別と戦争 二重苦学ぶ

紙面から適当に拾っただけで、この有様。

キーボードを打つのにも辟易させられる。

よくもこれだけの歪曲・捏造記事が書けるもの。

毎年この季節になると、沖縄2紙は沖縄戦の記事で日頃の発狂記事に輪をかけたような歪曲・捏造記事で埋めつくされる。

狂乱報道8月の終戦記念日にかけて、まだまだ続く。

 

戦後日本を占領したGHQは数々の旧制度を廃止した。

が、明治期から連綿と続く官僚機構はそのまま温存した。 

戦前の日本軍もある意味では官僚機構の典型であり、背広を着たエリートの代わりに軍服を帯剣のエリートが軍政を行っていた。

軍の機構も現在の官僚機構と本質的には何ら変わることはない。

軍政と言えども官僚機構特有の法治主義が徹底しており、よくも悪くも「お役所仕事」が行われていた。

よく話題になる「集団自決の軍命」にしても、軍隊の上官が部下の兵に軍命を下すならともかく、「管轄外」の民間住民に「自決命令」など下すはずは無い。官僚機構のセクショナリズムからいえば到底考えられないことである。 

事実「軍命による集団自決」は現在のところ1人の証言者もまた証拠物も確認されていない。

これもNHKなどの歪曲報道で「戦陣訓」を叩き込まれた住民が、その訓により集団自決したと喧伝するが、」これも実際戦争体験者の司馬遼太郎氏や山本七平氏らによりありえないことだと一蹴されている。 セクショナリズムの権化ともいえる日本軍がその則を越えて一般住民に軍人の訓である「戦陣訓」を叩き込むはずは無いのである。

戦陣訓軍命説の神話

続・戦陣訓の神話

戦陣訓の神話完結編、軍人勅諭を全文暗記した沖縄人

第32軍は沖縄での地上戦を想定し、早い時期から一般住民を疎開させる努力をしたが、驚いたことに当時は軍が民間人に疎開を強制する法的整備がなされていなかったという。

したがって住民の疎開に際しても軍は先ず県知事にこれを依頼し、県知事はさらに機動力のある警察の協力を仰いで住民の疎開に努力した。

沖縄戦に関する軍側から見た記録や住民側の記録が多数出版されて、地元の本屋の店頭を飾っているが、軍と住民の間に立って県民の安全確保のため奔走した県行政側から見た記録は極めて少ない。

県民の安全確保のため県内外の疎開を実行するため島田知事とコンビを組んで命懸けで尽力した荒井退造警察部長は「県民の恩人」として、島田知事と共に遺骨も無いまま、摩文仁の「島守の塔」に合祀されている。

以下は過去エントリー大本営の密使  沖縄戦秘話3を一部編集したものである。

万年筆県に寄贈へ 那覇市真地の「県庁壕」で発見(2008.7.27)

「万年筆を多くの人に見てもらうことが義務」と語る荒井紀雄さん=東京都日野市
「県庁壕」で発見された万年筆

 【東京】沖縄戦中、県民の県外、北部疎開に尽くした荒井退造・県警察部長の遺品とみられる万年筆が、近く遺族から県に寄贈されることになった。万年筆は昨年12月、那覇市真地の通称・県庁壕(シッポウジヌガマ)で見つかり、6月に東京の遺族に届けられた。
 長男の荒井紀雄さん(75)=東京都=は「この万年筆が父の物だと断定できるわけではないが、大変な犠牲を生んだ沖縄の惨禍の『証言者』だ。多くの人々に見てもらえることが、私の義務だと思う」と話している。
 万年筆を見つけたのは「県庁壕」の発掘・調査を続けている知念賢亀さんと繁多川公民館「壕プロジェクト」のメンバーら。壕内の荒井部長室前の地中から掘り出した。
 戦時中の県職員や遺族らでつくる「島守の会」を通じて送られてきた万年筆を調べたところ「並木製作所」(現・パイロットコーポレーション)が1932年発売の製品と類似。当時の標準品が3円から5円だったのに対し、見つかった万年筆は16円程度で売られていた。元県職員の板良敷朝基さん(「島守の会」顧問)は「部長以上の高官しか持っていない代物」と説明しているという。
 昨年手術を受け、通院を続けている紀雄さんは「父は生前、『家族が私の骨を拾ってくれる』と語っていたという。骨は戻らなかったが、万年筆が息子の元へ戻ってきたと父は思っているかもしれない。私も生きていて良かった」と語っている。
 「県庁壕」は、米軍が沖縄本島に上陸する直前の45年3月末から5月末までに県警察部が避難していた壕。4月から島田叡(あきら)知事も合流した。荒井部長は島田知事とともに5月末に本島南部へ移動。6月26日、知事と摩文仁の軍医部壕を出た後、消息を絶った。(小那覇安剛)


 ■昭和19年12月の「県民大会」■

昭和19年の12月8日、「日米戦争決起大会」(県民大会)が沖縄の各地で行われていた。

その当時の沖縄の雰囲気も、今から考えると狂気に満ちたものといえるだろう。

大詔奉戴日といわれたその日の「沖縄新報」には次のような見出しが踊っていた。

けふ大詔奉戴日 軍民一如  叡慮に応え奉らん

一人十殺の闘魂  布かう滅敵待機の陣

終戦の8ヶ月も前の記事なので、「沖縄新報」が、朝日新聞のように、敗戦間近の情報は得ていた筈はないが、見出しと記事がやたらと県民を煽っていることが見て取れる。 

昭和19年12月の大詔奉戴日は、二ヶ月前の「10・10那覇大空襲」の後だけに、県庁、県食料営団、県農業会などの各民間団体が勇み立って、沖縄各地で関連行事(県民大会)を開催しているが様子が伺える。

ちなみに大詔奉戴日とは、日米開戦の日に日本各地の行政機関を中心に行われた開戦記念日のことを指し、真珠湾攻撃の翌月の1942年1月8日から、戦争の目的完遂を国民に浸透させるために、毎月8日が記念日とされた。

そして、同記事では「鬼畜米英」についても、各界のリーダーの談話を交えて、次のような大見出しを使っている。

米獣を衝く  暴戻と物量の敵を撃て

お題目で獣性偽装   野望達成で手段選ばぬ

泉県知事の談話なども記されているが、那覇市の各地で檄を飛ばしているのは軍人ではなく、民間団体の責任者である。

挺身活動へ  翼壮団長会議

県翼賛壮年団では、各郡団長会議の結果、団の強化を図り下部組織へ浸透を促し活発な挺身活動を開始することとなり幹部並びに団員の整備、部落常会との渾然一体化などを確立することに報道網をはって志気昂揚に全力をそそぐことになり、・・・>(沖縄新報 昭和20年12月8日)

当時の決起大会に参加した人の話によると、興奮して演壇上で「抜刀して」県民を扇動していたのは軍人ではなく民間人であったという。 

例えば座間味島の日本軍はこれに参加しておらず、那覇から帰島した村の三役から、那覇市での決起大会の状況を辛うじて知ることが出来たいう。

では、その頃、沖縄配備の第23軍は一体何をしていたのか。

 

■第32軍は県民疎開をどのように考えたか■

ウソも繰り返せば真実となり、根拠の無いスローガンも繰り返せば歴史となる。

連日沖縄の紙面で踊る、「日本軍は住民を守らない」

という左翼の主張は、昭和19年の夏から大本営と沖縄配備の第32軍が沖縄県民の安全を守るため、県や警察と協力し、県外疎開に必死の努力をしていたという歴史的事実には全く目をつぶった、「反日運動のために捏造されたスローガン」にすぎない。

戦時中といえども法律の下に行動する軍は、当時の日本の法の不備に悩まされていた。

日本は過去の戦争において常に戦場は国外であり、そのために昭和19年の第32軍沖縄配備の時点で、国民を強制的に疎開させる法律を備えていなかった。

ドイツやフランスのように国境が陸続きの大陸国では、戦争といえば国境を越えて侵入する敵軍を想定するが、四面を海に囲まれた海洋国家の日本では、敵の自国内侵入は海上での撃滅を想定しており、地上戦を考えた疎開に関する法律は整備されていなかった。

第32軍が沖縄に着任した昭和19年当時、

何と、戦時中であるにも関わらず当時の日本には、現在の平和な時代でも具備している「国民保護法」(平成16年6月18日 「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」)に相当する法整備がなされていなかったのである。

そのような状況で沖縄防衛を任される第32軍が沖縄着任に先立って最も憂慮したのは、米軍の上陸により沖縄住民が戦火に巻き込まれることであった。

■県民疎開は大本営の発想■

昭和19年7月1日、大本営の後宮参謀次長は、関東軍司令部から参謀本部付きとなっていた長勇少将を特命により沖縄に派遣した。 その特命の目的は食糧不足のための兵糧の研究が表向きであったが、その他にもう一つの重要な任務を命じられていた。

同じ年の8月10日に第32軍司令官、牛島満中将が沖縄に着任するが、その一月前の7月1日に沖縄に着任し、長少将が真っ先に行ったのが住民の県外疎開調査のための県内視察であった。 

既に第32軍の参謀長を拝命していた長少将は、調査結果を第32軍司令官渡辺正夫中将(牛島司令官の前任)に報告し、司令官は陸軍省に県民の県外疎開について具申し、それを受けて7月7日に県民の県外疎開の閣議が決定される。

沖縄配備の第32軍は、長勇参謀長の沖縄着任(正式には昭和19年7月8日 )の一日前には、法整備の不備だった「県民の県外疎開」を着任前に閣議決定させるという素早い動きをしていたのだ。

大本営は米軍の沖縄上陸は必至と予測し、牛島満司令官着任の一ヶ月以上も前の昭和19年7月1日に長参謀長を沖縄に派遣したが、

これと連動した内務省防空総本部も救護課の川嶋三郎事務官を沖縄に派遣し、県民疎開の閣議決定の下準備をさせていたのだ。(「消えた沖縄」浦崎純著・1969年)

緊急閣議決定で法的根拠は得たが、第32軍の県外疎開の実施にはさまざまな困難が伴った。

今の時代で安易に想像し、軍が圧倒的権力で有無を言わせず県外疎開を命令し、実施したわけではなかった。

県民の県外疎開を管轄する政府機関は内務省防空総本部であった。

当時の法律では空襲に備えて県外疎開を強制することは防空法に規定があったが、

沖縄の場合のように地上戦に備えて非戦闘員を強制的に疎開させる法的権限は持っていなかったのだ。

当時の沖縄の状況は新聞の勇ましい扇動報道に乗せられた各民間団体の「軍人より軍人らしい民間人」の狂気が巷にあふれ、

県外疎開の必要性を説いても、それに真面目に耳を傾けるものは少数派で、県外疎開は卑怯者と後ろ指を指される有様だった。

県外疎開を民間人に直接命令する権限の無い第32軍は、民間人の安全を管轄する県に協力を求め、

県は警察の持つ組織力と機動力によることが最適と考え県外疎開の担当部署を警察部と定めた。

現在のような平和な時代の後知恵で、

「軍の命令は自分の親兄弟を殺害する」ほど圧倒的で不可避であったと「沖縄タイムス史観」は主張するが、

実際は軍隊は住民に直接命令をする権限を持たず、住民の安全を確保するための県外疎開にせも県や警察機構の協力を仰がなければ実行できなかったのである。

 

