狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

温室効果ガス削減の盲点  角をためて牛を殺す?

2008-01-31 06:42:03 | 県知事選

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「太陽炉」利用でCO2分解=温暖化対策技術に期待-若狭湾エネ研センター・福井 ( 時事通信 2008/01/27-14:41 )

太陽光を集めて高温状態をつくる「太陽炉」を利用して、二酸化炭素(CO2)を分解消滅させることに福井県の外郭団体、財団法人若狭湾エネルギー研究センター(同県敦賀市)が成功した。一日当たり2キログラムのCO2を分解できる計算で、地球温暖化の一因とされるCO2を削減する新技術として注目を集めそうだ。

                     ◇

環境にやさしいとかエコという言葉は日本では黄門様の印籠なりつつある。

コストも考えず環境にやさしい代替エネルギーが食品の値を上げたり、偽造再生紙の回収車が排気ガスを垂れ流しながら駆け回るという喜劇も起きている。

二酸化炭素の削減を叫ぶ声は聞こえてもこれを分解消失させる話は聞いたことはなかった。

■代替物利用とコスト■

エチゼンクラゲが大量発生して日本海沿岸の漁業に大きな被害を与えたのは記憶に新しいが、その処理に困っていた厄介者のクラゲも廃物利用で今では宝の山だという。

時事ドットコム 2007 140701全文

<エチゼンクラゲは宝の山?=高価な試薬化期待-有用成分の精製法開発・福井県立大>

エチゼンクラゲのような本来は厄介者の再利用、いや廃物利用は廃物自体にはコストはかからないので一挙両得の感がするが、

代替利用となると代替物と被代替物のコストを無視したら本末転倒になる。

石油の代替エネルギーとしてトウモロコシを利用したら、トウモロコシはおろか関連の食品までコストが上がったというニュースほどばかばかしい話は最近聞いたことがない。

沖縄タイムスは1月に二回も印籠を振りかざしているが、果たして10日置きに社説で取り上げるほどの問題なのか。

沖縄タイムス1月18日 【古紙配合率偽装】許されぬ信頼裏切る行為

沖縄タイムス1月28日 【業界横並び偽装】「エコ」の名が泣いている

それより上記社説のタイトルのように【(新聞)業界横並びのバッシング】ではないのか。

朝日新聞を始め全国五紙は見事に「横並び」しているが・・・。

朝日新聞1月20日社説:再生紙偽装―「エコ」でだます罪深さ

■究極の環境保全対策■

地球温暖化は、人間の産業活動に伴って排出された温室効果ガスが主因となって引き起こされていることを指す。

大気中の温室効果ガスの濃度は、1750年の産業革命が始まってから、大幅に増加したといわれている。

してみると地球温暖化の元凶ともいえる温室効果ガスは人間の活発な経済活動のシンボルと言えなくもない。

事実、古い日本映画などを見るとモクモクと黒煙を吐く煙突が並ぶ工場群は発展する活気溢れる町の象徴として描かれている。

最近の報道を見ると一酸化酸素が諸悪の根源でもあるかのように、その削減・減少を叫び続けている。


角を矯めて牛を殺す とは、枝葉の事に関わって、肝心な本体を損なうことだが、一酸化酸素の削減にのみ血道を上げるのは本末転倒ではないのか。

温暖化ガスを産業革命以前の状態にするには人間の生活レベルを産業革命以前の状態に逆戻りさせて、自動車や飛行機を廃棄すれば済む。

いや、究極の環境保護を目指すなら環境破壊の張本人である人類が集団自殺すれば済むことである。

このように人間の進化を示す二酸化炭素の排出を必要以上に気にする結果が再生紙偽造のバカばかし騒動にも繋がっている。

参考「古紙100%再生紙は環境にやさしい」はウソでした

問題の二酸化炭素の削減のみを叫ぶ声は聞かれるが、排出した二酸化炭素を分解してしまおうという発想は案外少なかった。

先エチゼンクラゲの廃物利用に成功した福井県だが、同じ福井県の「若狭湾エネルギー研究センター(敦賀市)が二酸化炭素の分解に成功したという。

不安定化させた酸化鉄にCO2の酸素O2を吸収させ炭素Cを分離し無害化させる。

分解のための高熱を得るのに石化燃料を使い更に二酸化炭素を増やしたら、トウモロコシの代替利用以上のお笑いのネタにしかならないだろう。

だが実際は、熱源には太陽光を集めて高温状態をつくる「太陽光」が利用でき、自然の恵みの有効利用の可能性も示されたわけだ。

トウモロコシの代替エネルギー利用と違って、素人にもスッキリと納得できる人間の叡智ともいえる究極の環境保全対策だ。

エチゼンクラゲと言い、二酸化炭素の分解と言い福井県の化学の知恵はすばらしい。

老婆心ながら世界特許の方はちゃんとしているだろうか。

参考エントリ

再生紙偽装の被害者は誰?

 

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司馬遼太郎も読んだ『鉄の暴風』  「琉球処分Ⅲ」

2008-01-30 06:44:59 | 歴史

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■ 「琉球処分Ⅲ」■

「琉球処分」も廃藩置県も日本各県が経験したという視点で見れば日本史流れのの中の共同体験だと言うことが出来る。

廃藩置県は全国諸藩の意志に関係なく、反対する藩があれば容赦なく武力で討つという明治政府の威圧の元に断行された。

その意味で言えば、確かに「琉球処分」は廃藩置県の一種だといえなくもない。

明治維新の原動力となった薩長土肥の下級武士は出身藩の兵と資金でもって幕府を倒した。

それにも拘らず、倒幕から成立した明治政府によって倒幕を支援した藩そのものも潰され、更には武士の誇りも特権も経済基盤である禄高制さえ取り上げられ四民平等の「国民」に組み込まれた。

自分の資金と人材により幕府を倒し新政府を作ったら、その新政府が今度は自分の全ての権益を取り上げ更には解体を迫る。

倒幕派の藩主から見れば、歴史上これほどバカバカしい話はない。

現在の例えで言えば投げたブーメランに己が身を打ち砕かれたようなものだろう。

島津藩主久光が家来の西郷隆盛や大久保利通が突きつけた「廃藩置県」の断行に怒り狂った気持ちは一世紀以上の時を隔てても理解できる。

明治の群像を『飛ぶが如く』や『坂の上の雲』でみずみずしく描いた司馬遼太郎氏は、

「琉球処分」という言葉が多くの琉球史では一見琉球のみに加えられた明治政府の非道な暴力的措置のように書かれていることに疑念を投げかけている。

「(琉球処分と)同時代に、同原理でおこなわれた本土における廃藩置県の実情については普通触れられてはいない。 つまり、本土との共同体験としては書かれていない。」(「街道をゆく 6」)

琉球が特殊な歴史・文化を持っていることは認めても、「琉球処分」はウチナーンビケン(沖縄独特)ではない。

日本史の明治国家成立の過程で見られる普遍的な歴史的現象だというのである。

琉球の場合は、歴史的にも経済的にも、本土の諸藩とはちがっている。 更には日清両属という外交上の特殊関係もあって、琉球処分はより深刻であったかも知れないが、しかし事態を廃藩置県とという行政措置にかぎっていえば、その深刻のどあいは本土の諸藩にくらべ、途方もない差があったとはいえないように思える。」(「街道をゆく」⑥27頁)

しかし、このように「琉球処分」を琉球独自の歴史ではなく日本史の中の明治維新の一過程と捉える司馬氏の歴史観には沖縄の左翼歴史家は猛然と反発するだろう。

その例が先日取り上げた某大学講師の、

琉球は日本ではないのだから、琉球処分は明治維新の国造りの過程ではなく、海外侵略である」という論である。

その論に従うと「琉球処分」は無効だという。

煩雑を承知で、その無効論を再引用する。

<「人道に対する罪を構成」

戦争法規の適用

では、日本による琉球統治は正当だったのか。 日本が琉球の領土支配正当化するためには、日本が琉球を実行支配してきたか、もしくは琉球人に日本人としての帰属意識があることを証明する必要がある。

紙幅の関係上結論を先に述べると、日本による琉球の日本の領土編入は、国際法上の主体である琉球の意志を無視した、明治政府による暴力的で一方的な併合であり、国際法上大きな疑義があるということである。(上村英明『先住民族の「近代史」』>(琉球新報 1月15日)

このような論が当時から沖縄に存在するのを司馬氏は先刻ご承知のようで、自分で表立って反論せずに沖縄民俗学の大家・比嘉春潮氏の著書からの引用でやんわりと対処している。

<何にしても、私は10年ばかり前では、沖縄と本土とが歴史を共有しはじめた最初は廃藩置県からだ、とばかり思っていた。 しかし、そのことはすこしのんきすぎたようでもある。 ホテルの部屋にもどって~ベッドの上に寝転がっていたが、このことを考えはじめると、眠れそうにない。 
雑誌「太陽」の1970年9月号に、比嘉春潮氏が「沖縄のこころ」という、いい文章を寄せておられる。

≪沖縄諸島に日本民族が姿をあらわしたのは、とおく縄文式文化の昔であった。 このころ、来た九州を中心に東と南に向かって、かなり大きな民族移住の波が起こった。 その波は南九州の沿岸に住む、主として漁労民族を刺激して、南の島々に移動せしめたと考えられる。 この移動は長い年月の間に、幾度となくくりかえされた。 そしてここに、言語、習俗を日本本土のそれと共通する日本民族の1支族ー沖縄民族が誕生する。≫

沖縄人の由来について、これほど簡潔に性格に述べられた文章はまれといっていい。 さらに「沖縄民族」という言葉については、氏はその著『新稿沖縄の歴史(三一書房)の自序において、「フォルクとしての沖縄民族は嘗て存在したが、今日沖縄人はナチオンとしての日本民族の1部であり、これとは別に沖縄民族というものがあるわけではない」と、書いておられる。

日本民族の中における沖縄人の巨視的関係位置はこの優れた民族学者のみじかい文章で尽くされているわけで、いまさら私が、那覇の町で思いわずらうこともなさそうである。
しかし、という以下のことを書く前に、1氏族が1社会を構成する前に歴史の共有ということが大きい、ということを、つい思わざるをえない。 日本の本島のなかでも、歴史をすみずみまで共有したのは、さほどの過去ではない。 例えば奥州の青森・岩手の両県が九州の五島列島とおなじ歴史の共同体験をするという時代は、秀吉の天下統一からである。(略) 豊臣政権下で大名になった五島氏は、明治4年の廃藩置県で島を去り、東京に移された。 旧藩主を太政官のおひざもとの東京に定住させるというのは、このとうじの方針で、薩摩の島津氏の当主忠義も、長州の毛利氏の当主も東京にいわば体よく長期禁足されていて、丘陵地に帰ることを許されていない。 このことは最後の琉球王尚泰においても同じである。>(「街道をゆく 6」)

大きな流れで言えば沖縄民族は日本民族の支流である、の一言で某大学講師の「琉球処分=違法な植民地侵略」論を粉砕している。

それでも司馬遼太郎氏は「共同体験をしたから結構だといっているのではない」と断り書きを入れて、

琉球藩が廃藩置県以前、250年にわったて薩摩藩から受けた「痛烈な非搾取の歴史」を述べて日本史上他の藩と異なる特殊性を完全に無視はしていない。

司馬氏は「司馬史観」と呼ばれるリアリズムを歴史小説のバックボーンにしており、

封建制国家を一夜にして合理的な近代国家に作り替えた明治維新を高く評価する。

その歴史観によれば「琉球処分」も日本が近代国家建設のため中央集権国家を作っていく合理主義つまりリアリズムの産物であり、肯定的な見方をしている。

■「鉄の暴風」に毒された「司馬史観」■

一方で、「司馬史観」は昭和期の敗戦までの日本を暗黒時代として否定して自虐史観に陥っていく。

沖縄史に関しても明治期の「琉球処分」では日本の発展していく過程の歴史共有(廃藩置県)として前向きに捉えていたのが

「沖縄戦」となると突如大江健三郎氏と同じ軸足で歴史を見るようになるから不思議だ。

「街道をゆく 6」でも「琉球処分」を述べた後に次のようなくだりがある。

<太平洋戦争における沖縄戦は、歴史の共有などという大まかな感覚のなかに、とても入りきれるものではない。
同国人の居住する地域で地上戦をやるなど、思うだけでも精神が変になりそうだが沖縄では現実におこなわれ、その戦場で15万の県民と9万の兵隊が死んだ。
この戦場における事実群の収録ともいうべき『鉄の暴風』(沖縄タイムス刊)という本を読んだとき、一晩ねむれなかった記憶がある。>(「街道をゆく」6-1978年刊)

なるほど、『デマの暴風』とも言われる『鉄の暴風』を、沖縄戦の「戦場における事実群の収録」として読んだら流石の司馬遼太郎先生も精神が変になりそうで、大江健三郎を彷彿させる逸話を書く羽目に陥っている。

ところで大江健三郎氏の「自分には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、」という有名な文を書いたのは昭和33年だが、

司馬遼太郎氏が『鉄の暴風』を読む以前にこの文を読んでいた可能性はある。

司馬氏はRさんという在日朝鮮人らしき人の口を借りて、沖縄人にも「帰るべき祖国がない」といったことを言わしている。

■大江健三郎にも毒された「司馬史観」■

<ごく最近、古美術好きの私の友人が、沖縄へ行った。彼は在日朝鮮人で、歳は50すぎの、どういうときでも分別のよさをかんじさせる人物である。

彼は帰ってきて、那覇で出会った老紳士の話をした。 私の友人はRという。
ーーRさんはいいですね。
とその老紳士は、しみじみとした口調で、「祖国があるから」と言った。相手が日本人ならば、このひとは決してこうわ言わなかったにちがいない。 
この話をきいたときの衝撃は、いまなおつづいている。 自分の沖縄観がこの一言で砕かれる思いがした。>(「街道をゆく 6」)

