狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

「柳沢失言」 女性を敵にまわす怖さ

2007-01-31 16:51:10 | 県知事選

女性を敵にまわすと怖い!

柳沢厚生労働大臣が無謀にも虎の尾を踏んでしまった。

安倍首相の足を引っ張ってやろうと待機していたメディアにとっては絶好のネタ。 副え膳食わぬ筈は無い。

テレビワイドショーは朝から晩まで「柳沢やめろ」の大合唱。

小沢民主党代表は、辞めなければ審議拒否するという。

そこで二つの疑問。

◆先ず「柳沢発言」。

確かに批判されても仕方がない・・・が、大臣を辞めなければ行かないほどなのか。

失言もその後の対応によって責任の程度が自ずと異なる。

①本人が気が付かず指摘されて初めて知った場合。

②本人が気が付いている場合。

さらに①の場合も失言を撤回しなかったら確信犯となる。

柳沢大臣の場合は②のケースで、それもい失言直後、表現が適当でない事に気がつき途中で訂正、謝罪している。

その後も公式に何度も謝罪をしている。

してみると失言の分類上は程度の軽いものという見方も出来る。

一方、一番重大な失言は、本人が意識して発言し、しかも指摘されても開き直って訂正も謝罪もない場合だ。

だが柳沢大臣の場合、失言の種類で他と大きく違うところが一つある。

それは、

女性を敵にまわした・・・。

この一言に尽きる。

今朝のみのもんた「朝ズバ!」も女性議員を朝からゲストに呼んで「柳沢、やめろ!」を連発している。

参院選挙を睨んだら、女性票に媚びて安倍首相自ら柳沢大臣に引導を渡せば安倍人気が回復するかも知れない。(田中真紀子外相に引導を渡した小泉首相の例)

だが、柳沢失言は本来大臣の首を取るほどの失言ではない。

◆次に失言を盾に審議拒否って?

いやしくも国会議員たるもの「審議すること」が仕事ではなかったのか。

これを拒否する事は、民間会社なら「職務拒否」にあたり首になっても文句が言えないはずだ。

小沢党首よ、議員を辞める覚悟で審議拒否を煽っているのか。

でも、・・・やはり女は怖い!

その怖さについては、

◆参考:女性を敵に廻すことは・・・・

 【付記】8:15

「愛する祖国 日本」さんからの孫引きで、「柳沢機械発言」の比喩についての加藤重彦氏の文を下記引用。

あなたは植物、私は天気? - 日本語の「比喩」表現を考えるく - 加藤 重広【週刊読書人】(2006年11月3日号)

籾山 洋介著
日本語は人間をどう見ているか

 あなたは植物です。それから、私は天気です。などと言われたらどうお感じになるだろうか。

 もちろん言うまでもなく、あなたもわたしも人間だから、「植物」や「天気」などではない。ばかげたことを言わないでほしいという反応が大半かもしれない。

 しかし、「あなたは芽が出るまでずいぶん時間がかかりましたね」とか、「あなたも遅咲きだけれど、やっと花が開いてよかったね」とか、「長年の努力がやっと実を結びましたね」などという言い方を耳にしたことはあると思う。この場合、あなたは「芽が出る植物」であり、あなたは「花が咲く植物」なのである。

 「あなたの努力が実を結ぶ」ことや、「アイディアが枯れる」ことだってあるわけである。

 私は「お天気屋」で、すぐ表情が「くもる」ことがあるし、ひいきの東京ヤクルトスワローズが快勝して「晴れ晴れ」とした気分になることもある。なるほど、私は「天気」なのかもしれないな、と思ってしまう。

 実は、これらの例は、籾山洋介著『日本語は人間をどう見ているか』(研究社)で取り上げられているものである。この本では、日本語では人間を何に「たとえて」見ているかという点について、植物・鳥・天気・機械・想像上の存在などタイプごとに章をたてて、文学作品などの実例を示しながら説明している。同業者としてシャッポを脱いでしまうのは、専門用語を一切使わずに書いてあることだ。これは逆に豊富な専門知識の裏打ちがなければとてもできない芸当だと思う。

 「学校を卒業する」ことを「まなびやを巣立つ」ということがあるが、確かに「巣立つ」ものは「鳥」だ。私もずいぶん昔に学校を出て社会にはばたいたつもりなのだが、未だに低空飛行のままだから、ツバメのように速く遠くまで飛べる鳥ではないようだ。昔は「金の卵」ともてはやされたお父さんだって、卵がかえってみれば、金のガチョウではなく、ふつうのアヒルだったということも珍しくないだろう。

 人間が機械だと言われると、少々面食らってしまうけれど、ひいきの選手が「故障」することはあるし、故障しないまでも調子が悪くて「ブレーキ」になることはある。昔は「社会の歯車」などと言われたが、いまならリストラされないだけましと腹をくくるべきだろうか。私も、ときどき深酒が過ぎて「こわれる」ことがあるし、ひどいことを言われて「へこむ」こともあるけれど、組織のいいなりの「ロボット」にはならないつもりだ。なるほど、人間も表現上は「機械」扱いされることがあるとよくわかる。

 私たちは、日常的にこのような「たとえ」をよく使う。全く使わない日はないというほどよく使う。しかし、立ち止まって考えてみることはあまりないものだ。「たとえ」とは「比喩」、専門的には「隠喩」と呼ばれるものである。近年、私たちがことばを通じて身の回りの世界を捉えるときに、比喩が重要な役割をしていることがわかってきた。もちろん、日本語だけでなく、英語も中国語もイタリア語もアラビア語も比喩のしくみは持っている。どの言語にも見られる比喩もあるが、逆に決まった言語にしかない比喩もあるだろう。いろいろな言語の比喩をくらべたら面白いだろうし、日本各地の方言の微妙な違いも調べたら面白いだろう、と読んでいてどんどん夢がふくらんでしまった。普段の自分のことばにどんな見方が隠れているのかを考えてみるのも悪くない。

(かとう・しげひろ氏=北海道大学大学院助教授・言語学専攻)

★もみやま・ようすけ氏は名古屋大学教授。東大大学院博士課程中退。著書に「認知意味論のしくみ」「認知意味論」「よくわかる言語学入門」「日本語意味と文法の風景」(共著)など。一九六一(昭和36)年生。

                   ◇

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中国残留孤児訴訟判決
━━━━━━━━━━


                        石岡荘十

 主文

「原告らの請求をいずれも棄却する」

中国残留孤児(原告40人)が国を相手取って起こしていた損害賠償事
件に対する東京地裁の判決である。

中国残留孤児による訴訟は、全国15ヶ所。原告は残留孤児2500人の9割、
合わせて2200人。これまで、昨年夏の大阪地裁判決、原告敗訴、控訴。
先月1日神戸地裁、原告勝訴、国が控訴。 1勝1敗で、東京での判決が注
目されていた。

主文朗読直後、「不当判決」の速報を聞いて、法廷に入りきれず裁判所
前で待っていた原告や支援者の間から悲鳴にも似た声が上がった。

103号法廷では、主文に続いて理由の朗読があったが、それは一瞬わが耳
を疑う文言の連発だった。

原告の主張は「満州国の建国、国策としての大量移民政策、ソ連軍の侵
攻、関東軍による“棄民”が孤児を生んだ。日中国交回復後も早期帰国
をさせる義務を国は怠った。帰国後も十分な自立支援を怠った」という
ものだ。

先月の神戸地裁判決は、ほぼこの主張を受け入れて賠償を命じただけで
なく、早期帰国促進を怠ったという理由での賠償支払請求にも応えた。

ところが、東京地裁の加藤謙一裁判長の判断はこうだ。

例えば、

満州国の建国(昭和7年)と原告が孤児になったという事実の間には
(15年5ヶ月という期間が経過しているので)法的な因果関係がある
と断定することには躊躇を感じる」

「数十万の日本人を、どの時期にどのように避難させるべきだったとい
う具体的な主張がない」

数十万人を一斉に避難させることなんて無理だった。そんな無理なこと
を言うなら、例えばこうやって避難をさせるべきだったと具体的に主張
しろ、と裁判長は求めている。誰がやっても無理だったのだから、だれ
にも責任はないそうだ。

「関東軍はソ連軍の侵攻で敗走したのは事実だが、軍は軍隊組織を維持
することが最優先事項だから、民間人の保護を期待することは不可能で
ある。従って、関東軍の行動が原因となって民間人の犠牲を増やしたと
はいえない」

日中国交回復後も

「孤児を1人ひとり探し出して、養父母を説得し、帰国させることは現実
的には無理」

だから、仕方がなかった。そもそも

「旧憲法下における国の国家政策を、現行憲法の国家観・価値観で評価
して法的判断することは差し控えるべきだ」

そんな昔の古証文を今頃持ち出されても-----と言う。

「国に早期帰国実現義務があるとは言えない。

国に孤児の自立を支援する義務もあるとはいえない。(これは)人道上
必要かつ実行可能なものとして考えられる」

お情けで支援しているのだから文句を言うなというわけだ。

そして、

「国家賠償法は現行憲法が施行された後である昭和22年10月の施行
で、原告の被害はそれ以前に受けたものだし、確かに原告が受けた被害
は特殊な形の被害だが、国民がひとしく受忍しなければならない程度を
超えてはいない」
みんないろいろ大変だったのだから、特別扱いはできない、と切り捨て
ている。中国残留孤児の帰国事業は、国交回復後も9年も経った81年
だった。

しかし判決は「日中国交回復後の両国の外交交渉については司法判断の
対象となるかどうかは疑問だが------」と逃げ、神戸判決が認めた「帰
国促進を怠ったという」判断についても「日本政府の帰国妨害があった
との主張を認める証拠はない」としている。

原告の1人は、「こんな裁判官が日本にいるなんて、恥ずかしい」と悔し
涙を流していた。

判決後安倍総理は、判決とは別に中国残留孤児の支援対策を見直すよう、
厚生労働省に指示したと語った。

今年前半、徳島、広島、高知でも判決が出る。(20070130)

 

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首相が孤児支援策を指示
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残留孤児の支援策拡充へ 政府、新たな給付金検討

安倍首相は30日、日本に永住帰国した中国残留孤児が国に賠償を求め
ている問題に関し、「いままでも支援してきたが支援の仕方を含め、や
はり不十分なところがある。誠意をもって対応するよう、与党とも相談
するよう厚労大臣に指示を出した」と語り、政府・与党で残留孤児の支
援策の拡充を検討する考えを明らかにした。首相官邸で記者団に語った。

30日の東京地裁の判決では国が勝訴したが、首相は「法律問題や裁判の
結果は別」と強調。高齢化する残留孤児への給付金制度創設を求めてき
た与党の意向も踏まえ、首相としても前向きな姿勢を示したものだ。

ただ、首相は具体的な支援策には触れず、「高齢で日本語が不自由な中
で、仕事を持つといっても大変な困難があることも勘案をしていかなけ
ればならない。きめ細かな対応が大切だろう」と述べるにとどめた。

与党の「中国残留邦人支援に関するプロジェクトチーム(PT)」は、
 (1)60歳に達した翌月から単身者には月額13万円支給

 (2)配偶者加算として5万円支給などを柱とする新たな給付金制度
の創設を提案している。

首相の指示を受け、政府・与党は今後、法案提出の可能性を検討する。

ただ、政府はこれまで戦争被害者であっても、生活が苦しい場合には生
活保護で対応している。厚生労働省は中国残留孤児を特別視すれば、シ
ベリア抑留者や空襲被害者などへの支援とのバランスを欠くとして政府
案提出に難色を示している。

政府は新年度予算案で従来の帰国支援や肉親調査に加え、孤児や子供、
孫の日本語教育や就労支援、生活相談を強化することを盛り込んでいる。
しかし、与党が求める給付金制度を創設するには新たな法整備が必要だ。

首相は新たな法整備については「法律で処置をするのであれば、そのよ
うなことも考えなければいけない。しかし、実際に残留孤児の方々が生
活する上で、きめ細かな対応になっていくことが大切だろう」と語った。
(Asahi Com 2007年01月30日22時09分)

渡部亮次郎のメイル・マガジン 頂門の一針  第697
              平成19(2007)年01月31日(水)

 


 

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消え行く「無礼講」 酒席の暴言で降格は適法

2007-01-31 11:27:44 | 県知事選

 「無礼講」と言う言葉が酒席から消えつつある。

30日札幌高裁が「酒席の暴言で降格は適法」という判決を出したのだ。

今までのように酔った勢いでの「無礼講」を享受する訳には行かなくなった。

日経コラムが忘年会をはじめ酒席についてのウンチクを傾けていた。

春秋(12/10)

 酒飲みは酒の理由など必要としないとはいえ、飲む名目があるに越したことはない。で、左党が楽しみな忘年会の季節だ。先ごろ刊行された園田英弘著『忘年会』によると、文献に残る最古の忘年会、1430年12月の連歌会も「酒盛り乱舞に及」んでいる。

▼以来450年を経て明治20年代に現代の忘年会の特色を備えた「近代忘年会」が確立されるが、その本質を当時の言葉で表すと「充分(じゅうぶん)に飲み無礼講と云(い)う無茶苦茶主義を執り、充分に愉快を尽くす」ことにあるという。やがて無茶苦茶主義は1980年代半ばから衰退が始まり……と『忘年会』の分析は進む。

▼街中で酔いつぶれた人を収容する警察の施設には署に設けた保護室と、トラ箱と呼ばれる専用の保護センターがあり、全国合わせて約1140カ所を数える。ご厄介になった酔いどれの数をここ10年で見ると、99年を底に増加に転じて昨年は6万8500人余り、6年間に34%も増えた。

▼無茶苦茶主義が衰退に向かう前の70年代後半に比べれば、例えば東京都内では泥酔保護者数は3分の1程度だから、まだ心配する事態ではないけれど、無茶苦茶主義が息を吹き返してきたかと気掛かりでもある。『史記』にいわく「酒極まれば則(すなわ)ち乱れ、楽しみ極まれば則ち悲し」。何事もほどほどがよろしい。

                 ◇ 

◆古来「無礼講」は「抵抗勢力抹殺の手段」であった。

常日頃ワンマン的な言動で知られる部長が乾杯の音頭を取った。

「諸君は真面目すぎて会議の時はあまり自分の意見を述べない」。

「それでは有能な諸君の意見が宝の持ち腐れになる。 これは会社にとって大きな損失だ」。

社員親睦会の二次会の席だった。

そろそろ酔いが回り始めた一同だったがこのワンマン部長の話を緊張して聞き入った。

誰もこの人には睨まれたくはなかった。

しかしこの男の次の言葉でその場の緊張が解け始めた。

「こう言う親睦会の席でも遠慮せず日頃の意見をドンドン言って欲しい」。

「私は諸君が思う以上に人の話を聞く耳を持っている」。

「さー飲みたまえ。 今夜は上司も部下もない」。

「無礼講だ!」。

それから酒が進み座が乱れて来た。

色んな意見が飛び交った。

この会社にしては近年見たことの無い活気が会場に漲っていた。

部長は本音で真剣に意見を吐く社員に頷きながら時々手帳に何かをメモした。

手帳には熱く意見を吐いた社員の名が列記されていた。

そしてその添え書きに「無礼講」・・いや「無礼者」と書かれていた。

その月の人事異動で手帳の「無礼者」達が閑職へ左遷されたのは言うまでも無い。

                    *

酒席の暴言で降格は適法 「節度必要」と札幌高裁

 酒席で上司を批判したことで管理職から4階級降格となった処分が適法かが争われた裁判で、降格された北海道滝川市の空知土地改良区元総務部長の男性(58)が30日までに、逆転敗訴を言い渡した札幌高裁判決を不服として上告した。1審判決は「降格は裁量権の逸脱」として地位確認を求めた元部長の請求を認めたが、2審で札幌高裁は「管理職は酒席でも節度ある言動が必要」として、1審判決を取り消していた。