警察部長として県民の県内外の疎開に尽力し、最後は南部で戦死を遂げた荒井退造氏が、冒頭記事の荒井紀雄さん(写真)の父君である。

              ☆

生真面目な軍人であった大田実海軍中将が海軍時間に送った「沖縄県民斯く戦えり」で有名な電報にも、自決の直前であったにもかかわらず、法治主義を遵守し、軍人としての則を超えることに但し書きを入れることを忘れなかった。

大田中将の電文は末尾の「沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」という文言があまりにも有名なため冒頭の次の文言が見過ごされがちであるが、これこそが日本軍の則を越えない法治主義の面目躍如というところである。


電文の冒頭には次の様な文言がある。


「沖縄県民の実情に関しては、県知事より報告せらるべきも、県には既に通信力なく、32軍司令部また通信の余力なしと認めらるるに付き、本職、県知事の依頼を受けたるに非ざれども現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上げる。」

法治主義に徹した日本の将校の生真面目さが垣間見える電文ではないか。

大田中将(当時少将)は、県民の実情報告は県の仕事だとして、役割分担を峻別していたが「県には既に通信力なく」そして上部組織である「32軍司令部また通信の余力なしと認めらるるに付き」、本職、すなわち大田中将が「県知事の依頼を受けたるに非ざれども、現状を看過するに忍びず、これに代わって緊急御通知申し上げる」、と「越権行為」をしたことを釈明している。

このような良くも悪くも法治主義に徹していた日本軍が管轄外の住民に軍命を発して自決させたり、また住民が唯々諾々と「軍命に従って自決した」などと喧伝するのは、軍民を問わず亡くなった人達への冒涜である。

 

第2回 「島守・防人に感謝する集い」の

         ■お知らせ■

戦後の世代から島守・防人となった先輩方に感謝する集いです。
熾烈な地上戦が行われた沖縄において、史実を無視しての日本軍や従軍体験者に対する批判が多いことを悲しむ戦争体験者の方々の声を受け、昨年から始まりました。

日時 6月23日(土) (慰霊の日)13時30分から(慰霊祭は12時から)

「沖縄全戦歿者慰霊祭」(12時~13時)

「第二回 島守・防人に感謝する集い」

第一部 感謝の式典
第二部 映画上映「鎮魂と平和への祈り」(天皇陛下の慰霊のお姿について)
第三部 記念講演「日本の誇り・沖縄の誇り」
       講師 大山晋吾先生(波上宮禰宜・元靖國神社広報課長)

参加費1000円

記念講演の講師は、靖國神社から波上宮(なみのうえぐう)に転任された大山晋吾先生です。大山先生といえば、遊就館の発展に尽力され、靖国の心と英霊のお姿を伝える活動で有名です。
「(多くの英霊が眠る)沖縄県は西の靖國神社だと思っています」とは大山先生の決意のお言葉です。

多くの戦歿者が眠る沖縄県で、6月23日の「慰霊の日」にこのような集いを行うことに意義を感じます。
どうぞご参加くださいませ。

イベントポスターはこちらから⇒ http://goo.gl/cD5Th

【第一部】 感謝の式典

【第二部】 映画上映 「鎮魂と平和への祈り」

【第三部】 記念講演 「日本の誇り・沖縄の誇り」
講 師 大山 晋吾 先生(波上宮禰宜、元靖国神社広報課長)

 

詳 細
日 時 平成24年6月23日(土) 開場13:00 開演13:30
会 場 沖縄県護国神社 (奥武山公園内) 社務所2階大ホール
参加費 1,000円(学生は無料です)
問合せ 090-6831-0989(坂本)
主 催 日本会議沖縄県本部 事務局
沖縄県那覇市若狭1丁目25-11(波上宮内)

◇慰霊の日◇
「沖縄全戦没者慰霊祭」は12:00~13:00沖縄県護国神社本殿 にて執り行われます。沖縄を、そして日本を命を賭して守り抜かれた英霊に感謝の誠を捧げましょう。


連絡先:坂本 090-6831-0989

          ★

 琉球新報の言論封殺戦いを挑んでいる上原さんの訴訟へのカンパ協力は支援団体の三善会へお願いしております。

--------------------------------------------------------------------------------
ゆうちょ銀行からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【口座番号】記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】サンゼンカイ.
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ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【店  名】七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】708
【口座番号】普通:1034797
【名  義】サンゼンカイ.



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構造的差別!大田元知事が植えつけた日本人憎悪!

2012-06-22 06:38:48 | 県知事選

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櫻井よしこ氏が絶賛した沖縄の評論家津嘉山武史氏は、話題の文芸誌「うらしえ文藝」にこう書いている。

「沖縄の新聞には『差別』という文字が目に付く。 『差別』を武器に吠える沖縄紙の報道を『弱者の恫喝』という人もいるくらいだ。」

同誌第17号に掲載の「弱者の恫喝」と言う評論の冒頭部分である。

津嘉山氏の指摘を待つまでもなく、筆者が購読している沖縄タイムスでも「差別」の文字を見ない日はない。

手元にある6月20日付け特集「埋もれた戦」の②でも「差別の視線」という大田昌秀元県知事の写真入のインタビュー記事が目に飛び込んでくる。

すこし古い記事だが、日本人に対する憎悪をむき出しにする大田元知事と差別について書いた沖縄タイムスコラムを引用する。

 [大弦小弦]日本人は醜い―沖縄に関して…

2011年12月1日 09時20分 

 「日本人は醜い―沖縄に関して、私はこう断言することができる」。元知事の大田昌秀さんは著書「醜い日本人」(サイマル出版会)でこう書いている

 ▼出版は大田さんが琉大教授だった本土復帰前の1968年。近現代史を振り返り、沖縄が時の中央政府や日本人からいかに差別的処遇を受けてきたかを実証的に論じた、本土に向けた告発の書だった

 ▼「醜い」と指摘したのは心性のことである。理解ある同胞という顔をしながら、痛みの分担になると背を向ける。そんな時にふと見せるのが、仮面の裏に隠された「差別」というもう一つの顔である

 ▼その報道に接し、醜い「素顔」を見せられたような気がした。非公式の記者懇談会で、女性や沖縄に対する侮辱発言をし、おととい更迭された田中聡前沖縄防衛局長をめぐる騒動のことである。発言には沖縄蔑視が色濃く漂っていた

 ▼政府側の素早い対応には、沖縄の怒りを抑え、米軍普天間飛行場の辺野古移設に向けたアセス評価書の年内提出の既定方針は崩さないとの強い意志を感じる。要は、負担は沖縄に押し付けていくということである

 ▼あらためて問う。差別的処遇を政治家や官僚たちが正当化し、強引にやっていける素地を支えているのは一体だれなのか、と。冒頭の大田さんの言葉が思わず口をつきそうになる。(稲嶺幸弘)

 

記者の稲嶺幸弘氏は大田昌秀氏の「醜い日本人」を本当に読んだのだろうか。

大田氏こそ「人類館」という嘘八百の「沖縄差別」の嘘物語をでっち上げた張本人だからである。

大田昌秀氏が撒いた「人類館」のウソ!「日本政府の沖縄差別政策」

筆者の友人にも学生時代大田氏の「醜い日本人」を読んで、日本人に対する憎悪を植えつけられ、爾後居酒屋談義ながら「琉球独立論」をぶち上げる。

最近では普天間移設もオスプレイ配備も、すべて「差別」のなせる業だという。

オスプレイ配備:強行「差別」 名護市長ら反発

さらに最近の新聞では「差別」だけではあき足らず、「構造的差別」なる熟語が登場し、普天間移設こそ構造的差別の典型だという。

 ⇒[普天間問題]「構造的差別」断ち切れ

QABテレビ「朝生」に出演した前泊沖国大教授が、構造的差別に関連して、「普天間基地は自衛隊のいない他府県に持っていけ」と発言し、森本拓大客員教授に「わが国に自衛隊が未配備の都道府県は無い」と指摘され目してしまったことは記憶に新しい。

この前泊氏、こんな無知も晒し大恥をかいていた。

起訴率99%の大嘘!無知を晒した沖国大教授

          ☆

 

ことさら差別を口に出す人は、実は最も激しい差別主義者であるといわれる。

歴史をたどると、戦前アイヌ人をもっとも差別したいたのは実は沖縄人であった。

また復帰直後沖縄に配備された自衛隊に対して示された差別は凄まじいばかりのものだった。

今ではさすがに当時ほどの激しい差別なくなっているが、それでも目に見えない形の自衛隊に対する「構造的差別」が続いていることをマスコミは意識的に報道しない。

以下は見ざる言わざる・・・沖縄の自衛隊差別よりの抜粋である。

(10)侵食する「軍隊(2008年6月28日 沖縄タイムス朝刊社会面)
「戦略うまく抵抗感除かれている」
市民に融合 一方で監視

 たくましい二の腕をした短髪の男たちが、上半身をいっぱいに使って櫂を漕ぐ。「さあ、どちらのタイムが早いか」。アナウンサーの実況が映像に重なった。

 今年五月の那覇ハーリー。海保や消防など、日ごろから体を鍛える職場に属する人々が参加する一般競漕Bの決勝レースは、陸海空の各自衛隊による三チームで争われた。

 チーム名には「航空自衛隊レキオウイング」などと、それぞれの隊名がはっきりとうたわれ、テレビの実況中継では決勝を伝える約六分間の放送中に計十八回、「自衛隊」が連呼された。

 「私たちの活動が理解された証しだと思う」。優勝した陸上自衛隊第一混成団(那覇市)は自信をみせる。那覇ハーリーには、最初は参加も認められなかった。「1CBシーサーズ」「陸自シーサーズ」とチーム名に徐々に隊名を出し、三年前から堂々と「陸上自衛隊第一混成団」と名乗り始めた。

 民間チームの舟のかじ取りや会場設営、大会運営の手伝い。有給休暇を取った隊員が自主的に汗を流す姿が、那覇ハーリーの実行委員会に徐々に認められてきた結果とみる。

 「民間企業はみんな社名で出場する。隊名を隠す方が不自然でしょう」。市民からの苦情などはなく「むしろ会場で激励を受けるくらい」と胸を張る。

 今年四月ごろ、県内の民放テレビ局各社に広告代理店から打診があった。「自衛隊の隊員募集のコマーシャルフィルム(CF)を、そちらで放送できないか」。各社とも「県民感情にそぐわず、公共の電波に乗せることはできない」と断った。

