狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

フィリピン大統領の「オヨヨ!」

2006-02-27 12:48:06 | 県知事選
戦後沖縄は米軍によって占領された。

あまり言及されない事実だがフィリピンも連合国側の一員としてフィリピン兵士も沖縄に駐留した。

言及はされなくとも沖縄住民はフィリピン人を戦勝国として日常生活で肌で感じていた。

慢性的食料不足で喘ぐ沖縄住民にとって、日頃接するフィリッピン人は豊かな国アメリカと同じ側に立つ「持てる国」の人だった。

彼等が除隊して帰国する時、豊かな生活を夢見て彼等に付いて行った沖縄の戦争花嫁は沢山いる。

その中で沖縄女の強さを示す成功談を偶に聞くが大部分は夢破れ哀れな結末を招いている。

そしてその事実は殆ど報道されず封印されたままになっている。

そして半世紀以上の時が流れた。

惨めな敗戦国民で慢性的飢餓に喘いでいた沖縄は肥満に悩む栄養過多の肥満県民と変わり果てた。

一方テレビのドキュメンタリー番組は米軍基地が撤退した跡地に出来たゴミの山を漁るあどけない少女の顔をアップで映し出す。

「持たざる国」フィリピンの唯一の外貨獲得商品は人間の輸出だ。

「フィリピンパブ」と云えば誰でも一つの連想を伴う。

ダンサーやシンガー、ミュジシャンと言った特殊技能の資格で日本に渡ったうら若きフィリピン女性の本業は殆どこれらフィリピンパブの「接客」である。

悲しいかな彼女等には賞味期限がある。

30歳も過ぎた頃になると彼女達は東南アジア諸国に再輸出される。

そこで地元の金持ち家庭の「メイド」として稼ぎ、国で待つ家族に送金し続ける。

その金持ち家族には日本の現地駐在員家族も含まれる。

復帰前、沖縄で米軍家族のメイドになる事は沖縄女性の憧れだった。

豊富な食事のおこぼれにありつけるし、あわよくば食料を家で腹を空かしている家族に分け与える機会があった。

フィリピンの人間輸出の例として日本の看護士不足を補う為フィリピンの看護士の導入が今論議を呼んでいる。


そのフィリピンが今騒がしい。

イラクを初め世界各国が騒がしいのでフィリピンの騒動にも新聞はあまりスペースを取らない。

アロヨ大統領は政府批判を続けていた地元新聞「デーリー・トリビューン」を令状なしで警察に捜索させた。

フィリピンという国は腹は空かしていても、メディアの自由だけは認められた国であった。

「アジア諸国」と言うと日本のメディアは中国と韓国しか対象にしないが、この二つの国は問題外としても、フィリピンはアジア諸国の中でも最も言論の自由が認められた国だ。

時を20年前に巻き戻そう。

マルコス政権を覆したのはメディアを中心にした世論の力だった。

自ら帰国を選んで空港で射殺されたベニグノ・アキノ。

そしてマルコス婦人がためこんだマラカニアン宮殿内の大量の高級靴を国民の目に晒したのもメディアの力であった。

世論を背にしたメディアに強権を発動したオヨヨ、・・・じゃない、アヨヨ、・・・でもない、アロヨ・オバーが今後どのように結末を着けてくれるのか。



(2006年2月26日22時35分 読売新聞)

アロヨ大統領は「小マルコス」…捜索受けた日刊紙 

 【マニラ=遠藤富美子】フィリピンで25日に国家警察の捜索を受けた日刊紙「トリビューン」の発行人ニネェス・オリバレスさんが26日、本紙の取材に応じ、「今後も戦い続ける」と政府の弾圧に屈しない決意を示した。

 「トリビューン編集局に捜索、発行人は反撃」。捜索から一夜明けた、26日付の同紙1面の見出しだ。

 同紙は6年前に発刊。発行部数は約8000部と少ないが、オリバレスさんは「最もアロヨ政権を批判している新聞」と自負する。

 1970年代の戒厳令下でもジャーナリストとして活躍した。マルコス大統領批判が許されない中、マルコス夫妻をおとぎ話の主人公にたとえて書くなど、巧妙に検閲をくぐり抜けた。今回、当時の記憶がよみがえった。「アロヨ大統領は『小マルコス』になろうとしている」

 同紙捜索で、「アロヨ大統領の指導者としてのイメージに傷がついた」。大統領はさらに不利な立場に立たされたと見る。

 今後の活動について聞くと、「正しいことを書くだけ」。「もし編集局が閉鎖されたら、また別の新聞をつくるだけ」と言い切った。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