 今月19日の高裁判決によると、男性は総務部長だった2004年7月と8月、職場の懇親会で上司の理事らに「あんたは世間からどうにもならんやつだと言われている」「おまえなんか理事を辞めろ」などと発言。同年12月、管理係長への4階級降格処分を受けた。 (共同) (2007年01月30日 16時47分)
 

                   ◇

古来「無礼講」は敵対勢力あぶり出しの手段だった・・・・【百家斉放】

その時空はあくまで青く澄み切っていた。

1949年10月1日、中華人民共和国の建国の日だった。

広場に集まった大群衆は静まり返ってその人の第一声を待った。

「我々は平和と自由を愛する世界諸民族の一員となり、民主と平和そして統一の為に奮闘する」。

毛沢東は群集で埋まった天安門広場において、「中国の自由と民主、平和、統一のために奮闘する」ことを宣言したのだ。

あまり知られてはいないことだが 中国憲法の第35条には、「中華人民共和国公民は言論、出版、集会、結社、行進、デモの自由を有する」と明確に規定されている。(日本 と 中国 の 言論空 間

中国における「民主、自由」は、公式には建国の時から、立派に存在していた。

しかし実際は建国の英雄毛沢東に反対の意見を述べる自由も民主も存在しなかった。

毛沢東は革命遂行にあたって「内部矛盾」という問題を特に重視した。

そして「無礼講作戦」を密かに練った。

彼はこの必殺技を「百家斉放運動」と称して知識人達を煽った。

革命の進め方について広く知識人たちに意見を求め、その中から「内部矛盾」と「敵性矛盾」をえり分け、敵対勢力にレッテルを貼り、それらに総攻撃を加えるという手法である。

この必殺技に炙り出された敵対勢力は一斉に粛清された。

新しい中国の建国の父であった毛沢東自身、「百家斉放」とか「造反有理」とか口では良いことを言ったが、実際には、毛沢東思想に反する人々を全ての人々を「整風」の名の下に粛清してきた。

その被害者の1人が小平である。

しかしその小平自身も権力の座についたとき、今度は、民主・自由を叫ぶ数千人の非武装の学生・市民の男女を無差別に射殺し、戦車でひき殺した。

そう、現在の中国においても自由と民主と言う美名の下に行う「無礼講」と言う「反対勢力あぶり出し作戦」は生きている。

                   *

◆【反対勢力の炙りだし】ー小泉首相の必殺技

小泉自民党の昨年の郵政民営化騒動を振り返ると、中国で1950年代に起きた百家斉放運動を思い出さざるを得ない。

小泉自民党はまさに50年近く前の中国共産党の奪権闘争に重なる。

自民党のマニフェストが言うように郵政民営化を実現することで、規制緩和を含め多くの構造改革が進展する素地が生まれそうな気配だ。

小泉にとって郵政民営化問題は目的ではなく、抵抗勢力を自民党から切り離す手法の一つだったのだ。

自民党が自民党であり得たのは、まず政権の座にいて、官界と財界と鉄のトライアングルを組んで、利権の采配者として君臨していたからだった。

小泉首相の第一の功績はその利権の中核派閥だった橋本派を崩壊に導いたことである。

派閥を牛耳った野中広務は政界を引退し、かつての首相だった中曽根康弘と宮沢喜一には小泉自ら切腹を命じた。

そして橋本龍太郎元首相にも切腹を命じた。

最後の抵抗勢力である亀井静香の首を取ればもはや小泉の天下となる。

そう、「郵政民営化」は反対勢力を炙り出す小泉の「無礼講」作戦だった。

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続・「長崎の鐘」 寿命について

2007-01-31 08:11:25 | 県知事選
昨年テレビで大騒ぎをした「がけっぷち犬」、保護された直後から「引き取りたい」という申し出が全国から100件以上寄せられましたと言う。

抽選の結果、新しい飼い主が決まったが、この犬には姉妹犬がいた。

ところがテレビで騒がれなかった姉妹犬には引き取り手はいないという。

年間数万匹の犬が保健所で引き取り手もなく処理されていると言う。

何時の時代もメディアに騒がれると同じ境遇の姉妹犬でも世間の認知はかくも違うももの。

昨日のエントリーで扱った「長崎の鐘」の主人公永井博士はマッカーサーの意に沿った為超有名人になった。

だが同じく長崎で被爆を受けた医師で被爆者の治療に専念した秋月医師のことを知る人は少ない。

                   ◇


二年前の10月20日、長崎原爆被爆者の秋月辰一郎氏が89歳で静かに域を引き取った。

秋月さんは医師で1940年8月9日長崎の浦上病院で被爆した。
被爆体験者の医師として患者を診たり体験記を綴って平和運動にも貢献した。

「長崎の鐘」で触れた永井博士とイメージが重なるが、それもそのはず秋月は永井博士の教え子になるという。(永井より11歳若い)

ここで取り上げる理由は「長崎の鐘」の蒸し返しではない。
人間の寿命について感想を述べてみたい。

秋月さんは原爆被爆という不幸で悲惨な体験にも関わらず89歳という高齢まで生きた。
非被爆者でも高寿命であろう。

戦後生まれで食糧不足も知らずに育ち、挙句の果て飽食の罰が当たって「生活習慣病」で早死にするヤツがたくさんいるというのに。

秋月さんは永井博士の教え子で同じ被爆と言う体験をしていながら「原爆投下」に対しては永井とは異なる考えをもっていた。

永井博士が原爆投下に対して神の「試練」として受け入れた事に反論した。

秋月さんに関するブログから下記に引用。

≪私は、永井先生の「神は、天主は浦上の人を愛しているがゆえに浦上に原爆を落下した。浦上の人びとは天主から最も愛されているから、何度でも苦しまねばならぬ」といった考え方にはついていけないものを持っている≫

どうやら永井博士は自分の宗教観から「長崎の鐘」で述べたより更に一歩進んで「原爆投下は神燔祭(はんさい)である」と述べていたようだ。

神燔祭(はんさい)は「犠牲の動物を祭壇で焼き、神に捧げた儀式」と言うことらしい。

ここで一つの疑問が湧いてくる。

いくら経験なクリスチャンだったとは言ってもここまで寛容の気持になれるものか。

永井博士に関する検索をしてみたら次のような事実が判った。

1945年原爆投下日より二ヶ月前の6月に、永井博士は既に「死の宣告」を受けていた。

母校の長崎医大病院で白血病が判明し 余命3年と診断されていた。

医学的意味は良く判らないが「白血球10万8千(正常値7千)赤血球300万(正常値500万)」と言う記録が残っている。

その6年後の1951年5月、永井は43歳で逝去するが、その時「白血球値は39万」と記録にある。

被爆の僅か二ヶ月前に当時としては不治の病と言われた「白血病で余命3年」と診断された。

その時点で白血病と言う当時としてはいわば死刑宣言に、永井医学博士は、既に自分の死は予感していた。

それゆえ原爆投下という稀有の体験をしても全てを受け入れていたのではないか。

一方同じ被爆を受けながら、1人の医者は被爆後89歳の高齢まで生きた。

そして同じ日に被爆死ながら、もう1人の医者は「余命三年の不治の病の宣告」後、6年生きた。

ただ原爆投下した者を恨まない懺悔の気持ちが、マッカーサーの意図に合致した為例外的に原爆関連の出版を認められ悲劇の主人公に祭り上げられた。

戦後生まれの何の不自由も無く育った者は、暴飲暴食の挙句早死にする。

人間の寿命は死んで初めて判る。

当たり前のことだが・・・。

              
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「NHK・BS2 ビッグショー」 反省の歌「長崎の鐘」

2007-01-30 16:14:42 | 県知事選

 昨夜のNHK・BS2の「ビッグショー」の話題。

「蔵出しエンターテインメント」と言う過去にNHKで放映された映像を再放送する番組で、昨夜の主人公は作曲家の古関裕而で後半は「今週の明星」でゲスト歌手は藤山一郎、伊藤久男、二葉あき子、岡本敦郎の声自慢歌手が勢ぞろい。

先ず伊藤久男が「イヨマンテの夜」、続いて岡本敦郎が「高原列車は行く」、二葉あき子の「フランチェスカの鐘」の次にオオトリで藤山一郎で一気にフィナーレかと思ったら・・・同じく古関の作曲になる「愛国の花」のメロディーをバックにナレーションが入った。

「『戦時歌謡』と言う言葉がある」と始まるナレーションは戦前・戦時中に数多くの軍歌をヒットさせた古関裕而に反省を迫るインタビューにも取れた。

事実、古関は何度も「(思い出すと)胸が傷む」という言葉を繰り返していた。

この「ビッグショー」の初回放送は1975年だと言うが、NHKは戦後30年もたって一作曲家に軍歌を作ったというだけで何を反省せよと言うのか。

≪蔵出しエンターテインメント ビッグショー「古関裕而 青春!!涙!!哀愁!!」
 チャンネル :BS2
放送日 :2007年 1月29日(月)
放送時間 :午後7:45~午後8:32(47分)
ジャンル :音楽>歌謡曲・演歌
バラエティ>トークバラエティ
バラエティ>音楽バラエティ 
 ◆番組HP:
http://www.nhk.or.jp/ugoku/newprogram/bs2.html#main

【出演】古関裕而、藤山一郎、伊藤久男、二葉あき子、岡本敦郎、高英男、島田祐子、阿里道子、加藤道子、鎌田弥恵、藤村有弘 ほか【曲目】「栄冠は君に輝く」「紺碧の空」「君の名は」「長崎の鐘」ほか 【司会】酒井広【ナレーション】山川静夫(初回放送日:1975年2月16日≫

                  ◇

「歌は世につれ世は歌につれ」といわれるが流行歌にに詳しく自分で作詞もしている作家の五木寛之さんによると、歌が世につれることはあっても、世が歌につれることはないと言う。

と言うことは数多くの「戦時歌謡」のヒットを飛ばした古関さんは時代が求めた歌を作ったに過ぎず、自分が作った歌につられて時代が軍国化したわけではない。

あの「蔵出しエンタテインメント」のインタビューの年代が1975年だというが、古関さんが軍歌を作ったというだけで「戦前の悪行」としてNHKの音楽番組で反省のインタビューをさせられる謂れはないはずだ。

そして過去の軍歌の反省でもさせるように藤山一郎が「長崎の鐘」を朗々と歌い上げて番組は「完」。

勿論「長崎の鐘」は長崎の原爆投下で被爆した永井博士を主人公にした歌で作曲は勿論古関裕而で歌詞はサトウ八ローが書いている。

藤山一郎の歌う「長崎の鐘」の明瞭な藤山の発声と発音の歌詞を聞き入りながらその意味をなぞると何か違和感を感じた。

再び考え込んだ。

古関裕而に「戦時歌謡」の反省の弁を述べさせ、同じ作曲家が作った終戦直後の「長崎の鐘」で一体誰に何を反省させようと言うのか。

                 ◇

「長崎の鐘」 作詞:サトウハチロー 作曲:古関裕而 唄:藤山一郎
 
1 こよなく晴れた 青空を
   悲しと思う せつなさよ
   うねりの波の 人の世に
   はかなく生きる 野の花よ
   なぐさめ はげまし 長崎の
   ああ 長崎の鐘が鳴る
 
 
この曲は昭和24年、まだ戦後のドサクサと言った時代のヒット曲である。
 曲の主人公の永井博士は長崎の原爆投下で奥さんを亡くし、自分も被爆で白血病戦いながら数々のベストセラーを出した。
結局博士はその2年後に亡くなる。
 つまりこの詩は原爆の凄惨な災害を受けた原爆被爆者を歌っている筈である。

 しかしこの歌詞には残虐な原爆を投下した者への恨みはない。

念のため二番の歌詞を見てみよう。

 2 召されて妻は 天国へ
   別れてひとり 旅立ちぬ
  かたみに残る ロザリオの
  鎖に白き わが涙
  なぐさめ はげまし 長崎の
  ああ 長崎の鐘が鳴る

3 つぶやく雨の ミサの音
  たたえる風の 神の歌
  耀く胸の 十字架に
  ほほえむ海の 雲の色
   なぐさめ はげまし 長崎の
  ああ 長崎の鐘が鳴る
 
 やはり違和感は深まる。
 これは賛美歌かキリスト教讃歌か。
 歌詞を鼻歌で追いながら一つの疑問にぶち当たった。

 この歌が作られた昭和24年だ。
私の疑問を解く鍵がこの時代に密封されているのに気がついた。
 念のため歌詞の4番に目を通した。

4 こころの罪を うちあけて
  更け行く夜の 月すみぬ
   貧しき家の 柱にも
   気高く白き マリア様
  なぐさめ はげまし 長崎の
   ああ 長崎の鐘が鳴る

 これはまるで懺悔の歌ではないか。
 やはりそうだったのか!
作曲家古関裕而と詩人サトウハチローの苦悩が手によるように判った。

        
昭和24年前後の日本。

サトウハチローが「長崎の鐘」の作詞に呻吟していた頃。
日本はマッカーサーの厳重な言論封鎖の下にあった。

それよりさらに四年時を遡る。

昭和20年8月6日と9日。
広島と長崎に原爆が投下された。

続く8月15日に発表された『終戦の詔書』で天皇陛下は既に原爆投下を批判していた。

「敵ハ新タニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺シ惨害ノ及ブ所真ニ測ルべカラザルニ至ル」

天皇陛下は「アメリカは残虐非道な新型爆弾を投下、罪無き人々を殺傷した。その災害の及ぶ範囲は想像を絶する状況に至ってい」と敵の犯した「人道上の罪」をいち早く批判したのだ

原爆の惨状は当時のマスコミの想像をも絶した。

しかし新聞は「悪霊の町広島」「進駐軍に向ける憎悪のまなざし」などと克明に報道していた。

だがこれに対するマッカーサーの動きは素早かった。

アメリカは昭和20年9月30日より日本独立までの7年間、マスコミの原爆報道は禁止した

それまでの原爆被害と被災地の状況は一切、掲載される事がなくなった。

話を「長崎の鐘」の昭和24年に巻き戻そう。

永井博士だけがなぜ例外的にアメリカ占領軍の下で原爆被災者の代表のような立場で報道されたのか。

マッカーサーによる厳重な原爆報道禁止の下で。

永井博士はカトリック信者であった。

それにしても長崎原爆についてもその著作では落とした側のアメリカに対する憎悪は全く記されていない。

この永井博士の、≪原爆を落とした側への批判は行わずに、すべてをあるがままに受け入れ、すべてを赦そう≫といった視点が、その後の日本人の原爆観を決定付けた。

当然現実の被災者の中にはアメリカへの憎悪の念を燃やす人は少なからずいた。

ただアメリカ占領軍は数多くいる原爆被災者の中で永井博士の言説だけを特別に報道許可したというのは、そこに政治的な意図が介在していた。

原爆投下を今でも正当だったと主張するアメリカにとって永井博士の言動は願っても無い宣伝媒体だったのだ。

永井博士は自著で次のような主旨を述べている。

「原爆が神の御心ならば、それが以下に辛いことであっても試練として、自分はそれをそのまま受けいれる」

マッカーサーの厳しい言論統制と「原爆は神の御心には関係なく、人類が犯した最大の悪業である」と言う人間の本音の狭間で作曲家古関裕而と詩人サトウハチローは悩み苦しんだのか。

