狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

朝日の“捏造記事”タライ回し  沖縄タイムスが“捏造写真” 

2007-09-30 07:08:11 | 教科書

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今日は朝日新聞と沖縄タイムスの「捏造記事」豪華二本立てエントリーです。 

昨日の「県民大会」では発言台に立った高校生代表たちは口々に「嘘はいけない」の言葉を繰り返した。

「集団自決」に関わる教科書記述の問題は全て沖縄タイムス刊の『鉄の暴風』に発端をなす。

 

■沖縄タイムスが“捏造写真”報道 ■

その沖縄タイムスが再三に渡り「ねつ造報道」をして県民を扇動してきたことは当日記でも書いたが、その沖縄タイムスが「県民大会」の前日、またしても「ねつ造報道」で県民を煽っていたことが「世界日報」の指摘で分かった。

以下「世界日報」の引用です。

≪沖縄タイムスが“捏造写真”報道 http://www.worldtimes.co.jp/special2/okinawa_times/main.html
被害者感情あおる、米軍殺害場面を「集団自決」と

 来春から使用される高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決」の記述から、日本軍の「強制」を修正するようにとの検定結果の撤回を求める県民大会がきょう、沖縄県宜野湾海浜公園で開催される。地元の新聞テレビは連日、この大会に向けて特集を組み、参加を促している。キャンペーン報道を続けてきた沖縄タイムスは二十八日付で「9・29県民大会特集」八ページを作成。その中に無残な姿で死んでいる住民の写真を掲載、「沖縄戦の『集団自決』で亡くなったとみられる住民たち」と説明を付けた。だが、これは米軍による住民殺害場面の写真であることは明らか。写真を“捏造(ねつぞう)”してでも県民の被害者感情をあおる沖縄タイムスの報道姿勢に、識者から批判の声が上がっている。
(編集委員・鴨野 守)

沖縄戦で米軍の攻撃で亡くなった死者の写真を、「『集団自決』で亡くなったとみられる住民たち」と写真説明を改竄して報じた沖縄タイムス9月28日付「9・29県民大会特集」
 同特集は、一面で「沖縄の『真実』次代へ」、二・三面で「歪曲される沖縄戦」、四・五面で「各地の『集団自決』『虐殺』」、六・七面で「教科書検定の推移」などを扱っている。一連の沖縄タイムスの報道は、▽日本軍と住民が混在した戦場では、軍による強制・誘導による「集団自決」が発生し、住民をスパイ視する虐殺が起こった▽「軍隊は住民を守らない」というのが沖縄戦の教訓――という論調で貫かれている。
 問題の写真は三ページに、「歪曲される沖縄戦」という見出しの下に縦四段で大きく掲載。その下の写真説明は、「沖縄戦の『集団自決』で亡くなったとみられる住民たち。場所は特定されていない。米軍撮影によるもの」とある。写真横には、安仁屋政昭・沖縄国際大学名誉教授が「『集団自決』の実態/軍の強制・誘導に起因」という一文を寄せている。この写真と文から、集団自決によって住民がいかに無残な死に方をしたか、を県民に訴え、その怒りを教科書記述の修正を決めた政府、文部科学省に“誘導”する紙面作りとなっている。

 だが、この写真は『決定版 日本の終戦46人の目撃者 米国国防総省報道写真班の証言秘録』(昭和六十年・双葉社)十七ページに掲載されているものと同一写真。

 『決定版』に掲載されたこの写真には、「米第7師団第32連隊の第一戦攻撃で逃げ惑い、火砲、銃弾攻撃で見るも無惨な死体となった沖縄の住民たち。(昭和20年6月21日)」とあり、明らかに米軍の攻撃で亡くなった住民たちである。

 偏向展示として批判を浴びている沖縄県平和祈念資料館にも畳二畳ほどの大きさでこの写真パネルが展示されているが、同資料館が発行する「総合案内」冊子には、「犠牲となった住民(米軍の説明では砲撃による死となっている)糸満市 6月21日」と記入されており、「集団自決」とは書かれていない。もし昭和二十年六月二十一日、糸満市で住民の集団自決が実際にあったのであれば、沖縄タイムスは当然その事実を特集の中の「各地の『集団自決』『虐殺』」などに書き込むはずだが、何も書いていない。そのことを指摘されないように、写真説明には「場所は特定されていない」と、巧妙に“逃げ”を打っている。

 きょう二十九日に開かれる県民大会は仲里利信県議会議長が実行委員長となり、五万人の参加を目標として、沖教組や自治労などが中心に各団体が参加している。地方議員はもちろんのこと、中・高・専門学校や大学でも、教師が生徒に教科書問題の経緯を話して大会への参加を促している。二十七日には、翁長雄志(おなが・たけし)那覇市長が先頭に立って職員と参加を呼び掛けるチラシを市内で配ったり、地元紙は会場までのバスの片道無料乗車券を付けるまでの過熱ぶりである。

 沖縄タイムスの広報担当編集局次長は二十八日夜、本紙の問い合わせに対して「明日の大会準備などで多忙を極めており、すぐにコメントはできない」と語った。≫

                      ◆

【追記】

■沖縄の良心に泥を塗る行為

獨協大学名誉教授で昭和史研究所代表、中村粲(あきら)氏の話

この写真が米軍の銃砲撃で死んだ住民のものであることは、もともと写真に付けられていた説明文からして疑う余地がない。それを「軍の強制による集団自決」の写真であるかのようなキャプションを付けるとは、いくら日本軍が憎いとはいえ、恥知らずもいいところだ。「『真実』を次代へ」と呼号しながら、麗々しくこんな偽写真を掲げるのでは運動自体への信用を落とすことにもなろう。

 周囲の圧力やマスコミ世論に媚(こ)びず、軍命令の不存在を証言した何人かの沖縄の人々の正直と良心と道義的勇気に私は深い感銘を覚え、沖縄への尊敬を新たにしているものだが、このインチキ写真はそのような沖縄の良心と沖縄県民への信頼に泥を塗るもので残念だ。

                 

数々の「ねつ造報道」で県民を惑わす沖縄タイムスに抗議しましょう。

沖縄タイムス 問い合わせ全般
・代表、時間外 本社代表 098-860-3000

・記事に関する問い合わせ、意見
・フォトサービス、その他 読者センター

098-860-3663
FAX 860-3664

                ◆◇◆◇◆◇◆

   

 ■朝日新聞の「捏造記事」たらいまわし■

沖縄タイムスがばら撒いた「ねつ造記事」が一人歩きしている例をもう一つ。

今朝の全国五紙で昨日の「県民大会」を社説で取り上げたのは朝日新聞一紙だけ。

他の4紙がスルーしたのはさて置き朝日一紙が取り上げた訳は、

「集団自決」問題の発端となった『鉄の暴風』の初版は朝日新聞から発刊されている経緯から朝日はこの問題の当事者であり、「県民大会」の大騒ぎに、社説を書かざるを得なかったのであろう。

だが、沖縄タイムスの最近の「捏造記事(お詫びと訂正済み)」をそのまま引用しているのは朝日得意の意図的手法だろう。

集団自決―検定意見の撤回を急げ 朝日新聞・社説

  ≪(略)ことし80歳の宮平春子さんは45年3月25日夜、当時の村助役だった兄が父に「(敵の)上陸は間違いないから軍から玉砕しなさいと命令が下りた。潔く玉砕します。死にましょう」と伝えるのを聞いた。軍隊用語の「玉砕」が使われていること自体が軍のかかわりを物語る。

 84歳の上洲幸子さんの証言は「もしアメリカ軍に見つかったら、舌をかみ切ってでも死になさい」と日本軍の隊長から言われた、というものだ。

 こうした生々しい体験を文科省はどう否定できるというのか。(略) ≫

 
産経新聞那覇支局長の小山さんのブログで沖縄タイムスの「誤報」「訂正記事」についてエントリーしているので、丸ごと引用させてもらいました。

以下引用。

訂正記事というのは、人ごとではないので、あまり追及したくないのですが…。

沖縄タイムス(7月7日)の1面、社会面でこのような記事が掲載されました。
見出しは、隊長「死になさい」。

座間味島の集団自決に関する県議会の聞き取り調査で、
軍命を出したと言われている梅沢裕部隊長が、
村民を集めて「米軍は上陸して、どこにでも入り込んでいるから、もし敵に見つかったら舌をかみ切って死になさい」と話した、
との証言が84歳の女性からあった、と紹介されています。

梅沢氏はふだんから、そういう言動をしていた人物であるという印象を強調する効果のある記事です。




ところが7月21日朝刊には、次のような「おわびと訂正」が掲載されました。
要するに「舌をかみ切って死になさい」と言ったのは、
梅沢氏ではなく、別の日本兵であり、記者が聞き間違えたという内容です。

梅沢さんの人権にかかわる胸の痛む誤報です



それでも当然とはいえ、訂正記事を出したことは評価していいです。
「鉄の暴風」ではもう1人の赤松氏がいまだに実名で鬼のような隊長として描かれたまま、書店に並んでいることに比べれば…。

ただし、問題があります。
沖縄タイムスのデータベースを検索したら、ほぼ2日経過した今も、誤報記事がそのまま出てきました。
何の注釈もなしです。
これをもとに、やはり梅沢氏は非情な性格だったという人物像が、ふくれあがっていき、
集団自決の軍命を下したに決まっている、という世論誘導につながっていくとしたら、心配です。

早急なデータベースの対処を望みます
。≫

                      ◆

朝日は沖縄タイムスが7月21日の時点で「お詫びと訂正」をしている、「もしアメリカ軍に見つかったら、舌をかみ切ってでも死になさい」と日本軍の隊長から言われた、という「ねつ造記事」を社説に利用しているのだ。

沖縄タイムスよ、そして朝日新聞よ、

「ねつ造記事」のたらい回しに恥を知れ!

 


【記録保管】
 
朝日新聞 2007年9月30日社説
 
集団自決―検定意見の撤回を急げ
 沖縄の新たな憤りが、大きなうねりとなって広がっている。ことしの教科書検定で、沖縄戦の「集団自決」の記述から、「日本軍に強いられた」という表現が削られた問題だ。
 29日、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」が沖縄県宜野湾市であり、予想をはるかに上回る約11万人の人々で会場は埋まった。仲井真弘多知事もあいさつに立った。
 これまでに県内の41の市町村議会がすべて検定意見の撤回を求める意見書を可決した。県議会は同じ趣旨の意見書を2回も可決した。文部科学省が応じなかったためだ。撤回を求める声はいまや沖縄の総意といえるだろう。
 集団自決が日本軍に強制されたことは、沖縄では常識だった。「沖縄県史」や市町村史には、自決用の手投げ弾を渡されるなど、自決を強いられたとしか読めない数々の証言が紹介されている。
 その事実を文科省が否定するのなら、改めて証言を集めよう。そうした動きが沖縄で起きている。
 そのひとつが、県議会による聞き取り調査だ。意見書の再可決に先立ち、住民の集団自決が起きた慶良間諸島の渡嘉敷島と座間味島で新たな証言を得た。
 ことし80歳の宮平春子さんは45年3月25日夜、当時の村助役だった兄が父に「(敵の)上陸は間違いないから軍から玉砕しなさいと命令が下りた。潔く玉砕します。死にましょう」と伝えるのを聞いた。軍隊用語の「玉砕」が使われていること自体が軍のかかわりを物語る。
 84歳の上洲幸子さんの証言は「もしアメリカ軍に見つかったら、舌をかみ切ってでも死になさい」と日本軍の隊長から言われた、というものだ。
 こうした生々しい体験を文科省はどう否定できるというのか。
 そもそも、教科書の執筆者らは「集団自決はすべて日本軍に強いられた」と言っているのではない。そうした事例もある、と書いたにすぎない。それなのに、日本軍のかかわりをすべて消してしまうのは、あまりに乱暴というほかない。
 伊吹前文科相は「大臣が検定に介入できるという道を私の代で開きたくない」と述べた。専門家の審議会を通ったものなので、口出しできないとの理屈だ。
 しかし、これは審議会を盾に逃げているとしか思えない。「日本軍」を削除するよう最初に意見書をまとめたのは、文科省の教科書調査官だ。その意見書がそのまま審議会を通った。それをもとに文科省が検定意見を決めたのだ。
 沖縄戦をめぐっては検定が変わったことがある。82年の検定で、日本軍による「住民殺害」の記述が削られたが、当時の文相が「県民の心の痛手に対し、十分な配慮がなされなければならない」と答弁し、記述は復活した。
 問題の教科書は来年度から使用される。ことは急を要する。渡海文科相はただちに検定意見を撤回すべきだ。

 
 
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「集団自決」に官房長談話

2007-09-30 05:41:17 | 教科書

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昨日の地元紙は狂ったような「集団自決」「教科書意見書撤回」「県民大会」の記事の満艦飾。

だがその影に隠れて(わざと隠して)、教科書検定に関する政府見解に気がついた人は少ないだろう。

琉球新報は小さなベタ記事で、「沖縄集団自決」についての重要な官房長談話を琉球新報も沖縄タイムスもウェブサイトでは報じていない。

一方、どうでもいいような山崎拓の文部省への「訂正勧告」を大々的に掲載していた。

■官房長談話■

で、教科書検定に関する官房長談話はどこにあるかと思ったら、

こんなとこにあった。

「国際的な動きを見て考える」町村官房長官(09/29 01:35) .

