狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

いろはカルタで振り返る07年

2007-12-31 16:00:14 | 県知事選

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今年で最後の更新です。

今年も連日当日記を訪問していただいてありがとうございますした。

つたない文を読んでいただき、時にはコメントまでいただけるのが何よりの励みでした。

お蔭様で旅行期間を除いてほぼ毎日更新の予定通り、今年を終わることが出来ました。

来年もよろしくお付き合い下さい。 

                     *

昨年の大晦日のエントリを覗いたら毎日新聞のコラム余録:いろはカルタで振り返る」になっています。

一年のニュースを振り返るのには一覧性で便利なので、今年も「余録:いろはカルタで振り返る07年」を引用します。

                       ◇

余録:いろはカルタで振り返る07年
 いよいよ亥(い)年も大つごもり。国内政治は大荒れ、「偽」が列島を覆った07年だった。恒例のいろはカルタで振り返る。

 【い】インド洋窮油法案【ろ】論より大連立【は】働けどネットカフェ【に】肉憎しいホープ【ほ】本部ビルはやれん総連【へ】ペコペコ不二家、白々しい恋人【と】totoのエサは6億円【ち】頂点極めた欽ちゃん球団【り】リンチどぎつ風部屋【ぬ】抜く気あるのか福田家の宝刀【る】ルーズも積もれば5000万件【を】終わりなき救急病院探し【わ】わらにもすがるバイオ燃料【か】かぐやが写す青い星【よ】世にあふれる品格本【た】タミフルが民震わせる【れ】霊感びびっと警官商法【そ】増税なき埋蔵金【つ】次は北京で勝って星ぃ野【ね】値上げに音上げる原油高【な】内閣放り大臣【ら】楽あれば寒(さ)ぶプライム【む】無残ブットの志【う】動かぬ省庫に感染リスト【ゐ】犬も話せばCM当たる【の】野となり山となる限界集落【お】奥様も大統領?【く】空気が読めないバンソーコー【や】病をオシム【ま】毎度小沢がせ【け】拳闘違いの親子亀【ふ】プーチン不沈【こ】ゴアさんに願いましては平和賞【え】駅前流学【て】テストの点より無気力退治【あ】赤ちゃんポストいらぬ世に【さ】サッカーで綱汚し【き】議事堂ねじった参院選【ゆ】湯水のごとき虚額事務所費【め】メル友もメタボも入った広辞苑【み】宮崎どげんか選挙【し】しょうがない防衛相【ゑ】越後で大揺れ原発神話【ひ】ビルマのもめごと【も】モンスターペアレント学校襲来【せ】接待ゴルフで次官つぶし【す】数学嫌いもはまる数独【京】京の夢、万能細胞

毎日新聞 2007年12月31日 0時04分

                     ◇

 >「偽」が列島を覆った07年だった

来年は「偽」を「信」にしたい、と「にんべん(人偏)」つながりでうまく例えているコメンテーターがいた。

でも「偽」を分解すれば「人」と「為」。

「人」の「為」に行わず、自分の為の行為が「偽」になるとは皮肉なことだ。

>【よ】世にあふれる品格本

品格とは他人に言われなくとも自ずとにじみ出るもの。

本人が品格の欠如を自覚したら、密かに備わるように自助努力すればよい。

他人に強要されたり、強要するものではない。

品格を横綱に求めるマスコミが一番品格を欠如していた。

それを支持した視聴者が一番品格が無かったのかも知れない。

品格と言えば、肝心な人物を1人忘れていた。

自分の無知蒙昧は棚上げして朝青龍を糾弾する横審・内館女史の品格の無さはどうだ。

このお方横審委員という肩書の割りには相撲を知らない。

相撲の決まり手「けたぐり」は品格が無いんだって。

参考:「けたぐり」 横綱審議会は四十八手をしっている?

>【ゐ】犬も話せばCM当たる

笑いのツボというのは不思議なもので、この犬のCM、初めて見たときからミョウにおかしくて何時も爆笑した。

家族に「何がおかしい」と不審がられていたが師走になってブレイクしたようだ。

若者に雷を落とす頑固オヤジが少なくなった昨今、

このオヤジ役の犬のセリフが心地よいのだろう。

大体この家族、オヤジが犬で、お兄ちゃんが黒人のほかは普通の日本人家族なのも妙だ。

中華料理店で家族の会食らしいのだが、お兄ちゃんがケイタイでブラッド・ピットのように人波をくぐり抜け通話しながら遅れてやって来る。

家族の非難の目を気にしたお兄ちゃん、

ケイタイを耳に当てながらの遅刻の言い訳。

「別件があったので・・・」。

すかさず犬のオヤジが怒鳴る。

「お前に別件は無い!」

これが何故か笑える。

別バージョン。

子ども達の付き合いに文句ありげな犬のオヤジに。

「タダ友よ」

すかさず犬のオヤジが怒鳴る。

「言葉をやたらに略すな!」

 

犬の気持ちワカル、ワカル。(独り言)


>【み】宮崎どげんか選挙

今年は宮崎県は当たり年のようだった。

今年の流行語大賞は東国原知事の

「どげんかせんといかん」に決まった。

今年は偉い人が謝罪会見で頭を垂れる場面を良く見たが、

来年は「「どげんかせんといかん」で調子こいて、

大失言でもかまして、

「どげざせんといかん」

のような羽目に陥らないように・・・、東国原さん。

                    ◇

今年の最後にお国自慢を一つ。

テレビで全国高校サッカーの試合を横目で見ながら書いていたら、つい先ほど沖縄代表の進学校・県立那覇高校が福井代表の福井商業に1-0で勝った!

次の相手は既に秋田商に勝っている神戸科学技術高です。

ちなみに那覇高校は我が母校。

各県の代表校の紹介をしている管理人は別の顔forVista でも初出場の那覇高校は情報が無いのか紹介に困って、

次のように「別件」で紹介しています。

<那覇高校(沖縄)OBが凄い。学者、画家、医者、社長、会長、議員、沖縄県知事など文化人・財界人だらけ。>

お前に別件はない!

サッカーには関係ねぇだろうって?

でも、これ本当です。

とにかく、おめでとう!