沖縄人の立場から言わせてもらうと、司馬氏が「街道をゆく 6」を出版した1978年の時点で、この沖縄の老紳士のように「祖国がない」と考える沖縄人は特殊な思想の人々はともかく普通の県民ではとても考えられないことである。

それにしてもあれほどリアリズムで歴史を見てきた司馬氏が、

沖縄の地上戦のことを考えて精神が変になりそうになり

『鉄の暴風』を読んだら一晩眠れなくなってしまう

あげくの果てには司馬氏は、沖縄の老紳士の話を伝え聞いて、

衝撃が続き、自分の沖縄観がこの一言で砕かれる思いをしたと述べている。

■帰るべき祖国とは■

文中の沖縄の老紳士の特殊な思想に影響を与えたと思われる大江健三郎氏の文を下記に引用する。

<結婚式をあげて深夜に戻つてきた、そしてテレビ装置をなにげなく気にとめた、スウィッチをいれる、画像があらわれる。そして三十分後、ぼくは新婦をほうっておいて、感動のあまりに涙を流していた。
それは東山千栄子氏の主演する北鮮送還のものがたりだった、ある日ふいに老いた美しい朝鮮の婦人が白い朝鮮服にみをかためてしまう、そして息子の家族に自分だけ朝鮮にかえることを申し出る……。 このときぼくは、ああ、なんと酷い話だ、と思ったり、自分には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、というようなとりとめないことを考えるうちに感情の平衡をうしなったのであった> (わがテレビ体験、大江健三郎、「群像」(昭36年3月号)>

このお方、日本人であることを放棄しているのだろうか。
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もう一つの県民大会で  900人を3500人に数字捏造

2008-01-29 13:06:23 | 教科書

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沖縄タイムス 2008年1月29日(火) 朝刊 25面   
 
「超党派維持」訴え/文科省対応に抗議

 沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」をめぐる教科書検定問題で「6・9沖縄戦の歴史歪曲を許さない!県民大会」実行委員会は二十八日、「集団自決」への日本軍の強制を明示する教科書記述を認めなかった文部科学省の訂正申請への対応に抗議する集会を、那覇市の教育福祉会館で開き、約百五十人が参加した。
 集会では琉球大の高嶋伸欣教授が、訂正申請で文科省から四回の書き直しを命じられた教科書会社があったことを紹介、「あいまいな規則を文科省が意図的に運用している。教科書検定制度を大きく改善させなければならない」と話した。

 同大の山口剛史准教授は「集団自決」への軍強制を認めない教科書検定意見が残された影響で「訂正申請後の記述でも、軍強制と『集団自決』の関係があやふやにされた」ことを説明し、「四月からは新学習指導要領で愛国心教育が始まり、教科書への悪影響や攻撃が続く」と懸念を示した。

 会場からは、自民党県連が、九月二十九日の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委員会に解散を求める方針を決めたことを疑問視する声が相次ぎ、「県民は『沖縄戦の真実を教科書に』という一致点のもと、超党派でのとりくみをすすめよう」との集会アピールが採択された。

 集会に参加した青春を語る会の中山きく代表(白梅同窓会長)は「沖縄戦を体験した者として、軍命がなかったとは言わせない。今後も同じ県民として超党派の立場で運動できるよう頑張りたい」と訴えた。

                                             ◇

ひところに比べておとなしくなったかと思っていたら、立春もまじかで春遠からじと思ったのか、またぞろ左翼集団が啓蟄を待たずに蠢動を始めた。

>「6・9沖縄戦の歴史歪曲を許さない!県民大会」実行委員会?

え? 「県民大会」といえば「11万人」の捏造で政府を脅した「9・29県民大会」ではなかったのか。

事情を知らない人は沖縄タイムスの誤植と勘違いしたかも知れないが、沖縄タイムスは意図的誤報はあっても誤植はめったにない。

実は同じ目的の「県民大会」去年二度開催されていたのだ。

琉球大の高嶋伸欣教授を中心にした沖縄教職員組合を実行委員にして6月9日、那覇の県民広場で「6・9沖縄戦の歴史歪曲を許さない!県民大会」が開催されたが、左翼教師集団以外の県民にはそっぽを向かれ動員人数は約900人で(世界日報敷田記者が確認)、9月29日の「11万人」と比べてあまりにも県民は無関心だった。

それでも共同配信は1000人と報じたが沖縄タイムスと琉球新報は3500人と5倍も誇大に報道した。

歴史歪曲 3500人抗議/63団体が県民大会(沖縄タイムス1面)

 実数を5倍に捏造する「県民大会実行委員」の癖はこの頃から芽生えていたようだ。

>自民党県連が、九月二十九日の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委員会に解散を求める方針を決めたことを疑問視する声が相次ぎ、「県民は『沖縄戦の真実を教科書に』という一致点のもと、超党派でのとりくみをすすめよう」との集会アピールが採択された。

元々自民党は共闘には躊躇していたし「一定成果」でやっと左翼運動に訣別できると思っているので左翼運動を継続するはずはないだろう。

「記述修正に一定成果」/自民「検定撤回」実行委解散提起(総合2面) 

「6・9県民大会」実行委員会が蠢動しているのは開店休業状態の「9・29県民大会」実行委員会を再活動させようという意図だろう。

だが、県知事が抜け、自民党会派や県選出自民党国会議員が抜け、そして実行委員長の仲里議長が抜けたくて浮き足立って居るのでは解散するのが自然の流れだろう。

「6・9県民大会」については以下のエントリで触れています。

三ヶ月ごとの「県民大会」は多すぎるでしょう

                     ◇

「11万人」集会が物理的に不可能だと分かった現在でも、沖縄では「11万人」が「主催者発表」の但し書き抜きで堂々と紙面に踊っている。

以下は今夜も、さ~ふ~ふ~さんの引用です。

「すべて軍命令」  2008/01/27 15:39

今日の沖縄タイムスのオピニオン面です。
投稿者がどんな意見を持っていてもいいんですけどね、
「戦隊長命令の有無にかかわらず、(略)、戦場の行為はすべて軍の命令になる」って、意味をなしません。
これじゃあ、兵士が個人的に犯した犯罪も軍命になっちゃいます。
こういう投稿を掲載する以上、面担デスクは、プロの仕事として、
投稿者と相談してわかりやすく書き直ししなくちゃダメだと思いますよ。
たとえば、「戦隊長の監督責任が問われる」とするとかね。

                    *

現在進行中のニセモノです  2008/01/28 08:40

本日の沖縄タイムスのオピニオン面。
もう断定されてます。
10年後には歴史的事実になっていることでしょう。
「メーカー希望小売価格」みたいなものなのにね。


 

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ブリジストン三ツ星の店?

2008-01-29 07:48:35 | 県知事選

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★おいしくて安いお店のランクない★ 川越 コーちゃん(万能川柳:毎日新聞)

再開された船場吉兆で高価な食事をするのを自慢する食通もおれば「安くて旨い店」を見つけて自慢するのも食通。

だったらミッシュランに負けずに日本のブリジストンも「安くて旨くて感じのいい店」のランキング作ったらいいと思うがね。

「ブリジストン三ツ星の店」・・・いいと思う。

ブリジスントンの宣伝にもなるし・・・。

アメリカではジャンクフーヅとして「よい家庭のよい子」は食べないとも聞いたが、「よい家庭」の出でもなく「よい子」でもなかった筆者はいい歳こっ食らっても時々ハンバーガにかぶりつく。

ハンバーガーショップは安くて旨い店の代名詞。

値段に関係なく本当に食べたいものを求める人を食通というのなら、この少年は真の意味での食通だろう。

「ハンバーガー」生きて食べたい 難病の小2男児、渡米移植へ募金活動 消化器官が正常に機能せず、食べ物の消化吸収ができない原因不明の難病「ヒルシュスプルング病類縁疾患」と闘う名古屋市東区の小学2年生、各務宗太郎君(8つ)が米国での多臓器移植を目指すことになり、支援する「そうたろうを救う会」が22日、同市内で移植費用1億2000万円の募金活動を始めた。>

どこにでもある誰でも気軽に食べられるハンバーガーだが、この難病の少年は、生きている間にそれを一度、食べてみたくてしかたがない。

難病のため何も食べられないのだ。

チューブで直接栄養剤を投与されるだけで、ものをちゃんと食べたことがない。

宗太郎君にとってミシュラン推薦の高級レストランの高価な食事より、ハンバーガーに思い切りかじりつく方がはるかに美味しい食事なのだ。

助かるには米国で内臓移植を受けるしか道はないという。

ここにも「万波移植」を拒否した日本移植学会と厚労省の壁を感じる。参考【ニュース】 「万波移植」完全否定へ…病気腎症例調査 

宗太郎君が美味しそうにハンバーガーを食べる姿を早く見たいものだ。

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患者不在の日本移植学会と厚労省 米移植学会が「万波移植」を高評価!

2008-01-28 15:36:24 | 県知事選

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日テレ昼のニュースによると、日本移植学会が否定していた宇和島徳洲会病院の万波誠・医師らが米国移植学会に提出していた「病腎移植論文」が、上位10位以内に入る高い評価を受けていたという。

「万波移植」を完全否定していた日本移植学会(田中紘一理事長)は米国移植学会に対し、万波誠・医師らが米学会で行う予定だった論文発表について中止を求める横やりを入れていたことも判明した。

参考【ニュース】 「万波移植」完全否定へ…病気腎症例調査 (2007年2月23日)

 病気腎移植、宇和島徳洲会病院調査委が大半を「容認」
調査委最終報告「おおむね同意あった」
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080113-OYT8T00183.htm
 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師(67)らによる病気腎移植問題で、同病院の調査委員会(委員長・貞島博通院長)は、県などに最終報告書を提出し、12日、公表した。

 同病院で行われた病気腎の摘出6件、移植11件のうち、ネフローゼ症候群患者からの両腎摘出を除き、「容認できる」などとした。関係学会や国とは逆の結論だが、これで10病院で計42件行われた病気腎移植は調査が終わり、同病院や万波医師らに対する行政処分に焦点が移る。

 外部の専門家を中心にした専門委員会は全例を「不適切・疑問」と報告していたが、調査委は「医学と異なり、医療は患者の個別事情や選択権を考えて判断すべき」と解釈。倫理審査がなかった点や文書による説明・同意がなかったことは問題としつつも、「おおむね同意は取れている」などとし、全否定はしなかった。

 万波医師らの病気腎移植については、日本移植学会など4学会が昨年3月、全面否定した。厚生労働省も7月に臓器移植法の運用指針を改定し、病気腎移植を原則禁止している。

 厚生労働省などは、病気腎移植を保険診療で原則禁止された「特殊療法」にあたると判断。手術の保険適用に必要な患者への文書説明もなかったため、同病院と市立宇和島病院の保険医療機関の指定や万波医師らの保険医登録を取り消す方向で検討している。万波医師が以前勤めていた市立宇和島病院には、診療報酬の返還を求めた。

(2008年1月13日  読売新聞)

                      ◇

>万波医師らの病気腎移植については、日本移植学会など4学会が昨年3月、全面否定した。厚生労働省も7月に臓器移植法の運用指針を改定し、病気腎移植を原則禁止している。

日本の学界も構成労働省も禁止している「万波移植」を米国の学会は最高の評価をした。

米国の評価が全て正しいとは限らないが、日本の現場医療も認めているし、日本の学界自身も意見が分かれている問題だ。

移植を心待ちしている患者側の意見が全く反映されず、学会の面子の張り合いだけが目につくのは筆者だけか。

>「医学と異なり、医療は患者の個別事情や選択権を考えて判断すべき」

この発言を聞くと、日本の医学は医療とはかけ離れていくのかとの疑念を抱く。

日本移植学会は患者の治療を目的の医療は関係ないのだろうか。

それにしても日本移植学会は自分の面子を保つために米学会への「万波論文」の提出を妨害していたのなら、日本の医学会の恥を世界中に晒したことになる。

産経新聞、によると

米移植学会、万波医師の論文発表中止 日本学会の再考要請受け

 病腎移植問題で、日本移植学会(田中紘一理事長)が米国移植学会に対し、宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠・泌尿器科部長(66)らが5月に米学会で行う予定だった論文発表について再考を求める内容の書簡を送っていたことが分かった。これを受けて米移植学会は論文発表を見送ることを決め、関係者に通知した。

 日本の学会が出した書簡は、「万波医師の論文発表についての要請」の表題で、一連の病腎移植が倫理審査を経ずに行われるなど問題点が多く、現在日本で調査が進められている経緯などを説明した内容。「論文は米移植学会にふさわしくないと考えている」と結んでいる。田中理事長名で13日付で送付された。

 これを受けて、米学会側から万波医師の関係者に23日深夜(日本時間)、「時期尚早と判断した」などと論文採用の取り消しが伝えられた。
(以下略)(2007/03/25 02:56)


「万波移植」を完全否定した日本移植学会も意見が分かれていたというから、あくまでも面子にこだわり患者の立場を無視した日本移植学会はやはり恥を知らないのだろう。
病腎問題 結論急ぎ…揺らぐ学会

 病腎移植の有効性に関する論文発表をめぐり、日本移植学会が米国移植学会に「待った」をかけた背景には、3月末に関係学会と合同で病腎移植「原則禁止」の統一見解を出す方針を固めた日本側の学会の立場がうかがえる。関係学会や移植患者団体の内部では、病腎移植の「全否定」に反発する動きも出ており、結論を急ぐ動きの足下で揺らぎも見えている。

 ■言い分

 要請書を出したことについて日本移植学会関係者は「インフォームド・コンセント(患者に対する説明と同意)文書なしの臨床論文は認められないのが常識だから」と説明し、強硬な姿勢だ。