 町村信孝官房長官は28日午後の記者会見で、ミャンマー情勢に対する政府の対応について、引き続き「国際的な動きを見て考える」と述べた。会見の詳細は以下の通り。

【ミャンマー情勢】(省略)

【沖縄集団自決】

 --第二次大戦時の沖縄での集団自決をめぐる日本軍強制の記述が教科書から削除されることに、沖縄県民は反発している。明日、県民大会があるが、受け止めは。検定に対する認識は

 「あくまでも一般論だが、教科書の検定というのはあくまでも専門家が検定審議会という場で行われるべきものであり、その時々の政権の判断などが入り込まないような仕組みをこれまで作ってきた。そういう意味で、その時々の文部大臣が『この意見は正しいと思うからこういう検定意見をつけろ』と、また逆の立場の人が来ると『いやいや、そうじゃなく、こういう検定意見をつけろ』と、そうやって揺れ動くこと自体が検定制度の客観性を失わせることになるので、政治の立場からはあまりものを言うべきではないという基本はある。他方、沖縄の皆さん方が先の大戦であれだけの苦労をされたし、その際に全く軍部がかかわりなかったとは誰も思っていない。そういう意味で、沖縄の皆さん方の気持ちは気持ちとして、しっかりと政治家として受け止めて、いろいろな対応をこれまでも取ってきたつもりだし、これからもまたその対応はしっかりとしたものでなければならないだろうと思っている」

(産経新聞 2007/09/29 01:35)

官房長談話というのは政府の方針ということ。

>教科書の検定というのはあくまでも専門家が検定審議会という場で行われるべきものであり、その時々の政権の判断などが入り込まないような仕組みをこれまで作ってきた

>文部大臣が『この意見は正しいと思うからこういう検定意見をつけろ』と、また逆の立場の人が来ると『いやいや、そうじゃなく、こういう検定意見をつけろ』と、そうやって揺れ動くこと自体が検定制度の客観性を失わせることになるので、政治の立場からはあまりものを言うべきではないという基本はある

マスコミは「県民大会」を前に、国から何とかして言質をとろうとしたようだが揺れ動くこと自体が検定制度の客観性を失わせることになる、といわれたら返す言葉がなかったのだろう。

この「揺れ動く」というくだりは、12年前沖縄の陳情を受けて復帰間もない沖縄の「県民感情を配慮して」教科書記述を変えた経緯を質問されての回答である。

つまり12年前「県民感情」という魔物に動かされ大きな過ちを犯した反省の意味を含んでいる。

伊吹全文科大臣には「意見書撤回」を拒否され、事情を知らない渡海新大臣に何とか言質を取ろうと三度目のインタビューをしている。

文科相「検定の経緯精査」/意見変更可能性も

「検定の経緯精査」が「意見変更可能」とは思えないのだが、渡海大臣の派閥の親分山崎拓にも働きかけたようだ。

沖縄の新聞は、派閥の親分の横槍で文部大臣が教科書を書き換えられるような国が良い国だとでも思っているのだろうか。

検定問題、訂正勧告を要求 自民・山崎氏が文科相に  (9/29 9:41 

山拓の妄言には、文部省が一蹴してはいるようだ。

「今回の場合なじまない」 文科省教科書課 
文部科学相の訂正勧告に関する山崎拓氏の発言について文科省教科書課は28日「発言については承知していない」とした上で、「訂正勧告の制度は市町村合併など客観的に見て明らかな事情の変化などがあったにもかかわらず、教科書発行者が記述訂正に応じない場合に行われるものだ。 今回の場合、制度上なじまない」と説明している。 同制度は1989年に創設。 「事情の変更」が発生した場合、通常は教科書出版社が自主的に訂正申請を行う。 同制度に基づく大臣勧告は一度も行われていない。(琉球新報 2007年9月29日ーウェブサイトには載っていない)
 
山拓が駄目なら次は何でも反対の民主党。
 
だが、この男も日本が政治家が教科書を書き換えられる国にしたいのだろうか。
 
 
 
■政府方針は「検定意見撤回要求」は拒否(なじまない)■
 
 
結局福田新内閣の官房長官は、
 
「検定意見が揺れ動いてはいけない」
 
文科大臣は、
 
「検定の経緯を精査」
 
文科省は、
 
「訂正勧告はなじまない(制度に)」
 
つまり「県民大会」の熱狂ぶりとは逆方向の報道が同じ29日の新聞に載っているのだが、このような報道は狂気のキャンペーン報道で完全にかき消された昨日(29日)の新聞報道であった。
 
沖縄県民は情報の真空地帯に置かれている。
 

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史上最大規模の「反日集会」 検定意見撤回県民大会

2007-09-29 15:56:49 | 教科書

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速報】検定意見撤回を 県民大会で総意訴え

 文部科学省の高校歴史教科書検定で沖縄戦における集団自決強制集団死の日本軍強制の記述が削除修正された問題で、教科書検定意見撤回を求める県民大会同実行委員会主催が29日午後3時から、宜野湾市の宜野湾海浜公園で始まった。
 一般市民や団体、労働組合、経済界など県内外から数万人が集まり、会場を埋め尽くした。八重山、宮古でもこれと連動した大会が同時刻に開かれた。大会では、日本軍による命令強制誘導などの記述を削除修正する教科書検定意見の撤回と、記述回復を求める大会決議を採択する。

※大会詳報はあすの琉球新報朝刊をご覧ください。

→PDF版速報(3.5MB)

(琉球新報 9/29 15:13)

                                              ◇

地元二紙が今日の「県民大会」で狂気のように紙面を埋め尽くすことは事前に想像が出来た。

これを見てウンザリすることも又予見できた。

が、沖縄中の電波ジャックまでするとは・・・。

沖縄にはNHK、QAB朝日、琉球放送、沖縄テレビの四つのテレビ局があるが、そのうち教育テレビを除く4つのチャンネルが全て「県民大会」の生中継を1時間から2時間半に渡って生中継したのだ。

9月29日の午後数時間、沖縄のメディアはテレビも新聞も全て左翼勢力に占拠された。

菅直人民主党議員を始め左翼議員も集結し、共産党HPも「県民大会」のムービーを入れる力の入れようだ。http://www.jcp.or.jp/tokusyu07/32-okinawa/

PDF版速報

2007年9月29日午後、沖縄は社会主義県となった。

そろいのTシャツで歴史教科書の検定意見撤回を強く求める南風原町職労のメンバー=27日、同町役場1階ロビー

 【南風原】29日に宜野湾海浜公園で

 

「事実曲げないで」 高嶺中生徒会、平和の火リレーで意欲

 29日の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」で、糸満市の平和祈念公園から、会場の宜野湾市の宜野湾海浜公園までをつなぐ「平和の火リレー」。第1区間を走るのは糸満市立高嶺中学校生徒会のメンバーら。

(9/28 9:34)全文 >>> 

「平和への思いを伝えたい」とリレーに参加する(左から)玉城君、竹富君、金城君、杉本さん、安里さん=27日、糸満市大里の高嶺中学校校門前

 

北部農100人超参加 生徒が力「真実の教科書を」と訴える北部農林高校生徒会の生徒たち=名護市・北部農林高校

 

「真実の教科書を」と訴える北部農林高校生徒会の生徒たち=名護市・北部農林高校

 

真実の歴史伝えたい 読谷高4生徒、思いを言葉とダンスで

「県民大会」に高校生代表としてあいさつする(右から)津嘉山拡大君、照屋奈津美さん、ダンスを披露する上原未希子さん、山城勇さん=26日、読谷高校
 
                     ◇

「教科書に嘘を書いてはいけません」という彼らの意見自体は正しいのだが、彼らに「教科書検定意見撤回」の真の意味を理解させるのは困難だろう。

それにしてもダンスをしたり歌を歌ったり、自作のTシャツを発表したりまるでクラブ活動か、「青春!検定撤回」といった不思議なノリだ。

QAB朝日テレビの生中継でコメンテーターをしていた作家の目取真 俊氏は「軍の直接の命令があったかどうかは問題じゃない。 村の役人の指示は軍の命令。 軍の命令は天皇の命令、天皇陛下万歳といったのだから」といったことを発言していた。

目取真俊氏の理屈で言えば結局「集団自決は天皇の命令で起きた」ということになる。

このように「軍の直接の命令の有無は問題でない」としたら、

この「県民大会」は結局は天皇陛下を糾弾する史上最大規模の「反日集会」ということになる。

これでは所謂従軍慰安婦の責任者らを民間法廷の茶番劇で裁いた
「女性国際戦犯法廷」と同じではないか。131208 昭和天皇を有罪にした"不敬"国際左翼裁判劇

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米軍が県民大会に横槍 大会運営に影響

2007-09-29 05:38:30 | 教科書

 

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狂気は個人にあっては稀なことである。

しかし集団・民族・時代にあっては常態である

一人は個、二人は対、三人以上になると集団性を帯びる

集団は時に人を変えてしまう

 

辿り着く先が間違いだと皆知っている。

だが、誰もそれを止められない。

動き出した大きなうねりに身を任せ

考えることなく突き進むのは容易だ。

まるで断崖に向かって突進するヌーの群れのように。

小さな悪意と人間なら誰しもが持つ自己保身、

そしてささやかな名誉欲やプライド、

それがこの「政治運動」を先へ先へと進めて行く。

そこでは理性的な説得など何の役にも立たない。

「運動」に疑問を持つ少数の意見、

又議論・検証を求める地味な活動は、

単純でわかりやすい結論を求める人々の声や、

利口ぶった学者やマスコミの前に押しつぶされてしまう。

                    *

時が熱狂と偏見とをやわらげた暁には また理性が虚偽からその仮面を剥ぎ取った暁には

その時こそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら 過去の賞罰の多くに

そのところを変えることを要求するであろう

 

よく言われることだが「鉄の暴風」という言葉から受ける沖縄戦の印象は「米軍対日本軍」の戦いではなく「沖縄対日本軍」のそれである。

そして米軍は日本の沖縄を解放に来た解放軍だという印象だ。

沖縄タイムスが極端な偏向を通り越して、敵意剥き出しの反日報道をするのには訳がある。

その理由を深く掘り下げると沖縄タイムスの出生の秘密にたどり着く。

次の文章はある出版物の前文の一部を抜粋したものである。

「なお、この動乱を通じて、われわれ沖縄人として、おそらく終生わすれることができないことは、米軍の高いヒューマニズムであった。 国境と民族を超えたかれらの人類愛によって、生き残りの沖縄人は、生命を保護され、あらゆる支援を与えられて、更正第一歩を踏み出すことができたことを、特記しておきたい」 

米軍に揉み手をしたようなこのおべんちゃら文が『鉄の暴風』の初版の前文だと知ると驚く人も多いだろう。

勿論、沖縄タイムス出生の秘密を暗示するこの前文はその後の重版では削除されている。

『鉄の暴風』は主として沖縄タイムス記者伊佐良博氏(後に太田に改姓)によって書かれたが、同書のもう一人の著者、牧港篤三氏によれば、初版は2万部出版され「米軍に提出されるため英訳され、占領軍司令部でも話題になった」と記している。(沖縄タイムス平成14年6月12日付け)