 

那覇、初戦を突破 全国高校サッカー  

 

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社説ウオッチング:集団自決記述の検定

2007-12-31 06:42:22 | 教科書

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社説ウオッチング:集団自決記述の検定 にじむ「本土不信」

集団自決記述をめぐる27日の各紙社説
集団自決記述をめぐる27日の各紙社説

 ◇にじむ「本土不信」--沖縄2紙

 ◇「強制」排除疑問--毎日・朝日

 ◇制度揺らぐ--読売

 ◇誤った対応--産経

 どんなテーマであれ、社説には各紙独自の視点や論点、対立点を見いだせる。ただ常に180度主張が分かれるわけではない。その意味で、沖縄戦の集団自決を高校の教科書でどう記述するかという問題は異例かもしれない。

 ざっとおさらいすると、文部科学省・教科用図書検定調査審議会の検定で日本史の集団自決記述に意見が付き、「日本軍の強制」が消えたり、軍関与をあいまいにするような記述変更があったことが3月に表面化した。沖縄は反発し、県議会や市町村議会が検定意見撤回、記述回復を求める意見書を可決。9月の福田政権発足直後には抗議の県民大会も開催された。

 こうした中で文科省は、教科書会社から、正誤訂正や学習に支障がある場合の「訂正申請」を受ける形をとり、出し直された記述を審議。今月26日、「強制」は「直接的な軍命令は確認できていない」と退けたが、要因として軍の関与は明記されるようになった。

 ◇大きく分かれた見解

 各紙社説はどう受け止めたか。

 毎日は、軍関与をはっきりさせる記述や背景説明が増えたことに「一歩踏み込んだともいえる」と評価する。しかし「強制」表現の排除には「軍と住民との間の根底にあった強制的関係、絶対的な上下関係をきちんととらえたものとはいい難い」と、沖縄戦全体の中で選択肢を奪われた住民が置かれた立場、状況の視点が足りないことを挙げた。東京も「『強制』という言葉を用いずに悲劇の本質を伝えることはできるのか」と指摘した。

 朝日は、手投げ弾配布や壕(ごう)追い出しなどをした軍の関与が集団自決が起きた状況の主な要因とする検定審見解を「多くの人が納得できるものだろう」と評価した。しかし、「強制した」というような直接的表現を認めなかったことには「疑問がある」とした。

 読売と産経今回の「修正」を教科書検定制度を損ねかねない問題として強く批判した。

 読売は、軍が「自決しなさい」と住民に手投げ弾を渡したという記述について「根拠となった住民の証言の信頼性を疑問視する研究者もいる」と指摘検定済み教科書にこのような訂正申請が「なし崩し的に」認められたら「政治的思惑によって、教科書検定制度そのものが揺らいでいくことにもなりかねない」と論及した。

 産経は、異例の再審議が行われたのは沖縄県議会の撤回要求や県民集会などのためとし「事実上の“二重検定”であり、それ自体、検定制度を逸脱している疑いが強い」と主張。「これでは、検定は何だったのかとの疑問を指摘されてもやむを得まい」「検定に対する不服申し立てを一部でも認めるような誤った対応を、二度と繰り返してはならない」とした。

 ◇次代へ、どうつなぐ

 沖縄県の2大地域紙、琉球新報と沖縄タイムスも今回の結果に強く反論した。それは、読売や産経の論点とは異なり、「強制」という表現が退けられたこと、当初の検定意見が結局撤回されなかったことに対してである。

 新報は「『集団自決』の現場にいながら命拾いをした多くの体験者らがこれまで『軍の強制』を証言してきた。その事実を検定審が一つ一つ丹念に検証した形跡はない」と指摘。「そのことを抜きに『軍の直接的な命令』を示す根拠はないと断定することに、果たして正当性があるだろうか」と問いかける。そして「文科省や検定審は現地での聞き取りなど、幅広い調査を」と実証の姿勢を求め、一方で県民にも「中途半端な解決では後世に禍根を残すことにもなりかねない。史実を後世に伝えるのは県民の責務であることを再確認したい」と呼びかけて結ぶ。

 タイムスは27、28両日にわたり社説を掲載した。「この一連の経過を通して見え隠れするのは『できれば日本軍という主語を消したい』『日本軍と集団自決の関係をあいまいにしたい』という背後の意思である」。そして沖縄と本土の間に「深い溝」をみる。

 「沖縄戦における『集団自決』や『日本軍による住民殺害』の体験は、沖縄の人たちにとっては琴線に触れる『土地の記憶』であるが、『国民の記憶』と呼べるものにはなっていない。広島、長崎の被爆体験は『土地の記憶』であると同時に、『国民の記憶』にもなっている。だが、沖縄の地上戦体験は『土地の記憶』にはなっているが、『国民の記憶』になっているとは言い切れない」

 「本土紙」がなかなか持てない、あるいは見落としがちな視点だ。両紙は次代への継承を大きな課題、義務として挙げた。

 毎日はこれに触れ、「今回の問題を別の角度から見れば、『では学校は沖縄戦をどう教えてきたか』という問いにはね返る」と提起した。学校教育の現場で歴史は「暗記物」とみなされがちで、特に戦争や戦後史は学年末近くに尻切れになりやすい。教科書の記述をめぐり論争しながら、一方で、多くの生徒がそのくだりを目にしていないという皮肉な現実もあるのだ。

 また、沖縄は日本の近現代史を集約的に学べるほか、環境、文化、風俗など多分野にわたり関心を引きつける教材になり得る。こうした視点から総合学習的なアプローチも有意義だろう。

 毎日は「高校レベルの教科書なら検定というタガを外すことを検討しては」と結んだ。教科書会社にさらに大きな責任、力量が必要になるが、細かな字句いじりにも陥りがちな検定過程を思えば、検討に値するはずだ。【論説委員・玉木研二】

毎日新聞 2007年12月30日 東京朝刊

                                                ◇

>どんなテーマであれ、社説には各紙独自の視点や論点、対立点を見いだせる。ただ常に180度主張が分かれるわけではない。その意味で、沖縄戦の集団自決を高校の教科書でどう記述するかという問題は異例かもしれない。

常に他紙の社説を読み比べている現役の論説委員が、言うのだから各紙の社説が「常に180度主張が分かれるわけではない」のだろうが、今回の集団自決記述検定では全国紙の評価は二つに分かれた。

>◇大きく分かれた見解

だが日頃の論調から、各紙の見解が180度大きく分かれるのは分かるとしても、

今回の決定に対する評価が、白と黒というように「大きく分かれた」わけではない。

読売と産経はほぼ全面否定評価なのに対して、

朝日と毎日は疑問を残しながらも一応の評価。

新報、タイムスはさて置き、全国各紙の社説をリトマス試験紙にすれば、今回の文科省決定は灰色と言うより「強制あり派」に擦り寄った決定と言わざるを得ない。

「強制なし派」の立場で主張し続けた当日記としては残念な決定になってしまった。

ただ今回の教科書騒動で一つだけだが成果はあった。

前回(1981年)の沖縄戦・教科書検定騒動の時は沖縄の左翼学者と文部省(当時)の間だけの問題で、一般の人は今回ほど教科書検定に関心を示さなかった。

参考:1981年当時の沖縄県教育長新垣雄久氏談。
<1981年度の教科書検定で、高校日本史教科書の沖縄戦の記述から「日本軍による住民虐殺」が削除されたことを知った時,これは大きな問題になるという意識を持った。 82年8月ごろ、当時の文部省に行き、初等中等局長に記述回復を求めた。  当然、教科書には「住民虐殺」の記述があるべきだと思った。 また、教科書で沖縄戦の記述が少なく、沖縄は住民を巻き込んだ地上戦が起きた場所であり、重視して取り上げて欲しいととの思いがあった。

初等中等局長は「教科書検定は文部省で簡単に覆せるものではない」と言ったが、「出来るだけ県民の要望に沿うように検討したい」と答えた。

その後、記述は回復した

沖縄が復帰して10年しかたっておらず、国の沖縄への思いも強かったように感じた。>(2007年9月22日琉球新報)

