狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

証言集『潮だまりの魚』に見る守備隊長の実像 

2007-07-12 10:09:28 | ★集団自決

ひと》沖縄戦「慰霊の日」に体験記を出す

2004年06月23日

写真

宮城恒彦さん

 沖縄戦で米軍が最初に上陸した座間味(ざまみ)島で45年3月26日に起きた「集団自決」の生き残りだ。当時は11歳。母親と姉弟で逃げ込んだ壕(ごう)の中で手榴弾(しゅりゅうだん)が爆発し、19歳の姉と担任の教師が亡くなった。

 「戦後、母が戦争を語ることはなかった。毎年3月になると、思い出したように嘆息した」。書き始めたのは、母親が他界した翌88年から。「自決」で住民173人が犠牲になった。自分だけでなく、島の人にも聞いてまとめた。

 「慰霊の日」に合わせて出してきた体験記は今年、16冊目になった。毎回、1千部以上を発行し、学校などに配っている。さらに、23日には、東京の出版社から過去の15冊をまとめた「潮だまりの魚たち~沖縄・座間味島の戦世(いくさゆー)」(クリエイティブ21)を出版する。

 元小学校長。一番苦しんだのは「日の丸・君が代」問題。惨劇を招いた戦前の教育が頭をもたげたが、個人の意見も言えず、公私のはざまで悩んだ。「自決の時、校長が合図をし、女性教師が手榴弾を投げた」。教師になったのも、あの時の体験で教育の大切さを知ったからだという。

 講演をよく頼まれるが、全部断る。10年前に一度だけ引き受けたが、「自決」の場面で胸が詰まり、しばらくの間、言葉が出なかった。

 「若い人にどう伝えるかは難しい。元気なうちはとにかく聞き書きを続けたい」

(文・大矢雅弘、写真・水野義則) 朝日新聞

http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000119999991201

                    ◇

    ■証言者は「平和教育者」■

琉球新報の「沖縄戦特集<史実封殺> 届かぬ沖縄の心④」で証言をした宮城恒彦さん。

彼はこれまで何度か朝日の記事でも紹介されている。

朝日が紹介する『潮だまりの魚たち』(2004年6月発行)は、座間味島における著者宮城恒彦ほか多数の戦争体験者の証言集である。

著者自身が集団自決」の生き残りであり、集団自決に触れられている箇所も多数ある。

だが、同書では集団自決に関する梅沢命令あるいは軍命令には、伝聞も含め、全く触れられていない。

座間味島出身で集団自決の生き残りの証言集なら、当然これまでのマスコミが報じる集団自決を命じる“悪鬼”梅沢守備隊長を期待するのだが、そのような記述は一行も無い。

    ■「潮だまりの魚」に見る“悪鬼梅沢”と梅沢隊長の落差■

それどころか、集団自決発生の前後のエピソードとして、梅沢隊長が村民の女性らに山への避難を命じた記述(163頁)や、

あるいは戦闘により重傷を負った日本兵(少尉)が他の兵に対して、村の娘たちを無事親元に送り届けるよう指示した記述(167頁)などの、

軍による集団自決命令と完全に矛盾する人間的エピソードが、いくつも証言として載録されている。

これらの記述は、従来マスコミに流布している残虐非道な「悪鬼梅沢」とは全くかけ離れた普通の青年の行動が伺える。

これも、著者が、自身を含めた体験者の証言を丁寧に確認、記録した結果なのであろう。

このように、近年著される書籍においては、緻密な調査や史実の検証により、慶良間列島における集団自決については、部隊長命令あるいは軍命令によるものとはされないのが一般なのである。

より厳格に言うならば、学術的には軍命令で集団自決したという根拠は極めて薄いということになる。 

 

    ■真実と「平和教育」の狭間

その一方、元校長の宮城さんは「平和教育」との板ばさみなのか、

「軍命令」に関しては苦しい証言をしている。

<言葉としての命令だけでなく、強要や誘導、目に見えない命令があった>

「軍が直接命令をした」と言わずに「目に見えない命令があった」、

当時11歳の少年が「直接命令する軍人の姿」は理解できても、

「目に見えない命令」という抽象的な意味を理解できたとは思えない。

結局、宮城さんは多くの証言で「軍が命令して集団自決した」とは一言も証言していない。

>「自決の時、校長が合図をし、女性教師が手榴弾を投げた」

琉球新報特集でも次のように証言している。

<1945年3月26日の朝、宮城さんの家族が隠れていた壕に、気も狂わんばかりに逃げ込んできた女性が米軍上陸の様子を生々しく伝えた。  この言葉を引き金に「集団自決」が起こった>

いずれの証言も生々しい証言ではあるが、梅沢守備隊長の命令で自決したと決め付けるには根拠が乏しい。

せいぜい「目に見えない命令」とするのが精一杯だったのでしょう。

真実の証言とマスコミの煽動で揺れ動く心のあやが読み取れる証言だ。


    ■「歴史は政治で改ざんするものではない!」■

沖縄タイムスが異常な執念で同じ内容の社説を書き続けている。

何度議会を煽って、何度議決を繰り返しても「歴史の改ざんは出来ない」。

以下の社説のタイトルをそっくりお返ししたい。

社説【「検定撤回」再可決】歴史の改ざんを許すな (7月11日)

同じく琉球新報も7/11の夕刊は一面トップ、社会面トップの大見出しで「史実のわい曲」と来た。

「主体隠し」史実わい曲 教育関係者ら憤り  (7/11 9:42)

「歴史の改ざん」も「史実のわい曲」も沖縄の新聞ではすっかり手垢に塗れて陳腐な単語になり果ててしまったようだ。

これだけ連日紙面を使って大騒ぎするのなら、主張の対立する専門家、学者を総動員して紙面で大論争をする企画を組むのが新聞の本分だとおもうのだが、

沖縄の新聞は既に報道機関としての使命を忘れ去り、サヨク勢力のプロパガンダをその仕事としている。

その結果、「不都合な事実」は徹底的封殺し、偏った「市民運動」の走狗と成り果てている。

 

   ■沖縄の新聞に捧げる「二枚舌」(ダブル・トーク)の称号■

自らの主張に反する数々の証拠や証言は紙面から封殺する一方、都合の良い「証言者」だけの主張を連日取り上げ続ける。

学術的議論・検証を避けて、自分たちの主張だけは「紛れもない事実」と根拠無しに連日騒ぎ続ける。

「政治が検定に介入してはならない」と主張する一方、県議会の議決(政治の主張)が受け入れられるまでは検定に介入し続ける。

これだけで「二枚舌」の栄誉を受ける資格は充分だろう。

「歴史の改ざん」と「史実のわい曲」は鏡に映る己が姿ではないか。

 

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