狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

パンドラ訴訟、逆転勝訴の解説(1)

2013-07-31 06:32:43 | ★パンドラの箱訴訟

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 【動画】琉球新報vs上原正稔」の控訴審で勝訴

表現・言論の自由を叫ぶのは、通常新聞などメディア側である。 事実沖縄でもプロ市民による違法な「辺野古テント村」の場合や、普天間基地・野嵩ゲートの無法行為に対しても、沖縄2紙は「証言の自由」の発露などとしてこれを擁護してきた。

ところが昨日福岡高裁那覇支部で判決が下りた「パンドラ訴訟」では、言論の自由を主張するはずの琉球新報が、同紙に連載中のドキュメンタリー作家の原稿が、自社の方針に合わないという理由で掲載拒否をし、それに対し「言論封殺」として訴えた作家の請求を全面的に認めた。

これまで傲慢不遜にも「言論封殺」で沖縄の言論界を支配してきた琉球新報に、高裁判事が「言論封殺はまかりならん」というごく当たり前の判決を下したのだ。

つまり新聞社が個人に対して行った「言論封殺」に対し、司法が鉄槌を下したわけだ。

これまで沖縄2紙が日常茶飯事として行ってきた沖縄の言論封殺の実情を鑑みると、この高裁判決は当然の判決とはいえ、きわめて画期的な判決といわざるを得ない。

琉球新報社是

「不偏不党、報道の自由と公正を期す」を社是に掲げる琉球新報が、「言論の自由」を争う裁判で敗訴したことは、新聞社としてのプライドに泥を塗られたことになる。 

当然「高裁判決は不当判決」などと主張し、社説などで反論するのが筋だと考える。

だが、新聞社としての矜持どころか人間としての誇り、いや、恥の心さえも忘れてしまった琉球新報(元々無かった?)は、ベタ記事で読者の知る権利を握りつぶし、頬被りで押し通す魂胆らしい。

もっとも敗訴を承知で面子を保つための上告が予想される。

琉球新報は一審、二審を通じて掲載拒否の理由は「2重掲載」と「新味のない焼き直し」の二点のみに絞って戦ってきた。 上告審では事実認定はなく、二審判断の適不適を審議するのみというから、今後新たに画期的証拠でも出現しない限り二審判決の逆転は考えられない。

そもそも一審の井上直哉裁判長の判決自体が常軌を逸しており、二審判決はまともな判断力を持った裁判官なら当たり前の判決を下したに過ぎないのだ。

ゲバ学生にシンパシーを抱く井上裁判長を言論封殺魔と批判したエントリー。

裁判長は言論封殺魔、川柳で損害賠償

筆者は第二審で、原告側証人として証言台に立つ覚悟で、陳述書を法廷に提出済であった。

ところが、琉球新報側の証拠のみを全て是として採用した一審判決があまりにも酷かったので、二審ではこのデタラメ証拠を粉砕するだけで勝負はついてしまった。

したがって陳述書の提出のみで証言台に立つまでには至らなかった。

この裁判の概略を理解する上で参考になるので、提出済み陳述書を全文公開する。

なおリアルタイムで「パンドラの箱が開くとき」を読んでいた読者のブログへのコメントも参考資料とし提出した。

                   ★

陳述書 NO2   江崎 孝

第一審に続いて陳述書を提出させて頂きます。

■ 私が「パンドラの箱が開くとき」に興味を持った最大の理由

⇒慶良間の集団自決の真相が知りたかったかた

2007年当時、私は琉球新報の購読者で同紙夕刊に連載中の沖縄戦記「パンドラの箱を開けるとき」を愛読しておりました。

当時私と著者の上原正稔さんとは作家と一読者の関係に過ぎず、面識もなければ電話などで連絡を取り合ったことも有りませんでした。

私が「パンドラの箱」に興味を持った理由は、2005年から始まった「大江・岩波集団自決訴訟」に興味を持っていたからです。 当時係争中であった同裁判の最大の争点が、沖縄戦で起きた慶良間島集団自決における軍命の有無であったことが、私が「パンドラの箱を開くとき」に興味を持った最大の理由でした、私の友人たちも皆同じ理由で同連載を読んでいたと記憶しています。

折りしも同じ2007年の3月に、高校歴史教科書の「沖縄戦集団自決は軍命による」という記述を削除せよとの文科省検定意見が出て、琉球新報はこれに反発する大キャンペーンを張り「集団自決は軍命による」という検定意見とは逆の趣旨の記事が連日琉球新報の紙面を飾っていました。

学者でもなければ沖縄戦の研究家でもない一読者の私が沖縄戦「パンドラの箱をあけるとき」に興味を持った本当の理由は「慶良間島集団自決」に軍命が有ったか否かの一点に尽きました。それは若い頃読んだ沖縄タイムス刊の「鉄の暴風」の影響で、係争中の大江・岩波集団自決訴訟の「軍命論争」に個人的に興味を持っていたからです。

そして2007年6月15日の記事で、来週から「慶良間で何がおきたか」が始まるとの予告を見て、愈々地元の沖縄戦研究家が慶良間島で起きた集団自決に軍命が有ったか否かの真相に迫るものと期待に胸を弾ませたことを今でも鮮明に覚えています。

■小山裕士さんも注目していた。

私と同じように「慶良間で何がおきたか」に興味を持っている人物がいました。当時私が愛読していたブログの管理人で産経新聞の那覇支局長をしていた小山裕士さんです。小山さんは2007年6月17日のブログ「今夜も、さーふーふー」にはこう書いています。
<「パンドラの箱を開ける時」 2007/06/17 13:49
琉球新報の夕刊で火曜から土曜にかけての連載です。
第1話「みんないなくなった 伊江島戦」が昨日で終了。
19日付からは第2話「慶良間で何が起きたのか」が始まります。
「集団自決」をテーマにしたもので、作者の上原正稔氏は圧力に屈することなく執筆すると話していました。注目しています。> 

つまり当時琉球新報に連載中の「パンドラの箱を明けるとき」の読者のほとんどが、第2章「慶良間に何が起きたか」を、この連載企画の最大の目玉として息を呑んで待っていた事になります。 読者の興味は正に当時琉球新報が連日キャンペーンを張っていた慶良間島の集団自決の「軍命論争」に凝縮されていたのです。 この点は小山さんのブログのコメント欄に書き込んでいる多くの読者のコメントを見れば一目瞭然です。

ところが掲載予定日6月19日になって、読者に何の断りもなく同記事が休載していことを知り、琉球新報に問い合わせの電話を入れましたが、驚いたことに対応した記者自身が休載の事実を知りませんでした。 いつから再開されるかの問いにまともに答えることができないほど対応した社員が動揺していたことは前回の陳述書に記したとおりです。  「慶良間で何がおきたか」が予定日に掲載されなかったことを知り、私は産経新聞の小山さんが懸念した通り、上原正稔さんもまた琉球新報の圧力に負けたものと考え「上原正稔よ、お前も琉球新報の圧力に負けたのか」と胸中に怒りを覚えたことは前回の陳述書で述べたとおりです。

■休載後の小山さんの感想

「慶良間で何が起きたか」が休載した翌日6月20日の小山さんのブログには、「昨日から第2話「慶良間島で何が起こったか」が始まるはずでしたが、なぜか突然休止になってしまいました。想像すれば、沖縄で現在展開されている運動に水をかけることになる内容になるためかと思います」と、私と全く同じ心境が記載されており、同ブログのコメント欄には同じ心境の数多くの読者がコメントを残しています。(添付資料参照)
 小山さんは翌21日のブログで「主張がどうあれ、紙価を高める質の高い連載だけに残念です」と書いて休載の異常さを訴えています。

「パンドラの箱が開くとき」は約3ヶ月の空白の後、10月になって突然突然再開されましたが、読者が最も期待して待っていた第2章「慶良間に何がおきたか」は、予告までしたにも拘らず、何の説明もないまま省略されておりました。

■ 掲載再開後の小山さんの感想


10月になって突然連載が再開されたのを見た小山さんは、10月17日のブログで「新報の夕刊で連載されていた。・・・ただし、事前の予告では次は『慶良間で何が起こったか』を明らかにするとしており、集団自決の真実を白日の下にさらすとおっしゃられていたのですが、再開した第2話のタイトルは「軍政府チームは何をしたか」となっている」と記述し、予告とおり書かれていないことに疑問を呈しています。(添付資料参照) 

私も小山さんと同じく連載の目玉とも言える肝心の部分を欠落したままで終わるはずはないと考え、そのうち掲載されると期待しながら読み続けました。

しかし、結局、「パンドラの箱を開くとき」は、翌年の170回(筆者注;実際は180回)で、第2章「慶良間で何が起きたか」は欠落したまま最終回を迎えてしまいました。

 

■読者は知らなかった本当の最終回

後になって知ったのですが、この連載の最終回は実は171(実際は181回)であり、それが再度削除されていたと知り「やっぱり言論封殺だったのか」と考えました。 というのは、そこには前に削除された本連載の最重要部分の「慶良間で何が起きたか」が書かれており、これも削除の理由だと感じたからです。 つまり当初考えたとおり「集団自決の軍命の有無」が掲載削除の大きな理由だと考えたのです。

合計171回(181回に)も及ぶ長期連載記事の中で削除されたのは2回で、そのいずれもが「集団自決の真相」が記述されていることを知り、これは琉球新報の言論封殺だと確信したのです。

■まとめ

最後に私が「言論封殺」だと考えた理由を、整理しておきます。

1)最初の削除が行われた時期が、2007年3月の歴史教科書検定意見で「慶良間の集団自決は軍命による」という記述の削除が命じられたことに対し琉球新報が反発し、「軍命はあった」という大キャンペーンを行っている最中であり、軍命論争で世の中が騒然としていたこと。

2)約170回(180回)にも及ぶ長期連載であるにも関わらず、読者が一番興味を持っていた「慶良間で何がおきたか」(軍命の有無)の部分だけが狙い撃ちするように削除されたこと。

3)第2章「慶良間に何がおきたか」は掲載を予告しておきながら読者に説明のないまま削除され、しかも最終章までこの最重要部分は削除されたまま連載を終了したこと。

3)19月の再開時に、「慶良間で何が起きた」は欠落したままで、これに対する説明がなかったこと。

4)読者が知らないまま削除された最終回が有り、そこに「慶良間で何が起きたか」に相当する「軍命の有無が明確に書かれていたと知ったこと。

後で知ったことですが、削除された171回(181回)の最終章は、私が知りたかった慶良間島の軍命の有無について上原さんが独自の資料を駆使し「軍命はなかった」と結論を出しており、最後に引用された渡嘉敷島の戦隊長・赤松嘉次さんの手紙と共に読者が一番知りたかった事実が見事に論証されています。

この最重要部分の171回(最終章)を欠いた「パンドラの箱を開くとき」は、画竜点睛を欠いたまま最終回を迎えるという極めて不自然な終わり方で、読者の期待を裏切ったことになります。小山さんもブログのコメント欄で「主張がどうあれ、紙価を高める質の高い連載だけに残念です」と琉球新報の不自然な削除を残念がっていました。

これらの事実から私は琉球新報が言論封殺という卑劣な手段で読者の知る権利を奪ったと確信し証人になる覚悟をした次第です。

           (完)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

添付資料

小山裕士さんの関連ブログと読者のコメント

■パンドラの箱を開ける時」 2007/06/17 13:49
http://koyamay.iza.ne.jp/blog/entry/198809/#cmt

琉球新報の夕刊で火曜から土曜にかけての連載です。
第1話「みんないなくなった 伊江島戦」が昨日で終了。
19日付からは第2話「慶良間で何が起きたのか」が始まります。
「集団自決」をテーマにしたもので、作者の上原正稔氏は圧力に屈することなく執筆すると話していました。
注目しています。

(以下はコメント欄)

Commented bytaezaki160925 さん

「パンドラの箱」は掲載紙によって閉じられましたね。

このまま封印するつもりでしょうか。

そうだとしたら、沖縄のメディアは大政翼賛会か、言論談合を平気で行う恥知らずですね。

ジャーナリストの良識は沖縄では死語なのでしょうか。

2007/06/20 11:06

Commented by小山裕士 さん 

今、出張から帰ってきました、「休載します」とのおことわりもありません。何があったのか?

2007/06/20 13:30 Commented bytaezaki160925 さん

出張でしたか。


新報に問い合わせたら「調整中」とのことでした。

まさか記事内容の「調整中」ではないでしょうね。

19日付け朝刊から林博史教授の「沖縄戦」が特集で連載を始めました。

上原さんの記事との差し替えでは?と思うのはゲスの勘ぐりでしょうか。

問い合わせの詳細は拙ブログに「狼魔人日記」
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925
に記しました。

2007/06/20 13:35 Commented by小山裕士 さん

想像通りのことが起こったようです

■「パンドラ」はこのまま封印されるのか? 2007/06/20 13:31
http://koyamay.iza.ne.jp/blog/entry/201455/#cmt

琉球新報の夕刊で連載されていた、上原正稔著「パンドラの箱を開ける時 沖縄戦の記録」。
昨日から第2話「慶良間島で何が起こったか」が始まるはずでしたが、なぜか突然休止になってしまいました。
想像すれば、沖縄で現在展開されている運動に水をかけることになる内容になるためかと思います。
上原さんと先ほどお話をしましたが、沖縄にとって苦い内容のことに口をつぐむことが長い目で見て、いいことなのか、疑問を感じます。
何より、読者に対して何の説明もないことはおかしいです。
物言えばくちびるさみし…。

(以下はコメント欄)

2007/06/20 14:25 Commented byyasuda さん

小山さんがブログで「パンドラの箱」の予告をしたのが遠因かもしれませんよ。

それにしても予告していた掲載を差し替える程の圧力とは相当なものですね。社内政治の実体を匿名でいいからネットに書き込む人がいたら良いのに。

2007/06/20 15:18 Commented bystarbeast さん

>物言えばくちびるさみし…。

これでは戦前の日本そのものではないのでしょうか?そのことを沖縄のメディアは自覚しているのでしょうか?
「都合の良いことであれ悪いことであれ、伝えるべき事は何を置いても伝えることこそ“メディアの存在理由”」だと思うのですけどね。

2007/06/20 17:06 Commented by小山裕士 さん

連載の第一回に全体の構成が予告されており、
第二話「慶良間で何か起きたのか」は、今、世間の注目を浴びている「集団自決」についてアメリカ兵の目撃者や事件の主人公たちの知られざる証言を基に事件の核心を突くものになるだろう-と記しています。
上原さんは「軍名がなかったことをはっきりと書く」と事前に話しており、突然の連載中止に「なぜ?」という思いです。

2007/06/20 17:10 Commented by小山裕士 さん

今日の夕刊にもありませんでした。
ふつうは「●日から再開します」といった「おことわり」があるものですが、事態の異例ぶりをしのばされます。

2007/06/20 17:13 Commented by小山裕士 さん

訂正「軍名」でなく「軍命」でした。

2007/06/20 17:3 Commented bytaezaki160925 さん

starbeast さん 

>沖縄のメディアは自覚しているのでしょうか?

沖縄のメディアは自覚どころか確信犯でしょう。

自覚がないからこんな愚行をするのです。

こんな愚行をメディアに許しては県民の恥です。

もっとも二つの新聞がこのザマでは県民は知る権利を奪われて何も出来ないのでしょう。

せめて新聞社に読者として掲載中止の事情問い合わせの行動はしてみたいものです。

ちなみに私は昨日電話したら「調整中」とのことでした。

2007/06/20 18:14 Commented by小山裕士 さん

島ぐるみ運動を盛り上げるための配慮といわれても仕方がないでしょう。

「パンドラ」はこのまま封印されるのか? 2007/06/20 13:31
http://koyamay.iza.ne.jp/blog/entry/202540/#cmt

琉球新報の夕刊で連載されていた、上原正稔著「パンドラの箱を開ける時 沖縄戦の記録」。
昨日から第2話「慶良間島で何が起こったか」が始まるはずでしたが、なぜか突然休止になってしまいました。
想像すれば、沖縄で現在展開されている運動に水をかけることになる内容になるためかと思います。
上原さんと先ほどお話をしましたが、沖縄にとって苦い内容のことに口をつぐむことが長い目で見て、いいことなのか、疑問を感じます。
何より、読者に対して何の説明もないことはおかしいです。
物言えばくちびるさみし…。

(以下はコメント欄)

Commented by涼月 さん

今日のNHK1930分からのクローズアップ現代ではこの沖縄集団自決を取上げるようですね。

偏向NHKがどのように報じるか楽しみです。

2007/06/21 20:27 Commented bytaezaki160925 さん

沈黙を守る理由を一言も読者に説明しなのも異常ですね。

こうなったら再開するまで小山さんのブログで「第2話のすみやかな再開を期待しています」を毎日書いて欲しいです。

良識あるウチナンチュも沢山います。 

いや良識があれば全県民が「知る権利」を奪われることには反対でしょう。

2007/06/22 08:18 Commented by小山裕士 さん

主張がどうあれ、紙価を高める質の高い連載だけに残念です。

■沈黙する「パンドラの箱」 2007/06/21 17:43

理由不明のまま休載が続く琉球新報夕刊の長期連載「パンドラの箱を開ける時 沖縄戦の記録」(上原正稔著)ですが、今日の夕刊でも再開されていません。
上原氏の話では担当編集者の態度に変化があり、今回の事態に至ったらしいです。
第1話の伊江島戦は、女性や子供も米軍に立ち向かったというすさまじいエピソードが紹介されており、資料的価値の高い連載になっていました。
第2話のすみやかな再開を期待しています。

2007/06/21 18:51 Commented by涼月 さん

今日のNHK1930分からのクローズアップ現代ではこの沖縄集団自決を取上げるようですね。

偏向NHKがどのように報じるか楽しみです。

2007/06/21 20:27 Commented bytaezaki160925 さん

沈黙を守る理由を一言も読者に説明しなのも異常ですね。

こうなったら再開するまで小山さんのブログで「第2話のすみやかな再開を期待しています」を毎日書いて欲しいです。

良識あるウチナンチュも沢山います。 

いや良識があれば全県民が「知る権利」を奪われることには反対でしょう。

2007/06/22 08:18 Commented by小山裕士 さん

主張がどうあれ、紙価を高める質の高い連載だけに残念です。

■パンドラの件で取材? 2007/06/22 09:53

「パンドラの箱を開ける時」の連載中断の件で、あるマスコミから取材がありました。
といっても、私はただの読者なので、
「新報と上原さんに聞いてください」としか言うことはありません。
慰霊の日」直前というタイミングもあって注目を集めているみたいです。

■待望の? 2007/10/17 16:07

http://koyamay.iza.ne.jp/blog/entry/352248/

新報の夕刊で連載されていた
上原正稔氏の「パンドラの箱を開ける時 沖縄戦の記録」が昨日から再開されました。
約4カ月ぶりでしょうか?
ただし、事前の予告では次は「慶良間で何が起こったか」を明らかにするとしており、
集団自決の真実を白日の下にさらすとおっしゃられていたのですが、
再開した第2話のタイトルは「軍政府チームは何をしたか」となっています。

ご本人もそのあたりについて「ご了解をお願いしたい」としています。
期待しましょう。

 

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 『パンドラ訴訟』の高裁判決は、7月29日に下されます。

 

■カンパ協力のお願い■
琉球新報の言論封殺に戦いを挑んでいる上原正稔さんの訴訟へのカンパ協力は支援団体の三善会へお願いしております。
------------------------------------------
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【金融機関】ゆうちょ銀行
【口座番号】記号:17010 口座番号:10347971
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【金融機関】ゆうちょ銀行
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「沖縄に内なる民主主義はあるか」の内容紹

 

コメント (11)
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祝!逆転勝訴!「パンドラ訴訟」で琉球新報に鉄槌!

2013-07-30 08:02:37 | ★パンドラの箱訴訟

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7月29日午後1時10分。

三人の高裁裁判官が着席した。

詰め掛けた傍聴人の耳目が、今泉裁判長の口元に集中した。

瞬時の緊張と静寂が法廷を支配した。

裁判長判決文を読み上げた。

「原判決を次のとおり変更する」

その瞬間、傍聴席の中からガッツポーズ見られた。

裁判長の判決文朗読は続いた。

「被控訴人(被告・琉球新報)は、控訴人(原告・上原正稔)に対し、105万4000円及びこれ対する平成23年2月5日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え」

無言のガッツポーズが、「ヤッタ!」の歓声に変わった。

徒手空拳で琉球新報の言論封殺に立ち向かった上原正稔さんの逆転勝訴である。

ということは琉球新報の全面敗訴である。

 支援者の皆様に深く御礼申しあげます。

皆様の温かいご支援の賜物と上原正稔に代わって感謝申し上げます。

 

■逆転勝訴の画期的意義

沖縄の言論空間は異論を許さぬ「全体主義」であるといわれて久しい。

琉球新報、沖縄タイムスという2大紙を頂点に、学会、教育界から出版界にいたるまで網の目のように張られた思想統制に逆らうものは村八分の仕打ちを受けるのが常だった。

沖縄2大紙の影響力を恐れるのは、言論界のみならず政界も同じだ。

先日の参院選でも自民県連は、新聞の論調に平伏した。

政府の「辺野古移設」に逆らって「県外移設」と主張し支援者の反発を買ったのが記憶に新しい。

傲慢不遜な琉球新報は、上原正稔という人物を軽く見るという大愚を犯した。

絶対権力者の気に入らない記事は他の識者同様に唯々諾々と平伏すと考えた。

希代の奇人上原正稔氏は琉球新報の書き換え要求を頑としてはねつけた。

渇しても盗泉の水は呑まず、という上原氏の信念からだ。

上原さんは琉球新報との戦いを法廷に持ち込み、勝訴した。

巨大組織の琉球新報の驕れる脳天に鉄槌を下したのだ。

では、沖縄の言論界を支配する琉球新報の全面敗訴を今朝の沖縄タイムスはどのように報じたか。

社会面トップを飾る「市民ら野嵩ゲートで抗議」、「『普天間』の金網怒りの灯火煌々」の派手な記事の下に隠れるようなベタ記事が・・・。


連載契約違反を一部認定 琉球新報に賠償命令

 沖縄タイムス 2013年7月29日 18時56分

 連載を一部掲載しなかったのは契約違反だとして、ドキュメンタリー作家上原正稔さん(70)が琉球新報社に約1千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁那覇支部は29日、原告の請求を棄却した一審那覇地裁判決を変更、琉球新報社の契約違反を一部認め、約100万円の支払いを命じた。

 判決によると、上原さんは2007年5月から琉球新報の夕刊で沖縄戦を取り上げた連載を執筆。同社は一部の原稿に新味がないとして書き直しを求めたが、上原さんは拒否し、同社は08年8月、連載を打ち切った。

 琉球新報社は契約について「初出の資料を用いた連載をするという内容」と主張したが、判決理由で今泉秀和裁判長は「初出の資料のみに基づいて連載するとまでは記載されていない」とした。(共同通信)

                ☆

沖縄タイムスは地元紙が「言論封殺」で裁判所に鉄槌を下されるという重大ニュースを、共同配信でお茶を濁している。

沖縄タイムスにはも、はや地元の重大ニュースを自力で報道する気力も能力もない。

単なる紙くずであることを自ら証明したような記事である。

>同社は一部の原稿に新味がないとして書き直しを求めたが、上原さんは拒否し

琉球新報が「新味がない」として全面削除を要求した部分は、集団自決の核心の部分だ。

琉球新報が問題にした箇所は、「沖縄戦の集団自決は日本軍の強要による」という琉球新報の主張に逆らい「軍命はなかった」と記述された部分だけに限られている。

琉球新報の主張する「新味がない」などの削除理由は、「軍命があった」と書いていないことが、新報社方針と合わなかったからであり、この連載の読者な誰でも気がつく事実である。

琉球新報の報道は確認していないが、おそらく沖縄タイムス同様ベタ記事で誤魔化して、この判決の持つ重要な意味を矮小化しようとするだろう。

判決の持つ意味

(1)沖縄紙が独占的に支配していた言論空間の一角に大きな風穴が開いた。

(2)梅澤。赤松両隊長の汚名が完全に回復された。

「慶良間諸島でおきた「集団自決」は梅澤、赤松両隊長の命令による」という通説は、大江・岩波集団自決訴訟では立証出来ず、梅澤、赤松両隊長の汚名は回復されたが、必ずしも満足できるものではなかった。