若手芸人の武勇伝

2006-02-26 13:45:39 | 県知事選
話芸の修行をつんだ落語家のテレビへの出演は最近は殆ど見られない。

高齢化社会と言われながらテレビは若者に媚びて若手のお笑い芸人にしか出番を与えない。

若手お笑い芸人がテレビのゴールデンタイムに出ない日は無い。

あまり多すぎて名前をと顔が一致しないのは歳のせいなのか。

カラオケで「新曲を 覚えた頃は もうナツメロ」と一句詠んだ頃と同じ状況に陥っている。

≪芸名を 覚えた頃は もう消えた≫

「レギュラー」という芸名のお笑いグループを知っているなら話は簡単だが、知らない人の為に説明しよう。

話芸だけでで漫才をやるのではなく、ラップ調のリズムに乗ってネタをしゃべる。

彼等の芸にウケている娘に「こんな芸の何処が面白いのだ。面白くも何とも無い」と言ったら、「世代の違いよ」の一言で終わった。

ここでお笑いの勉強会をするつもりは無いが、同じ若手お笑いコンビに「オリエンタル・ラジオ」がある。

カタカナの付く芸名が多いのも覚えにくい理由の一つだと思う。

前に「アンタッチャブル」を「アンダチャンプル」と誤認したオヤジの話をしたが、今人気のお笑いコンビにも「アンタッチャブル」と言う名前がある。

・・おっと、何の話だったか、・・そう、「オリエンタル・ラジオ」の出る場面を何度か見たが、今度は何故だかこれがミョウにオモシロイ。

気になるので又懲りずに娘に聞いてみた。

「オリエンタル・ラジオはオモシロイね」

「エー? 随分いい加減だね」

「どうして?」

「だって、この前レギュラーは面白くないって言ったでしょう。 レギュラーもオリエンタルラジオも同じラップ系の同じ系列よ」

「なるほど。 そういえばそうだ。 しかし、とにかくレギュラーはツマラン。 でもオリエンタルラジオはオモシロイ」

「だからいい加減だって言うのよ!」

これで話は簡単に終わった。

しかしこれで引っ込んでしまっては天邪鬼のモウロクウンチク爺と取られかねない。

確かに両コンビともリズムに乗ってネタ話をしゃべる点では同じだ。

それに音声つまり言葉のリズムだけでなく、体の動きでリズムを取り視覚に訴える点でも同じだ。

話すネタの良し悪しがツマラナイとオモシロイの分水嶺か。

いや、そうでもない。

この謎解きに取り掛かることにした。

しかし、これは大変な課題だ。

「レギュラー」も「オリエンタルラジオ」も全く知らないと予想する読者が対象だ。

聴覚と視覚でリズムの面白さを訴えるコンビの特徴をどうやって「文字で」説明する。

相手が理解できても出来なくてもお構いなく書きまくれるのがこの日記の気軽さなのだが・・・


これは、ネタの内容ではなくコンビが発する「演奏様式」の問題だと悟った。

「レギュラー」のリズムは4拍子で、「イチ・ニー・サン・休」と行進曲のリズムに乗せてネタをしゃべる。 

実際テレビ画面でも二人並んでその場で行進しているように両手を振り、その場で足踏みしながらトークをする。

「イチ・ニー・サン・」の部分でネタを凝縮してしゃべり、「休」のところで息継ぎをする。

一言で言えば、「レギュラー」と言うコンビは日本人の好きなマーチのリズムに乗って言葉と身体で表現するお笑いと言える。

それでは「オリエンタルラジオ」は?

ペアで演ずるのも同じ、若手で男子なのも同じ、リズムに乗って言葉と身体で表現すると言うところも同じ。

でも、リズムが違った!

「オリエンタルラジオ」の得意ネタに「武勇伝」というのがある。(武勇伝だけ?)

「ブユー・デン」「ブユー・デン」と2回繰り返して「デデーン・デンデン・ブユーデン」と続き、シンコペーションを含む2拍子のリズム(ブユーデン)に乗ってネタを展開する。
その時ネタに合わせて全身を使ってコミカルな動きを表現する。

2拍子と4拍子は兄弟のようなリズムで、どちらも基本的には行進曲に使える。

リズムを文字表現で伝えるのは至難のワザだが、「ブユーデン」の2拍子は二つ合わせて4拍子にすると行進曲には遅すぎるし、1拍を二つに割って四つ打ちにすると早すぎて行進曲が小走り曲になってしまう。

この早めの2拍子にシンコペーションが絡む。

「ブユーデン」の2拍子の「ブユー」の部分がシンコペーションになる。

それで、シンコペーションって?