 一連の移植が倫理上の手続きを無視した行為だったことを米側が知らないまま、実績だけが脚光を浴びる事態を憂慮したとみられる。

 これに対し、「万波論文」の発表申請を取り次いだ米国在住の藤田士朗・フロリダ大助教授は「多くの患者のために病腎移植の可能性を論じる場が奪われたのは残念だ。日本の学会は万波医師らが病腎移植を公表しなかったと批判してきたが、発表の機会を取り上げるのは矛盾している」と批判した。

 徳洲会側は、倫理面に重大な手落ちがあったことには「批判を甘んじて受ける」としているが、論文発表にまで“横やり”が入ったことには驚きを隠さない。

 ■紛糾した学会

 学会内部のおひざ元では、現場の臨床医などから「病腎全否定」に異論も出ている。

 2月28日に石川県のホテルで開かれた日本臨床腎移植学会。病腎移植について調査した臼木豊・駒沢大学法学部教授が講演の中で、「患者が病腎移植を自発的に望む場合は否定できない」との見解を述べた後、質疑応答は紛糾。会場から「オープンにやれば認めていいのでは」などの意見が出され、論争になった。

 この学会には、米移植学会の前会長が米国の移植事情についての講演を申し入れていた。講演はいったん受け入れられたが、後日取り消された。米側に伝えられた説明は「学会が近く病腎移植について結論を出すため時期が悪い」だった。米国ではドナー(臓器提供者)を拡大する動きが進み、がんの病腎移植も報告されていることが背景にあるとみられる。

 学会の関係者は「統一見解を出す前に異論を封じようとする雰囲気を強く感じる」と語る。

 宇和島徳洲会病院の調査委員会では、各学会から派遣された専門委員のうち、日本病理学会の委員が会議の場で、「10年、20年先の医療のために、病腎移植の芽を摘むべきでない」と力説していた。だが、専門委員の最終報告書にこの意見は一行も盛り込まれていない。関係した医師の間では「初めから結論ありきの論議だった」などと批判するメールが飛び交っている。

(2007/03/25 02:57)

                      

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首を洗って待ってろよ!橋下知事の挑戦  知性の勧め

2008-01-28 06:45:40 | 県知事選

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NHK大河ドラマは『新撰組』以来めったに見ないが、偶然見た昨日の『篤姫 』で、薩摩の新藩主・斉彬が鶴丸城に着任する場面があった。

お由羅騒動で脛に傷を持つ藩の重臣達が戦々恐々と殿の裁可を待つ様子が描かれていたが、戦々恐々は大阪府職員も同じことだろう。

橋下新知事の着任を待つ大阪府職員はこのドラマを見ていただろうか。

ドラマでは斉彬は寛大な処置でお目こぼしで藩の団結を図ったが、橋下知事は「私が大阪府庁を解体します」と言っているくらいだ。

寛大な処置はないだろう。

早速テレビインタビューでこんなことを言っていたようだ。

大阪府は破産状態と同じですから、破産した会社の従業員であるという覚悟を持ってもらいたい」。(産経新聞)

身に覚えのある職員は首を洗って待った方がよさそうだ。

橋下知事の抵抗勢力は府議会より府職員だという。

橋下知事よ、東国原宮崎知事が言うように

「長野県の田中前知事を反面教師にして」上手くやって欲しい。

田中知事も県の記者クラブ廃止は評価するがね。

戦々恐々、大阪府庁 財政に難題山積 橋下氏当選

2008年01月28日01時32分

 「大阪府は破産会社と同じ。破産会社の従業員という意識を持ってもらう」。当選後のインタビューで、橋下さんは厳しい表情で言い切った。

 橋下さんを迎える大阪府の幹部の一人は「最大の逆風知事。首を洗って待っている」と浮かない顔だ。橋下さんは太田房江知事が力を注いだ産業振興に否定的で、堺市に進出するシャープ関連企業への180億円補助を「失態」と批判したこともある。

 選挙期間中、「私が大阪府庁を解体します」と訴え続けてきた橋下さんに、職員たちは戦々恐々としている。

 「小学校の運動場の芝生化」「中学校への給食導入」――。府は既に橋下さんが掲げる重点事業と現行制度の調整や実現可能性の検討に着手しているが、市町村主体の事業が多い。子育て支援の担当部は「市町村がついてこないとできない」と及び腰だ。

 歳出削減策の筆頭に挙げられている出資法人の見直しも「いきなりゼロにはできない」と府幹部は頭を抱える。各法人には600人以上が出向し、幹部OBの再就職先でもあるため「人事が回らなくなる」。担当者は「相当汗をかかないといけない」と身構える。

 2月下旬の議会日程を考えると、就任から08年度の予算案決定まで、猶予は1週間。財政担当の幹部は「橋下さんの公約を全く予算に入れないわけにはいかない」。

 橋下さんは、昨年末に発覚した3500億円の「赤字隠し」について、今後は認めないとの立場だ。府幹部は「そう言われたらどうしたらいいか分からない。警察官や教員を含めた給与カットは人材確保に決定的な支障が出る」とうなだれる。

 副知事や特別秘書など人事にも関心が集まる。橋下さんは庁内に若手のプロジェクトチームをつくることを検討し、府も人選を進めている。

 ただ、橋下さんに期待する職員も少なくない。

 「外部の圧力から、私がサンドバッグになります。一緒に汗を」。告示の10日、府庁前に集まった職員約200人に呼びかけた橋下さん。幹部は「この言葉に打たれた職員が多かった。職員をどついてでも改革してほしい」と語った。

                       ◇

断 呉智英】バカの勧め、知性の軽侮2008.1.26 03:16

 一九七二年二月、理想社会の実現を目指したはずの若者たちが凄惨(せいさん)な仲間殺しの末、山荘で警官隊と銃撃戦を展開した。連合赤軍事件である。戦後思想史上で最重要の事件であるにもかかわらず、三十六年の歳月を経て記憶も薄らぎつつある。

 そんな今、若松孝二監督『実録・連合赤軍』を観(み)た。まさに実録。資料に基づいて事件を正確に再現した三時間十分の長篇に一瞬の緩みもない。正攻法の力作だ。俳優たちも熱演、とりわけ永田洋子役と遠山美枝子役の二女優には鬼気迫るものがあった。事件を知らない世代にこそ一見を勧めたい。

 だが「実録」であるが故の限界も知っておくべきだ。最後の方で少年が「俺(おれ)たちは勇気がなかったんだ」と泣き叫ぶ。これは事実だろう。だが正しい答えではない。彼らに勇気は十分あった。なかったのは知性である。

 あの時代既に、ドストエフスキー『悪霊』も、ザミャーチン『われら』も、オーウェル『一九八四年』も、ポパー『歴史主義の貧困』も、タルモン『フランス革命と左翼全体主義の源流』も、普通に読むことができた。革命軍の建設というのなら軍事理論書をほんの十冊でも読むべきだった。しかし、彼らがこれらの本を読んだ形跡はない。

 映画には出てこないが永田洋子は山岳アジトでこう言っている。「私たちみたいに単純バカになって早く過去を総括しちゃってよ」。バカの勧め、知性の軽侮である。連合赤軍だけではない。この頃(ころ)から若者は無知を恥じぬようになった。バカを誇るようになった。

 知性の欠如を勇気の欠如としか言えない少年の叫びは痛々しい。坂口弘の獄中詠にも「リンチせし者ら自ら総括す檸檬(れもん)の滓(かす)を搾るがごとく」とある。搾るべき豊潤な知の実を持たなかったのだ。(評論家)

                     ◇

バカでもオノレのバカを先刻承知しているバカはある意味人生の達人なのかも知れぬ。

同じバカでも一番始末に終えないのは生半可な知識で、己のバカに気がつかず世の中自分達を変えるとか、世論をリードしようとするバカである。

永田洋子などはその典型だろうが、

「私たちみたいに単純バカになって早く過去を総括しちゃってよ」

なんれ言っているところを見ると最後は己のバカに気がついたようだ。

だが、バカと悟るのがちょっと遅すぎた。

宴の後に気がついても、

豚もおだてりゃ木に登るというが、バカをおだてると狂気走る場合があるから怖い。

この頃(ころ)から若者は無知を恥じぬようになった。バカを誇るようになった。

いや、若者だけではない。

いい歳をした大人でも恥を知らないものが増えたと思う方、

クリックお願いします。

【おまけ】

若いうちだけだよ無知がウケるのは 川口 かよちゃん(毎日新聞 万能川柳)

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なりすましで大学卒業?

2008-01-27 08:26:53 | 県知事選

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1月26日付 株式会社大学 きちんと教育をしているのか  (読売社説)
 一部抜粋:
<多数の学生が本人かどうか確認できない。こうした大学が果たして大学の名に値するのか。文部科学省が改善を指導したのも当然だろう。

 指導を受けたのは、全授業をインターネットで行う初の4年制大学をうたったサイバー大学(福岡市)だ。

 大学設置基準では、授業を履修した学生に単位を与えることになっている。本人確認できない学生が多いサイバー大は、単位認定の基準を満たしていない疑いがあるためだ。620人とされる学生のうち、今週初めの時点で3割、現在も1割の学生を確認できていない。

 文科省は、早急に全員を確認するよう求めている。学校教育法に基づく改善勧告も視野に入れているという。>

                                             

■便利さが教育を劣化させる?■

その国を劣化させるにはその国の教育を劣化させれば済む。

日教組による教育劣化の陰謀が国民の覚醒により頓挫したかと思いきや、全く別の部分から教育の劣化が始まった。

少子化による進学希望者の減少は、えり好みさえしなければ大学入学を容易にした。

必然的に大学の劣化が始まり“中学レベル”の大学生急増している。

中にはこんな大学も出てくる始末⇒茶髪・ピアス報奨金見送り? あったり前だろう!

高等教育が容易に受けられるようになることは一見歓迎すべきことのように思えるが、ソフトバンクが大株主の株式会社大学(サイバー大学)は一度も登校することなく卒業できるという。

高等教育が容易にに受ける分はともかく、一般の大学と同じく大学卒の認定をするのには問題含みではないのか。

古い世代に属するものとしては勉学とは蛍の光や窓の雪に明かりを求める苦学というイメージが伴う。

まぁ、それほど古くもないし、それほど勤勉でもなかったが、

受験時代苦労して覚えたものは身について、安直に覚えたものはクシャミと共に忘れ去った経験はある。

必要は発明の母とはいうが、発明品は怠惰の母ともいえる。

電卓が暗算力を退化させ、パソコンが漢字を忘れさせ、カーナビが方向音痴を量産する。

産経新聞は【溶けゆく日本人】快適の代償(9)機器の魔力として警鐘を鳴らしている。

だが読売新聞が危惧するように登校をするという「努力」なしに卒業学位を与えていいものだろうか。

■なりすましで大学卒業■

ネット使った大学である以上「なりすまし」は想定内のこととは思うのだが、「今週初めの時点で3割、現在も1割の学生を確認できていない」というのは想定内とはいえないだろう。

「なりすまし」はネット上では犯罪と同義語に使われており、当日記も常連読者のHNを使った「なりすまし」のブログ荒らしがあったので、コメントは従来の自由方式からやむなく「goo IDを持っているユーザーのみ許可」にした経緯もあるくらいだ。

ちなみになりすまし(Disguise、spoofing)とは、

 <ネットワーク上にて他人の名前やIDを利用して活動する行為全般を指す。一般には、IDとパスワードの盗用によって認証システムをだまして、目的の内部システムに侵入する行為を指すことが多い。そもそも本人には権限のないアクセス制御を得るわけであるから、すでにこれ自体が犯罪である。 >

「なりすまし」の対象は1つには限らず、人やモノによって異なって来る。

【なりすましの種類 】
なりすましメール
なりすましサイト
なりすましアクセス 

■なりすましの達人たち■

なりすましの驚くような例として沖縄の憂鬱さんが「NSCとアイスランド少年 」で「アイスランドの16歳の少年が、自国のグリムソン大統領になりすまし、米ブッシュ大統領との電話会談のアポイントを取り付けた」ロイター電を紹介している。

だが、ブッシュ大統領を「なりすまし」でだました少年よりも、5年間もイケメンになりすまし30女をだまし続けて1億3000万円を騙し取った中年男には驚く前にコーヒーを吹いてしまった。

初めて髭面の不細工なツラを彼女の前に晒したのが法廷だったというから、中途半端な法廷ドラマではとても太刀打ちできない。

 勤務先の口座から現金を引き出して男に貢いでいた名古屋市内の女(30)が24日、窃盗容疑で愛知県警に逮捕された。総額は約5年間で計約1億3000万円にのぼる。だが携帯電話の出会い系サイトで知り合った“彼氏”とは1度も会ったことがなく、メールのやり取りだけだった!
                    ◇

 逮捕されたのは元会社員の塚田幸子容疑者。“彼氏”の住所不定、無職の広沢正文容疑者(32)=本籍広島県=も共犯として逮捕された。

 港署によると、2人は平成13年末に出会い系サイトで知り合った。広沢容疑者は14年春ごろから「親が病気になった」などと金を無心。名古屋市の港湾運送会社で経理担当だった塚田容疑者は、やがて会社の口座から現金を引き出すように。

 昨年4月に会社の内部調査でバレるまでの約5年で送金額は約1億3000万円に。今回は昨年3~4月の計250万円分の容疑で逮捕された。

 塚田容疑者は「交際を続けたくてやった」と供述。広沢容疑者はメールで、イケメン系の他人の写真を送って気を引き、理由を付けては直接会うことを避けてきた。実際には同署関係者が「イケメンなんてとんでもない」というほどさえない容姿で、貢がれた金は「遊興費に使った」などと話しているという。

■おまけ■

又いつもの癖で脱線してしまったが、読売新聞に糾弾されたサイバー大学の吉村作治学長は事実無根と怒りの反論をしていたようだが、本人自身も 1994年ディプロマミルであるパシフィック・ウエスタン大学から30万円で博士号(考古学)を購入していた模様。