前回、1981年当時に比べてネットの普及が凄まじく、今まで教科書問題といえば左翼勢力の専売特許だったのが、一般国民が関心を示すようになった。

これは教科書騒動の一つの成果だろう。

又新聞社説が次のような意見を書いて高校の歴史教育を皮肉ったのも大きな成果の一つ。

そういえば高校では日本史は必修ではなっかった筈だが、大騒ぎの割にはこれに言及している社説は無い。(世界史だけ必修「おかしい」 規制改革会議が物言い

<学校教育の現場で歴史は「暗記物」とみなされがちで、特に戦争や戦後史は学年末近くに尻切れになりやすい。教科書の記述をめぐり論争しながら、一方で、多くの生徒がそのくだりを目にしていないという皮肉な現実もあるのだ。>(毎日)

 ただ毎日の、

高校レベルの教科書なら検定というタガを外すことを検討しては」

には現状では賛同できない。

「現状では」と但し書きを付けたのはのは、依然としてマルクス主義の残滓で洗脳された左翼教師が教室を抑えている現状を見たら当然だろう。

教科書を使わない授業では教科書代わりに左翼新聞を使ったりして、教室は左翼思想の養成所にもなりかねない。⇒新聞使い調べる力向上/NIEフォーラム

昨日のエントリでも引用したがこんなことにもなる。⇒(6)教師たちの思い

教科書の検定廃止にはまだまだ道は遠い。

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権威と権力 左翼勢力の攻撃目標は「権威の象徴」である

2007-12-30 10:39:26 | 教科書
 

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国を劣化させるには教室を劣化させるのが手早い道だ。

左翼・反日勢力が教室の劣化させる手段として教科書の劣化をターゲットにするのは当然の成り行きである。

いや、日教組に洗脳された教師は既に劣化しているので、教科書の歴史わい曲が思い通りいけばまさに鬼に金棒だ。

左翼教師は教科書の内容に関わらず、常に偏向授業を行っている。
(6)教師たちの思い

今年を振り返って沖縄を震源地に全国を騒がした「教科書問題」。

そして「集団自決」に関し表裏一体をなす「大江・岩波裁判」は、単なる教科書記述訂正や個人の名誉毀損の問題ではない。

左翼・反日勢力と保守・良識派との国の名誉と尊厳をかけた戦いである。

具体的にいえば「教科書問題」、「大江・岩波裁判」では「集団自決」に関して「軍の強制の有無」が争われた。

「強制あり派」の支援者には大学教授を始め教育関係者が多く、彼らの主張の中には頻繁に「皇民化教育」とか「天皇制」という言葉が出てくる。

元々「天皇制」とは日本共産党の用語で「皇民化教育」とは左翼運動用語だがここでは深く触れない。

それは「皇民化教育」という言葉で暗示されているように、左翼勢力の次のターゲットは「天皇」である。

つまり彼らが「反日本軍」、「反国家」の影に隠しているのは「天皇制打破」である。 

                       *

日本人は長い歴史の上で、天皇の持つ「権威」と時の権力者の持つ「権力」を上手に使い分けてきた。

江戸時代を例にして、京都の朝廷の権威と江戸に君臨する徳川将軍の権威を比べると分かり易い。

更に誰でも知っている物語を通して権威と権力を透かし見るとなお分かり易い。

■「殿中でござる!」■

12月になると必ず登場する日本人の大好きな物語「忠臣蔵」で「権威」と「権力」を垣間見て見たい。

「忠臣蔵」は権力を握る将軍とその上に権威を持って君臨する天皇の関係を知るのに絶好の物語である。


大体の粗筋は誰でも知っていると思うが、まずは忠臣蔵の概要を復習しよう。

江戸時代の元禄十四年(1701年)3月14日、勅使接待役の浅野内匠頭が、勅使接待指南役の吉良上野介の意地悪に逆上し、江戸城松之廊下で突然刃傷に及ぶ。

浅野内匠頭はそばにいた梶川与惣兵衛に「殿中でござる!」
と必死に抱き止められる。

殿中(江戸城内)で抜刀するというのは絶対的な禁止事項。

ましてや天皇の勅使を迎える準備中のことではないか。

なんという畏れ多いことだ。

事件を聞いた将軍綱吉は激怒、その日のうちに内匠頭に切腹を命じた。

余談だが、ズボンの丈が長すぎて引きずりそうになってると必ず「『殿中でござる』だよ!」って注意するヤツがいる。

袴の裾を引きずるシーンは時代劇ではよく見るが、ズボンの裾の長いのを「松の廊下」の場面に結びつけたのだ。

だが「殿中でござる」の実際の意味は、「ここは御殿の中なのだから控えなさい」という意味であって、決して「裾が長すぎる、控えなさい」という意味ではない、・・・そんなの関係ねぇか。

「殿中でござる」は、むしろ人通りの多い道路の電柱に立小便をする酔っ払いに向かって

「デンチュウでござる」と注意した方が・・・関係あるのかも・・・。

 