そう、沖縄タイムスは戦後沖縄占領米軍のプロパガンダ紙として出発したのだ。

ここで言うプロパガンダ紙というのは比喩的な意味ではなく米軍情報部の下に作られた広報紙という意味である。

                     *

沖縄戦における日本軍の残虐性を述べるとき,その対極として米軍のヒューマニズムが語られる。

「毒おむすび」の日本軍に対して米軍は食料や「チョコレート」を住民に配ったという分かりやすい構図だ。

最近の「集団自決」に関する「教科書検定」問題でも常に悪役は日本軍であり善玉はアメリカ軍だ。

その意味では「日本軍の残虐非道な行動」を糾弾する「県民大会」なら米軍はこぞってこれに賛同するものと想像した。

事実沖縄在住の米人で「県民大会」に賛同する報道が新聞を賑わした。

それよりも沖縄の新聞で「県民大会」に横槍を入れるような言動をおおっぴらにする団体の記事などお目にかかったこともなかった。

ところが、驚いたことに沖縄最大の組織が大会直前になって横槍を入れてきた。

それが米軍だと知って二度びっくりした。

ひょっとして狂乱した「県民大会」を「政治集会」として冷静に判断できる組織は、沖縄では米軍だけなのか。

米軍が市民広場閉鎖 県民大会参加者輸送に影響

米軍の使用不許可を受けて閉鎖を知らせる張り紙が掲示された宜野湾市民広場のゲート=28日午前10時20分ごろ、宜野湾市役所向かい

 【宜野湾】宜野湾市野嵩の普天間飛行場施設内で米軍が無料開放している市民広場(第4ゲート)を、米軍が29日の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」のために使用することを不許可とし、市に通知していたことが28日、分かった。普天間基地司令官名で「日本国内の重要かつ慎重を期する問題について、中立の立場を維持する」ことなどを理由に、不許可とするとの回答があった。同広場は普天間基地包囲など米軍基地反対運動の際に使用不許可になったことはあるが、そのほかの使用申請に対する不許可は異例。市は28日、再度使用許可を申し入れる。
 市民広場は宜野湾市役所向かいにあり、約200台の駐車場とグラウンドなどがある。通常は午前5時から午後11時まで開放されている。
県民大会では市役所駐車場から会場までシャトルバスを出す予定にしており、市は参加者の駐車スペース確保のため、大会実行委員会の要請を受けて普天間基地司令官に市民広場の使用を要請していた。
 米軍側から21日付で市に回答があり、「
日本国内の重要かつ慎重を期する問題について、中立の立場を維持する」「論争となっている日本国内の政策については、支持あるいは不支持と受け取られることを避ける」などを理由に挙げて、不許可としている。
 市民広場は2004年と05年の普天間基地包囲の際にゲートを閉じて使用不可としたが、通常は使用制限をせず、イベントなどにも利用されている。市は「大会参加者の駐車スペースを確保するためにも再度、使用を申し入れる」としている。

(琉球新報 9/28 16:02)

                    ◆

宜野湾駐車場閉鎖 不許可「おかしい」

 「教科書検定意見撤回を求める県民大会」で、米軍が普段、無料開放している米軍普天間飛行場の施設での駐車場使用を不許可としたことについて「超党派による大会」実施を進める県民大会実行委員会や、参加者からは「真実を伝える大会であり反県民の姿勢だ」「もともとはわれわれの土地だ」と「政治的な大会」を不許可理由とする米軍に対し、批判の声が相次いだ。

(9/28 16:21)全文 >>> 

 

「日本国内の重要かつ慎重を期する問題について、中立の立場を維持する」「論争となっている日本国内の政策については、支持あるいは不支持と受け取られることを避ける」

ごく当たり前の意見でコメントの必要はないだろう。 

>「政治的な大会」を不許可理由とする米軍に対し、批判の声が相次いだ。

大会は「政治的な大会」だとそのの本質を冷静に見抜いているのは米軍の方だ。

会場までの無料送迎バスの駐車場を封鎖したからといって「県民大会」は挙行されるだろう。

しかし、これまで沖縄には「県民大会」の名を騙った「政治集会」に反対する組織が沖縄に在るということを周知させただけでも米軍の措置には大きな意義がある。

米軍だけではない。

沖縄には「県民大会」を冷ややかな目で見ている物言わぬ多くの県民がいることを忘れてはいけない。

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沖縄タイムスVS元文科相

2007-09-28 14:35:04 | 教科書

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辿り着く先が間違いだと皆知っている。

だが、誰もそれを止められない。

動き出した大きな流れに身を任せ考えることなく突き進むだけ。

まるで断崖に向かって疾走するヌーの群れのように。

小さな悪意と人間なら誰しもが持つ自己保身、そしてささやかな名誉欲やプライドが、この「政治運動」を先へ先へと進めて行く原動力になる。

そこでは理性的な説得など何も役に立たない。

「運動」に疑問を持つ少数の意見又議論・検証を求める地味な運動は、単純でわかりやすい結論を求める人々の声や、利口ぶった学者やマスコミの前に押しつぶされてしまう。

                    *

沖縄タイムス 2007年9月27日(木) 朝刊 2面  
 
殉国死でなく犠牲者だ/中山元文科相に聞く

政治家では撤回不可能
 沖縄戦「集団自決(強制集団死)」への日本軍の強制を削除した高校歴史教科書の検定問題は、与党の自民党内にも文部科学省の対応を疑問視する声が上がる。自民党の「教育再生に関する特命委員会」の委員長を務め、同委で沖縄の教科書問題を取り上げた中山成彬元文部科学相に聞いた。(聞き手=東京支社・吉田央)
 ―委員会で沖縄の教科書検定問題を取り上げた理由は。

 「沖縄戦や南京大虐殺、従軍慰安婦問題を話し合うために私が二回、主宰して開いた。特に沖縄については私は何度も足を運んでいる場所で、このまま放っておけない思いがあった。沖縄戦をよく知っている仲村正治、嘉数知賢の両衆院議員らに声を掛け、文科省に検定の経緯を説明させた」

 ―「集団自決」に関する検定後の記述をどう受け止めるか。

 「日本の検定制度は中国や韓国など外に弱く、沖縄など内に強い。私は委員会で文科省の担当官に『沖縄県民という国内の人への思いやりがないじゃないか』と相当、怒った。なぜ今どき記述を直すのかと聞くと、向こうは『(大阪で)裁判中だから』という説明だった。裁判が終結していないときに、なぜ書き直すのか。沖縄の心情が分からないのかという憤りがあった」

 「自民党でも若い人が増えているし、そういう人たちに教えるためにも開きたかった。会合には四十人ほどの国会議員が参加していたが、沖縄の議員の戦争体験を聞いて涙ぐんでいた人もいた。参加者全員が同じ気持ちだったはずだ」

 ―あなたと同様に南京や慰安婦の教科書記述を追及している自由主義史観研究会は、「集団自決」を自発的な美しい殉国死と位置付けている。

 「確かに私は彼らと付き合いがあるし、南京や慰安婦問題で戦後、米国に一方的に刷り込まれた自虐史観を排除するべきだと思っている。人口二十万人の南京で、三十万人の虐殺なんてあるわけがない。しかし、それ(集団自決)は全く違う。何が美しいか。(自決した県民は)犠牲者だ。そこは間違っちゃいかん

 ―県民が求める検定の撤回は可能か。

 「検定に文句は言うが、われわれ(政治家)では直せない。日本の検定制度はそういうものだ。執筆者と検定官が、小さな島で追い詰められて逃げ回った沖縄県民の気持ちをよく理解し、執筆に当たり、検定に当たることが必要だ

 ―検定制度を見直す必要性は。

 「検定がないと誰でも教科書を作れてしまう。ある程度、調査する人(教科書調査官)がいないとえらいことになる。日本は国定教科書ではない」

 ―福田内閣の発足で政府の対応は変わるか。

 「変わらないのではないか。今の政権は参院選の結果を受け、歴史や国家より、政治とカネ、年金、格差是正など内向きの政治を志している

                                              ◇

 

沖縄タイムスは新任の渡海文科省に二日も続けて「集団自決」にからむ教科書検定問題で質問し、何か言質を取ろうとしたが、必ずしも意図する言質をとることが出来なかった。

前任の伊吹大臣からは「教科書検定撤回」を拒否されているので、二年前の元文科大臣を引っ張り出して言質取りを計ったが、「県民感情」は理解しながらも検定意見書撤回に関しては明確に拒否された。

■沖縄タイムスVS中山元文科相⇒バトル1■

沖縄の左翼学者やメディアの論調とは立場を異にする中山元大臣が沖縄タイムスのインタビューに応じたのには訳があった。

今年の6月、沖縄タイムスは中山元文科相から言質を取っていたのだ。

その経緯は國民新聞の次の引用記事に詳しい。

≪ 沖縄タイムスが誤報か
中山元文科相の「軍命」容認発言

沖 縄 戦「集団自決

自民党の教育再生に関する特命委員会(委員長・中山成彬元文科相)が六月十二日、党本部で開かれ、文科省が昨年度教科用図書の検定結果を説明した。沖縄県選出の仲村正治、嘉数知賢両議員は沖縄戦「集団自決」への日本軍関与を高校歴史教科書から削除したことを批判した。

沖縄タイムス六月十三日付によると、中山委員長は記者会見で

「沖縄の二人からの身につまされる話があった。教科書は(中国など)外に弱くて内に強く、私に言わせればおかしい。沖縄戦での軍命による殺し合いを否定するなんておかしい」

と同調したと報じた。中山事務所では

「そんな話し方はしていない」

として沖縄タイムスに抗議することを検討中だが、沖縄タイムスはテープに残っているという。
≫(國民新聞 平成19年6月25日)

 

■沖縄タイムスVS中山元文科相⇒バトル2■

沖縄タイムスは中山元文科相からどんな言質を引き出したか。

①「検定に文句は言うが、われわれ(政治家)では直せない。日本の検定制度はそういうものだ。・・・」

検定がないと誰でも教科書を作れてしまう。ある程度、調査する人(教科書調査官)がいないとえらいことになる。日本は国定教科書ではない」

③「福田内閣の発足で政府の対応は変わるか」と問われ、
変わらないのではないか。今の政権は参院選の結果を受け、歴史や国家より、政治とカネ、年金、格差是正など内向きの政治を志している

中山元文科大臣は、今回は沖縄タイムスに言質を取られないように「県民感情」には充分配慮しながらも、事実は事実として淡々とコメントしたようだ。

これを藪蛇という。

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ミャンマー軍事政権の行方は中国の思惑の内

2007-09-28 06:45:35 | 外交・安全保障

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官房長官が邦人死亡で抗議「極めて遺憾だ」

 町村信孝官房長官は27日夜、ミャンマーで日本人の死亡が確認されたのを受け、都内で記者団に「日本政府は弾圧的な実力行使をしないよう求めてきたが、邦人が巻き込まれて犠牲になったことは極めて遺憾だ。ミャンマー政府に抗議し、真相解明を求める。邦人の安全のために適切な対処を講じてほしい」と述べた。

 町村氏は「ミャンマー政府が速やかに強圧的な態度を改め、国民との対話を通じて事態を解決することを改めて強く求める」と強調。ミャンマーへの制裁に関しては「国連安全保障理事会での議論を見守りたい」と述べるにとどまった。

 これに先立ち、福田康夫首相は27日夕、首相官邸で記者団に「遺憾なことが起こっている。解決するには何をするのがいいか、考えていかなければならない」と述べた。

 外務省は26日、反政府デモをめぐる事態の緊迫化を受け、ミャンマーに関する渡航情報の危険度を4段階のうち最も低い「十分に注意」から「渡航の是非を検討すべきだ」に引き上げていた。

(2007/09/28 00:20)

日本人カメラマン死亡 ミャンマー軍政が無差別発砲

2007年9月28日 朝刊◆長井健司さんと確認、取材中撃たれる

 【バンコク=大場司】軍事政権による反政府デモの武力弾圧が続くミャンマーの旧首都ヤンゴンで二十七日、僧侶への弾圧に抗議して集まった市民に治安部隊が無差別発砲し、多数の死傷者が出た。軍政当局は死者は九人としているが、うち一人が東京・赤坂の映像制作会社「APF通信社」の契約カメラマン、長井健司さん(50)とわかった。軍政の武力弾圧で外国人が死亡したのは初めて。軍政は武力弾圧を一段と強めており今後も死傷者が続出する恐れもある。(略)

                                                  ◇

>「日本政府は弾圧的な実力行使をしないよう求めてきたが、邦人が巻き込まれて犠牲になったことは極めて遺憾だ。ミャンマー政府に抗議し、真相解明を求める。邦人の安全のために適切な対処を講じてほしい」

いち早く抗議声明を出したことはとりあえずGJ!