学校の楽典の授業を想いだして欲しい。

一小節の中にはリズムを強く打つ強拍の部分とやや強く打つ中強の部分がある。

2拍子の曲は「強(イチ)・弱(ニー)」と続き、4拍子は「強(イチ)・弱(ニー)・中強(サン)・弱(シー)」と続く。

そこで強と弱、或いは中強と弱が入れ替わることである。

ム・ム・・・・やはり、リズムを文字で表すのは難しい。

こうなったらやけくそだ。

例を挙げて説明しよう。

中学時代に馴染んだフォスター「故郷の人々(スワニー河)」が学校の授業で出てくるシンコペーションの好例だ。

この曲は4拍子で普通に進行するが、二小節目の「河(がわー)」の「が」と「わー」の強弱が入れ替わっている。

これ即ちシンコペーションの例である。 あー疲れた。

故郷の人々
訳詞者 堀内敬三   フォスター

1 はるかなるスワニー河(がわ) 岸辺(きしべ)に
老(お)いたるわが父母(ちちはは) われを待(ま)てり
はてしなき道(みち)をば さすろう
身(み)にはなお慕(した)わし 里(さと)の家路(いえじ)
寂(さび)しき旅(たび)を 重(かさ)ねゆけば
ただなつかし 遠(とお)きわが故郷(ふるさと)


それで結局何がいいたいのか。

①「レギュラー」も「オリエンタルラジオ」も同じ若手お笑いコンビで、どちらもラップ調のリズムに乗ってネタをしゃべる。

②しかし、「レギュラー」のリズムは一見元気良く見えるが、実際は単調なマーチリズムで間延びしている。

③「オリエンタルラジオ」のリズムは軽快な早めの2拍子でシンコペーションが流行りのラップ調に良くマッチしている。(例に出した故郷の人々はゆったりした遅めの4拍子でシンコペーションもその分間延びしている)

結果的に武勇伝という古めかしい言葉の音声に潜む軽快なリズムを生かした。

それから・・・・?

ハイ、結論です。

「オリエンタルラジオ」は今後大ブレークして「ブユーデン」は流行語になると予想する。

リズムが軽快なのでコマーシャルにも引っ張りだこになるだろう。

私ならコンビニのおでんのコマーシャルに使う。(一寸時期外れか)