そしてあのような原爆被害に対する曖昧な歌詞を捻り出したのか。

ここにもマッカーサーの目立たない言論封殺の秘技を見る。

これはその後の日本人の原爆観に引き継がれる。

昭和27年日本独立の年に建立された広島の原爆碑文にその証が刻み込まれた。

碑文を書いたのは被爆者のひとり、雑賀忠義広島大学教授にも三年殺しは引き継がれた。

碑文には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻み込まれている。

この碑文には主語が無い。

過ちを犯した(原爆を投下した)主語が書かれていないのだ。

昭和27年11月日本独立の年、極東軍事裁判の弁護人であったインドのパール博士はこの碑を読んで発言した。

「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない」と。

このことがきっかけとなっていわゆる碑文諭争がおこった。

原爆投下についてのマッカーサーの目立たぬ言論封殺は「長崎の鐘」から「広島原爆碑」と受け継がれ平成の世になっても日本人の思考を停止させたままにしている。


驚嘆すべきかな米国の占領政策!
恐るべきかなマッカーサーの言論封殺!
戦後4年にして、古関裕而に反省させ
サトーハチローの詩心を惑わし

反省の歌「長崎の鐘」を作らした

怒る筈の原爆被害者を従順な子羊に変えるために

時を乗り越え

戦後30年経った1975年、NHKはその歌謡番組で古関裕而に反省のインタビューをさせた。

この反省は何時の日まで引き継がれていくのか

ア~ア~! 今も長崎の鐘は鳴る。
       

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中国の新幹線

2007-01-30 07:29:07 | 県知事選

<中国>新幹線が営業運転開始「日本の技術」は隠す 
[ 01月28日 19時44分 ]
  
 【杭州(中国浙江省)大谷麻由美】日本の新幹線技術を導入した新型車両「CRH2型子弾頭」が28日、中国で初めて営業運転を開始した。白い車体、ドアや車内の間取りなど新幹線とうり二つだが、中国メディアは「日本の技術導入」には触れず「中国独自ブランド」を強調している。中国の鉄道事業への日本企業参入には批判が強く、中国政府は新型車両の運行開始で反日感情が再燃することを懸念しているようだ。

 CRH2型は、川崎重工業など日本企業6社が中国の「南車四方機車車両」(山東省青島)と共同で製造した。東北新幹線「はやて」「やまびこ」に採用された「E2系1000」がベースとなっている。営業運転を始めたのは上海―杭州、上海―南京の2路線。午前8時半に上海南駅から杭州行きのCRH2型(16両編成、定員1220人)がほぼ満席で出発した。

 「飛行機の中みたい」。上海市の女性会社員、過純益さん(50)は1等車の乗り心地に満足そう。初乗りのために53元(約800円)するチケットを購入した。「鉄道オタク」を自称する男性会社員、王海さん(25)は「横揺れが少なく、騒音が小さい」と語った。

 新華社通信は新型車両について「中国が独自ブランドを創設し、知的財産権を所有」と報じた。乗客の多くは「新幹線と関係あるなんて知らない」とそっけなかった。

 中国政府は、経済発展に伴い増大する輸送需要に対応するため、4月のダイヤ改正で在来線の運行速度を現在の最高160キロから200キロに引き上げる予定。この日運行を始めた2路線に加えて広州―深セン(広東省)間でも2月から新型車両が導入される。

 新型車両の受注に関しては、中国の反日サイトが04年8月、日本企業の参加に反対する署名活動をネット上で展開。10時間で6万8733人の署名を集めた。中国当局は反日世論を抑えるため同サイトを強制的に閉鎖した経緯がある。(毎日新聞)

                   ◇

2004年10月20日、川崎重工が中国新幹線を受注していた事が既に一部の新聞に小さく報じられていた。

≪川崎重工業は20日、中国の在来線高速化プロジェクトで、同国の車両製造大手「南車四方機車車両」 (山東省)や三菱商事、日立製作所などと共同で、中国政府から新型車両60編成(1編成8両)を 受注したと発表した。契約総額は約1400億円。
http://www.sankei.co.jp/news/041020/kei108.htm

川崎重工もホームページでこれを伝えた。http://www.khi.co.jp/sharyo/topic_final/topic041020.html

中国・在来線高速化向け鉄道車両を受注■ 
 川崎重工は、中国における在来線高速化プロジェクト向け鉄道車両を受注しました。  当社は、中国山東省青島市の南車四方機車車両股有限公司(四方)の合作パートナーとして入札に参加し、共同で中国鉄道部より60編成480両(1編成8両)を受注しました。契約総額は約1,400億円、当社の契約金額は完成車・ノックダウン車・国産車用部品を含めて約800億円で、2006年2月から完成車の納入を開始する予定です。

  当社は、三菱商事株式会社、三菱電機株式会社、株式会社日立製作所、伊藤忠商事株式会社、丸紅株式会社等の日本各社を取りまとめ主契約者として、中国鉄道部との契約を本日調印いたしました。当社は、車両の設計・製造全体の取りまとめを行います。(ホームページより)

この報道はその後マスコミでは殆ど触れられないまま昨年11月の読売報道。(下記転載)

新幹線の中国への輸出は、日中国家間の威信を掛けた巨大プロジェクトである。

少なくと両国のメディアには派手に報じられるだろうし、内外のPRの機体の出荷時にはパレードの一つも行われてもおかしくはない。

だが、実際には、契約調印式は外部には一切伏せられ秘密裏に行われていたという。

昨年の三月三日、神戸港から「密かに」新幹線車両は中国へ出荷された。

 

これまで新幹線の中国輸出については国内でも賛否両論があった。

テレビで御馴染の評論家三宅久之氏は歯切れ良く次のように反対する。

「・・・新幹線のことで言わしていただきたいんだけれど、私がJRの関係者に聞いたらね、
『例えば中国は電圧が一定しないと。ね、非常にその、高度な精密な機械であるモーターなんかが必ず故障する』そうすると(支那は)必ず「日本は粗悪品を売りつけた!歴史認識が足らん!まだ反省してない!」
って言って必ずややこしいことに発展していくからね、そんなものやめとけ!」

賛成派は「日本の優秀な技術を世界へ」派とも云うべき主として技術畑の人たちである。

これを「プロジェクトX」派と冷やかす人もいる。

ニュースリリースによると、川崎重工は新幹線技術をたった3編成の受注と引き換えに売り渡したと読める。

新幹線の落札にあたって中国側が日本に要求してきたとされる項目。

★技術の移転

・設計図の貸与と技術者の派遣

・車両は数台のみ購入する

・それを分解し、複製し、中国が国内生産することの容認

・さらにそれを 中国独自の技術 として第三国に輸出することの容認

★資金の供与

・落札資金は日本の対中ODA(政府開発援助)を原資とする

・不足分は日本の銀行がシンジケートを組んで中国政府に融資

・対中ODAの増額

・工事は中国国内の業者を用いる

★保障・アフターサービス

・運営における教育・訓練の拡充

・事故が起こった場合の補償・賠償・保守責任

・中国がこれを第三国へ輸出した場合の連帯保証


中国が考えているのは、中国自身の手による新幹線の建設である。

そのために必要な先進技術の移転を望んでいるのだ。
  
素人が考えても判ることだが、秒単位で運行される高速鉄道システムも、車両とレールだけで成り立っているのではない。

コンピューターで制御される精密な技術の体系である。

新幹線技術の移転には、もう一つ問題がある。

中国ビジネスに特有なリスクだ。

中国の消費者が日本製商品にクレームをつけるときに、中国人を民族差別してわざと三流品を売りつけたという抗議や謝罪要求のパターンがよくあった。

中国高速鉄道で事故が起きたとき、その原因が使用者側にあったのか、日本の技術に欠陥があったのか、冷静に論じられない場合がありうる。

旧型を輸出すれば日本は中国人民を馬鹿にしているなどと言われ。

最新型を持っていけば技術流出になりかねない。

日中間の新幹線に関する輸出契約を、「不平等条約」だと冷やかす人もいる。

 

◆【北京=東一真】中国政府が総事業費10兆円超をかけて建設中の
総延長1万2000キロの旅客高速鉄道網プロジェクトで、高速網を走る時速300キロ級車両について、
川崎重工業など日本の6社が共同で売り込む新幹線車両「はやて」と、
ドイツのシーメンス社が製造する車両ICEが採用されることが21日わかった。

中国鉄道省は、シーメンスとはまず60編成(1編成は8両)の購入で契約を決めた。
日本の6社とも近く60編成の購入で契約する予定。川崎重工業以外の5社は、
日立製作所、三菱電機、三菱商事、伊藤忠商事、丸紅。

これで、日独仏の3陣営が三つどもえで採用を争っていた中国の高速鉄道は、日本の新幹線と、
ドイツのICEが二分して併存することがほぼ確定的となった。フランスの高速車両TGVは採用されなかった。
新幹線車両は早ければ2008年にも高速鉄道網を走行する見通しだ。

(略)
(2005年11月21日14時39分 読売新聞)

 

◆2005/05/22(日) 02:58:59 ID:???
・中国新幹線にODA 政府、採用なら供与方針
 
政府は二十一日、中国が北京-上海間で建設を計画している高速鉄道に日本の新幹線を採用した場合、
その建設を支援するための政府開発援助(ODA)を供与する方針を固めた。
新幹線採用への呼び水としたい考えだが、政府・与党内の一部などには、日中関係がぎくしゃくしている折、中国は高速鉄道への採用問題を日本に対する新たなカードに使っているとして、ODA供与方針を懐疑的にみる向きもある。

複数の外務省幹部によると、新幹線建設に対するODA供与は、今月十三日から十四日まで北京で行われた
外務次官級の日中総合政策対話で、谷内正太郎次官が戴秉国次官に提案した。
供与の具体的な内容としては、軌道やポイント、駅構内、信号・変電所などの建設に充てる円借款と、新幹線運行の技術協力が想定されている。
(産経新聞)

 

 

◆川崎重工 

http://www.khi.co.jp/sharyo/topic_final/topic041020.html

 

◆参考エントリー:

赤い夕日の満州でhttp://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/a84b878ad1ce2d
808117ac4f90ccaf81

中国大陸の「地上の星」 http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/e6a64df95146c7a
68a77919f94c1cc6a

 

【お詫び】13:23

PCの不調により今日のエントリーが削除されてしまいました。

記憶を頼りに複製作業中です。申し訳ありません。

 

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映画「南京」 サンダンスで初公開 際立つ「日本の残虐性」

2007-01-29 09:43:20 | 南京大虐殺

先の大戦で日本は中国、アメリカを相手に戦って敗北した。

だが戦争は半世紀以上前に終結したわけではない。 

戦争とは武器を持った殺し合いだけを言うのではない。

現代の戦争は外交もその一つであり、メディアや映像を利用した情報戦も国益を左右する重要な戦争の一つと言える。

≪戦争とは他の手段をもってする政治の継続である≫
(クラウゼヴィッツ『戦争論』』)

中国とアメリカを相手に戦った日本に対して70年後の今年、米中は合作映画という手段で日本に情報戦争を仕掛けてきた。

中国の国営テレビとの共同制作による米中合作映画「南京」の上映によって、中国に情報戦の宣戦布告をしたのだ。

だが中国の政治プロパガンダ映画で嘘塗れの「南京」の前に拱手傍観、雌伏したままでいい筈はない。

これに対抗して良識ある日本人が立ち上がったことはに対抗して、日本でも自主映画制作の話が持ち上がったことは「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」で詳しく伝えている(前稿)。

◆「南京の真実(仮題)」http://www.nankinnoshinjitsu.com/

◆記者会見http://www.youtube.com/watch?v=n_SNKHu5vow

 大東亜戦争を日本と合作で戦った米中が、ここに来て合作映画で情報戦争を仕掛けてきた理由を、

国際法に詳しい佐藤和男青山学院大学名誉教授は次のように語っている。

東京裁判は日本人に罪悪感を抱かせるための政治ショーに過ぎない。原爆投下は史上最悪の犯罪だが、南京は米国の原爆犯罪のすり替えだ」。

                   ◇

映画「南京」 サンダンスで初公開 際立つ「日本の残虐性」

 【ソルトレークシティー(米ユタ州)=松尾理也】1937年12月の「南京事件」をテーマにした米ドキュメンタリー映画「南京」が、ユタ州パークシティーで開催中のサンダンス映画祭で初公開された。同映画の制作陣は産経新聞と会見し、「反戦映画ではあるが、反日映画ではない」と述べる一方、中国の国営テレビ局との共同制作の形をとっていることなど、中国との密接なかかわりも認めた。

 「南京」は、当時南京に滞在していた欧米人の証言、事件で生き残った中国人へのインタビュー、旧日本軍兵士へのインタビューの三つの角度から事件を描く構成になっている。

 このうち、中国側のインタビュー部分には、生存者が出演し、涙をながしたり、傷跡を示したりしながら、日本の残虐性を訴える。

 一方、旧日本軍兵士の部分の多くには、日本国内の平和活動家によって収録されていた過去のインタビュー映像を使用。一部には、文脈は不明ながらも、笑いながら虐殺を語る映像なども挿入され、中国側との対比が強調されている

 制作指揮はインターネット接続大手AOLの元副会長、テッド・レオンシス氏がとり、監督は、アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を2度受賞したビル・グッテンターグ氏が務めた。

 レオンシス氏らによると、同作品は、中国中央テレビ(CCTV)の協力を受けて制作され、今後同テレビでの放送が予定されている。日本での公開は未定だが、同氏らは「広範な取材、調査に基づき、正確な内容を期した。多くの日本の人々にも見てもらいたい。政治的な意図はない」と話している。

 サンダンス映画祭は全米最大規模の独立系映画祭として知られる。今年のドキュメンタリー部門には856の応募から「南京」を含む16本が選ばれ、上映されている。

                  ◇

 ■語ろうとしたのは歴史の一つの側面

 プロデューサーのテッド・レオンシス氏、監督のビル・グッテンターグ氏との一問一答

 --映画「南京」の制作意図は

 レオンシス氏「ヒーローの物語としてつくった。それは違う背景でも語られうるが、今回、私が選んだのが南京だったということだ。ただし、南京事件が世界的にはほとんど知られていない問題であるということが、制作の理由でもある」

 --事件をめぐっては、さまざまな論争がある

 グッテンターグ氏「この主題についてこのストーリーしかないと主張するつもりはない」

 レ氏「犠牲者数についても、激しい論争があるのは承知している。そこで、私たちは東京裁判での数字を引用することにした。もっと少ないという意見はあるだろう。では、少なければ問題ないのか?というのが私の意見だ。数の多寡は問題ではない」