 自衛隊のテレビCFが県内で流されそうになったのはこれが初めてだ。

 県マスコミ労働組合協議会の宮城歓事務局長は「自衛隊の広報戦略のうまさで、沖縄でも徐々に抵抗感が取り除かれている」とみる。「報道機関は広告などの収入部門にまで食い込まれると、批判的な報道が難しくなる」と危機感を強める。

 柔らかな自衛隊のイメージを浸透させる一方、政府は今年五月、米軍普天間飛行場の代替施設建設に伴う海域の現況調査(事前調査)のための機器設置で、基地移設に反対する市民の活動をけん制する目的などで、海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」を沖縄に派遣した。

 一月には、熊本で陸上自衛隊第一混成団と在沖米海兵隊第三師団が共同演習し、四月には嘉手納基地に暫定配備されていた米空軍のステルス戦闘機F22Aラプターと、沖縄の空自・南西航空混成団のF4戦闘機などと模擬空中戦を展開した。

 今月に入り、陸上自衛隊の情報保全隊が、市民の活動を監視している実態も明らかになった。

 それらから浮かび上がる自衛隊の姿は、まぎれもない「軍隊」だ。

 沖縄で自衛隊が存在感と軍事機能を増す中で、昔の日本の軍隊が沖縄で犯した罪が教科書から消されていく。

 今回の教科書検定問題について発言を続ける作家の目取真俊さんは、「対中国を想定した島嶼防衛のために、宮古・八重山地域をはじめとして自衛隊の強化が進められ、沖縄は米軍だけではなく自衛隊の拠点にもなろうとしている。今回の教科書検定問題と沖縄における有事=戦争態勢づくりは密接に結びついている」と指摘する。(社会部 吉田啓)=おわり

            ◇

ある種の言葉が放送禁止用語として、テレビ・ラジオでは自主規制するとはよく聞く話。

国の安全を守る職務の自衛隊が、沖縄のテレビ・ラジオでは、その名を連呼することも、その姿を映像で流すことも自主規制していた。 

いや、単なる自主規制だけではない。

マスコミ会社とマスコミ組合で「自衛隊は画面に出さない」という労使協定を結んでいるというから驚きだ。

つまり自衛隊は、沖縄では放送禁止用語だということになる。

>チーム名には「航空自衛隊レキオウイング」などと、それぞれの隊名がはっきりとうたわれ、テレビの実況中継では決勝を伝える約六分間の放送中に計十八回、「自衛隊」が連呼された。

中国人と同じ視点の吉田記者は、テレビの実況中継で六分間に計十八回も「自衛隊」が連呼されたことを、怒りに震えながらカウントいたのだろう。

それにしても、である。

自国の自衛隊が県のハーリー行事に参加するというのに、地元テレビが、画面に映像を出すのはおろか、その名を連呼するのを怒りに震えて批判する新聞も新聞だ。

一体どこの新聞なのだ。

と思って呆れていたら、おやおやこんなところでも。

中国を母国と慕う目取真センセが、脱清人のDNAを引き継ぐように中国の代弁をしてておられる。

対中国を想定した島嶼防衛のために、宮古・八重山地域をはじめとして自衛隊の強化が進められ、沖縄は米軍だけではなく自衛隊の拠点にもなろうとしている」

なるほど、これでは「琉球処分」の際、日本を嫌って中国に亡命した脱清人そのままの意見ではないか。

中国に軸足を置く目取真氏ならば、与那国に自衛隊を配備することも反対だろうし、石垣に同盟国の艦船が寄港するのも当然反対だろう。


                    ◇

ところで、沖縄のマスコミは本当に自衛隊をテレビ画面から締め出す労使協定を結んでいたのか。

単なる悪い冗談ではないのかという人もいる。

以下はその証拠を示す地元マスコミの「自衛隊憎悪」に関する過去エントリー「自衛隊は画面から消せ!」 沖縄テレビの労使協約よりの抜粋です。

<毎年、GWに開催されている「那覇ハーリー」という伝統行事があり、沖縄テレビではこの模様を中継しています。
那覇ハーリーというのは、簡単にいえば、学校や地域、会社などでチームを組んで参加するボートの競漕です。
この中継放送の際、出場した自衛隊の部隊名などがテレビ画面に露出したことに対して、組合は会社と団交を行ったそうです。

沖縄テレビでは「自社事業には自衛隊並びに自衛隊員は参加させない」との協定を組合と結んでおり、「ハーリーの中継や総集編などの放送では、宣撫工作に加担しないため自衛隊の露出について可能な限り控えるよう会社側に配慮を求めてきましたが、申し入れが守られなかったことは遺憾であり会社に抗議します」とあります。

1972年、沖縄返還とともに自衛隊が移駐した沖縄では、那覇市をはじめとする革新自治体が住民登録の拒否をした。

これにより、保護者の住民票が取れず生徒は事実上の入学拒否となった。(→参考:沖縄タイムス社説 2004年9月22日

又琉球大学のの夜間学部に入学した自衛隊員が学生や職員の入学拒否ピケにあい結局入学出来なかった例もある。

一方、自衛隊に偏見を持つ勢力に限って、沖縄では珍しくない「不発弾処理」は自衛隊に任せて知らん顔。

それを問うと、「自分達の先輩(旧日本軍)の後始末をするのは当然だ」と自衛隊員の決死の処理作業に水をかける。

上記労使協約書の存在は、図らずも、沖縄テレビが労使ともに日本軍、そして自衛隊に対して創業以来、言われ無き偏見を持ち続けていることを暴露してしまった。


差別を声高に叫ぶ人ほど差別主義者である場合が多い。

沖縄マスコミの自衛隊への仕打ちは、差別であると思う方、クリック応援を。

参考:
「那覇ハーリー中継における自衛隊の露出についての抗議文」

脱清人の呪い? 沖縄の自衛隊差別

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第2回 「島守・防人に感謝する集い」の

         ■お知らせ■

戦後の世代から島守・防人となった先輩方に感謝する集いです。
熾烈な地上戦が行われた沖縄において、史実を無視しての日本軍や従軍体験者に対する批判が多いことを悲しむ戦争体験者の方々の声を受け、昨年から始まりました。

日時 6月23日(土) (慰霊の日)13時30分から(慰霊祭は12時から)

「沖縄全戦歿者慰霊祭」(12時~13時)

「第二回 島守・防人に感謝する集い」

第一部 感謝の式典
第二部 映画上映「鎮魂と平和への祈り」(天皇陛下の慰霊のお姿について)
第三部 記念講演「日本の誇り・沖縄の誇り」
       講師 大山晋吾先生(波上宮禰宜・元靖國神社広報課長)

参加費1000円

記念講演の講師は、靖國神社から波上宮(なみのうえぐう)に転任された大山晋吾先生です。大山先生といえば、遊就館の発展に尽力され、靖国の心と英霊のお姿を伝える活動で有名です。
「(多くの英霊が眠る)沖縄県は西の靖國神社だと思っています」とは大山先生の決意のお言葉です。

多くの戦歿者が眠る沖縄県で、6月23日の「慰霊の日」にこのような集いを行うことに意義を感じます。
どうぞご参加くださいませ。

イベントポスターはこちらから⇒ http://goo.gl/cD5Th

【第一部】 感謝の式典

【第二部】 映画上映 「鎮魂と平和への祈り」

【第三部】 記念講演 「日本の誇り・沖縄の誇り」
講 師 大山 晋吾 先生(波上宮禰宜、元靖国神社広報課長)

 

詳 細
日 時 平成24年6月23日(土) 開場13:00 開演13:30
会 場 沖縄県護国神社 (奥武山公園内) 社務所2階大ホール
参加費 1,000円(学生は無料です)
問合せ 090-6831-0989(坂本)
主 催 日本会議沖縄県本部 事務局
沖縄県那覇市若狭1丁目25-11(波上宮内)

◇慰霊の日◇
「沖縄全戦没者慰霊祭」は12:00~13:00沖縄県護国神社本殿 にて執り行われます。沖縄を、そして日本を命を賭して守り抜かれた英霊に感謝の誠を捧げましょう。


連絡先:坂本 090-6831-0989

          ★

 

                 第4回             

沖縄県ことだま研究会のご案内

謹啓

 梅雨の候、会員の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。

今回は、言語がもつ「言霊」とその時代、その場に漂う「空気」との関係について学ぶことにしました。当会の顧問で、英語界の重鎮で国際ディベート学会会長であり、「言霊」について造詣の深い近江神宮言霊普及会専任講師、六輪館・紘道館両私塾の館長を務める松本道弘氏に「ことだまと『空気』」について講演をしていただきます。講演後、質疑応答のほか、沖縄言語文化研究所の中松竹雄所長などによるコメントなど交えて有識者の皆様と懇談する場を設けます。

ご多忙とは存じますが、沖縄文化、神話、言霊にご関心のある皆様友人、知人の方万障お繰り合わせの上、多数ご参加くださいますようお願い申し上げます。 謹白          

演 題 「ことだまと『空気』」

講 師   松本 道弘氏(国際ディベート学会会長)

プロフィール まつもと みちひろ 関西学院大学商学部卒業後、日商岩井に1962年~1969年まで勤務。その後、アメリカ大使館同時通訳、日興証券金融担当役員秘書、NHKテレビ英会話の講師、産業能率短期大学助教授、国際基督教大学講師、名古屋外国語大学教授などを経て、1982年にマネージメント開発研究所を設立。ディベート、国際交渉、異文化コミュニケーションなどの分野、さらに古神道、言霊に関する研究を重ね、最近ではインターネットテレビ「TIMEを読む」を主宰。著書は、「図解2時間でわかるディベート」「新版・速聴の英語」「国貧論」「古神道入門」など100冊を超える。

 

【日 時】平成24年6月24日(日)午後1時30分開場

     午後2時開演、4時終了       

【会 場】沖縄県護国神社 会議室 那覇市奥武山44番地

      電話 098(857)2798

【会 費】1,000

【主 催】沖縄県ことだま研究会  【後 援】沖縄むすび会

【連絡先】沖縄県ことだま研究会  担当 竹林 電話&FAX098 (862) 9195

                        携帯電話  090-3438-6

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住民投票というエセ民主主義

2012-06-21 07:17:07 | 県知事選

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「反日左翼の民意」しか報道しない「発狂3紙」を見ると、与那国島の自衛隊誘致について、反対署名が多いのに、町長と町議会の一部が民意を押し切って基地建設を進めている、といった印象記事が紙面を覆っている。