訴訟の「名誉毀損」「損害賠償」請求では敗訴したため、沖縄2紙の印象操作により「裁判で軍命令があったことが確定した」などと誤解する人も多かった。

今回の高裁判決では、上原さんの原稿が掲載拒否されたのは、181回の連載中「慶良間で何が起きたか」の章(5回分)と、181回目の最終回の2度であり、いずれも「集団自決に軍命はなかった」と明記した部分に限られている。

判決文では一度目の「慶良間で何が起きたか」(慶良間編)を削除した琉球新報の理由を次のように否定している。

「被控訴人(琉球新報】は、なんら合理的理由もなく控訴人(上原正稔)の執筆した慶良間編の掲載を一方的に拒否したと認めるほかはなく、このことは、被控訴人(琉球新報)の『パンドラの箱を開ける時に係る連載執筆契約の義務に違反し、債務不履行に該当するといわざるを得ない。 これに反する被控訴人の主張は採用することが出来ない」

さらに判決は最終回の掲載拒否については、こう判断している。

「被控訴人(琉球新報)が第181回の原稿について控訴人(上原正捻)に書き換えを求め、控訴人(上原)がこれに応じなかったという理由だけでこれを掲載しなかったことに何ら合理的な理由は見当たらず、これも、被控訴人(新報)の『パンドラの箱が箱を開ける時』に係る連載執筆契約の義務に違反し、債務不履行に該当するものと思わざるを得ない。 これに反する被控訴人(新報)の主張は採用することが出来ない」

 

この裁判の意義については、途中からこの裁判を知った人達には理解しにくいと思われるので、これから数回にわたり解説記事を連載の予定である。

 

【おまけ】

人物探訪: 昭和天皇を護った二人のキリスト者(下)

 天皇を処刑して、共産革命を引きおこそうと
するソ連の野望にフェラーズは立ち向かった。
■■■■ H17.04.03 ■■ 32,900 Copies ■■ 1,541,034 Views■

■1.マッカーサーへの意見書■

 フェラーズは、天皇が帰られた後に、執務室に閉じこもり、
マッカーサーへの意見書の仕上げに没頭した。意見書の原稿を
書き上げると、すぐに恵泉女学園の河井のもとに届けさせた。
河井からの意見をもとに修正し、再度チェックを受けてOKを
貰ったのが10月1日。翌日、フェラーズは完成した意見書を
マッカーサーに提出した。二人の合作と言ってよい。

 意見書では、冒頭で「彼らの天皇は、祖先の美徳を伝える民
族の生ける象徴である」と、ハーンから継承した天皇観から説
き始め、次に今回の戦争に関しては、「天皇が自ら起こしたも
のではないことを立証しうる」と述べた。続いて、

 大衆は、裕仁に対して格別に敬慕の念を抱いている。彼
らは、天皇がみずから直接に国民に語りかけることによっ
て、天皇はかつて例がないほど彼らにとって身近になると
感じている。和を求める詔書は、彼らの心を喜びで満たし
た。彼らは天皇がけっして傀儡などでないことを知ってい
る。また、天皇を存置しても、彼らが選びうる最も自由主
義的な政府の樹立を妨げることはないと考えている。
[1,p225]

 最後の一節は、軍国主義を復活させないためには、天皇制を
廃止する必要がある、という連合国内の意見に釘を刺したもの
である。

■2.戦争裁判で天皇を裁けば■

 無血侵攻を果たすにさいして、われわれは天皇の尽力を
要求した。天皇の命令により、700万人の兵士が武器を
放棄し、すみやかに動員解除されつつある。天皇の措置に
よって何万何十万もの米国人の死傷が避けられ、戦争は予
定よりもはるかに早く終結した。

 フェラーズは同様の文章を家族の手紙にも書いており、この
部分はまさに彼の実感そのままである。

 したがって、天皇を大いに利用したにもかかわらず、戦
争裁判のかどにより彼を裁くならば、それは、日本国民の
目には背信に等しいものであろう。それのみならず、日本
国民は、ポツダム宣言にあらまし示されたとおりの無条件
降伏とは、天皇を含む国家統治機構の存続を意味するもの
と考えている。

 もしも天皇が戦争犯罪のかどにより裁判に付されるなら
ば、統治機構は崩壊し、全国民的反乱が避けられないであ
ろう。国民は、それ以外の屈辱ならばいかなる屈辱にも非
を鳴らすことなく耐えるであろう。

 後半は河井道の「陛下が殺されるようなことがあったら、血
なまぐさい反乱が起きるに違いありません」とフェラーズに語っ
た言葉に基づくもののようだ。

 そして「それ以外の屈辱ならばいかなる屈辱にも耐えるであ
ろう」とは、「堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ以て万世の爲に
太平を開かむと欲す」という終戦の詔勅を思わせる。これも終
戦の詔勅に関して、「天皇の父親らしい戒めに対して、国民は
孝心を明らかにして従順に従ったのであった」と語った河井の
思いが反映しているのだろう。

 フェラーズの意見書には、河井を通じて、当時の日本国民の
天皇への「敬慕の念」が注ぎ込まれていた。

■3.「相互の尊敬と信頼と理解」■

 彼らは武装解除されているにせよ、混乱と流血が起こる
であろう。何万人もの民事行政官とともに大規模な派遣軍
を必要とするであろう。占領期間は延長され、そうなれば、
日本国民を疎隔してしまうことになろう。

 米国の長期的利益のためには、相互の尊敬と信頼と理解
にもとづいて東洋諸国との友好関係を保つことが必要であ
る。結局のところ、日本に永続的な敵意を抱かせないこと
が国家的に最も重要である。

 意見書はこう結ばれた。「相互の尊敬と信頼と理解」という
言葉には、初めて来日した時に「日本は魅惑的で美しい。神秘
に満ちた心温まる国だ」と感じて、河井らとの交友を築いてき
たフェラーズの体験が窺われる。そうした友好関係こそ「米国
の長期的利益」となる、というのがフェラーズの信条であった。

■4.「ソ連は、日本に革命が起きることを望んでいる」■

 2日おいて、10月4日にフェラーズは第2の覚え書きを提
出した。

 ソ連は、日本に革命が起きることを望んでいる。我が国
(アメリカ)の政策は、革命を期待しているかのようだ。
革命には、天皇の排除が最も有効なのである。[2,p89]

 当時、ソ連の共産党機関誌「プラウダ」は激しい天皇制批判
を繰り返していた。また日本共産党も「戦争犯罪人追求人民大
会」を開き、1600人にのぼる戦犯リストの冒頭に昭和天皇を挙
げていた。

 天皇が戦犯裁判で処刑となり、国中に反乱が起きれば、それ
が共産革命の引き金になり、日本を共産陣営に追い込む結果と
なりかねない。フェラーズは危機感を募らせていた。

 10月2日、皇族の梨本宮守正元帥が、そして6日には元首
相・近衛文麿、天皇側近の内大臣・木戸幸一と、皇族と側近に
まで逮捕の手が伸びていた。

■5.マッカーサーの回答■

 11月29日、アメリカの統合参謀本部は、マッカーサーに
対して指令を伝えた。

 裕仁は、戦争犯罪人として逮捕・裁判・処罰を免れては
いないというのが米国政府の態度である。天皇抜きでも占
領が満足すべき形で進行しうると思われる時点で、天皇裁
判問題が提起されるものと考えてよかろう。[2,90]

 米国政府は天皇訴追を十分ありうるものとして、マッカーサ
ーに判断に必要な証拠の収集を命じた。この回答として、翌昭
和21(1946)年1月25日、陸軍参謀総長アイゼンハワーあて
に電報が送られた。

 過去十年間に、程度はさまざまであるにせよ、天皇が日
本帝国の政治上の諸決定に関与したことを示す同人の正確
な行動については、明白確実な証拠は何も発見されていな
い。

と始まるこの回答で、まず大日本帝国憲法はヨーロッパの立憲
君主制と同じ原則に則っており、内閣が行った政治的決定を天
皇は裁可するだけで、拒否する権限はなかった事が説明されて
いる。

 昭和天皇は立憲君主の立場をよくわきまえ、可能なかぎ
りその原則に従って行動した天皇だった。帝国議会の議決
を裁可しなかった例は一度もなかったし、国務大臣の補弼
(ほひつ)を俟(ま)たずに大権を行使する独断政治を強
行したこともなかった。

 つけ加えれば、日米開戦までの過程で戦争を避けるため
に、自らの立場で可能な範囲で軍部や内閣に意見を述べて
いる。昭和天皇は決して好戦主義者ではなかった。外交交
渉を優先させることで、なんとか戦争を回避しようと努力
した。

 最後の一節には、また河井道の影響が窺われる。河井はフェ
ラーズに勅語や御製を示して、天皇の平和を求めるお気持ちを
伝えていた。恐らくは、開戦前の御前会議で昭和天皇が「四方
の海みなはらから(同胞)と思ふ世になど波風の立ち騒ぐらむ」
との明治天皇御製を示されて、再度の外交交渉を求められた事
もその中にあっただろう。

■6.「あれはカワイ・ミチから授かったものだ」■

 続いて、回答書では天皇を訴追した場合に、「日本国民の間
に必ずや大騒乱を惹き起こし」、そのような事態に対処するに
は、百万の軍隊と数十万の行政官が必要となる、としている。
主張の内容は、フェラーズの覚え書きをそのまま引き写したも
のである。

 マッカーサーはフェラーズの覚え書きを机の左の引き出しの
一番上に入れ、しばしば取り出しては読んでいた。フェラーズ
は後に語っている。

 私はあの覚書の内容について自信が持てなかった。あれ
はカワイ・ミチから授かったものだ。彼女は実に偉大な女
性だった。彼女が私を助けてくれた、彼女は知らないだろ
うが、マッカーサーの天皇に対する態度に、彼女は大きな
影響を及ぼしたと思う。[1,p228]

 このマッカーサーの回答書で、米政府の天皇不起訴の方針は
固まった。

■7.東条の覚悟■

 米国はこれで固まったが、ソ連は強硬に天皇訴追を要求して
いた。3月2日から東京に終結した連合国各国の国際検察局に
よる被告人選定作業が始まった。

 フェラーズはこの時期、天皇の無罪を立証すべくあらゆる手
を尽くした。3月6日、終戦時の海軍大臣・米内光政を総司令
部に呼んで、こう言った。

 ・・・ソ連は全世界の共産主義化を狙って、日本の天皇
制とマッカーサーの存在を邪魔にしている。アメリカ国内
でも上層部に天皇を戦犯として裁くべきだとの主張が相当
ある。

 その対策としては、天皇が何ら罪のないことを日本側が
立証してくれることが最も好都合だ。そのためには近々開
始される裁判が最善の機会だと思う。この裁判で東条に全
責任を負わせるようにすることだ。

 そこで、東条に次のことをいわせてもらいたい。開戦前
の御前会議において、たとえ陛下が反対されても、自分は
強引に戦争にまでもっていく腹をすでに決めていたと。
[1,p266]

 米内は「まったく同感です」と賛同し、獄中の東条に弁護人
を通じてフェラーズの意を伝えた。東条は答えた。

 そんなことは心配ないと、米内君にいってくれ。おれが
恥を忍んで生きているのも、この一点があればこそだ。

 東条は東京裁判において、大東亜戦争は自衛戦であり国際法
に違反していないこと、また開戦の決定は内閣の責任であり、
昭和天皇が拒否権を行使されることは、憲法上も、慣行上もな
かったことを堂々と述べた。[a,b]

■8.「昭和天皇独白録」とバイニング夫人■

 フェラーズはさらに次々と手を打っていった。第2の手は昭
和天皇ご自身に直接語っていただくことだった。風邪を引いて
寝込まれていた昭和天皇に、戦争への関わりと思いを語っても
らい、寺崎英成ら側近たちが記録した。この記録は44年後に
発見されて「昭和天皇独白録」としてセンセーションを起こし
た。その英語版がフェラーズの残した文庫から発見された。

 この文書がどのように使われたのかは分かっていない。ただ、
天皇不起訴という決定に対して米世論が反発した場合、あるい
は天皇が証人喚問された場合には、この文書が使われただろう。
[2,p149]

 フェラーズがもう一つ打った手は、皇太子にアメリカ人女性
の家庭教師をつけることだった。それによって欧米の世論を軟
化させようというのが、狙いだった。フェラーズが選んだエリ
ザベス・バイニング夫人は、彼と同じクエーカー教徒であり、
また夫人の児童文学者としての才能と評判を彼はよく知ってい
た。

 バイニング夫人は4年間、皇太子の家庭教師を務め、帰国後
の1952年に著した『皇太子の窓』はアメリカでベストセラーと
なり、皇室に対するアメリカ人のイメージを変えるのに大きな
役割を果たした。

■9.「天皇陛下を戦犯より救出したる大恩人」■

 東京裁判開廷から2ヶ月過ぎた昭和21(1946)年7月、フェ
ラーズは陸軍を退役して帰国の途についた。その際に、次のよ
うな手紙を、天皇の側近・寺崎英成に書き送った。

 あなたの有能な上司、すなわち天皇陛下に次に会うとき、
私の気持ちをぜひ伝えてください。私が日本を去るのは、
私が日本にいるよりもアメリカに帰った方が、日米両国の
相互理解の増進により多くの貢献ができると確信したから
です。天皇陛下に心からの敬意を払っています。[1,p273]

 フェラーズはこの言葉通り、帰国後は全米各地を回って極東
問題やソ連についての講演を行い、雑誌に記事を投稿した。
『リーダーズ・ダイジェスト』1947年7月号には、『降伏のた
めに戦った天皇裕仁』と題して、昭和天皇を讃えた。その中で
はソ連が東洋における支配的地位を狙って、日本からの和平斡
旋の依頼を握りつぶして、戦争を長引かせ、自らに最も好都合
な時に対日戦を始めた事を指摘した。

 1950年2月、ソ連は突如として天皇を細菌化学戦争の計画立
案に関わった罪で「追加戦犯」として、国際軍事法廷で裁くこ
とをアメリカに求めた。しかし米国は解決済みの問題として、
これを黙殺した。

 昭和46(1971)年2月、日本政府はフェラーズに対して、勲
二等瑞宝章を贈った。その申請書にはこう書かれていた。

 ボナー・フェラーズ准将は・・・連合国軍総司令部に於
ける唯一の親日将校として天皇陛下を戦犯より救出したる
大恩人である。[1,p190]
(文責:伊勢雅臣)

 

 

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 『パンドラ訴訟』の高裁判決は、7月29日に下されます。

 

■カンパ協力のお願い■
琉球新報の言論封殺に戦いを挑んでいる上原正稔さんの訴訟へのカンパ協力は支援団体の三善会へお願いしております。
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「終戦のエンペラー」を見て涙した

2013-07-29 07:01:22 | ★パンドラの箱訴訟

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本日(29日)午後1時10分、福岡高裁那覇支部に於いて、「パンドラの箱掲載拒否訴訟」の高裁判決が下されます。 

判決後の記者会見は、午後2時10分、県庁記者クラブに於いて行われます。

当初予定しておりました報告会は、午後3時に変更させて頂きます。

会場は、奥武山護国神社社務所2階会議室で御座います。

ご出席頂けますようご案内申し上げます。

お問合せ 090‐9780―7272 ニシコリまで

 

映画「終戦のエンペラー」 トミー・リー・ジョーンズ、マ元帥に魅了され

2013.7.26 08:03 
 
「終戦のエンペラー」から

「終戦のエンペラー」から

 

 ■復興へ奮闘

 終戦直後の日本を舞台に、日本人の精神性を描いた物語がハリウッド映画になった。27日に全国公開される「終戦のエンペラー」(ピーター・ウェーバー監督)は、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥から真の戦争責任者を探すよう命じられた米国人准将の活躍を中心に、壮大な歴史秘話がつづられる。来日したマッカーサー役のトミー・リー・ジョーンズ(66)は「マッカーサーが戦後の日本の復興のために奮闘した姿にひかれた」と、この作品の魅力を語った。(藤井克郎)

 ジョーンズの取材は、マッカーサーが昭和天皇と対面し、有名な写真が撮られた東京都港区のアメリカ大使館で行われた。映画にも描かれた歴史的な空間について、「とても居心地のいい場所だね」と話す。

 日本を占領したGHQ(連合国軍総司令部)が戦争責任者を訴追する中、真の責任者を探すよう命じられたボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)が日本の政治家や皇室関係者らと接触しながら困難な任務を遂行していく。フェラーズは実在の人物だが、歴史秘話と並行して日本人女性との恋模様も描かれており、がれきだらけの東京を再現した映像などとともに見応えのある大作になっている。日本人役では初音映莉子(31)、西田敏行(65)、桃井かおり(62)らが出演している。

   日本の文化、とりわけ日本人の精神性や天皇に対する特別な感覚にまで踏み込んでおり、会見に出席した西田は「アメリカの方が書いた脚本なのに、なんて日本人の心をぐっとつかんでくれたんだとの思いが強かった」と驚いたほど。缶コーヒーのCMに出演し、以前から日本文化には造詣の深いジョーンズは「マッカーサーも日本文化の重要性は分かっていた。もし京都が空襲で焼け野原になっていたり、天皇を裁判にかけようとしたりしていたら、日本社会は崩壊してしまっていただろう。私も日本の文化は貴重なものだと考えている」と言う。

 この映画はもともと、「ラストサムライ」(2003年)などでキャスティングディレクターを務めたプロデューサーの奈良橋陽子さん(66)の企画から生まれた。知己を頼ってハリウッドで活躍するスタッフが集結、撮影前に徹底した調査が重ねられ、日本文化の神髄に触れる作品に仕上がった。「現在も世界各地で紛争が絶えないが、交戦国同士の文化的な理解が十分でないからテロへとつながっていく。最初に文化交流があれば理解になる。それが今の日米の友好関係に結びついている」と奈良橋さんは強調する。

 「マッカーサーが日本を理解しようと尽力した部分が、この映画ではよく描かれている」と指摘するジョーンズも、奈良橋さんの考えに同調する。「文化の違いを乗り越えることで得られるものは大きい」とうなずいた。

                                    ☆

「終戦のエンペラー」を見た。

主人公のフェラーズ准将の日本人の恋人探しを重点を置いて、若い観客の獲得を狙ったようだが、観客のほとんどは中高年であり、ラブロマンの要素よりも、史実の解明に重点を置いたほうが作品に更なる重みをを与えたという感じた。(歳のせいなのか)

したがって元恋人の親戚夫婦として登場する芸達者の西田敏行や桃井かおりの熱演が、空回りしていた。

従来のハリウッド製戦争映画に見られるような「大日本帝国は世界侵略を狙う悪の帝国」といった決め付けがなく、中村雅俊扮する近衛文麿に「東京裁判」の批判をさせてみたり、昭和天皇の描き方にも一定の配慮が見られた。

特に正装の昭和天皇がマッカーサーを訪問し、ラフな普段着のマッカーサーに対し、『すべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身をあなたに代表する諸国の裁決に委ねるためおたずねした』(マッカーサー回想記)と、たどたどしい英語で話すシーンには、連れ合い共々も思わず涙した。

この映画は、敵国である米国製の映画にしては、以前に見た「パールハーバー」のように日本人対する偏見は抑えた表現に徹しており、少なくとも最近の沖縄2紙のように、日本軍に対する憎悪を煽るような表現は見られなかったのは、救いである。(⇒フライング・タイガース アメリカの「卑劣なだまし討ち」

戦後間もなく米軍に占領され外交権も剥奪された日本で、昭和天皇が独自の外交を行った。

歴史の事実はこうだ。

昭和20年(1945年)9月27日敗戦直後、第一回目の昭和天皇とGHQマッカーサー司令官の会見が行われた。

場所は赤坂の米大使館。

藤田侍従長、石渡宮相、フェラーズ准将らは隣室で控え、会見に立ち会ったのは通訳をつとめた奥村勝蔵外務参事官だけで37分つづいた。(映画ではフェラーズ准将がドアの隙間から昭和天皇の「自分が全責任を負う」というお言葉を聞いたという設定になっている)。

マッカーサーは当初、昭和天皇が戦争犯罪者として起訴されないよう懇願するのではないかと予想していた。

だが、昭和天皇の口からは全く予想外の言葉が飛び出してきた。

同行した侍従長の回想ではこうなっている。

「敗戦に至った戦争の、いろいろの責任が追及されているが、責任はすべて私にある。文武百官は私の任命する所だから、彼等に責任はない。私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお委ねする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」

奥村通訳の会見録には上記の責任発言が記載されていない。 東京裁判を控えて発言の重要性から削除したようである。

マッカーサーは、昭和天皇が別の会見で皇室財産を差し出すので食糧を緊急輸入して国民を飢餓から救ってくれと申し出たのを聞き「私は初めて神のごとき帝王を見た」と感動している。

欧米の歴史から考えると王や皇帝などは私服を肥やすものと相場が決まっており、特に敗戦時の国王、皇帝などは先ず財産を持って他国へ亡命するか、さもなくば命乞いをするのが相場と考えていた。 マッカーサーが感動したのも無理もないことである。

昭和天皇が大使館に到着したとき、迎えに出なかったマッカーサーは、会談が終わると昭和天皇をお見送りした。

その時のマッカーサーの様子を側近のフォービアン・バワーズは「我々が玄関のホールに戻った時、元帥ははた目にみてもわかるほど感動していた。私は、彼が怒り以外の感情を外に出したのを見たことがなかった。その彼が、今ほとんど劇的ともいえる様子で感動していた」と証言している。

この映画製作される6年前、同じ題材を書いたメルマガがあるので、それを紹介する。


 人物探訪: 昭和天皇を護った二人のキリスト者(上)

 占領軍司令部の中でフェラーズはただ一人、昭和天皇
を戦犯裁判から護らねばならないと考えていた。
■■■■ H17.03.27 ■■ 32,937 Copies ■■ 1,531,628 Views■

■1.「ミチ・カワイという女性を探して欲しい」■

 昭和20(1945)年8月30日、厚木飛行場に着陸した飛行機
から、マッカーサーがコーンパイプをくわえてタラップを降り
た。続く幕僚たちの中に49歳のボナー・フェラーズ准将がい
た。

 一行は車を連ねて横浜のホテル・ニューグランドに投宿した。
フェラーズはさっそくホテル側に、「東京にいるミチ・カワイ
という女性を探して欲しい」と頼んだ。すると意外なことに、
支配人の中山武夫が「ミチ・カワイ」を知っているという。中
山は以前、商社の米国駐在員としてニューヨークに長く暮らし
たことがあり、その英語力を買われて、占領軍の応接役のマネ
ジャーとして雇われ、今日が出社初日だった。

 不思議な縁に驚きながら「ミチ・カワイとはどういう知り合
いかね」とフェラーズが尋ねると、中山は「十年ほど前に河井
先生がニューヨークで講演をなさった時に、私の女房がお世話
をさせていただきました」と答えた。河井は無事で、恵泉女学
園を経営しているという。

 フェラーズが早速、手紙を河井あてに届けさせたのは9月3
日。この日はちょうど恵泉女学園の2学期の始業式で、河井は
学校にいた。まるで天が後押ししているようなとんとん拍子で
ある。河井はすぐに英文の返事をよこした。

 あの恐ろしい戦争の日々、私たちは何度、あなたのこと
をうわさし合ったことでしょう。あなたがご無事でご活躍
の様子を知って、こんなに嬉しいことはありません。

 あなたにお目にかかりたいのはやまやまですが、お願い
ですから、いましばらく私たちに会いに来ないでください。
私たちはいまは、ただただ疲れきって、たとえお目にかかっ
ても、あなたを喜ばせるような姿をお見せできません。
[1,p11]

■2.「天皇裕仁はルーズベルト以上の戦争犯罪人ではない」■

 しかし、フェラーズにとっては、そんな悠長な事を言っては
いられなかった。やがて始まるであろう戦犯裁判で、彼は昭和
天皇を護らねばならないと考えていたからだ。それは極めて困
難な仕事だった。

 アメリカのある世論調査では、天皇を死刑にすべきだという
意見が33%を占め、それを含めて70%が何らかの処分を求
めていた。さらにオーストラリアとソ連が強く天皇訴追を主張
していた。マッカーサー司令部の中でも、フェラーズ以外の全
員が天皇を起訴すべきだと考えていた。

 その中で、ただ一人、フェラーズは「天皇裕仁はルーズベル
ト以上の戦争犯罪人ではない」と信じていた。家族への手紙で
は、こう書いたこともある。

 きょうまで私はルーズベルト大統領がアメリカ国民を戦
争に巻き込まないように努力した行動をひとつも見いだす
ことができない。そうではなくて逆にあらゆる施策がまっ
すぐ戦争に向けてリードされた。[1,p195]