 --反日映画ではないと強調しているが、日本に肯定的な部分はほとんど感じられない

 グ氏「語ろうとしたのは、歴史の一つの側面だ。いろいろ取材はしたが、結局、当時現場にいた人々についての映画にすることにした」

 --旧日本軍兵士が笑いながら虐殺を語る記録的なシーンが会場でも波紋を呼んでいたが、ああした映像は意図的に選んだものか

 グ氏「70年も前の出来事を語る際には、入手できた記録フィルムが最良の映像として、よしとしなければならない場合もある。元兵士が笑っていようがいまいが、そこに何らかの含みを持たせる意図はなかった」

 --日本では石原慎太郎・東京都知事らにも取材を行ったそうだが、そうした保守派の意見はまったく反映されていない

 グ氏「その部分が映画に含まれていないことは遺憾に思う。しかし、私は同様に、他にも取材しながら映画からそぎ落とした多くの部分についても遺憾に思っている」

 --故アイリス・チャン氏の「レイプ・オブ・南京」にはどれほどの影響を受けているのか

 レ氏「チャン氏の死亡記事をみたことが制作のきっかけになったのは事実だが、同書については史実的に不正確な記述が多いと聞いている。この映画は同書に基づいて作られたものではない」(産経新聞 2007/01/26 09:08)

                 ◇

 

 この映画はアイリス・チャンの「レイプ・オブ・南京」に触発されて製作されたことは間違いない。(「「チャン氏の死亡記事をみたことが制作のきっかけになったのは事実だ・・」プロデューサー談)

アイリス・チャンの考証もされていない本が基礎となっているがアイリスの翻訳さえ日本では左翼系出版社も、あまりに誤りが多いので出さなかった。
こんな出鱈目本を基礎に、あのアメリカが映画を作ったのだが、日本でさえ文部省検定では南京事件があったことを書かないと検定が通らないという惨状を呈している」(
藤岡信勝拓殖大学教授)

◆「レイプ・オブ・南京」の日本での販売権を持つ柏書房が今なお日本での発売が出来ない理由。(ニューヨーク・タイムズ)http://www.jiyuu-shikan.org/oversea/03/035/ntimes.html

アイリス・チャン「レイプ・オブ・南京」についてはhttp://www.history.gr.jp/~nanking/chang.html

 

 

 

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「南京の真実」 日中情報大戦争!

2007-01-29 07:19:52 | 南京大虐殺

ついに良識人が立ち上がった。

嘘放送はもう許せない!!  「南京の真実」を映画化

  南京大虐殺なる政治プロパガンダの嘘を世界に向けて発信

**************************

 今朝(1月23日)、都内のホテルで歴史的な記者会見が開催された。
 
 日本の保守陣営が大同団結し、誤謬だらけの戦後の歴史認識と中国がばらまくインチキ歴史解釈の訂正のために、映像というもっとも効果的な方法での反撃が開始されたのである。
 南京攻略戦の真実を伝え、中国と米国の政治謀略「南京大虐殺」の嘘を暴くドキュメンタアリー映画「南京の真実」の制作発表と記者会見が開かれた。

 この映画は情報戦でもあり、英語版、中国語版がつくられ世界同時公開を目指す。
 またインターネットの動画による配信も計画されている。公開は南京70周年の12月を目処としている。

 記者会見は超満員となった。
まずプロジューサー兼監督の水島総氏が挨拶、ひきつづき上智大学名誉教授の渡部昇一氏が「田中上奏文のインチキを当時、だれも真剣に反論しなかった。情報戦にやぶれることはかくも凄まじい結果をまねく。メディアにはメディアで、情報戦には情報戦で闘おう」。

 南京学会会長でもある東中野修道教授は、
 「おととしニュー・オーリンズを襲ったハリケーンのときに、強盗、強姦、放火,暴行が蔓延していると言う噂が拡がった。調べてみるとデマであった。
 南京の報道は陥落(1937年12月13日)から三日後に米国の新聞にでたが、爾後、東京裁判まで一切語られることが無かった。
突如、1946年からの東京裁判で浮上し、1972年本多勝一の『中国の旅』で、中国側の宣伝キャンペーンが開始された。そこで南京に派遣された、生き残りの将校に数知れずインタビューしたが、誰もが「このまま(嘘の不名誉がばらまかれたまま)では死ねない」と言った。
 南京陥落から蒋介石軍は、漢口から重慶まで逃げて、その間、じつに300回も外人記者団との会見を開いたが、ただの一回も南京問題がでてこなかった。
また当時の国民党中央宣伝部の用意したプレス・リリースにも一切現れていない。国民党報告には、一件の殺人事件さえ報告されていない」。

 

 ▼国会議員も超党派で支援に駆けつけた

 記者会見には国会議員も多数が詰めかけ心底からの熱弁を振るった。
 まず西村真悟(衆議院)議員は、「いよいよ日本側の反撃が開始される。これまで日本の議会は中国の工作に屈服してきた。虐殺は1927年の国民党の南京入城のさいに起きた。あれこそが南京の真実である」。

 松原仁(衆議院)議員は、
「当時、外国人が居住したのは『安全区』で、しかし国民党は『安全区』のなかにさえ砲台をつくった」。

戸井田徹(衆議院)議員。
「選挙区の講演会で挙手を求めると、じつに90%の日本人は『南京大虐殺があったか、どうか、知らない』と答えるほど、関心がない。我々の先輩は少なくともいまの日本人よりは立派だった。あんな事件を日本人が起こすわけはないのに、たとえば国会図書館関係筋ではBC級の裁判資料さえ、公開を憚ってきたのである。ようやく公開される運びとなって、行動はこれからだ」。

渡部郎(衆議院)議員。
「ティンパリーの嘘放送は蒋介石国民党の宣伝だったが、あれは米国を参戦させるための謀略文書。ところが、いまの日本人は歴史をしらず、大学入試どころか、高校で日本史が選択科目、日本人が自国の歴史を知らない。超党派で、この問題に取り組まなければならない」。

赤池誠章(衆議院)議員。
「中国社会科学院の学者らと議論したが、彼我の差は大きく、歴史認識が縮まることはない、と確信した。中国の歴史解釈とはときの権力者に正当性を付与するのが目的であり、政府の正当性を喧伝する武器。その道具に日本が使われているのだ」。

鷲尾英一朗(衆議院)議員。
「若いひとに歴史の真実を残しておかなければならない。全世界を相手に、この情報戦を闘わなければならない。大変な作業となるが、ともに闘いましょう」。

笠浩史(衆議院)議員。
「教科書問題、歴史認識問題は、国会でさえ、過去の難しい問題は好い加減にせよという意見を聞く。このどうでもいいさというムードに危機感を抱く」。

松本洋平(衆議院)議員。
「歴史の真実を明らかにすることは、国の名誉と誇りの回復であり、これからの日本人が世界に胸をはっていきていくためにも是非とも必要である。

稲田朋美(衆議院)議員。
愛国暴走は中国人にとっては正義、偉い人を庇うのも中国人の正義。真実を追究してやまない日本人と天地のへだたりがある。先日も百人斬り訴訟で、我が国の最高裁判所が、百人斬るという嘘は、限りなく嘘に近いが、一部灰色である限りは個人の名誉云々は争えない、として不当判決をだした。
国家の名誉を守るのは裁判所ではない、政治家である」。

松下新平(参議院)議員は、
「宮崎県選出だが、歴史の真実を伝えるのは政治家の責務であると認識している」。

大江康弘(参議院)議員は、
「国会の議論の虚ろなこと、多くの議員は、この歴史問題に関心が薄い。台湾のことでも、本質議論に関心がうすく、たとえば関空第二滑走路を早めに完成することが決まったのも、理由は「華僑大会」が関西で行われるからというではないか」と現状のひどさを訴えた。


▼米国でも常識と扱われている南京

さて、会場には加瀬英明、藤岡信勝、佐藤和男、中村アキラ、大高美貴、井尻千男、小山和伸、日下公人、勝岡寛次、佐藤克己、篠沢秀夫、田中英道、高森明勅、西尾幹二、西村幸祐、水間政憲、三輪和雄、八木秀次、山際澄夫氏ら、列挙できないほど夥しい有識者、大学教授、ジャーナリストが集合した。
それぞれが、この映画への期待と所信を連続的に表明した。
このため、記者会見は質疑応答を含め、じつに二時間にも及んだ。

映画『プライド』をつくった経験もある外交評論家の加瀬英明氏は、
「米国では南京とナチスが同列におかれて南京虐殺は常識となっている。日本の国益を守るべきである」

教科書問題の偏向と闘う藤岡信勝氏は、
アイリス・チャンの考証もされていない本が基礎となっているが、アイリスの翻訳さえ日本では左翼系出版社も、あまりに誤りが多いので出さなかった。
こんな出鱈目本を基礎に、あのアメリカが映画を作ったのだが、日本でさえ文部省検定では南京事件があったことを書かないと検定が通らないという惨状を呈している」

国際法に詳しい佐藤和男名誉教授は、
東京裁判は日本人に罪悪感を抱かせるための政治ショーに過ぎない。原爆投下は史上最悪の犯罪だが、南京は米国の原爆犯罪のすり替えだ」。

大東亜戦争の研究で知られる中村アキラ教授は、
「政府が何もしないので民間が立ち上がったのである。南京に参加した多くの将校にインタビューしたビデオもたくさんある。南京は完全なフィクションである」。

歴史に詳しい勝岡寛次(明星大学教授)は、
「日中共同歴史研究はなりたつまい。中国は最初から、侵略戦争という政治用語、プロパガンダ語彙を持ち出してきている。之では議論が成立しない」。


▼日本人いがいに日本人の不名誉は回復できない

機密文書を連続的にすっぱ抜くジャーナリストの水間政憲氏は、
世界の反日ネット網が完成しており、こうした歴史解釈の偏向ぶりの嚆矢となったのは中国帰国者連盟だ。およそ1000人が洗脳され、命と引き替えに出鱈目な証言を72年からなしてきたからだ。82年から中国の歴史教科書に南京事件が掲載されるようになったのだ」。

 評論家の西尾幹二氏。
「サダム・フセインの処刑を東条英樹とならべて朝日は、日本の保守派に言いがかりをつける戦術にでてきた。 勝利者が負者を裁くという意味で、拙速だったという点で、ニュールンベルグ裁判と東京裁判は似ているが、これは保守の反論を防ぐ目的もあった。
もとより人道の罪などと東京裁判はナチス裁判の側杖を食った形である」。

東北大学名誉教授の田中英道氏。
ナチ、原爆、そして文革。この三つが二十世紀の歴史的犯罪だ。文革へのすり替えが、中国にとって南京大虐殺だった」。

 篠沢秀夫(作家、学習院大学名誉教授)は、
「電車内で足を踏まれたら、足を踏んでますよ、くらいは言っても良い」

 ジャーナリストの山際澄夫氏、「日本人の名誉を回復させるのは日本人しかいない」

 大高美貴(ジャーナリスト)さんは、
「恐れを知らない中国の行為は、死者への冒涜である。チベットも蒙古もウィグルも、日本が立ち上がることに大いに期待しており、そしてアジアに幸せがくる。
この映画作製による思想戦は、日本の崇高な使命だ」。


▼ふりかかる火の粉は取り払わなければならない

多摩大学教授もつとめたエコノミストの日下公人氏。
「中国の反日プロバガンダは米国に主舞台。理由は日米離間。であれば日本側の反撃も米国に焦点を当てて、狙いを米中離間におくべきだろう。

歴史学者の高森明勅氏。
「インテリジェンスがいかに国益にとって重要であるか」

 さて会場に小生も出向いたので一言つぎのように述べた。
 (宮崎正弘)「田中上奏文が嘘であることは昨今ようやく世界的にばれてきたが、南京は、いってみれば日本にふりかかった『シオンの議定書』だ。
帝政時代のロシア秘密警察のつくった偽造文書『シオンの議定書』がユダヤ人虐殺に正当性の口実をあたえ、やがてナチスが援用した。ユダヤ人は本当に虐殺された。
もし“南京大虐殺”なる偽造文書まがいの嘘放送、政治プロパガンダを、このまま日本が放置してしまったならば、やがて日本人をまちうける運命はいかなるものになるのか? ふりかかる炎は取り払わなければならない」。

 なお、詳しくは「映画「南京の真実」制作委員会 電話(5464)1937
http://www.nankinnoshinjitsu.com/


宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成19年(2007年) 1月25日(木曜日) 
通巻第1690号 
        ◎
  

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「給食費滞納率」 沖縄が日本一! なんくるないさ?

2007-01-28 11:54:04 | 未分類

 

沖縄の給食費滞納率 異常に高いのはなぜか

     給食費滞納が社会問題となっていることを受け、文部科学省は06年11月~12月に初めて給食費の徴収状況を調査したが、県別で見ると沖縄県の滞納率が突出していた。全国平均は1%なのに、沖縄県で滞納している子どもの割合はなんと6.3%。東京の約8倍、金額にして2億6千万円を超えていた。それはなぜなのか。

低所得が原因なのか、責任感が問題なのか

給食費滞納問題をどう解決していくのだろうか。沖縄県教育委員会は県庁内にある
給食費滞納問題をどう解決していくのだろうか。沖縄県教育委員会は県庁内にある

   沖縄県内では、以前から給食費滞納問題は深刻な問題だった。たとえば、04年4月24日の「沖縄タイムス」では、

「(沖縄県は)失業率と離婚率は高く県民所得は全国一低い。就学補助制度(給食費補助などを受ける)申請にいたらなくても、支払い困難な家庭が多い」

と報じている。
   一方で、今回の給食費滞納調査で滞納の原因として「保護者の責任感や規範意識」を挙げた学校がほぼ6割だったと07年1月25日の「琉球新報」が報じた。この割合は、文科省が発表している全国の割合とほぼ同じだ。
   さらに、07年1月26日の「八重山毎日新聞」では、石垣市(沖縄県)では、給食費滞納原因の8割強が「保護者の責任感や規範意識」に問題があるとし、保護者が支払わない理由に「経済的な問題」と答えたのは1割強にとどまっている、としている。

「悪質な滞納者はいない」の意味不明

   では、給食費滞納原因は「8割強が保護者のモラル」の実情はどうなのだろう。J-CASTニュース石垣市教育委員会に聞いた。
   すると、こんな意外な答えが返ってきた。

「今のところ『義務教育だから給食費を支払わない』とか、『給食を頼んだ覚えはない』と訴える悪質な滞納者はいない。いつか納めると言ってくれています」

   「モラルの問題」でもないような、よく分からない説明だが、「いつか払えばいい」みたいな「鷹揚」な人がこの地区には多いのかもしれない。
   では、徴収のため具体的な対策を行う予定はあるのだろうか。沖縄県教育委員会にたずねた。

「滞納理由を悪質と判断することは難しい。生活が苦しくて払えないといわれれば、それ以上踏み込めないのが現実だ」

   さらに給食費滞納原因の実態調査は、万が一生徒に漏れた場合いじめにつながるため当面行う予定はないといい、当面効果的な策はないようだ。 (J-CASTニュース 2007/1/27)

                    ◇

 