与那国町の民意とはなにか。

与那国町民が選んだ町長と町会議員が議会で決めればこれこそ与那国町の民意そのものではないか。

反対署名のため臨時に住民票を移したり、子どもを署名に動員するプロ市民の署名など民意とはいえない。

地元の民意というが、その一方で辺野古区民が移設を容認しても反日左翼はこれには反対するだろう。

米軍基地を追い出したフィリピンでは今何が起きているか。

南シナ海での中国の強引な資源確保の争い等、中国とフィリピンがいつ戦争状態になってもおかしくない状況だ。

だが、発狂新聞は中国の不利になるニュースを記事にすることはほとんどない。 

フィリピンは民主主義という点に限れば東南アジアでも、もっとも進んだ国といわれている。

米軍基地を追い出したのはフィリピンの民意ではなかったのか。

住民投票というエセ民主主義にこだわると、フィリピンの2の舞になる。

南シナ海の中国の狼藉が、東シナ海でも目前に迫っている。

南シナ海は対岸の火事ではなく、明日はわが身の出来事である。

条例の直接請求告示 与那国住民投票

琉球新報 2012年6月20日   

 【与那国】与那国島への自衛隊誘致の是非を問う住民投票条例の制定を求める直接請求の申し出があったことを受け、外間守吉与那国町長は19日、請求した与那国改革会議の崎原正吉議長に代表者証明書を交付、町民に直接請求があったことを告示した。同会議は20日から署名収集を始める。請求に必要な50分の1(約25人)の署名が集まるのは確実な情勢で、住民投票が実施されるかどうかは、署名提出後に招集される町議会の判断に委ねられる。
  与那国改革会議が町に提出した請求の要旨は「自衛隊誘致で賛否両論さまざまな意見が存在する中、2008年9月に町議会が誘致決議を強行した。町は、町民が要求した町独自の住民説明会開催にも応じていない」と指摘。「町民が熟考し、各人の意思を明確に表明する機会を創出し、島の民意を適正かつ正確に明らかにする必要がある」として、住民投票の実施を求めている。

           ☆

琉球新報お得意の印象操作記事だが、よく読んでみるとプロ市民団体が住民投票の請求があったというだけの記事。「請求に必要な50分の1(約25人)の署名が集まるのは確実な情勢」などと住民投票が決定したかのような印象だが、署名の参加者に15歳以上の子供が含まれているのが問題視されている。 

反日左翼のお得意の子どもを政治に利用する作戦・・・つまり沖教組の影響をうけている子供たちを署名に動員しようとしているのだ。

住民投票に15歳以上の子供たちを参加させtることに賛成と思われる八重山毎日はこのように報じている。

■八重山毎日新聞 2012/6/5
<住民投票条例案を提出 「自衛隊誘致」で改革会議>
 ~署名運動経て7~8月実施へ 与那国町~

 【与那国】与那国町への陸上自衛隊沿岸監視部隊配備に反対する与那国改革会議(崎原正吉議長)は4日午後、自衛隊誘致の賛否を問う住民投票条例の制定に向け、条例案と直接請求の要旨を外間守吉町長に提出した。町は条例案や要旨の中身を精査、不備がなければ県議選終了後の11日以降に町選挙管理委員会に提出する。問題がなければ告示、1カ月間の署名活動が行われる。そこで条例制定の請求に必要な有権者の50分の1以上の署名を集まれば議会に直接請求、住民投票を実施する。これは早ければ7月後半か8月上旬になる見通し。

 条例案の提出を受けた外間町長は、「20日以内に選管に資格要件が整っているかなどの審査をお願いし、適正であれば告示する」と回答した。
 与那国改革会議は、町議会で誘致賛成派が反対派を上回っていることから、署名運動にあたって町議会の解散を求めることができる3分の1以上を目標としており、崎原議長は「大事なことはみんなで決めよう」として、「運動期間をフルに使い、目標以上の署名を集めて条例案を制定させたい」と強調した。

 住民投票は昨年、反対住民が町に提出した署名が賛成派(514人)を上回る556人となっていることや、防衛省、衆院沖縄北方特別委員会でも「地元の理解が得られるよう尽くしたい」と回答していることなどを挙げ、「住民の声を切り捨ててはいけない」と投票実施を訴えている。
 崎原議長は「町民が熟考し、一人一人の意思を明確に表明する機会を創出するとともに、島の民意を適正かつ正確に明らかにする必要がある」と強調した。
 これに外間町長は「自衛隊誘致については既定方針通り進めていくが、これだけの反対の声があることは無視できない。住民自治を預かる者として、その意見をくみ入れ、所定の手続きを取れば住民投票もやぶさかではない」と受諾した。

          ☆

反日左翼が自衛隊配備阻止に必死になっているが、そもそも国境の島に国防のため自衛隊を配備するか否かは国の専管事項であり、これを住民投票で決めると言うのは民主主義の履き違えであり、アテネの直接民主主義が犯した衆愚政治の極みである。

わが国のような代議制民主主義で、何事も住民投票で決めるという昨今の風潮は、代議士を選んだ有権者の冒涜であり、住民投票に頼る政治家は彼らを信任した有権者を裏切ったことになる。

代議制民主主義で国防のような国の専管事項は、国会の決めた法律が民意なのであり、それにもとづかない「住民投票」「地元の同意」などは違法な手続きである。

自衛隊が国防上必要と国会で決まれば、国防の要所に自衛隊を配備するのに地元の同意は必要ない。

百歩譲って「地元の民意」を考慮したとしても、与那国町の民意は明確である。

与那国町の町長が賛成で、議会が賛成なら、これこそが地元の民意に他ならない。

安全保障・国防問題で、住民投票のような法的根拠のないことで民意を問うことは、事態を混乱させるだけである。

何の法的根拠も無い住民投票など持ち出して住民を扇動する者は、中国に利する使命を帯びた工作員と言われても仕方が無い。

          ☆

国防・安全保障問題は国の専管事項だと縷々述べてきたが、百歩譲って与那国町の民意を尊重したとしても、

与那国町の民意はこうだ。

■八重山日報 2012年6月20日

「自衛隊配置」要請を決議 3―2賛成多数 与那国町議会

 与那国町議会(前西原武三議長)定例会2日目の19日は、与那国島への自衛隊配置に伴う要請決議案を賛成多数(3―2)で可決した

 決議は、安全安心のまちづくりのために、与那国島へ自衛隊を配置する必要があると強調。沿岸監視部隊が、町の振興発展と地域活性化に寄与すると期待を表明している。さらに、首長・町議会・県議選挙でも配置賛成候補が勝利し、民意は明らかと断定している。

 北朝鮮ミサイル発射事案では、PAC3部隊の展開に感謝も示した。
 その上で、町議会として配置に「万難を排して協力」と記し、部隊と町の共存共栄のため、9項目の要望を列挙した。(略)

             ☆

■八重山日報 2012年6月20日

陸自監視部隊早期に 与那国防衛協が要請

 

 与那国町防衛協会(金城信浩会長)は19日、町役場を訪れ、外間守吉町長に、陸上自衛隊沿岸監視部隊配備の要請書を提出した。


 要請書は、防衛をおろそかにした国家は、歴史から消え去ると指摘。与那国への部隊配備は必要最小限度であり、平和を守り戦争を抑止することが目的と記している。(略)


           ☆

 
【おまけ】1
 
以下は沖縄対策本部よりの引用です。

■自衛隊配備阻止を狙い工作活動を進めていた左翼勢力
このような住民投票に持ち込むために、昨年の秋から左翼勢力は東京や与那国島で様々な活動をしていました。
昨年の秋には、一坪反戦地主会関東ブロックが主催し、与那国島への自衛隊派兵を許さない緊急集会を東京で行なっています。そこには反対派の与那国島の町議二人が上京し参加しています。つまり、与那国島への自衛隊配備反対運動を開始するにあたって、人を送り込んだり、交通費をカンパで集めたりする体制をつくるための集会を開催したわけです。


<一坪反戦地主会関東ブロック>
http://www.jca.apc.org/HHK/
※この団体は沖縄県民でないにもかかわらず、嘉手納基地や普天間基地の土地を分割して購入し地主の権利を主張し沖縄の反米、反基地闘争を行う人達です。


翌月には、早速与那国島で自衛隊配備反対の街頭活動を行なっています。


<OTV:与那国島:自衛隊配備反対で街頭行動 2011年11月20日 17時47分>
http://youtu.be/M7E_sh-EZfM


上記のニュース動画では反対派の住民が街頭活動やデモ行進などをおこなったと報道していますが、これは事実と異なります。地元の人はスピーチに担ぎ出された人以外はほとんど参加しておりません。おそらく10月の東京での集会に参加したひとたちこのようなデモを行いながら、人を移り住まわせ地元の人をリーダーとして会をつくりオルグしていったと思われます。


沖縄では毎年5月15日前後には本土から左翼が大挙してやってきて反米集会が開催されますが、今年は与那国島からスタートしました。その様子の動画がアップされていましたので掲載いたします。


<沖縄5・15平和行進/与那国コース2012年5月6日>
http://youtu.be/tLQy3PkMKXE


この5・15平和運動を主催している団体は「沖縄平和運動センター」です。

 

<沖縄平和運動センター>
http://www.peace-okinawa.net/

 

沖縄平和運動センターのトップである議長の崎山嗣幸は社民党の幹部です。この団体が中国の脅威に対する沖縄の抑止力、防衛力の増強を妨害している売国工作団体のトップです。


<社民党沖縄県連合会>
http://www.sdp.or.jp/pref/okinawa/01.html


以前のブログで紹介したように、民主党は北朝鮮とつながっています。


<■沖縄で開催された金正恩最高司令官就任祝賀パーティー>
http://blog.goo.ne.jp/jiritsukokka/e/7dfd00df2e761596686f615e152a004d


■看過していたら非常に危険な与那国島の自衛隊配備
与那国島の自衛隊配備の流れが急速に変わっていった背景が理解できたと思います。しかし、今の日本では彼ら左翼勢力の運動を取り締まる法律はありません。そして、自衛隊配備は国家の専権事項といえども、地元の理解が必要だったり、行政手続き上、町長のサインが必要な書類があったりすると自衛隊配備が頓挫する危険性があります。
与那国島への自衛隊配備が頓挫すると、現在検討中の石垣や宮古島への自衛隊配備も困難となってしまいます。つまり新防衛大綱の実施が阻止されてしまうということです。これは中国や北朝鮮を喜ばせてしまう結果となってしまいます。