 これは当時の共和党系の人びとの共通認識だったと言える。
[a,b,c]

 しかし、フェラーズはさらに天皇と日本国民の関係について
深い洞察を持っており、そこから日本のためにも、またアメリ
カのためにも天皇を戦争犯罪者として裁くようなことがあって
はならない、と考えていた。そのために協力してくれる日本人
として河井道を探していたのである。

■3.「教育とはまずよき人間になるために学ぶことです」■

 河井道とボナー・フェラーズが初めて会ったのは、大正11
(1922)年4月、東京においてであった。河井は44歳、フェラ
ーズは26歳。陸軍中尉だったフェラーズは、赴任地のマニラ
から休暇を利用して、初めて日本を訪れたのだった。

 おりしも桜が満開で、「日本は魅惑的で美しい。神秘に満ち
た心温まる国だ」とフェラーズは記している。そこで出会った
何人かの日本人の一人に河井道がいた。「ミチ・カワイは傑出
している」というのが、彼の印象だった。

 明治24(1891)年、14歳の河井道は札幌のミッションスク
ール、スミス塾の5年生だった年に、隣接する札幌農学校(現
在の北海道大学)の教授を務めていた新渡戸稲造が出張授業に
来るようになった。やがて河井は毎週土曜日の夜に新渡戸の自
宅に食事に呼ばれ、その後、新渡戸が英語で口述する日記を筆
記するようになった。河井は新渡戸を終世の師と仰ぐ。新渡戸
はよくこう説いた。

 あなた方は良妻賢母となる前に、一人のよい人間となら
なければ困る。教育とはまずよき人間になるために学ぶこ
とです。[1,p40]

 明治31(1898)年、病気療養のために妻の故国・米国に渡る
新渡戸に同道する形で、21歳の河井はアメリカに渡り、奨学
金を得て、ブリンマー女子大に学んだ。帰国後、女子英学塾
(現在の津田塾大学)の教授となり、英語、歴史、購読を受け
持った。同時に、日本YWCAの設立に奔走し、初代総幹事と
なった。その関係で、32歳から1年半も欧米を回った。

 こうして当時の日本人女性としては異例の経歴と行動力を持っ
た河井に、フェラーズは出会ったのである。「ミチ・カワイは
傑出している」と思ったのも当然である。

■4.ラフカディオ・ハーンに導かれて■

 日本に魅惑され、もっと理解を深めたいと思ったフェラーズ
は、ラフカディオ・ハーン[d]の著作を見つけた。その後、数
年で「ハーンの本はすべて読んだ」というほど魅了された。フェ
ラーズは日本を再訪した際には、ハーンの未亡人を訪れ、遺児
の面倒まで見るようになる。

 フェラーズは後にアメリカ陸軍きっての日本通となり、各種
の論文や報告書を書くが、その一つ、対日戦のテキストとして
広く読まれた「日本兵の心理」ではおおよそ次のように述べて
いる。まさにハーンの日本観に基づいた見解である。

 日本人は祖先は神であると考える。死者に対する尊敬や
親に対する孝道が日本人の特色である。

 欧米では天皇は現人神としてゴッド・エンペラーなどと訳さ
れおり、「人間をゴッドのように崇める狂信」として反感や警
戒心を与えていた。フェラーズは「ゴッド」と日本の「カミ」
とは違うことに気がついていた。そこから天皇についても、こ
う理解した。

 天皇は権威の象徴である。明治時代以前は天皇は実際に
は国を治めていなかった。最強の武家が天皇の上にいて国
を統治していた。各武家は天皇を自らの味方につけようと
戦った。だがたとえどの武家が天皇を味方につけようとも、
国民が最大の敬意を払うのは天皇であり、天皇以上に国民
から愛着を持たれる者はこの国には存在しない。[1,p49]

 太平洋戦争中、フェラーズは対日心理作戦の責任者となる。
そして日本国民に空からビラを撒く作戦を展開するが、そのビ
ラの一つにはこんな文句があった。

 今日4月29日は御目出度い天長節であります。・・・
戦争の責任者である軍首脳者はこの陛下の御誕生日の日に
戦捷(せんしょう、戦勝)を御報告申し上げる事も出来ず、
むしろ自身の無能の暴露を恐れてゐるのでせう。軍首脳部
は果たして何時まで陛下を欺(あざむ)き奉る事が出来る
でせうか。[1,p144]

 国民の天皇への敬意を尊重しつつ、軍首脳部を攻撃するビラ
は、その戦意を挫く上で多大の効果があった、と東条英機・首
相も認めている。

■5.日米戦争を避けるために■

 河井は昭和4(1929)年4月に恵泉女学園を創設した。米国留
学までした河井は当時の女性としては傑出した存在だったが、
「女が少しばかり学問に励んだからといって家事ができないな
どというのは恥です」と、学生寮では炊事、洗濯からトイレ掃
除、風呂焚きまで教えた。教室の窓ガラスを生徒と一緒にせっ
せと磨き、雑巾を拭いた後が残ると見苦しいと叱って、やり直
しを命じた。

 第一期生を送り出した昭和9(1934)年4月7日、一通の手紙
がアメリカから届いた。アメリカ・キリスト教連合婦人会から、
「私たちの国の戦争の風説に反対するために、あなたのメッセ
ージが必要です」との講演の依頼だった。アメリカでの日系移
民排斥や日本の満洲事変をきっかけに、日米関係は険悪になり
つつあった。

 師の新渡戸稲造は2年前に渡米して、全米で約百回の講演を
こなした。昭和天皇からもじきじきに、両国の和解に骨折って
貰いたい、とも依頼された。新渡戸は知人にこう語っている。

 本当に陛下は御立派な方だよ。私心なんかこれほどもお
ありにならない。そういう陛下を戴いている日本は本当に
幸せなんだ。[1,p100]

 しかし、新渡戸は前年の昭和8年10月にカナダのビクトリ
アで客死していた。師の志を継ぐべく、河井は8月から12月
までの4ヶ月間で全米60余の都市を回り、約2百回の講演を
行った。この際に、ニューヨークで世話をしたのが、冒頭、横
浜のホテル・ニューグランド支配人の中山武夫夫妻だった。

 カンザス市ではエリート養成学校・陸軍指揮幕僚大学に学ん
でいたフェラーズが河井を迎え、二人は時の過ぎるのを忘れて
語り合った。河井はこの時のフェラーズの態度を「実に公平な
議論をして、自国の反省すべき点」を語り、日本兵士の忠誠に
敬意を表した、と回想している。

「公平な議論」とは、ルーズベルト大統領が大恐慌以来の経済
的危機を避けるために、さまざまな挑発をしかけている、とい
うフェラーズの認識である。

■6.皇室への敬愛■

 戦争が始まると、河井はよく生徒たちに「この戦争は間違っ
ている」と語り、憲兵隊に呼び出された事もあった。軍や文部
省から御真影(両陛下のお写真)を校内に掲げるよう要請があっ
たが、「校舎があまりにお粗末すぎて、大切なお写真をお預か
りするにふさわしい部屋も安全な場所もありません」と、言葉
巧みに逃げた。

 しかし宮城遙拝では、頭を上げるのが早い、と生徒たちを叱っ
たりしている。キリスト教徒として、天皇をゴッドのように礼
拝はしないが、国民としての心からの敬意は払う、というのが、
河井の立場だった。

 終戦の日に玉音放送を聞いた時の思いを、後にこう自伝に書
いている。

 この未曾有の国家的危機に際して、・・・「大道を誤り、
信義を世界に失う如き」を戒めよという天皇の父親らしい
戒めに対して、国民は孝心を明らかにして従順に従ったの
であった。天皇に対する代々の忠誠心は、塵や埃のように
一吹の風にあえなく散ってしまいはしない。[1,p179]

■7.「私がいの一番に死にます」■

 7百万の日本兵が降伏したなんて、まるで奇跡のようだ。
日本を占領するために、どれだけの日米の兵士、民間人の
命が犠牲になったか考えてみて欲しい。[1,p209]

と、フェラーズは家族への手紙に書いているが、天皇の玉音放
送で7百万の将兵がただちに矛を収め、整然と武装解除されつ
つある姿を見て[e]、フェラーズは「国民が最大の敬意を払う
のは天皇」という自分の洞察が正しいという確信を深めた。

 9月11日、東条英機ら39人が逮捕された。天皇を護るた
めに早く手を打たねばならない。9月23日、来日3週間目に
ようやくフェラーズは河井道と再会できた。

「仮にの話ですが、もし天皇を処刑するということになったら、
あなたはどう思いますか」と聞くフェラーズに、河井は答えた。

 日本人はそのような事態を決して受け入れないでしょう。
もし陛下の身にそういうことが起これば、私がいの一番に
死にます。・・・もし、陛下が殺されるようなことがあっ
たら、血なまぐさい反乱が起きるに違いありません。

 フェラーズは、玉音放送後の整然たる降伏と武装解除を目の
当たりにし、さらにこの河井の言葉を聞いて、腹を固めた。も
し天皇を処刑したら、日本国内は血なまぐさい反乱で収拾がつ
かなくなる。占領統治を円滑に進める最善の方法は、天皇を罰
することではなく、逆にその力を借りることである。

 フェラーズは、マッカーサーに天皇の処遇に関する意見書を
早急にまとめるので、ぜひ力を貸して欲しい、と河井に頼んだ。

■8.「陛下にお目にかかれて光栄です」■

 4日後、その天皇の姿がフェラーズの目の前にあった。9月
27日午前10時、昭和天皇が米国大使館にマッカーサーを訪
ねたのだった。出迎えたフェラーズに、天皇はトップハットを
とり、日本語で「お会いできてうれしい」と挨拶しながら軽く
お辞儀をして、手を差し出した。フェラーズは天皇の手を握り、
英語で「陛下にお目にかかれて光栄です」と答えた。

 後のマッカーサーの証言では、この会見で昭和天皇は「戦争
の全責任をとる」と発言して、彼の心を揺すぶった[e]。天皇
は深く覚悟されて会見に臨まれたのだが、アメリカ大使館で最
初に出迎えたフェラーズの応対は、そのお気持ちをなごませた。
天皇は後にフェラーズに次のようなお言葉を伝えられている。

 あなたが温かく迎えてくださったときから、私はマッカ
ーサー元帥との関係がうまくいくだろうと思いました。

 昭和天皇は、この「温かく迎えた」相手がアメリカ陸軍きっ
ての親日家、知日家である事など予想だにされなかっただろう。
まして、彼が天皇ご自身を戦犯裁判から救わねばならないとの
覚悟を内心に秘めていたとは。
(文責:伊勢雅臣)


 

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「パンドラ訴訟」梅澤、赤松両隊長の名誉回復を

2013-07-28 07:46:13 | ★パンドラの箱訴訟
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■世界日報 7月15日掲載

【連載】貶められた旧日本兵-「援護法」に隠された沖縄戦の真実 (8)
「パンドラ訴訟」/
梅澤、赤松両隊長の名誉回復を

 近年、沖縄戦関連で三つの裁判が行われ、そのうち一つは係争中である。
 既に最高裁判決が出た「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判」(大江・岩波訴訟)と「沖縄靖国合祀取消訴訟」、それに福岡高裁那覇支部で係争中の「パンドラの箱連載掲載拒否訴訟」(以後、「パンドラ訴訟」)である。

 三つの訴訟はそれぞれ原告と被告、そして表面上の訴因は違っているが、実質の争点が沖縄戦をめぐる認識であり、さらに論点を絞ると「沖縄戦と援護法の関係」になるという共通項を持つ。

 「大江・岩波集団自決訴訟」は最高裁判断で原告側の座間味島元戦隊長の梅澤裕氏や渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次氏の弟、秀一氏が敗訴した。一方、最大の争点である「集団自決の軍命」については被告側は立証することができなかった。

 2012年6月15日、「沖縄靖国合祀訴訟」で原告側である遺族の敗訴が確定した。この裁判は沖縄戦などで亡くなった戦没者の遺族5人が「家族を靖国神社に無断でまつられ、肉親を自由に追悼する権利を侵害された」と主張して、靖国神社のほか、神社に戦没者の名前を提供した国に、合祀の取り消しと慰謝料の支払いを求めたもの。

 原告のリーダーである金城実氏は、父親の戦死を「犬死に」と罵ったが、援護金を返納してから訴訟に踏み切るのが筋だった。

 他の原告は、避難壕の外で死を迎えた主婦や2歳の幼児らの遺族らだが、援護法適用のため「準軍属」とされ、合祀された経緯があった。

 「パンドラ訴訟」は、琉球新報夕刊に2007年5月から掲載中の連載「パンドラの箱を開ける時」が急きょ中断したことに対して筆者の上原正稔氏が損害賠償を求めているもの。未掲載の部分は、米軍兵士の手記に基づき、慶良間諸島における集団自決の真相を解明するもので、両隊長の名誉回復に向けてのメッセージでもあった。

 沖縄戦史の捏造(ねつぞう)は軍命を必須条件とする援護法適用により生み出された悲劇であり、その一番の被害者が「軍命で住民を自決させた極悪人」という汚名を着せられた梅澤、赤松両隊長ということになる。

 上原氏は2011年1月、提訴時の記者会見の席で、梅澤、赤松両隊長に沖縄県民を代表して謝罪。「存在しない軍命令」で援護金を受給した沖縄人の複雑な心境を代弁した。

 しかし、沖縄のメディアはまるで申し合わせたように提訴の事実を黙殺し続けている。沖縄県民でさえ、この裁判のことを知る者はほとんどいないのが現状だ。両隊長の実質的な名誉回復こそが歪められた沖縄戦史を是正する第一歩ではなかろうか。

 上原氏は提訴に際し次のように述べている。

 <最終稿(181回目)で、赤松さんと梅澤さんは集団自決を命じておらず、それは援護法の適用外の住民が援護金を貰うために嘘の報告を出し、そのために赤松さんと梅澤さんをスケープゴートにしたのだ、という旨の原稿を出したら、(琉球)新報はその最終稿をボツにするという前代未聞の暴挙に出た

 7月29日、「パンドラ訴訟」の高裁判決が下される。

(「沖縄戦の真実」取材班)

=終わり=

                              ☆

>原告のリーダーである金城実氏は、父親の戦死を「犬死に」と罵ったが、援護金を返納してから訴訟に踏み切るのが筋だった

金城実氏が父親の援護金で、金のかかる京都の美術大学を出た事はよく知られているが、佐野眞一氏の取材に応じて援護金のことをこう述べている。

「わずかな金と、靖国の「英霊」に祀られるという美名で、沖縄戦の実態が隠蔽される。 ここには、日本による沖縄の歴史の捏造という深刻な問題をはらんでいる」

金城実氏は「わずかな金」と言うが、戦後産業らしい産業もない沖縄で、沖縄に支払われた莫大な額の援護金が沖縄経済に貢献したことは、援護法を「歴史捏造の政府の悪意」と受け止める石原昌家氏でさえも認めていることだ。

その石原氏は援護法に関し、2008年の慰霊の日(6月23日)の琉球新報で、記者のインタビューにこう答えている。

ーー「集団自決」はどう捏造されたか。

自決という言葉は軍人などが自殺する意味。援護法では日本軍の命令などにより家族らが殺し合ったことを「集団自決」とすることにより国との雇用関係が生まれたことにして軍事行動ととらえている。 その軍事行動は「積極的戦闘協力のために戦闘員の邪魔にならないよう崇高なる犠牲的精神で自らの命を絶った」という意味だ。 日本軍による「壕追い出し」は、「壕提供」「強制集団死」ではなく「集団自決」でないと援護法の対象にならない。国のいう「集団自決」とは無残な死、無念の死ではなく、崇高なる死、尊厳死、殉国死、名誉の死、一般住民には絶対使えない言葉だ。

「援護法」に関する公的資料は受給者のプライバシーに関わる部分が多いため、筆者のような一般人には入手が困難なものが多い。

その点、援護法の研究者を自認する石原氏は入手困難な資料を独占的に入手し、一般人の目が届かないのを良いことに、勝手な解釈をして、これを新聞等に発表してきた。 

「反戦平和」のイデオロギーに支えられた石原氏の解釈に資料を以って反論するのは困難とされてきた。

今回の世界日報掲載の【連載】貶められた旧日本兵-「援護法」に隠された沖縄戦の真実」は、石原氏の悪意に満ちた解釈が、間違いであることを立証した。

そもそも石原氏の論調によると「集団自決」という文言そのものも、政府が歴捏造のため考え出したような印象だが、筆者の知る限り「集団自決」という文言を初めて使ったのは『鉄の暴風』の執筆者大田良博氏のはずである。

>国のいう「集団自決」とは無残な死、無念の死ではなく、崇高なる死、尊厳死、殉国死、名誉の死、一般住民には絶対使えない言葉だ

言葉のマジックに騙されそうになる。

確かに集団「自決」という文言を一般住民に使うのは違和感を感じる向きもあるが、国は受給のための現認書(申請書)に「崇高なる死、尊厳死、殉国死、名誉の死、」のどの記入を要求しておらず、「隊長命令による」の記入を要求しているだけだ。

いずれにせよ、悲惨な沖縄戦を体験した沖縄住民に「後世格別の配慮を」と叫んだ大田中将の意志を継いだ厚生省が「拡大解釈」してまで受給対象を広げようとした「善意」を、石原氏ら反日サヨク勢力の解釈によると、全てが「悪意」に満ちた日本政府への怨念へと変化していく。

石原氏のインタビュー記事を掲載した琉球新報は、これまでに「援護法は政府の歴史捏造の手段である」という趣旨の石原氏論文を数多く掲載し、悪意に満ちた解釈にお墨付きを与えている。

その琉球新報を相手取って訴えた上原正稔氏の「パンドラ訴訟」の高裁判決が明日下される。

 

【おまけ】

156【沖縄タイムス】市民団体「非常識、勘違いしている」 沖縄防衛局、抗議に来た市民にトイレを貸さず押し問答に

1そーきそばΦ ★2013/07/27(土) 11:29:33.04 ID:???0
【嘉手納】米軍普天間飛行場野嵩ゲートのフェンス設置に抗議するため市民団体などが
26日に沖縄防衛局を訪れた際、
参加者が局内トイレの使用を認められず、
20分ほど押し問答になる場面があった。

この日は、市民団体や労組、一般市民ら約50人が集まった。
中に入れるのは代表8人だけだったため、ほかの参加者は入り口付近で待機。

女性数人が局内のトイレを借りようとしたが職員に断られ、近くの施設のトイレを使うよう
求められた。市民団体側が繰り返し抗議し、最終的には使用が認められた。

市民団体側は「あまりにも非常識。自分たちが沖縄を支配していると
勘違いしているのではないか」と批判している。

header_logo

沖縄タイムス 7月27日(土)10時14分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130727-00000005-okinawat-oki


2名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:30:16.34 ID:Ym7/XJT8P
などと、意味不明の供述を繰り返しており、警察は余罪を追及しています。


3名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:30:22.70 ID:yHOpVXfkP
何様だよ


4名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:30:22.60 ID:lMc/5XRS0
テロリストに貸すトイレはありません


6名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:30:48.33 ID:v7DGsPlz0
何されるか分からないからだろ


10名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:31:18.31 ID:dVO9FnM40
どっちが非常識だよ。



14名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:31:35.71 ID:UbnuPytr0
抗議に行ってトイレを借りたいとかwwwwwwwww


28名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:32:58.67 ID:eVu8PByH0
トイレを理由に入って何をするかわからないからだろ。


29名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:33:04.59 ID:chrLjUHz0
中に入れたら何されるかわかんねーもんな


31名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:33:22.26 ID:Az0OKb/20
機密防衛上、当然の処置だろww


17名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:32:02.19 ID:p90brvO5O
抗議してる時間で近くの施設のトイレに行けたろ…


18名無しさん@恐縮です2013/07/27(土) 11:32:10.36 ID:eGyybKkc0
だって爆弾やカメラ設置されたら大変じゃん
真面目な話



20名無しさん@13周年2013/07/27(土) 11:32:15.69 ID:iB/f5Juo0
>>1
破壊工作員を入れてトイレを利用させるとかあり得ませんから

 
 ・・・続きを読む・・・

          ☆
 
押しかけたプロ市民約50人を全員基地内に入れると大混乱が起きるのは火を見るより明らか。
 
そこで代表8人だけを招きいれたことは特に問題はない。
 
その代表の1人がトイレを断られたのなら、沖縄タイムスが、騒ぐように米軍側に問題がある。
 
だが、記事から判断する限りトイレ借用を言い出したのは、基地外で待機すべき残りのプロ市民たちだ。
 
彼らは、これまでも連日同基地ゲートで抗議行動を続行しており、その際は近隣のスーパーコンビニなどのトイレを利用しており、目と鼻の先には宜野湾市役所のトイレだってある。
 
それどころか、ゲートの金網近くの草むらには湯気の立つ人糞の痕跡さえある。
 
近隣のトイレ事情を熟知したプロ市民が徒党を組んで抗議先の米軍にトイレ借用を申し出たら、混乱を避けるため拒否されて当然である。
 
プロ市民側の非常識な抗議をそのまま掲載する沖縄タイムスが反日サヨクの機関紙であることを又しても証明してくれた。

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石原教授「捏造した」「恥ずかしい」、「援護法」の拡大解釈に

2013-07-27 06:48:11 | ★パンドラの箱訴訟

 

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 ■恥知らずの自民党県連

あくまでも面の皮の厚い自民党県連である。

自民党本部と同じ公約で敗北したのなら、自民党本部や安倍首相への責任転嫁もありうるが、党本部に反旗を翻し、その結果敗北したのだ。

自民党への追い風を拒否したのは県連の責任ではないのか。

ならば引責辞任が当然のはずの県連幹部、「辺野古移設」を主張した西銘恒三郎衆院議員に責任を転嫁しようと必死の様子を26日付沖縄タイムスは選挙特集「示された民意」で、次のように報じている。

公約破棄」自民を直撃 支持者すら不信感

「公約破棄が影響しているとしか思えない」複数の自民党県連幹部はこう分析していた。
4区支部長の西銘恒三郎衆院議員が、衆院選で掲げた普天間飛行場の県外移設を翻し、名護市辺野古容認を打ち出したことを指す。 後に島尻安伊子参院議員も、西銘氏に歩調を合わせた。(略)
公約破棄の影響を聞く記者に、幹部は吐き捨てるように答えた。 「ほかに何がある」

>「ほかに何がある」

あるに決まっているだろう!(怒)

お前たちの存在そのものだよ!