おっと、ここらで体勢を立て直して、閑話休題。

時は5代将軍徳川綱吉の時代で、この日は、京都の朝廷より天皇の勅使を迎える幕府にとっては厳粛な日であった。

事件がおきた時、将軍徳川綱吉は行水をしているところであった。

その日の儀式では将軍自らが天皇の勅使に答礼をするので行水も念入りにされた。

権力を手中にした将軍といえども権威の象徴の天皇、・・・

いや、天皇の使いの勅使に対してさえ、このように将軍自ら最大級の気配りをしたのだ。

浅野の刃傷の結果、切腹・城地没収・絶家の判決をうけた。

浅野家(赤穂藩)は解体され、藩士は全て浪人となった。

その内47人が、翌十五年12月14日夜から15日にかけて吉良邸を襲撃、主君の恥辱をそそいだ事件がお馴染みの「赤穂浪士の討ち入り」の物語である。

■権威の前には頭の上がらない権力■

問題にしたいのは京都の朝廷から江戸へ「下って」くる使者に過ぎない「勅使」の接待の為に「権力」の殿堂である江戸城で大騒動が起きたということである。

その当時の京都の朝廷は経済的には質素を極め江戸下りの道中の路銀にも事欠く有様だったと言う。

一方江戸の将軍は経済的にも、軍事的にも権勢を極めていたが朝廷の勅使の接待には右往左往した。


更に時は流れ、最後の将軍慶喜は維新前夜、錦の御旗をかざす官軍にひたすら恭順の態度を示した。

それから雪崩を打ったように「大政奉還」、江戸城の「無血開城」そして明治維新と続く。

「権力」の権化である「将軍」は「権威」の象徴である朝廷に自ら立ち向かい「朝敵」となることは「畏れ多き事」で、戦わずして江戸の無血開城をした。

此処で脱線、又してもしばし枝道に入る。

■左翼教師の教えた明治維新■

当時はあまり意識しなかったが今振り返ってみると、高校時代の歴史の教師には唯物史観にドップリ浸かった先生が多かった。

いわく「フランス革命もロシア革命も市民階級が支配階級から権力を自力で奪取した」。

しかし「明治維新はしょせん支配階級同士の権力のたらい回しに過ぎない、似非(エセ)革命だ」。

サヨク教師の明治維新論は延々と続く。

「フランス革命」や「ロシア革命」でマリー・アントワネットはパリ市民の前で断頭台の露と消え、ニコライ2世は家族と共に銃殺された。

一方「明治維新」では、最後の将軍慶喜は生きながらえて維新後も多才な自分の趣味を楽しみながら天寿を全うした。

明治維新は市民が支配層から力で勝ち取った革命ではない。

その点、フランス革命もロシア革命も偉大だ。

だから日本も真の市民革命をせねばならぬ。

その当時は、このサヨク教師の熱弁に成る程と納得していた。

その後確かフランス?の歴史学者だったか、外国の歴史家が明治維新を称して「権力階級(武士)の世にも珍しい『集団自殺』である」と言った言葉で目が覚めた。

外国人の明治維新についての解釈で目からウロコが落ちた。

そして日本人の「権力」と「権威」に対する奇妙なまでの峻別、そして拘りに興味を持った。


日本史の中の権力者は限りない権力収奪の闘争に明け暮れても「権威」は別において天皇の手に委ねた。
 
 例え「権威」の収奪が可能なほどに自己の「権力」が強大になっても、

お隣りの中国の歴代王朝のように「易姓革命」などの屁理屈で「権威」を簒奪する事は無かった。

■クダラナイ物とクダル物■

江戸に幕府を開き絶大な「権力」を手にした徳川幕府は「権威」の象徴天皇家は京都の御所に祭り上げておいた。
 
現代では東京(江戸)に行くのは「上(のぼ)り」で東京を発つのは「下(くだ)り」である。

我々が東京に行くと「おのぼりさん」になる。

しかし江戸時代は「のぼり」と「くだり」が逆であった。

 勿論「権威」の象徴が住む京都に行くのが「のぼり」で「権力者」将軍の住む江戸に行くのが「くだり」であった。

「くだらない」と言う言葉がある。

 つまらない、とか程度が低いと言った意味でよく使われるが語源はこの辺りから来ているらしい。

つまり「権威」の象徴のお住まいの京都から江戸に「下って」来た物品は、「下り物」として織物でも何でも高級品、上物の代名詞であった。

 ところが京都から「下って」こない物はその辺の低級な「くだらない」物でつまらないものの代名詞となった。 

嘘のようだが、これ本当の話。

当日記もクダラナイ話が多く「クダラナイ話」というカテゴリーを置いているくらいだ。

 話を脱線の迷路から本筋に戻そう。

■教科書で騒いで出世する上る人々■

マルクス主義の残滓(ざんし)で汚染された左翼教師の究極の目標は「天皇制」の打破である。

今回の教科書問題の火付け役であり、運動のリーダーでもある高嶋伸欣琉球大学教授であるが、

彼は2005年に検定中の「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書の白本のコピーを韓国や中国に持ち込んだ事でも有名な人物である。

今回の教科書騒動でも高嶋教授は、自分が教科書問題の仕掛人だとはっきり言っている。

『82年の文部省の検定で、「日本軍による住民殺害」の記述が削除された時、私は沖縄タイムスに「このことを知っていますか?」と聞いたら、「知らなかった」ということで、私が知らせたから大きな問題となったのです』
http://www.news.janjan.jp/area/0706/0706117120/1.php


このお方、教科書裁判で有名な家永教授のチルドレンともいうべきで教科書裁判というと必ず顔を出しマスコミに名を売った。

高嶋教授は、元筑波大附属高校の教諭で「高嶋教科書訴訟」という下らん論点を争っていたが、

何時の間にか高校教師から国立大学の教授に出世して、今や、教科書問題と言えばこの人が権威者になってしまった。

今回の教科書騒動でもマスコミに名を売った高校教師の教科書執筆者の何人かは沖縄のどこかの大学の教授にでも納まるのだろう。 高嶋教授や古くは安仁教授のように。

それで、高嶋教科書裁判の論点は?

①福沢諭吉の「脱亜論」と勝海舟の「氷川清話」とによるアジア

②1湾岸戦争時の掃海艇派遣に関するアジア諸国への配慮の必要

③昭和天皇死去報道の扱い方

④湾岸戦争時の米軍による情報操作の有無

実に下らん!


「高校公民教科書」(一橋出版)の自分の執筆した部分の上記の4点が文部省に却下されたため、

「精神的苦痛を受けたとして、1993年6月に提訴」した。

こんな下らん事で「精神的苦痛を受ける」ようなデリケートな精神の人物とはとても思えないのだが。

どうでもいい提訴内容に紛れているが、

の天皇に関する言いがかりが、家永教授から受け継いだ「天皇制打破」の序章である。

家永教授亡き後は、教科書騒動と言うと必ずこの人物が顔を出してくるが、

高嶋教授が崇拝する家永教授は、戦前は皇室崇拝主義者であった。

それが今や教科書問題の左翼側のシンボルとも化した皇室崇拝精神、

そがどの時点で豹変して「天皇制打破」に変わって行ったかは興味深い。

ちなみに今回「集団自決」問題で「強制あり派」に顔を連ねた安仁屋政昭沖国大名誉教授を始め多くの学者は、

殆どが「家永裁判」の原告(家永)側の支援者であり証人にもなっている。

勿論彼らは戦前の教育はというと「皇民化教育」を叫ぶ、

「天皇制」打破主義者達である。

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「教科書問題」臭いものは元から絶たなきゃ駄目!

2007-12-29 12:57:10 | 教科書

昨日に続いて本文が消失です。

17時55分頃には本文記事の存在を確認しているのですが、某ブログにTBを張った瞬間、消失しました。

少なくともコメント下さった松五郎さんは本文を読んでいます。

意味不明ですが意気消沈、がっくりです。

二度あることは三度あると言うので次回は保存してからエントリします。

                     ◇

【追記】18:35

校正前の下書きが残っていましたので再エントリします。

                     ◇

臭いものは元から絶たなきゃ駄目!

臭いものを芳香剤等で誤魔化しても消臭の根本解決にはならない。

いやむしろ臭いが混ざって以前より不快なにおいを放つ場合だってある。

どんな難問でも、キチンと正面から向き合って真剣に対処しないと後にに必ず禍根を残すことになる。

臭いものに蓋をしては駄目!