素早い行動は官房長官だけではなかった。

今朝のNHKニュースによると、日本人ジャーナリスト長井健司さんが死亡したことを受けて外務省は迅速にミャンマー日本大使館を通じてミャンマー政府に抗議の意を伝え、それだけではなく藪中外務審議官が現地に飛ぶという。

■日本とミャンマー■

日本とミャンマーとの関係は第二次大戦を機に緊密になった。

現軍事政権の中心ビルマ国軍は、戦時中日本軍の指導により設立されている。

話は脱線するが今朝のテレビ朝日「スーパーモーニング」で朝日新聞出身のコメンテーター(名前は失念)が長井さんが軍が発砲した「流れ弾」に当たって死亡したというニュースに「ミャンマーの軍隊は日本軍が指導したので、わざと狙い撃ちした可能性もある」(必ずしも正確ではないが大意はこの意味)という発言をしていた。

軍が発砲した弾が「流れ弾」か「狙い撃ち」かはさて置いて、「日本軍が指導したから云々」とは、この男の思考能力は一体どうなっているのだ。

話を戻す。

戦後、日本はビルマ連邦(当時)と1954年11月に平和条約と賠償協定を締結、1955年から総額2億ドルの戦争賠償が支払われ、以来日本とミャンマーは友好的な関係を築いている。

1960年代後半から20年ほどの間、ミャンマーは社会主義政策を採り民間の貿易取引は禁じられるという一種の鎖国状態にあった。

日本はその間賠償貿易で「ビルマ・テンダー(tender)と称する国家入札によってのみ商品を販売していた。

軍事クーデター以後何度も民主化運動はあったが日本は常に傍観者の立場にあった。

これまで何度もくすぶっていたミャンマーの民主化運動は今回の日本人の死ということで、大きな曲がり角に立つことになる。

■ミャンマーと中国の関係■

問題の解決のキー国は中国だと言われている。

冷戦時代には社会主義のドミノ現象を恐れたアメリカはベトナム戦争にはまり込み高い代償を支払うことになった。

今中国が恐れるのは、ミャンマーの民主化によって、中国周辺国の間に冷戦時とは逆の「民主化のドミノ現象」が起きることである。

明治期のロシアは太平洋への出口として朝鮮半島へ南下し、不凍港獲得の野望を持ったが日露戦争により日本に阻止された。

日本の政局は、インド洋での日本へのオイルレーン確保の国際協力として「海自の給油の可否」で国内世論は揺れているが、

中国は自国のオイルレーンをミャンマーを柵封国することにより確保しているのだ。

インド洋への出口を求める中国はミャンマーに、中国海軍が使う軍港提供する代償として経済援助はもちろん、兵器、弾薬などの提供も行っている。

また中国は中東方面からのオイルレーンとして、海幅の狭いマラッカ海峡通過を避けて、中東の石油をミャンマーで陸揚げし、パイプラインで
中国に送る建設工事を行っている。

自国の生命線であるオイルレーンの安全確保を他国に委ねている脳天気な日本とは大きな違いだ。

国連の声明によると、潘事務総長は軍政指導者らに対し、ガンバリ特使と全面的に連携するよう呼びかけ、対話を通じた国民和解プロセス仲介を目指す国連の強い意向を明らかにした。(CNN)

中国の柵封国・韓国出身の事務総長の下でガンバリ顧問がいくらガンバッテもうまくいくかどうか。

問題解決のキーとなる中国は自国の安全保障の確保のためにはミャンマーの民主化は望んでいない。

しかも中国は、国連安保理の常任理事国であり拒否権を持っている。

そもそも1988年、軍事クーデターで軍事政権ができる前のミャンマーは社会主義政党の一党独裁による、社会主義国であった。

現在の中国はミャンマーに己の姿を映し見て、ミャンマーの民主化は結局自国へブーメランとなって帰ってくることを恐れている。

■日本の出る幕?■

これまでにミャンマーの人権問題や民主化問題に対し、日本政府は軍事政権と民主化勢力の双方に、対話による解決を何度も働きかけを行ってきた。

対話のみを優先する日本外交は、友好国ミャンマーに厳しい態度を取れないと侮られていた面もあった。

ところが、今回の騒動では日本人の犠牲者が出た。

長井さんの死を無駄にしないためにはこれを機に日本政府は対話のみの外交ではなく、これに圧力も加えるべきであろう。

中国にひれ伏す福田新内閣が毅然とした態度で、ミャンマーに軍事援助を続ける中国に批判の発言ができるとは思えない。

だが、中国には北京オリンピック主催国という大義名分(弱点)が有る。 

この辺の中国の弱点を突けば日本の存在感を世界に知らしめる千載一遇のチャンスだったのだが・・・。

麻生内閣でなくて残念!

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最後の切り札「県民感情への配慮」とは

2007-09-27 06:34:48 | 教科書

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縄タイムス 2007年9月26日(水) 朝刊 1面  
 
渡海文科相 柔軟姿勢/「県民感情考え慎重に」

 【東京】高校教科書から沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」に対する日本軍の強制を示す記述が削除された問題で、福田内閣で初入閣した渡海紀三朗文部科学大臣は二十五日の会見で、沖縄側が検定意見の撤回を求めている問題について「県民感情を考えたときに、より慎重に取り扱っていかなければいけない」と柔軟に対応する考えを示唆した。
 渡海文科相は、同検定が歴史的事実を理解する専門家が参加し、内容を検討しているとの認識を示し、「政府がとやかく言うべきではないと正直思っている」とも発言。その上で「しかしながら、中身の問題については沖縄の中で非常に大きい。率直に私自身の実感だ。もう少し具体的事実がどうなのか精査した上で取り組みたい」と述べた。
 
                       ◇

沖縄タイムスも琉球新報も、文科大臣が変れば、教科書の記述が変えられるとでも思っているのだろうか。

日本は中国や北朝鮮のような一党独裁の国ではない。

政治家の一存で歴史教科書が書き換えられるはずがない。

新報も社会面トップに新文科大臣の写真入で次のような大見出し。

渡海文科相 会見で柔軟姿勢

「県民感情」へ配慮

実行委 撤回に望み  「声無視できないでは」

前任の伊吹文科大臣は「教科書検定意見」の経緯・事情を良く承知していた。

経緯・事情を知っていたからこそ「検定意見」の撤回を否定した。⇒文科相 撤回に否定的/「集団自決」修正

新任のしかも経緯を知らない文科大臣なら、教科書問題を聞かれて、記者会見で次のように答えても何ら不思議はない。

新任大臣としてはごく真っ当なコメントだと思われる。

≪政府がとやかく言うべきではないと正直思っている≫

≪しかしながら、中身の問題については沖縄の中で非常に大きい。率直に私自身の実感だ。もう少し具体的事実がどうなのか精査した上で取り組みたい≫

「具体的事実の精査」を怠って、政治運動のみに専念してきたのがマスコミを中心にした左翼勢力の方ではないのか。

今からでも遅くはないから新大臣の下で専門家の議論・検証を開始して欲しいものだが、むしろ困るのは沖縄マスコミのほうだろう。

 

■最後の切り札「県民感情」■

だが、左翼勢力は新大臣の次の一言を針小棒大に取り上げる。

県民感情を考えたときに、より慎重に取り扱っていかなければいけない」

そう、ここでも「県民感情」という魔法の言葉が登場する。

当日記では再三、左翼勢力は「“理”で行き詰ると“情”を持ち出してくる」と批判してきた。

時と場合によっては情の訴える力を無視するわけではないが、教科書の記述という極めて学術的な問題に“情”を刺しはさんで歴史を改ざんするべきではない。

「県民感情」という言葉は黒を白にも変え、歴史の事実をも書き換える魔法の言葉ではないはずだ。

そこで、一夜明けた(8日)閣議終了後に何とか言質をとろうとしつこく同じ質問をぶつけたら次のようなコメントを得た。

渡海文科相 県民大会見極め対応  (9/26 16:03)

「県民大会」実行委員長の「毒おむすび」の仲里県議会議長は「教科書の書き換えは政治運動で変えよ」と沖縄テレビのインタビューで語っていた。

渡海文科相は「県民大会を見極めて対応」というが、教科書の記述は「県民大会」等の政治運動で書き換えるべきものではない。

新大臣は前任者の伊吹大臣の次の言葉を噛み締めて欲しい。

≪「私が修正できるとか、こうあるべきだと言った途端にとんでもないパンドラの箱を開いた汚名を着る」と述べ、意見撤回に否定的な見解を示した。安倍内閣改造後の会見で答えた。
 伊吹文科相は、県民の気持ちには理解を示した上で、「(撤回すれば)今度は日中、日韓、その他の問題で、ある意見を持った人たちが『こうしろ』と言ったら、大臣の権限でできるという国であってはならない」≫(
沖縄タイムス 2007年8月28日)


 

■教科書記述に「県民感情」は歴史を見誤る■

以下は「県民感情」に関するエントリーの再掲です。

集団自決は県民感情で 噴飯モノの「県決議」と「現地調査」

記者の余録
「県民感情への配慮」とは  (6/24 10:05)
 最近どうも引っ掛かる言葉がある。「県民感情に配慮する」という、政府との関係でよく耳にするフレーズだ。
 高校歴史教科書検定で沖縄戦の「集団自決」について、日本軍関与の有無を断定的に記述しないよう検定意見が付された。
 1982年の検定意見でいったんは消された「住民虐殺」の記述が、後に復活したことがある。これについて文部科学省は13日、県関係者に「当時は県民感情に配慮した」と説明した。何となくありがたく感じる。つい「じゃあ今回も」と同じ基準を求めそうになる。実際、抗議行動や撤回要請の中でそんなやりとりが出ることもある。
 だがよく考えてみる。「配慮」なのだろうか。
 沖縄県民であれば必ず、近親に戦死者あるいは体験者がいる。戦争の傷跡がいまだ色濃く残る地で、人々が今回の検定に憤り、撤回を求めるのはまっとうな主張だと思う。求めているのは「配慮」ではなく、「事実」の記述にほかならない。(略)
 (与那嶺路代、東京報道部) (琉球新報 /24 10:05)

                     ◇

1982年の検定意見でいったんは消された「住民虐殺」の記述が、後に復活したことがある。

高嶋欣也琉球大学教授が、「教科書検定意見書は撤回できる」と自信満々に叫ぶ根拠はこの先例による。

高嶋教授といえば、国立大学教授という肩書きながら、歴史の事実検証にはそっぽを向き、専ら「市民運動」を煽動することをその職務と勘違いしている市民運動男。

沖縄戦について語るとき、必ずついてくる枕詞がある。

「日本唯一の地上戦を経験した・・・」

「戦後も75%の米軍基地が集中する・・・」

そして、この「県民感情を配慮して・・・」。

これらの枕詞無しに沖縄戦の議論が始まると定番の恨み節が乱れ飛んでくる。

「本土防衛の捨石にされた・・・」

「県民感情を踏みにじる・・・」

そして「県民をバカにしている」と来る。

もうそろそ、沖縄戦を感情論を抜きにして冷静に論議・検証する場があってもおかしくないはずだ。

それは専門家・歴史化の仕事だと思うが、沖縄の専門家は歴史家というより市民運動が本業としか思えない。

>これについて文部科学省は13日、県関係者に「当時は県民感情に配慮した」と説明した。

そう、1982年といえば四分の一世紀前のこと。

当時は文部省も事実の検証と言うより、本土復帰後間もない沖縄の「県民感情」に押し流されたというのが本音だったのだろう。

しかし、もう既に戦後62年。

「県民感情抜き」で冷静に歴史の検証をしなければならぬ時期に来ている。

さもなくば、必ず将来に大きな禍根を残すことになる。


>つい「じゃあ今回も」と同じ基準を求めそうになる。実際、抗議行動や撤回要請の中でそんなやりとりが出ることもある。

語るに落ちたとはこのことだろう。

抗議行動や撤回要請をした運動家の本音はそんなところだったのでしょう。

<事実はどうでも、県民感情を配慮して撤回して欲しい>、これが本音。

62年前の文部省に代わって、今度は沖縄の運動家達が“感情”に訴えている。

 

全会一致で「撤回要請」を議決したという県議団の先生方も、議決した後になって現地聞き取り調査に行った。

この事実だけでも彼等が歴史を検証によらず“感情”で決めていることが分る。

また、その聞き取り調査事態も、

「もう決まったことだから、早く片付けよう」

と先に結論ありきの発言をする議員もいたという。

まことに噴飯モノの「県議会決議」であり「現地調査」であった。

                  ◆

大臣の一存で歴史教科書が変るようでは、共産党の一党独裁で教科書を自由に変える中国と何ら変らない。

教科書の記述は大臣が決めるものではなく、国、文化省の担当部門が然るべき手順で決めるものである。

民主主義国家であるわが国では大臣が変っても担当部署は粛々と次の意見を述べている。

「審議会委員任命は適切」 撤回要請に文科省  (9/26 10:40)

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真相を墓場まで持ち込んだ二人

2007-09-26 06:51:08 | ★集団自決

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最近の沖縄のマスコミ記事は「集団自決」論議から「歴史わい曲」、更に「教科書検定」そして「教科書検定撤回を求める県民大会」へと大きくスライドをしている。