「おでーん・でん・でん」「おでーん・でん」・・・「○○おでんは おでーん でん」

書いている内にバカバカしくなってきた。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

荒川静香と運命の曲トゥーランドット

2006-02-25 13:47:45 | 県知事選
湖面を滑るように泳ぐ白鳥。

その白鳥の優雅さを思わせる氷上の舞。

上体が大きく後ろに反り、後頭部が氷の面に着かんばかりのしなやかな肢体。

体が柔らかいだけではない。

強靭な両脚はそれをしっかり支えて氷の面に弧を描く。

荒川静香の演技で初めて知ったイナバウアー。

しなやかさの陰で鍛え抜かれた強靭な筋肉が優雅な肢体を支える。

湖面の下で力強く水を掻く白鳥の足のように。

          ◇         ◇         ◇

23日のフィギュアスケート女子フリーで荒川静香が高得点で優勝を飾った。

世界女王も全米女王も打ち破った。

欧米が独占していた五輪フィギュアスケートの金メダルを「日出(いずる)国のクールビューティ」がをついに手にした瞬間だ。

イタリアはオペラの本場。

イタリア人のオペラ作曲家の曲を二人の日本人選手が用いた。

安藤美姫はプッチーニの「マダムバタフライ」。

その舞台は日本。 日本人には最も知られたオペラだ。

荒川静香は同じプッチーニの「トゥーランドット」。

日本人にはあまり馴染が無いが荒川にとっては馴染の曲だった。

2シーズン前荒川はこの曲に乗って世界選手権を制した想いでの曲だった。

そして奇しくもプッチーニの歌劇「トゥーランドット」の舞台は東洋の国だった。

中国の北京の紫禁城。

そこの美しい姫の名前がトゥーランドットで、婿選びを巡って筋が展開する。

この「トゥーランドット」の選曲には運命的な二つの出来事が重なる。

テレビのオリンピック前のトリノ市内の紹介番組。

荒川の買い物場面を映していた。

トリノの名物はチョコレート。

お菓子屋で偶然見つけたと言う「トゥーランドット」ブランドのチョコレート箱をカメラは捕らえた。


五輪寸前になって荒川はこの縁起の良い曲に変更しての勝負に臨むとカメラに匂わした。

そしてその通り実行して頂点に立った。

もう一つの運命的出来事はイタリアの国民的スターパバロッティがその演出・実演をした。

な・何とパバロッティは開会式で「トゥーランドット」を生のオーケストラをバックに朗々と歌い上げたのだ。

まるで東洋の神秘「クールビューティ」の金メダルを事前に予知し祝福するように。

言うまでも無く、パバロッティは世界の三大テナーの一人で何度も来日しており日本人にも最も親しまれたテナーだ。

いや、三人の中では一番声量豊かで最もオペラ向きの歌手だと勝手に思っている。

このパバロッティの開会式での演出を荒川が事前に知っていて、チョコレート店で「トゥーランドット」を「偶然」に見つけ曲目変更をしたのなら、これは又これで情報戦の完璧な勝利としてアッパレを云ってあげたい。

「クールビューティ」とは大会で荒川静香に付けれれたニックネーム。

「クールビューティ」の命名は氷の冷たさと荒川のクールで優雅な容姿から誰でも納得だと思う。

だが、テーマ曲の「トゥーランドット」からの連想であることは知る人は少ない。

歌劇「トゥーランドット」のあらすじは、氷のように冷たい心を持つトゥーランドット姫が求婚者に三つの謎を解くことを求め、出来ない者の首を刎ねてしまう、その中でダッタンの王子カラフが見事に謎を解き、姫の心を開くと言うものだ。

どこかで聞いたような話だ。

そう、求婚する5人の貴公子に実現不可能な難題を持ちかけて大騒動をさせた我等の「かぐや姫」。

ちなみに王女の出した最後の謎は「人を炎で燃え上がらせる氷とは?」だ。

答えは「トゥーランドット」、そうクールビューティの中国の姫君であった。

もっとも、我等が「かぐや姫」は難題を解けなかった求婚者の首を刎ねるようなヤバンな事はしなかったが。


荒川静香のイナバウアー。 

氷と雪が人々の心を燃え上がらせた。

コメント   トラックバック (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ウコン奇談

2006-02-24 08:11:33 | 未分類
健康沖縄を代表する健康食品にウコンがある。

ウコンは元々方言で「ウッチン」と言っていた。 

今でも年寄りはウコンとは云わずウッチンという。

肝臓の特効薬と言われだして全国に知られるようになってからウコンという呼び方が定着してきた。


人間も齢を重ねてくると目で文字を認識して脳ミソに刻み込むのにインプット・ミスを
犯しやすくなる。

「コイミズ」という文字を見ると無意識に脳では「小泉」と変換され間違って記憶される。

読み慣れぬカタカナの羅列に視覚による識別と脳ミソがついていけないと言う事。
 
結局言葉を変えれば、読解力の減退と言う事に話は落ち着く。

           ◇           ◇

これは沖縄ブームが来る前の、沖縄健康食品が今のように知られる前の話である。

いち早く観光客にこれを宣伝しようと思った或る食堂のオバー、店の壁に墨クログロと自慢の料理の宣伝を大書して貼り付けた。

一人の観光客がその店に入り、オバーの張り紙をみて仰天した。

それも尋常な驚き様では無かった。

口は開けたまま、目は虚ろ、まるでコウノトリの一撃を食らった時の小泉首相の驚愕の表情にも匹敵するオドロキ様だった。

「当店のカレーライスにはウコンが入っています」

そのオバーの為に弁解しておくが、オバーはけして「コ」と「ン」を入れ違えたわけではなかった。

ウコンと言う単語を見慣れていない観光客が勝手に視覚のインプットミスを犯して、脳ミソがパニックを起こしたに過ぎなかったのだ。

なるほど確かにカレーの色とソノ色は良く似ている。

あまりの客のオドロキに今度はオバーが驚いた。

「お客さん。 心配要りませんよ。 これはオバーのサービスですから」

オバーはウッチンを自家栽培しているのが自慢であった。

観光客の驚きに動揺したオバー、止めのイッパツを放ってしまった。

「ウチのウンチは栄養万点よ。 ミソ汁にも入れてあげるよ。」

慣れないヤマト口と緊張のあまり、不覚にもこのオバー「ン」と「チ」を言い間違えてしまったのだ。

・・・・で、それからどうなたって?