                      *

今回の教科書騒動に対する文科省の決定は、臭いものに蓋はしないまでも、

芳香剤を振りかけて臭いを誤魔化したという結果に終わった。

テレビなどでよく映される裁判の判決の場面などで、

勝訴した側は「前面勝訴」と書いた紙を掲げ歓喜の声をあげ、

敗訴した側は「不当判決」という紙を掲げ怒りの拳を突き上げる。

今回の文科省の決定を判決に例えるなら、当初は両陣営とも「不当判決」と怒りの拳を突き上げた場面だろう。

ところが実際は両陣営にも賛否両面に評価が分かれていた。

「強制なし派」(注1)の藤岡拓大教授は今回の決定を「反軍イデオロギー」を全面的に認めた愚かな決定と全否定している。

反軍イデオロギー」全面容認の愚、「パンドラの箱」開けた文科省 拓殖大学教授 藤岡信勝 (世界日報)

こんな記事もあった。
自民党歴史教育議連、教科書“再検定”を批判

その一方同じ「強制なし」派で「免罪訴訟裁判」の徳永弁護士は次のように今回の決定を評価している。 

 <回の検定に関するわたしの評価ですが、すでに述べたように、本当によかったと考えています。検定審議会の委員の方々は、理不尽な政治的圧力に屈することなく、その職務をよく尽くされたと評価しています。

まず、「隊長命令」はもとより「軍の命令」も「軍の強制」までも否定し、全教科書から「軍命」も「軍強制」が削除されたことは、本当によろこばしいことです。>(草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN

「軍命」も「軍強制」も教科書から消えたのなら、責任が,大江被告が言うように、タテの構造に有ろうとも、現場の戦隊長の責任では無いことになる。

個人の名誉毀損を争う裁判の原告代理人であれば、裁判自体を考えれば、この決定を評価して当然だろう。

注1)当初、軍の命令の有無が争われていたが「軍命」を証明する客観的証拠が無い現在、「軍命あり派」は「軍命」から「軍強制」に摩り替えて議論されているので、以後等日記では「軍命あり派」、「軍命なし派」をそれぞれ「強制あり派」、「強制なし派」と」表記する。

「強制あり派」の評価も大きく分かれた。

「強制」認めよと抗議集会 検定審に評価割れる沖縄 (12月27日 22:07) 

 「9.29県民大会」 の仲里実行委員長は、当初「不満は残るが記述はほぼ回復され、検定意見は事実上撤回されたと理解する」と一定評価を表明していた。

この仲里委員長は沖縄県議会議長の要職にあり、衝撃的な「毒おにぎり」証言と、政府要人への数多くの抗議会見等でマスコミには顔と名前を十分に売り込んだと思ったのか、当初「実行委員会」の解散を示唆していた。

ところが「実行委員会」は役員に「女子供」関連の団体会長を立てて、その本来持つ政治臭を薄める作戦を立てた。

玉寄哲永副委員長は「沖縄子ども連」の会長だし、

役員の中山きく女史は元女子学徒隊でつくる「青春を語る会」の会長で、どちらもご高齢の様子。

「実行委員会」が解散したのではやることが無くなってしまう。

彼らの反対や平和団体や教職員組合の反対表明により、結局はこんなことになってしまった。⇒ 「軍が強制」認めず/関与記述復活

仲里議長も逃げられなくなったようだ。

こうなったら仲里議長も、毒おにぎりを食らわば、・・・じゃない、毒を食らわば皿までの心境なのだろう。

いずれにせよ今回の文科省決定は、いくら検定意見が付いても大声で騒ぎ立てれば教科書は書き換えられるという悪しき前例を作ってしまった。

それに自信をつけた「強制あり派」年明け早々上京して抗議行動するという。⇒ 証言否定「容認できない」 実行委、年明けに上京へ  

 

だったら、「強制なし派」も負けずに大声を出して欲しい。 

「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝会長は、かつてこんなことを言っていた。

政治介入への違法性指摘 教科書検定 撤回求める動きで有識者ら
<・・・「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝会長は、教科書検定が撤回された場合、「文科相を相手取って訴訟を起こす」ことを明らかにした。>(世界日報 12月14日)
 
今回の決定は事実上の(検定意見撤回」だといっているのだから、是非とも提訴に持ち込んで欲しい。
 
冒頭に述べたように今回の文科省の決定は臭い汚物に芳香剤を振りかけて臭いを誤魔化したようなもので、後で前にも増した悪臭が噴出しないとも限らない。
 
いずれにせよ文科省は今回の決定で大声を出して騒げば教科書は書き換えられる悪しき先例を作った。
 
だとしたら「強制なし派」も、「強制」は勿論、
 
「関与」といったあいまいな表現は全て削除するように大声を出して文科省に働きかけるべきである。

ご賛同の方、クリックお願いします。

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福田首相は小渕元首相の対中姿勢を見習え!

2007-12-28 11:13:42 | 外交・安全保障

事故発生です。

エントリ内容が消失しました。 18:05分確認

                    *

かつてクリントン大統領は上海で中国政策について「三つのノー」を明示した。

「三つのノー」とは、

①台湾独立を支持しない。

②二つの中国、一中一台を支持しない。

③台湾の国連加盟を支持しない」という内容だった。

1998年、江沢民は東京で当時の小渕首相に、クリントン大統領と同じ「三つのノー」の表明を要求したが、小渕首相は断固拒否した。

これによって小渕首相の国際評価は高まり、同時に日本に対する国際評価も高まった。

福田首相も小渕元首相に見習え。

                      *

・・・・といった内容のエントリーを午前中にしたのだが、何をミスったのか、先ほど確認したら内容が全て消失してしまっている。

ガックリです! 書き直す元気がありません。

可哀そうに思ったらクリックを・・・。

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検定制度の崩壊 国家の劣化は教室から始まる!

2007-12-27 10:44:25 | 教科書

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今年を振り返るには未だちょっと早すぎるとも思うが、昨日の「集団自決」に関する「教科書検定」問題の決着に,

これで今年も終わったか・・・との感慨にふけってしまった。

昨日のエントリで「玉虫色の政治決着」と書いたが、今朝の琉球新報の三面トップも、

「玉虫色の政治決着」

という白抜きの大見出しが踊っている。

当日記とは異なる意見の琉球新報の見出しが同じ見出しだということが、

今回の文科省の決着のあいまいさを物語っている。

琉球新報が当日記のタイトルをパクッたわけじゃないだろうが。(笑)

手元にある琉球新報は、教科書検定関係で1、2、3、22.23の各面トップで記事を掲載し、7面では特集を組んで合計6面を費やす熱の入れようである。(タイムスはもっとひどいでしょう)

ちなみに琉球新報の見出しだけを抜書きしてみよう。

1面トップ

「軍強制」認めず
「軍強制」認めず 教科書「集団自決」記述
   

「関与」に後退     審議会  検定意見を堅持

 

◆2面と3面が繋がった大見出し

玉虫色の政治決着  「検定意見」に固執」

◆22面23面が繋がって

思い無視 どうして  怒   

声届かず落胆 不満

              