学長自身がいわば登校しないで学位を取得する大先輩でもあったわけだ。

楽して学位を得る風潮が教育を劣化させているネ。

【追記】ニセ学位、国立大医学部教授も 昇進時、経歴に採用
2008年01月26日10時11分

 国立大学医学部の教授らが昇進や採用の際、米国で学位として認定されていない「博士号」や「修士号」を経歴として使っていたことが25日、わかった。真正な学位と紛らわしい呼称をめぐっては、文部科学省が昨年12月、「高等教育に対する信頼低下につながりかねない」として注意を払うよう全大学に通知している。

 欧米には研究などの実態がないのに大学を名乗って学位を売る機関があり、「ディプロマ・ミル」(学位工場)と呼ばれる。

 

 

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判決は「見出し」が作る 「全知全能」と驕る記者と判事が日本を劣化させる

2008-01-26 07:43:02 | 県知事選

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一昨日の講演会「沖縄戦『集団自決』と教科書検定」には沖縄タイムス、琉球新報の記者も取材に来ていたので、彼らに対し

「(一方的記事だけ出さずに)今夜の講演会の内容も大きく掲載して欲しい」(必ずしも正確な表現ではではないが)

といった呼びかけがあった。

だが実際は記者が会場に来たことを示すアリバイ記事のようなベタ記事だったことはご承知の通り。(琉球新報)

新聞社の判断基準に合わない行事は斯くの如し。

■新聞が「歴史」の判決を下す■

新聞の見出しが歴史を作ったという、もっとも典型的な例は「南京百人斬り競争」であろう。

そもそも判事は法律の専門家ではあっても歴史の専門家とは限らない、いや専門家では無いと断定してもよい。

その判事が専門家の検証はともかく新聞記事が出たということだけを証拠にしたという。

こうなると新聞の恣意的記事、(この場合は読者に媚びて面白おかしく講談のように書いたのだが)が裁判の判決さえ作ることになる。

下記引用文の「この記事」とは「100人斬り競争」を講談のように報じた毎日新聞の記事のこと。

この記事を「事実」と判断するにあたって、内心の躊躇を感じなかった判事はおるまい彼らは「虚報」とは別の事実を体験していた。 だがこの体験を基にすれば、この記事が「非戦闘員虐殺」「虐殺者の英雄化」「日本人虐殺民族」という「論理」をたどらざるを得ない。 だが、そうならざるを得ない点が探求の出発点で筈であって、痴呆のようにこの「論理」のコンベアにのせられていくなら、それは裁判官の任務を放棄したと言えるであろう。(『私の中の日本軍』下 山本七平)

南京落城時、便衣隊、即ちシナ人の市民服を着た兵隊が市民生活の中に溶け込んでいた。 勿論便衣隊を殺しても戦時法違反ではない。

その時期、実際に百人斬りを見た人はいない。

■新聞が「医療」の判決を下す■

裁判官が歴史の専門家とは限らないのと同様に医療の専門家である可能性は少ない。

医療裁判でも裁判官が判決を下す証拠に新聞記事になったかどうかが重大なポイントになる。

【東京】11の病院に搬送断られ95歳女性死亡-清瀬市スレッドより。

奈良県でも新聞の一方的思い込みで糾弾された病院に救急医をしり込みさせるような判決が下りた。

救急隊と患者は絶対善で、病院側は絶対悪であるという思い込みの記者の記事と空気を読みすぎる判決は「卵が先かひよこが先か」の関係にある。

かくして「記事」と「判決」はお互いに悪循環でスパイラル状態に「首都圏救急医療破壊工作」を拡大していく。

 « 首都圏救急医療崩壊 搬送先に収容されるまでの平均時間が43分以上と全国ワースト1の東京で30分で収容された95歳で心臓に持病のある女性死亡と毎日新聞酒井祥宏記者 (その2)報道被害 NHK首都圏の報道デスクと上層部は「首都圏救急医療破壊工作」を止めろ

■全知全能と錯覚する記者■

歴史の専門家が専門誌に研究の成果を論文として掲載するより、

新聞記者が歴史の一部分を誇大に捉え、場合によっては捏造してセンセイショナルなキャンペーン記事を書いたほうが歴史は動く。

人間はポジションによって、自分の能力を超えて、その道に関しては、専門家以上に専門家であると思い込んでしまうことがある。

新聞記者が「○○を取材した」となると、その瞬間○○の専門家に化身する。

山本七平は、戦前の陸大出の軍官僚は現在の東大に負けずとも劣らないエリート意識に満ちた集団だったとこき下ろした後、現在の新聞記者について次のような文を書いている。

こういうタイプの人(陸大出の軍官僚ー引用者注)は、戦後はあまりお目にかからないが、暴力という点を別にすれば、新聞記者の中にはいるようである。 いわば自分は何もかも知り、かつ何もかも理解しているという前提に立つので、自分の知らないことや理解できないことを、すべて、嘘か間違いか、ありえないことにしてしまうタイプである。 従って自分に理解できないことがあると、それを理解するために質問しようとはせず、反射的に「おかしいですね」「そんなことはないでしょう」と言い、あげくの果ては滔々(とうとう)一方的にまくし立てと、「つまるところ、こういうことですネ」と勝手に決めて帰ってしまい、こちらを唖然とさせるタイプである。(『私の中の日本軍』上 昭和50年)

いわば自分は何もかも知り、かつ何もかも理解しているという前提に立つので、自分の知らないことや理解できないことを、すべて、嘘か間違いか、ありえないことにしてしまうタイプである。 

勿論山本氏は彼が接した新聞記者一般のことを言っているのだろうが、

最近の沖縄の「集団自決」に関する記事を見る限り、沖縄紙の記者を特定して述べているのではないかと思うほど見事に当てはまる。(山本七平氏が沖縄タイムスの愛読者だったかどうかは寡聞にして知らないが、それにしても当てはまり過ぎる!)

そう、『鉄の暴風』を書いた大田記者は、現地取材などしなくとも全知全能の記者たる自分達が歴史を作っていくとでも考え、自分の知らないことは「嘘か間違いか、ありえないこと」にした。

彼の後輩である現在の沖縄の記者達は、彼から継承した自分の基準を絶対化する。

そして新聞社の基準に外れたものは「不都合な真実」として決して紙面を飾ることはない。

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歴史は「見出し」が作る

2008-01-25 07:29:57 | 未分類

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戦前、「歴史は夜作られる」という映画があったらしいが、

現在は、歴史は新聞の見出しが作るらしい。

経済理論も新聞の見出しで決まるという。

                   *

経済学の古典、ケインズの『一般理論』は、謹厳な経済学者の経済学論文の集積だと考えられる。

だがタイトルに反して、30年代のアメリカの大恐慌に対応して「失業対策に政府が金を出せ」という処方箋を書いた政治的パンフレットだ、とケインズ本人が認めているらしい。(パンフレットとしての『一般理論』


経済学は、自然科学のように真理を探究する学問ではない。それは応用科学にすぎず、政策として役に立たなければ何の価値もないのだ。国際ジャーナルに載せるためには、定理と証明という形で論文を書かなければならないが、これは茶道の作法みたいなものだ。その作法を守らないと家元に認めてもらえないので、ポスドクのころは一生懸命に論文を書くが、終身雇用ポストを得るとやめてしまう。そんな作法が役に立たないことをみんな知っているからだ。(パンフレットとしての『一般理論』

上記引用文の「経済学」の部分を「歴史学」に置き換えて読んでみたら,産経新聞の【正論】上智大学名誉教授・渡部昇一 歴史問題は時事問題であるが脳裏をよぎった。

そう、今や歴史の真実は専門家の論文より新聞、特に国際ジャーナルの大見出しで決まっていくという不幸な事態に変質しつつある。

朝日新聞の捏造記事から世界中を駆け巡った「従軍慰安婦」などはまさに歴史問題というより時事問題といったほうが相応しい。

上記【正論】に次のようなくだりがある。

しかし去年は南京陥落から70年もたっていたのに、中国系の資金が動いたらしく、10本ものインチキ南京大虐殺映画がアメリカやカナダで作られ、また南京では大虐殺の記念館が数十億円を費やして大拡張された。70年前の事件が-それが虚構であることが完全に証明されているのに-まだポッポと燃えている熱い時事問題なのであり、未来問題でもあろうとしているのである。

 昭和12年の夏、上海あたりにいたのは日本陸軍ではなく、日本人居留民保護のための陸戦隊が3000人程度いただけだった。日本の陸戦隊というのはアメリカの海兵隊とは違って、水兵さんたちが軽武装で居留民保護に当たるのであって、本格的戦闘部隊ではない。その陸戦隊が、数個師団の蒋介石の精鋭主力陸戦部隊に攻撃をしかける可能性はゼロだ。この戦争はユン・チアンとジョン・ハリデイの『マオ』によって、張治中将軍がスターリンの命令で始められたことが説得的にのべられた。

 

戦争を知らない記者達は日本軍というと十把一絡げに同じように扱うが、

上記陸戦隊の例でもわかるように攻撃用か居留民保護用かと各々の目的によって装備も異なっていた。

 

昨夜那覇で催された「沖縄戦『集団自決』と教科書検定」と題する藤岡信勝拓大教授の講演会を聞きにいった。

講演の中で出た話で梅沢少佐と赤松大尉のことを守備隊長と呼称する記述があるが、彼らが率いた「軍隊」は島を守る守備隊ではなく、米艦船に体当たりの自爆するのが目的の海上挺身隊と称する特攻隊であった。

従って島を守備するための陣地や装備はされていなかった。

つまり彼らは自爆による敵艦破壊の命を受けた決死隊であった。

この事実も地元の新聞が、「軍隊は住民を守らなかった」と大見出しで書くと「日本軍は残虐だった」という歴史が新聞によって作られていく。

朝日新聞が「従軍慰安婦」を歴史として捏造していったケースと同じことになる。

講演会は100席準備されていたようだが予備の椅子も出されて100人以上が聴講した。

沖縄タイムス、琉球新報も記者が来ていたようだが、今朝の琉球新報では記者が来たというアリバイのようなベタ記事で、注意して探さないと見落としてしまう。

一方、同ベタ記事の直ぐ上には三段抜きの見出しで「反対派の集会」を写真つきで紹介している。⇒戦争証言収録始まる 全国で15万人目標 カメラ  (1/25 9:39)

 

100人余の講演会は注意して探さなければ見落とすようなベタ記事だが、これが反戦とか平和活動とかを標榜するとたった四人の記事でも写真入で扱われるのが沖縄の新聞の実情である。↓

 「沖縄は自分の問題」 北海道の4人“平和取材” カメラ  (1/24 )

今論議されている「集団自決」も歴史の専門家の検証で「真実」が決まるのではなく、新聞の見出しが歴史を決めていく。

新聞の歴史認識にそぐわない証言は、「不都合な真実」として闇に葬られていく。

歴史を新聞の見出しが決めたら

教育は劣化し

国は滅びる。

 

そう思う方、

クリックお願いします。「↓

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語るに落ちた左翼の首魁

2008-01-24 06:58:22 | ★集団自決

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沖縄タイムス 2008年1月23日(水) 夕刊 5面  
 
書き直し調査官が「強制」/教科書会社、4度申請

 【東京】作家・大江健三郎さんらを被告とする沖縄戦「集団自決(強制集団死)」訴訟で被告側を支援する首都圏、大阪、沖縄の三団体は二十二日夜、教科書検定意見撤回を求める集会を都内で開いた。訂正申請が承認されるまでの経緯を報告した教科書執筆者は、「集団自決」への日本軍の命令を記述した証言史料の書き直しを文部科学省の調査官に「誘導・強制」され、教科書会社が合計四回の再申請を余儀なくされたと強調。「軍命が存在しないという記述を調査官サイドに書かされた」と強く批判した。
 集会には執筆者や学識者、教育関係者ら約百五十人が参加。検定意見の撤回と記述の完全な回復、三月に判決が言い渡される「集団自決」訴訟の支援を継続する方針で一致した。

 執筆者で都立高校教員の坂本昇さんは、軍命の証言を引用した当初の訂正申請記述が、十一月下旬に調査官から「伝聞の形であっても高校生には確定した事実と受け取られる恐れがある」と指摘されたことを説明。「調査官は『直せ』とは命令しなかったが、再訂正を誘導・強制した」と指摘した。

 日本軍の戦争責任に詳しい関東学院大学の林博史教授は「現場の兵士が勝手に手榴弾を配ったという意見もあるが、警察でも軍でも不祥事があれば組織の体質やトップの責任が問われるのは常識。軍の強制は一番大事なポイントだ」と強調。日本軍の強制を認めなかった訂正申請の内容が不十分だと訴えた。                                        