新聞の顔色ばかり窺って、「オール沖縄」の妄言で民意を見誤り、自民党本部に反旗を翻したのが安里候補敗北の最大の原因である。

それを西銘、島尻両氏に責任転嫁するだけではなく、4月28日の講和発効の日に記念式典をした安倍首相にも責任があるというのだから呆れ果てる。

県連幹部は参院選敗北の責任を西銘、島尻両氏と安倍首相に転化し、しぶとく生き残る魂胆らしい。

県内の自民党支持者は今こそ腐敗堕落した自民党県連の解体を叫ぶ時期ではないのか

 

「パンドラ訴訟」支援者の皆様へ

明後日(7月29日)午後1時10分、福岡高裁那覇支部に於いてパンドラの箱掲載拒否訴訟控訴審の判決が下されます。 

判決後の記者会見は午後2時10分、県庁記者クラブに於いて行われます。

よって、当初予定しておりました報告会は、午後3時に変更させて頂きます。

会場は、奥武山護国神社社務所2階会議室で御座います。

ご出席頂けますようご案内申し上げます。

お問合せ 090‐9780―7272 ニシコリまで

 

■世界日報 7月15日掲載

【連載】貶められた旧日本兵 「援護法」に隠された沖縄戦の真実(7)
靖国合祀取消で原告証人/
「自決軍命は虚偽」と証言


   集団自決は、沖縄だけではなく樺太や満州でも起きていた。それでは、なぜ沖縄の集団自決だけが大きく問題にされるのだろうか。 理由の一つが「援護法」の沖縄県民への拡大適用。もう一つが沖縄タイムス社編「鉄の暴風」(朝日新聞)、大江健三郎著「沖縄ノート」(岩波出版)などの沖縄戦関連書籍による元隊長に対するいわれなき誹謗(ひぼう)である。
   集団自決で特に問題にはならなかった沖縄本島中部の金武村(きんそん)(現在の金武町)では、援護金申請の依頼を受けた村の指導者が、すべての申請書に「軍の命令による」と記入し、命令を発した軍人の名を「田中軍曹」という架空の名前を使用した。

   架空の軍人を申請書に書いて援護金の受給を受けた成功談は、戦後金武町教育委員会町史編纂(へんさん)室に務めた奥間俊夫氏が高橋秀美著「からくり民主主義」(新潮社)の中でこう証言している。

   <もらえるものはもらいなさい、という役所の指導があって病気や空襲で死んだ人たちの遺族も便乗して申請したんです。申請書類には誰の命令で行動したか、を記入する欄があるんですが、なぜかほとんどが“田中軍曹”でして、調べてみるとそんな人は実在しないんです。>

   「援護金」を受給するために“田中軍曹”という架空の日本兵をでっち上げ、村民が「口裏合わせ」をしたことで金武村の場合は丸く収まった。

   金武村での集団自決は沖縄戦史では確認できず、この場合は「田中軍曹の命令で」戦闘協力して戦死したという申請内容になったものと推測できる。

   一方、渡嘉敷、座間味両村の場合は、実在の梅澤裕氏と赤松嘉次氏を「軍命を下した日本兵」と明記したため、その後に大きな問題を残した。歪曲(わいきょく)・捏造(ねつぞう)された証言も一旦、公的刊行物に掲載されると公式見解としての「沖縄戦史」として独り歩きすることになってしまう。

   石原昌家沖国大名誉教授は、「沖縄靖国合祀(ごうし)取消訴訟」では原告(遺族)側の証人となって法廷に意見書を提出した上、証人にもなっている。石原氏は、沖縄戦で犠牲になった住民を靖国に合祀するため政府主導で「軍命による自決」などと「戦闘参加者」をつくって援護金を与え口封じした、という趣旨の意見書を提出した。

   ところが被告側弁護士の尋問で「歴史の改竄(かいざん)」について次のような証言をした。


 <被告弁護士 「事実と異なる内容の申請書を最初から出して、何の問題もなく適用された人も当然いますよね」

 石原証人 「そうです。圧倒的ですよ」>

 
   「戦闘参加者」という援護法の受理条件を与えるため、「虚偽記入」を指導して援護法を適用させた事実を認めた。

   石原氏は、「大江・岩波集団自決訴訟」では被告側を支援し「軍命あり派」の論陣を張った一方で、「沖縄靖国合祀取消訴訟」では、「軍命は『戦闘参加者』を作るための虚偽記入」であると主張したのだ。 (「沖縄戦の真実」取材班

                ☆

   
石原昌家沖縄国際大学名誉教授は、「沖縄靖国合祀取消訴訟」の原告側証人として証言台に立った。

そして「戦闘参加者」という援護法の受理条件を与えるため、「虚偽記入」を指導して援護法を適用させた事実を認めた。

石原氏は「大江・岩波集団自決訴訟」では被告側を支援し「軍命あり派」の論陣を張った。

その一方で、「沖縄靖国合祀取消訴訟」では、「軍命は『戦闘参加者』を作るための虚偽記入」であると主張したのだ。

石原氏は、同じ事案を同じ証拠物件で検証しておきながら、学者としての軸足に重きを置くと意見と、サヨク活動家としての軸足に重きを意見が全く正反対であることを端無くも法廷で証言してしまった。

学者の立場では、存在もしない「隊長命令」を援護金受給の方便として書いたと主張した。

イデオロギー活動家としての軸足に重きを置くと、国が援護法により歴史を捏造した主張する。

 しかし、いずれの場合も、結局は軍命は援護金受給のために「軍命による集団自決」を自供した結果になるのは皮肉である。

 だが、石原氏の発言にも変化の兆しが見え始めている。

昨年の6月、「沖縄靖国合祀取消訴訟」の原告敗訴が確定し、証人石原昌家氏の証言が拙ブログ「石原教授の致命的証言!援護法申請で」などで取りざたされるようになった。

その後石原氏佐野眞一氏の取材に応えて「(自分らが歴史の)捏造をした」「恥ずかしい」とまで吐露している。(佐野眞一著『僕の島は戦場だった』2013年5月20日発行)

佐野氏の最新著『僕の島は戦場だった』から該当部分を引用する。

ーー「援護法」の適用にあたって最も多かったケースは何でしたか?

「壕の提供でした」

ーー壕の提供というと、自ら申し出たように聞こえますが、実際には軍の命令で強制立ち退きをさせられたわけですよね。

「ええそうです。一般の人の感覚で言えば、壕を追い出されたと感じたと思いますね。」

ーーでも、「壕を追い出された」では「戦闘参加者」にならず、「援護法」の対象にもなりませんよね。

「ええ、だから、マニュアルに従がって、”戦闘参加者”になるようにわれわれが代筆してあげたわけです」

ーー「つまり捏造した?」

「はい、そういうことです。 最初の通達では”戦闘参加者”は14歳までだったんです。 それが7歳まで引き下げられ、最後は0歳児まで認められるようになった」

零歳児が”戦闘参加者”に認められたのは、アメリカ軍が最初に上陸した慶良間での「集団自決」のケースである。

ーーそうしたことも”戦闘参加者”と認める業務をやってきたわけですね。 いま振り返ってどう思いますか。

まあ、恥を感じますよ。 おっしゃる通り、ゼロ歳児が”戦闘参加者”になるはずがありませんしね。 いまでも後ろめたく思っています

       ☆

かつて著書「沖縄 誰もにも書かれたくなかった戦後史」で大江健三郎氏や筑紫哲也氏のように沖縄に媚を売ることによって沖縄で歓迎される本土知識人の言葉を「大文字言葉」と表現した佐野眞一氏。

週刊朝日と組んでは橋下徹氏のバッシングを試み、見事に返り討ちにあった。 そしてノンフィクション作家としての面目を失ってしまった

「大文字言葉」を連発すれば、沖縄では受け入れられると考えた佐野氏。

今度は、取材を兼ねて沖縄で頻繁に講演会を開いた。 だがにわか勉強で「米国でも飛行禁止の欠陥機オスプレイを沖縄上空で飛ばすのはケシカラン」などの「大文字言葉」を乱発し、聴衆の質問に立ち往生の醜態を晒した。

集団自決問題では、「軍命派」の発言を鵜呑みにし、「軍命なし派」の取材は上滑りで、「これ以上論争するつもりはない」などとと言っておきながら、次のような捨て台詞を書いて読者を混乱させている。

「ただ、読者には、日本軍がいなかった所に集団自決は起きていない、という事実だけは知っておいていただきたい」

「軍命派」の主張を鵜呑みにしたら、こんなデタラメを「事実」として書く羽目に陥るという見本である。

日本軍がいなかった読谷村「チビチリガマ」での集団自決を、佐野氏はどのように弁解するのだろうか。

逆に日本軍がいた場所で、集団自決が起きなかった例も枚挙に暇がないほどだ。

こんないい加減な本でも「大文字言葉」を塗して書けば、沖縄ではベストセラーになるし、講演会は引く手あまた。

「『反戦平和』を掲げる限り、沖縄なんてチョロいもの」、

佐野氏は」きっと密かにこう思っているだろう。

2013年5月23日 ... 高校生のための文化講演会」(一ツ橋文芸教育振興会、琉球新報社主催)が22日、宜 野湾市の県立中部商業高校(渡口恵校長)で開かれた。ノンフィクション作家の佐野 眞一さんが「自分の言葉を見つけよう」をテーマに講演し、感じたことを ...
 
2013年6月30日 ... 琉球新報 ... リウボウブックセンターリブロ(1)「おきなわ弁当はじめましょう」(琉球 プロジェクト・1418円) (2)「うちなー観光読本」(沖縄観光 ... (5)佐野眞一著「僕の島 は戦場だった」(集英社インターナショナル・1680円) □戸田書店豊見城 ...
 

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沖縄のヒトラー、高裁で敗訴!八重山教科書問題

2013-07-26 06:52:12 | 八重山教科書採択問題
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八重山教科書

控訴審を棄却

高裁那覇支部

八重山地区の中学校公民教科書問題に関連し、石垣市内の中学生1人が同市に東京書籍版の無償給付などを求めた訴訟の控訴審判決で福岡高裁那覇支部は25日、一身那覇地裁判決を支持、原告の控訴を棄却した。 
今泉裁判長は、2011年9月に東京書籍版を採決した地区3市町の全教育委員会の協議の場で「石垣市教育委員会が東京書籍版を採択したとはいえないと判断。 採択の主体は地区内の市町村教委と定めた教科書無償措置法や地方教育行政法に基づき、多数決で東京書籍版を選んだ決議は、同市教委に拘束力はない

                  ☆

県内識者を総動員し、あれほど大騒ぎした八重山教科書問題の高裁判決を、ベタ記事で済ます沖縄タイムスの面の皮の厚さは、凡人には測りがたきものがある。

この問題に関しては当日記としては、既に「終わっている」という認識だが、プロ市民が」中学生を矢面に立て、訴訟に持ち込んでくれたので、むしろ法廷で決着をつけた方がすっきりするとは考えていた。

裁判の要点を言うと、2011年9月の県教委主導による「全教委協議」が有効か否かの判断であり、裁判所はこの協議の有効性を否定した。

さらにの問題は、慶田盛竹富町教育長の主張が正しいのか、それとも玉津石垣市教育長の主張が正しいのか、を裁判に持ち込んだと言い換えることも出きる。

勿論裁判長は、慶田盛氏の判断が間違っており、玉津氏の判断が正しくいというお墨付きを与えたことになる。

この手のイデオロギー絡みの裁判は敗訴がわかっていても、体面上、上告するのが通例だが、一方では石垣市が裁判費用を使いすぎという訴訟の動きもあるという。

ならば最初から敗訴が予測される上告など止めにしたらどうだろうか。

なによりも子供をイデオロギー裁判に引っ張り出すプロ市民のいやらしさに呆れる裁判である。

それにしても、声高に「全教委協議」の正当性を主張し、慶田盛ヒトラーを支援した、大学教授や弁護士の面々、このままフェードアウトを決め込むつもりなのか。

あれほど騒いだ「金武町・流弾事件」と同じように・・・。

「危険な欠陥機オスプレイ」も、発狂新聞が騒動に火を点けたという点では、同じ運命をたどるだろう。

                        ☆

■7月25日 世界日報「沖縄のページ」

基地問題で揺れる「民意」―参院選

反基地の糸数氏「民衆の勝利」/比例は辺野古推進の維新新人

「県外」主張し敗れた自民県連/迫られる態勢の立て直し

 21日に投開票が行われた第23回参院選の沖縄選挙区(改選数1)では、地域政党・沖縄社会大衆党委員長で現職の糸数慶子氏(65)=社大、共産、生活、みどり推薦=が新人で自民党公認の安里政晃氏(45)=公明推薦=との事実上の一騎打ちを制し、3選を果たした。一方、比例代表では、反基地を訴えてきた社民党が議席を失い、辺野古移設推進の前浦添市長・儀間光男氏(69)=維新新人=が初当選。政府・自民党が推し進める普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に対して「県外移設」を主張して敗北した自民党県連は、来年初めの名護市長選、その後の知事選に向けて態勢の立て直しを迫られる。

(那覇支局・竹林春夫、豊田 剛)

 那覇市古島の教育福祉会館に特設会場を設けた糸数陣営。午後9時37分ごろ、NHKにつづいて民放テレビに当確が出されると、選対本部長の大城一馬県議は、「総理に問いたい。これがオール沖縄の声だ」と訴え、勝利宣言すると、集まった約100人の支持者から一斉に拍手が湧き起こった。

 万歳三唱後、糸数氏は開口一番、「沖縄の一議席、平和の一議席の勝利。私は『県外移設』でぶれない。『(名護市)辺野古の海を守る』と訴え、一貫して(普天間飛行場の)県内移設に反対し続けた」と述べた。

 「憲法改正、TPP参加、そして、何よりも(普天間飛行場の)辺野古移設、オスプレイ配備をはじめとした基地政策など、安倍政権がやっていることは、県民が受け入れられないことばかり。明確にノーという意志を示すことができた」「これが県民
の総意だ」と喜んだ。

 自民党本部が沖縄を重点選挙区と位置づけ、選挙戦終盤になって首相や閣僚が次々と沖縄入りしたことについて、「差し障りのない話ばかりして沖縄県民をバカにしている。県民・民衆の勝利だ」と移設問題を曖昧にした自民党陣営を追及。大城氏は、「(安里氏は)首相や閣僚の前では『県外』と言わなかった。これは県民だましであり、首相らの来沖はむしろ、県民の怒りを招いた」との見解を示した。

 生活、共産、社民、みどりの風の「野党共闘」も奏功した。玉城デニー衆院議員(生活)は、「ゆるやかではあるが野党が一枚岩となって選挙戦を戦った」と振り返る。自公支持者の票の約2割が糸数氏に流れたことについて、「県民は安倍政権に対して『ノー』を突きつけた。保守の中にもアベノミクスに頼らない違う政治を求めている人がかなりいる」と分析した。

 糸数氏は、今年1月に米軍新型輸送機オスプレイの配備に反対する全市町村長の連名の建白書を提出したことで、オスプレイ反対を「県民の総意」と主張してきた。

 「私の訴えが足りなかった。期待に沿えず申し訳ない」と敗北を認めた安里氏。3選を果たした糸数氏の得票数29万4420票に対し、無名の新人で26万1392票を獲得した安里氏に対し「よくやった」と支持者は労をねぎらった。

 終盤戦で安倍晋三首相や閣僚が沖縄入りし追い上げムードが高まっただけに、選対本部長の仲井真弘多知事は「結果は残念だ。まだにわかには信じられない」とショックを隠し切れなかった。

 「移設問題での党本部と県連とのねじれが最後まで尾を引いた」と安里陣営幹部。県連は「県外移設」を打ち出して、基地問題を選挙の争点からそらそうとしたが、糸数陣営が「辺野古移設反対を明記しない県連は信用できない。県民をだまそうとしている」と県連と安里候補を批判した。

 「県連と安里候補が辺野古移設を明言すれば、県内の保守層が必死に運動し、勝てたかもしれない」と党県連幹部。「県外移設」に県連が固執したことで、辺野古移設を支持する自民党支持者や保守層が分断され、安里氏への票に結びつかなかったというわけだ。

 獲得票で見ると、離島地域では軒並み安里氏が上回り、辺野古が所在する名護市では両者ほぼ互角だったが、那覇市、浦添市、宜野湾市、糸満市、うるま市の都市部で糸数氏が優勢だった。糸数氏は前回より8万票以上減らしたが、安里陣営はそれを取り込むことができなかった。

 同時に行われた那覇市議会選挙では自民、公明の与党系が過半数を確保したにもかかわらず、安里氏に票が回らなかったのは、翁長雄志那覇市長や県議、市議らが反オスプレイ運動に同調した結果、一般市民が糸数氏の「米軍基地反対」に同調した可能性も否定できない。

 全国的に1人区で自民が圧勝した中で、最重要選挙区の沖縄で自民公認の安里氏が敗北したことは、今後、翁長政俊県連会長ら自民党県連役員への責任を問う声が出てくることが必至だ。

 一方、県出身の比例代表を見ると、辺野古移設を公約に掲げた維新新人で前浦添市長の儀間光男氏が地域政党そうぞうとの協力で初当選した。これまで一議席を確保してきた社民党だったが、辺野古移設反対で反基地運動の先頭に立っていた社民党新人で沖縄平和運動センター事務局長の山城博治氏は落選した。沖縄県で反基地の国会議
員が1人減り、辺野古移設推進の国会議員が1人増えた。辺野古移設の民意が示された格好だ

 来年1月には名護市長選、来秋には知事選が予定されている。参院選で全国的に大勝しねじれを解消した安倍政権と自民党本部が普天間移設を含めた「沖縄問題」で今後どう解決を図るのか、「県外移設」で敗れた沖縄県連が執行部の人事を含めどのように態勢を立て直すことができるのか、「沖縄決戦」はまだまだ続きそうだ。



【美ら風】日本兵は村を救った恩人
 「私が知っている日本軍は決して悪くなかった」

 今月8日から8回にわたって本紙で連載された「貶められた旧日本兵―『援護法』に隠された沖縄戦の真実」を読んだ読者から電話があり、沖縄戦における日本軍の思い出を聞くことができた。

 その人は、元宜野湾署長で那覇市在住の崎浜秀治さんで、現在77歳。崎浜さんによると、沖縄戦当時は小学生で、沖縄本島北部の本部町屋比久原に住んでいた。海軍陸戦隊の39人が集落に配備され、陣地構築を始めたことをきっかけに兵士と関わりを持つようになった。

 幼少期に父親を失った崎浜さんは、「隊長と会って話を聞くのが楽しみだった」という。「隊長らは陣地構築に出掛けるたびに実家の前を通りかかると気さくにあいさつしたり、話しかけてくれて、乾パンなど貴重な食糧を恵んでくれた」

 那覇市街が壊滅的な被害を受けた「10・10空襲」をきっかけに、米軍機による空爆が激しくなると、「ここも激戦地になるから、もっと安全な場所に逃げたほうがいい」と助言され、同町のさらに山奥にある集落に避難したという。

 当時の屋比久原の集落は約30世帯、人口約100人。敗戦後、全員の無事が確認された。それも、隊長の指示により安全な場所に疎開したためだ。集落にとって隊長は「命の恩人」であり、今でも皆が感謝しているという。

 崎浜さんは、糸満市の沖縄県平和祈念公園を訪れるたびに平和の礎に刻まれている隊長の名前の前で手を合わせている。そして沖縄戦で勇敢に戦い、住民を守ってくれた日本兵の汚名が晴らされる日が来るのを待ち望んでいる。(T)

 

【おまけ】

福島瑞穂社民党代表が参院選敗北の責任を取って辞任するというが、「ワジワジー」と「ガティンナラン」を繰り繰り返すしか能のない照屋寛徳衆議院議員も引責辞任するらしい。

本日の沖縄タイムス2面最下部のベタ記事見出し。

国対委員長職

照屋氏が辞任

絶滅危惧種が絶滅するのは、その種に生まれた宿命であり、引責辞任すべき問題ではない。

絶滅は時間の問題だと思うのだがね。(涙)

沖縄選出国会議員で社民党後任の山城候補が落選したのは、「ワジワジー」して「ガティンナラン」ですかね。(再度、涙)

  

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消えた自民票!

2013-07-25 07:18:41 | 県知事選

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今回の参院選は全国的に自民党の追い風が吹いたのも関わらず、沖縄では自民党後任候補が敗北した。

沖縄だけは自民党旋風が吹かなかったのか。

いや、そうではない。

自民党旋風は、紛れもなく沖縄にも吹いていた。

比例区の支持政党得票数では、沖縄でも自民党支持が他を圧していた。

では自民党旋風の票は何処へ消えたのか。

消えた自民党への追い風の行方を検証してみる。

 

敗因は自民党県連の選挙戦略の失敗にある。

それを指摘した八重山日報のコラムを再度紹介する。

◆安里氏は自民公認にもかかわらず、党本部の意向にさからって普天間飛行場の県外移設を掲げたが、有権者の信頼を得られなかった。そればかりか、普天間移設が選挙戦で争点にならないという弊害も生んだそもそもの選挙戦略にボタンの掛け違いがあったのではないか。

沖縄2紙を敵に回すことを極度に恐れた県連幹部が、民意を取り違、自民党本部の「辺野古移設」に反旗を翻したのが最大の敗因といえる。

昨日のエントリーで紹介したように、自民党県連の影響力の少ない八重山地区は、安里候補が圧勝しているし、「沖縄のヒトラー」として全国に勇名を馳せた慶田盛竹富教育長が牛耳る「サヨクの島竹富町」でさえ、自民党への投票が勝っているのだ。

 沖縄タイムス掲載の「参院選・比例代表・開票結果」により、竹富町の政党別支持得票を検証してみる。

竹富町の政党別支持得票

■糸数慶子(社民、共産、生活、みどり)

社民⇒212

共産⇒147

生活⇒27

みどり⇒25

■安里政晃(自民、公明)

自民⇒518

公明⇒572

つまり糸数候補を公認した政党の合計得票数は、411票

一方、安里候補を公認した政党の合計得票数は、1090票

なんと沖縄紙が報じる「サヨクの島竹富町」は「保守系の島」という真逆の結果がでているではないか。

 

一般的に政治家は政治部記者に媚を売るという。

沖縄の政治家が新聞社の政治部記者の恫喝に弱いことは、良く知られた事実である。

政治部記者に「コラムに書くぞ」などと恫喝されると意気地もなくひれ伏してしまうという。

朝日新聞の磯貝記者が「コラムに書くぞ」と恫喝した様子を橋下徹日本維新の会共同代表がネットで公表している。

【動画】 橋下徹 - (20130720) 朝日の政治部の磯貝記者。一体何様のつもり?

先ほどの、沖縄タイムス掲載の「参院選・比例代表・開票結果」により、今度は沖縄全権の政党別支持得票を検証してみる。

  参院選・比例代表・開票結果(政党別)

★①糸数慶子支援党  172,531

社民党 107,301

共産党 51,346

生活の党 11,471

みどりの風  2,413

 

★安里政晃支援党(自民党+公明党)= 231,214

 自民党 140,234

公明党 90,980

 

なんと、ここでも58,683票という大差をつけて保守系得票が勝利しているではないか。

さらに「辺野古移設」を主張して日本維新の会公認の儀間光男氏が、比例区で当選した事実を考慮し維新の党の「得票数を保守系得票に加えると、127,875票の大差をつけて保守系の勝利ということになる。

日本維新⇒69,237

 では、これらの保守系票は何処に消えたのか。

紛れもなく、棄権か、自民党県連の批判票としての白票として消え去ったか、さもなくば糸数候補に流れたことも充分考えられる。(事実筆者の知人でも、そのような心境で糸数候補に投票をした人物が複数存在する)

今回の敗北を雨降って地固まると前向きに捉えるなら、W翁長ら自民党県連を牛耳る勢力を引責辞任に追い込んで、新生自民党県連の誕生が可能になったということだ。

「オール沖縄」の妄想で県民を惑わした翁長那覇市長も、この期に及んで県知事選の出馬を通常は諦めるもも。

だがこの人物の思考は通常ではない。

恥を知らないこの男は、「オール沖縄第二弾!」などと妄言を撒き散らし、知事選出馬も充分考えられる。

自民党県連は今回の参院選の引責辞任で、幹部の総入れ替えを断行すべきである。


自公参院選圧勝 より謙虚な政権運営を 県内移設は撤回のとき

琉球新報社説 2013年7月22日  

<沖縄に民主主義を

 普天間飛行場の返還問題に対する沖縄の民意は明解だ。糸数氏も、自公が推した安里政晃氏も県内移設に一貫して反対した。最新の琉球新報の世論調査でも74%が県内移設にノーの意思を示した。
  自民党本部は、自民県連の「県外移設」の意向を無視して、党公約に辺野古移設を明記した。政権与党は、沖縄の民意や自然環境の保護を求める世界潮流も直視し、日米合意の破綻を悟るべきだ。
  繰り返し指摘してきたが、県知事や県議会、県下41市町村の全首長、全市町村議会が辺野古移設に反対している。民主的手続きを一顧だにしないのはアンフェアであり、民主国家とは言えない。日米は民主主義、基本的人権の尊重を共通の価値観だと盛んに喧伝(けんでん)する。ならば、沖縄にもその民主主義をきちんと適用してもらいたい。
  尖閣諸島や竹島の領有権問題では、中国、韓国と対立したままだが、そろそろ首相自ら問題解決に乗り出すべきだ。その場合、武力による解決は国際法上も禁じられており、選択肢になり得ない。
  安倍首相は領土ナショナリズムの沈静化に努めつつ、尖閣、竹島問題の平和的解決に向けて中韓首脳に会談を働きかけるなどリーダーシップを発揮してほしい。「戦争宰相」ではなく、「平和宰相」として名を残してもらいたい。>


                             ☆

>普天間飛行場の返還問題に対する沖縄の民意は明解だ。糸数氏も、自公が推した安里政晃氏も県内移設に一貫して反対した。最新の琉球新報の世論調査でも74%が県内移設にノーの意思を示した。 

糸数選挙対策事務所の関係者が「圧勝ではない。薄氷を踏む思いの勝利だ。 選挙戦があと1週間も続いたら逆転もありえた」と正直に反省するように、新報の言う「74%が県内ノー」は真っ赤な嘘である。

安里候補の惜敗は、自民党県連の選挙政策の失敗にあり、糸数候補の当選はいわば「敵失」による勝利というのが的を射た分析だろう。

その根拠は比例区における支持政党は、圧倒的に政府与党の自公に投票しているし、野党ではあるが「辺野古移設」を主張した日本維新の会公認の儀間光男氏の当選というおまけまでついているではないか。

> 繰り返し指摘してきたが、県知事や県議会、県下41市町村の全首長、全市町村議会が辺野古移設に反対している。

沖縄2紙の恫喝を背景に「オール沖縄」で「全首長、全市町村議会が辺野古移設に反対」を強要したのがW翁長であり、その「オール沖縄」が瓦解したことの証明が今回の安里候補の敗退ではなかったのか。

>民主的手続きを一顧だにしないのはアンフェアであり、民主国家とは言えない。日米は民主主義、基本的人権の尊重を共通の価値観だと盛んに喧伝(けんでん)する。ならば、沖縄にもその民主主義をきちんと適用してもらいたい。

民主主義国の日米を批判し、一党独裁の専制国家の中国を礼賛する琉球新報に民主主義の講釈を受けようとは笑止な話である。

 それにしても、「辺野古移設」を主張した儀間候補の記事がほとんど沖縄2紙には掲載されないのは、「不都合な真実」だから?