結局、教育委員会も学校も父兄も、

沖縄独特の「テーゲー(大概)主義」なのだろう。

それとも、必殺技の「なんくるなる」(ほっておけばなんとかなる)とでも思っているのだろうか。

どっちにしても不名誉な日本一ではある。

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角田議員はこんな新聞発行元から献金を・・

2007-01-28 10:19:34 | 従軍慰安婦
今朝の琉球新報社説。
 
「米軍落下傘訓練」と並んで、
 
「『角田副議長辞任』-『説明責任』が残っている」
 
の見出しに、おやっと思った。
 
社説まで共同通信の模範解答をなぞると言われる新報が宗旨変えして「朝鮮総連」の献金問題に迫るのかと期待したのだが・・・。
 
愈々角田議員の献金の闇に迫ってくれるのか。
 
だが、やはり共同通信の手の平から外れることはなかった。
 
追求の的は「献金の一部を帳簿に記載してない」の一点に終始していた。
 
「政治とカネ」の問題は「カネ」の出所ではなく「帳簿」の問題に終わっていた。
 
及び腰で、「政治資金規正法で禁じられてた外国人団体からの献金も含まれているとされる」・・と、アリバイつくりのような曖昧な記述に留まっている。
 
記事の文中に
 
「本紙加盟の共同通信社が入手した内部資料には資金の出所が記されており、そのうち八団体・二企業と個人十三人が献金の事実を認めている。 その気さえあれば、調べる方法はいくらでも見つかるはずだ。」
 
という部分がある。
 
それこそ琉球新報に「その気さえあれば」共同通信の内部資料を公表して「朝鮮総連」の名前を献金団体として発表したらどうだろう。
 
あの朝日新聞さえ「朝鮮総連」の名を早い時期から公表しているのだから。
 
もっとも北朝鮮に唯一支局を出さしてもらっている共同通信が公表を許可するはずもないと思うが。
 
                    ◇
 
北朝鮮と朝鮮総連、そして機関新聞の朝鮮通信と朝鮮新報の関係はややこしくてわかりにくい。
 
朝鮮新報は、朝鮮総連の機関紙であり、総連の事業体である朝鮮新報社が発行している。
 
本拠地は東京にあり、朝鮮通信社と同じ建物を使用している。
 
総連の機関誌であるので、本体の朝鮮総連、そして本国北朝鮮の主張そのままの記事を掲載する。
 
論調は反日であり、日本政府に対して感情的とも言える敵対的な報道を行う。
 
拉致問題については一貫して謝罪せず、多くの日本人の神経を逆撫でしているので、日本人の反朝鮮人感情を助長していると言われる。
 
さらに朝鮮新報は、北朝鮮の国営通信社・朝鮮中央通信社の傘下にある朝鮮通信社(在東京)と相互連携関係にある。
 
そして北朝鮮は中央通信社(在北朝鮮)⇒朝鮮通信(在東京)⇒朝鮮新報(総連機関紙)と言う経路で北朝鮮の意思を日本中に垂れ流す。
 
似た名前でよく混同されるが、韓国の朝鮮日報(在韓国)より朝鮮新報は日本国内に在りながら反日論調なのは皮肉である。

この北朝鮮⇒朝鮮通信⇒朝鮮新報の関係を如実に表した記事が以下の「従軍慰安婦」関係の朝鮮新報記事。
 
角田議員はこのような反日新聞の発信元の朝鮮総連から献金を受けていたのだ。
 
                   ◇
 

 朝鮮日本軍「慰安婦」、強制連行被害者補償対策委員会のスポークスマンは20日、自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が最近、日本軍「慰安婦」犯罪と関連して1993年に河野洋平内閣官房長官(当時)が発表した「談話」の「見直し」をめざすとしたことを非難する談話を発表し、次のように指摘した。

 この「談話」は、日本軍「慰安婦」犯罪が旧日本政府と軍部によって組織的に犯された反人倫罪であることを執ように否定していた日本政府が、自らの責任を立証する歴史的証拠資料が次々と発見され国際社会の非難と追及が日増しに高まるや、やむをえず「おわびと反省の気持ち」を表明して日本軍部の関与と強制性を公式に認めたものだ。

 ところが、倭国(日本)の反動層はそれから10余年が過ぎたこんにちになって、不十分ではあるが認めたその犯罪事実を今さら疑問視し、小委員会の設置だの、関係者談話だのと騒ぎ立てている。

 とくに看過できないのは、「見直し」を真っ先に持ち出した現内閣の下村博文官房副長官や「議員の会」の中山成彬会長が、かつて歴史教科書から「『慰安婦』や強制連行の記述が減って良かった」「『慰安婦』という表現は適切でない」という発言で社会的物議をかもし、日本軍性奴隷犯罪を認めることをもっとも不愉快に見なしてきた極右政治家であるということだ。

 こうした人物らが主導している「議員の会」で行う「見直し」が、犯罪の責任を否定してその反人倫性を弱めたり、白紙にするところに目的があるというのは明らかだ。

 倭国の反動層は、このように過去の罪悪を一つ一つ否定することにより、過去の清算に対する自分らの責任を何としても回避し、海外膨張のための軍事大国化を安心して推し進めようとしている。

 日本は、「見直し」を直ちに取り止め、被害者に対する謝罪と補償を早急に実現すべきだ

 日本帝国主義に対する恨みを抱いているわれわれのすべての被害者とアジア諸国の人民は、歴史を愚ろうしようとする倭国のいかなる企図も決して許さないであろう。朝鮮通信)


                   

角田議員は上記のような反日新聞の発行元から献金を受けていたのだ。


                     ◇

【参考エントリ】

◆「慰安婦問題は、一部全国紙が歴史を捏造したことから発展した!(読売)」アメリカにさまよい出る「従軍慰安婦」の亡霊

 

[河野談話]「問題の核心は『強制連行』の有無だ」

                  ◇

 

【追記】 11:35

朝日に先走られた産経が「産経抄」で見事に決めてくれているのを、うかつにも見落としていた。


【産経抄】

 民主党のことを「ブーメラン政党」と言うのだそうだ。自民党のスキャンダルを攻撃すると、常にそっくり自分の所へ返ってくる。国民年金未納や最近の事務所費問題がそうだった。そして極め付きが参院副議長を辞めた角田義一氏の献金疑惑だ。

 ▼旧社会党の出身である。委員会で大声をあげ閣僚や官僚をどなりあげる迫力は「昭和の社会党」を彷彿(ほうふつ)させた。その迫力で平成14年には、自民党出身議長秘書の疑惑を追及した。それがこんどは、自身の団体への献金を報告しなかった疑いで副議長のイスを棒に振ったのだ。

 ▼国民の側は、またも「民主党も自民党も同じ」との思いをさせられた。だがそれも仕方ない。「格差拡大」とは逆に、日本の社会は質的には確実に均等化しつつある。そこから選ばれる政治家や政党が「似たもの同士」になっていくのは当然とも言える。

 ▼ただ、角田氏の場合、一点だけ民主党いや旧社会党らしいことがあった。ヤミ献金の中に、朝鮮総連系の商工団体からの金もあったとみられていることだ。外国人の団体からの政治献金は禁じられている。事実とすれば明確な法律違反であることは間違いない。

 ▼しかも、献金を受けたとみられる平成13年には、北朝鮮による日本人拉致事件がかなりはっきりと姿を見せていた。その中で北朝鮮に連なる団体から金を受け取って、何の痛みも感じている風もなくシラを切る。そんな人が参院副議長の要職についていたのである。

 ▼民主党としては、辞職で「けじめ」はついたとしたいのだろう。自民党も事務所費問題と相討ちにできれば、もっけの幸いかもしれない。だがこの献金だけは「政治とカネ」で一括(くく)りするわけにはいかない。そのことを忘れてもらっては困るのだ。

(2007/01/28 07:01)

 





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韓流映画鑑賞 「政治利用」された両陛下 【追記】あり

2007-01-27 12:47:39 | 県知事選

天皇夫婦、5年前の約束守る…李秀賢氏追悼映画試写会に出席 (中央日報 07/1/26)http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=84073&servcode=200&sectcode=

 明仁天皇夫婦が26日、東京地下鉄駅で日本人男性を助けようとして死亡した義人・故李秀賢(イ・スヒョン)さんの追悼映画試写会に出席した。

  「あなたを忘れない」という題名のこの映画は、01年1月26日、JR新大久保駅で線路に落ちた日本人男性を助けようとして死亡した故人の話を扱った韓日合作映画で、6周忌追悼会に合わせてこの日午後、東京の日本消防開館で公開された。

  天皇夫婦が民間映画の試写会に出席したのは初めてで、明仁天皇は李さんが死亡した翌年、故人の両親を招待して慰労し、その後、試写会出席の要請を受けて快諾したといわれる。

   この日の行事は、追慕映画で故人の役を演じたイ・テソンさんと父役のチョン・ドンファンさん、母役のイ・キョンジンさんら俳優の舞台あいさつと天皇夫婦の入場、,試写会、追悼会の順序で進行された。

  行事には安倍晋三日本首相の夫人・昭恵氏のほか、森喜朗元首相、福田康夫元官房長官、日本プロ野球ヒット王の張勲章(チャン・フン、日本名・張本勲)さんなど多数の著名人が出席した。

 客席は招請を受けた600人余でぎっしり埋まり、上映が始まると、終始場内は粛然としていた。

  東京の外交関係者らは、天皇が韓国関連の民間行事に出席したことには、皇室が韓日関係の改善を希望しているという意志を表す意図があると分析し、天皇の動向が靖国神社を参拝する日本政府要人や右派にとっても無視できない圧力として作用するだろうと分析した。

  明仁天皇は2005年6月のサイパン島訪問当時、韓国平和記念塔を初めて参拝したほか、日本軍国主義の韓半島支配についても数回にわたり謝罪してきた。

 昨年の記者会見では「戦争に反対し、平和を維持していくことが世界の中での皇室の役割」と強調するなど、「平和主義者」というのが一般の評価だ。この日の行事出席はその延長線にあると、外交関係者らは指摘した。

  これに先立ち、徳仁皇太子は22日、東京で開かれた「韓中日友情の架け橋コンサート2007」で舞台に立ち、「貴重な経験ができてうれしく思う。日韓中の友好に少しでも寄与できれば幸い」と述べて注目を集めた。


■「あなたを忘れない」サイト

http://www.korea-japan.jp/


■2001年1月、JR山手線新大久保駅で、
酔った坂本成晃さん(37)がホームから転落し、
これを助けようとして線路に降りた、

カメラマン関根史郎さん(47)

韓国籍の李秀賢さん(26)

が電車にひかれ死亡した事件。

これに関しては、関根さんの名前をあまり聞かないのが不思議だ。

それにしても「天皇夫婦」とは何という表現だろう。

日本人なら誰でも使う「天皇皇后両陛下」という言葉を韓国ジャーナルが知らぬはずはない。

それとも、「日王夫婦」と言わないだけありがたく思えとでも言うのだろうか。

両陛下はこの催しには欠席するべきだった。

関根さんについては東京新聞が昨日の記事で触れてていた。

新大久保駅事故きょう6年

 東京都新宿区のJR新大久保駅で、山手線の線路に転落した男性を救助しようとした韓国人留学生李秀賢(イ・スヒョン)さん=当時(26)=とカメラマン関根史郎さん=同(47)=が犠牲になった事故から二十六日で丸六年。この日、天皇、皇后両陛下が李さんをモデルにした日韓合作映画「あなたを忘れない」の試写会に出席され、翌二十七日に映画は封切られる。

 李秀賢さんの父李盛大さん(68)と母辛潤賛さん(58)は二十五日、韓国釜山から来日した。試写会と「偲(しの)ぶ会」に出席するためだ。

 二人は二〇〇一年に皇后さまと直接言葉を交わしたことがある。

 李さんら「殉難者」を悼む警察庁の慰霊祭に出席し、ほかの遺族とともに皇居へ。たまたま車で通り掛かった皇后さまが車から降りて「立派な息子さんでしたね」と声を掛けたという。

 試写会への両陛下の出席について「日本の皆さんが息子を忘れていないというメッセージを感じる」と盛大さん。潤賛さんは「息子は『韓国と日本の懸け橋になりたい』と言っていたが、今そうなった気がする」。

 一方、「山手線には絶対乗りたくない」と話す関根さんの姉山崎操さん(57)は、今も悲しみが癒えない。

 山手線の代わりに並行して走る埼京線などを利用。埼京線の電車が新大久保駅に差しかかる際にはいつも、現場のホームと反対方向を向くようにしているという。

 事故直後、マスコミなどの「大騒ぎ」を見て、母と二人で「できればそっとしてほしい」と思った。母は「(息子の)行動は当然のことだったのでは。運悪く命を落としてしまったけれど」と。新聞社が読者から集めた見舞金を受け取ったが、全額の約五千万円を「社会福祉に役立てたい」と関連団体や地元の横浜市緑区に寄付した。

 持病で足が悪かった母は、事故後一度も新大久保駅を訪れないまま、二〇〇五年十月に自宅で倒れて亡くなった。山崎さんも同駅に顕彰碑ができて一度だけ訪れたが、足が震えてホームを歩けなかったという。(東京新聞 2007年1月26日)

                   ◇

命を賭して人命救助を行った李秀賢さんの勇気には感動する。

だが、同じ事故で同じく勇気ある行動をして命を失った関根さんに対して日本のメディアは余りにも冷たい。

事故当時の各紙の論調は「勇気ある韓国人に対して何もしない卑怯な日本人」といった印象操作を行っていた。

集まった見舞金五千万円を全額「社会福祉」に寄付した遺族の心を知る日本人は少ない。

韓流映画に日本のおば様族が集まるのはまだよしとしても、仕組まれた韓流プロパガンダ映画に天皇皇后両陛下を担ぎ出すとは宮内庁は一体何を考えているのだ。

この辺の考察は「博士の独り言」さんが詳しく述べている。

◆博士の独り言 http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-362.html

【追記】19:12 「痛いニュース」さんより

「劇中の日本人はひどい描写」 映画『あなたを忘れない』55点(100点満点中)…新大久保事故題材の日韓合作映画

1 名前:依頼682@ときどき ◆Doki//EDTY 投稿日:2007/01/27(土) 01:01:43 ID:KFUrMNR90
話の軸となる日本人少女との(障害だらけの)恋愛であるが、これはフィクション。例の事故の件は映画の最後の方に何の脈絡もなく出てくるのみであるから、これはほとんど架空の物語といってよい。当時このニュースは、勇気ある留学生の善行として報じられたが、それをさらに上塗りするかのような徹底した美談に仕上げられている。

主人公はハンサムな青年で、日本人も日本文化も大好き。韓国では、日本の曲の演奏を
(日本嫌いの客が引くからと)しぶるバンド仲間を強くたしなめるなど、すばらしい人格者だ。
温厚で頭もよく、愛情深い。悪いところがひとつもない人物である。ところが迎える日本人と
きたら、一部友人を除いてひどい描写だ。たとえば交通事故を起こしたタクシードライバーが、
ひいた相手が韓国人だからといってぞんざいな態度になったり、ましてや血を流す韓国人を
置いてその場から立ち去ろうとしたりなど、いくらなんでも非現実的すぎる。日本人を敵に
仕立てて対立軸を作り上げる以外に物語を盛り上げるアイデアが浮かばないのだとしたら、
あまりにも情けない。
(超映画批評)
http://movie.maeda-y.com/movie/00858.htm
以下、2ちゃんねるの反応

 

【追記2】 28日 10:50

参考; 宮内庁への電突⇒「この国は少し変だ! よーめんのブログ」さんhttp://youmenipip.exblog.jp/4438492

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角田参院副議長辞任  「朝鮮総連疑惑」を追え!