新聞論調では、この問題の唯一の論点である「軍命の有無」は敢て避け、強制死と軍命の有る無しとは関係ないと乱暴なことを言い出す始末だ。

そんな状況で「集団自決」の犠牲者の数を持ち出したら、

集団自決があったのは紛れも無い事実であり、「犠牲者の数など問題ではない」とでも言いかねない。

「南京大虐殺」で「大虐殺」が論破されると、虐殺があったのは紛れもない事実であり「人数の問題ではない」という連中の理屈と共通である。

だが、本稿では敢て何故犠牲者の数が定まらないのかという点について、触れて見たい。

そこには「犠牲者の数」にまつわる「善意」と「悪意」の二つの顔が見え隠れする。

                    *

■犠牲者の人数は不確定■

「集団自決」は親、兄弟、親戚、そして隣近所の顔見知りという極めて近しい人間関係の中で起きた。

それだけに生き残った人々の心理の葛藤は体験しない人の想像を超える。

その一方、それだけ緊密な人間社会の中で起きた悲劇なら、被害者の実数は正確に把握されてしかるべきだろう。

だが、公表されている被害者数は必ずしも一定ではない。

その人数の定まらない理由も『鉄の暴風』にあった。

確たる証拠も無いまま『鉄の暴風』による「隊長による自決命令」という伝聞記事が一人歩きしたため、住民のつながりも深く調査も容易なはずの集団自決者の数は次の如く出典によって異なる。

①「鉄の暴風」⇒渡嘉敷島329人、 座間味島⇒52人

②「住民処理の状況」(沖縄南方連絡所勤務、馬渕総理府事務官執筆)⇒渡嘉敷村103人、 座間味村155人

③「沖縄作戦講和録」(陸上自衛隊幹部学校発行)⇒渡嘉敷村329人、 座間味村284人

小さな島で、しかも住民同士のつながりの緊密な地域の「事件」にしては数字のばらつきが激しい。

その秘密は島民しか知らない「特殊事情」にあった。

                     *

■玉井元渡嘉敷村長の提案■

昭和54年、渡嘉敷島の戦跡碑が建立された。

その碑文のことで兵庫県の赤松隊長の自宅に、当時の玉井喜八渡嘉敷村長、曽野綾子氏そして赤松対戦友会の谷本小次郎氏が集まった。

「世界日報」の鴨野記者が谷本氏から聞いた話を「月刊ビューポイント」 より引用する。

≪集団自決の数をどうするか、という話題になった時、玉井村長が「315人でお願いします」と発言した。 「それはまたどうしてですか」と谷本氏。彼は渡嘉敷の自決現場を見ていない。 戦後、慰霊のために訪問した時、「せいぜい多くて100人集まるのがやっとではないか」という印象を抱いていた。

玉井村長はこう語ったという。「昭和27年までに亡くなった人の数が315人だからです。 厚生省は(援護法がスタートする)27年まで入れてよい、と言いました。 白玉の碑には、27年までに亡くなった315人の名が刻まれています」

戦時中またはその前後に死んだ村人であれば、自決者でなくとも一人でも多くの村民を助けたい。 その「善意」が次第に、自決者の数を膨らませていったのであろう。 

膨らむ数字は、日本軍の残虐性の証拠としたいと考える者たちの筆で、喧伝(けんでん)された。

真相を知る村人らは、ひたすら沈黙を守った。  軍の関係者もまた、沈黙を続けた。 ただただ左翼文化人、学者、反基地運動家がこれを利用したのである。≫

                     *

■墓場まで真相を持っていく■

昭和54年、赤松隊長の自宅で自決者の人数を相談した当時の玉井渡嘉敷村長(故人)は元琉球政府職員照屋昇雄さんの証言にも登場する。

「真相を知る村人らは、ひとすら沈黙を守った」と鴨野記者が記するように、真相を知る村人の代表格である玉井村長も、その後沈黙を守ったまま故人となった。

そう、真相を知る村人たちは真相を「墓場の中まで」持って行ったのだ。

だが故玉井村長とともに「真相を墓場の中まで持って行こう」と誓い合ったもう一人の男がいた。

事実の隠蔽に自責の念に駆られた元琉球政府援護課職員の照屋昇雄さんである。

産経新聞への照屋さんの長い証言の中から玉井村長に関する部分を次のように証言している。

 ≪--赤松元大尉の反応は


 「厚生省の課長から『赤松さんが村を救うため、十字架を背負うと言ってくれた』と言われた。喜んだ(当時の)玉井喜八村長が赤松さんに会いに行ったら『隊長命令とする命令書を作ってくれ。そしたら判を押してサインする』と言ってくれたそうだ。赤松隊長は、重い十字架を背負ってくれた」

 「私が資料を読み、もう一人の担当が『住民に告ぐ』とする自決を命令した形にする文書を作った。『死して国のためにご奉公せよ』といったようなことを書いたと思う。しかし、金を取るためにこんなことをやったなんてことが出たら大変なことになってしまう。私、もう一人の担当者、さらに玉井村長とともに『この話は墓場まで持っていこう』と誓った

 --住民は、このことを知っていたのか

 「住民は分かっていた。だから、どんな人が来ても(真相は)絶対言わなかった」

 --あらためて、なぜ、今証言するのか

 「赤松隊長が余命3カ月となったとき、玉井村長に『私は3カ月しか命がない。だから、私が命令したという部分は訂正してくれないか』と要請があったそうだ。でも、(明らかにして)消したら、お金を受け取っている人がどうなるか分からない。赤松隊長が新聞や本に『鬼だ』などと書かれるのを見るたび『悪いことをしました』と手を合わせていた。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂ける思い、胸に短刀を刺される思いだった。玉井村長も亡くなった。赤松隊長や玉井村長に安らかに眠ってもらうためには、私が言わなきゃいけない」
産経新聞【2006/08/27 東京朝刊から】 ≫
 
 
■口をつぐんだもう一人■
 
更にもう一人「真相を墓場の中まで」持って言った男がいた。
渡嘉敷島の「集団自決」で手りゅう弾を配ったとされる兵事主任の富山真順氏である。
 
富山証言を元に「村史」には「軍命令があった」と記述されているが、真実は何も語らず、真実は自分の胸に秘めたまま墓場の中まで持ち今だのだ。
 
ちなみに富山証言の「手りゅう弾を住民に二個ずつ配り、一発は敵に、残り一発で自決せよ兵器軍曹が訓示を述べた」は『渡嘉敷村史・通史編』に記され「軍の命令」「軍の関与」の根拠となっている。
 
だが、この『渡嘉敷村史・通史編』は「集団自決」の実に45年後の1990年に発刊されており、富山氏の証言内容は「軍命」を正当化するために書かれたものと見られる。((世界日報 2007年 9月8日)
 
この経緯を富山氏から直接聞いた渡嘉敷在住の源哲彦氏が9月1日の沖縄タイムス「論壇」で次のように述べている。
 

≪戦後、富山真順氏(故人)は、軍から「自決命令」が出されていることを明確に証言している(以下『渡嘉敷村史・通史編』。

①1945年3月20日、赤松隊長から伝令が来て平時主任に対し渡嘉敷部落の住民を役場に集めるように命令した。 兵事主任は軍の指示に従って「17歳未満の少年と役場職員を役場の前庭に招集した。

②その時、兵器軍曹と呼ばれていた下士官が部下に手りゅう弾を2箱持ってこさせた。 兵器軍曹は集まった20数名の者に手りゅう弾を2個ずつ配り、“訓示”をした。「米軍の上陸と渡嘉敷島の玉砕は必至である。 敵に遭遇したら1発は敵に投げ、捕虜になる恐れのあるときは、残りの1初で自決せよ!」。

このことを「軍の命令」、「軍の強制あるいは関与」が無かったとは言えまい。 当時の村長や兵事主任はすでに故人となり、生の声で「証言」を聞くことは出来ないが、富山氏は生前「真実は今や私だけが知っている。 その真実は墓場まで私が持っていく」といったのを直接聞いた事がある。≫(沖縄タイムス)

 

富山助役、玉井村長など真相を知る村人は「真実」は何も語らず「墓場まで」持って言った。

そして、真実は村人ではなく当時聞き取り調査をした照屋昇雄さんの勇気ある証言で明らかになったのだ。

巷に溢れている「軍命令」は真実ではない。

 

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品格の無い記事

2007-09-25 19:56:40 | 県知事選

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2007年09月25日00時02分 朝日新聞

 やつれたような表情、張りのない声……。入院から12日目、東京都内の慶応大病院で記者会見した安倍首相にかつての力強さはなかった。辞意表明の時期を「最悪のタイミングだった」と自ら反省。辞任を決めた最大の理由は体調不良だったと強調した。会見のテレビ中継を見た識者らは、病状を気遣いつつも、厳しい印象を口にした。

 安倍氏は、辞任の最大の理由が健康問題だったとしたうえで、「在職中に自らの体調について述べるべきでないと考えていた」と釈明した。

 コラムニストの石原壮一郎さんは「自分勝手な美学で情報を隠し、国民を混乱させた」と話す。

 辞任時に体調不良を明らかにしていれば無用な混乱はなく、イメージダウンも防げたのではないかと指摘する。

 「『アタシ、もうアベしちゃおうかな』という言葉があちこちで聞こえる。仕事も責任も放り投げてしまいたい心情の吐露だ。そんな大人げない流行語を首相が作ってしまったのがカナシイ」

 安倍氏は濃紺のスーツに青いネクタイ。顔色は青白く見え、話しながら何度も唇をなめた。

 高木勝・明大教授は「生気がなく別人のようだった」と気遣いつつも、「厳しいようだが、健康管理ができない人に首相の資格はない」。

 謝罪の言葉はあったが、国民に対する謝罪は政府、与野党関係者の後だった。高木教授は「順番が逆だ。会見は単なる言い訳ばかりだった」。

 この日の安倍氏は、目に力が感じられず、声にも張りがなかった。自身は「ここ1カ月で、自らの意志を貫く基礎となる体力に限界を感じた」と説明。医師からは、入院から12日たっても食欲が回復せず、5キロ減った体重が元に戻っていないことが明らかにされた。

 精神科医の和田秀樹さんは「機能性胃腸障害だけでなく、精神的にも追いつめられていたのではないか」と指摘する。

 「そうだとすれば、『無責任』とか『逃亡した』といった批判は、病状を悪化させるおそれがある。安倍さんの政治信条に共感はしないが、今回の件では、気の毒に思えてしまう」と案じた。

 安倍氏は入院中の21日、53歳の誕生日を迎えた。会見では、25日の首相指名の投票に参加し、次期衆院選にも立候補する意向を表明。そのうえで、「1人の国会議員として力を尽くしていきたい」と語った。

 草野厚・慶大教授は「国会議員を辞めるなら『お疲れ様』と言ってあげたいところ」としながらも、「再起を期すつもりなら、ウソをついてはいけなかった」と指摘する。辞任会見では、インド洋で自衛隊の給油を継続するための「局面の転換」を辞任の理由に挙げていた。小沢民主党代表に呼びかけた党首会談が実現しなかったことも一因に挙げていたからだ。

 「本当は体力がもたないから辞めるのに、人のせいにした。よくよく反省しないといけない」

 さらに草野教授は、「議員辞職の可能性まで一部で報じられた中で、この会見は、まだまだ政治家として仕事をしたいというアピールだった、とも受け取れる。アピールにしては弱すぎるけれども」と話した。
                 

                     ◇

わざわざこの記事を取り上げたのは内容を一々批判するためではない。

去り行く自国の総理大臣に対しての品格の無い記事の代表として晒すためである。

それにしてもよくも悪態をつく発言者を揃えたものだ。

罵詈雑言のオンパレードだ。

朝日新聞のこの嬉々とした記事を読んで「水に落ちた犬を打つ」という中国の格言が脳裏をよぎった。

犬は打たないとまた這い上がって人に噛み付くからという。

これは敗者に花を向ける日本の文化と大いに異なる。

上記朝日記事には惻隠の情のひとかけらも見当たらない。

昨日の安倍首相のお詫びの記者会見を報じたテレビ朝日の政治記者(名前は失念・ほくろの有るヤツ)は「会見の中でお詫びの言葉は三度ほどしか無かった。 これでは国民の理解は得られない」と言っていた。