■与那国町民1600人への啓蒙が日本を救う

左翼勢力はいま、どんどん与那国島に入り込んでいます。一方保守側はどうかというと、議員などが視察や研修に入ったという話は聞いたことがありますが、現地で地元の人達のための学習会や集会を開催したという話は聞いたことがありません。今必要なのは自分たちが勉強することではなく、与那国島の人に自分たちがどれだけ危険な状態にあるのか、正確な情報を提供することです。
沖縄のメディアが伝えないのなら自分たちが行って伝えるしかありません。啓蒙対象はわずか1600人たらずです。わずかこれだけの人を啓蒙できれば、日本の運命を救うことができるのです。それは、全国の愛国者の力を合わせれば、難しいことではありませんし、住民投票の前にうごきださなければなりません。まずは、早急に、与那国島に人を送り込む軍資金を集めることです

請求に必要な50分の1(約25人)の署名が集まるのは確実な情勢で、住民投票が実施されるかどうかは、署名提出後に招集される町議会の判断に委ねられる。

 

【おまけ】2

住民投票に防衛政策はそぐわない㊤ 拓殖大客員教授 惠 隆之介よりの抜粋です。

三、住民投票実施は町費と時間の無駄遣い
 以上述べた史実を与那国町民はどれぐらい理解しまた記憶しておられるであろうか。
 ここで米国の学者が、「政治に世論調査(住民投票)は無効」と断言した論考を紹介したい。
 平成十七年、米国ワシントン在のシンクタンク「ケイトー研究所」(cato Institute)は世論調査(住民投票)について、イリノイ大学政治学教授ロバート・ワイスバーグ論文、「政治家は世論調査を無視すべき」、「世論調査は政策決定に害悪だ!」を紹介している。それを引用紹介する。


 「世論調査の結果は、あくまでも大衆の期待や願望であって、複雑な背景や実現性を無視したものだ。政治の世界では世論調査は意味をなさない。例えば、国民が給与の増加を望んでいるからと言って紙幣の印刷量をむやみに増やすわけにはいかないのと同じことだ。民主主義政治において最善策はありえず次善の策になりがちだが、世論調査はそうした次善への配慮ができない。そもそも大衆は政策決定に必要な専門知識が不足しているのみか、政策決定後の責任やリスクをまったくとれないのである。」

      ■  ■  ■  ■

 

第2回 「島守・防人に感謝する集い」の

         ■お知らせ■

戦後の世代から島守・防人となった先輩方に感謝する集いです。
熾烈な地上戦が行われた沖縄において、史実を無視しての日本軍や従軍体験者に対する批判が多いことを悲しむ戦争体験者の方々の声を受け、昨年から始まりました。

日時 6月23日(土) (慰霊の日)13時30分から(慰霊祭は12時から)

「沖縄全戦歿者慰霊祭」(12時~13時)

「第二回 島守・防人に感謝する集い」

第一部 感謝の式典
第二部 映画上映「鎮魂と平和への祈り」(天皇陛下の慰霊のお姿について)
第三部 記念講演「日本の誇り・沖縄の誇り」
       講師 大山晋吾先生(波上宮禰宜・元靖國神社広報課長)

参加費1000円

記念講演の講師は、靖國神社から波上宮(なみのうえぐう)に転任された大山晋吾先生です。大山先生といえば、遊就館の発展に尽力され、靖国の心と英霊のお姿を伝える活動で有名です。
「(多くの英霊が眠る)沖縄県は西の靖國神社だと思っています」とは大山先生の決意のお言葉です。

多くの戦歿者が眠る沖縄県で、6月23日の「慰霊の日」にこのような集いを行うことに意義を感じます。
どうぞご参加くださいませ。

連絡先:坂本 090-6831-0989

          ★

 

                 第4回             

沖縄県ことだま研究会のご案内

謹啓

 梅雨の候、会員の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。

今回は、言語がもつ「言霊」とその時代、その場に漂う「空気」との関係について学ぶことにしました。当会の顧問で、英語界の重鎮で国際ディベート学会会長であり、「言霊」について造詣の深い近江神宮言霊普及会専任講師、六輪館・紘道館両私塾の館長を務める松本道弘氏に「ことだまと『空気』」について講演をしていただきます。講演後、質疑応答のほか、沖縄言語文化研究所の中松竹雄所長などによるコメントなど交えて有識者の皆様と懇談する場を設けます。

ご多忙とは存じますが、沖縄文化、神話、言霊にご関心のある皆様友人、知人の方万障お繰り合わせの上、多数ご参加くださいますようお願い申し上げます。 謹白          

演 題 「ことだまと『空気』」

講 師   松本 道弘氏(国際ディベート学会会長)

プロフィール まつもと みちひろ 関西学院大学商学部卒業後、日商岩井に1962年~1969年まで勤務。その後、アメリカ大使館同時通訳、日興証券金融担当役員秘書、NHKテレビ英会話の講師、産業能率短期大学助教授、国際基督教大学講師、名古屋外国語大学教授などを経て、1982年にマネージメント開発研究所を設立。ディベート、国際交渉、異文化コミュニケーションなどの分野、さらに古神道、言霊に関する研究を重ね、最近ではインターネットテレビ「TIMEを読む」を主宰。著書は、「図解2時間でわかるディベート」「新版・速聴の英語」「国貧論」「古神道入門」など100冊を超える。

 

【日 時】平成24年6月24日(日)午後1時30分開場

     午後2時開演、4時終了       

【会 場】沖縄県護国神社 会議室 那覇市奥武山44番地

      電話 098(857)2798

【会 費】1,000

【主 催】沖縄県ことだま研究会  【後 援】沖縄むすび会

【連絡先】沖縄県ことだま研究会  担当 竹林 電話&FAX098 (862) 9195

                        携帯電話  090-3438-6

琉球新報の言論封殺戦いを挑んでいる上原さんの訴訟へのカンパ協力は支援団体の三善会へお願いしております。

--------------------------------------------------------------------------------
ゆうちょ銀行からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【口座番号】記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】サンゼンカイ.
--------------------------------------------------------------------------------
ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【店  名】七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】708
【口座番号】普通:1034797
【名  義】サンゼンカイ.



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パンドラの箱訴訟、傍聴記

2012-06-20 06:07:16 | ★パンドラの箱訴訟

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被告側最重要証人が敵前逃亡を計った。

その瞬間、この裁判の結末が見えた。

台風明けの19日、那覇地裁で「パンドラの箱・・・訴訟」の第8回口頭弁論が行なわれた。

いよいよ来月は本裁判のクライマックスで両陣営の証人尋問が行なわれる。

昨日は両陣営の証人を裁判長が確定するの予定だった。

証人予定者は一ヶ月前から法廷に提出されていた。

各証人の陳述書も提出する手はずであった。

ところが驚いたことに、被告側が申請していた前泊盛博沖国大教授が、裁判当日になって突然理由もなく出廷を拒否したことを裁判長が原告側に伝えた。 

前泊氏は2007年、「パンドラの箱を開ける時」の連載が突然掲載中止になったとき、著者上原さんの担当をしていた琉球新報の記者である。

掲載中止直前に東京に出張し、何者かに掲載中止の指示を受けたと想像される疑惑の人物でもある。

そう、前泊氏こそが、東京から帰社するや態度を一変、上原さんを社に呼びつけて「翌日掲載予定の原稿は、社の方針と異なるから掲載することは出来ない」と一方的に掲載拒否を言い渡したその人である。

琉球新報が本気で勝訴を望むなら掲載拒否の経緯を一番知っているはずの最重要証人が前泊氏であったはずだ。

その最重要証人が証人決定日の朝、証人陳述書も未提出のまま証人尋問を拒否した事実の意味は大きい。

拒否の理由は明らかにされなかったが、前泊氏の敵前逃亡の知らせを知った瞬間、筆者はこの裁判は、勝負あったと感じた。

琉球新報は既に戦意を喪失し勝訴を諦めた。

そしておそらくは敗戦処理を考え始めたと考えた。

なぜなら勝訴のためには必要なはずの最重要証人の代わりに、何も事情を知らない総務部所属の江川某氏を琉球新報の社員と言う理由だけで証人尋問するというから。

結局その日に決定した事項は次の通り。

第9回口頭弁論は
7月17日(火) 午後1時30分~5時

証人尋問は
原告側が星雅彦氏、上原正稔氏の2名。

被告側が名城某氏、江川某氏

証人尋問は、星氏、江川氏、名城氏、上原氏の順で行なわれる。

 ■敵前逃亡の理由

前泊氏の発言は、これまでにも被告側準備書面には何度か引用されてきた。

「同じ資料の引用が掲載拒否の理由である」という、ムチャクチャな主張を正当化するため、前泊氏は「上原氏と琉球新報とは同じ資料の引用はしない、という契約を連載途中で交わしていた」と主張していた。

勿論これは前泊氏の真っ赤な嘘である。

専ら沖縄戦を専門に検証してきた同じ資料を引用せずに評論を書くことは、弁護士が同じ判例や法律の条文を引用せずに評論を書くのに等しい。

こんなばかな契約を、資料をベースに沖縄戦を検証してきた上原氏が結ぶはずは無い。 

一ヶ月前に前泊氏が証人尋問に出廷すると聞いた原告側は前泊氏の大嘘を木っ端微塵に粉砕するための膨大な資料を準備しててぐすねを引いて待っていた矢先の敵前逃亡である。

原告、被告、両陣営にとって最重要証人のはずだった前泊氏が証人確定の直前に敵前逃亡を図った理由は、前泊氏本人と琉球新報の思惑が一致したからだと推測できる。

まず、連載中止の功績を認められ、岩波書店よりの自著出版を手土産に沖国大の教授に「栄転」した前泊氏にとって、法廷に立って己の行なった恥ずべき言論封殺が原告側に叩かれた上白日の下に晒されるとしたら、沖国大教授としての権威に傷が付くと考えた。

そこで前泊氏は証人として法廷に立つことを拒否した。 たとえ琉球新報が敗訴しても「肉を切らして我が身を守る」という心境に至った。

一方琉球新報も、当時の担当記者で一番事情を知る前泊氏が証言台で、嘘で塗り固めた証言をし、原告側にフルボコにされるのは火を見るより明らかと判断した。

そうなると琉球新報が言論封殺を自ら暴露することに等しい。

前泊元記者と琉球新報の思惑が一致した結果が、突然の証人拒否である。

これが最重要証人の前泊元記者の敵前逃亡の真相である。

■皆様へのお願い

来月の証人尋問で、いよいよこの裁判も大詰めを迎えます。

昨年2月の提訴以来、皆様の暖かいご支援のもと言論封殺の戦いを何とか継続してまいりました。

が、ここに来て闘争資金に不足をきたしてまいりました。

7月の証人尋問の次は結審し、続いて判決が下されるものと考えています。

勝利を目前にして闘争資金的に息切れしています。

これまで何度もカンパ頂いている方には心苦しいことですが、なにとぞ事情を察しいただいて、カンパのご協力を改めてお願いする次第です。

なお来月の証人尋問は本裁判のクライマックスですので主任弁護士の徳永先生の他に大阪より上原弁護士も出廷の予定です。

勿論弁護士の先生方のご好意に甘えて手弁当でお願いしているのですが、交通費・宿泊費等の実費もバカにできません。

ご承知の通り、文筆を生業とする上原正稔さん、星雅彦さんご両人とも沖縄の言論界では現在村八分の状況です。

勝利は目前です。

なにとぞ皆様の温かいご支援をお願いいたします。

沖縄の閉塞した言論空間に戦いを挑んでいる上原さんの訴訟へのカンパ協力は支援団体の三善会へお願いしております。

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ゆうちょ銀行からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【口座番号】記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】サンゼンカイ.
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ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【店  名】七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】708
【口座番号】普通:1034797
【名  義】サンゼンカイ.