哀れな観光客が、引き止めるオバーを振り切って、その店を逃げ出したのはいうまでもない。

出掛けにその男が呟いた一言をオバーは幸いにも聞いてはいなかった。

「沖縄では本当にミソもクソもいっしょにするのか!」

それにしても、ウコンとかウッチンとか、随分人騒がせな名前だ。



その頃は同じようなチン談・奇談はよくあった。

ホテルに入ってきた観光客が中の掲示ポスターを見て小さくつぶやいた。

「さすがは沖縄、奇妙なツアーがあるものだ。」

掲示には
「ケラマ観光ツアーに参加の方はフロントまで・・」と書かれていた。

けして「ケマラ観光ツアー・・」と書き違いはしていなかった。


◆今朝は早起きしてトリノ五輪の女子フィギャ―スケートを観戦した。

荒川静香選手が初めてメダル、・・・いや「金」メダルを取った。

村主章枝選手は4位入賞、安藤美姫選手は15位だった。

スグリフミエを正確に漢字変換するのにパソコンは四苦八苦する。

ましてや人間の脳ミソには、・・・・フグリスミエと読み違えるアナウンサーがいなかったのはさすが。

犬ふぐりとは俳句では春の季語だという。


        ◇         ◇         ◇

【蛇足集】
★ふぐり【陰嚢】 大辞泉
1 金玉(きんたま)。睾丸(こうがん)。いんのう。

2 松ぼっくり。松かさ。

「橋立の松の―も入り海の波もてぬらす文殊しりかな」〈咄・醒睡笑・五〉

★いぬ‐の‐ふぐり【犬の陰=嚢】 大辞泉
ゴマノハグサ科の越年草。道端や畑に生える。茎の下部は地をはい、長さ約一五センチ。葉は卵円形。春、淡紅紫色の小花を開く。実は扁平な球形で、名は実の形に由来。ひょうたんぐさ。てんにんからくさ。《季 春》


★ウコンとは
ウコンは肝臓の妙薬とされ、弱った肝臓の働きを回復させると言われている。
染料・着色料としても用いられ、代表的ところではカレー粉を黄色く見せている成分(=ターメリック)は秋ウコン。タクアンに色付けされる黄色も秋ウコン。

★ケラマ諸島
慶良間諸島のこと渡嘉敷と座間味島を主とする小島群からなり、沖縄観光の人気スポット。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