瞬間、思わずテレビ画面に向かって突っ込みを入れた。

「謝罪の言葉を数えるようなゲス野郎! 理解しないのは、てめーだけだろう!」

まさに中国の発想そのもので一国の総理大臣を「水に落ちた犬」とでも見ているのだろうか。

いや、朝日は「水に落ちた犬を叩くのではなく、自ら犬を水に落とした」して嬉々としているのかもしれない。

同じテレビ朝日の「やじうまプラス」のコメンテーター元朝日編集委員の萩谷順のコメントも中国文化そのものだった。

会見中の「一国会議員として」の一言を捉えて

「経験も無ければ能力も実績も無いのに一国会議員も無いだろう」と発言し議員さえも辞めろといわんばかりの態度。

この男、現在は法政大学教授というが、以前の田嶋陽子教授といい、この男といい、こんな連中が教授をするようじゃ法政大学のレベルも下がったものだ。

思想信条が違うのはさて置いても、去り行く首相が病気でやつれた姿で謝罪するのを棒で叩く マスコミの暴言に品性のかけらも無い。

安倍首相を政権の座から引きずり落としたのはマスコミと官僚の利害が奇妙にも一致したからだ。

ライオンヘアを振り乱して抵抗勢力に立ち向かう小泉前首相に比べて安倍首相はパーフォーマンスの派手さで格段に劣った。

だが、短い期間で成し遂げた実績は決して前首相に劣らない。

あまりマスコミは取り上げなかったが(むしろわざと取り上げなかったのだろうが)、安倍内閣が歴代内閣が先送りしてきた教育基本法の改正、教育関連3法の改正、国民投票法の制定、防衛庁の省昇格、公務員法の改革を断行した功績は大きい。

だが、この功績も裏を返せば、安倍首相とは思想信条の対極にある大手マスコミにとっては負の功績に過ぎなかったのだ。

「戦後レジームからの脱却」とは有る意味で朝日新聞を代表とする左翼メディアの壊滅を意味していた。

「日の丸・君が代反対、護憲」の朝日にとって安倍政権は打倒すべき仇敵であった。

一方、公務員制度改革に密かに反抗する官僚たちを敵に回したことで、計らずもマスコミと官僚にとって安倍政権は打倒すべき共通の敵となった。

以前に安倍内閣は公務員制度改革という虎の尾を踏んでしまったと書いたが、同時にマスコミという狼、もとい、ハイエナの尾も踏んでしまったのだ。 

政治家は意識するしないに関わらず叩けば多少のほこりは出るもの。

それが安倍内閣になってから突然異常にほこりが出続けた理由は官僚のチクリと不作為の抵抗にある。 決してこれまでの歴代閣僚が清廉潔白であったわけではない。

それを連携プレーで針小棒大に騒ぎ立てたのがマスコミだといえば分かりが早い。

その間をうまく泳いで参院選で民意を勝ち取ったのが民主党だといえばなお分かりやすい。
 
福田VS麻生の対決もマスコミの「麻生クーデター」とかの怪しげな風評でかく乱しマスコミの思想信条に近い福田に導いた構図も同じだった。

マスコミの思想・信条に近い媚中派内閣には早速中国より歓迎の知らせが入っているときく。福田新総裁 中国紙「アジア重視」に好意的(産経イザ/共同配信記事)

福田新首相に中国が祝意「戦略的互恵関係を推進」 (9月25日 18:35)

総理大臣選出後は中国に金印を貰いに柵封の旅をすると揶揄する向きもあるが・・・。

日本のマスコミでは椿発言が今でも生きている。

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「勝ち組、負け組」と「集団自決」の類似性

2007-09-25 05:51:25 | 教科書

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「勝ち組、負け組」というと、「格差社会」を連想する人が多いだろう。

六本木の高層ビルに居を構え、一夜にして巨万の金を動かす若者集団がいる一方、その日のねぐらを求めてネットカフェを渡り歩く若者集団が存在するのは事実だ。

だが、ここで言う「勝ち組、負け組」は日本の格差社会の問題ではなく、遠く離れたブラジルでの60数年前の「事件」のことである。

ブラジルというと日本人は何を連想するか。

サッカー、サンバ、最近では格闘技でブラジル柔術があるが、日本人が明治期に初めて本格的移民をした国がブラジルだということを知る人は少ない。

そして終戦後ブラジルの日系社会で起きた忌まわしい「勝ち組、負け組」のことを知る日本人が果たして何人いるか。

1945年8月15日。

天皇陛下の玉音放送はブラジルにも短波放送で伝わったが、その放送をほとんどの日系人が聞くことは出来なかった。

また、例え聞いた人の中でも、玉音放送が敗戦を告げる放送だと信じるものも少なく,日本のように「解説」してくれる人もいなかった。

それどころか逆に不確実な風評が飛び交い「日本が勝った」というデマは一夜のうちに日系人社会を駆け巡っていった。

英語のわかる一部日本人の中で、アメリカの放送も聞き、日本の戦況を良く理解する人もいたが、大多数の日系移民は「不都合な真実」を聴く耳は持たなかったようだ。

日本ではマッカーサーが日本占領開始した頃、ブラジルの各地の開拓地では、「日本が勝った、日本が勝った、」と戦勝記念日の祝賀会を開催するところまで現れた。

一方、状況判断の出切る良識派は「日本は負けたんだ」と主張し、日系社会は「勝ち組、負け組」に別れて不毛な争いを続けついには殺人事件にまで至ったという。
 
■「集団自決」と「勝ち組、負け組」の共通性■

9月9日に沖縄の宜野湾市で行われた講演会「沖縄戦『集団自決』の真実を探る」で、講演に先立って亀川正東琉球大学名誉教授の挨拶があったがその冒頭でブラジル日系人社会の「勝ち組、負け組」の話をされた。

「集団自決」と「勝ち組、負け組」とは何の関係が有るのかと思ったが、さすが日本エッセイスト協会員でもある亀川教授、現在の沖縄社会のマスコミによる「情報閉塞状態」が、当時のブラジル日系社会の「情報閉塞状態」と酷似しているとを見事に指摘してくれた。

しかも、驚くことに「勝ち組」の中でもっとも熱狂的で「不都合な情報」に耳を塞いで、勝ち組にあらずば「非国民」と騒ぎ立て、殺人まで犯したのは日系人の中でも沖縄出身者社会だったという。

現在の沖縄の新聞を見ているとブラジルの「勝ち組、負け組」を例に出して現在の沖縄の情報閉塞状態を批判した亀川教授の慧眼に改めて感心した。

亀川教授は、沖縄県民の民度の低さを嘆き「沖縄県民として恥ずかしい」とも述べた。
 
■情報閉塞が起きる理由■

勝ち組の中でも沖縄出身者は特に熱狂度が激しく、敗戦を認める「負け組」幹部らに非国民としてテロ行為を働き、数十人を暗殺し、百人余りの負傷者を出したという。

この事件はブラジルの日本移民社会においては現在でもタブーであり、半世紀以上もの間、日系社会では封印されてきた。

今では二世、三世の間でさえ知るものは少ないという。

では何故このような情報の閉塞状態が起きたのか。

その原因は主に日本語による情報入手の困難性にあった。

60数年前の、しかも日本から遠く離れたブラジルの地で、ポルトガル語が分からず日本語しか話せない日本人移民は、新聞にも雑誌にも見放された状態で戦時中をすごした。

つまり当時の日本人移民は日本語は読み書きができても移民先では一種の文盲状態にあった。

それだけではない。

自分で判断することを避け、自分の主張(日本が勝った)にそぐわない意見(日本は負けた)には耳を閉ざした。

つまりブラジルの「勝ち組」は自ら情報の門戸を閉ざしていたのだ。
 
■自ら情報の門戸を閉ざす沖縄メディア■

連日沖縄の新聞を賑わす「証言」は全て一方のグループの主張に偏った証言で、反対意見の「証言」はまるでデマの如く扱い、まともに紙面に載ることは無い。

ブラジルでは戦後かなり経過しても「戦勝○年記念祝勝日」と称して戦勝を祝っていたというから、現在のブラジル日系社会がこの話を封印したくなる気も理解できる。

現在の沖縄の狂乱振りが「県民大会」の狂乱に留まらず、教科書の書き換えにまでエスカレートしたとしたらら、沖縄県民の子孫は後の世に、これを「県民の恥」として歴史から抹消、封印せざるを得なくなるだろう。 ブラジル日系社会の忌まわしい「歴史」のように。

沖縄移民が60数年前にブラジルで犯した大愚を、情報社会と言われる21世紀で再び犯してはいけない。

【追記】

狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては常態である

一人は個、二人は対、三人以上になると集団性を帯びる

集団は時に人を変えてしまう

 (「毒吐きてっく」より孫引き)

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【再掲】 琉球新報の言論封殺に抗議します。

2007-09-24 15:37:17 | ★集団自決
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                  ◆

以下は【再掲です】

 

琉球新報の言論封殺が続いて今日で97日目です。

琉球新報の夕刊で火曜から土曜にかけての長期連載特集、

上原正稔著「パンドラの箱を開ける時 沖縄戦の記録」が

掲載予定日の2007年6月19日より

読者に何の断りも無く一方的に中止になりました。

上原さんは掲載前に知人に次のように言っていました。

≪19日付からは第2話「慶良間で何が起きたのか」が始まります。
集団自決」をテーマにしたもので、作者の上原正稔氏は圧力に屈することなく執筆する≫と。

同氏の話によると、

≪沖縄で現在展開されている運動に水をかけることになる内容になるためか≫

≪担当編集者の態度に変化があり、今回の事態に至ったらしい≫とも言っているそうです。

どんな大きな圧力が働いたのでしょうか。

琉球新報は読者に連載中止の理由を一言も言っておりません。

問い合わせても「調整中」の一言で済ましています。

読者は一方的に「知る権利」を奪われています。

沖縄では今メディアの意見と違う考えは封殺される異常な事態になっています。

これでは戦前の言論弾圧と変りません。

琉球新報が連載を再開するまでこの記事を掲載し続けます。

                              狼魔人

◆参考エントリー:

「パンドラの箱」  カギを握る上原正稔氏

沖縄のマスコミは大政翼賛会か

琉球新報によって削除された「沖縄戦記」

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【お知らせ】


「河野談話」の白紙撤回運動に

拙ブログも微力ながら署名活動を支援しています。

下記のページから「河野談話」の白紙撤回署名にご協力をお願いします。
画像

 

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「歴史わい曲」で記念写真を

2007-09-24 13:40:04 | 教科書

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沖縄タイムス 2007年9月24日(月) 朝刊 21面  
 
県内首長、文科省を批判/専門家加え再審議を

 高校教科書から沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」に対する日本軍の強制を示す記述が削除された問題で、文部科学省の教科書審議会に沖縄戦の専門家がおらず、同省の検定意見原案が議論もなく通ったことに、県内四十一市町村の首長は「記述に手を加えるならば専門家の意見を聞くべきだ」と同省を厳しく批判していることが二十四日、本紙のアンケート調査で明らかになった。また、目抜き通りでの大会告知、バス手配など大会の準備も各自治体で進んでいる。
 アンケートは二十一日までに回答を得た。日本軍の強制の記述削除について文科省は「学術的な検討を得た審議会の決定」と説明している。

 金城豊明豊見城市長は「もともとあった記述に手を加えるならば専門家の意見を聞くことが、学術的にも公正・中立ではないか」と指摘。城間俊安南風原町長は「文科省が審議過程を正当化する姿勢は疑問」とした上で、両首長ともに「集団自決」の日本軍の強制を否定する「文科省の意図を感じる」と訴えた。(略)

                                                 ◇

>「もともとあった記述に手を加えるならば専門家の意見を聞くことが、学術的にも公正・中立ではないか」

今頃になって何を寝言を、といいたい。

当日記はマスコミが「民意」を扇動し始めた6月に、市町村長のアンケートなどで政治家を煽る前に、専門家の検証が先決だと主張してきた。


「集団自決」 専門家に議論させない地元新聞

市民運動より学者らによる実証的な研究を!