     ■  ■  ■  ■

 

第2回 「島守・防人に感謝する集い」の

         ■お知らせ■
 
戦後の世代から島守・防人となった先輩方に感謝する集いです。
熾烈な地上戦が行われた沖縄において、史実を無視しての日本軍や従軍体験者に対する批判が多いことを悲しむ戦争体験者の方々の声を受け、昨年から始まりました。

日時 6月23日(土) (慰霊の日)13時30分から(慰霊祭は12時から)

「沖縄全戦歿者慰霊祭」(12時~13時)

「第二回 島守・防人に感謝する集い」

第一部 感謝の式典
第二部 映画上映「鎮魂と平和への祈り」(天皇陛下の慰霊のお姿について)
第三部 記念講演「日本の誇り・沖縄の誇り」
       講師 大山晋吾先生(波上宮禰宜・元靖國神社広報課長)

参加費1000円

記念講演の講師は、靖國神社から波上宮(なみのうえぐう)に転任された大山晋吾先生です。大山先生といえば、遊就館の発展に尽力され、靖国の心と英霊のお姿を伝える活動で有名です。
「(多くの英霊が眠る)沖縄県は西の靖國神社だと思っています」とは大山先生の決意のお言葉です。

多くの戦歿者が眠る沖縄県で、6月23日の「慰霊の日」にこのような集いを行うことに意義を感じます。
どうぞご参加くださいませ。
 
連絡先:坂本 090-6831-0989

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                   第4回             

沖縄県ことだま研究会のご案内

謹啓

 梅雨の候、会員の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。平素は格別のお引き立てをいただき、厚く御礼申し上げます。

今回は、言語がもつ「言霊」とその時代、その場に漂う「空気」との関係について学ぶことにしました。当会の顧問で、英語界の重鎮で国際ディベート学会会長であり、「言霊」について造詣の深い近江神宮言霊普及会専任講師、六輪館・紘道館両私塾の館長を務める松本道弘氏に「ことだまと『空気』」について講演をしていただきます。講演後、質疑応答のほか、沖縄言語文化研究所の中松竹雄所長などによるコメントなど交えて有識者の皆様と懇談する場を設けます。

ご多忙とは存じますが、沖縄文化、神話、言霊にご関心のある皆様友人、知人の方万障お繰り合わせの上、多数ご参加くださいますようお願い申し上げます。 謹白          

演 題 「ことだまと『空気』」

講 師   松本 道弘氏(国際ディベート学会会長)

プロフィール まつもと みちひろ 関西学院大学商学部卒業後、日商岩井に1962年~1969年まで勤務。その後、アメリカ大使館同時通訳、日興証券金融担当役員秘書、NHKテレビ英会話の講師、産業能率短期大学助教授、国際基督教大学講師、名古屋外国語大学教授などを経て、1982年にマネージメント開発研究所を設立。ディベート、国際交渉、異文化コミュニケーションなどの分野、さらに古神道、言霊に関する研究を重ね、最近ではインターネットテレビ「TIMEを読む」を主宰。著書は、「図解2時間でわかるディベート」「新版・速聴の英語」「国貧論」「古神道入門」など100冊を超える。

 

【日 時】平成24年6月24日(日)午後1時30分開場        

     午後2時開演、4時終了       

【会 場】沖縄県護国神社 会議室     那覇市奥武山44番地

      電話 098(857)2798

【会 費】1,000

【主 催】沖縄県ことだま研究会  【後 援】沖縄むすび会

【連絡先】沖縄県ことだま研究会    担当 竹林  電話&FAX098 (862) 9195 

                        携帯電話   090-3438-6


 
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八重山教科書問題、全教育委員の議事録公開へ 市教委

2012-06-19 08:50:39 | 八重山教科書採択問題

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台風一過です。

本日は那覇地裁で「パンドラの箱・・・」訴訟の第8回口頭弁論が行われます。

上原さん支援のため傍聴をお願いします。

詳細は文末に記してあります。

 

          ☆

 

■八重山日報 2012年6月19日

全教育委員の議事録公開へ 市教委

 教科書採択問題で石垣市教育委員会は、9月8日に開催された全教育委員による協議の議事録を作成、公開する方針を固めた。18日、前盛善治教育部長が市議会一般質問で明らかにした。


 市教委は協議について「協議の場の位置づけが不明」として議事録を作成しなかったが、市情報公開・個人情報保護審査会は3月、市教委の判断を「妥当でない」としていた。議事録の作成、公開は26日の市教委で承認される見通し。

            ☆

県教委の狩俣課長が召集権のある仲本全教委協会会長に入れ知恵して開催させた全教委協議が何の法的根拠もない井戸端会議の類であることを何度も指摘してきた。
 
したがって県教委が9月8日の全教委協議を竹富町教育長の採択が正しいという根拠に使うのなら、その議事録を公開した瞬間県教委の主張は根底から崩れ去ってしまう。
 
イデオロギーで染まった「発狂3紙」が、9・8協議の内容を必死になって隠蔽してきた理由がここにある。
 
その一方で県民の知る権利を守り通した八重山日報が9・8協議の詳細を「逆転採択の現場」という特集で暴露していたので同紙の読者や当日記の読者は先刻承知のことである。
 
協議開催後約10ヶ月も経ってから、いまさら議事録公開もないだろうと思うのだが、「発狂3紙」の読者にとっては仰天の内容だと思うので、とにかく記憶の薄れぬうちに公開してほしいもの。
 
9・8全教委協議の議事録公開で極悪複合体の陰謀が空中分解すると思う方、
 
クリック応援お願いします。

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【おまけ】

どうして反日左翼の候補者の支援者は、必ずこんな違法行為をするのだろう。

これこそが、石垣市役所職員には、依然として破廉恥ペンギン市長時代に甘い汁を吸っていた勢力が多数居残っているという証拠である。

八重山日報2012年6月19日

ビラ配布「好ましくない」 市職員の選挙運動追及 仲嶺氏

 
集会参加を呼び掛けるビラを手に市当局を追及する仲嶺氏(18日) 集会参加を呼び掛けるビラを手に市当局を追及する仲嶺氏(18日)

 18日の石垣市議会一般質問で仲嶺忠師氏は、市役所の勤務時間中、県議選の特定候補の集会に参加するよう呼びかけるビラが職員に配布されていたと指摘、市当局に対し「絶対に好ましくない。二度とこのようなことがないよう周知徹底してほしい」と要求した。


 仲嶺氏によると、ビラは自治労市職労が作成。課長席に配布されていたのを仲嶺氏が発見したという。


 鳩間修総務部長は「ビラが配布された状況については全く承知していない。そういう行為は休憩時間、時間外になされるのが好ましい。職務中は職務に専念するのが重要だ」と述べた。


 仲嶺氏は、県議選告示日に開かれた特定候補の集会に、市職員が参加していたことを取り上げ「年休を取っていても、市職員には給与が発生している。好ましくないのではないか」と追及。兼久一彦選管事務局長は「地位を利用しない限り選挙運動は差し支えない」と答弁した

 【おまけ】2

石垣市で蠕動する反日左翼活動家たちの動向を石垣市の読者が報告してくれました。(文責当日記)

          ☆

・・・・・「島仲玲子」の後継者「當山房子」、
選挙前の「地域医療シンポ」の立役者の一人、今後の影響力に注意しています。

6/11の「八重山日報」の新聞報道から八重山人脈の資料を纏めています。
見出し、「市民のトラブル相談に応ずる 石垣調停協会」(添付PDFファイル)

写真左、あの共産党「平和9条教徒事務局長藤井幸子」女史の夫君「弁護士藤井光男」、
なんと石垣調停協会の調停委員ですね。
右隣り「司法書士大田守宣」調停委員。藤井弁護士、大田司法書士の顧問か?(亡父校長)

「當山房子石垣調停協会長」、元看護婦、偉ぶった、名誉、権勢欲が強く、ちょうどあの
元石垣市教育委員長「島仲玲子」女史と同じタイプですね。「當山房子」、「教育委員」だった
ことはたしかです。江川、島仲、當山らは教育委員会の「三羽ガラス」だったような記憶ですね。
特に、當山女史、看護婦出身だけにブログ「サラ」さんの石垣市勤務の現役当時、お互いを知る
間柄にあったと思われますが、・・・・・。

仄聞ですが、藤井弁護士は、當山房子代表取締役の経営する「福祉施設あかゆらの顧問弁護士」
関係の噂があるとか。前大濱市長とも親しく、藤井夫婦とも親しい間柄のようですね。


「當山房子」の交友関係は「ちむぐくる」で↓知ることができます。(注:は送信者)
http://blog.chimugukuru.net/?page=1&cid=11

2011年3月11日に発生した東日本大震災・原発事故に対する、
石垣島における被災・避難者支援のネットワークです。
終息には相当長い時間がかかると思われます。
息の長い継続的な支援が、求められています。
私たち石垣市民は「ちむぐくる(思いやりの真心)」の心を
持って被災者、避難者への支援を続けていきたいと思います


7/3 ちむぐくる結成総会報告ちむぐくる結成総会は、
2011年7月3日(日)午前11時から12時まで、双葉公民館で行われました。

司会の新垣重雄の開会宣言に続いて、
来賓の石垣市企画部秘書広報課 参事兼課長 石垣博史 氏のごあいさつと、
ちむぐくる準備会代表栗村友己のあいさつがありました。

(注:司会「新垣重雄」元参議院議員島袋宗康秘書、元社大党書記長、市議選に二度立候補、
  いずれも落選。前ペンギン大濱市長と高校同期、いつも何でも顔出すプロ市民活動家。
  昨年3月上旬の自衛イージス艦入港の際、帰れコールのデモグループに参加していた。
注:「栗村友己」プロ市民活動移住者。http://kurin.exblog.jp/18345263/)

議事に入り、議長に前大用裕を選出したあと、
準備会事務局長山崎雅毅が経過報告の提案とちむぐくる設立趣意書の
紹介、準備会事務チームの笹尾哲夫がちむぐくる規約と事業計画の
提案を行いました。

(注:「前大用裕」http://www.kinyobi.co.jp/news/wp-content/uploads/2011/11/111202-003trim.pdf)
注:準備会事務局長山崎雅毅 「アンパルの自然を守る会」 会長島村修 事務局山崎雅毅
会長島村修 、元小学校校長、波照間島出身。

アンパルの自然を守る会11月役員会議事録 2010.11.5
出席者 島村修、村田栄正、宇根底智生、山田守、押留俊弘、川村優子、深石隆司、干川明、山崎雅毅
http://www.ishigaki-island-nagura-amparu.org/%E4%BA%8B%E5%8B%99%E5%B1%80%E4%BE%BF%E3%82%8A/
(注:「島村修」前記、「村田栄正」元石垣市教育長「ゾンビの会」、「宇根底智生」宮良出身、元石垣市議。
「山田守」トンポアマチュア研究者?、「干川明」農業、東大全共闘落ち武者の噂、卒業したか不知。
押留俊弘?、川村優子?、深石隆司?)