                    ◇
 

ここで述べたいのは、教科書執筆者の愚痴についてでもなければ、被告側を支援する首都圏、大阪、沖縄の三団体の論理なき主張に対する反論でもない。

「軍命あり派」の理論的首魁ともいえる林博史関東学院大学教授が述べた次の一言についてである。

刀折れ矢尽きた敗軍の将はヤケクソになって、支離滅裂なことを言い出した。

「現場の兵士が勝手に手榴弾を配ったという意見もあるが、警察でも軍でも不祥事があれば組織の体質やトップの責任が問われるのは常識軍の強制は一番大事なポイントだ」

平常時の警察の不祥事と戦時中の軍の「不祥事」を同列に語る愚さは、とても歴史の専門家とも思えないが、これは敢て無視しよう。

確かに警察官が不用意に拳銃を民間人に渡すのは警察の不祥事だが、その拳銃で民間人が死亡したら、「警察の強制(命令)」で死亡したことになるのか。

その警察官は勿論同時に警察のトップもその責任が問われるのは当然だとしても、

「警察の強制(命令)」で死んだと記録に留めるべきだろうか。

これがメチャクチャなこじ付けであることは小学生でもわかることだ。

軍の命令や強制という客観的証拠が無い以上、手りゅう弾の存在だけを根拠に「軍の強制(命令)」だと教科書記載を迫るのは、

拳銃で死んだ民間人を「警察の強制(命令)」で死んだと公式記録に書けと迫るのと同じ理屈ではないか。

同じ「集団自決」でも軍隊が居なかった読谷村のチビチリガマの例では自決用の少ない毒薬を奪い合って、手に入らなかった住民は残念がっていたという。

米軍上陸の恐怖にパニック状態になった住民にとって手りゅう弾は毒薬と同じ「ありがたい品」(貴重品)ではなかったのか。

その手りゅう弾が住民の手に在ったからといって、軍の強制(命令)とこじつけるのは論理の飛躍、いや論理の破綻でしかない。

ついでだから他の例も挙げよう。

花火会社の従業員から花火を貰ってそれで爆死したら、「花火会社の強制(命令)」で死んだといえるか。

もう一つおまけに薬品会社の例を挙げよう。

薬品の注意書きが小さくて読みにくく、飲んではいけない人が飲んで死亡した場合はどうなるか。

読みづらい注意書きで、薬品会社の責任は問われても「薬品会社の強制(命令)」で死亡したとはいえないだろう。

語るに落ちたぞ、林教授。

                     ◆
 
以下再掲であす。

■林教授と宮城晴美氏の同一性■

「軍命あり派」の首魁・林博史国学院大学教授の「軍命あり論」と、

「集団自決裁判」の被告側証人・宮城晴美氏の証言は奇妙に二重写しになる。

両者とも「軍命あり派」のリーダーであるから、その論旨が似てくるのは当然としても、

自著の記述がこともあろうか反対論者の証拠となるとこまで似ているとなるとは驚きだ。

林教授の「軍命みなし論」は安仁屋沖国大教授の「合囲地境論」の二番煎じだと述べたが、宮城晴美氏は沖国大時代の安仁屋教授の教え子だというから言っていることが金太郎飴のように似てくるのも肯ける。

両者とも自著で「戦隊長の命令はなかった」と書いているが、その弁解にまで同一性があるとは。

林教授:
「『自決しろ』という命令がなかったからといって、強制があったということを否定する理由にはならない」。

◆宮城氏:
「母が言及している時間帯における梅澤隊長の命令が無かったとしても、以外の時間で梅澤さんの命令があったかも知れず、梅澤さんの責任はあると思うし、そもそも軍としての命令はあったと思う」

両者の弁明はいずれも非論理的でこれで納得する人がいるとは思えない代物である。

2006年教科書検定において、文科省は沖縄の「集団自決」での軍命について、林教授の著書『沖縄戦と民衆』での「・・・なお赤松隊長から自決せよという自決命令は出されていないと考えられる」という1行の記述を軍命がなかった事の根拠の一つに採用したといわれている。

 しかし林教授は、渡嘉敷島の集団自決についても軍命はなくとも、「本の結論では、集団自決は日本軍の強制と誘導によっておこったんだと何度も強調しているのに、それを無視してある一文だけを取り上げるのは、まさに詐欺としか言いようがない」と主張している

一方、宮城晴美氏も同じように自著『母の遺したもの』が誤解されていると主張している。

 宮城晴美さん講演<自著「誤解されている」>  

「集団自決」軍命 訴え継続を強調

宮城さんは「役場職員をしていた母は、助役、学校長、収入役、伝令と五人で梅沢隊長のところへ行った。 助役が『これから住民を玉砕させるので爆弾を下さい』と言ったら(隊長は)しばらく考えて『一応帰ってくれ』と言った。 母の目の前では帰ってくれ言ったけど、実際に助役は家族の所に行って『隊長から命令がきた、これから死ぬよ』と述べた。(略)(琉球新報 2007年6月24日)

両者共に自著では「軍命はなかった」と記述しておきながらそれでも軍の強制だったと強弁している。

これは当初は『鉄の暴風』を鵜呑みにした「軍命あり派」が、その後の検証により「軍命令の存在」を確認出来ないとわかり、

「軍命はあった」⇒「軍命の有無は問題で無い」⇒「軍の存在が問題だ」⇒「軍命令がなくとも強制はあった」。

・・・と「軍命みなし論」に変化して行った典型的な例である。

                  ◆

昨日の「新判 母の遺したもの」のエントリでは纏まりのないままアップしてしまい、

引用文が多すぎて容量一杯で宮城晴美氏のエントリにリンクが張れなかったれなかったので改めて下記にリンクした。

 

「集団自決」の証言者  宮城晴美さん講演

「母の遺したもの」  宮城初江氏の証言

母は軍命令がなかったと証言したために、島で攻撃を受けた。

「集団自決」 大阪地裁の証人尋問

「母の遺言」を書き変える娘 揺れ動く「証言」

集団自決 作家達の証言

自著を否定する宮城晴美氏  証言者の葛藤

証言者宮城晴美氏の苦悩


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「集団自決」 宮城晴美氏が新版で「後出しジャンケン」

2008-01-23 09:37:59 | ★集団自決

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<沖縄集団自決>女性史家、新版で「軍命令あった」の新証言毎日新聞) - 1月22日
 
 第二次大戦時の沖縄・座間味(ざまみ)島の集団自決について、那覇市の女性史家、宮城晴美さん(58)が、「新版 母の遺(のこ)したもの」(高文研)を30日に出版する。

 00年12月出版の前作「母の遺したもの」(同)は、宮城さんの母初枝さん(90年12月死亡)が生前に語っていた「集団自決を座間味村の助役が申し出るのを見た」との証言を掲載し、波紋を広げた。今回は前作をベースにしながら、助役が「軍の命令があった」旨の話をしていたとの新たな証言を追加し、助役の自発的な申し出を逆に否定的に見る内容になっている。

 宮城さんによると、村助役の妹が昨年6月、宮城さんに「兄は『軍からの命令で、敵が上陸して来たら玉砕するように言われている』と言っていた」と証言した。前作時にも取材したが、当時は証言が得られなかったという。

 さらに、助役の別の妹も「父が『もうどうにも生き延びられんのか』と言うと、兄は『軍から命令が来ているんですよ』と答えた」と証言したという昨年9月の沖縄タイムスの報道も盛り込んだ。

 宮城さんは、これらの証言から「助役が集団自決を申し出た」時より前に、軍が助役に住民を自決させるよう命令していた可能性が高いと指摘する。

 また、「住民が国の補償を得るために『軍命令』とする話を作った」という説にも反論。国が補償の調査を始めた1957年より前の55年に書かれた「地方自治七周年記念誌」(沖縄市町村長会)にあった「部隊長の命により、若い者は最後まで戦い、老人子供は玉砕するようにとのこと」との記述を収録した。

 宮城さんは「住民は勝手に死んだのではない。軍の責任は問われるべきだと訴えたい」と話している。(略)

 

                     ◇

「後出しジャンケン」。

必ずしも適当な比喩ではないが、

「新版 母の遺(のこ)したもの」の出版を聞いてとっさに浮かんだ印象である。

それともう一つの印象は大江健三郎氏が、大阪地裁の証言台で行った、自著『沖縄ノート』には記されていない「タテの構造云々」の長演説を、

新説として加えた『新版 沖縄ノート』を出版したといった感じだ。

いずれにせよ、既に勝負では負けているのに屁理屈をこねくり回し勝ちを主張する往生際の悪い印象だ。

そもそも、この「改訂版」出版の話は宮城氏が法廷に立ち、初版本が論破された後、急遽持ち上がったのではなかったのか。

                     

               ◇

『母の遺したもの』は読んだが「新版」はまだ読んでいないし、出版されても読む気はない。

読んでない本を批判するの気が引けるが、上記毎日記事で知る限り旧著と新著の違いは読まなくとも自明である。
 

 >今回は前作をベースにしながら、助役が「軍の命令があった」旨の話をしていたとの新たな証言を追加し、助役の自発的な申し出を逆に否定的に見る内容になっている。

「新たな証言」とは、「集団自決」を事実上指導したといわれる村の助役の妹宮平春子氏の証言だが、助役は一部に「集団自決」の事実上の責任者だと見られている。

その助役の実の妹の証言なら、しかも62年も経過した後の証言なら、刑事裁判では証言価値は極めて薄いだろう。

>宮城さんによると、村助役の妹が昨年6月、宮城さんに「兄は『軍からの命令で、敵が上陸して来たら玉砕するように言われている』と言っていた」と証言した。前作時にも取材したが、当時は証言が得られなかったという。

>さらに、助役の別の妹も「父が『もうどうにも生き延びられんのか』と言うと、兄は『軍から命令が来ているんですよ』と答えた」と証言したという昨年9月の沖縄タイムスの報道も盛り込んだ

宮城さんは、これらの証言から「助役が集団自決を申し出た」時より前に、軍が助役に住民を自決させるよう命令していた可能性が高いと指摘する。

宮平春子氏の証言は本人自身が「軍命を聞いた」訳でではなく実兄の助役がパニック状態で軍命と口走ったのを聞いた「伝聞証言」である。

命令していた可能性が高い」とは単なる著者の思い込みにすぎない。

著者の宮城氏はこの証言を初めて聞いた訳ではなく、旧著を出版時にも本人に取材している。

他の些細な部分ならともかく「母の遺したもの」の最重要部分である「軍命の有無」に関わる事を、前に取材をしておきながら180度異なる結論を出すとは驚きだ。

この新著は三月に出される判決を前にしてプロパガンダの意味で出されたとしか思えないトンデモ本としか思えない。

「住民が国の補償を得るために『軍命令』とする話を作った」という説にも反論。国が補償の調査を始めた1957年より前の55年に書かれた「地方自治七周年記念誌」(沖縄市町村長会)にあった「部隊長の命により、若い者は最後まで戦い、老人子供は玉砕するようにとのこと」との記述を収録した。

 57年に調査は開始されたというが、その調査を担当した当時の琉球政府職員照屋昇雄三さんが援護業務勤務の辞令書を受けたのが54年であるので、

「地方自治七周年記念誌」が書かれた頃、既に「軍命の口あわせ」が行われていてもおかしくはない。

更に当時の戦史の記録の殆どは、50年に出版された『鉄の暴風』の影響を多大に受けており、「地方自治七周年記念誌」の記述者が『鉄の暴風』の影響を受けていたとしても不思議ではない。

 結局「新版」によって、戦後生まれの娘が実際に「集団自決」の生き残りの実母初枝氏が書き残した「旧版」の結論(軍命はなかった)を否定することになる。

                   ◇

宮城晴美氏の証言が特異なのは、実母の宮城初枝氏(故人)と親子二代に渡って、証言が180度変わったことである。

コロコロ変わる宮城親子の証言についてはこれまで再三に渡ってエントリーしているので、

以前からの読者には問題整理のため 、途中からの読者には復習のため、

「母の遺言」を書き変える娘 揺れ動く「証言」より、その経緯を抜書きして以下に再掲します。

                   ◇


宮城さん、原告を批判/「集団自決」訴訟で報告会

自分のついたウソの証言に自責の念にかられた宮城初江氏は「真実」を綴ったノートを娘に託した。

娘はそれを『母の遺したもの』として出版した。

それが係争中の裁判の原告側の証拠として提出された。

娘は故人となった母の代わりに証人尋問の証人として出廷し証言した。

だが、「平和活動家」になっていた娘にとって「母の遺したもの」は「不都合な事実だった。

ちなみに証言者宮城晴美氏はサヨク学者安仁屋教授の教え子である。

証言者は、亡き母の証言を否定し『母の遺したもの』の内容を書き変えて改訂版を出版すると言う。

                    *

宮城氏の証人尋問で次のことが明らかになった。

①宮城氏が、軍による自決命令があったと見解を変えたのは、わずか1月前の本年6月だということ。

②そして宮城氏自身が今も、梅澤さんが自決命令を出したと主張しているわけではなく、

軍に責任があり、そうであるなら部隊長の梅澤さんに責任があると考えるようになったに過ぎない>と言うこと。

 

宮城氏は戦後生まれであり、本来なら「集団自決」の証言者の資格はない筈。

だが、母である初枝氏が座間味島「集団自決」の唯一の生き残証人でその証言を死ぬ前にノートに綴っており、

それを娘の宮城氏が『母の遺したもの』として出版した為、証言者となった。

従って、本人の証言というより「母の証言」についての証言者である。

証人尋問で唯一本人の意見としての証言は

「母が言及している時間帯における梅澤隊長の命令が無かったとしても、以外の時間で梅澤さんの命令があったかも知れず、梅澤さんの責任はあると思うし、そもそも軍としての命令はあったと思う」という証言。

「そもそも軍としての命令はあったと思う」と言うことはその場に居なかった者の推量であり証言とはいえない。

しかも、そう考える(推量する)ようになったのはわずか1ヶ月前の事。

『母の遺したもの』の中で実際に自決を命令したと記述のある村の助役の妹が一月前、自分の兄である助役を庇う証言をした。

それを聞いて宮城氏は自説(母の証言)をいとも簡単に変えたのである。

助役の妹の証言とは、県議会の現地調査の時に出てきた証言である。

これにについて、裁判長が「本当にその証言でよいのですか」と聞き返したことは「母の遺したもの」の母の証言を、裁判の僅か一ヶ月前に翻したことへの不信感の表れなのでしょう。