上記見出しを見るだけでも自明の通り、沖縄のサヨク勢力は「玉虫色決着」には「不満」であり、「怒」であり「嘆」でさえあるのだ。

早速今日にも県民広場で抗議の緊急集会を開くという。

■検定制度の崩壊■

今朝の産経新聞「主張」は「二重検定」だとして批判しているが、今回の決着はそんな生易しいものではない。

 【主張】沖縄戦集団自決 禍根を残した“二重検定”12.27 03:06

一旦決定して誤字・脱落や「明らかな誤謬」以外は訂正が認められない筈の検定制度が、

数を頼んで大声を発する勢力により書き換えられうる悪しき先例を作ってしまったのだ。

こうなってしまったら歴史教科書とはシナ王朝の「正史」のようなもので、政権が変わる度にそのとき大声を出す勢力の言いなりに歴史が変えられてしまうことになる。

これは教科書検定制度が事実上崩壊したことに他ならない。

■判決の「傍論」を真似た本文の「側注」■

それに今回の文科省の決着は、憲法判断に関わる訴訟で裁判所が下す判決(主文)にしばしば付加される「傍論」の例を見習っている。

判決は訴訟の当否を判断する「主文」だけで十分であり、

「傍論」は裁判官の独り言のようなもので、

時には裁判制度を揺るがす「暴論」にもなりかねないので、

不要どころか百害あって一利も無い類のものである。

「主文」より離れて「傍論」だけが一人歩きする場合さえある。

今回はの文科省の決着は「主文」で「命令や強制」は削除させたが、

「側注」という「傍論」を使って「主文」以上の暴論を記述している教科書もある。

例えば三省堂の「再訂正申請記述」の<側注>を見ると次のようになっている。

戦闘の妨げやスパイ容疑を理由に殺された人を見た。さらに、日本軍の関与によって集団自決に追い込まれた人もいるなど、

<側注>集団自決について、日本軍によってひきおこされた「強制集団死」という見方が出されている

本文では「強制」を」禁じて「関与」に書き換えさせてはいても、

<側注>で「日本軍によって・・・強制集団死・・・」と記述しては頭隠して尻隠さずではないか。

日本軍の「残虐性」を表す表現としては<側注>の方が激しいくらいで、これを称して本末転倒という。

しかもこのような教科書を教室現場で使用するのは、日教組の教師やサヨク教育に洗脳されたままの教師だ。

「本文」より「側注」が独り歩きする可能性は目に見えている。

教科書記述以上に偏向した内容で「残虐非道の日本軍」を生徒に刷り込むことが出来たら反日サヨク勢力の思う壺である。

このようにして「自国を貶める教育」が再生産されていく。

                     ◇

■国家競争力の強化は教室から■

教科書と国歌の競争力に関する某新聞のコラムを以下に抜粋し引用する。

◆(略)、わが社会では教科書を通じた理念の戦争が繰り広げられた。(略)のアイデンティティを否定し、市場経済の本質を歪曲した左派の歴史・経済教科書が氾濫した。祖先と親の世代が流した汗を「清算の対象」に追い込んだ教科書が、未来の世代に与える影響が怖い。これらの教科書はいつか我々に社会的費用を請求するだろう。左派の教科書が溢れていることに危機感を覚えたニューライト系列の学識経験者や全国経済人連合会などが、この数年間で(略)のアイデンティティ、自由民主主義や市場経済の価値などをベースにした歴史・経済教科書をまとめたのは、不幸中の幸いだ。

◆米ニューズ・ウィーク欧州版の経済エディタのステファン・テイルは、「国家競争力の強化は教室から行われるべきだ」と言う。同氏は、「フランスとドイツの指導者らが改革を叫ぶものの、速度が遅い理由は、反企業・反世界化の内容を盛り込んだ教科書のため」と指摘した。教科書の改革こそ、国運を上向かせるために、国家的なレベルで推進すべき文化改革であり、精神改革である。

引用新聞名はあえて伏してあったが「[オピニオン]教科書改革 」で全文読めば自明の通り韓国の有力紙東亜日報である。

同紙は韓国の朝日新聞と評された。朝日新聞とは現在も特約紙の関係にあり、東京支社を東京都中央区築地の朝日新聞東京本社ビル内にある。

朝鮮日報が右派一辺倒であるのに対して、中央日報は実利主義がベースにあるため、改革派政権が続く中では保守色は薄まっているし、東亜日報は伝統的に記者や労働組合の発言力も強いこともあって、個々の論調ではそれほど保守的ではないものも見られる。(ウィキより)

上記コラムにもある「国家競争力の強化は教室から」は真理を含んでいる。

韓国も最悪のサヨク大統領から保守派大統領に変わって、このようなコラムが「韓国の朝日新聞」に載るようになったというのに、

我が国では安倍首相から福田首相に変わったとたん、政治介入でサヨクに媚びる教科書にしてしまった。

韓国に比べても日本の教科書制度の大きな後退だ。

だが、大声を出せば教科書記述は変えられることが分かった以上、

保守良識派もこれまでのように大人しくしていてはおれないはずだ。

サヨクに負けない大声を発する必要がある。

これ以上サヨクの大声に負けて教科書が更に劣化したら、

サヨクの日本弱体化作戦は更に加速する。

国家の弱体化は教室から始まる。

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玉虫色の「軍の強制」  検定審が結論

2007-12-26 18:05:56 | ★集団自決

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<号外>「軍強制」認めず 「集団自決」教科書検定

 【東京】高校歴史教科書の「集団自決」(強制集団死)検定問題で、教科書出版社からの訂正申請を審議していた教科用図書検定調査審議会(検定審)の杉山武彦会長は26日午後、文部科学省に渡海紀三朗文科相を訪ね、訂正申請した6社8冊を承認する検定審報告を提出した。「集団自決」の背景・要因がこれまでより詳しく記述された一方で、検定意見は堅持し、焦点となっていた日本軍の強制の明確化は認められなかった。

→号外1(PDF、552KB)
→号外2(PDF、2160KB)

(琉球新報 12/26 15:00)

Pickup Photo

                       ◇ 

沖縄タイムス 2007年12月26日(水) 
 
[電子号外]
「軍が強制」認めず 検定審が結論
1面(PDF:293kb)
2面(PDF:39kb)

 【東京】高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決(強制集団死)に関する検定問題で、教科書会社六社からの訂正申請を審議していた教科用図書検定調査審議会(検定審)の杉山武彦会長は二十六日午後、都内の文部科学省で渡海紀三朗文部科学相と会談し、審議結果を報告した。渡海文科相は全社の記述を承認する手続きに入った。同日中に教科書会社全社に伝達される見通し。検定審の結論は、「集団自決」について「日本軍によって追い込まれた」など軍の「関与」を示す記述は認められたが、「日本軍が強制した」など主語の「日本軍」と述語の「強制」を直接つなげる表現は採用されなかった。

                     ◇

■玉虫色の政治決着■
 
>「日本軍が強制した」など主語の「日本軍」と述語の「強制」を直接つなげる表現は採用されなかった。

「強制」という言葉は記述しなくとも「強制があった」と思わせる文章が「工夫と知恵と努力の結果だというのだろう。

一言で言えば、「軍命なし派」、「軍命あり派」両者の顔を立てた玉虫色のいかにも日本的決着といえる。

「軍の命令、強制はなかった」と主張してきた当日記としては到底納得できるものではない。

■山川出版社は完全復活■

特に、山川出版社の「日本史 A 改訂版」は検定前の原文にそっくり回復しているではないか。

①検定前原文:
「日本軍によって壕を追い出され、あるいは「集団自決」に追い込まれた住民もあった」↓

②検定後記述:
「日本軍に壕から追い出され足り、自決した住民もいた」↓

訂正後の記述:
「日本軍によって壕追い出されたり、あるいは「集団自決」に追い込まれた住民も会った」

①と③は同じ文章で完全な逆戻りではないか。

他の教科書も、読む人によってどうにでも取れるような記述で果たして教科書として適当であるとは思えない。

「軍命あり派」も納得できないという声明を出しているようだが、それはこちらの言うことだ。

■各紙の報道も混乱■

各紙の報道も「玉虫決着」に戸惑ったのか、見出しが真逆になったのもある。

どっちが正しいんだよ!