三枚肉とゴーヤ―

2006-02-23 07:47:41 | 食文化
すっかり全国的に有名になった沖縄そば。

全国で只一つだけ「そば粉」が入っていなくても「そば」と表示できるのが沖縄そば。

食品表示法違反ではない。

昔からの慣習に国がお墨付きを与えたのだ。

「法匪」とも呼ばれるお上にしては粋な計らいをしたものだ。

沖縄そばの具には三枚肉とカマボコが定番である。

ところが三枚肉の意味が良く分かっていない沖縄県外の人が多い。

沖縄で三枚肉と言えば「豚のばらの部分の肉」と相場が決まっている。

赤身と脂肪が層になっているので三枚肉といわれている。

皮つきの肉を甘く煮しめ(煮つけ)にして,沖縄そば,重箱などによく用いる。

間違っても三枚の肉のことではない。

いわんや牛の三枚の肉となると、これは問題外。

元々沖縄で牛肉を食べる習慣はあまりなかった。

アメリカの沖縄占領時にステーキやハンバーグとして普及しだした。

しかし沖縄の伝統行事には三枚肉が欠かせない。


       ◇         ◇         ◇


その男は、時間さえあればドライブをするのが楽しみであった。

季節の移り変わりを肌で感じるために。

その日も春の息吹を求めて東海岸沿いを一路北へ向かって車を走らせていた。

石川市に入ったところで警官に行く手を阻まれた。

何か事件でも起きたかのかと車窓を開けた。

いきなり三枚肉とゴーヤ―を手渡された。

警官の他にボランティア活動らしいオバーが数人同行していた。

その様子から事件では無いと推察した。

・・が、ドライブ中の人にいきなり三枚肉を手渡すなんて。

それ自体が正に「事件」そのものであった。

ゴーヤ―だけだったら特産品の宣伝で良くある話。

笑って受け取っておけばよい。

それが、三枚肉の手渡しとは。

これは只事ではない。

≪石川署の警官と石川市民は豚の呪いで血迷ったのか≫

≪それとも、モウロク集団となり果てたのか≫

目の前の出来事はその男の白昼夢ではなかった。

紛れも無く10年前に実際に起きた「事件」であった。

全ての謎を下記琉球新報コラムが解き明かす。


琉球新報 (2006年2月15日 9:27) 金口木舌
 10年以上も前のこと、国道58号、国道329号を管内に抱える石川署は交通死亡事故の多発を受けて、奇抜な名前のキャンペーンを展開した
▼それは道路名との単純な語呂合わせで「ゴーヤー(58)作戦」「三枚肉(329)作戦」と名付けられていた。道路脇で交通安全を呼び掛けるビラとともにゴーヤーや三枚肉を配り、ドライバーに注意を喚起させるのが狙いだった
▼いきなり警察官や地域の人からゴーヤーを手渡されたドライバーは目を白黒させ驚く。その様子を地域の人や警察官らが楽しく見ていた
▼もちろん作戦に事故抑止の即効性を求めるのは無理だったが、地域の人と警察官との一体感が生まれ、その後の地域活動はより円滑に進んだ
▼当時、署長だった仲本正和さんは「ゴーヤーをもらったドライバーは笑顔になり、気分が晴れる。そうすると、ゆとりが出て他人に優しい運転ができる。それだけでも事故抑止につながる」と話していた
▼今年に入って那覇署管内では死亡事故が多発し、同署は非常事態を宣言した。事故原因の大半は前方不注視、安全不確認という。取り締まりだけでは限界がある。事故を少しでも減らすために、ドライバー一人一人が、常に「人に優しく」との思いを胸にハンドルを握ろう。


その後、石川市で「三枚肉作戦」が続行されたと云う話を聞いた者はいない。



コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

笑いの効用 2  笑築過激団は今何処

2006-02-22 17:07:11 | 県知事選
笑いの効用について書いて「笑いの語彙集」を作ったら、友人達から次々と思わぬ「笑いの語彙集」の登録漏れを指摘された。

そこで以下に「笑いの語彙拾遺集」を試みてみた。

”笑止”、“片笑い”、”思い出し笑い”

“ほほえみ””痘痕(あばた)も笑窪(えくぼ)”

”笑顔 ”,(★1) ”笑勝ち ”, ”愛嬌笑い ”, ”愛想笑い ”

(★2)”売笑婦”、”物笑い”、”誤魔化し笑い”、”笑い物”

”薄笑い”、(★3)”薄ら笑い”、”笑納”、”談笑”

【★4)”笑い絵”

こうして見ると日本語の奥深さを改めて再認識させられる。

★1)【笑勝ち】(えがち)はあまり馴染の無い言葉なので検索してみたら次のようにあった。

≪[形動ナリ]笑みを含んださま。にこやかなさま。

「心ゆきたる気色して物言ひ、―なるを聞くが」〈狭衣 )≫

★2)【売笑婦】とは娼婦、売春婦を指す言葉だが、「笑いを売る婦人」とは随分洒落たネーミングだ。
が今では残念ながら死語になりつつある。

それに比べて売春婦とは差別用語だ。

何故って、年老いて売るべき「春」が無く、「秋」或いは「冬」しか持ち合わせの無いご婦人は売春婦を業として営めない。 

これは年齢による職業差別だ。

その点、売笑婦は何歳になっても笑いは売れる。 

例え御婆さんになっても。 この際買う相手がいるかどうかはココでは問題ではない。

してみると、落語家は売笑夫?