沖縄2紙の行動はわかりやすい。


 

 

【おまけ】

雑誌『正論』で、毎月NHK批判の健筆を振るわれている皇學館大學講師の本間一誠さんのメールを紹介いたします。

         ★

先刻、録画しておいた7月22日(月)22:00~22:55放送の「プロフェッショナル・全国から指名が殺到!
沖縄のカリスマバスガイド 笑いと涙のバスツアー 伝えたい島人ぬ命」を見ました。
所謂「平和教育」で訪れる小学校や中学校の修学旅行生に反戦を語る、ベテランのバスガイドが登場しました。バスの中で、ガマに逃れた赤ん坊が泣き出し、日本兵がうるさい、黙らせろといって、その赤ん坊の頭に銃剣を突きつけた、親は口をふさいでその子は死んだと涙ながらに語ります。
NHKの沖縄番組は全て反戦番組になります。
見ながら実に憂鬱になりました。
殆ど絶望的と言ってもいい気分です。
沖縄への修学旅行が殆どこういう語りで行われるとしたら暗澹たる気持ちになります。
もし再放送があればご覧下さい。
 

 【おまけ】2

沖縄の反政府・反米デモは韓国主導だと日テレが大暴露wwwwwww

 

 

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続・昭和天皇と沖縄、空手の普及

2013-07-24 07:16:53 | ★パンドラの箱訴訟

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 参院選は、自民党県連と自民党本部との政策の捩れのため、糸数慶子氏の「反戦平和」に惜敗した。

「八重山教科書問題」を報じる、八重山毎日や沖縄2大紙を見る限り、八重山地区は反日サヨクの島の印象を全国に撒き散らした。

ところが実際は、八重山地区では安里候補が圧勝していた。

新聞が報じる民意がいかにデタラメかがわかる、参院選の結果だった。

■八重山日報 2013年7月22日

八重山攻防は安里氏 1万票超、自公底堅く

 参院選の八重山攻防では安里政晃氏が1万632票を獲得し圧勝。安里氏の議席奪取は実現しなかったが、八重山で自公選挙協力体制の底堅さを改めて見せつけ、8月の与那国町長選、来春の石垣市長選に向けて弾みをつけた。

 安里氏は福祉の現場で働いてきた実績や、母親が石垣市出身であることをアピールし、アベノミクスを活用した景気回復を第一に訴えて浸透を図った。比例区で公明が擁立した河野義博氏(35)とのセット戦術で、自公の組織票を生かした選挙戦を展開した。▼全文は「新聞オンライン.com」で
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

参院選では革新系現職の糸数慶子氏が…

 参院選では革新系現職の糸数慶子氏が当選したが、八重山では自公の安里政晃氏が勝利。衆参の「ねじれ」は解消されたが、選挙結果では沖縄本島と八重山の「ねじれ」が出現した◆理由はいろいろと考えられるが、第一に、八重山の現状は革新に対して自公が優位という選挙力学が挙げられる。昔から「八重山は保守と革新が半々で、公明がついたほうが勝つ」という俗説があった。当たらずといえども遠からず、というところか◆選挙戦終盤に安倍首相が石垣入りした効果も大きかった。首相が本島を訪問するのは珍しくないが、八重山には復帰後初だ。離島住民の中には、首相を直接見る機会は一生に一度だという人もいる。投票率は5割を切る低迷ぶりだったが、何とか前回参院選を上回ったのは、首相の来島効果かも知れない◆いずれにせよ糸数氏が勝利者になった。米軍基地に対し、より徹底して「ノー」を突きつける姿勢が本島の有権者に評価されたようだ◆安里氏は自民公認にもかかわらず、党本部の意向にさからって普天間飛行場の県外移設を掲げたが、有権者の信頼を得られなかった。そればかりか、普天間移設が選挙戦で争点にならないという弊害も生んだそもそもの選挙戦略にボタンの掛け違いがあったのではないか。

 
            ☆

 昨日のエントリーで、説明不足の点があったので補足する。

>政府は主権が日本にあることを根拠に、着々と援護法の沖縄住民への適用の布石を開始する。

>講和発効の1952年6月、政府は総理府内に南方連絡事務所が設置し、同時に沖縄には那覇日本政府南方連絡事務所(南連)が設置された。

 那覇日本政府南方連絡事務所(南連)が設置される前に、「援護法」制定の動きが沖縄に伝わるや、それに呼応したかたちで年2月 、「琉球遺家族会」(沖縄遺族連合会に改称)を結成し、ただちに日本政府へ「沖縄の遺家族にも援護金を支給されたし」という陳情を行った。

 ところが、当時沖縄は米軍の統治下にあり、「援護法」の沖縄住民への適用には米軍の協力が不可欠だった。

■「南援」と「南連」

厚生省側と沖縄側の要請を受け、連合国軍司令部は、沖縄と奄美に日本政府南方連絡事務所の設置を、日本政府に要請しており 、そ
れをうけて7月1日には「総理府南方連絡事務局」が設置され、これを「南援」と略称された。、

一方、現地付属機関として那覇日本政府南方連絡事務所が設置され、「南連」と略称された。

そして8月には初代南連援護係として斉藤元之事務官が赴任して、月には市町村職員に援護事務講習を実施している。(沖縄県生活福祉部援護課編『沖縄の援護のあゆみ』)

                 ☆

■昭和天皇と空手

昭和天皇と沖縄に関するエピソードをもう一つ紹介する。

沖縄の空手は裕仁親王が1921年、沖縄を訪問した頃は、秘伝とされ本土ではその存在はほとんど知られることはなかった。

裕仁親王は沖縄滞在中、空手の演武を見学され、実演をした富名腰義珍(後の船越義珍)が、後に空手の本土普及の先駆者となるわけだから、その時の演武が、空手の全国普及には昭和天皇が大きく関わったいたことは間違いのない事実である。

 その辺の経緯を富名腰義珍と「空手二十箇條」について(1)から抜粋引用する。

大正10年(1921)3月、時の皇太子殿下(後の昭和天皇)が巡洋艦「香取」に乗船されヨーロッパ外遊に向かう途上、沖縄那覇港に寄港された。この時、首里城正殿において沖縄第一中学校、沖縄師範学校の生徒による空手演武をご覧になり、この演武の指揮を船越が取った。「香取」の艦長は沖縄県出身の漢那憲和少将で、漢那艦長の発案した行事だったとしても、皇太子殿下へのご供覧は、政府と軍上層部の許可なくして実現不可能な時代である。その時の海軍大臣八代六郎大将は、既に空手に対する識見があり理解をもっていたことが後日知られているから、海軍大臣の後押しがあって実現したのかもしれない。演武後、漢那艦長は『本土は極めて武道の盛んなところだから、本土への紹介をするようにしてはどうか』と、船越にアドバイスしたと言われている。 (富名腰義珍師(1868~1957)、後に船越と改姓)

本格的な指導は、富名腰義珍(後の船越義珍)らが本土へ渡った大正以降である。1922年(大正11年)5月、文部省主催の第一回体育展覧会において、富名腰は唐手の型や組手の写真を二幅の掛け軸にまとめてパネル展示を行った。この展示がきっかけで、翌6月、富名腰は嘉納治五郎に招待され、講道館で嘉納治五郎をはじめ200名を超える柔道有段者を前にして、唐手の演武と解説を行った。富名腰はそのまま東京に留まり、唐手の指導に当たることになった.

               ☆

1929年(昭和4年)、船越義珍が師範を務めていた慶應義塾大学唐手研究会が般若心経の「空」の概念から唐手を空手に改めると発表したのをきっかけに、本土では空手表記が急速に広まった。

本土で活躍する空手の大家が一堂に会した写真。左から、遠山寛賢(修道館)、大塚博紀和道流)、下田武(船越高弟)、船越義珍松濤館流)、本部朝基本部流)、摩文仁賢和糸東流)、仲宗根源和(空手研究社)、平信賢(保存振興会)。東京、1930年代。

 

■「切りは離さない」努力をした日本政府

沖縄メディアは講和条約により、沖縄を米国に、意図的に「切り離した」と政府を批判し、その根拠を「天皇メッセージ」にもとめる論調である。

ところが吉田茂率いる日本政府は沖縄を本土から「切り離さない」ように最大の努力をしたことは日本外交史上の歴史的事実となっている。

雑誌『WILL』(2013年8月号)に、坂元一也大阪大学大学院教授が寄稿した「日本の主権回復と沖縄」と題する論文を書いている。

それによると、日本が主権回復をしたサンフランシスコ講和条約の締結交渉の際に、沖縄を本土から「切り離さない」努力をした人物は吉田茂首相であり、昭和天皇であった指摘しているので、該当部分を引用する。

<(沖縄の)本土からの「切り離し」についていえば、吉田茂率いる日本政府が、主権回復に際して最も努力したことの一つは、まさに沖縄を日本から「切り離さない」ことだった。 ここで少し、政府の努力について見ておきたい。 その努力は沖縄の「潜在主権」が日本に残るという形で実を結んだが、これは決して容易にいられた成果ではないし、小さな成果でもなかった。

主権回復の三年前の1948年3月、マッカーサーは、イギリスの新聞社の取材に応え、講和後、アメリカは日本を同盟国として利用する考えはない。 戦争が起こったら場合に日本に望むのは、日本が「中立を維持すること」だけだ。 日本の役割は「太平洋のスイス」になることだ、と述べたという。 

マッカーサーの発言は、当時の日本国民は「アルプスの少女ハイジ」のイメージから、スイスを非武装中立の国と錯覚し、多くの非武装中立論者を感激させた。

だが、スイスがハリネズミのように武装した武装中立国だったため「太平洋のスイス」という話はいつしか消え去って行った。

マッカーサーが日本が「太平洋のスイス」になることを望んだ根拠を、坂元教授はこう説明している。

マッカーサーは、アメリカがその沖縄を領有して要塞化し、そこに強力な空軍力を置けば、日本の安全を守るために、わざわざ日本の国土に軍事力を置く必要はない。だから日本は中立でも構わない、と考えたのである。
私はかつての非武装中立が沖縄の将来を詳(つまび)
らかにしない。 だが、もし日本が講和時に日米安保でなく非武装中立を選択していたら、沖縄の主権は確実に放棄させられていたはずである。

私は、沖縄の戦略的価値を重視するマッカーサーのような考え方と、沖縄の主権を日本に残すということが矛盾しないこと、それをアピールして、沖縄の主権喪失をなんとか防ごうとする意図が、吉田と同様、天皇にもあったと見てよい。>

 昭和天皇は米国に対し「天皇メッセージ」と言う形で、(1)沖縄住民の主権の確保、(2)沖縄の分離ではなく期限付き租借、(3)本土と同じ教育制度の継続(文部省教科書の使用)、(4)本土と沖縄の経済関係の維持(援護法の優先的適用など)、を米国側に認めさせた。

これは紛れもない歴史の事実だ。

そもそも「天皇メッセージ」とは、1979年、進藤栄一・筑波大学助教授(当時)が米国の公文書館から「マッカーサー元帥のための覚書」を発掘し、雑誌『世界』で発表したもの。 

同覚書には、宮内府御用掛かり寺崎英成がGHQ政府顧問ウイリアム・シーボルトを訪れ、天皇からのメッセージを伝えたと記されている。これがいわゆる「天皇メッセージ」とされるもので、概略こう述べられている。

「天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来に関する考えを私に伝える目的で、時日をあらかじめ約束したうえで訪ねてきた。 寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。(略)さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の諸島)に対する米国の軍事占領は、日本が主権を残したままの長期租借ー25年ないし50年、あるいはそれ以上ーの擬制(フィクション)にもとづいてなされるべきだと考えている」

沖縄に流布する大きな誤解の一つだが、沖縄保守系の論客の中にも「天皇メッセージ」とは天皇自ら「沖縄を延命のためアメリカに売り渡す」と書いた文書が米公文書館から発見された、と誤解する人が多い。 

だが、実際は「天皇の密書」が存在するわけではない。

寺崎が昭和天皇の会話の中から沖縄についての陛下の「思い」を斟酌してシーボルトに伝え、それがシーボルトの手紙という形でワシントンに伝えられたのだ。

「天皇メッセージ」の重要ポイントである「潜在主権」、つまり日本の主権を残したまま米国に統治を委任することを、親子の場合に例えると、子(沖縄)を育てる経済力のない親(日本)が金持ち(米国)に、戸籍はそのまま残して一時里子に出したようなものであり、戸籍を移籍する養子縁組(米国領にすること)とは根本的に異なる。

当時世界一の経済力を誇る米国の統治下にあった沖縄では、食糧不足で喘ぐ祖国日本では食すること出来ない米国産の豊富な食料供給の恩恵に浴した。 その名残の一つがランチョンミート文化であり、戦前の沖縄にはなかったビーフステーキやハンバーガーなど現在も続く牛肉文化の繁栄である。

 ■「日本国への帰国を証明する」・・・パスポートに押されたゴムスタンプ

米軍統治下の沖縄で1952年の講和発効の日を経験した者は、「潜在主権」という言葉を一度は耳にした経験があるだろう。だがその意味を身を以って体験した者は少ない。 沖縄出身の筆者がまだ10代の頃体験したエピソードを披露する。

少年(筆者)が進学のため沖縄を後にし祖国日本の「出入国・通関」に足を踏み入れたときのことだ。携行していた「パスポート(日本旅行証明書)」を通関に差し出したとき、審査官は学生服姿の筆者を見て微笑みながら声をかけてくれた。 

「進学のため?」

「はい、そうです」

審査官は高校の制服制帽姿の少年に終始優しく対応した。審査官はパスポートにゴムスタンプを押し、署名しながらこう言った。

「しっかり勉強しなさいよ」

「はい」

口下手の少年は審査官の優しい対応と励ましの声に、心の中で「ありがとう」とつぶやいたが、それを口に出して言うことができなかった。

後で、パスポートに押されたスタンプを見て、感動がこみ上げてきた。

 「そうだったのだ」。 「これが潜在主権の意味だったのだ」。

スタンプには「日本国への帰国を証明する」と記され審査官の署名がされていた。

少年は、「日本国への入国」ではなく「帰国」という文字に感動したのだ。 

まだ復帰していない祖国は「帰国を証明する」という形で少年を迎えてくれたのだ。

それまでの認識では米国の統治下にあるので、沖縄人は日本国民ではないという疑念さえ持っていた。

ところが学校では「沖縄の潜在主権は日本にある」と聞かされていた。

そのせいなのか、沖縄で戦後教育を受けた少年は、小学、中学、高校と文部省教科書で教育を受けていたが、そのことには何の矛盾も感じていなかった。

少年は、「潜在主権」の意味がよく理解できないまま祖国日本に上陸し、通関手続きで「日本国への帰国を証明する」という審査官の署名つきスタンプを見て初めて「潜在主権」の意味を身を以って実感したのであった。

だが、その「潜在主権」という文言が、昭和天皇の「天皇親政」で生まれた「天皇メッセージ」の成果であることを、少年はその時知る由もなかった。 半世紀以上前の日本の税関での記憶である。

 大田実海軍少将が沖縄県民に残した「善意」は昭和天皇、吉田首相そして厚生省へと 「善意のバトン」として受け継がれたのである。

【おまけ】

学徒が兵士と認められるまでに語られた国会答弁です。 

昭和30年07月04日衆議院「海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会」でも山下(春)委員から次のように言及されている。

沖縄の鉄血勤皇隊あるいはその通信隊等の、沖縄の学徒を召集いたしまして軍隊に使いましたその多くの者が死没いたしております。そこで、援護局といたしましては、これの援護の手は差し伸べておられることは了承しておるのでありますが、考えてみますると、この人たちは、兵隊であったという――私非常にまだたくさん持っておりますが、兵隊であったという実績がたくさん残っておるのであります。これがなぜ恩給法に行かなかったかというと、十七才未満であるからでありますが、その十七才未満でも、これはりっぱに軍服を着せまして、特にその当時の記事を見ますると、知念弘という人はこれは十五才であります。十六才はここに六、七名書いてありますが、死没後二階級特進して上等兵に進級しておるのであります。そういう点から考えますと、これはどうしてもただ援護だけでこれを処理いたしますことはどうもむずかしいように考えられるのでありますが、今日終戦後これらの人々は靖国神社に祭られることもなく、あるいはまた沖縄は日本に帰属したいと島民全体がこいねがっておるにもかかわらず、このこともかなわないというような気の毒な状態にあります。これらの人々を特にできれば現在の恩給法の中に認めていただきたいのであります。これが恩給法に認められない理由は、今は死滅したものでありますが、兵役法の中に十七才以上となっておるからだそうであります。(…)

 

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昭和天皇と沖縄

2013-07-23 07:48:10 | ★パンドラの箱訴訟

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「昭和天皇と沖縄の関係」と問われれば、生前一度も訪問したことのない沖縄。

訪問を希望したが、適わなかった沖縄・・・という程度の認識の県民は多いだろう。

だが、昭和天皇が青春時代、沖縄を訪問され、県人でさえも好き嫌いのある「沖縄料理」に舌鼓を打たれたことを知る県民は少ない。


「4・28屈辱の日」と関連し「天皇メッセージ」という文言がしばしば新聞に登場した。

新聞は、さすがに「天皇メッセージ」のことをサヨクブログが主張するように、「天皇が命乞いのため沖縄を米国に売り渡してした」などとは断定はしていない。

だが、いかにも意味ありげに「天皇メッセージ」を繰り返し報じ、お得意の印象操作に終始している。

ところが4月15日付の沖縄タイムスが社説で「天皇メッセージ」を取り上げ「昭和天皇糾弾」の第一歩を踏み込んできた。

彼らの究極の目的が、「32年テーゼ」による「天皇制の廃止」であることは言うまでもない。

沖縄タイムスの「検証4・28 政府式典と天皇 政治利用の疑いが強い」と題する社説の該当部分をこうだ。

昭和天皇は戦後、全国各地を巡幸し、戦後巡幸が一段落した後も、国体や全国植樹祭などの行事に出席するため各県を訪問した。 だが激しい地上戦の舞台となり米軍政下に置かれた沖縄には、戦後一度も足を運んでいない。 1975年初訪米の際、「米国より先に沖縄にいくことはできないか」との意向を周辺に漏らしたといわれるが、沖縄には反対論が根強く、実現しなかった。 87年に開かれた第42回国民体育大会(海邦国体)への出席も、病気のため急きょ取りやめになった。 戦争責任の問題も、米国による沖縄の長期占領のを進言した「天皇メッセージ」の問題も、ついに本人の口から語られることはなかった。 昭和天皇の晩年の歌が残っている。
「思わざる病となりぬ 沖縄を訪ねて果たさむ つとめありきを」>

>戦争責任の問題も、米国による沖縄の長期占領のを進言した「天皇メッセージ」の問題も、

この文言に沖縄タイムスの昭和天皇糾弾の本音が垣間見えるが、同紙の昭和天皇糾弾の意図は2012年11月の記事にも既に表れていた。

屋良朝笛知事(故人)に日記の発掘を報道しているが、得体の知れぬ「識者」の意見として昭和天皇が「沖縄に犠牲を強いたという負い目」などと、強引に決め付けているのが目立つ。

「訪米前に沖縄行けぬか」 昭和天皇、側近に問う  

 

 屋良朝苗氏の日記=沖縄県公文書館

 昭和天皇が1975年の初訪米を前に「米国より先に沖縄県に行くことはできないか」との意向を側近に示していたことが13日、分かった。沖縄県公文書館が今年9月に公開した当時の屋良朝苗知事(故人)の日記に、宇佐美毅宮内庁長官(当時)の話として記されていた。

 昭和天皇は47年9月、連合国軍総司令部(GHQ)に米軍の沖縄占領継続を求めた「天皇メッセージ」を伝え、その後の米軍の沖縄駐留に影響を与えたとされる。識者は「沖縄に犠牲を強いたという負い目が、訪問に強い意欲を持った背景にある」と分析。当時の昭和天皇の沖縄に対する思いを伝える貴重な記録として注目されそうだ。 2012/11/13 19:55 【共同通信】

            ☆

昭和天皇の沖縄に対する思いが深く、皇太子時代を除き、生前一度も訪問できなかった沖縄に、米国訪問前に沖縄ご訪問のお気持ちがあったことは理解できるとしても、「天皇メッセージ」のため「沖縄に犠牲を強いた負い目が訪問に強い背景にある」などのコメントは、サヨク識者の勝手な妄想に過ぎない。

昭和天皇が皇太子時代、ヨーロッパ旅行の折、沖縄を訪問したことを想い出し、多感な青春時代の想い出の詰まった沖縄に天皇在位中一度もご訪問できなかったことを心残りに思ったのが真実だろう。

 ■援護法と天皇メッセージ

1946年、戦前からの「軍人恩給法」がGHQの覚書により廃止される。 

そしてサンフランシスコ講和条約が成立した1951年、「援護法」が成立する。 

これは講和条約締結が見込まれていたため、講和発効と同時に、援護法の施行を考えたからだ。

日本政府は、当時既に米軍統治下にあった沖縄を、講和条約締結時に、なんとか日本から「切り離さない」ように努力をしたのだが・・・。 

沖縄の反日サヨク勢力は、講和発効の日を、日本が沖縄を米国に売り渡した屈辱の日と呼ぶ。

今年の4月、政府が講和条約発効の日を記念する式典を挙行すると発表するや、沖縄メディアが一斉に反発し、「4・28屈辱の日」と叫んで講和条約を批判した。

同時に昭和天皇が「国体護持のため沖縄を米国に売り渡した」などと喧伝し、「天皇メッセージ」を批判する識者の主張が紙面に躍った。 

沖縄紙が「屈辱の日」として批判する講和条約発効の1952年は、実は沖縄中が祖国復帰の気運が近づいた喜びで沸きあがった年であった。

政府は主権が日本にあることを根拠に、着々と援護法の沖縄住民への適用の布石を開始する。

講和発効の1952年6月、政府は総理府内に南方連絡事務所が設置し、同時に沖縄には那覇日本政府南方連絡事務所(南連)が設置された。 

「天皇メッセージ」に示された通り、日本の主権が残ったまま米国の統治下にあった沖縄。 

沖縄に潜在主権がなければ援護法の沖縄への適用は困難を極め、現在適用されているように「拡大解釈」してまでの大ア甘な適用は不可能だったであろう

政府(厚生省)は、日本の主権の及ぶ沖縄に「援護法」を適用させるのは当然と考え、南連の協力の下、米国民政府(米軍政府)と「援護法」適用の交渉を開始する。 

つまり当時の沖縄に日本の主権が及んでいたからこそ、援護法の沖縄住民への適用交渉が、講和発効と前後していち早く援護法関連の業務が開始されたのだ。

講和発効で日本が独立国となり沖縄の祖国復帰が間近だとの機運があった1953年から、当時の琉球遺族連合会の日本政府に対する援護法適用の折衝も活発になる。

 ■「潜在主権」と「天皇メッセージ」

なぜ援護法の沖縄への適用が大甘になったのか

「援護法」を「裏手引書」まで作成し、沖縄住民にだけ大甘な適用をした理由は、「県民に対し後世特別のご高配を」と結んだ大田実少将電文を知る世論の同情もあってのことと考えられる。

勿論「援護法」の成立・適用に関わった多くの官民関係者の努力を見落とすわけには行かない。

厚生省の担当官・比嘉新英や琉球政府社会局長として援護業務に携わった山川泰邦氏、そして座間味村役場の援護係・宮村幸延らが「お役所仕事」の枠を乗り越えて努力したことや、遺族会幹部の方々の努力も見逃すことは出来ない。 