時事通信は「強制、復活せず」。

朝日、中日は「事実上強制みとめる」。

大手新聞も読み誤るような教科書記述に納得できる国民はいないだろう。

 

2007/12/26-15:27 日本軍「強制」、復活せず=沖縄戦集団自決で教科書6社の訂正申請承認-文科省
時事通信 - <NOBR>2時間前</NOBR>
太平洋戦争末期の沖縄戦をめぐる高校日本史の教科書検定問題で、文部科学省は26日、住民が日本軍によって集団自決に「追い込まれた」などとする表現で、教科書会社6 ...
「軍が関与」の記述で決着 事実上「強制」認める
中日新聞 - <NOBR>2時間前</NOBR>
沖縄戦の集団自決をめぐる高校日本史教科書の検定問題で、教科書検定審議会は「日本軍により集団自決に追い込まれた」など、軍の関与があったことを示す記述で各教科書 ...
沖縄戦の集団自決、検定意見を事実上修正 渡海文科相
朝日新聞 - <NOBR>3時間前</NOBR>
沖縄戦の「集団自決」をめぐり、高校日本史の教科書検定で「日本軍の強制」が削除された問題で、渡海文部科学相は26日、教科書会社6社から出されていた訂正申請を ...

このように新聞報道も混乱するような記述なら、刑法の「疑わしきは罰せず」に倣って、

「疑わしきは記載せず」が教科書としては最適ではないのか。

疑わしき記述は一切削除して、明確になってから記載しても決して遅くは無い。

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君が代・日の丸病患者

2007-12-26 09:18:57 | 県知事選

去年の今頃は手抜きでエントリしていた。

ただ「日の丸病」についてエントリ(下記再掲)の続きという形にはなっているが・・・。 

以下「【追記】あり  赤丸に斜線のブラウスで入学式へ」の再掲でやはり手抜きです。

                    ◇

同じ国の同じ文化土壌で育った者なら、あるデザインや図形に共通の敬意を払うことができる。

だが別の文化圏の人の目には、それは唯の無機質な図形にしか映らない。

それどころか「ある種の病」に冒された人々にとってはそれは激しい「憎悪の対象」でしかない。

異文化のオピニオンリーダー、朝日新聞にとって「日の丸に斜線」のデザインは、「赤丸に斜線のブラウス」にしか映らないのだろう。

これは識別障害の症状なのか。

 

【追記】12月28日 9:05

先日テレビのトーク番組で金美麗女史が、小泉前首相の外遊経費が掛かり過ぎたと言う批判に答えて、

「一国の首相たるものがホテル等の経費をケチるべきではない」

「ニューヨークの国連近くにウオードルフ・アストリア・ホテルというステータスの高いホテルがあるが、そこに日本の首相が泊まるとホテル前に日の丸が掲げられる」

「それを見ると、私は台湾人だが感激する」

「首相がこんな立派なホテルに泊まっていることを、日の丸で知って誇らしげに思う」

メモしたわけではないので正確な発言ではないが、大体このような趣旨で反論した。

なるほど、国籍は台湾と言え日本の文化土壌で育った金女史の率直な意見だ。


このような発言に、仲間(台湾)を売った裏切り者、と脊髄反応する「病人たち」がいるが、金女史が誰よりも台湾を愛しているのは日頃の言動で自明だろう。

彼女が戦っているのは台湾を略奪しようと狙う中国であり、台湾内部の中国工作員、そしてそれを支援する日本国内の「病人達」だ。

それに彼女は平均的日本人の誰よりも遥かに強く、自分を育んだ日本を愛していることは上記発言でわかる。【追記終了】

 

朝日新聞
赤丸に斜線のブラウスで入学式へ 都教委処分に適法判決

 東京都立大泉養護学校で02年、赤い丸に斜線を引いたマークの入ったブラウスを着て入学式に出席し、「日の丸に反対している」として戒告処分を受けた渡辺厚子教諭(56)が都教委に処分の取り消しを求めた訴訟の控訴審判決が26日、東京高裁であった。原田敏章裁判長は「国旗掲揚などに反対する意思を積極的に表明し、式の円滑な進行を妨げるおそれがあった。教育の統一的な運営に対する保護者や住民の信頼を害する」と述べ、処分を適法とした一審・東京地裁判決を支持。原告側の控訴を棄却した。

 判決によると、渡辺教諭は白いブラウスの右胸につけたマークを理由に校長から上着を着るよう職務命令を受け、従わなかった。都教委は同年11月に職務命令違反を理由に戒告処分とした。

 「手づくりブラウス着て入学式に臨んだ女教師」のどこが悪い!

朝日の怒声が聞こえるようだ。

母さんが夜なべして「赤丸」を編み込んでくれたのかは朝日新聞では不明。

そこで、

母さんの歌 窪田 聡 作詞/作曲

かあさんが 夜なべをして
手袋(赤丸?)あんでくれた
木枯らし吹いちゃ 冷たかろうて
せっせとあんだだよ
ふるさとの便りはとどく
いろりのにおいがした

【関連リンク】
パワートゥーザピープル
「大泉ブラウス裁判控訴審結審」

 渡辺厚子さんの「日の丸・君が代」戒告・減給撤回!
12.26高裁判決にあつまろう!


2002年4月9日、都立大泉養護学校の入学式


 都立大泉養護学校教員の渡辺厚子さんは「日の丸」「君が代」の強制に反対し、人権尊重を願って、手づくりの絵ブラウスを着て入学式に臨みました
 ところが、江崎安幸校長は渡辺さんに「上着を着なさい」と職務命令を出しました。
 渡辺さんは理由も定かでない理不尽な命令には従いませんでした。
 二人の教頭は待ちかまえて写真を撮り、やり取りをメモし、処分の準備をしました。
 そして校長は7月になって「職務命令書」を出し、渡辺さんを校長室へ呼ひ出し、事情聴取をしました。
 8月にも再ひ呼ひ出しましたが、二度目の事情聴取は断りました。

11月「戒告処分」出される。

 11月16日、都教委は渡辺さんに対し、上着着用命令拒否、再事情聴取拒否を理由に「戒告処分」を下しました。

 