総会は、拍手で、経過報告案、規約案、事業報告案を承認しました。
続いて役員選出に入り、以下の役員が選ばれました。  

会長 浦内克雄

(注:大浜一郎候補の関係会社の代表者、義弟か?、宮良出身。)

副会長 江川三津恵、慶田盛京子、當山房子

(注:「江川三津江」ご存知前石垣市教育長、「慶田盛京子」元石垣市保育所園長、元婦人会長
  「當山房子」介護サービス会社「あかゆら」代表者、石垣調停協会会長を新聞に公開した。)

事務局長 浦崎英樹
(注:竹富町教育委員、元教師、元校長「大田綾子」の実弟か?)

事務局次長 山崎雅毅、村仲用好

幹事    新垣重雄、新崎和冶(注:元高校教師)、加藤伴子(注:前大濱市長同期)、大城一博、
      田盛勝枝(注:元教師、父君元高校教師、前大濱市長同期)、
      富里八重子(注:元市会議員、与那国町出身、夫君も元教師、先日父君酒気帯び運転で逮捕。)
会計    笹尾哲夫(?)
監査 波平長吉、江川義久
(注:「波平長吉」元石垣市教育長「ゾンビ会」与那国出身、、「江川義久」前石垣市教育長の父君、
「チュウゴク、チュウゴク」の筆者)

相談役 大浜一郎、荷川取明、外間義博、平田勝男
(注:「大浜一郎」県議選立候補者、「荷川取明」アカハチ子ども劇場のまとめ役、「平田勝男」獣医師?)

ネットワークスタッフ 安倍幸広、荒川のぞみ、荒木俊之、
          新城音絵、岩崎一樹、岩崎正春、
          大森秋治郎、押留俊弘、金成晴子、
           栗村友己、坂爪則子、笹原みどり、
           清水玲湖、高木まちこ、寺田奇佐子、
           野崎昌利、藤本真由海、前大用裕、
           水上綾子、南 弘子、安田京子、
           吉本多香美 (以上 22人) (女優のふれこみ「ガレキ」避難者)
(注:みなさん知っている者もいますが、そのようなメンバーですね。
「大浜一郎」さん、取り崩し票獲得を期待したろうが、逆に資金的に利用され見通しが甘かったか??)

最後に、新役員を代表して浦内克雄会長が就任のあいさつを述べ、
総会を終了しました。

引き続いて、交流パーティーが行われました。パーティーの報告は続きの記事です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

避難者の集いのお知らせしばらく告知が出来ていませんでしたが、
毎週木曜日に開催している、避難者の集い。今週もあります。

新しい参加者の方も増え、毎回たくさんの親子連れで賑やかな集まりとなっています。
ちむぐくるスタッフ、サポーターや地域の皆様もどなたでもご参加できますので、
是非お越し下さい。

8月4日(木)午前11時より、場所は、これまでと同様
「島そば一番地」の2F(石垣市字石垣1-1、 電話:0980-88ー1781)
(注:「新垣重雄」の経営店)

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■「パンドラの箱掲載拒否訴訟」
第八回口頭弁論

  日時 :6月19日(火) 午前十一時より

  場所: 那覇地方裁判所

■報告会

  日時: 同日      午前11時半より

  会場 :沖縄県護国神 社社務所内会議室

尚、7月17日(火)の午後には、いよいよ証人尋問が行われます。

上原正稔を支援する三善会にご協力をお願いします。

現在、琉球新報の言論封殺に対し、徒手空拳で戦いを挑んでいるドキュメンタリー作家上原正稔氏の「パンドラの箱掲載拒否訴訟」はこれまで皆様のカンパにより戦いを継続してきましたが、沖縄のマスコミから村八分状況の上原氏は現在闘争資金に不足をきたしています。
担当弁護士の先生も手弁当で支援して下さっていますが、打ち合わせ等をするにも交通費等の出費を無視できません

沖縄の閉塞した言論空間に戦いを挑んでいる上原さんの訴訟にカンパ協力をお願いしております。

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ゆうちょ銀行からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【口座番号】記号:17010 口座番号:10347971
【名  義】サンゼンカイ.
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ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合
【金融機関】ゆうちょ銀行
【店  名】七〇八(読み:ナナゼロハチ)
【店  番】708
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沖縄の恥部!ゼロ校時報酬の闇

2012-06-18 07:19:54 | 未分類

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「ゼロ校時講座」のPTA会費流用「裏給与」問題は、沖縄を震源地にした沖縄の恥である。

機能不全に陥った県教育庁が連綿と続く教育行政の恥部を全国に晒したことになる。

沖縄2紙が必死に隠蔽工作を弄しているが、県民の目は県教育委の今後の対応、そして沖縄2紙の報道姿勢に注がれている。

県教育庁の指導力欠如は八重山教科書問題に続いて「ゼロ校時講座」問題でも露呈した。

法令無視のウチナーンビケーン(沖縄だけは特別)体質がまかり通る勢いであり、文科相の指導を無視し、再度国に反旗を翻す様相を呈してきた。

県教育庁には、もはや教育行政を指導する能力も意欲も無い。

指導力失った県教育庁は、極悪複合体の新メンバー加盟した高P連の言うまま気ままに、身を任している状況である。

          ☆

6月13日の参議院文部科学委員会で、義家弘介議員の県立高校PTA会費流用「裏給与」問題に関する質問をした。

これに対し、平野文科相は次のような趣旨の答弁をした。

「ゼロ校時の報酬は不適切である。事前の許可を得て報酬が認められる兼職とは、学校の授業とは明らかに峻別される別種の兼業の場合である」

結局、その日の大臣答弁では、たとえ土日の授業で届けを出しても、学校の校舎を使用したり教科書を使用した講座の報酬は不適切と言うことになる。

ところがこの国会質疑を一切報道しなかった沖縄タイムスは、3日後れの13日、次のようなベタ記事を目立たない教育面に掲載した。

PTA会費「裏給与」問題は「賄賂」や「脱税」などの刑事犯の疑いも浮上している社会問題である。

これをあえて教育面という目立たない紙面にベタ記事で掲載するところに、沖縄タイムスがこの問題から県民の目を逸らしたいと言う意図が見え隠れする。

しかもその記事たるや文科省の国会答弁を全く無視するかのようである。

ゼロ校時 実態論議

公務位置付け困難視 検討委

県立高校の早朝講座(ゼロ校時)について話し合う2回目の「在り方検討委員会」が12日、県庁内で開かれ、学識経験者や学校長、PTA関係者らが実施形態などを論議。 同講座を教員の「公務外」と位置づけた際の事故や災害時の対応について話し合った。 県立学校教育課によると、早期講座を「公務内」と「公務外」とに分けて、それぞれの課題や問題点を検討。 現在の各高校の実施状況が異なることから「公務内」と位置づけるのは厳しいとの意見が大半を占めた。 「公務外」と位置づけた場合は、PTAなどの第三者的な団体等主催だと明確化することや、外部講師の起用の可能性。 事故が起きた場合の補償の在り方などを探った。 県は7月に3回目の委員会を開催し、最終的な方向性を取りまとめる。(沖縄タイムス 6月16日

           ☆

>現在の各高校の実施状況が異なることから「公務内」と位置づけるのは厳しいとの意見が大半を占めた。 

ということは、検討委の意見としてゼロ校時講座は「公務外」という認識であり、結局「裏給与」を支払うのもやむを得ないということになる。

これでは平野文科相の国会答弁を完全に無視した意見ではないか。

もっとも検討委が行われたのは国会質疑の一日前だから、大臣の答弁を聞いていないといういいわけも成り立つ。 

だが翌日文部科学委員会で国会質疑があることを県教育庁が予め察知していなかったとしたら職務怠慢の謗りを受けても仕方が無い。 

国会質疑の情報は当日記のような個人ブログでさえ事前に情報を得ていたくらいだ。

さて、「公務外」と位置づけた場合は、当然別途報酬を視野にいれた議論になるが、検討委が言うように例えPTAなどの第三者的な団体等主催だと明確化しても、学校の校舎や教科書を使用する限り報酬は不適切、というの文科省見解である。

また、外部講師の起用の可能性等も検討されたようだが、校外の会場を使用し外部講師に依頼し、教科書以外のテキストを使うとなると、いくらPTAが主催しても受験塾となんら変わらないではないか。 

このような状況で事故が起きた場合の補償を学校や国に求めるのはお門違いというもの。

この検討委は非公開らしいが、非公開にする理由が全く見つからない。

この件に関し、読者の黒島さんから手厳しいコメントを頂いているので、引用する。

抑揚を抑え、肝心な点をひとつ、ひとつ追求していく義家議員の質問は、まことに素晴らしいものであった。
さて、一方の沖縄県教育庁、教職員、高P連執行部の連中は、この場に及んでも、課外授業のあり方や、効果、質の向上を無視し、手当復活の妥当性のみを精力的に議論していくのか?
また、検討委員会の議事が一般に非公開なのは、公開の場で行われたら気まずいことでもあるのか?
これは、検討委員会で話されている内容が、一般の保護者や、教職員に聞かれてもいいような内容ではない醜悪な内容ということである
思議なことに、防衛省のアセスに至っては、左翼団体、プロ市民監視のもとで開封、確認作業が行われている。
左翼が要求することには最大限の便宜を図るのが沖縄県のポリシーなのだろう
7月には検討委員会の方針を決定するということであるが、決定内容が手当ての復活ありきで、4月1日に遡って支給を行うという内容なら、文科大臣の答弁と真っ向から食い違う。
逆に、違法とされた部分について、県は自ら非を認め、識名トンネル事件のように、進んで返還を申し出るべきである。
違法を違法とわかっていながら、それには一切触れず、違法を合法に見せかけようとするだけの、極悪トライアングルに、順法精神なんて言葉は存在しない
現場に責任転嫁するだけでは、教育再生など絵に描いた餅以下の存在である。
違法を追求され、大量の処分者が発生し、現場が混乱しないうちに、県は自ら手を打つべきである。
違法状態を放置し、怠惰を貪っていたのは、誰でもない、教職員を統括する県自身である。
部下の責任はトップの責任である