同時に「沖縄病」に取り付かれた茅誠司東大総長ら当時の知識人たちの沖縄への同情心も彼らの行動を後押しした。

大田少将の電文を国(厚生省)が受けついて、「後世特別の配慮」をしたことは理解できるが、厚生省の独断でこれほどの事が可能なはずはない。 

大田少将と厚生省の間にその「善意のリレー」をした人物が介在した。

これに関連し援護法適用の根拠となる「潜在主権」について努力した2人の人物がいる書いた。

昭和天皇と吉田茂首相のことだ。

尊王主義者で「臣茂」と自称した吉田茂氏については後述するとして、昭和天皇と沖縄の関係について述べてみる。

■大田実中将の「電文」と昭和天皇

繰り返すが「援護法」の沖縄への適用について、忘れてはならないのが沖縄の「潜在主権」にこだわった「天皇メッセージ」の存在である。

もとより1979年に公表された「天皇メッセージ」の存在を、1950年当時の関係者が知るはずもなかった。 

ただ昭和天皇が大田少将の電文を読んだ可能性は充分考えられる。

理由は昭和天皇が20歳の皇太子時代、ヨーロッパ旅行時の船旅の第一歩を印されたのが沖縄であり、その沖縄が米軍の銃弾に蹂躙されたことを大田少将の電文で知り心を痛めたことも想像に難くないからだ。

人間誰しも多感な青春時代に訪れた土地は想い出が深く心に刻まれるもの。

ましてや長い船旅のお召し艦の艦長が沖縄出身の漢那憲和少将とあれば、皇太子時代の昭和天皇が沖縄のことを特に身近な土地と考えてもおかしくはない。

裕仁親王は沖縄訪問を大変喜ばれ、外遊の日を記念して、毎年三月三日、当時の漢那少将を始め関係者を宮中に招いて午餐会を催したという。

お召し艦「香取」が宮古列島沖を航行中、艦の甲板上に飛び魚が躍り込んできた。

それから46年後の1967(昭和42)年、宮中新年歌会始で、昭和天皇は皇太子時代沖縄で見た飛び魚を回想し和歌を詠まれただ。

「わが船にとびあがりこし飛魚をさきはひとしき海を航きつつ」(「さきはひ」は幸いの意味)

昭和天皇は青春時代に訪問された沖縄のことをしっかり心に刻んでおられたのだ。御製碑は宮古神社に建立されている。

■昭和天皇と「沖縄料理」

皇太子(裕仁親王)の沖縄訪問時、特筆すべきエピソードがある。

最近の沖縄ブームで、沖縄ソバやゴーヤーチャンプルーが全国区になったが、それでも「エラブ海蛇」を食する人は極めて少ない。

裕仁親王は沖縄県民でさえ好き嫌いの激しい沖縄特産の「エラブ海蛇」に興味を示され、沖縄出身の漢那艦長に食べてみたいと所望された。

艦長は、「エラブ海蛇」を取り寄せて食卓に供した。

裕仁親王は「たいへんおいしかった」と漢那艦長に告げている。


県人でさえ好き嫌いの激しい
「エラブ海蛇料理」

エラブ海蛇は「エラブ汁」として調理されるのが一般的な沖縄料理だが、昨日は土用丑の日で、ウナギ高騰の折、エラブ海蛇を「エラブ汁」にするより、串で刺して炭火で炙り「蒲焼」にした方が、一般的な料理になると思うのだが、どうだろうか。

 

 ここまで縷々と青春時代の昭和天皇と沖縄の関係について書いたのは、終戦直後の1947年の時点で、昭和天皇が当時既に米軍統治下にあった沖縄の将来について心を痛めていた事実を明らかにしたいからだ。 

米軍は沖縄を「信託統治」により、将来は米国の自治領にしようと目論んでいた。

つづく

 

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貶められた日本兵、捏造された公的刊行物

2013-07-22 07:13:26 | ★パンドラの箱訴訟

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糸数慶子氏が当選した。

早速今朝の沖縄タイムスの見出しは、これ。

糸数氏3選

沖縄の民意受け止めよ

沖縄タイムスが言う「民意」とはおそらく「県外移設」「米軍基地撤去」だろうが、比例区で当選した儀間光男氏が掲げる「辺野古移設」も民意ではないのか。

安里氏の選対事務所のテレビ中継で、安里夫婦が詰め掛けた支援者に向かって「力が足りなかった」と深々と詫びる姿が映し出された。

だが、思ったほどの悔しさは感じなかった、 それより画面にチョロチョロ映っていたW翁長の方こそ詫びるべきだと考えたからだ。

今回の敗因は自民党県連にあると考え怒りがこみ上げた。

比例区で「辺野古移設」を訴えた儀間光男候補の当選のニュースを聞いて、ますますW翁長への怒りがこみ上げてきた。

「県外移設」は「オール沖縄」の「県民の総意」などとデタラメを叫んで県民を混乱させた自民党県連の責任は重い。

儀間光男氏が比例区で「辺野古移設」を掲げ当選したという事実は、翁長那覇市長らが言う「県外移設」が「県民の総意」が真っ赤な嘘であることの証明である。

当然,W翁長を筆頭に県連幹部は切腹の必要がアル。

W翁長が腹を切る姿を想像すると、安里氏が負けた悔しさも中くらいになった。

くやしさも 中くらいなり おなが(翁長)切り 

                   ★

さて、「パンドラ訴訟」の高裁判決の日がいよいよ一週間後に迫った。

しばらく休止していた上原さんのブログが更新し始めたので紹介する。

Xdayのカウントダウン・・・あと8日

2013-07-21 09:16:14 | 告知

今、このブログを見ている者は皆、昨年の暮れぼくが一フィート運動解散記者会見の席に乗り込んで、福地曠昭新崎盛暉石川元平まよなかしんやら人間のクズどもがぼくが創り上げた一フィート運動乗っ取って潰してしまったことを暴露したことを知っているに違いない。その場面はインターネットで動画で公開したのであっという間に全世界に広がったが、記者会見現場に押し寄せていた20数人の記者らは誰一人それを報道しなかったことも知っているはずだ。これが今の表向きのマスコミの実態だ。「沖縄をダメににした百人」はまだ半分も真実を伝えてきれていない。つまり、まだまだ続くのだが、今日はぼくが「集団自決」とどのように関わってきたのか伝えよう。
ぼくは84年4月アメリカに出張し、一フィート運動のフィルム12本を入手し、5月に那覇市民会館で大々的に上映会を催したが、ぼくがアメリカで入手したのは単にフィルムだけでなかった。戦時中の新聞やG2戦時資料も大量に入手していた。ぼくが一フィートを乗っ取られた具体的な経緯は後に「沖縄をダメにした百人」に記すことにするが、乗っ取られてからぼくはその資料を沖縄タイムスの編集長に見せると、ぜひ沖縄タイムスで連載してくれということになった。
ぼくは85年冒頭から「沖縄戦日誌」というタイトルで連載を開始した。その中でニューヨークタイムズの伝える渡嘉敷の集団自決の目撃証言がぼくと「集団自決」の関わりの始まりだった。第77歩兵師団のアレクサンダー・ロバーツ軍曹が伝える「集団自決の目撃証言」は実に衝撃的なものだった。だが、ぼくがその時、気付かなかったことがある。「救出されて食事を取っている住民の中にこれも救出された数人の日本兵が入ってくると、住民は怒って彼らをなぐり殺そうとした」というのだ。後になって分かったのだが、実は”日本兵”とは”防衛隊員”であり、アメリカ兵は日本兵と防衛隊員の区別がつかず、記事は「Japanese soldiers」と記していたので、ぼくはそのまま「日本兵」と訳してしまったのだ。後に判明したところでは渡嘉敷島には70名の防衛隊員がいたのだ。また、そのニューヨークタイムズの記事にはジョン・エバンス伍長の腕に抱かれた小っちゃな少女はその時は全く知らなかったが、その後「赤松嘉次戦隊長は集団自決命令を出していない。実に立派な人だ。」とぼくに教えてくれた渡嘉敷の金城武則さんの奥さんだったのだ。金城武則さんは渡嘉敷島の集団自決についてその全容を知る唯一の信頼できる証人だ。金城武則さんも裁判でぼくが勝利するXデーには心から喜んでくれるだろう。


貶められた旧日本兵─『援護法』に隠された真実3」は狼魔人日記で詳しく説明されています。


              ☆

世界日報に連載された『「援護法」に隠された沖縄戦の真実』シリーズは、援護法を拡大解釈して沖縄住民に適用させようとする国側の「善意」に目をつけた反日左翼勢力の陰謀を暴くことが目的である。

遺族が、国の指導に従って方便として記入した「軍命」を、あたかも「残虐な日本兵」が実際に軍命で壕を追い出したり、軍命で集団自決を命令したなどと歪曲して報道されてきた。これらの歪曲・捏造された沖縄戦史を正すことにアル。

日本兵を貶めるためには聞き取り調査を捏造してまで、歴史を歪曲した例を、過去記事から紹介する。

                 ☆

集団自決、捏造された公的刊行物

沖縄縄戦を記した出版物が、一般刊行物から公的刊行物にいたるまで、虚偽の記述にあふれている事を再三指摘してきた。

 市中に出回っている雑多の出版物に記載してある証言より、公的刊行物にある証言の方が正しいと考える人は多い。

ところが一般的に信憑性があるといわれる公的刊行物が歪曲と捏造に満ちているというのだ。

沖縄戦を綴った公的出版物の編纂・監修に、安仁屋沖国大教授やその弟子の宮城晴美氏といった(大江・岩波手段自決訴訟の)被告側応援団が加わっており、意図的に証言を歪曲・捏造していた事実が判明しているのだ。

集団自決訴訟の第2弾ともいえる「パンドラの箱掲載拒否訴訟」では、公的刊行物を歪曲・編集した左翼学者の犯罪も白日の下に晒らされることになるだろう。

日本兵と米兵を入れ替えた捏造の沖縄戦史

「残虐非道の日本兵」と「人道精神に満ちたアメリカ兵」というイデオロギーを強調するあまり、聞き取りした執筆者の主観で想像を交えた作文をした例は珍しくない。

だが、「日本兵」と「アメリカ兵」そのものを、意図的に入れ替えて「残虐非道な日本兵」を作り上げた例は前代未聞である。

証言者が「(残虐行為をしたのは)アメリカ兵」であると二度も念を押したにもかかわらず、元琉球新報の記者の取材者は、公的刊行物である『那覇市史』に「残虐非道の日本兵」として記録しているのだ。

ことほどさように沖縄で発刊されている沖縄戦史はすべて眉につばして読む必要がある。

                           *

 沖縄県文化協会会長の星雅彦氏は、県の依頼を受けて県内の知識人として初めて、『鉄の暴風』の著者よりも早い時期に、集団自決の行われた座間味、渡嘉敷両村の現地取材をした人物である。

沖縄の文芸誌『うらそえ文藝』(15号)が、同誌編集長星雅彦氏の執筆による「『集団自決』 その真相を墓場まで」と題する論文でこの公的刊行物の捏造記事を紹介している。

例えば、次のような氏独特の婉曲な表現で、従来の沖縄戦史を批判し、集団自決の核心に迫っている。(引用文の太字強調は引用者)

《隊長命令や軍命の有無について考えてみる。 すると思い付くことは、根拠がないのに当然あるかのような形を示し得るスタイルで、うまく誤魔化している場合があるということだ。また根拠や理由は不明瞭でも当然起きた筈だと言うような、妥当性の範疇の推量でもって真実性を想像させ得る背景もある。 たとえば軍命令の有無が裁判で争点になっていようとも、その背景や根本問題に真摯にむきあっていると受け取られることによって、賛同が得られる場合もある。 そしてそれらの間隙に、「捏造」が挿入され得るのである。

公的刊行物の記述に疑念を持った星氏は、その中から御存命の証言者を精力的に追跡調査し、改めてその証言を採録した。

そして公的刊行物と実際の証言との矛盾点を指摘している。 

ということは、ほとんどの証言者が、自分の証言が捏造されている事実を知らないままに長年過ごしてきたことになる。 

そして今回の星氏の指摘によって初めてその事実を知ったというから驚きである。

本文中の「避難壕の自決とその謎」という章から例を挙げてみる。

《去年(2009年)12月中旬に、筆者は那覇市の繁多川図書館で同地在住の知念勇(76歳)からミー壕(新壕)にまつわる話を聴かせてもらった。 そのいろいろ含みのある話の中には驚くべき事実が隠されていた。》

このような書き出しで始まるこの章には、当時国民学校6年生であった知念勇さんが、学校の授業はほとんどない毎日を壕掘り狩り出された様子が記されている。

そして昭和19年のいわゆる10・10空襲の時、警察署員と一緒に住民が逃げ込んだ壕に日本軍の将校が現れ、この壕は軍が使用するから民間人は移動せよと命ぜられた話を次のように記している。

《将校たちが去ったあと、壕内は打ちひしがれたように悄然となったが、それでも住民たちの多くは、身の回りの品をまとめはじめた。 署長代理は「今出て行くと危険だから、様子を見てから署員の誘導に従ってください」と告げた。
数時間後にはミー壕から次々と住民は出て行き、民間人は具志堅夫婦とその息子の古康さんと勇さん(証言者・引用者注)と父親の五名が残った。(略)

突然、歩哨が駆け込んで来た。 とすぐ、那覇署員たちは移動し始めた。 その後、日本軍も間もなく撤退して出て行った。 米軍が押し寄せてくる予報があったのだろう。 小一時間後に、数人の米兵がどかどかと入ってきた。 彼らはすぐ合図しあって、具志堅古康さんと勇さんの父親を黙って引っぱって壕から外へ連れ出した。 
一人の米兵は残って勇さんたちを見張っていたかと思うと、2、3分もたたぬうちにカービン銃の音がバラバラと外から聞こえた。 すぐに米兵が立ち去った後、少し間をおいて勇さんたちは父親たちを探しに外へ出た。 一面瓦礫の空間には人影らしきものは見当たらず誰もいなかった。 勇さんの父親は50歳くらいで一般住民の姿をしていたが、古康さんの父親は軍服を着ていたからまぎれもなく日本兵に見られたのだろう。 二人は抵抗しようとしたのか分からないが、何かトラブルで射殺されたに違いない。 連れていかれた二人はその後永久に姿を見せなかった
・・・年老いた知念さんの話はここまでである。》

■日本兵と米兵を故意に入れ替える悪質な歴史捏造■

この面談の後、星氏は公的史料である『那覇市史」に掲載された知念さんの聞き取り調査の記述に明らかな作為的捏造部分を発見し、確認のため再度知念さんに面談することになる。

その驚きに満ちた経緯を上記文に続けてを星氏はこう記述している。

《ところが、筆者は『那覇市史 資料編弟3巻7』の中に「子どもと沖縄 繁多川の警察壕で」と題して知念勇さんの手記が載っているのを見つけた。 「《前略》父親はある日突然日本兵に連れ出された。 父親が連れ出された後、2、3発の銃声がしたが、父と共に連れ出された20歳くらいの青年と共に、再び壕には帰ってこなかった(後略)」(410頁)と記されている。 末尾に採話者「嘉手川重喜」とある。 筆者の知人であるがすでに鬼籍の人である。 
後日、再び知念勇さんに会って確かめてみた。 「自分も不思議に思っている。なぜ、米兵に連れ出されたということを、取材する人に2度も3度も言ったのに、どうして日本兵に入れ替わったのだろう?」と本人はいぶかしがるのであった。》

この部分を読んだ時、星氏が昨年、雑誌『正論』12月号に寄稿した『「鉄の暴風」はGHQの宣撫工作だった』と題する論文の次のくだりを、とっさに連想した。

沖縄戦の証言者がほとんど物故された現在、知念勇さんの例のようにご存命の方に証言を再確認して公的刊行物の意識的捏造を発見するのは奇跡に近い。

もし星氏の再調査が遅きに失し、不幸にして知念さんがなくなられていたら「知念さんの父親ら二人が、日本兵に壕から連れ出され射殺された」ということが、歴史の真実として刻まれることになる。

危うく沖縄タイムスが目論む「残虐非道な日本兵」の捏造の歴史に新たな頁が加わるところであった。

星氏はさらに、集団自決の史料として研究者なら一度は目を通したはずの『座間味村史』下巻の「村民の戦争体験記」を取り上げ、そこに記された20数名の体験記を「それらすべては伝聞であるが、隊長命令があったと記された証言が多い」として、各証言者の動きを検証している。 ここでその内容は省略するが、沖縄で集団自決を研究するに当たり異論を述べることが、いかに困難であるかを自分の経験を基に次のように述べて、論を結んでいる。

《ここで、沖縄の新聞を代表する世相を端的に言えば、沖縄では一般的に、二人の隊長の命令によって、集団自決が決行され、惨たらしく多数の住民が犠牲になったという見解だ。 それでは、もっともらしいが、よく考えると奇々怪々にさえ思えてくる。 今や軍命に意を唱えて探求すると、変人扱いされるか、他人の傷跡を暴く悪趣味に過ぎないと批判されるのだろう。 しかし沖縄戦の真実は、隠蔽されない限り、見えてこないのであろうし、そのような視線にこそ重要な意味があるような気がしてならない。(了)》

星氏は、沖縄で沖縄紙を代表する論壇に異論を唱えることは「変人扱い」と婉曲な表現に止めているが、昨年の5月に『うらしえ文芸』14号で沖縄タイムスと琉球新報を真っ向から批判して以来、それまで両紙から定期的にあった原稿依頼も全く途絶えたと聞く。 これは同時に沖縄二紙に反旗を翻した上原正稔氏についても同じことが言える。

全体主義の沖縄で軍命に異論を唱えるのは変人扱いされるに止まらず、文筆で糧を求める人にとっては死活に関わる大問題でもあるのだ。

集団自決といえば沖縄タイムスやサヨク出版社の高文研や岩波書店によって発刊された本しか読まない人々にとって、星氏の今回の論文は是非とも一読を薦めたい最新の「集団自決研究」の書である。

■安仁屋教授の歴史捏造■

《私が同書に疑問を持つようになったのは、県資料編纂所が刊行する『沖縄県史第九巻 沖縄戦記録ー』の執筆のため、北谷村から南部・中部の集落を回って聞き取り調査をしたことがきっかけだった。

あれは確か1970年の暮れのことだった。 私は県資料編纂所の職員のAとBの訪問を受けた。 Aは私の書いた原稿について「なぜ日本兵の善行などを書き入れるのか」と詰問してきたのである。 取材は各区長の家に集まってもらい、これを記録するという形で行った。 取材は私一人ではなく資料編纂所の名嘉正八郎と一緒であった。 

この取材で日本兵が住民を助ける話も幾つか出たので「そういうものも記録すべきだと思った」とだけ答えた。 県資料編纂所のA職員は県史編纂時の検閲の役割りを担っていたことになる。

因みにAはマルクス主義で、一つのイデオロギーに全ての物事をはめて判断しようとする傾向があったのだ。
この取材を通して私は『鉄の暴風』は、日本軍を「悪」とするために創作された、ノンフィクションを巧みに交えた推理小説風読み物ではないかと考えるようになった。
 そこには日本軍部と国民、また日本軍と沖縄住民を二極に分離させ対立させる仕掛けが巧みに織り込まれているのである。 まさしく江藤淳が『閉ざされた言語空間』で指摘したように、日本と米国の戦いを、日本の「軍国主義者」と「国民」との戦いにすり替えようとする米軍の底意が秘められているのである。(190~191頁)》

これについて筆者はA氏の正体を続々・星氏が『鉄の暴風』を批判!県資料編纂所職員の正体のなかで次のように暴露しておいた。

1970年の暮れに星氏を訪問し、氏が提出した原稿に「なぜ日本兵の善行など書き入れるのか」と詰問したマルクス主義者の県資料編纂所のA職員のことである。

ご本人の星氏は「A氏はまだ元気で沖縄で活躍されている方なので・・・」と実名を語るのを憚っておられるが、沖縄は狭いところで調べればすぐ正体はばれるもの。

1970年当時に県資料編纂所の職員であり、しかもこのような過激な発言で星氏に詰問する人物は自ずと限られてくる。

安仁屋政昭沖国大名誉教授は、沖国大の前は1967年から5年間、沖縄県資料編纂所の職員であり、そのマルクス主義的発言は現在も衰えてはいない。

なお、安仁屋教授は「集団自決」訴訟の被告側応援団の理論的中心人物であり、宮城晴美氏の恩師であることは夙に知られたことである。

その後、星氏が聞き取りした「日本兵の善行」は、安仁屋氏により「沖縄県史」から削除された。

                        ◇

【おまけ】

繁多川の新壕でも威張っていたのは、警察だった」

以下は琉球新報に掲載された知念 勇さん証言

[23 たった一人の生還(6)]昼は壕、夜食料探し

“収穫”たたり、地雷踏む

  昼は壕内に隠れ、夜は食料探し、時には浜辺で語らう瀬底正賢さんらの共同生活が1カ月余たった7月下旬のことだ。海岸を中心に求めていた食料も、そのころには戦闘もなくなったこともあり、かなり遠くまで行っていた。米軍のキャンプからの“戦果”や近くの畑からの“収穫”があり、食料事情もよくなっていた。

 その日も6人でイモ畑まで出かけ、袋に詰められるだけの“収穫”を得た。瀬底さんは月に照らされたみんなの顔に白い歯が浮かんでいたことを今でも覚えている。だが、“収穫”が大きなことが不幸につながった。重いので帰りは近道を選んだ。そこは敗残兵が出没するということで地雷が埋められている。

 地雷に知識のあるという知念1等兵が先端になった。「次に私、当間、上前、夫婦連れと続いた」。10メートル間隔で進むことにした。慎重にしばらく進んだ瞬間、ものすごい爆発音。瀬底さんがおぼえているのはそこまでだ。

 爆風で5メートルほど吹っ飛ばされ意識を失った。知念1等兵は即死、肉片しか残らなかった。夫婦連れの女性の方も死んだ。腹わたがはみ出していたという。

 意識不明の瀬底さんを左足に傷を負った学友が30メートル余の断がいを背負って下まで運んでくれた。「当間嗣冠が背負ったが、今見ても1人で上り下りするのも難しい場所を、よく運んでくれたと感謝している」。

 その当間さんも、地雷で受けた左足の傷がもとで亡くなる。死ぬ間際は顔が硬直、言葉もでない。体全体がけいれんする。けいれんを全員で押さえることぐらいしかできなかった。「生き残れば遺骨は渡してやるから」と瀬底さんが話しかけた時、目が安心した表情に変わったように思えた。

 遺体は米軍の毛布で二重三重に包み、壕内の割れ目に葬った。瀬底さんはすぐに、移動が割と自由だったCP(民警)を志願、遺骨を親元に手渡した。それとともにCPもやめてしまった。

 具志堅という工業生も8月上旬ごろ亡くなった。共同生活が始まって間もなく、傷を受けた腹部を三角布で巻き、さ迷っているのを瀬底さんが見つけ、一緒に行動するようになった。

 「140センチぐらいと小さく、目がパッチリしてかわいかった。首里の人で言葉もはっきりしており、親せきに議員だったか偉い人がいると話していた」。

 小さな工業生は「子どもと思って米軍は撃たない」と昼間から水くみに走った。しかし、3度目の昼間の水くみの時、丘の上の機関銃から狙われた。波打ち際に少年は倒れ、沖へ沖へとさらわれていく死体を目の前に見ながら、だれも壕から出ることはできなかった。瀬底さんは工業学校の戦没者名簿から具志堅という名を探してみたが見つからない。

   ◇   ◇

 瀬底さんらが捕虜になったのは終戦からかなりたった10月3日だ。6月下旬の司令部壕の落盤で負傷した上前寛市さんも、かなり弱っていた。瀬底さんも地雷に吹き飛ばされた時、30カ所に大小の傷を負い元気はなかった。

 南部の収容所に着いた時、元警察署長だった責任者に「上前君は弱っており、早く医者に見せてもらいたい」とたのんだ。だが、返って来た言葉は「学徒兵でも陸軍2等兵は陸軍2等兵。そんな言い訳は聞けない」と断られ、トラックで屋嘉収容所に運ばれた。2、3日して上前さんは傷口が悪化、死亡した。

 「軍部とともに威張り、私たちを戦場へ駆り立てていた警察幹部が、そのころには米軍の下で威張っている。たった1人生き残った学友も彼が奪った。今でも彼に対して怒り、うらみは消えない」―純心であるがゆえに、戦場での犠牲も大きかった学徒だけに、変わり身の早い大人たちの身勝手さは許せなかった。

(「戦禍を掘る」取材班) 1984年12月19日掲載

 

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沖縄を駄目にする候補は消去すべし!