ちなみに宮城氏が証言を変えた助役の妹の証言の出た県議員団の「現地調査」が、

いかにデタラメな噴飯物だったかは次のエントリーに詳しい。

【新聞が報じない現地調査の実態!】 県議団調査団の醜態

この調査には沖縄タイムスの「ねつ造記事」に対する「お詫びと訂正」というオマケ迄付いたいわくつきの調査である。

 沖縄タイムスの「大きな捏造記事」と「小さな訂正記事」

又しても沖縄タイムスが捏造記事訂正 証言続出の「集団自決」

                     *

ところで宮城証言の根拠である『母の遺したもの』の母初江氏の証言はどうなっているのか。

時間をしばし巻き戻そう。
 
 「集団自決」から37年後の、昭和57年6月。

元座間味守備隊長梅澤さんが座間味島で宮城初枝氏(宮城晴美氏の母)に再会した。

その際、初枝氏は、長年一人で抱え続けて来た苦しい胸の内を一気に吐き出し次のように語った。

「隊長は、自決してはならん、弾薬は支給しないと明言しました。そのことを知っている唯一の生き証人です。」

そして初江氏は、梅澤さんに何度も謝罪した。


そして、その翌月の7月。

初枝氏から梅澤さんに、次のような手紙が送られた。

<真実の歴史を残すためには此れから私のやるべき事が残っております。
あの悪夢のような二十五日の晩のでき事は五人の中、私一人が生存しその内容を知り、語り伝えるための宿命だったかも知れません。
後、一人は生きていて欲しかったのでございます。
誰と話す事なく一人で悩んでいる訳でございます。
私の戦後は終っておりません。

今後、下谷さんが悲劇の座間味の本を再発行する事になりましたので好い機会ですので訂正させて頂き度いと思います。当時の島のふん囲気の軍命を出し、誰がも(誰もが)知れない真実を自分一人で知り乍ら、忠魂碑の前集合は住民にとっては軍命令と思いこんでいたのは事実でございます。

何時も私の心境は梅沢様に対して済まない気持でいっぱいでございました。しかし、村の方針に反する事はできませんでした。
お許し下さいませ すべてが戦争のでき事ですもの。>(沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会より)

その後、更に初枝氏から梅澤さんに、『とっておきの体験手記』と題する手記の写しも送られて来た。

それには、弾薬を渡すよう村の助役が申し出たことに対し、梅澤さんがはっきりと拒んだことが書き綴ってある。

又集団自決を命じた村の助役の実弟宮村幸延氏が、梅澤元隊長が命令したと証言したことに対して梅澤氏に詫びており、詫び状まで書いている。

                       ◆                 

 

母の証言をまとめて『母の遺したもの』を著した娘晴美氏は皮肉にも母の証言を否定する立場で証言台に立った。

彼女が選んだ選択は、自著の表現が未熟であり、関係者に誤解を与えてしまった、座間味島における「集団自決」は梅沢隊長の命令によると証言し、被告側を支援するという道である。

結果的に彼女は自著を否定することになった。

≪果たして彼女はその選択を、一体いつ決めたのだろうか。自らの主体的な意思で選んだのか。母初枝さんは昭和三十一年、村の長老の半ば脅迫じみた言辞に証言を拒めず、しぶしぶ、虚偽の証言をしてしまった。宮城晴美氏もまた、かつての母と同じように、関係者の「圧力」を受けたのだろうか。≫(世界日報より引用)

 

  宮平春子氏の証言は沖縄タイムスが

梅沢隊長は『舌をかみ切って死になさい』と言った」

という誤報を掲載して、

後で「お詫びと訂正記事」を出している。

その誤報記事とは、↓

 県議ら「軍関与を確信」/「集団自決」証言次々

<座間味コミュニティセンターでは、沖縄戦時下、座間味村助役だった宮里盛秀さんの妹の宮平春子さん(80)ら体験者六人の証言を聞いた。「玉砕命令を聞いた」「梅沢隊長は『舌をかみ切って死になさい』と言った」などの証言が次々に飛び出した。体験者が声を詰まらせ、手を固く握り締めながら語る姿に、涙を流す委員もいた。 >

 

 

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「琉球処分」Ⅱ 王朝の春 優美に幕開け

2008-01-22 09:31:37 | 歴史

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沖縄タイムス 2008年1月3日(木) 朝刊 26面   
 
王朝の春 優美に幕開け/首里城きょうまで【写真】

 琉球王朝時代の正月儀式を再現する「首里城公園新春の宴」(主催・国営沖縄記念公園事務所、海洋博覧会記念公園管理財団)が一日から那覇市の首里城公園で開催されている。三日まで。元日の午前中から大勢の観光客や家族連れが詰め掛け、厳粛で優雅な儀式に見入った。
 正殿前の御庭では三部構成の壮大な「朝拝御規式」が披露された。中国の明や清の時代、琉球に伝わったとされる御座楽(うざがく)の演奏のもと、国王や親方に扮した人々が色鮮やかな衣装を身にまとい入場。祭壇に焼香と合掌し、一年の平穏を祈った。

 初めて儀式を見たという八重瀬町の会社員、亀川博芳さん(57)は「息子夫婦に誘われて来た。ゆったりして優雅な感じが素晴らしくて感動した」と話した。

                                            ◇

最近の沖縄のマスコミはこの記事のように琉球王朝時代の行事を誇らしげに紹介するが通例である。

だが、沖縄マスコミが琉球国王を目の敵にしていた時期があった。

住民を搾取した専制君主ゆえ、琉球王朝の宝物も処分して人民に還元すべきだという論調である。

戦火で壊滅した首里城の再建にも、人民を搾取した国王の居城再建に無駄な金を使うべきでない、といった左翼インテリの意見が新聞で紹介されたりしていた。

終戦直後の日本共産党が君主制(天皇制)の打倒を目指したのと同じく、琉球国王は打倒されて当然の専制君主だった。

これは当時の左翼インテリが、コミユンテルンの「32年テーゼ」の影響下にあったことを物語っている。

米軍統治下の沖縄では共産党は禁じられていたため、瀬長亀次郎氏のような筋金入りの共産党員は沖縄人民党の名で「隠れ共産党」として活動していた。

隠れ共産党の沖縄人民党も沖縄の君主(琉球国王)は打倒すべき人民の敵と看做していた。

それが復帰後、沖縄左翼は「反日の丸」、「反日」に方向転換を始めたあたりから、従来の「反琉球国王」から「琉球王朝賛美」に軸足を変えていく。

つまり沖縄左翼の論理は、敵である日本帝国が「琉球処分」で琉球王朝を廃したのであるから、敵である日本の敵は賛美すべきものと変質した。

即ち琉球王国は沖縄左翼の賛美の対象となったのだ。

その結果彼らは夢のような物語を描いて見せた。

憎むべき日本帝国に侵略されなかったら、琉球王国は今でも平和を愛する王国として、独立を享受し繁栄していただろうという幻想である。
 
そこで冒頭記事の「琉球王朝賛美」と裏腹に恨み節で語られるのが「琉球処分」である。

そう、「琉球処分」にはシナ人になりそこなった琉球王国支配層のルサンチマンが凝縮されている。

沖縄在住の評論家恵隆之介氏によれば、琉球王国は住民から過酷な収奪を続けた北朝鮮の「金王朝」のようなものだったという。

そういえば、どちらの王朝も統治者の顔だけが目立って、国民の顔が見えてこないのが共通している。

昨日の「琉球処分」に関するエントリーに読者の「きんじょう」さんから次のようなコメントを頂いた。

<「沖縄は日本ではない」というテーゼに立てば確かに琉球処分は、琉球という国が日本に侵略、併合され、琉球国民は皇民化教育をうけ、悲惨な戦争に駆り出され、あげくのはて集団自決までさせられたということになるのでしょう。韓国の反日理論と同じです。

しかしその頃の琉球は国として存立できるだけの力があったのでしょうか?ペリーが浦賀に行く前か、帰るときか忘れましたが、琉球に立ち寄った際の日記に「琉球の農民は世界で一番悲惨だ」と書いてあるそうです。

大交易時代で栄えたのはほんの一時の話であり、琉球王朝は農民を搾取するだけだったとも聞く。再建された首里城は圧政の象徴としてみればそれほど有難がる気にもなれない。

それに比べて、江戸時代後半の庶民の暮らしは江戸に上った琉球国の役人の目にはとんでもなく豊に映ったろうと思われる。日本につくか、シナにつくか、結果的に琉球は日本を選んだ。琉球国民も馬鹿ではなかった。

琉球処分という言葉は当時の「シナ派」が言い出したと確信していますが、その生き残りがマスコミに巣くい、沖縄を韓国と同一のカテゴリーに嵌めようとしている。

>大交易時代で栄えたのはほんの一時の話であり、琉球王朝は農民を搾取するだけだったとも聞く。

大交易時代は沖縄の歴史学者が誇る琉球王国栄華の時代だが、ほんの一時の話というより、幻ではなかったという気さえする。

その当時、世界交易をするには、各種の航海関連技術、例えば大型船の製造技術、操船術、天文学、地理学、貿易知識、語学、等々が思い浮かぶが、

現在の沖縄に小型漁船のサバニ製造の技術以外に主だった技術の継承の痕跡は見当たらない。

文献にある交易時代とは琉球王国というより、明の時代に鄭和率いる大船団を派遣したといわれるシナの「大航海」に、

琉球に帰化したシナ人が便乗し、これを琉球王国の大交易時代として誇った、と考えた方が自然である。

或いは琉球の朝貢品に対する明の下賜品に大型船もあったというから、それをシナよりの帰化琉球人が操船して交易したとも考えられる。

いずれにしても大交易時代は琉球王国とは言っても一握りのシナ帰化人によって実行されたものであり、一般の琉球国民は大交易時代という華やかなイメージとはかけ離れた生活をしていたことが事実のようだ。

>琉球処分という言葉は当時の「シナ派」が言い出したと確信していますが、その生き残りがマスコミに巣くい、沖縄を韓国と同一のカテゴリーに嵌めようとしている。

「ダッタン人の踊り」とは、ロシアの作曲家ボロディンが作曲したオペラ『イーゴリ公』の第2幕の曲であるが、・・・

「ダッシン人の呪い」とは、・・・これこそ当時の「シナ派」が言い出した「琉球処分」である。

脱清人と称する一握りの「シナ派」は帰化人の係累として琉球王国で権益を享受していたが、

廃藩置県が決まるやこれに反対し清に援助を求めて亡命した。 

「琉球処分」という明治政府に対する呪いの言葉を残して。

 

明治政府は廃藩置県の方針を伝達し、実施するために松田道之内務大丞を琉球に派遣した。

松田は数度にわたり琉球王府首脳の説得にあたったが、事は明治政府の思う通りには運ばなかった。

松田は後に、説得交渉の関連文書をまとめて、『琉球処分』(全3冊、明治12年12月)を刊行した。

琉球王府の「シナ派」要人との交渉過程で「琉球処分」は明治政府への呪いの言葉と化して行った。

廃藩置県も日本史の中で捉えると、「藩」という一種の地方王朝を廃して県にしたわけだから、例えば鹿児島県の場合は「薩摩処分」といえなくもない。

薩摩藩の下級武士だった大久保利通によって突きつけられた「薩摩処分」とも言うべき廃藩置県に、

藩主(国父)の島津久光は怒りのあまりに錦江湾に花火を打ち上げて怒りを何とか抑えたという話もある。

他の藩でも大同小異で権力を享受していた士族階級が、

それを奪われて路頭に迷った例は「士族の商法」という言葉で今でも語り継がれている。

「琉球処分」の折、日本人になるのを拒み中国に助けを求めて亡命した「シナ派琉球人」は、清のシンボルカラー黄色で飾った軍艦が沖縄救援のためやって来ると、本気で信じていたという。(下記沖縄タイムスコラム参照)

彼等「脱清人」の清を祖国と考えるDNAは現代の沖縄の一握りのインテリ達に引き継がれている。

中国を祖国と考えているとも思われる沖縄タイムスが「琉球処分」前後の沖縄について興味深いコラムを書いていた。

◆<2005年5月16日> 沖縄タイムス
[大弦小弦]

 黄色軍艦がやってくる…。船体に黄色の龍の文様を描き、黄龍旗を掲げる清国の南洋艦隊は黄色軍艦と呼ばれたという。知人とこの話をしていたら、黄色軍艦が沖縄を侵略すると、勘違いして話がややこしくなった▼実際は逆で、明治の琉球人にとって清国軍艦は援軍だった。武力で琉球国を併合した明治政府に対し、琉球の首脳らは清へ使者を送って救援を求めている。そして、沖縄側はその黄色軍艦を待ちわびたのだった▼一八八六(明治十九)年に大迫貞清県知事が上申した「事変準備ノ件」が残る。清が軍艦を派遣するとの報に対し、政府派遣の知事は、対策十項目を提案。政府も北洋艦隊から戦艦九隻が派遣されると情報を得て、県に指示を出した▼日清戦争時にも清国の援軍は話題になった。それから百余年が経過し、あれほど待ちわびた援軍をも敵と間違うところに今の位置があるのか。林泉忠著『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス』は当時の言葉を紹介する▼「生きて日本国の属人と為るを願はす、死して日本国の属鬼と為るを願はす」。生きても死んでも日本とは一緒にならないという激しい決意。中国で死んだ幸地朝常が李鴻章へ送った書簡に残る言葉。歴史の反転は大きかったようだ▼百余年前はともかく、少なくとも最近の銃口や占領者を忘れてはいけない。境で揺れる島だからこそ、平和の選択肢を選び取る覚悟も必要だろう。(後田多敦)

 

林泉忠著『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス』は当時の言葉を紹介する▼「生きて日本国の属人と為るを願はす、死して日本国の属鬼と為るを願はす」。生きても死んでも日本とは一緒にならないという激しい決意。中国で死んだ幸地朝常が李鴻章へ送った書簡に残る言葉。

林泉忠氏は国立大学(琉球大学)に在籍しながら反日、独立で沖縄を扇動する中国人教授である。

明治の琉球人にとって清国軍艦は援軍だった。

どうりで中国軍艦が沖縄領海を侵犯しても、沖縄タイムスはこれを静観しているわけだ。

いや、静観というより日本から沖縄を解放に来た援軍とでも思っているのだろうか。

軸足の踏み所を忘れた沖縄タイムスよ、

恥を知りなさい!