県教育庁、沖P連、沖縄メディアがいくら隠蔽工作を弄しても、

天網恢恢、疎にして漏らさず、

天知る、地知る、読者知る

である。(怒)

ゼロ校時問題で、指導力を欠如した県教育庁の右往左往の対応も見苦しい。

が、それを必死で隠蔽しようとする沖縄2紙の報道姿勢がもっと見苦しい、

と思う方、クリック応援お願いいたします。

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■「パンドラの箱掲載拒否訴訟」
第八回口頭弁論

  日時 :6月19日(火) 午前十一時より

  場所: 那覇地方裁判所

■報告会

  日時: 同日      午前11時半より

  会場 :沖縄県護国神 社社務所内会議室

尚、7月17日(火)の午後には、いよいよ証人尋問が行われます。

上原正稔を支援する三善会にご協力をお願いします。

現在、琉球新報の言論封殺に対し、徒手空拳で戦いを挑んでいるドキュメンタリー作家上原正稔氏の「パンドラの箱掲載拒否訴訟」はこれまで皆様のカンパにより戦いを継続してきましたが、沖縄のマスコミから村八分状況の上原氏は現在闘争資金に不足をきたしています。
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援護法と歴史捏造、新たな論戦の出発点

2012-06-17 07:42:43 | 援護法と歴史捏造

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沖縄タイムスは、沖縄靖国訴訟の敗訴確定の報道以来本日に至るも、社説などによる最高裁批判の論説が見当たらないのは寂しい。

せめて「識者の談話」として、この裁判に深く関わってきた石原昌家沖国大名誉教授のコメントくらい掲載しても良いと思うのだが、本日現在「黙して語らず」を貫いている。

代わりに社会面の最下部のベタ記事にこんな見出しが。

戦いの実相圧殺」

上告棄却に抗議

沖縄靖国訴訟談

16日、原告団が記者会見をして、最高裁の上告棄却に抗議の声明文を出した。

声明では、援護法の適用で被害住民も「積極的戦闘協力者」に仕立て上げ、沖縄戦の実相を捏造して合祀に結び付けていると指摘。合祀を容認する司法の判断は、憲法が保障する人権を無視し、民主主義を根本から否定する暴論だと批判した。2歳の弟ら家族4人が合祀されている原告の安谷屋昌一さん(72)は「合祀を強制され、個人の信仰心は受け入れられないなんておかしい」と批判。母親が合祀されている崎原盛秀さん(78)は「沖縄戦の実相を無視した沖縄差別だ」と談じ、今回の裁判で得た資料を分析して「靖国の本質を暴き。合祀取り消しに向けた運動につなげていきたい」と語った。>

ここでも「ゆすりたかり」の常套句である「沖縄差別だ」がでてくるのは爆笑もの。

民間人の援護金受給は、沖縄県民のみであり、東京空襲などによる膨大な数の民間人戦没者は援護金の対象外である。

家族四人分の援護金を受給していながら、どの面下げて「沖縄差別だ」などと発言できるのだろう。

いつもならマイクに向かって「不当判決」などと蛮声を張り上げる原告団代表の金城実氏の怒りのコメントがないのが寂しいが、そもそも金城氏と上記の安谷、崎原両氏とは同じ原告でも立場が違う。


父親の戦死を「犬死」と罵る金城実氏

安谷屋、崎原両氏は軍属でない母親や幼い弟が合祀されているので、石原教授が主張する「国の歴史捏造による不適格者の合祀」に相当するが、金城氏の父親は兵隊として招集され戦死しているので、本来靖国に祭られるべき適格者ある。

金城氏は戦死した父親の援護金を受け、京都にある私立の美術大学を卒業している。 

美術大学が文系大学のなかで一番金のかかる大学であることはよく知られたこと。

援護金のおかげで金城氏は恵まれた学生生活を送ったことになる。

金城実氏はその父親の援護金を享受しながら、一方では父親の戦死を「犬死だ」と罵って原告団の先頭に立ったわけだから、両親とも草葉の陰で「親不孝もの」と嘆いていることだろう。

関連して、安仁屋正昭さんのコメントを引用する。

先ずは、名前に恥じない働きで、老人たちを焚きつけ訴訟を起してくれた金城実氏と
学者魂で援護法のカラクリを暴露してくれた石原先生に感謝しながら
「御愁傷様です」と御礼を述べたい

沖縄靖国訴訟についての新聞論調が見られないので、テレビ報道を資料として「保存しておく。

沖縄靖国合祀訴訟 遺族の敗訴が確定

NHKニュース 6月15日 16時42分

太平洋戦争の沖縄戦などで犠牲になった肉親が無断で靖国神社にまつられ、精神的な苦痛を受けたとして遺族が神社への「合祀」の取り消しなどを求めた裁判は、最高裁判所で遺族の上告が退けられ、敗訴が確定しました。

この裁判は、昭和20年の沖縄戦などで亡くなった戦没者の遺族5人が「家族を靖国神社に無断でまつられ、肉親を自由に追悼する権利を侵害された」と主張して、靖国神社のほか、神社に戦没者の名前を提供した国に、合祀の取り消しと慰謝料の支払いを求めたものです。
1審と2審はいずれも、「合祀を受け入れられないこと自体は理解できるが、悼を妨げられたり、神社の信仰を強制されたりしておらず、権利の侵害とはいえないなどとして訴えを退け、遺族が上告していました。
これについて最高裁判所第2小法廷の竹内行夫裁判長は、15日までに上告を退ける決定をし、遺族の敗訴が確定しました

              ☆

原告:「家族を靖国神社に無断でまつられ、肉親を自由に追悼する権利を侵害された」

判決:「追悼を妨げられたり、神社の信仰を強制されたりしておらず、権利の侵害とはいえない」


靖国合祀取り消し訴訟 上告棄却・遺族の敗訴確定 QABテレビ

家族が靖国神社に無断で祭られているのは精神的苦痛だとして、遺族らが合祀取消などを求めている裁判で、最高裁判所は、2012年6月13日付けで遺族らの上告を棄却しました。

遺族の敗訴が確定です。遺族側は裁判で、無断で合祀したことは追悼の自由の侵害であり、国の情報提供は政教分離の原則に反すると主張。しかし2011年の控訴審判決で遺族の主張は、「神社の教義及び宗教的行為そのものを否定することに繋がりかねない」として棄却され原告が上告していました。

原告側弁護団によりますと、「上告理由に該当しない」として上告を棄却する決定書が14日、届いたということです。弁護団の山城圭事務局長は、「最高裁は靖国神社による遺族の苦しみを是認し、合祀に協力した国の責任を認めなかった」と強く抗議しています

              ☆

原告:「追悼の自由の侵害であり、国の情報提供は政教分離の原則に反する」

判決:「神社の教義及び宗教的行為そのものを否定することに繋がりかねない」

              ☆

最高裁の上告棄却で原告の敗訴が確定し、沖縄タイムスや石原教授、金城実氏などが戦意喪失した様子だが、沖縄靖国訴訟は終結しても石原教授が火を点けた「援護法のカラクリ」の解明は終わったわけではない。

援護法に絡む「集団自決」の軍命論争は、終結どころか新たな出発点に立ったばかりである。

石原教授の論戦への復活を期待したい。

【追記】

石垣市の読者より、昨日(16日)付け八重山毎日が、沖縄靖国訴訟の上告棄却のアリバイ記事を、ベタ記事で掲載されている旨報告がありましたので紹介します。

昨日のエントリーブログに関する「八重山毎日新聞」記事をご紹介します。
本来の「八重山毎日新聞」の報道ぶりからすれば、「勝訴」ならば大騒ぎの
報道であろうところ、「敗訴確定」の記事、卑怯にも「不都合な事実は」、
目立たぬように、そっと掲載していますね。(添付PDFファイル)

> 6月23日の「沖縄慰霊の日」を目前にして、
> クザの言い掛かりともとれる沖縄靖国訴訟で原告側の敗訴が確定した。

> 法律論はともかく、常識のある国民なら誰でも納得のできる真っ当な最高裁判断である。

↑狼魔人様が仰せのとおり、
「常識のある国民なら誰でも納得のできる真っ当な最高裁判断である。」に同感です。
判決内容を読んでいませんが、報道の範囲から思うに、沖縄県民の事実を捻じ曲げた自分勝手な
我がままな歴史観は、もう通用しないことを知るべき時がきているように思います。



最高裁判決のあった13日(水)、いつもの日めくりカレンダー、奇しくも

「時は偉大なるまで多くのことを正しく裁く」(コルネーユ1606~1684 フランスの劇作家)


また、日めくりカレンダーには次の言葉もありましたね。

「事実はみずから語り出す」
(プラウトゥス BC250~BC184頃 ローマの喜劇作家)


嘘で塗り固めた歴史、論理を主張する者は、そのうち事実により自ら崩壊の道を辿る、
言い得て重い言葉ですね。


【追記】
地元「八重山日報」紙に、「寸鉄直言」、惠隆之介先生の「住民投票は防衛政策にそぐわない」の
論考昨日(上)、本日(中)が掲載されています。具体的に中、台、日の戦後史、現代史を紐解きながら、
防衛政策と住民投票について、簡潔明瞭に説く優れた論考、地元「八重山日報」で読める
「自由な言論空間」の幸せを読者の一人として実感しています

■「パンドラの箱掲載拒否訴訟」
第八回口頭弁論

  日時 :6月19日(火) 午前十一時より

  場所: 那覇地方裁判所

■報告会

  日時: 同日      午前11時半より

  会場 :沖縄県護国神 社社務所内会議室

尚、7月17日(火)の午後には、いよいよ証人尋問が行われます。

上原正稔を支援する三善会にご協力をお願いします。

現在、琉球新報の言論封殺に対し、徒手空拳で戦いを挑んでいるドキュメンタリー作家上原正稔氏の「パンドラの箱掲載拒否訴訟」はこれまで皆様のカンパにより戦いを継続してきましたが、沖縄のマスコミから村八分状況の上原氏は現在闘争資金に不足をきたしています。
担当弁護士の先生も手弁当で支援して下さっていますが、打ち合わせ等をするにも交通費等の出費を無視できません

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