そういえばご婦人の落語家を見た事は無い。

★3)【薄ら笑い】と【薄笑い】はほぼ同義語だけど、

「薄笑い」の①かすかに表情を動かしただけの笑い。

②多く、人を小ばかにしたときや困惑したときの笑い方。

という二つの意味のうち②の意味の強調が「薄ら笑い」になると
解する。「ら」が付くだけで人を小ばかにした意味合いが強調される。

★4)【笑い絵】も最近では死語になりつつある。

意味を検索すると①人を笑わせるこっけいな絵、②春画(しゆんが)、枕絵という二つの意味がある。

どうやら「笑い」と言う言葉には文字通りの「笑う」という意味の他に「売笑婦」でも例のあるように言葉の裏に淫靡な意味合いが含まれているようだ。

直接関連は無いが、「商売をする女」と「商売女」は自ずと意味が違ってくる。

駄菓子屋でお菓子をうるお婆さんをを商売女とは呼ばない。

商売女は特殊なもの「春」を専売とする。

してみると、「笑売女」と言う新語があったほうが適当かも知れない。

このように日本語には漢字だけの熟語に説明の「ひらがな」がつくと意味が変わる言葉が沢山ある。

いや、むしろひらがなの付いた言葉が漢語化して意味が狭く限定されたのかも知れない。

一寸思い付くだけでも「白い旗」と「白旗」、「黒い幕」と黒幕」、「山の神」と「山神」他にも「北の風」と「北風」等々と意味の違いは歴然である

沖縄の若手お笑い芸人もガレッジセールの大ブレークで今や全国区になっている。

一昔前、松竹歌劇団をもじったつもりの「笑築過激団」というお笑い集団が沖縄地元限定で活躍していた。

最近あまり噂を聞かないが今どうなっているのだろう。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

自分の感受性くらい

2006-02-22 08:46:34 | 身辺雑感
茨木のり子さんの詩には人の心の内に潜む「思い当たるふし」を大きく揺さぶる言葉がちりばめられている。

磨きぬかれた言葉が持つ波動の大きさが読む人の感動を呼ぶ。

時間はたっぷりある。

しみじみと詩を味わって自分の感受性くらい自分で守ろう。

茨木さんに「ばかものよ」と一喝されないように。

 
      自分の感受性くらい


     ぱさぱさに乾いてゆく心を
     ひとのせいにはするな
     みずから水やりを怠っておいて

     気難かしくなってきたのを
     友人のせいにはするな
     しなやかさを失ったのはどちらなのか

     苛立つのを
     近親のせいにはするな
     なにもかも下手だったのはわたくし

     初心消えかかるのを
     暮しのせいにはするな
     そもそもが ひよわな志にすぎなかった

     駄目なことの一切を
     時代のせいにはするな
     わずかに光る尊厳の放棄

     自分の感受性くらい
     自分で守れ
     ばかものよ

            (詩集「自分の感受性くらい」S52.から)

 



河北春秋 

 男が奢(おご)り高ぶっているときは、女が「恥ずかしくないか」と迫ればいい。男がしょんぼり沈んでいるときは、女が「しゃきりせよ」と言えばいい。熱い女がそばにいないとき、男は茨木のり子さんの絶唱を読むといい▼「わたしが一番きれいだったとき」。太平洋戦争が始まった。「まわりの人達が沢山(たくさん)死んだ/工場で 海で 名もない島で/わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった…」

 ▼「一番きれいだったとき」を7度繰り返し、ばかな男がしでかした、ばかな戦争を弾劾する。「わたしはとてもふしあわせ/わたしはとてもとんちんかん/わたしはめっぽうさびしかった…」。男だって同じだろう▼今は幸せか。そうとは言い切れないから、詩「6月」が胸を突く。「どこかに美しい村はないか」「どこかに美しい街はないか」「どこかに美しい人と人との力はないか」―今や格差社会にないかもしれぬ。ならば「つくろう」と読者の胸に届く

 ▼茨木さんが亡くなった。歯切れの良さ。平易な言葉。教科書に載るほどの詩人でありながら、人柄はシャイだったとか。すれっからしをどきんとさせる言の葉が今も輝く▼「初々しさが大切なの/人に対しても世の中に対しても/人を人とも思わなくなったとき/堕落が始まるのね…」(「汲む」―Y・Yに)

2006年02月21日火曜日

河北新報のコラム「河北春秋」は何時もながら簡潔にして明快な短文が光る。    
コメント (1)   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

笑いの効用

2006-02-21 19:16:53 | 県知事選
先人の言った言葉を最新科学が証明した例として笑いの効用がある。

≪笑う角には福が来る≫という言葉の裏には「免疫効果、精神医療効果」という最近の医学が求める医療効果の存在が秘められていた。

昔の人はエライ!人間は笑うことで、その瞬間、抱える重みを忘れることができる。

悩める時こそ笑いはその治療薬なのだ。

同時に体の中の活性酸素が吹き飛ばされるというのだから一挙両得で心身とも健康になる。

笑いが普及すると医者が失業・・・・・・するわけ無いか。

テレビのチャンネルを捻るとゴールデンタイムは何処もお笑いタレントで占拠された感がある。(最近のテレビのチャンネルはヒネラナイ!)