2007-01-27 07:39:21 | 県知事選

 

角田参院副議長、辞任を表明

2007年01月26日16時55分

 角田義一(つのだ・ぎいち)・参院副議長(群馬選挙区、無所属)は26日、参院議員会館で記者会見し、01年の参院選で約2500万円の寄付を政治資金収支報告書などに記載しなかった疑いが指摘された問題の責任を取り、辞任を表明した。扇千景参院議長に辞職願を同日提出したことも明らかにした。

写真

衛視に守られ参院本会議場を出る角田副議長(中央)=26日午後4時すぎ、国会内で

 角田氏は疑惑を否定し、副議長を辞めない考えを示していたが、角田氏の出身の民主党内では、角田氏の副議長辞任を求める声が大勢となった。鳩山由紀夫幹事長ら執行部は「政治とカネ」の問題を追及する立場から角田氏の早期辞任を強く求めていた。

 朝日新聞が入手した帳簿によると、01年5~8月に角田氏の選挙対策本部に「陣中見舞い」など総額2517万円の献金があり、献金者や金額などが記録されていた。角田氏の資金管理団体や後援会などの収支報告書には、いずれも記載がない。政治資金規正法で外国人団体からの寄付は禁じられているが、帳簿には朝鮮総連系の「在日本朝鮮群馬県商工会50万円」との記載もあった。

 角田氏は旧社会党出身で当選3回。参院民主党議員会長などを歴任、04年から参院副議長。改選を迎える今夏の参院選に立候補せず、引退を表明している。 [ Asahi com]

◆抗日戦争記念館訪問 http://www.fmprc.gov.cn/ce/cejp/jpn/xwdt/
t222029.htm

◆参考「総連は大切な団体」 民主党角田義一議員

                  ◇

角田議員の辞任が今朝の琉球新報の一面トップだが、見出しは「献金不実記載」で収めている。

流石は共同配信記事。

与野党入り乱れての「政治資金疑惑」の中に「朝鮮総連疑惑」を埋没させようという意図か。

わずかに「政治資金規正法で禁じられている外国人団体からの献金も含まれているとされる」の一文を入れてアリバイつくりはしているが。

ということは日本全国殆どの地方新聞は「朝鮮総連疑惑」には触れていないと想像される。

その点、何をトチ狂ったのか朝日新聞がこの問題には張り切って真っ先に「北朝鮮疑惑」に触れている。

1月24日の社説でも「参院副議長 こんな釈明はうんざりだ」と題して他社に 先駆けてこんなことを言っていた。

朝鮮総連系の団体から50万円が入金された旨の記載もあった。外国人の団体からの献金は禁じられている。

 この疑惑について、角田氏側の説明は釈然としない。当時の会計責任者は「会計帳簿が見当たらない。事実関係を確認するすべがない」と言い、角田氏本人は「私はカネの出入りは知らない」と他人顔なのだ。 ≫

角田議員の問題は、事務所費問題とは性格が異なる。

外国人団体からの献金という疑惑は、事務所費問題よりはるかに重大だ。

参議院副議長という要職にあるものが、外国人団体、特に朝鮮総連のように明らかに反日姿勢をあからさまにする団体から献金を受けたとなると、国の外交政策にも影響を与えかねない。

いや、外交政策だけではない。

「在日特権」といったある意味では内政ともいえる問題にも多大な影響を与えかねない。

あれほど小沢民主党にテコ入れしていた朝日新聞の角田議員追及には首をかしげる。

今朝の社説では、返す刀で小沢党首にも切りつけた。

朝日の豹変振りは、・・・宗旨変えをしたのか、いや、民主党の余りのだらしなさに、やはりトチ狂ったのだろう。

  

角田氏辞任 今度は小沢氏に聞きたい

 政治資金の疑惑を指摘されていた角田義一氏が、ようやく参院の副議長を辞任した。

 「私はカネの出入りは知らない」と居座りを図っていたが、最後は国会対策を心配する出身の民主党に説得された。

 角田氏は今夏の任期切れで引退することになっていた。事実をきちんと説明しようとせず、地位に固執する。その見苦しい振る舞いは、政治家として晩節を汚したとしか言いようがない。

 01年の参院選で受け取った約2500万円の寄付が、角田氏の政治資金収支報告書などに記載されていなかった。なかには朝鮮総連系の団体からの50万円の入金もあった。それが角田氏の疑惑だ。

 事実とすれば、「ヤミ献金」である。金額は大きく異なるが、かつて同じように政治資金の記載漏れを指摘された自民党の金丸信氏は、党副総裁を退き、議員も辞めた。

 外国人団体からの献金は禁じられている。二重の違反といわざるをえない。

 辞任にあたっての角田氏の釈明も歯切れが悪かった。「党県連の内紛で会計帳簿が流出してしまった。説明責任を果たしたくても、できなかった」

 不正な処理をしたかどうかは最後まではっきりさせなかった。これでは、とても納得できない。帳簿はメディアなどに出回っているのだから、事実を調べようと思えば、いくらでもできる。

 疑惑が事実なら、議員辞職にも値する。その必要がないというのなら、自ら国会の証人喚問を求め、身の潔白を示したらどうか。

 角田氏は弁護士出身で、かつては社会党の論客として鳴らした。金丸氏の辞任につながった東京佐川急便事件では、竹下首相を追及する先頭に立った。今回の対応は残念というほかない。

 居座る角田氏に対し、当初、民主党の対応は鈍かった。国会開幕まで決着がずるずると遅れたことで、政治とカネの問題に取り組む姿勢に疑問を抱かせた。

 民主党には、もう一つ、小沢代表の政治資金をめぐる問題があることを忘れてもらっては困る。

 4億円余りで秘書の独身寮を建て、それを事務所費に計上したという。法には触れないと言っても、世の中の常識とかけ離れている。

 週明けの29日、小沢氏が代表質問の際にするという説明に注目したい。(2007年1月27日 朝日新聞社説)

 

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「沖縄語講座」  80はサラワラビ

2007-01-26 14:27:25 | 沖縄語講座

 

東京新聞 筆洗  (2007/1/14)

沖縄本島の北西部に位置する大宜味村は「日本一長寿宣言」の村…

 沖縄本島の北西部に位置する大宜味村は「日本一長寿宣言」の村で知られる。記念碑には「80はサラワラビ、90となって迎えに来たら、100まで待てと追い返せ。我らは老いてますます意気盛んなり」とある。八十歳が子どもなら九十歳はまさに意気盛んだろう▼評論家の秋山ちえ子さんは十二日、九十歳の誕生日を迎え、NHKのラジオ番組に生出演した。元気な声に安心したファンも多かろう。五十七年に及ぶ「ラジオ職人」の第一線から八十八歳で身を引いた。でも職人の魂が許さなかったのか、昨春から一年に五、六回の約束で現場復帰している▼元気の秘訣(ひけつ)は種まきの楽しさがあるから。番組を聴いた人が誰かに内容を伝えることで、秋山さんのまいた種が二粒、三粒…と増えて、やがて芽を出し花を咲かせる▼誕生日にまいた種は、戦争に関する本だけを集めた図書館、図書室をあちこちにつくり、戦争のむごさを伝え続けること。「近所の子に本を読むなど、小さいことでいいから始めて」と呼びかける。秋山さんは名誉村長を務める盛岡市の障害者福祉施設「いきいき牧場」での実現を目指す▼番組では土家由岐雄さん作の「かわいそうなぞう」も朗読した。上野動物園で戦争中に象が殺された実話に基づく絵本。秋山さんは「子どもの戦争はごめんだと思う心を育てたい」と毎年八月十五日に朗読してきた▼「みなさま、ごきげんよう」。秋山さんはいつもの通り番組を終えた。二百件を超える反響があったという。やがてどんな花が咲くのか、楽しみになる。

                   ◇

 

≪「80はサラワラビ、90となって迎えに来たら、100まで待てと追い返せ。我らは老いてますます意気盛んなり」≫

「サラワラビ」の言葉が面白い。

「サラ」は「サラブレッド」のサラで、「サラ新品」のサラでもある。

「サラワラビ」はチャンプルー文化の面目躍如たる、「沖縄語」。

これは上記コラムにお国言葉を書かれ、喜びの余りにインスピレーションだけで間違いの迷路にはまり込んだ話。

                    ◇


おらが国の話題が大手の新聞に載る事は嬉しいもの。

当日記で「沖縄語講座」を連載している者としてはこれをネタに使わない手はない。

サラは沖縄語で≪新しい、とか言葉の意味を強める語≫で、

ワラビは童と書いて子供の事なので、

サラワラビは「まだまだ子供」といったニュアンスになる。

そこで語源は何かと考えたら何故か「サラブレッド」が脳裏をよぎった。

ディープ・インパクトの強烈な印象のせいか。

サラブレッド「thoroughbred」を新グローバル英和辞典でも検索してみたら 
 
1 ((T-))サラブレッド.

2 純血種の動物.

3 ((略式))天性の素質を持った人;育ちのよい[教養のある]人;最高級車.

とある。

さらに「thorough 」には、

【まったくの, 完全な, 根っからの】という意味がある。

これだ! と思わず手を打ったのが運の尽き。

そこで何の躊躇いもなく独断の迷路に迷い込んだ。

≪沖縄語は素晴らしいチャンプルー文化語だ。≫

≪サラブレッドのサラを方言の強調の接頭語に使っているとは!≫

 

だが、その新発見の、・・・いや珍発見の夢は一瞬にして砕け散った。

沖縄語のサラは戦後の米軍占領下に初めて出来た新語ではなく、戦前もあったという。 

調べて見たら残念ながら?サラは日本語由来であった。
 
「さら」は新とも更とも書く。

「さら」をさらに大辞林でも検索すると、
 
≪まだ一度も使っていないこと。新しいこと。また、そのもの。〔接頭〕名詞に付いて、そのものが新しいことを表す。≫とあった。

他の例として「さら湯」「さら地」「さらのゆかた」」があった。


かくしてサラワラビのサラブレッド説は一気に霧散して、

「成りたての未だ未だ子供」くらいで一件落着した。

改めて冒頭の沖縄は大宜味村の「日本一長寿宣言」の碑文に戻ろう。

「80はサラワラビ、90となって迎えに来たら、100まで待てと追い返せ。我らは老いてますます意気盛んなり」

訳文:80歳なんてまだまだガキ、・・・以下略・・・
 
 

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火に油! 「阪神大震災の自爆発言」安部議員の弁解 

2007-01-26 06:59:20 | 県知事選

阪神大震災時の自衛隊出動の遅れを批判した安部議員については当日記の「社民党・阿部知子議員「阪神大震災」で自爆発言?」で触れた。

これに対してネット住人から総攻撃をを受けた。

素直に謝罪すれば良いのに開き直った弁解をしたので火に油の状態になった。

「素直に謝れる人は社民党に入らない」

・・・とは2ちゃんねらーの意見はキビシー!

以下「痛いニュース」さんよりの引用。

http://www.abetomoko.jp/

 (前略)

初動の遅れは、当時被災状況を迅速に把握し自衛隊の出動を要請する自治体側の被害がひどく、知事も含めて身動きがとれなかったこともあると思います。また、それを受ける内閣側の体制も情報収集など不十分でした。後にこの震災に学んで96年5月に内閣情報集約センターが設立されて今日に至っております。

当時の内閣の最高責任者は村山首相であることから、村山首相の対応の遅れを指摘されるご意見もありますが、1月17日午前10時、国土庁長官を本部長とする非常災害対策本部を設置、午後4時に村山首相は、官邸で緊急記者会見を行い、万全の対策を講じることを表明しました。私を含めてだれもが未曾有の災害に対して、十分な判断や迅速な行動がなしえなかったことについて、多くの教訓が残されたと思います。(安部知子議員のサイトより)


※参考サイト(阪神大震災):http://ja.wikipedia.org/wiki/
※参考動画(阪神大震災):http://www.youtube.com/watch?v=Y0SraudeUSQ

※元ニュース
社民党・阿部知子議員「阪神大震災で自衛隊の出動は数日後。防災も任務のはずなのに」
http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1169651264/
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/903452.html

阪神大震災流れまとめ
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/9881/sinsai.htm
阪神大震災の【社民党の失態】を描いた漫画(1995年当時)
ttp://vipper.jpn.org/www/upload/src/VIPphoto0741.jpg
ttp://vipper.jpn.org/www/upload/src/VIPphoto0742.jpg


以下、2ちゃんねるの反応                    
12 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:47:18 ID:Et5cWloh0
> 万全の対策を講じることを表明しました。


でも自衛隊は出動させなかったんだろ。
わかってんなら自衛隊に対する非難を撤回しろよ。

結局コイツは何を言いたいのだ?


17 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 12:47:44 ID:5o/WnMDW0
命令がないと自衛隊は動けないのだから、自衛隊の行動の遅滞を批判すれば、指揮権者の批判になるだろう。
そうでなく、


>初動の遅れは、当時被災状況を迅速に把握し自衛隊の出動を要請する自治体側の被害が
>ひどく、知事も含めて身動きがとれなかったこともあると思います


というのであれば、自衛隊批判自体が的外れと言うことに。
総理大臣は命令を下したが、自衛隊が怠慢やミスで出動が遅れたと言うんじゃないし。
自衛隊批判で、突っ込まれれば村山擁護って、阿部は政治家としての真っ当な頭がない。


19 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:47:55 ID:qhAvrM5u0
>1月17日午前10時、国土庁長官を本部長とする非常災害対策本部を 
>設置、午後4時に村山首相は、官邸で緊急記者会見を行い、万全の対策を講じることを表明 
>しました。


発生したのは明け方なのに対策本部ができたのは10時…
会見は6時間後?

馬鹿じゃねーの?


31 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:48:56 ID:w6RyMrNE0
>1月17日午前10時、国土庁長官を本部長とする非常災害対策本部を 
>設置、午後4時に村山首相は、官邸で緊急記者会見を行い、万全の対策を講じることを表明 
>しました。


おせーんだよ、ものすごく。
なにが「緊急」だよw
笑わせんな。



44 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:50:06 ID:/bT1rSPl0
じゃ、自衛隊は何の責任も無いじゃないか。
それをちゃんと書けっつってるんだよ。
コイツ馬鹿杉。


47 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 12:50:24 ID:XqcYZGRo0
自衛隊が動けないのは、政治家の責任だと
まだ判ってないのか?もう代議士辞めろよ。


53 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:50:54 ID:T7Od2tpF0
>>1

社民党の対応の遅れについて、
まったく考えて居ないで、
自衛隊の災害復興が遅れたことを、
あれだけ批判してたのは忘れたのか?


66 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 12:52:18 ID:nMq6q+bG0
じゃあなんで自衛隊批判したの?って話だよな

71 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:52:29 ID:053vfHf/0
自衛隊派遣が遅れたの非難していたのに
何とか話をそらそうと必死だなぁ


73 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:52:47 ID:ixHzgrf20
緊急記者会見やったから何?
何いいたいのこのおばさん?訳ワカンネ
それで首相の責任は果たしたとでも?
そのうち日本語は難しいとか言いそうだな


74 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:52:47 ID:5UsNh/rl0
>>1

これじゃあ、自衛隊の出動が遅れたことを非難したことの言い訳にはならないよ
素直に自分の非を認めたらどうか?