2013-07-21 06:38:53 | 県知事選

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参院選きょう投開票

安倍政権に審判

「安倍政権に審判」が投票の目安なら、落第点をつけた候補者は落第でしょうが。

各メディアの調査によると参院選で、有権者が一番関心のあるのは経済政策であるという結果がでている。

ところがメデイアは米軍基地問題が一番の争点であるかのように、印象操作をしている。

今朝の沖縄タイムスの一面に、こんな文言が。

集団自衛権のレトリックと安倍政権

「国のかたち」を変える策動

「憲法改正して『国防軍』をつくる」

「集団自衛権を容認する」と主張する首相に対し、そのレトリックをあばく!

もっともこれは書籍の宣伝文だが、一面に掲載の広告を利用した巧妙な安倍政権批判である。

かつて大田昌秀氏が県知事に立候補したとき、投票当日の新聞に大田氏の著書と宣伝文を大きく広告し、法の盲点をついたと大田氏の側近が自慢げに語ったのを読んだ記憶がある。

「普天間移設」について、ネットから拾った県民としてごく常識的なコメントを紹介しよう。
 沖縄県内において、

「普天間基地の県外移設」

そういう意見の方も決して少なくないのは事実。
今度の参院選挙の候補者が、これを無視することはあってはならないと思います。

その沖縄については、
多くの国家予算が投じられた、日米でこの問題の解決方法について合意した、そうすることを前提とした予算が投じられた、という歴史、
尖閣諸島の近辺に中国の公船が押し寄せる、領海侵犯もたびたび起こっている、という状況があります。さらには、中国が沖縄を狙っているということも言われています。

これらの歴史や現在進行形の状況も考えなければならないかと思います。

県外移設、そうするのであれば、基地反対を主張する側の声ばかりではなく、八重山の置かれた状況にしっかりした対応を望む側の声も取り入れることが不可欠です。(沖縄本島の新聞はそういう声にしっかり向き合っているか、疑問ですが)

また、県外移設が、普天間基地が長年にわたり宜野湾市にあることにより存在する危険性を除去することが目的であることについての認識も重要です。

そうした前提の上で、「普天間基地の県外移設」にあたり何が求められるか。

「まずは」できることを「ありとあらゆる選択肢、可能性」の中からしっかり選んで、「焦らず」かつ「急いで!」、進めていくことが求められると思います。

普天間基地の危険性の除去」は緊急に解決が求められる問題であるので、「まずは」できることからしっかりと、これから進めるべきプロセスと「県外移設」という目的をしっかり提示してから進めていくべきです。またそのプロセス策定にあたっては、「これまでの日米政府のやり取り、これまで示された沖縄の民意、県民の「あらゆる」意見も踏まえ、ありとあらゆる選択肢を排除しない」という前提が必要不可欠です。
そうすることにより、宜野湾市の静かで安全な空、が実現に向かい出すのではないでしょうか。

今回の参院選挙は、上記のような観点から、しっかりと候補者を選ぶことが大事だと思います。
「軍事に関するものは一切ダメ!」というような姿勢ではお話になりません。
「まずはできることから!」と訴える姿勢も大事ですが、その後どうするか?ということも大事です。

誰を選ぶかは皆様の自由ですが、これまで沖縄がたどってきた歴史、現在沖縄が置かれている状況をしっかり認識された上で投票なさる方が1人でも増えていただけると幸いです。
                ☆

昨日のエントリーで糸数慶子候補を支援しているのは日本共産党、社民党などの極左政党のほかに沖縄2紙などが熱烈支援しているので、消去の対象だと書いた。

糸数候補を支援している団体をひと言で言えば、「極悪複合体」と要約することができる。

極悪複合体とは、当日記の読者なら先刻ご承知のことだが、沖縄を駄目にしでしている「反日サヨク複合体」のこと。

糸数慶子氏が元バスガイドだったことは夙(つと)に知られたことだが、糸数氏の現役時代の一般的バスガイドの説明は、それほど過激な反日、反日本軍の説明ではなかったはず。

それでは一体何ゆえに糸数氏は現在のような極左思想を持つようになったのか。

どうやら糸数氏の夫で元沖縄タイムス記者の糸数隆氏に、現在の糸数氏の極左思想のルーツがあるらしい。

糸数隆氏は、ただの一新聞記者ではなく、刑事訴訟法違反で逮捕された経験のある筋金入りの政治活動家だったという。

ということは糸数候補が叫ぶ「平和思想」は二人羽織のように裏で操る元沖縄タイムス記者の思想ということができる。

操り人形を国会に送ることはできない。

仮に糸数氏が当選したら、沖縄タイムスが狂喜乱舞し、大発狂すると書いたのも、的を的確に射ていたことになる。

沖縄選出参議院議員 糸数 慶子は沖縄を滅ぼすより該当部分を引用する。

糸数慶子さんのブログか何かに「今から23年前です。わたくしの夫であります糸数隆が、あの喜瀬武原の山には、砲弾を一発たりとも撃ち込ませないと、体をはって、阻止闘争をいたしました。復帰して2年目のことですから、刑事特別法違反ということで、逮捕されまして(以下略)

新聞の予測によると、糸数候補が一歩リードしている模様。


このままリードを許しては反日・反米・親北朝鮮の極左候補が当選してしまうことになる。

沖縄を中国に売る反日サヨク候補は消去しなければならない。

             ☆

 

【おまけ】

【必見】⇒沖縄選出参議院議員 糸数 慶子は沖縄を滅ぼす 

 

【おまけ】2

こんにゃくメモの引用です。

          ★

社会党(現社民党、民主党)はうすうす拉致があることを感づいてたのに拉致はないって言い張ってた

86 名前:名無しさん@13周年[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 11:48:46.94 ID:YwZrrg7h0 [1/2]
»61
社会党は日本側の工作支援者だろ

89 名前:名無しさん@13周年[] 投稿日:2013/05/30(木) 11:52:04.19 ID:GbUI9DAE0
»61
社会党っておかしかったよね
土井たかこがマドンナ呼ばわりされてたり、
「パチンコ屋さんが可哀相だから、パチンコ屋は納税免除にしましょう」とか言ってた
今思えば本当に糞だった

251 名前:名無しさん@13周年[sage] 投稿日:2013/05/30(木) 17:31:43.07 ID:SdVL6Iy00 [1/4]
»61
薄々どころの話じゃない。

北朝鮮から当局の目を盗んで拉致被害者の石岡亨さんが
決死の思いで手紙を日本の家族宛に送ったという事件があったが、
石岡さんの家族は当時マスコミで「人権派」として
「持ち上げていた社会党の中でも北朝鮮と強いパイプがあると言われていた
土井たか子党首に相談。

土井は、石岡さんを温かく迎え、親身になって相談にのるふりをし、
その足で朝鮮総連兵庫支部にこの手紙を届けた。

その後、社会党は石岡さん家族との連絡を全て絶ち、
家族が訪ねて来ても門前払いを食わせ、二度と会うことは無かった。

石岡亨さんがどういう事になったかは、北朝鮮の厚いベールの中明らかになっていないが
小泉の訪朝で拉致問題を北朝鮮が認め、
提出したリストの中に石岡さんの名前はあったが「死亡」と記されていた。

posted 8時間前

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消え去るべきは誰?消去法!

2013-07-20 07:17:16 | オスプレイ

 

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参院選あす投開票

安倍政権の評価を問う

そう、今回の参院選のキモは「安倍政権の評価」の是非にある。

ところが筆者の今日までの投票姿勢は、どうだったか。

自民党県連の反乱のため、「棄権」⇒「白票投票」⇒「消去法による記名投票」、と二転三転した。

選挙とは・・・本来、全面的に支持する候補者に投票するのが理想なのだが、右往左往の体たらく。

常日頃エラソーなことを書き並べている割には、見苦しいとお叱りを受けそうだ。

が、特定の政治団体には属していない平均的有権者としては決して珍しいことではない・・・と弁解しておこう。(汗)

そこで、消去法について検証してみる。

先ず泡沫候補は消去する。(結局は白票と同じことになる恐れがアル)

ここで、四人の候補者が2人に絞られ、安里、糸数両候補の事実上の一騎打ちになる。

沖縄タイムスの一面トップにもあるように、今回の選挙はひと言で言えば「安倍政権の評価を問う」と結論ずけすることができる。

で、安倍政権の経済政策は、どうなっているか。

県内の全業種に上向きの兆しが見えており、これを合格点であることを否定するものはイデオロギーで凝り固まった人間かよっぽどの経済音痴である。

全業種でプラス 4~6月期中小企業景況

糸数候補はアベノミクスに説得力のアル対案も示さず「10点」と落第点をつけている。

この人物の脳ミソは、経済音痴の上に、赤いイデオロギーにどっぷり漬かっており、沖縄経済の向上など微塵も考えてはいない。

「県民のため」など口先だけである。

さらに「米軍基地撤去」「日米安保反対」などと「反対」を叫ぶだけで、これに対しても説得力のある対案を示していない。

何よりも日本共産党や、絶滅危惧種・社民党の公認ということだけでも、消去の対象になる。

ただ、このような「泡沫政党」(社会大衆党)の議員が1人いても何の影響力もないから、自民党沖縄県連の暴走にお灸をすえる意味で、糸数候補を当選させる、という話もあった。

だが、糸数候補を支援するのは共産党、社民党だけではなく、沖縄2紙が熱烈支援しているという事実を忘れてはいけない。

名護市の我那覇真子さんが「沖縄2紙は沖縄の敵だ」といみじくも指摘したが、沖縄2紙が熱烈支援する糸数候補も「沖縄の敵だ」ということができる。

このように安倍政権の最重要政策である国防政策、経済政策に常に「ハンタイ!」を叫ぶしか能のない人物は、我那覇さんの指摘を待つまでもなく「沖縄の敵」いや、「日本の敵」と言っても言いすぎではない。

さらに「沖縄独立」を宣言し、選挙違反の勧めをする照屋寛徳氏が推薦するとなると、糸数候補の何処を検証しても良識ある沖縄県民なら消去の対象にするだろう。

仮に、仮にですよ、

もし糸数候補が当選したらどうなるか。

沖縄2紙が狂喜乱舞し、

「米軍基地ハンタイ」

「日米安保ハンタイ」

「自衛隊の与那国配備ハンタイ」が、

「県民の総意」である!

などと大発狂することが目に見えている。

 

そんなことは、我慢できないという方、

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【おまけ】

左翼団体の先頭に立って「オスプレイ反対」のシュプレヒコールの音頭を取る、佐喜真宜野湾市長のことを「本物のバカ」と書いた。

保守系市長でありながらサヨク団体の操り人形のように、自称「オスプレイ市長」といってみたり、正拳突きでオスプレイを落とすなどと叫ぶ姿が、本物のバカの称号に相応しいと考えたからだ。

その「オスプレイ市長」が、またぞろ「オスプレイ配備」に抗議の声明を発表した。

それも参院選の直前にになって。

何もこの時期を選んで発表することもないと思うのだが・・・。

やはりこの男、単なる操り人形なのか。


オスプレイ追加に抗議 宜野湾で声明発表へ
2013年7月19日 09時50分
 

 【宜野湾】宜野湾市(佐喜真淳市長)は18日、米軍普天間飛行場へのMV22オスプレイ12機の追加配備について市の各種団体と意見交換し、配備計画の見直しを求める抗議声明文を出すことを決めた。

 意見交換会には市議会や市教育委員会、自治会長会、市老人クラブ連合会など市を含め7団体の代表者が参加。23日に、市長と各団体代表が共同で記者会見し、声明文を発表する。

 同日、沖縄防衛局や米海兵隊太平洋基地司令部など関係機関へ抗議行動する。

 佐喜真市長は追加配備について「負担軽減と逆行する。市民の基地負担は限界に達している。効果的で有効な方法を各団体と検討したい」と述べ、計画の撤回を求める考えを示した。

                           ☆

 

「本物のバカ」が新登場!小池議員の沖縄紙批判に反論?よりの引用です。

■反旗を翻した宜野湾市長

一時はプロ市民団体の先頭に立って、米軍基地撤去を求めるシュプレヒコールの音頭取りをしていた佐喜真宜野湾市長。

市長就任一年を経過し、やっと自分の立ち位置に気がついたのか最近の発言に変化の兆しが見えてきた。

これまで「県外」を叫ぶ佐喜真宜野湾市長を「平和運動のヒーロー」のように扱ってきた沖縄タイムスが、最近の同市長の豹変ぶりに牙を向き始めた。

1日の沖縄タイムスは、佐喜真宜野湾市長が3月の市議会で普天間飛行場の移設に関し従来のように「県外」と明言せず「県や関係市町村と連携していく」と態度をあいまいにした。 これに対し、沖縄タイムスが早速次のような批判記事を書いた。、

「米軍への抗議行動への車両は駐車をご遠慮下さい」
昨年、ゲート封鎖など抗議行動が激しくなり、米軍が1時閉鎖した市民広場には、こう警告する看板が2ヶ月前から設置されている。 佐喜真市長は「抗議を妨げるものではないが、駐車場は抗議のためにあるものでもない。 周辺地域から、(ゲート前の)抗議がうるさいとの声もでている」と、市民団体の抗議行動を突き放す (沖縄タイムス 4月1日)

>市民団体の抗議活動を突き放す。

野嵩ゲート前で奇声を発して近隣住民に迷惑をかけ続けている暴徒の群れを市民団体と呼ぶ新聞も新聞だが、これら暴徒の中に宜野湾市民はおらず、米軍の厚意で提供されている軍用地(市民広場)を彼らが駐車場に使い「米軍出て行け」と蛮声を張り上げたら、当然米軍が「市民広場」を閉鎖しても仕方がない。

長年同広場を市民の駐車場として利用していた近隣住民の抗議で、市長が暴徒が駐車場を利用するのを禁じただけであり、佐喜真市長は、市長とし当然のことをしただけだ。

佐喜真市長が新聞による憑依から解き放たれた切っ掛けは「市民広場」の閉鎖だった。

過去エントリーでは、こう説明されている。

<野嵩ゲートで「米軍出て行け」と反米行為を行為を繰り返すプロ市民団体が「市民広場」に駐車して抗議活動するので、米軍が「市民広場」を閉鎖した。 米軍の行為は当然の措置だが、極左集団の先頭に立って赤旗を振っていた佐喜真宜野湾市長は広場閉鎖に困った市民の抗議を受け、米軍に泣きついて広場の解放を懇願した。

なんともみっともない話である。

米軍に泣きついた宜野湾市長

米軍の「お仕置き」に少しは懲りて大人しくなったかと思いきや、性懲りもなく親分(翁長)後について上京し、日比谷集会に参加するとのこと。

再度「市民広場」を閉鎖されたら市民に対し何と申し訳をするのだろう。 

自治労などの労働エリートはいざ知らず、一般の宜野湾市民は外部から来たプロ市民の暴挙に困惑している。 市民広場の閉鎖は迷惑の象徴だ。


(宜野湾市の「市民広場」駐車場)

            ★

沖縄タイムスの政治面に「記者のメモ」と題するコラム記事がある。 そこには新聞の吹く笛に踊った県内政治家が写真入で好意的に紹介されることで知られている。

かつて佐喜真市長も新聞の吹く笛に踊って「オスプレイ市長の佐喜真」などとトチ狂い、「記者のメモ」でも煽てられたことがあった。

オスプレイに正拳突き

<16日にあった普天間高校25期同窓会で登壇し、「オスプレイ市長の佐喜真ですと自己紹介した佐喜真淳宜野湾市長。・・・アトラクションで空手着に着替え、得意の演武を披露して会場を沸かせた。・・・・緊迫するオスプレイ配備の動きには、きっぱりと「正拳突き」の構え。>(沖縄タイムス 9月18日)

この佐喜真市長、確か赤旗を振る左翼集団の前に立って「ガンバロウ」の音頭を取って拳を天に突き上げた人物。

今度は、オスプレイを、正拳突きで撃ち落とすもり?

正拳突きね~、やっぱり本物のバカだ。


■自称「オスプレイ市長の佐喜真」

 

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参院選、評価分かれる、アベノミクス

2013-07-19 07:43:03 | オスプレイ

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当日記は一応政治ブログを標榜している手前、政治がらみの記事が多い。

だが、明後日に迫った参院選で県民が一番関心を持っているのは経済政策であることは各種アンケートが証明している。

例えば、これ。

安倍潰し!必死の沖縄メディア

 ここでも書いたが沖縄メディアの報道から受ける印象は「沖縄県民は年中基地問題で怒りに震えている」という印象だが、アンケートの結果は県民が関心がある争点は①経済・雇用、②教育・福祉、③米軍基地、④憲法という順である。

7月10の琉球新報が選挙特集で、糸数、安里両候補の経済政策を取り上げている。

3・21参院選沖縄選挙区 「経済政策」

「評価に大きな隔たり」

経済政策はアベノミクスの評価で、容易に判断できるが、両者は「評価に大きな隔たり」がある。

糸数慶子氏:
「全く評価できない。物価高で暮らしが厳しくなっている」

安里政晃氏:
「百点満点。地方への波及が必ずある。」

なるほど「全く評価できない」と「百点満点」では評価に雲泥の差がある。

では、実際はどうなのか。

今朝(19日)の沖縄タイムスの経済面の見出しでアベノミクスを検証してみよう。

■経済面(8面)の見出しを拾うとこうなる。

GDP成長3%前後

4~6月民間予測 長期目標上回る

百貨店売り上げ高7・2%増

6月震災反動除き大幅伸び

景気判断を上方修正へ

7月、3ヶ月連続

■経済面(9面)の見出し。

中小企業DI最高26・8

県同友会 全業種でプラス

全業種でプラス 4~6月期中小企業景況

なるほど数字は嘘つかない。

イデオロギーまみれの大嘘を垂れ流す沖縄タイムスも、数字は誤魔化しようがなく、経済記事は歪曲・捏造には無縁であった。

糸数氏は、これを「全く評価しない」のなら、一体何を評価するというのか。

経済指標が示すように、安里候補の「百点満点」の評価はともかく、県民が一番関心のある経済政策でアベノミクスは、誰が見ても評価できるし、少なくとも及第点をあげざるを得ない。

これらの経済指標を無視するかのような糸数候補の「全く評価できない」というコメントは、自らが経済音痴であることを暴露し、「何でもカンでも反対!」を唱えておれば国会議員は務まると考える「イデオロギーおばさん」の域をでないことを物語っている。

アベノミクスで、真綿で締め上げられるような苦境に陥っているのは、韓国と中国だ。

糸数候補は日本国民が好景気になるのより、中韓の国民が苦境に立たされるのが嫌なので、アベノミクス全く評価できない」という落第点をつけたのだろうか。

それに「全く評価しない」のなら、具体的な対案を出しなさいよ。(怒)

                 ★

 

【動画あり】QABテレビ2013年7月18日 18時32分
伊江島補助飛行場 周辺住民移転補償等求め申し入れ

オスプレイ配備以降、激しい訓練が続く伊江島で、アメリカ軍基地の周辺に暮らす住民たちが、基地から離れた土地への家屋などの移転を求め18日、沖縄防衛局に申し入れました。

住民らは、連日のオスプレイ訓練で発生する激しい騒音と粉じんの被害で「苦悩は限界に達している」と訴え、国に対し、基地から離れた土地への家屋移転補償などを求め80人分の署名を手渡しました。

「伊江島射爆場周辺住民の会」の小橋川嘉栄会長は「何らかのことが起きてからでは大変だと思って」「我慢できなくて立ち上がったんです」「腰掛の上では話はできないから現場を見てほしいと言った」と話していました。

対応した沖縄防衛局の田中文明地方調整課長は、「伊江島の航空機騒音は補償について定めた法律の基準に達していないので、移転対象にはならない」と回答したということです。

                ☆

「世界一危険な米軍基地」の近隣に住む筆者が、オスプレイの音に何の苦痛も感じないのに、この方々は「苦悩は限界に達している」と訴えている。

どちらかが嘘をついているのだろうが、筆者は嘘をついているわけではない。勿論騒音の補償を求めたことは一度もない。

ゆすりたかりは、もうそろそろいい加減にして欲しい。

沖縄メディアは8月に配備されるオスプレイ12機を「新たな追加配備」と印象操作しているが、旧型ヘリ24機の機種更新として、残りの12機の補充をしているに過ぎない。

沖縄メディアは当初、「アメリカでも飛行禁止されている欠陥機オスプレイ」を沖縄で飛行させることに反対、と叫んでいた。

ところが最近では「アメリカでは禁止されている低空飛行がケシカラン」などと、作戦変更をしていた。

ところがアメリカでもオスプレイを「低空飛行」している映像が公開された。

「週刊オブイェクト」より引用。

2013年07月18日
MV-22オスプレイの低空飛行訓練を操縦席から撮影した動画がYouTubeにUPされていました。投稿者の素性は不明ですがアメリカ海兵隊の公式のものではなく、海兵隊員が個人で撮影したものだと思われます。


MV22

オスプレイは固定翼機モードで機体を傾けながら谷を縫うように低空飛行を行っています。詳細な撮影地域は不明ですが、地形の様子からアメリカ国内であると思われます。これまでオスプレイの低空飛行訓練はアメリカ本土、日本、タイ、サイパン、フィリピンで行われており、今夏からイタリアでも開始される予定です。

MV-22オスプレイ低空飛行訓練

※アメリカ国内で低空飛行訓練が行えないというのは全くの誤解です。

(2013年03月08日)誤解と無理解が横行するオスプレイ低空飛行訓練

             ☆

オスプレイの沖縄配備と本土各地での低空飛行訓練に関するページ

 

【おまけ】

デタラメのオスプレイ欠陥機説を散々垂れ流しておいて、さらに「オスプレイの新たな追加配備」などの印象操作をしておいて、お得意の世論調査だって?

笑わせるんじゃないよ!

オスプレイ 追加配備「反対」82%

2013年7月17日 

 琉球新報社が共同通信社と行った県内電話世論調査で、米軍新型輸送機オスプレイの普天間飛行場への追加配備について「すべきではない」との回答が82・3%に達した。追加配備賛成は6・5%。日米両政府は昨年10月の最初の12機に続き、8月上旬にもさらに12機を配備するが、県民の大多数が反対していることが明らかとなった。
 普天間の移設問題への質問では国外移設を求める意見が29・9%と最も高く、次いで県外(国内)移設が24・3%。「無条件閉鎖・撤去」が19・6%。日米が合意している名護市辺野古移設への支持は9・9%にとどまり、県内移設反対は73・8%に上った。
 憲法改正については「全面的に改正」が10・4%。「9条を含めた部分的な改正」が20・5%、「9条以外を部分的に改正」が14・1%。一方で「改正する必要はない」が32・9%に上っている

 

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参院選、消去法で投票!