そのお笑い軍団を束ねて今最も元気がある企業といわれる吉本興業の前会長も手前味噌のように次のような名言を発している。

≪世の中で体のなかの毒を消すことができるのは薬と笑いです。体に効く薬と違って心に効く笑いは副作用もないから、ええことづくめですな≫(吉本興業前会長:林正之助)

某ブログが集めてくれた笑いに関する日本語を引用させてもらうと次のようになった。

<微笑、苦笑、憫笑(びんしょう)、冷笑、失笑、嬌笑(きょうしょう)、一笑、大笑(たいしょう)、嗤笑(ししょう)、哄笑(こうしょう)、爆笑、微苦笑(びくしょう)、朗笑(ろうしょう)、憫笑(びんしょう)、破顔一笑(はがんいっしょう)、抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)、呵々(かか)大笑、薄笑い、作り笑い、含み笑い、高笑い、馬鹿笑い、忍び笑い、盗み笑い、照れ笑い、追従(ついしょう)笑い、泣き笑い、独り笑い、照れ笑い、空笑い、嘲(あざ・せせら)笑う、北叟(ほくそ)笑む、にこつき、相好(そうこう)を崩し、笑い転げる、顎(あご)を外す、頤(おとがい)を外す、腹を抱え、腹の皮が捩(よじ)れる、腹筋(はらすじ)を縒(よ)る、目糞(くそ)鼻糞(くそ)を笑う、笑壷(えつぼ)に入(い)る、綻(ほころ)びる、スマイル>

引用を多謝しつつ、此れに狼魔人のボキャブラリーから一つ≪笑止千万≫を加えておこう。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

そんなに急いでどうするの

2006-02-21 19:00:00 | 身辺雑感
ネットが不調でネット中毒の禁断症状で呻吟していた昨日、その同じ日に一人の老いた詩人が誰にも見取られる事無く静かにその79歳の生涯を終えた。

その詩人の言葉が「ネット中毒男」の心に鋭く突き刺さった。

【あわてまい、急ぐまい】

《車がない/ワープロがない/ビデオデッキがない/ファックスがない/パソコン インターネット 見たこともない/けれど格別支障もない/そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何をするの/頭はからっぽのまま》《はたから見れば嘲笑の時代おくれ/けれど進んで選びとった時代おくれ/もっともっと遅れたい》

≪茨木のり子の詩:『時代遅れ』(筑摩書房刊)から≫


≪たかが2,3日インターネットが故障したからって、お前は名にをそんなにうろたえている。

そんなに生き急いでどうする気だ。
 
お前は犬の年を生きているのか。 

生き急ぎは死に急ぎと自分で吐いた言葉を忘れたのか。≫

ファーストフードにはスローフード。

犬の年には鶴と亀。

犬はせいぜい15年。 
鶴は千年、亀は万年と昔の人は言った。

のんびり行きましょう。

この言葉の裏にも現代医学が求める「治療効果」が潜んでいるかもしれない。


自立した知性で見つめた戦後日本、茨木のり子さん死去
 戦後の日本を鋭い批評精神と自立した知性で見つめてきた詩人の茨木のり子(いばらぎ・のりこ、本名・三浦のり子=みうら・のりこ)さんが19日、東京都西東京市内の自宅で亡くなっているのが見つかった。79歳だった。

 大阪府生まれ。1953年、投稿仲間の川崎洋氏(故人)と同人誌「櫂(かい)」を創刊。のちに谷川俊太郎、大岡信、吉野弘氏らも加わった。主婦業と詩作を両立させ、「対話」「見えない配達夫」「自分の感受性くらい」などの詩集を発表した。

 社会的な問題意識を持ちつつ、戦後女性の希望や感じ方を、歯切れのいいリズムとメッセージ性の強い言葉で詩にしてきた。99年に刊行した詩集「倚(よ)りかからず」は新聞コラムで紹介され話題を呼ぶなど、作品は詩壇にとどまらず、広く愛唱された。また、50歳でハングルを学び始め、12人の韓国詩人の作品を翻訳した「韓国現代詩選」で91年、読売文学賞を受賞している。

 子供はなく、夫を亡くしてから一人暮らしだった。

 親交のあった詩人の新川和江さんの話「戦後、社会的に目覚めてから詩作を始めた茨木さんは、戦前のしがらみを一切もたない『戦後現代詩の長女』。新しい感受性がまぶしかった。切れ味がよく、言葉を新鮮によみがえらせる、まれに見る日本語の使い手で、人前に出ることが苦手なシャイな面もあった。亡くなられたことは大きな衝撃です」

(2006年2月20日3時8分 読売新聞)

狼魔人



コメント   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加