 

  【緊急お知らせ】


=教科書問題を考える集い=

沖縄戦集団自決と教科書検定

新しい歴史教科書をつくる会の

藤岡信勝会長、沖縄に来たる!

主催「新しい歴史教科書をつくる会」沖縄県支部

後援 「日本会議沖縄県本部」 「教科書問題を考える会」

講師 藤岡信勝氏( 新しい歴史教科書をつくる会 会長) 昭和18年北海道生まれ。
北海道大学教育学部卒業、同大大学院教育学研究科博士課程単位取得。
東京大学教育学部教授などを経て、現在拓殖大学日本文化研究所教授。
教育学専攻 平成9年新しい歴史教科書をつくる会の創立に参加し、現在会長。
著者に「教科書採択の真相」(PHP新書)共著に「レイプオブ南京」の研究など。

【日時】 平成20年1月24日(木)午後6時30分~ 午後8時30分

【場所】 エッカホテル沖縄 14階ヒルトップ 那覇市天久1068-9 867-5111 地図

【会費】 1,000円

【連絡先】 教科書問題を考える実行委員会 867-3037 担当 敷田氏



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琉球処分報じた中国紙入手 沖縄は日本ではない?

2008-01-21 09:07:07 | 歴史

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沖縄タイムス 2008年1月20日(日) 朝刊 27面  
 
琉球処分報じた中国紙入手/上海図書館で又吉教授

 近代中国で長期間発行され大きな影響力を持った新聞「申報」が一八七五―九四年にかけて琉球について報じた記事を、沖縄大学の又吉盛清教授(近現代沖縄中国関係史)がこのほど中国・上海図書館に保管されている史料の中から入手した。同新聞の旧社屋「申報館」が上海に存在していることも確認した又吉教授は「貴重な史料である記事だ。今後の歴史研究の一助になれば」と話し、公的機関には今後提供する予定。(与儀武秀)
 「申報」は一八七二年四月三十日に創刊された中国の日刊新聞。一九四九年五月二十七日に廃刊になるまで、政治、経済、軍事、外交などさまざまな事象を記録して報じ、歴史研究では第一級の史料とされる。

 今回入手した記事は、琉球処分(琉球の近代日本への併合)期の琉球や日本の動きなど、東アジアの近代史を知る上で貴重な史料となる記録という。

 又吉教授は、昨年末に北京大学での講義のため訪中した際、上海図書館で保管されている申報の琉球に関する記事のコピーを入手した。記事には、日本の新聞の論調を批評したものや琉球に関する日中交渉の経緯などが記されており、琉球処分前後の歴史的うねりの中で、中国側がどのように琉球や日本の動向を見ていたかが把握できる。

 又吉教授は「上海には新聞を発行していた旧社屋『申報館』が現存しており、研究者間でもあまり知られていない」と説明。「県内図書館でも同紙は閲覧できず貴重な史料。これをきっかけに東アジアに対する理解が深まれば」と話している。

同史料の問い合わせは沖大・又吉研究室、電話098(832)2971。

                                             ◇

歴史用語の中には表面上の意味の他に、

その用語誕生時の怨念やイデオロギーが封じ込まれ、

その用語を使用する度にそれが読む人の脳裏にイデオロギーを訴える例が多々ある。

その代表的な例として「天皇制」という言葉がある。

「天皇制」は元々日本の歴史用語にはなく、共産党の「業界用語」が一般化したものである。

「天皇制」と言う用語誕生の経緯について、多少長くなるが、

過去エントリの「朝日の天皇制論 「本音では打倒だが・・仕方ないか」より以下に抜粋します。(確か憲法記念日のエントリー)

朝日新聞は昨日四日の社説で「天皇と憲法を考える 国民と伝統に寄り添って」と題して、憲法問題を「天皇制」に絡めてバトルに持ち込むつもりかと思ったら意外な内容にいささか拍子抜けをした。   

≪朝日新聞の世論調査は、78年から象徴天皇制について断続的に聞いてきたが、支持率は常に80%を超えている。≫という通り、朝日自ら実施して来た30年にも渡る世論調査に「常に80%を超える支持率」には流石の「天皇制」嫌いの朝日もひれ伏さざるを得ないのだろう。

朝日の社説本文中、何度か「天皇制」と言う言葉が出て来るが、この言葉は明治憲法制定の時には言葉として存在していなかった。

因みに明治憲法は立憲君主制を基調にした憲法である。

古代日本には言霊(ことだま)と言うことが信じられていた。
言霊とは言葉に宿っていると信じられる不思議な力のことであり、それが更に進んで言霊により、発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた。

ある思想・信条を持つグループがその思想をある言葉に秘めて使い続けると、その言葉を聞いた瞬間一つのイメージの呪縛に取り付かれる。

「天皇制」と言う言葉は本来共産党が、自分達の天皇に対する呪いの言霊を込めて使った造語であり、日本の歴史には左翼の登場以前には存在しない。

1922年、日本共産党が秘密裏に結成され、「君主制の廃止」をスローガンに掲げた。

1932年のコミンテルンテーゼは、共産主義革命を日本で行うため日本の君主制をロシア帝国の絶対君主制であるツァーリズムになぞらえて「天皇制」と表記した。(この日本共産党に対する指令が有名な「32年テーゼ」でこれについては稿を改めて書きたい)

そして天皇制と封建階級(寄生地主)・ブルジョワジー(独占資本)との結合が日本の権力機構の本質であると規定した。

第二次世界大戦が終結するまで「天皇制」は共産党の用語であり、一般には認知されていなかったが、現代では共産党と関係なく一般にも使用されている。

戦後の新聞メディアは戦前の反動で左翼に傾き共産党造語の「天皇制」を唯々諾々と使用し一般にも無抵抗に使用され出したのだ。 その意味では共産党の作戦は一部成功した。

今でも共産党の「天皇制廃止論」に従う人はこの言葉に呪いの言霊を込めて「天皇制」、「皇民化政策」等と使用している。

二つの新聞が言論・思想を牛耳る沖縄では「天皇制」に対し、特にこの傾向が多く見られる。

地元新聞の活躍で沖縄では、「天皇制」と言えば、「軍靴の響き」、「戦争」、「侵略」、「住民虐殺」等々と言霊が彷徨い出して来る。

最後にはコミュンテルンが指令した「32年テーゼ」つまり「天皇制打倒」と言うスターリンの亡霊にまでたどり着く。

「天皇制」は日本共産党内部の「業界用語」であり、その後には当然の如く「打倒」と言う言葉が対句で連なり「天皇制打倒」で熟語は完成する。

しかし、沖縄メディアの師匠・朝日新聞といえども80%を常に超える支持率には抗す術も無い。

「本音では打倒したいが、仕方が無い・・・」、と言うのが本音なのだろう。

長い引用で恐縮だが、ここでやっと冒頭に引用の記事の「琉球処分」に話が及ぶ。 

その前に先ず「琉球処分」とは何か、を説明すると概略次のようになる。

中央集権の近代国家建設を目指す明治政府は、1871年に全国で廃藩置県を実施し、翌年1872年(明治5)、琉球王国を廃止して琉球藩を設置した。1879年(明治12)、明治政府は琉球藩の廃止を宣言し、同年中に沖縄県を設置した。日本政府のもとで琉球は、近代日本国家に組み入れられていき、琉球王国は完全に消滅した。琉球藩設置から、廃藩置県までの一連の流れを沖縄では琉球処分と呼んでいる。(ウィキぺディア参考)

だが、沖縄の新聞等に現れる「琉球処分」は「天皇制」と同じように左翼学者のイデオロギーを含んだ怨念の用語として使用されるのが一般的である。

沖縄戦に絡んでいえば「皇民化政策」のルーツは明治政府の断行した「琉球処分」にあるという仕掛けだ。

又突然脱線するが、沖縄インテリの代表的「琉球処分」認識を1月15日の琉球新報のキャンペーン記事「沖縄戦認識を問う」⑤<目取真・小林論争を中心に>に垣間見ることが出来る。

「目取真・小林論争」とは「集団自決」に関する小林よしのり氏の一連の著作に対し、作家の目取真俊が琉球新報で批判を加え、それに小林氏が反論し、更に目取真氏の再反論という経過である。

論争とはいっても当事者間ではまだ決着が着かないまま(当日記は小林氏の完勝と見るが)、

琉球新報は卑劣にも第三者に5回連載の紙面スペースを与えて、小林氏叩きのキャンペーン企画を行ったのである。

この琉球新報の卑怯な言論操作については、本旨ではないのでここではさておくが、

途中から論争に介入したこのT大学非常勤講師の小林氏批判文の最終回(第五回)に、

「琉球処分」に関して次のような興味深いくだりがある。

「人道に対する罪を構成」

戦争法規の適用

では、日本による琉球統治は正当だったのか。 日本が琉球の領土支配正当化するためには、日本が琉球を実行支配してきたか、もしくは琉球人に日本人としての帰属意識があることを証明する必要がある。

紙幅の関係上結論を先に述べると、日本による琉球の日本の領土編入は、国際法上の主体である琉球の意志を無視した、明治政府による暴力的で一方的な併合であり、国際法上大きな疑義があるということである。(上村英明『先住民族の「近代史」』

このT講師が主張するには、沖縄戦の「集団自決」は日本軍の住民に対する虐殺行為だから「国際基準で法的責任追及」をするべきだという。

だが、これに該当する国際法「 ハーグ陸戦条約」は交戦国の相手国に適用されるので、日本軍の自国民(沖縄住民)に対する残虐行為には適用されない。

そこで、上記引用の「日本による琉球の日本の領土編入は、国際法上の主体である琉球の意志を無視した、明治政府による暴力的で一方的な併合であり、国際法上大きな疑義があるということである」と主張する。

つまり「琉球処分」は無効だという。

従って沖縄住民は日本国民ではないので、国際法規の「ハーグ陸戦条約」の適用が有効であるというのだ。

その結果「日本軍を国際基準で法的に追求できる」という、まことに壮大な構想の主張である。

しかも責任追及の訴因が、東京裁判でも立証できなかった事後法の「人道に対する罪」。

これを沖縄が連合国に代わって立証し祖国・日本を裁くというのだから、まことに気宇壮大。

歴史の時空は明治維新から沖縄戦へとめまぐるしく駆け巡る。

とても筆者のような凡人にはついてはいけない話である。

 敢て祖国・日本と書いたのは長い米軍占領下から「島ぐるみ」で「祖国復帰」を勝ち取った「沖縄県民の総意」と「琉球処分無効」と

をどのように理論的に整合させるのか興味があったからである。

「小林ー目取真論争」をウヤムヤにしたまま、

第三者に一方の批判文を多量のスペースを与えてめった斬りさせる卑劣な手法といい、

明治維新に遡って「日本の沖縄侵略」を主張する文を何の疑いもなく掲載する琉球新報には、もはやジャーナリストしての矜持は微塵も見られない。

「小林ー目取真論争」の一方に肩入れするあまりに、トンデモ論文を平気で掲載する琉球新報よ、

恥を知りなさい!


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教科書問題・分裂した実行委員会

2008-01-20 10:20:38 | 教科書

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沖縄タイムス 2008年1月20日(日) 朝刊 2面   
 
「記述修正に一定成果」/自民「検定撤回」実行委解散提起

 沖縄戦「集団自決(強制集団死)」に関する教科書検定問題で、自民党県連(外間盛善会長代行)は十八日、教科書検定意見撤回を求める県民大会実行委員会(委員長・仲里利信県議会議長)に解散を提起する方針を決めた。「記述が修正されて一定の成果を得た。実行委の役割は終え、活動に区切りをつけるべきだ」というのがその理由。同党県連の国会議員や県議は、記述の訂正を事実上の検定意見撤回だと受け止め、県民大会の目的はほぼ実現した―との認識だ。存続を求める実行委は強く反発しているが、同県連が幕引きの意向を明確にしたことで、教科書検定をめぐる超党派の活動は極めて困難な状況に追い込まれた。(政経部・与那原良彦)
 十八日の議員総会では「自民党も一丸となった要請で記述が訂正され、検定意見は事実上撤回された」「実行委は県民大会開催とその後の要請行動が目的だ。県民大会で求めたことは一定の成果を得た」などの意見が相次いだ。実行委の役割は終わっており、活動に区切りをつけるべきだという見解でまとまった。

 実行委幹事の伊波常洋政調会長は「訂正を拒んでいた文部科学省が訂正に応じ、制度の中でギリギリまで踏み込んだ対応をした。軍が主語になり、関与を認めた。事実上の検定撤回だ」と指摘。沖縄条項の設置などは県民大会決議を超えた要請だとして、「仕切り直して、今後の問題についてはあらためて、組織的対応を検討すべきだ」と述べた。

 議員総会では、「自民党が主導して解散を求めれば、『実行委つぶし』と批判されかねない」という慎重意見もあった。しかし、県議の間には「超党派要請だが、結局は政府与党への批判を招き、野党が得をするだけだ」と不満が渦巻く

 六月に県議選を控え、衆院の解散・総選挙がいつあっても不思議ではない状況だけに、選挙戦への影響を懸念。事態の早期収拾が必要だという判断も働いた。

 また、一部の実行委員が、要請行動への協力に慎重になった自民党の県選出・出身国会議員を批判したことも、県連の態度を硬化させる要因になっている。

 自民党県連と実行委の方針の対立につながった根本にあるのは、記述の訂正に関する評価の違いだ。

 次回の実行委は二十三日にも開かれる予定だ。県民大会で結集した県民の思いは何か、原点に立ち返った議論が求められる。

                                               ◇

文科省の決定を受けて仲井真県知事が真っ先に「当初の目的は達成した」として「検定意見撤回」運動からの知事自身の撤退を宣言した。

仲井真知事「まずまずの配慮」 教科書「集団自決」記述  (12/27 )

>同党県連の国会議員や県議は、記述の訂正を事実上の検定意見撤回だと受け止め、県民大会の目的はほぼ実現した―との認識だ。

更に県選出の自民党議員団の「五ノ日の会」も運動からの撤退を表明した。⇒「集団自決」修正/五ノ日の会、要請不参加

>自民党県連(外間盛善会長代行)は十八日、教科書検定意見撤回を求める県民大会実行委員会(委員長・仲里利信県議会議長)に解散を提起する方針を決めた。

沖縄の自民党県議団も去年一年は野党と共闘を計り、保守支持層から顰蹙を買っていたが、今年は軌道修正を図ったのだろう。

遅きに失した感もあるが。

同じ自民党県議でも実行委幹事の伊波常洋政調会長は、撤退を主張しながら、沖縄条項の設置などは県民大会決議を超えた要請だとしている。

沖縄条項は自民党は組していないと言うアリバイ作りをしておいたのはわかる。

■実行委員会が分裂!■

ここで整理をすると撤退の意思表示をしたのは

①沖縄県知事ー仲井真弘多

②県選出自民党国会議員の会「五ノ会」(会長ー仲村正治) 

③自民党県連(外間盛善会長代行)

実行委員会の仲里委員長が「検定意見撤回」の再要請のため渡海文科大臣との面談の仲介を②の「五ノ会」(会長ー仲村正治)の依頼したところ、「民意配慮」のお礼のための面会かと思ったら抗議の為の面会だと知って憤慨したという。

話を聞いた大臣が「文科相「初めと話が違う」/実行委反応に不快感」というのも理解できる。

仲里議長のことをKYとは言わない?