2013-07-18 07:11:28 | 県知事選

 

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三日戦争に突入した参院選について書いてみたい。

今回の選挙ほど誰に投票するか迷う選挙はない、と書いた。

翁長那覇市長の「オール沖縄」のせいである。

だが、よくよく考えてみると、県知事選にせよ、宜野湾市長選にせよ、候補者の意見を全面的に支持して投票した経験は記憶にない。

ほとんど全てが、消去法による投票だった。

この候補者にだけは当選してほしくない候補者を消去。

残った候補者に投票したら当選したのが、県知事選であり、宜野湾市長選だった。

全く同じ意見の候補者などいないのが当然かも知れぬ。

今朝の沖縄タイムスの社説・「『辺野古』を争点化せよ」を読んで、誰に投票するかの踏ん切りがついた。

社説は安里候補が「県外」を主張し、応援に駆けつけた安倍首相が、普天間飛行場の「一日も早い移設」を強調したが、「辺野古移設」は言及しなかったと批判している。

一方の糸数候補に関しては「沖縄には海にも陸にも軍事基地は造らせない」と訴えたことに対し、「論は明快だ」と賛辞を送っている。

だが、糸数氏は、「米軍基地全面撤去」「日米安保反対」であることには一言も触れていない。

そして社説は「普天間飛行場にはオスプレイが追加配備される見通しだ」と結んでいる。

繰り返すがオスプレイの沖縄配備は賞味期限の切れた旧型ヘリ2チーム(1チーム12機で計24機)の更新である。

したがって残りの12機配備も、「追加」ではなく、従来機の補充に過ぎない。

沖縄タイムスはこの事実を隠蔽し、選挙直前の糸数候補支援に利用している。 選挙直前に、県民に不都合な事実を隠蔽した時点でアウトである。

もう一つ選挙には無関係のようで、実は関係の深いニュースを。

戦時統制権移管を再延期 韓国、米に提案

2013.7.17 22:00

 【ソウル=加藤達也】韓国の聯合ニュースは17日、朝鮮半島有事の際、事実上米軍が韓国軍を指揮する現在の戦時作戦統制権の米軍から韓国軍への移管の時期について、韓国の金寛鎮(キム・クァンジン)国防相が最近、米国のヘーゲル国防長官に、予定されている2015年末から延期するよう提案したと報じた。

 これについて韓国国防省は17日、「北朝鮮の核問題などの安全保障状況を重要な条件として考慮して移管準備をすることを提案し、両国で論議している」と発表した。

 戦時作戦統制権の移管をめぐって米韓は当初、12年4月としていた。だが10年3月に韓国哨戒艦撃沈事件が発生するなど北朝鮮の軍事的脅威が高まったことを受け、15年12月に延期。韓国の朴槿恵大統領も5月の訪米時、オバマ米大統領との会談で「15年に移管を実現する」と強調していた。

 だが、韓国内では移管が実現すれば現在北朝鮮の侵攻に対抗する強力な抑止力として機能している米韓連合司令部が解体されることになる、として強い反対論が出ている。

 今回、韓国側から移管延期を提案した背景には、金正恩体制の北朝鮮が核兵器開発を継続、事実上の長距離弾道ミサイルを発射するなど米韓への挑発を強めていることから、当面、現状を維持する必要があるとの判断が働いたもようだ。

 米韓国防相は6月1日、アジア安全保障会議が開かれたシンガポールで会談しており、移管延期はその際に提案したとみられる。

                          ☆

要するに、韓国に返還予定の米韓連合軍の指揮権を、韓国の安全保障の見地から、米軍に委任することを延長してほしいということだ。

韓国紙「東亜日報」はこの件に関し次のように述べている。

重要なのは、戦作権の返還が予定通りに行われようが少し遅れようが、北朝鮮の脅威に対処する韓国軍と米軍の連合作戦能力が弱まってはならないということだ。窮極的に韓国軍が国防の最終責任を負うという基本方向と覚悟は変わらない。向こう10年間で少なくとも4800億ドルから最大1兆ドルの国防費の削減を決めた米国が在韓米軍戦力を縮小しても、国防態勢に隙が生じないよう徹底して備えなければならない。

韓国軍の指揮権は、朝鮮戦争中の1950年に国連軍司令官に移譲。78年に米韓連合軍司令官に移管し、現在も戦時については在韓米軍司令官を兼ねる米韓連合軍司令官が保持しているという。

06年9月、「自主国防」を掲げた韓国の盧武鉉元大統領がブッシュ前米大統領に指揮権の移管を提案し、いったん12年4月の移管で合意した。

しかし、韓国の保守勢力の間で戦闘能力低下を懸念する声が高まり、李明博前政権時の10年6月、移管時期を15年12月に延期することで合意していた。

今年3月の米韓合同軍事演習では初めて韓国軍が演習を主導するなど移管に向けた準備を進めてきた。

その矢先の指揮権返還時期の延長要請だ。

韓国としても自国の安全は自国軍で防衛するのがベストだが、現実を見ると米軍の指揮権下にあるのも仕方がないのだ。

 

参院選に話題を戻す。

沖縄タイムスと糸数候補は「米軍基地全面撤去」と理想論を述べるが、現実の安全保障の問題には一切言及しない。

これで「論は明快」などと豪語できるのか。

三日戦争に突入した本日になって、やっと誰に投票するかの決心がついた。

決心の契機は、沖縄タイムのあからさまな糸数候補支援の社説と、韓国軍の米軍の指揮権延長要請のニュースだ。

筆者が誰に投票しようがカラスの勝手(古い?)ではあるが、現実に目を逸らし「米軍基地撤去」「反安保」を叫ぶ候補に投票するわけには行かない。

二転三転したが、最終的には事実上の一騎打ちといわれる安里候補と糸数候補を並べ、消去法で残った候補者に投票する

【おまけ】

 

照屋寛徳氏が応援する候補者に選挙違反が多いわけは、照屋氏はかつて「選挙違反の勧め」をやった経験があるから。

「逮捕覚悟で選挙運動を」 弁護士の照屋議員2010-10-30

 以下は、ブログ「光と影」さんの引用です。

           ☆

似非平和団体と参院選

大山ゲート前で行われているヘイトスピーチです。
<iframe src="http://www.youtube.com/embed/CvnD9femdLg" frameborder="0" width="400" height="225"></iframe>
米兵向けのヘイトスピーチは沖縄のメディアで賞賛されていますが
在日朝鮮人に対するヘイトスピーチは糾弾される様です。
お気をつけ下さい。

この方たちは米軍にヘイトスピーチを行いながら参議院選挙候補者の名前の書かれたノボリをガードレールに固定しています。
20130715大山ゲート前集団が支持する候補者
選挙の際にノボリを固定する事は???
そもそもノボリって枚数制限がありませんでしたっけ?

辺野古フェンス前の候補者

辺野古のフェンスを汚す団体に挨拶しに行く候補者もアレですが
わざわざ取材にまで行くテレビ局もなんだかグルのような気がしますが、、、

公平な報道を期待する方がムリですけど。

こういった行動を正せるのは沖縄県民の一票の積み重ねであり、まともな政治家を選ぶ事がマスコミ正常化にも繋がるのではないかと期待しています。

選管ステッカーのないポスターは違法ですよ〜
20130711参院選ポスター下
沖縄の選挙が正常化するのは後何年掛かるのでしょうか。

 

             ★

 

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安倍首相が訴えられる!ブーメラン男に、

2013-07-17 07:12:04 | ★パンドラの箱訴訟

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オバマ米大統領の演説を米国民が、星条旗の小旗を持って聴いても、SPにとがめられることはない・・・と思う。

昨日安倍首相が沖縄入りし、那覇市内で演説をした。 

安倍首相を応援する知人が、日の丸の小旗を掲げながら演説を聴いていたら、不審人物と間違えられ、SPに誰何されたとのこと。

日本国の総理大臣の演説を国旗を持って聴いたら不審人物に見える・・・日本はやはり、普通の国ではない。

それにしても、SPもご苦労さんです。

以下は、日の丸の小旗の「不審人物」の手記です。

平和通りを通ってパレットへ行きました。物々しい警備にも関わらず、一体誰が来るのか平和通りの人々は誰も知らない。安倍総理が来られて握手して貰いました。一人日の丸小旗は目立ちすぎ?安倍総理も戸惑った表情だったような?「日本を、沖縄をお願いします」と言いたかったのに何も言えず。偶然会って「安倍総理が来るよ」と教えたご婦人は私の日の丸小旗に「準備いいね」と笑顔でした。帰りにも「握手したよ。して貰った?」と嬉しそうに声をかけてくれ、安倍総理を追っかけていきました。
パレット久茂地前まで歩く。
那覇市議候補者の弁士が短く話す。仲井真知事も来られて、「こんなに集まったのは初めて」と述べる。県庁前広場ギッシリ。パレット久茂地前広場ギッシリ。5時半頃安倍総理到着。携帯動画を撮りながら時々日の丸小旗をふる。一人だけ。違和感。SPがさっきから後ろに張り付いているのがわかる。安倍総理演説途中そのSPが近づき言う。

SP「さっきから日の丸をふっているのは何故?」
仰天して私「えっ!駄目なんですか?」

SP「安倍総理のファンという事で…」

私「そうです。ここは日本国です。日本国の総理が来られて日の丸をふるのが駄目なんですか」

SP何かいえ大丈夫ですみたいな事を言い去る。

とてもショック!意味が分からない。交差点の向こうには「NOオスプレイ」の薄汚い連中がわいていた。3人位(笑)注意するのは向こうじゃないの?
一人浮いている状態で更にSPに意味不明な質問をされ奇妙な気持ちになるが安倍総理の沖縄上げ演説に余計に日の丸をふったりして…。演説が終わってお帰りの際、皆さんと握手しながら通り過ぎる時、前列の方々と握手しながら目が合いました。笑顔で「ああどうも」とお声をかけていただきました。またしても何も言えず微かに「お願いします」と言ったきり、ただただ頷くだけでした。安倍総理は去っていきました。沢山の人々に送られて。

宜野湾まで行こうと思っていたのですが
混乱した頭と暑さで少し疲れたので帰って来ました。行ってもまた、浮くだろうなぁと思い…。
日の丸はみんなと一緒にふるのが楽しい。何か悲しくなってきました。疲れたので少し寝ます。

追記:汚長那覇市長はきていませんでした。那覇市議選挙の候補者もいたのに。これないのか?、来たくないのか?。宜野湾コンベンションにはくるのでしょうか?だとしても随分お偉いですね?県知事よりも日本国の総理よりも。

 

倍首相は参院選直前に、憲法9条改正の必要性を明言した。

これまでの選挙戦でも憲法改正の発議要件を緩和する96条改正を憲法の争点としてきたが、いよいよ「9条改正」という本丸に切り込んだ格好だ。 筆者は当初から、憲法の争点は堂々と「9条改正」にすべき、と考えていたが、安倍首相も終に覚悟を決めた様子だ。

「平和憲法」を金科玉条のように奉る沖縄メディアが、発狂しまくると思ったら、やはり昨日16日の沖縄タイムスの一面トップはこれだ。

そして、今朝の沖縄タイムスは、選挙特集記事で、こんな見出しが・・・。

改憲阻止へ 動き再び

活動停滞の「九条の会」

そして社会面の左トップは「2013年参院選をー争点をかんがえる憲法」という連載記事で、こんな大見出し。

奪われたふるさと

「軍国」再来気がかり

記事は戦争体験者の、日本軍に酷い目にあったという「うらみつらみ」を書き並べている。

「2013年参院選・・・」のタイトルがなければ、戦争体験特集と勘違いする内容だ。

安倍首相の「憲法改正」に投票したら、戦争が始まるという印象操作なのだろう。

こんな見え透いた手を使うとは、沖縄タイムスは読者を舐めきっている。

その安倍首相が菅直人元首相に「名誉毀損」で訴えられたという。

菅元首相が安倍首相を提訴 原発事故めぐり「メルマガで中傷記事」

2013.7.16 14:59

 
安倍晋三首相のメールマガジンの内容について削除を求め提訴、記者会見する菅直人元首相=16日午後、衆院第1議員会館(酒巻俊介撮影)

安倍晋三首相のメールマガジンの内容について削除を求め提訴、記者会見する菅直人元首相=16日午後、衆院第1議員会館(酒巻俊介撮影)【拡大】

 民主党の菅直人元首相は16日、国会内で記者会見し、東京電力福島第1原発事故をめぐり、安倍晋三首相が「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」と題したメールマガジンを配信し、現在もネット上で掲載しているのは名誉毀損(きそん)だとして、安倍首相に対し、該当するメールマガジンの削除と謝罪を求め提訴したことを発表した。

 安倍首相のメールマガジンは平成23年5月20日付配信。首相は「東電はマニュアル通り淡水が切れた後、海水を注入しようと考えており、実行した。しかし、やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だった」と記載。その上で「海水注入を菅総理の英断とのウソを側近は新聞・テレビにばらまいた」としている。

 菅氏は「内容は全くの虚偽の情報に基づく。私の名誉を著しく傷つける中傷記事だ」と述べた。

             ☆

現役の首相が二代前の首相に訴えられるというは、前代未聞だ。

この話しを聞いた瞬間二つの事が脳裏を過った。

先ず一つ目は、同じバカでも「自分で頭がいいと勘違いしているバカほど始末に終えないものはない」ということ。 鳩山、菅と偏差値の高い学校を出た総理大臣のバカ振りを見れば誰でも納得だろう。

もう一つは、この裁判は百に一つも菅元首相に勝ち目はない、ということ。 

なぜなら、菅氏には「毀損すべき名誉」など存在しないと思うから。

 

そもそも安倍首相が問題の発言をしたのは、震災直後の2011年5月。

それを今頃になって提訴したのは、現場を一番知る人物の吉田所長がなくなるのを見計らって「死人に口なし」を狙ったのではないか。

 

安倍がメルマガを配信したのは 2011年5月20日
1

菅がそのメルマガに怒って提訴したのが 2013年7月16日
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130716/stt13071614480001-n1.htm

それに、菅元首相が原発事故処理で、不始末を仕出かしたことは、既に教科書にも出ていることであり、提訴するなら教科書も一緒に提訴すべきではないのか。

山川の歴史教科書、菅直人政権「震災処理の不手際もあって総辞職」と“認定”

 


菅元首相【拡大】

 民主党の菅直人元首相が、高校の歴史教科書で“ダメ首相”と認定された。来春から高校生が使う教科書に、東日本大震災や福島第1原発事故への対応の不手際で内閣総辞職に追い込まれた-との記述があるのだ。菅氏は在任時、口癖のように「俺は歴史に名を残したいんだ」と語っていたというが、トホホな形で願望がかなってしまった。

 菅内閣を取り上げたのは、歴史教科書のシェアトップを誇る山川出版社の「日本史A」と「新日本史」。先月末、文科省の検定で合格となった。

 日本史Aには「震災処理の不手際もあって菅内閣は同年(=2011年)8月に総辞職に追い込まれ(た)」とある。新日本史は「菅内閣は、原発事故による放射能汚染の情報を十分に国民に開示しなかったことや、震災からの復興計画の立案と実行が遅れたことから、国民の批判を浴びて倒れた」と厳しい。

 震災後、20もの「本部」や「会議」を設置して指揮系統を混乱させたり、生半可な知識を持ち出して原発事故の現場に介入するなどして「史上最低の宰相」と呼ばれた菅氏の内閣を、教科書的に淡々と記述している。

 菅内閣の部分は担当していないが、日本史Aの執筆陣の1人である東京大学の加藤陽子教授(日本近現代政治史)は「政府事故調や国会事故調も指摘したように、(1)十分な設備や装備がなかった緊急対策拠点の現状(2)責任を負うべき閣僚を中心とした事故対策本部を設置できなかった(3)事故に関する同時的な記録を残す姿勢がなかった-などの事実を受けて、そのような表現がとられたのだろう」と語った。

 ただ、「菅内閣が他の内閣と比べて不適切な処理をおこなった、という意味ではない」ともフォローした。

 文科省によると、山川出版社は12年度の日本史教科書販売数で、計50万冊とシェアトップ。今後、他の教科書にも同じ記述がなされれば、全国の高校生が「菅内閣=震災・原発事故対応で失敗した」という歴史観を吸収し次世代に語り継ぐことになる。

 今回の歴史的評価について、菅事務所は「教科書の記述については承知しておりません」とコメントした。

■関連記事
 ⇒【視線】“不手際”で教科書に載った菅直人元首相 政

                     ☆

全国の高校生が「菅内閣=震災・原発事故対応で失敗した」という歴史観を吸収し次世代に語り継ぐことになる。

これで菅氏は震災・原発事故で失敗した歴史上の人物として次世代に語り継ぐことになる。(爆)

おそらく、このくだりを書いた執筆者は、あまりの「ブーメラン男」に涙を流しながら書いたのだろう。(勿論笑い過ぎの涙)

菅氏の原発事故の不手際については「吉田元所長死去で菅元首相、ネット上で大暴走」に詳述されているが、裁判では彼が、キレ菅の本性を表し、どのようにどなり散らし、でたらめな危機管理をしたかが関係者の証言で明らかになるはず。

その意味でこの裁判は、国民にとっては絶好の情報公開で、知る権利のチャンスかもしれない。

絶滅危惧種の仲間入りの一歩手前の民主党。

元総理の提訴は「窮すれば通じる」というより「貧すれば鈍する」のお諺がお似合いである。

【会議映像公開】菅直人首相が本店に乗り込んだ!東電役員らにはモザイク…-産経フォト

             ☆

 

                       

■世界日報 7月15日掲載

【連載】貶められた旧日本兵-「援護法」に隠された沖縄戦の真実 (8)
「パンドラ訴訟」/
梅澤、赤松両隊長の名誉回復を

 近年、沖縄戦関連で三つの裁判が行われ、そのうち一つは係争中である。
 既に最高裁判決が出た「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判」(大江・岩波訴訟)と「沖縄靖国合祀取消訴訟」、それに福岡高裁那覇支部で係争中の「パンドラの箱連載掲載拒否訴訟」(以後、「パンドラ訴訟」)である。

 三つの訴訟はそれぞれ原告と被告、そして表面上の訴因は違っているが、実質の争点が沖縄戦をめぐる認識であり、さらに論点を絞ると「沖縄戦と援護法の関係」になるという共通項を持つ。

 「大江・岩波集団自決訴訟」は最高裁判断で原告側の座間味島元戦隊長の梅澤裕氏や渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次氏の弟、秀一氏が敗訴した。一方、最大の争点である「集団自決の軍命」については被告側は立証することができなかった。

 2012年6月15日、「沖縄靖国合祀訴訟」で原告側である遺族の敗訴が確定した。この裁判は沖縄戦などで亡くなった戦没者の遺族5人が「家族を靖国神社に無断でまつられ、肉親を自由に追悼する権利を侵害された」と主張して、靖国神社のほか、神社に戦没者の名前を提供した国に、合祀の取り消しと慰謝料の支払いを求めたもの。

 原告のリーダーである金城実氏は、父親の戦死を「犬死に」と罵ったが、援護金を返納してから訴訟に踏み切るのが筋だった。

 他の原告は、避難壕の外で死を迎えた主婦や2歳の幼児らの遺族らだが、援護法適用のため「準軍属」とされ、合祀された経緯があった。

 「パンドラ訴訟」は、琉球新報夕刊に2007年5月から掲載中の連載「パンドラの箱を開ける時」が急きょ中断したことに対して筆者の上原正稔氏が損害賠償を求めているもの。未掲載の部分は、米軍兵士の手記に基づき、慶良間諸島における集団自決の真相を解明するもので、両隊長の名誉回復に向けてのメッセージでもあった。

 沖縄戦史の捏造(ねつぞう)は軍命を必須条件とする援護法適用により生み出された悲劇であり、その一番の被害者が「軍命で住民を自決させた極悪人」という汚名を着せられた梅澤、赤松両隊長ということになる。

 上原氏は2011年1月、提訴時の記者会見の席で、梅澤、赤松両隊長に沖縄県民を代表して謝罪。「存在しない軍命令」で援護金を受給した沖縄人の複雑な心境を代弁した。

 しかし、沖縄のメディアはまるで申し合わせたように提訴の事実を黙殺し続けている。沖縄県民でさえ、この裁判のことを知る者はほとんどいないのが現状だ。両隊長の実質的な名誉回復こそが歪められた沖縄戦史を是正する第一歩ではなかろうか。

 上原氏は提訴に際し次のように述べている。

 <最終稿(181回目)で、赤松さんと梅澤さんは集団自決を命じておらず、それは援護法の適用外の住民が援護金を貰うために嘘の報告を出し、そのために赤松さんと梅澤さんをスケープゴートにしたのだ、という旨の原稿を出したら、(琉球)新報はその最終稿をボツにするという前代未聞の暴挙に出た

 7月29日、「パンドラ訴訟」の高裁判決が下される。

(「沖縄戦の真実」取材班)

=終わり=

                 ☆

 沖縄メディアが報じる「残虐非道な日本兵」による「壕の追い出し」について、沖縄メディアが決して報じることのない証言を、昨日に引き続き紹介する。

■2、中曽根源良元警部(沖縄戦当時警防課課僚)の証言

「沖縄県警察史」平成5年3月 第二巻 711頁〜712頁 

  知念半島が安全地帯になるということで、その方向に住民を誘導した。住民は「友軍が負ける事は無い。友軍と一緒にいた方が安全だ」という事で友軍と一緒に南下する者が多かった。

 その頃から米軍は、非戦闘員・住民にビラを撒いた。米軍のビラには、安全地帯とそこに行く方法が指示されていた。道は、どこを通りなさい。昼間行動しない。手を挙げて、男は裸になりなさい等と色々親切に書かれていた。

 このビラを本島に信じて、その通りに行動した人たちは効果的に良かったと思う。

 警察は、住民を知念方面に誘導しょうとするが、うまくいかなかった。

住民誘導が上手く行かなかった理由は、米軍側最高司令官のバクナー中将の戦死のせいだといわれている。

日本軍沖縄守備隊と激烈な戦闘を展開した連合軍最高指揮官のバクナー中将が、6月18日喜屋武半島真栄里の高台の前線において海兵隊視察中に戦死した。

司令官の戦死により報復の念に燃える米軍は、投降を呼びかけてもそれに応じなければ一転して、容赦無い攻撃を続けた。

馬乗り、催涙ガス、黄燐弾、手榴弾、火焔放射等による攻撃が多く、時にはガソリンを流して火を放つなどもしている。また、三和地区では、国吉部落、真栄里部落が米軍の無差別攻撃を受けている。 

 

■3、 池原徳英 (沖縄戦当時 宮里徳英 警察特別行動隊員警部補)の証言

 「沖縄戦・敵中突破 -沖縄警察別動隊の記録-」 (新沖縄文学20号1971年7月 沖縄タイムス社)157頁 

辻町方面に派遣された小隊等は、大きな自然壕に避難していた千名以上の市民に誘導しようとしたが、応じなかったので、抜刀して壕外に追い出し、隊員が一糸乱れぬ統制下の下に、冷静な行動で、郊外に避難させた。

 

■4、壕の追い出しという山川氏の証言

 1971年11月号 潮 「生き残った沖縄県民100人の証言」

 繁多川の壕には島田知事はじめ、那覇署の本部員、真和志村の玉城村長は職員とその家族など百数十名がこもっていた。

 5月10日ころ、球部隊のある中隊から那覇署に対し、作戦上の必要といって繁多川の洞窟を明け渡すように要求される。

 翌朝「真和志村長は何処だ!真和志村長はいるか」とどなる大声で、皆いっせいに飛おきた・・略・役場職員とその家族およそ70人を、那覇署員が手分けして誘導し、壕を探すことにした。こうしてこの人々は、50日間住み慣れた繁多川の洞窟をあとにした。・・・ 略・・彼等を誘導した警官たちの報告によると「途中で砲弾や機銃をうけ、幾人かが倒れ、また幾人かが傷つき、そのうえ行く先々のどの壕も、どの墓も負傷兵や避難民がいっぱいで中に入れてもえらえず、ついに散り散りになった」という。玉城村長も夫婦二人きりになって、転々と避難をつづけていたが負傷して死んでいったといわれる。《那覇市史 2-6(八)島尻郡旧真和志村戦争記28~29頁》

  

■ 《球部隊の壕の退去勧告は、避難勧告であった可能性が高いと判断できる記録》

 ①1993年3月22日発行 沖縄県警察史 第2巻(昭和前編)によると、

  5月12日、荒井警察部長は警察特別行動隊を編成し出発させる。その頃、戦線の切迫に伴って那覇警察署は繁多川の壕から真玉橋に移動した、と記されている。

 ②2003年4月25日発行 沖縄の島守 によると、4月24日 日本軍防御第二線が米軍によって突破された為、第32軍司令部は島田知事に「首里・那覇地区の非戦闘員は即刻立ち退き、29日ころまでに南部地区に非難せよ」と下令、島田知事は27日に南部の市町村長・署長会議を招集。

 5月4日黎明、日本軍防御第三線を死守する為、日本軍は総攻撃をかけるが、失敗。戦線はさらに押し下げられ首里周辺に危機が迫った。

 ③防衛省 沖縄戦の記録より 

 4月22日、第32軍司令部は、第24師団と独立混成第44旅団(島尻在)の北方陣地(首里付近)への転用を決心した。(前田高地以西は第62師団、以東は第24師団)この時独立混成旅団も北進を命ぜられた旅団司令部は識名にあった。独立混成第15連隊が真和志村一帯に展開する(28日から29日)第1大隊は松川付近、第2大隊は壷屋付近に展開。即ち、真和志村一帯は、独立44旅団が陣地を占領して、近く激戦が予想される地域である。

 

             ★

 

 『パンドラ訴訟』の高裁判決は、7月29日に下されます。

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中国領海侵犯と教科書採択事件の深い関係

 

仲新城誠

 

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 琉球独立論の空虚

 

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ライター・ブログ「狼魔人日記」管理人 江崎孝

 

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