「民意」を狂乱するまで扇動しておいて、今頃専門家の議論とは順序が後先ではないのか。

県民が熱狂した状況下で「冷静な議論」ができるかどうかはさて置いて、

たとえ時期を逸したとはいえ、このような意見が出てきたことを、物事を冷静に考える人が出てきたと考えるのは当日記がちょっと甘いのだろうか。

                      *

異常に盛り上がる政治集会「県民大会」の開催日まで残すとこあと5日。

ネタが無くとも無理やり記事にしてしまうのがプロパガンダ紙の宿命。

今朝の琉球新報は、「青春!県民大会」といった中高生サークルの「記念写真」に太っ腹にも紙面を提供している。

今までの「新聞記念写真」は家族の4人だったが(「孫に真実伝えたい」 与論・喜山町議、家族で参加へ

中学生グループは5人で撮影ОKのようだ。(歴史の重さ実感 具志川中生徒「集団自決」を学習

で、高校生グループは、7名くらいで記念撮影。(事実学ばせて 真和志高インターメディア部、参加訴え )

あなたの家族、グループも今なら新聞に「記念写真」を掲載できますよ。

今の所、家族なら4人以上、グループなら5人以上ならОKのようだが。

勿論、「歴史わい曲に怒りで震え、県民大会動員に協力したい」と言う大義名分で拳を突き上げるのは条件だが、

「記念写真」が新聞に掲載されるならばお安いものだ。

しかし、毎日の新聞の扇動記事に判断力も麻痺し勝ちだが、ライブハウスで「集団自決」のフィルムをで上映する異常さに気がつくものが今の沖縄に何人いるだろうか。(検定県民大会向け「集団自決」上映会 22日那覇  )

それにして、もオリンピックじゃあるまいし、「灯火リレー」までやるとは、はしゃぎ過ぎでは無いのかね。(平和の灯リレー、走って世代つなぐ 糸満―県民大会会場

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天声人語のお墨付き論 エロ・サイトについて

2007-09-24 06:34:51 | 外交・安全保障

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誘拐犯の手先から献金を受ける人物がついに日本の総理大臣になることが決まった。

得票数は、福田氏が330票、麻生氏は197票だったが、内訳は

国会議員票  地方票  合計
福田氏    254      76   330
麻生氏    132      65   197 
                       ※無効票1

いずれにせよ福田総理では総選挙は乗り切れない。

「選挙の顔」には陰気すぎる。

陰気な顔で「ボソボソ」としゃべられたら本当に政権交代になってしまう。

一方、事前予想の福田圧勝を裏切って麻生が善戦した。

これを機に政界再編成を期待したい。

やはり「選挙の顔」には明るい顔がいいでしょう。

突然話題転換。

■エロ・サイトについて

PCに向かう人なら怪しげな「エロ・サイト」を間違ってクリックし、対応にあわてた経験が一度くらいはおありでしょう。

無ければ結構ですが、当日記にも良く「エロ・サイト」がTBされているが、勿論当日記が主催しているわけではない。

先日友人のK君が間違ってクリックしてしまい、対処法を問うメールが入った。

下記に引用しますので参考にしてください。

                     ◇

≪狼魔人日記を見ていてうっかりTBされている「エロ・サイト」を開いていったら課金云々が出てきてた。

無視して画面を閉じメールを開いたらわけのわからないメールが自動発信された。

「狼魔人日記」が承知の上でここに掲載しているのでしょうか、メールアドレスが送信されているが

課金に使用される恐れあり、対応はどうしたらよいですか教えてください。  

Kより≫

                     ◇


K君
 
最良の対処法は「無視すること」です。
 
いくら「同意云々」の文言で脅しても、相手が間違ってクリックするのを待つような騙まし討ちの契約は無効です。
 
「追加金」とか「延滞金」云々の脅しに負けて返事をしたら敵の思う壺です。
 
無視と削除で対応する以外に方法はありません。
 
詳しくは下記サイトを参考にして下さい。
 
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1015654.html
 
なお「狼魔人日記」とエロサイトは全く関係有りません。
 
極力削除を試みてはいますが一日中PCえを睨んでいるわけにもいきませんので。
 
悪徳サイトには、勇気を持って無視しましょう。
 
狼魔人

                     ◆

天声人語


2007年09月23日(日曜日)付

 画家の辻まことに、「虫類図譜」と題する愉快な画文集がある。色々な事物を虫に見立てて皮肉っていて、国連もやり玉にあげている。〈できの悪い粗悪品を、美しいものとよばなければならない〉と手厳しい。

 美名と裏腹に、冷戦下で機能しなかった時代の冷笑だ。今なら、こう悪(あ)しざまには言われまい。とはいえ利害と思惑のぶつかる国際社会で、黄門様のようにはいかない。「お墨付き」である決議も、厳しい折衝をくぐって日の目を見る。

 懸案のテロ対策特別措置法をめぐって、日本政府が「印籠(いんろう)」と頼んだのは、決議の前文の「謝意」だった。インド洋で給油活動を続ける根拠になると踏んだ。米国に働きかけて文言を潜り込ませたが、ロシアは反発して棄権した。安保理の足並みを乱したと、風当たりが強い。

 安保理は国連の心臓部だが、協議の多くは決議文の言葉選びに割かれる。取材していた頃、最後にわずかな言葉を換えて採択された決議があった。言い換えで各国の思惑に配慮したからだ。その決議を根拠に、米国は強引にイラク戦争に打って出る。

 片言隻句の違いが、何万人もの生死を左右したと言えなくもない。外交官が、それぞれの国益を背負って扱う一語が、人の頭上に爆弾を降らせもする。国連の美名のもとなら何でも是と思うのは、だからあやうい。

 政府には渇望の印籠だったが、特措法に反対の民主党はひれ伏すふうもない。年金に比べれば特措法も国連も身近ではないが、ときには遠くも眺め、粗悪品でないかどうかを確かめたい

                                               ◇

■「お墨付き」の価値変動■

小沢民主党党首が「お墨付き」と信じる国連決議が小沢に不利な「謝意」が決議に盛り込まれると、天声人語もその「お墨付き」の権威を疑いだす。

>政府には渇望の印籠だったが、特措法に反対の民主党はひれ伏すふうもない。

天声人語も小沢の考え次第で容易に価値基準を変えるということか。

黄門さまの印籠がなければ何事も始まらないと言っていた男が、いざ印籠を示されると、今度は印籠の紋所の色が薄いとか何とかいちゃもんをつける。 

小沢一郎氏の「国連至上主義」は、あまり他には例を見ない奇妙な信仰だとかねがね思っていた。

小沢氏が国連を崇拝する理由はめまぐるしく変る国際政治の潮流についていけなくなったからだと想像する。

硬直した頭には、「国連至上主義」といったスローガンを掲げるのが一番楽なのだ。

物事を深く検証するのを避けて、掲げたスローガンにそぐわないものにはとにかく反対すれば済む。

 

■国連は平和の府ではない■

勿論小沢氏が至上とする国連の実態は、平和を護るための正義の府ではない。

国連の加盟国の大部分が、人権弾圧をしている途上国であるということも現実である。

これは北朝鮮の拉致事件に関連する人権弾圧を非難する決議案にも、人権委員会53ヶ国中半分の国しか賛成しないという事実で容易に理解できる。

人権弾圧されている国々にとては国連は「平和の府」どころか人権弾圧を認める「悪魔の府」だと言えなくも無い。

それはそもそもUnited Nationsを「国際連合」と訳すのは誤訳であり連合工と訳するのが正しい。

これは第二次大戦中の1942年に「連合国」が共同で戦争を行なうために結成された軍事同盟の名前であり、世界平和を守る「平和の府」ではなく、連合国が戦後秩序を守るための機関なのである。

ちなみに国連では日本は第二次大戦の敵国であると規定する「敵国条項」が今でも生きている。

 

湾岸戦争のときは一兆数千億出しても「謝意」を示してもらえなかった。

米国に働きかけて文言を潜り込ませたが、

日本の働きかけで潜り込んだ「謝意」だと天声人語は揶揄するが、1兆円以上の大金を」投じても得られなかった「謝意」がそんなに簡単に国連決議に潜り込めるだろうか。

日本のインド洋の給油活動が少なくとも兆円以上の価値があると判断したからこそ、国連決議に「謝意」を表したのではなかったのか。

「国連至上主義」を掲げていたずらに神学論争を挑む小沢党首は「非武装中立」の神学論争に明け暮れた土井・社会党と何ら変りが無い。

土井・社会党なら敵国に侵略されても「話し合いで平和を!」と念仏を唱えるだけだろうし、

小沢・民主党なら「国連決議さえあれば、他国の戦争にも武力介入出切る」と拳を振り上げるだろう。

結局、民主党はブーメラン政党。

自ら唱えた「国連決議」がブーメランとなって襲ってきた。
 
小沢に政権担当能力は無い。

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「うつろな目の少女」の秘密!

2007-09-23 12:28:56 | 教科書


琉球新報 金口木舌2007年9月7日掲載  

 雨が降るさまを表す言葉はいろいろあるが「遣(や)らずの雨」は情趣を感じさせる。別れが惜しい訪問客を引き留めるかのように、急に降りだした雨を言う
▼「馬の背をわける」も乙だ。馬の毛並みが雨模様を連想させるのだろう。左右を分けるように、一方は晴れて片方は雨が降る状況。ウチナーグチだとカタブイ(片時雨=国立国語研究所沖縄語辞典)だが、残暑が続く中、このところカタブイが目立つという(略)

                   ◇

琉球新報の味のあるコラムに感心していたら、「遣らずの雨」で同じ新報の2週間前の「うつろな目をした少女」という衝撃的記事を思い出した。

沖縄戦を伝えるため伊丹市からわざわざ琉球新報を訪れて証言した大城盛俊氏の驚愕の記事のことだ。

教科書の嘘許さず 大城さん、憤りで声震わせる

2007年8月25日琉球新報

「沖縄がいつまでもバカにされたままでいいのか。沖縄県民はもっと怒って立ち上がらなければ」と訴える大城盛俊さん=那覇市天久の琉球新報社

 「うつろな目の少女」と題し、大田昌秀著「これが沖縄戦だ」(1977年出版)の表紙写真で紹介された兵庫県伊丹市の大城盛俊さん(75)=旧玉城村出身=が来県、高校歴史教科書検定で沖縄戦の「集団自決」に関する記述から日本軍の強制が修正・削除された問題で、「沖縄県民はもっと怒って立ち上がらなければ」と訴えている。24日、琉球新報社を訪れた大城さんは、史実を歪める教科書検定の動きに「教科書が嘘(うそ)をついて、その嘘を教えられた子どもたちが大きくなったらどうなるのか」と懸念し、憤りで声を震わせた。
 表紙の“少女”の正体が大城さん。当時12歳で、育ての父に「男の子は兵隊にやられるから女の子になりすましなさい」と言われ髪を伸ばした。
 大城さんは、1945年4月1日の米軍の沖縄本島上陸後に家族と玉城村のガマ(壕)に避難したときのことを鮮明に記憶している。そこには200―300人の住民がいた。5月下旬、日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。彼らは黒砂糖が入った大城さんのリュックサックを取り上げようとした。大城さんが「取らないで」とお願いすると、「生意気なやつだ」と壕の外に引きずりだし、激しく暴行。硬い革靴でけり飛ばされた大城さんは気を失った。殴られた右目は失明した。
 数日後、大城さんは米兵に助けられた。同写真は診療所の前で撮影された。(略)
 (深沢友紀)

                     ◇

                                              

連日地元紙に登場する沖縄戦の証言者の話には一応目を通しているはずだったが、上記記事は不覚にも見落としていた。

後日、「12歳の少年が何故女装していたの」と知人に聞かれ、記事を改めて読み返してみたが、記事の意味が良く飲み込めなかった。

「男装の少女」は米兵の毒牙を逃れるため米軍占領後しばらくの間、沖縄のいたるところでよく聞いた話。

だが、逆におかっぱ頭の「女装の少年」の話は今回初めて記事で知った。

「男装の女性」が米兵の目をごまかす目的だったという先入観で、男の子が女装をした理由は記事によると次の通りだった。

「男の子は兵隊にやられるから女の子になりすましなさい」

という義父の言葉だ。

この文言を見ると容易にミスリードされてしまう。

「やられる」を「兵隊に遣(や)られる」では無く「兵隊にヤラれる」と誤読してしまったのだ。

言うまでなく、ここで言う「ヤラれる」とは「強姦される」を意味する。

「遣らず雨」の粋な意味は消え去り「ヤラれる」という直裁な表現だ。

連日の「日本兵は残虐だ」とのキャンペーン記事を見ていると、日本兵は「少年をヤル」までに鬼畜に陥っていたのかと一瞬目を疑ったくらいだ。

だが、ここで疑問が残る。

それでは、少年はヤルが少女ならヤラない鬼畜兵が沖縄に集中していたのか。

換言すれば沖縄に集結した日本兵はホモ集団だったのか。

■「うつろな目をした少女」■

問題のおかっぱ頭の少女の写真は新報のウェブサイト記事には掲載されていないが、沖縄戦史では「うつろな目をした少女」として有名な写真である。

だが、地元でこの「少女」が男の子であること知っている人は少い。

この写真が掲載されている「写真で見る沖縄戦-住民篇」では「ヤラれる」を「殺される」と説明している。
http://www.okinawa-sen.or.jp/060214/index.html

うつろな目をした”少女”
実は日本兵に殺されないようにおかっぱ姿にしていた少年
1945.6.21具志頭
 
 