ところでこのお方はどうなったのか。

そう、あの「毒おにぎり」で有名な仲里県議会議長も県知事と共に当初は運動の撤退を計っていた。

だが、運動の実行委員長という立場上、又「毒おにぎり」証言をした人物の撤退は、知事のように簡単にはいかなかった。

「残虐な日本軍」を証言した「運動」のシンボル的人物の撤退は、今後の運動に大きなダメージを与えると言う猛反対にあい、結局は逃げ損なってしまった。

「教科書検定意見撤回」運動は超党派を旗印に、沖縄の自民党も巻き込んだマスコミは「島ぐるみ」といった表現を大っぴらに書いてきた。

ここに来て教科書をめぐる超党派の活動は極めて困難な状況に追い込まれた。

と言うより「教科書検定意見撤回」運動も既に分裂、そして事実上の解散となった。

■選挙対策に苦慮の自民党県連■

保守系の仲井真知事、県選出自民党国会議員、自民党県連とこれまで超党派を支えて来た保守政治家が揃って「運動」離脱声明を出して、気になるのは、「六月の県議選、更には来るべき衆院の解散・総選挙への影響」である。

沖縄のマスコミは当然「実行委員会」の存続を主張しているし、沖縄の保守政党が懸念するのは、選挙戦へのマスコミによる反対運動だ。

県議会の「教科書検定意見撤回決議」の全会一致の採択も当初は自民当会派は反対していたが、マスコミの圧力に負けた経緯がある。⇒(自民党の見識、 結論先送り/「集団自決」意見書

■自民党県連の進むべき道■

昨年の自民党県連は、マスコミの異常な扇動の前に屈したが、これ以上保守本道の道を踏み違えてはならない。

野党と共闘といった保守にあるまじき行動でマスコミに媚び続けている限り、野党は勿論肝心の保守支持層にも見放されることを忘れてはならない。

今回の一連の「運動」は一見沖縄の左翼勢力に利のあるような印象を与えるが、事実はさにあらず。

ネットの普及により沖縄マスコミの異常さや児童・生徒を政治運動に巻き込んだ左翼勢力の卑劣な手段が暴露され、これに愛想をつかした野党支持者もいると聞く。

自民党は断固として左翼勢力との共闘に決別して保守本道に立ち返って欲しい。

■相変わらずの「女・子供・年寄り作戦」続行■

「民意に背向けるな」/実行委員らが反発 (沖縄タイムス)

左翼勢力は当初の計画通り、運動の政治臭を消す目的で、「女・子供・年寄り」の三つの団体を前面に打ち出して、運動続行を叫んでいる。

①「女」⇒県婦人連合会(小渡ハル子会長)

②「子供」⇒県子ども会育成連絡協議会(玉寄哲永会長)

③「年寄り」⇒青春を語る会(中山きく代表)

小渡ハル子県婦人連合会長と玉寄哲永県子ども会育成連絡協議会長の実行委両副委員長は強い口調で解散を否定した。

「到底県民には受け入れられない。民意に背を向けるわけには行かない。解散はありえない」。 

青春を語る会の中山きく代表(白梅同窓会長)は

「教科書執筆者が今後も訂正申請を出すと聞き、心強く感じていただけに驚いた。ここで解散したら、沖縄の思いはその程度だったのかと言われる」

三人の発言者は、一見政治に無関係の団体の代表をして目くらましをしているが、その発言行動は「プロ市民」のそれであり、今後もマスコミは彼らを前面に立てて「民意」を装うであろう。

県PTA連合会の諸見里宏美会長、こんな方も引っ張り出して・・・

「教育にかかわる問題なのだから、もっと長い目で見なければならない」

「私たち大人は、毅然とした態度を示す意味でも、簡単には妥協できない」

と言わしている。

 

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再生紙偽装の被害者は誰?

2008-01-19 17:44:54 | 県知事選

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「環境偽装」は業界最大手でも 王子製紙社長が会見(1/2ページ)
2008.1.18 12:36  産経新聞
 18日午前、東京都中央区の王子製紙本社 食品業界での一連の偽装に続く製紙業界の「環境偽装」は、業界最大手でも行われていた。王子製紙は18日の記者会見で古紙配合の偽装に手を染めていたことを認め、謝罪した。

 「社会の信頼を裏切る行為があったことは誠に遺憾で、深くおわび申し上げます」

 過去に生産したコピー用紙などの古紙配合率が公称比率を下回っていた王子製紙の篠田和久社長は18日、記者会見でそう陳謝した。

 役員3人とともに硬い表情で会見に臨んだ篠田社長だが、記者の質問にはほとんど一人で回答。「(再生紙の)受注量が増えていくなかで、古紙がなく、配合が下がってしまった」と釈明し、「途中でこれではいかんと担当者が気が付いて、生産を別の工場に移した」と現在は“偽装”が行われていないことを強調した。

                       ◇

有力6社で再生紙偽装 印刷用紙など幅広く(1月19日 朝刊)
東京新聞

                       ◇

■「環境偽装」が、業界最大手でも行われていた?■

そもそも環境汚染ならわかるが環境偽装って何のことだ。

環境偽装といえば、山肌を緑のペンキ塗装で偽装した中国の緑化偽装のことではないのか。 ⇒ 【中国の緑化対策】偽善・偽装・偽造の本性、面目躍如?

 去年一年を象徴する漢字が、「偽」だということで、どかの坊主が大きな筆で墨黒々と「偽」と書いているのをテレビ画面で見た。

年が明けるや、めでたい筈の年賀状に「偽装再生紙」が使われていたということで各紙は大騒ぎ。

偽装は怪しからんと張り切って総攻撃をかけているようだが、

どうもいまいち腑に落ちない。

そもそも「再生紙を使っています」という表示自体に筆者は以前から一種の偽善を感じていた。

エコとか環境に媚びるような。

偽装って、普通は表示を誤魔化して実際より品質の落ちる物を販売することではなかったのか。

筆者の固まった頭脳では、再生というと中古という言葉に代表されるように、品質は落ちるが値段は安いモノと考えてしまう。

だとしたら、本来40%含まれるべき再生紙が数%しか含まれてなく、それでいて再生紙含有40%の価格で売るのなら感謝こそされても、非難される筋合いはないはずだ。

ところが今回の偽装は去年の一連の偽装とは偽装の種類が違ういう。

「環境偽装」だというのだ。

新聞によっては、「環境偽装」とも「再生紙偽装」とも言い、呼称にも戸惑いが見られる。

■沖縄タイムスが張り切って批判!■

今回の環境偽装が環境を破壊するとして、昨日の沖縄タイムスが全国紙に先駆け勇ましくこれを社説に取り上げた。

 【古紙配合率偽装】許されぬ信頼裏切る行為 沖縄タイムス1月18日

<地球温暖化が世界的な注目を集め、企業も環境を重視する時代である>

・・・というが何の検証もなく再生紙偽装が地球温暖化の原因であるかのような印象操作記事ではないのか。

<・・・製紙業界の偽装は消費者の信頼を裏切る行為であり、各社は事態を深刻に受け止めるべきだ。>

表示より良質の紙を買った消費者は新聞が叫ぶほど裏切られたと感じているだろうか。 

そして、再生紙偽装が環境を破壊するということは「検証された事実」なのだろうか。 

■割り箸の濡れ衣■

一昔前、割り箸が森林伐採を促し環境破壊の原因になるとしてバッシングを受けたことがあった。

だが、これも検証すると国内産の割箸は間伐材や木材加工時における捨てられる廃材から割箸や爪楊枝が作られ、森林破壊への影響はほとんど無い事が分かった。

しかも現在では日本で使われている割り箸のほとんどは中国からの安い輸入品である。

日本では、外食時にも割箸を使わず、自前の「マイ箸」を使う運動を進めている団体もある。

だが結局国産割り箸に対する「森林破壊」の誹り濡れ衣だった。

■再生紙偽装の被害者はいるのかよ!■

去年の牛肉偽装やブランド食品偽装は実質より高いものを売りつけられた被害者が出た。

だが、今回の再生紙偽装の被害者は誰なのだ。

郵政公社?

そうではあるまい。

表示より良質のものをを売りつけられて被害者もないだろう。

消費者だって使いにくい紙より、使いやすい方がよいに決まっている。

結局こうなるらしい。

「社会の信頼を裏切る行為があったことは誠に遺憾で、深くおわび申し上げます」

社会の信頼が被害者だって・・・。

7月の洞爺湖サミットを睨んで、製紙会社の社長たちは「社会の信頼」という得体のの知れないモノの人身御供にされたのだろうか。

今や環境とかエコに反するとなると、マスコミは鬼の首でも取ったようにおおはしゃぎで大バッシングの砲列を組む。

今朝の全国紙のうち次の二紙が社説でこれを取り上げている。 

毎日新聞
  ・社説:環境偽装 エコの名に隠した企業エゴ (2008年1月19日)

日本経済新聞
 ・社説2 あきれた再生紙偽装(1/19)

企業側も黄門様の印籠よろしく、エコや環境に関わる批判を突きつけられると、その前にひれ伏してしまう。

だが、去年の一連の偽装事件と違って「再生紙偽装」の直接の被害者は誰一人いない。

少なくともマスコミのキャンペーンの割りには、被害者の実感を持つものは見当たらない。

東海日報が大手マスコミに抗して鋭いコラムを書いている。

以下に引用します。

 

世迷言☆★☆★2008年01月18日付


 古紙は「故紙」とも書く。「故」は「温故知新」のことわざ通り「古い」という意味もあるから、中味は同じだが、「故ある紙」つまり「わけあり」という解釈もできる。あるいは一度役目を終えた紙であり「故人」同様の用法で「故紙」となったか▼大手製紙会社がその古紙の混入率を偽っていたことが判明し、中には責任をとって社長が辞任する騒ぎまで発展したところもある。古紙100%とうたっていたコピー紙が実は半分近くしか混入されていなかったのをはじめ、年賀ハガキなども40%の表示に対して1%だったというのだから、不名誉な「偽装」の初発覚だ▼実は以前から「再生紙を使っています」という表示に一種のまやかしを感じていた。リサイクル=エコというのはいまや常識となっているが、それはまた理念の問題でもあり、それだけで済むという単純なものではない。というのも古紙は繊維が短く腰の強い紙はできない。100%古紙のコピー紙は紙詰まりするか、裂けやすいはず。だからこれは程度問題なのである。だが「時代逆行」は許されない▼ゆえに古紙の混入率が「正義」となった。リサイクルの観点からだけならそれも妥当だろう。だが古紙の回収、再生のための脱墨、脱鉄、脱糊などの過程で使うエネルギー、薬品、水などの消費は決して小さくない。ゆえにそこには「かねあい」というものも考える余地がある▼槌田敦元名城大教授が「何が本当に環境に役立つかを考えないまま『環境主義』に流れる社会」(朝日新聞)の問題を指摘しているが、エコという印籠を見せられれば「ははーっ」となって本質を見据えない情緒性がこんな偽装も生むことになった元だろう。何が問われているのかを科学的に分析することも必要だ。

 

参考:毎日新聞「ワードBox」製紙業界のシェア争い(2006.8.4掲載)

 製紙業界は連結売上高1兆円を超える王子製紙と日本製紙グループ本社の「2強」が君臨し、3位の大王製紙以下を大きく引き離している。日本製紙連合会によると、2005年の紙・板紙の国内生産量は王子のシェア(占有率)が26%、日本製紙が24%と拮抗(きっこう)しているが、王子が北越の買収に成功すれば30%を超え、日本製紙との差を広げられる。製紙業界は1970年代は20社以上がひしめき合っていたが、市況の安定を狙い合従連衡を繰り返し、現在の「2強」体制になった。ここ数年は安い輸入紙が大量に出回っており、中堅以下のメーカーは規模を拡大しなければ生き残りが難しいとの見方が多い。

 


【追記】1月20日 8:11

おやおや、正義の味方「朝日新聞」が、

「エコ印」の錦の御旗を振りかざして遅れてはならじと参入してきましたよ。

朝日新聞1月20日社説:再生紙偽装―「エコ」でだます罪深さ

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