103 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 12:55:17 ID:+rf1d1un0
>午後4時に村山首相は、官邸で緊急記者会見を行い


ほうほう、10時間も後に会見な。
で、それは責めないのか。身内だから

本当にクソだな、この女


121 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:57:16 ID:wXr3BwfC0
>>1

何いってんの、このバカ女。
自衛隊は文民統制なんだから、官邸が迅速に動けなかったら
自衛隊も迅速に動けないのは当然じゃん。
文民統制無視して勝手に動けとでもいうのか。


132 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:58:19 ID:OqVLG3Dv0
精一杯、法のもとにできる限りのことを行い、がんがった自衛隊を罵倒して、
見通しが甘すぎて、初動に失敗し、結果対応が遅れまくった村山を擁護するのか
さすが厚顔


138 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:59:14 ID:Y9/P6Rpo0
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/9881/sinsai.htm

05:46 地震発生
07:30 村山総理に一報
08:45 村山「万全の対策を講ずる」とコメントを発表。
09:18 村山、廊下で記者に「やあ、大変だなあ」、視察はしないのかとの質問に「もう少し状況を見てから」とコメント。
10:00 村山、月例経済報告終了後廊下で、記者の「北海道や東北と違い今回は大都市での災害だが、対策は?」との質問に「そう?」とコメント。

10:15 中部方面総監部、自衛隊災害派遣出動命令(村山の指示で3000人限定。到着は2300人)

11:00 村山総理、「二十一世紀地球環境懇話会」出席。「環境問題は国政の最重要課題の一つとして全力で取り組んでいく」と発言。

11:15 非常対策本部設置(本部長・国土庁長官の小沢潔)
11:30 非常対策本部第1回会議

12:00 新党さきがけ高見裕一、現地から官邸に電話。自衛隊増員要請するも、村山「高見は大げさだ」と冷笑
12:00 政府与党連絡会議中、五十嵐官房長官が村山に「死者203人」と報告。村山「え!?」と驚愕。
14:07 村山総理、定例勉強会出席




141 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:59:19 ID:VoEMCbdK0
村山首相は、緊急会見などよりも、情勢の把握と、対処をするべきでしょう!

147 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 12:59:51 ID:YkzVJqDd0
自衛隊は当時の政府判断を無視して独自に救助活動を行うべきだったとでも言いたいのか?

167 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:01:30 ID:BJmdIcqe0
午前10時設置して午後4時「緊急」会見?
アホか。ブッシュでさえ9.11の時は3時間以内に会見しとったわ。


186 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:03:12 ID:quuIx1UW0
災害発生から10時間後の「緊急」記者会見で救える命がある。

・・・とでもおっしゃりたいのでしょうかねw


202 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:04:51 ID:nIeQ/4D10
だからトップから命令がなかったので動けなかった自衛隊をねぎらえ
つか、事実誤認にもとづいて非難したわけで、自衛隊にわびろ


212 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:05:53 ID:xNxuw+WC0
当時救出に当たっていた全ての人、震災で亡くなった全ての人に対して謝れよまじで・・・
怒りとか通り越して悲しくなってくるなこれ


215 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:06:10 ID:FwxJU5vW0
海外からの支援の打診も断ってたよね。
明らかにあの対応は間違ってたんだから、素直に謝罪して欲しかったな。


230 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:07:36 ID:XE4KlBmu0
情報が足りなくて内閣や自治体が動けなかった?

自衛隊を出して現場を把握させればよかっただけじゃないの??


244 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:08:59 ID:qE8AqYwI0
いまさら、どんな言い訳をしても馬鹿をさらけ出したことに変わりはない。
自衛隊憎さに大勢の人を殺した村山と同じだ。
どんな法律より人命を優先して考えることができないやつはクソだ。


251 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:09:58 ID:webGdR9b0
>>1

反対、批判、中傷の材料探しだけに脳を使ってる連中は守勢に回ると
見苦しいことこの上ないな。


294 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:13:35 ID:hvBABrXM0
自衛隊は悪いっていう結論ありきで文章書いたおかげでこんな醜態晒すわけだな。
思想ってやつは怖いね。


317 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:15:51 ID:COpx3TD80
前回の自衛隊批判に対する撤回じゃなくて当時村山のフォローじゃねえか
たくさんのご意見はまったくスルーってことか
わけわかんねーコイツ



348 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:18:41 ID:KlUgWv9b0
あの時必要とされたのは緊急会見じゃなくて出動命令だろうが!!
国民の生命をなんだと思ってるんだよ!!


376 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:20:17 ID:iB/pn8FE0
元記事と釈明が噛み合ってないんですが。
自衛隊が動くのが遅れた責任がどこにあるのかは理解したのか?


379 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:20:35 ID:9PmLkBiX0
会見が日本国民の命より重かったという主張ですね

393 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:22:02 ID:fh8em6wx0
だれもが未曾有の災害に対して、十分な判断や迅速な行動がなしえなかった


ちなみに誰もがと言うが、自衛隊は地震後4分で偵察ヘリを出し、
救援部隊の編成を始めている
1時間もあれば救助に向えた筈なんだよ、誰かが命令出せば


415 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:23:46 ID:R4tjbhRZ0
そのうち「命令される前に対応しない自衛隊と米軍が悪い」とか言い出しかねないな。

437 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:25:34 ID:qE8AqYwI0
自衛隊はとっくにスタンバイして歯軋りしながら待っていたのに。
社会党でなかったら何百人も助かったことは間違いない。


457 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:27:24 ID:iB/pn8FE0
前回の自衛隊批判は不適切でした、の一言がなぜ言えない


492 名前:名無しさん@七周年[sage] 投稿日:2007/01/25(木) 13:30:08 ID:RUO2I4tL0
弁解終始で、自衛隊への謝罪は無し

542 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:34:09 ID:X3MEtrF00
非を認めて「ごめんなさい」って言えないの?

550 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/01/25(木) 13:34:58 ID:qCmVI8iv0
>>542
「ごめんなさい」が言えるまともな人は社民党に所属したりしません。

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ソーミン・チャンプルーの極意

2007-01-25 07:15:12 | 食文化

納豆には何の罪もないのだが・・・。

テレビの誇大宣伝の為納豆業者は大迷惑だと聞く。

沖縄では最近でこそ納豆が日常の食卓に馴染むようになった。

その結果スーパーでは欠かせない食べ物になったが、米軍占領下の沖縄では納豆はなじみのない食品だった。

その一方最近では沖縄発の沖縄独特の食べ物が全国区になった例も多い。

ゴーヤーちゃんぷるーなどは今では説明なしでわかる人も多いだろう。

沖縄の居酒屋では沖縄料理、特にちゃんぷるー料理を欠かしてはやっていけない。

試しに先日新年会をした居酒屋のメニューの沖縄料理を覗いてみた。

豆富ちゃんぷる 580円 (豆腐)

ゴーヤーちゃんぷる 580円 
 
ソーメンちゃんぷる 450円 
 
フーちゃんぷる 580円 (麩)
 
チキナーちゃんぷる 580円 (からし菜)

堂々とちゃんぷる料理が4品覇を競っているがこの他にも「まーみなー(もやし)ちゃんぷる」をメニューに入れているところもある。

ただし「豆腐ちゃんぷる」と「まーみなちゃんぷる」では区別がつきにくいという人もいる。

両者とも豆腐ともやしの炒め物だが、その量の多さで「豆腐ちゃんぷる」になったり「まーみなちゃんぷる」になるとこが如何にも沖縄らしい。

沖縄で「ソーミン・ちゃんぷる」として親しまれているソーミンは勿論そうめん(素麺)の沖縄訛り。

沖縄の日本復帰以前は「ソーミン」は沖縄語で、それを大和口(標準語)で言うと「ひやむぎ」だと思う人が多かった。 

物の本によると、そうめん(素麺)は、小麦粉を原料とした乾麺のひとつで、日本農林規格(JAS規格)によれば、機械麺の場合、素麺の麺の太さは直径1.3mm未満とされている。

ちなみに直径1.3mm以上~1.7mm未満は冷や麦、1.7mm以上はうどんと分類される。

ひやむぎはそうめんと違い、西日本一帯では知名度が低いとも言われている。

今でも沖縄ではひやむぎという言葉は殆ど聞かない。

夏でも「ひやむぎ」ではなく「冷ぞうめん」が主流だ。

                    ◇

そうめん料理といえば夏場の冷ぞうめんも旨いが、一年を通してはなんといっても「ソーミン・ちゃんぷる」。

誰でも簡単に作れるが本当に美味しい「ソーミン・ちゃんぷる」となるとその奥義は深い。

たかが「ソーミン・ちゃんぷる」、されど「ソーミン・ちゃんぷる」。

友人の一人にその奥義を窮めた男がいた。

以下はプライベイト・サイトに発表した門外不出の秘伝の転載。

≪『Date:  2007年1月23日(火) 午後8時11分
Subject:  ソーミン・チャンプルー調理の極意

前に酒を飲みながらソーミン・チャンプルーを造るのは難しいという話をしたことがある。

麺が団子状になりとてもソーミン・チャンプルーとは言えない代物ができる。

たまたま合奏団の新年会で、団員の旦那がソーミン・チャンプルーを造って出してくれた。美味しかったので造り方を伝授してもらった。

彼の秘伝は、茹でたソーメンをざるにあけすぐ塩を振り、油を掛けて箸で解すというものであった。

この方法だと確かに美味しいソーメン・チャンプルーが出来る。

だが、ざるに空けてから油をまぶすと大匙3杯分ぐらいの油が必要であり、食べたときに脂っこさがどうしても気になる。

次に油をまぶした麺を具に絡めるのであるが弱火にかけた具の入った鍋に麺を移し弱火のまま麺に具を絡めるというものである。

麺を改めて具といためるわけではなく、麺に具を絡めたら火からおろして出来上がりである。

色々試した結果、この方法には幾つか問題があるというのが分かった。その問題とは、

1.麺をざるに空けた瞬間にざるのそこの麺は、塊になってくっついてしまう。油を塗しても固まりは解けない。

2.麺を解す油が大量に必要。約大匙3杯分の量が必要である。それでも十分解すことは困難である。

3.弱火にかけた具入り鍋に麺を移すとすぐなべ底に麺がくっついてしまう。

そこで幾つか改善を試みてみた。うまくいったので其の方法を皆さんに伝授する。試してみるかどうかは皆さんに任せる。

具の材料:適当な野菜;ナス、根菜以外であれば好みで使用できる。今日は、ニラ、ブロッコリー、キャベツを使った。

     トウーナー缶小

調味料:醤油、塩、味の素

主材料:ソーメン、サラダオイル

調理法;1.具を油でいためる、味付けをしておく。

    2.麺を茹でる。

ここからが肝心である。沸騰した湯に面を入れ、箸でくっつかないように解す。

麺を入れると湯の温度がおちるが、20~30秒ぐらいで麺が湧き上がってくるので直ぐ箸で麺を摘まみ茹で具合を確かめる。少々芯が残っているのがよい。

麺が浮き上がってきたら、油を小匙1杯分沸騰している湯に注ぐ。

沸騰している湯の中で麺は上下に回転しているので、30秒もすれば油が麺の表面に行き渡る。

ざるに空け、水気を切る。適当な大きさのボールに麺を移し、適当に塩を振る。沸騰水に麺を入れてからボールに麺を移すまで約2分。ボールに移したら箸で麺の解れ具合を確かめる。

麺の表面に薄い油膜が十分に行き渡っているので、麺が1本ずついとも簡単にほぐれるはずである。念のため箸で麺をよく解しておく。

    3.火から下ろした具の鍋に麺を移し具を絡める。これで出来上がり。具を絡めるときに鍋を暖めない。

注意:1.と2.の仕上がりを同時に仕上がるように手順を決めておくとうまくいく。

余談であるが、例年中元や歳暮としてソーメンが5,6箱仏壇に供えられる。今まで処分に困っていたが、これで何とか供えてくれた人に対して不義理をしないでも済みそうである。≫

この門外不出の秘伝で作る「ソーミン・チャンプルー」はきっと絶品だろう。                                             

だが、・・・よせばいいのにY君の「ソーミン・チャンプルー調理の極意」に疑問を呈し質問をしてしまった。

それが同君の「ソーミン・ウンチク」に火をつける結果となった。

因みにY君、大学時代は化学を専攻し、現役時代は外資系石油会社の試験室長を務めていた。

正に火に油を注ぐとはこのことだった。

               *

≪Y君

「ソーミン・チャンプルーの極意」ありがたく拝読しました。

機会があれば試してみようと思うのだが,・・・

一つ質問が、

茹で上げたソーミンがくっついてしまう前に、前以って油でいためてある具にそのまま混ぜてしまえば、ヒト手間省けて麺に油をまぶせられるのでは?(これはあくまで料理をしない男の机上の空論?だが)

つまり茹で上げてざるに入れ油をまぶす間に団子状態になるわけだから直接具の鍋に入れるということ。

質問ついでに、

★「ソーミン・プットゥルー」は「ソーミン・チャンプルー」の失敗作の別称なのか、

それともそれ自体立派な料理なのか。

「ソーミン・イリチャー」という料理はあるのか。

うーん、いや、ソーミン料理は奥深い!