 >日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。彼らは黒砂糖が入った大城さんのリュックサックを取り上げようとした。大城さんが「取らないで」とお願いすると、「生意気なやつだ」と壕の外に引きずりだし、激しく暴行。硬い革靴でけり飛ばされた大城さんは気を失った。
  特集 「写真で見る沖縄戦-住民

戦争末期になると、戦況悪化、長期化により兵士が不足し、兵役対象者が大学生にまで及んだ(学徒動員)。

そこで、沖縄においても、1945年3月に“鉄血勤皇隊”として沖縄の学徒が召集された。

日本陸軍第32軍の「鉄血勤皇隊ならびに活用に関する覚書」によると、

「各学校ごとに鉄血勤皇隊を編成し、軍の緊密な協力の下で軍事訓練を施し、非常事態ともなれば直接軍組織に編入し戦闘に参加させる」
 
と記されており、当初から軍の援助・指導を前提に、県立学校が積極的に軍事訓練・戦闘へ取り組んでいたことが伺える。
さらに、その添付文章などによると、召集対象年齢を下回る14~16歳の学徒についても召集に備えた書類を作ることが定められた
 
そうした覚書・協定に基づいて、当時の沖縄県庁は、各学校で集めた学徒名簿を軍に提出し、沖縄の14~16歳の少年を動員した。(ウィキペディア)
 
戦争が長引けばそのうちこの少年も正式に招集される。
 
結局、この話は12歳の少年が兵役の手伝いを逃れるためにおかっぱ頭の少女に変装していたのではないか。
 
 
一方。これとは逆に米兵の獣欲から逃れるため長い髪を坊主頭にして顔に泥を塗って薄汚い少年に化けた話は、沖縄では密かに語られる実話である。

米兵蛮行の象徴 「ボンベの鐘」 

<時鐘は時計の代わりだけでなく、時代の相を写す鏡でもあった

米軍占領下の沖縄の歴史を知る上でどうしても語らねばならぬ、もう一つの「鐘」がある

不発弾を利用した「ボンベの鐘」のことだ。

形はボンベだが、実際は不発弾の爆薬を抜き取った「不発弾の鐘」と言ったほうが正確だろう。

 

 

←「ボンベの鐘」

 

「鬼畜米英」と信じ込んでいた米軍は“思ったより”親切だった。

年寄りの傷の手当てをしたり、赤ん坊にミルクを与えたり・・・。

だが米軍はヒューマニズムに溢れていたというのは神話に過ぎなかった。

米軍の沖縄占領から数年間の米軍の蛮行はマスコミには封印されたままである。

当時の沖縄住民は米兵の蛮行には目をつぶって耐える以外にはなかった。

現在70歳以上の女性なら、1945年の占領当時から数年間、各集落の入り口にぶら下っていた米兵監視用の「鐘」のことを覚えているはずである。

米兵の蛮行から身を護るために沖縄住民が考えただした「ボンベの鐘」のことを。

<この鐘は部隊に近いところの集落にかけられているものです。収容所のところです。これは夜な夜な集団で米軍の兵隊が集落内に襲ってくるときに、危険を知らしめる鐘だったんです。このボンベを打ち鳴らされる数は、あるいはそれ以上の数が女性たちに性的暴力を奪っていったという、一つのシンボルといいますか、今でもこれは砂辺地区に残っているボンベです。このことを島マスさんは女性は安心して当時は外出もできなかった。家の中にいても、いつ米兵が入ってくるか分からない。人々は自衛手段としてボンベの鐘を打ち鳴らしました。占領地の沖縄は無法地帯でした」という表現があります。>(沖縄県収用委員 第8回会審理記録」の一部抜粋)http://www.jca.apc.org/HHK/Kokaishinri/8th/Matayosh
i8.html

 

現在の判断基準で考えれば、12歳の少年を将来兵役に取られるのが忍びがたく我が子をおかっぱ頭の女の子に変装させて兵役を逃れさせる親心はよく理解できる。
 
だが、時代は62年前の戦時中のこと。
 
当時の基準で言えば兵役拒否であり「非国民」といわれても仕方のない行為だ。
 
食料を要求する日本兵を「取らないで」と拒否した“少女”がもみ合ううちに男であることがばれてもおかしくはない。
 
記事では書かれていないが「生意気だ」という一言より
 
「女の癖に生意気だ。 おや、貴様男だな。 兵役拒否したな!」といって殴られたと言う方が自然だろう。
 
さらに冒頭の琉球新報記事にはもう一つ疑問が残る。
 
1983年、喉頭(こうとう)がんで声帯を失ったが、人工声帯で沖縄戦の実相を全国各地で語り続ける。講演は23年で1120回を数えた。

 
23年間に1120回の講演会をこなすとは、単純計算をしても1週間に1~2回の講演会を23年も続けたことになり、ある意味で講演会のプロともいえる。
 
その講演会のプロが「うつろな瞳をした少女」の本人なら、わざわざ伊丹市からインタビューのためだけに琉球新報を訪れて一回の講演会も無く帰るのが不可解だというのだ。
 
地元紙は今まさに沖縄戦の証言者で大キャンペーンを張っている真っ最中ではないか。
 
日本軍の残虐性を訴えるのに「うつろな瞳をした少女」ほどおいしい演題はないはずだ。
 
講演会のプロが一回も講演会をせずに尼崎に帰ったのには訳があったのだろう。
 
沖縄では米兵を逃れるための「男装の女性」の話は数多いが日本兵から逃れるための「女装の男性」の話は大城俊盛氏以外には聞いた事が無いのだ。
 
本土各地では「うつろな瞳をした少女」として講演を続けられても現地の沖縄では実質上の「徴兵拒否」がばれてしまうのを恐れて琉球新報も講演を避けたのではないか。
 
さらにもう一つ、「釣りキチおやじの言いたい放題」が同じ記事に次のような疑問を投げかけている。
 
≪マスコミの世論操作、『「兵」と「軍」との巧妙なすり替え』
「教科書の嘘許さず 大城さん、憤りで声震わせる」との記事が、8月25日16時4分付で琉球新報から発せられた。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-26594-storytopic-
1.html

この中に、
日本兵が入り込んできて「食料をよこせ」と銃を向けた。(略)「日本兵は本当に恐ろしかった。住民を『スパイだ』と決め付けて虐殺したところも見た。捕虜になれば男は戦車でひき殺され、女は暴行され殺されると言い聞かせ、住民を死(集団自決)に追い込んだのは日本兵だ」と厳しい口調で語る。
との記述がある。
(略)
しかしながら、此処には巧妙な論理のすり替えがある。
事実は日本『兵』なのに、結論は日本『軍』となっていること。
『個としての組織の構成員』が、何時の間にか『全体としての組織それ自体』にすり替えられてしまっている事である。
生きるか死ぬかの極限状態を潜り抜けた、当時は12歳の少年、しかもそのときの苦しみを今も引き摺らざるを得ない運命に置かれている方の言については云々する立場にはないが、この方の言を奇貨として、しかも論理をすり替えてまで世論操作を行おうとは、言語道断と言わざるを得ない。 ≫
 

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「洗脳」! 「集団自決」で特別授業 南風原高

2007-09-23 06:25:50 | 教科書

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 一般に「洗脳」というと、ある人間を特定の主義・思想を持つように仕向ける事、またはその方法を指す。

朝鮮戦争時の捕虜米兵に対して共産主義を信じることをせまった行為を中国共産党が洗脳と呼んでいたのを訳してbrainwashingと名付けられた。当時米兵が次々と共産主義者であることを宣言し、関係者に衝撃を与えた。

中国共産党及び軍の洗脳は、1.外部隔離、2.尋問、3.処罰・暴力、4.巧妙な賞罰、5.徹底教化、6.罪の意識を植え付ける行為、7.自己批判などがあり、薬物使用の例もあるとしている。

映画や小説の世界でも取り上げられで朝鮮戦争にて共産主義者に洗脳された米兵が殺人を犯す映画を公開するなど、広く衝撃を与えた。

他にも日本人捕虜がソ連軍・中国軍から、インドシナ戦争ではフランス人捕虜が、ベトナム戦争では米兵捕虜が洗脳を受けたとされる。

それ故、当該地域で従軍した兵士の残虐行為の証言は必ずしも本当にあったとは限らず、適切な考察と研究が必要となる(実際に日本兵に対して中国共産党が行ったとされる洗脳で中帰連を中心として過剰な日本の残虐行為が喧伝された時期があった)

オウム真理教は旧ソ連で行われていた洗脳を真剣に実践したし、パナウェーブ研究所なども「共産主義者の攻撃」として電磁波による洗脳を恐れている。(ウィキペディアより抜粋)

                    *

昨日のエントリーで「県民大会」動員の異常ムードをネズミ講と揶揄したが、ネズミ講にひっかかるようなヤツは欲ボケしたカネの亡者どもだから自業自得だと言う人もいる。

ネズミ講には確かにそのような一面もある一方、「付き合いで」説明会に参加したが、プロの説得者「洗脳」され、気がついたら自分が熱心な勧誘者になっている例も多いという。

ネズミ講のような理論的には考えられないようなシステムに参加する連中はきっと知的レベルの低い連中だと思われがちが、銀行員や教師、中には大学教授などが「密かに」加入している例もある。

もっとも彼らは社会的地位があり面子があるので被害が出ても名乗り出ないのが普通だが。

知的レベルが洗脳に無関係だと言うことはオウム真理教の例を見れば自明だろう。

 

■中国共産党の洗脳手段

中国共産党は次の手段で洗脳をするという。

1.外部隔離、2.尋問、3.処罰・暴力、4.巧妙な賞罰、5.徹底教化、6.罪の意識を植え付ける行為、7.自己批判などがあり、薬物使用の例もある。

現在の沖縄の状況を考えると薬物使用は除くとしても、多かれ少なかれ上記の1~7の全てが当てはまる。

「外部隔離」にしても二つの地元紙を中心にした全てのメディアが一斉に煽り、「不都合な真実」を封殺する沖縄の現在の状況は情報の「外部隔離」と言える。

「処罰・暴力」「巧妙な賞罰」の中の暴力はともかく「賞罰」となると、県庁、各役所や学校の上司が参加を「要請」すれば、職場で不利な状況になると言う無言の「処罰」を恐れねばならない。

現在、学校で行われている「集団自決」関連授業は「徹底的強化」「尋問」「罪の意識「」自己批判」・・・といった中国共産党の洗脳プログラムに沿っていると言えなくもない。

「県民大会参加」を特別授業にしている学校などは参加しなかったら「欠席」扱いになると言うし、そのように熱心な学校の卒業生を「優遇」するような企業や組織が有るとすれば「巧妙な賞罰」に相当するだろう。

「洗脳」は理屈、理論ではなく感情に訴えて同じことの繰り返しでその効果を挙げる。

そういえば沖縄の新聞は「集団自決」関連記事には執ような繰り返しが多い。

                      *

■繰り返しが洗脳を加速■

「集団自決」関連の話題なら何でも記事になると昨日のエントリーで書いた。

高校生も大学生も大学学長も、各市町村長も、いやいや家族でも良い。

とにかく「集団自決」で徒党を組めば写真入で紙面を飾ることが出来る。

高校生は授業前10分 教科書検定問題学ぶ/南風原高

大学生は教科書問題を議論 あす学生沖縄サミット

大学学長は5私大学長 撤回要求

市町村長は県内40首長参加へ/9・29県民大会

我が浦添市長県民大会参加、市民に呼び掛け 儀間浦添市長

家族は⇒四人そろってハイ、チーズ。これって記念写真の新しい形?「孫に真実伝えたい」 与論・喜山町議、家族で参加へ

おやおや、
大手スーパーも⇒
軍命削除の問題点学ぶ コープ沖縄が学習会  

こちらの中高生も徒党を組んで「集団自決」かと思ったら、

何だ、集団飲酒か⇒中高生ら集団飲酒 那覇署補導 、でもこれで運転でもしたら本当に「集団自決」だが・・・。

 

そして皆でそろって「東京ツアー」。 

でも、200名は多すぎないかね。⇒東京行動200人規模 来月15、16日国へ要請

 

同じネタでも毎日繰り返し報道するのが新聞による洗脳の要諦。

ネタがない時は読者の「声」欄を有効に利用するのも洗脳の常道である。

今朝の琉球新報は「集団自決」「教科書検定」特集である。

やれやれ。

【追記】10月20日

投稿愛好家も洗脳のお手伝い!

和やかに投稿談議 新報社で集い130人交流 カメラ  (10/20 9:43)

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洗脳原論
苫米地 英人
春秋社

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