狼魔人≫


                 * 
 
≪Date:  2007年1月24日(水) 午後2時03分
Subject:  RE: [MACS] Re: ソーミン・チャンプルー調理の極意


早速の講読有難うございます。

 さてご指摘の件について試行錯誤の結果を報告します。

茹で上げた麺を直接具の入った鍋に移して具をいためた油を麺に絡ませ一手間省く方法であるが、これにも問題が有る。

 1.具をいためた油は、具に吸収されまたその殆んどは具の表面に付着し、自由な油は、殆んど残っていない。

2.茹で上がった麺を麺スクイですくい上げると、麺は本来非常に水切れがいいのでざるに空けたときと同様に麺スクイの底の部分の麺は、やはり団子になる。

 

 伝授を受けた方法では、1.の油不足を補うためにソーメンをざるに空け、水切りをし、ボールに移して油を掛けまぶすということになっている。

 茹で上がった麺を蕎麦同様に麺スクイですくい上げてもソーメンの場合は水切れが早いので団子になることを避けることは出来ない。

麺スクイまたはざるに空ける方法で底の部分が団子になるのは麺は水切れが蕎麦より早く上の麺の重量により団子になるのである。

麺をすくい上げて1~2秒で既に団子状になっている。30秒も置くと全体が団子になる。扱いにくい代物である。

 僕の極意の方法では、1.で足りない油を、ざるに空けた麺に大量の油を掛け絡めることを避けることと2.の団子になることを避けることを目的としている。

 ”麺を茹でているときに沸騰水に小匙1敗の油をたらす。”これには元油屋としての経験を基にした考察が加わっている。

 
 余談であるが、茹でるという調理方法はパスタ類に共通した調理法である。

パスタの代表として日常的に我々が接するのは、蕎麦、ソーメン、スパゲッティーである。  

  その形状と材質から水切れは、ソーメンが一番早く其の次が蕎麦かスパゲッティーかというところである。

ソーメンとスパゲッティーは、小麦粉、蕎麦はそば粉である。

ソーメンやスパゲッティーを茹でると表面のデンプンが変質しねばねばしたデンプンに変わる。冷麦ではこの粘粘を落とすために冷水ですばやく洗い、スパゲッティーではオリーブオイルを塗すという方法をとる。

 形状は蕎麦が矩形でスパゲティーが円形でその茹で上がりの太さは、この両者は大同小異である。

一方ソーメンは円形でその茹で上がりは、前両者より細い。

何が言いたいかというと、一人前のパスタの体積が同じである場合、表面積は径が細いほど大きいということである。 

 茹で上がった段階でスパゲッティーにも大量のオリーブオイルを掛けるが、それより細いソーメンには、スパゲッティーの2倍ぐらいの油が必要になる。これでは”★アンダクェーボージャーになること必定。

 如何にして少量の油で大きな面積を被覆するか。

そこでひらめいたのが過去の経験である。

2,3滴の油が海面に落ちたら1~2平方mに簡単に広がってしまう。油が海面に落ちたら公害といって騒がれたが、鍋の中ではこの物理現象が非常に有益である。

 油は、表面張力が小さいので水の上では大きく広がる性質があるが、乾いたソーメンの上では広がらない。

乾いたソーメンの上では広がらないので無理やり油を広げるために油が油の上を流れる状況を作ってやる必要がある。それで大量の油が必要になってくるのだ。

 乾いたソーメンの上で広がらないのであればソーメンの表面がぬれている間に油をまぶせばいいと考えたわけである。

幸いなことに、沸騰している鍋の中では、麺が上下に回転しているので麺は、必ず表面を通過し冷えてなべ底へと沈んでいく。

これが短時間に何回も繰り返されるので、水より親和性のあるソーメンの表面に油が簡単にいきわたることになる。以上、

 
 ★ソーメン・プットゥルーは、ソーメン・チャンプルーの出来損ないか、定かでない。定番料理として出てこないのでソーメン・チャンプルーの出来損ないを揶揄したものではないか。ソーメン・イリチーは、聞いたことが無い。これについては、いずれ又の機会にしたい。

  Y ≫

これで「ソーミン・チャンプルー」の実技と理論は飲み込めたと思う。

ソーミンはその性質上、他の麺類に比べて茹で易く逆にそれが仇となって表面の粘りと相まって一寸気を許すと団子状になってしまう。

ソーミン・チャンプルーの極意は麺の団子化との戦いであった。

その点「冷ソーミン」は水に漬かっているので団子化は避けられる。

突然話が変るが、サッカー初心者の子供たちの試合を見ていると敵も見方もボールを奪い合って団子状になるのが常。

指導者はいかに選手同志の距離をとりパスでつなぐか、つまり団子状化を避けるかが直面する問題である。

元石油関連技術者のY君、ソーミンの団子状化防止の極意を昔悩ませられた「石油公害」に見出した。

大海の石油一滴は公害になるが、鍋の油一滴は「ソーミン・チャンプル」の極意につながった。

うーん、やはり、「ソーミン・チャンプルー」の奥義は深い!

 

★狼魔人注:「アンダクェーボージャー」「油食い坊主」と書き、沖縄の伝説上の盗賊で油が好物だった。

★注:「ソーミン・プットゥルー」、プットゥルーとはポテーとした語感から団子状になったものを意味するとこから「ソーミン・チャンプルー」がくっついて団子状になったもの。

【追記】9:08

昔は体も髪も同じ石鹸で洗っていた。

シャンプーやリンスが一般化され始めたのはそんなに遠い昔の話ではない。

未だリンスが普及する前の話。

石鹸で髪を洗うと汚れと共に油分が 取れてしまい、髪が縺れて櫛が通りににくくなり、場合によっては団子状になってしまうことがあった。

そんな時、髪油を使えば良いのだが油がべとつく難点がある。

そこで簡易リンス(すすぎ剤)として洗面器の水に数滴の油をたらし、これで洗髪後の髪をすすげば薄い油膜が髪の表面を包み一種のリンス効果を得た。

昔の女性はこれによって髪の縺れや団子化を防止した。

結局Y君の「ソーミン・チャンプルーの極意」は「簡易リンス」と相共通するものがある。

 

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「集団自決」 沖縄の声を騙る被告らの自滅 【追記・動画】 

2007-01-24 10:24:28 | ★集団自決

沖縄集団自決冤罪訴訟第7回口頭弁論が1月19日、大阪地裁で行われた。

この裁判は沖縄戦時の慶良間列島で起きた住民の「集団自決」をめぐり、命令を出したという記述で名誉を傷つけられているとして、当時の戦隊長らが作家の大江健三郎氏や著作出版元の岩波書店に損害賠償などを求めている。

沖縄集団自決冤罪訴訟第7回口頭弁論(1月19日)原告準備書面(6)の要旨をお送りします。

もとの準備書面は今回も51ページに及ぶ膨大なものです。
(略)
ここに紹介する準備書面要旨は、徳永弁護士が法廷で読み上げたもの、ほぼそのままです。(南木隆治)
(沖縄集団自決免罪訴訟を支援する会)http://blog.zaq.ne.jp/osjes/article/18/
 
                    ◇
 



 ~ 沖縄の声を騙る被告らの自滅 ~       
「そこにあるのは愛であった。」(渡嘉敷戦跡碑文より)
          弁護士 徳永信一       

1  赤松命令説を全面削除した家永三郎著「太平洋戦争」

本日提出した原告準備書面(6)は、まず本件訴訟の対象としている「太平洋戦争」を取り上げています。これまでも指摘してきたように「太平洋戦争」は、昭和61年発行の第2版から、それまであった渡嘉敷島における集団自決が赤松隊長の命令によるものであるとした赤松命令説を完全に削除しています。その当時、家永三郎が、原告となった第3次家永教科書裁判が係属中でした。それは、沖縄の集団自決の真相が争点の一つとなった訴訟であり、その係属中に、家永三郎自身が、その著書である「太平洋戦争」から赤松命令説を全面削除した事実は、曽野綾子氏の「ある神話の背景」が出版されたことによって、日本軍の沖縄戦を厳しく批判する家永三郎氏でさえ、それが考証に耐え得ない虚偽であることを認めたものに他ならないのです。

2  渡嘉敷戦跡碑文「そこにあったのは愛であった」 
 
今回新たに提出した渡嘉敷村の郷土資料「わたしたちの渡嘉敷」は、渡嘉敷村の小学校6年生に郷土史を教える教材として渡嘉敷村教育委員会が編纂したものです。そこには、昭和54年に集団自決の現場に立てられた戦跡碑の碑文が掲載されています。碑文は曽野綾子氏が村の依頼を受けて書いたものでした。それは集団自決の現場を訪れたものにその真相をこう教えています。「… 豪雨の中を米軍の攻撃に追いつめられた島の住民たちは、恩納河原ほか数カ所に集結したが、翌27日敵の手に掛かるよりは自らの手で自決する道を選んだ。一家は或いは、車座になって手榴弾を抜き或いは力ある父や兄が弱い母や妹の生命を断った。そこにあるのは愛であった。…」 集団自決という渡嘉敷村の凄惨な歴史は、命令によって強制されたものではなく、愛によって選択されたものだったのです。また、その傍らには上原正稔氏の文章を掲載したプレートが設置されています。上原正稔氏は、自らの取材の過程において、集団自決の真相が、軍隊からの自決命令ではないことを知り、根拠のない風説をもって赤松・梅澤両隊長を非難してきた沖縄のマスコミに対し、真実に謙虚となることを主張し、その過程を琉球新報に連載した「沖縄ショーダウン」に綴った沖縄のジャーナリストでした。被告らは、「赤松さんは人間の鏡だ」という村民の声を拾い上げた上原正稔氏を、日本軍側の取材だけで事実を歪めたかのような的外れな批判を行い、今なお真実を訴えるその声に耳を貸そうとしません。そして勝手に「沖縄の声」を騙り、真実を封印しようと躍起なのです真実の「沖縄の声」がそして「渡嘉敷の声」がどこにあるかを知りたければ、渡嘉敷島に集団自決の現場を訪ねるがよい。そして、そこに立つ戦跡碑の前にたたずみ、沖縄の潮騒に耳を澄ませば聞こえてくるはずです。           

3 「太平洋戦争」に残された梅澤命令説
  

「太平洋戦争」は、しかし、第2版以降も、座間味島での集団自決が梅澤隊長の命令によるものだとした記述を変えませんでした。宮城初枝氏の告白、即ち、座間味島の集団自決を命じたのは梅澤隊長ではない、梅澤隊長は、玉砕命令を求めて会いに行った村の幹部に対し、これを断って帰したのでした。忠魂碑前での玉砕は、帰村途上、宮里盛秀助役ら村の幹部から発せられ農協職員であった宮平恵達氏に伝令を指示したものでした。その真相の告白は、梅澤命令説の虚構性を一点の曇りもなく証明することになりましたが、その告白の全貌が公表されたのは、宮城初枝氏がその戦争体験を綴った手記「とっておきの体験記」を託された娘の宮城晴美氏の著作「母が遺したもの」を待たねばなりませんでした。平成12年のことでした。「太平洋戦争」第2版が昭和61年に発行されたものであることからすれば、そこに梅澤命令説の記述が残されたこともやむをえないとする余地が全くないわけではありません。しかし、家永三郎氏の死後、宮城初枝氏の告白が公表され、事件の真相が明らかになった以上、「太平洋戦争」の誤った記述を改めないままその販売を続け、梅澤氏を苦しめ続ける岩波書店の行為が許されないものであることは明らかです。被告らが、いまもなお、忠魂碑前集合玉砕命令の存在をもって梅澤命令説を押し通そうとする不実な姿勢は率直に言ってわたしたちの理解を超えるものです。これまで裁判所に提出された証拠は、宮里盛秀から玉砕命令あることを聞いたとする宮里盛永の「自叙伝」をはじめ、宮村幸延の「証言」と神戸新聞のコメント、本田靖春氏の「第1戦隊長の証言」、そして本日提出した「沖縄の証言(上)」に掲載された宮里恵美子氏の証言(それは、宮城初枝氏の告白のとおり、宮平恵達が忠魂日前の集合と玉砕を伝えて回ったというものです。)も含め、すべて宮城初枝氏の告白と符号するものであり、その真実性はますます強固なものとなっています。他方、被告らは、この宮城初枝氏の告白を覆すにたる何らの証拠も提示しえていないことを、今ここで確認しておきたいと思います。

3 「沖縄ノート」の過剰な人格非難 
  

原告準備書面(6)は、続いて被告である大江健三郎氏の「沖縄ノート」の記述が、赤松隊長と梅澤隊長に対する過剰かつ執拗な人格非難を浴びせる究極の人身攻撃であることを論証しています。「沖縄ノート」は、渡嘉敷島、座間味島にあった軍隊の責任者である赤松・梅澤隊長が《部隊は、これから米軍を迎えうち、長期戦に入る。したがって住民は、部隊の行動を妨げないために、また食糧を部隊に提供するため、いさぎよく自決せよ》という誠に無慈悲な命令を下しながら、自らは生き延びて、一般市民に埋没して生活し、いまだ沖縄に向けたなんらのあがないもしていないとの非難を浴びせています。続いて、曽野綾子氏をして「神の視点にたって人の罪を裁く人間の立場を超えたリンチ」であるとの痛切な批判をいわしめた「あまりに巨きい罪の巨塊」という表現、そして赤松隊長を「屠殺者」に譬え、ホロコーストの責任者として絞首刑になった「アイヒマンと同じく沖縄法廷で裁かれるべきだったであろう」という究極の人格非難を、後にノーベル賞まで受賞するその文章力を駆使して執拗に繰り返しているのです被告らは、これらの記述を「日本人全体のあり方を論評した」ものであり、「集団自決の責任者個人を非難しているものではない」と言い訳しているのですが、呆れた詭弁とはこのようなものをいうのでしょう。

4 柳美里著「石に泳ぐ魚」事件に提出された大江意見書の忠告 

大江健三郎氏は、柳美里氏の小説「石に泳ぐ魚」による名誉棄損ないしプライバシー侵害が争われた別事件で裁判所に意見書を提出しています。そこには、作品を公表することによってモデルとなった人に苦痛を与える行為が、「人間の尊厳」に基づく憲法の精神に反するものであり、言論の力を貶めることになることが書かれています。そして自分自身がしてきたように(?)「なんどでも書きなおし、その代わり文学的幸福を味わう」ことを諭していました。大江健三郎氏は、その意見書で柳氏に忠告したように、直ちに、そして何度でも自らの作品を「書きなおし」虚偽の誹謗によって傷つく人をつくってはならないことを、行為をもって示すべきなのです。そして、これまで放置してきた自らの不実な言葉の責任をとって、この法廷で真実を認め、自らの文章に誤りがあり、それを放置してきたことの理由を釈明したうえ、これまで人格攻撃してきた梅澤氏や赤松隊長の遺族に謝罪し、さらには、大江氏の言葉を信じてきた多くの読者を裏切ってきたことを真摯に詫びるべきなのです。       

5 被告らの主張の破綻と玉砕   

本日、被告らが提出した証拠、例えばアメリカの公文書、援護法の認定をめぐる記事は、なんら赤松及び梅澤両隊長命令説とは関係ありません。宮村幸延氏或いは大城将保氏の陳述は、それまでの自らの言説にほうかむりする恥ずべき虚偽でした。 次回の弁論で逐一徹底的な批判を加える準備はすでに整っています。しかしながら共に提出された梅澤氏と沖縄タイムス社とのやりとりの録音に至っては、なぜこれを被告らが提出してきたのか、その分析に頭を抱えています。そこには、梅澤氏が虚偽の書き換えを最後まで要求しながらも、沖縄タイムス社が座間味村の公式見解なるものを盾にして虚偽を押し通す不実な姿勢を見せたことから、もはや新聞社としての良心に訴えても叶わぬことを悟り、 「座間味村の人たちの援護金を無くそうとは思わない。もうこれで最後にする。2度と訂正は要求しない」と述べたことが表れていました。上原正稔氏の「トップシークレット」には、米国軍人の手記に、阿嘉島の野田隊長に戦後の日本の復興のために投降を勧告した梅澤隊長の“武士道精神”を称賛する下りが紹介されていますが、録音のやりとりは、玉砕命令を拒絶した場面と同じく、その武士道精神が如何なく発揮された場面であったといえましょう。 被告らは、証拠のないまま、梅澤氏と真実を述べた勇気ある証言者たちの人格非難ばかりを繰り返しています。録音テープの提出は、その手詰まりと混乱の末に、あえて自暴自棄の玉砕を慣行したものと評するほかはありません。 
           以上

 

【追記】1月25日 18:05

【動画】

チャンネル桜
元旧軍人軍属資格臨時委員の照屋昇雄さんの証言

軍命令は創作!
http://www.youtube.com/watch?v=UdKhbN20-2Q

チャンネル桜
『集団自決』から生き残った金城武徳さんの証言

「渡嘉敷島集団自決は軍の命令!」はウソ
http://www.youtube.com/watch?v=DcSK5Q7pJV4

 




                  

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