「ある種の病」を患った人々には「戒告処分」より、「入院勧告」、・・・いや、「強制入院」のほうが本人のためには親切だと思うのだが(笑)。

                     ◇

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去年までは「勝谷勝彦の××な日々」は無料開放だった。

以下再掲です。

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                   ◇

「日の丸・君が代」で異常な症状を示す「病める人たち」を「勝谷勝彦の××な日々」が思いっきりからかっている。

新聞社ー学芸部ー「声」欄ープロ市民投稿者

このやらせ構図が炙り出されてオモシロイ。

以下転載。

                 ◇


■2006/12/26 (火) 築地の若宮名取コラムの最終回で見苦しい言い訳。

6時起床。年末のどさくさに紛れて朝日新聞は『声』欄を使って卑劣で陰湿なキャンペーンをしているのではないか。天皇皇后両陛下が海外派兵の自衛隊員たちを慰労なされた事に対するイヤガラセとしか思えぬ投稿については昨日触れた。すると今日の『声』欄にはその投稿と全く同じトップの位置にまたも異様なものが掲載されていた。大阪で見ている朝日である。岡山県の読者なので東京の紙面には掲載されていないかもしれない。であれば余計に記録しておく必要があると思うので紹介する。タイトルは<園児発表会でなぜ「君が代」>。そこでもう引かないように(笑)。投稿者は総社市の大森文子という55歳の主婦である。<本当にびっくりしました。先日行った孫の保育園の発表会でのことです>。どうした。よほどのことがあったのか。<先生が「君が代を歌いましょう」。子どもたち全員が「ハイ」。君が代の斉唱が始まったのです>。立派な保育園ではないか。しかしこの主婦はそうは思わないらしい。<私は思わず「えっ、君が代」と、小さな声が出てしまいました><義務教育でもない幼子までが、君が代を歌うことになるのだろうかと思うと、恐ろしくなりました>。鉄は熱いうちに打てという言葉をこのばあさんは知らないらしい。で何が<恐ろし>いのかと言えば<この子どもたちが、天皇に代わる「愛国心」の名の下に、戦争に送り出されるのではないかと心配になりました>。心配なのはばあさんの頭の中である。こういうのを妄想と言う。田舎で妄想を抱いて老いていくのは勝手だが1000万人が読んでいるメディアが市井の人々の声を紹介する欄のトップにこれを持ってくるというのは無責任極まりないと言っていい。ちなみに昨日紹介した野崎弘なる投稿者については複数のわが優秀なる工作員諸君からさまざまな情報が届いた。こんな身上調査で紙幅を潰すのが惜しいのでご自身で調べてください(苦笑)。グーグルででも「野崎弘」「フリーライター」で検索すると臭い立つような左巻き肥溜め情報がご覧いただけます(笑)。フリーライターに定年があるのか自身の能力の限界に気づいたのか爺さんいつの間にか「無職」になっているが見事な「プロ投稿者」である。例えば68歳の時には『声」欄に教科書問題について左筆をふるっている。恐らくは常連投稿者であって『声』欄担当者はそのこと良く知っている筈だ。まさか安倍内閣のTMばりのヤラセじゃないだろうねえ。

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教科書問題 土壇場で首相が政治決断?

2007-12-25 18:15:52 | 教科書


山崎氏「記述ほぼ復活」/「集団自決」検定撤回

 文部科学省が高校の日本史教科書から、沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」に対する日本軍の強制を示す記述を削除させた教科書検定問題で、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委員会の幹部ら六人が二十五日朝、三度目となる文科省への要請行動のため上京した。要請団と面談した自民党沖縄振興委員会の山崎拓委員長は「集団自決」への軍強制を示していた検定前の記述がほぼ復活すると述べた。また、岸田文雄沖縄担当相が内閣府の沖縄戦関係資料閲覧室の機能を強化する考えを示した。
 山崎委員長は、県議会議長の仲里利信・県民大会実行委員長ら要請団と正午すぎに面談し、教科書会社からの訂正申請に対する文科省の対応の結果、「ほぼ検定前の記述に戻るのではないか。ただ、直接的に軍が命令したとの記述にはならないと思う」との見通しを示した。

 要請団はその後、岸田文雄沖縄担当相とも面談した。岸田沖縄担当相は沖縄戦関係資料閲覧室の資料をインターネットで閲覧できるようにするなど、機能強化を図る考えを示した。

 文科省は「軍の強制」を示す記述回復を求めた教科書会社からの訂正申請に対し、沖縄戦の「集団自決」について「直接的な軍命は確認できていない」などとした教科用図書検定調査審議会の指針を示し、教科書会社に「軍の強制」を薄めた記述での再訂正をさせている。

 九月二十九日の県民大会では、検定意見の撤回と記述回復を求める決議がされており、県民大会実行委は教科書審議会の指針に抗議するとともに、渡海紀三朗文科相への面談を求め、「軍の強制」を示す記述の回復と検定意見の早期撤回を求める予定。

 仲里委員長は「十一万六千人の意思が、文科省職員や審議会の一握りの意見で拒まれるようなことがあれば、県民一丸となり長期的に検定意見撤回と記述回復の実現に取り組むことになる」と決意を述べた。(沖縄タイムス2007年12月25日(火) 夕刊 1面 ) 

                                                ◇

新聞報道に取材記者の主観が混じりこむ以上、報じられる記事がメディアによって多少ニュアンスが異なるのは分かる。

とは言っても・・・。

>山崎拓委員長は「集団自決」への軍強制を示していた検定前の記述がほぼ復活すると述べた

これでは、22日の次の報道とは真逆ではないか。
 
「強制」の記述認めず 教科書検定審 出版社が再修正(12月22日 朝刊) 

それに今朝のNHKも次のように報道している。
 
◆教科書 5社が記述を再修正 (NHK 07/12/25)

 http://www3.nhk.or.jp/news/2007/12/25/d20071224000080.html


 この問題は、来年4月から高校で使われる日本史の教科書の検定で、沖縄戦で起きた集団自決に関して、日本軍の直接的な関与を表した記述が削除されたものです。これに対して沖縄県で反発が強まり、文部科学省が教科書の記述の修正を認める方針を示したことから、これに促された異例の形で集団自決について記述した6つの教科書会社すべてが、記述を修正する、訂正申請という手続きを取りました。

  申請された記述は「日本軍が集団自害を強制した」などという表現で、集団自決が日本軍の命令によって起きたことをにじませる形になっています。

  これに対し文部科学省の教科書検定審議会が、あらためて「住民に対する日本軍の直接的な命令を示す資料は見つかっていない」とする基本的な見解を示したうえで、5つの教科書会社に申請した記述のままでは認められないという考え方を伝え、事実上の修正を求めていたことが関係者の話で明らかになりました。
これを受けて5社はいったん申請を取り下げ、再度記述を修正したということです。

  修正された記述の詳しい内容は明らかになっていませんが、日本軍のかかわりを含む、住民が集団自決に至った背景を書き込んだものとみられ、審議会は今週中にも結論を出すことにしています。

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まさか沖縄から抗議団が、上京したからといって容易に文科省の判断が変わるとも思えない。

山拓が子分の渡海文科大臣にプレッシャーをかけているの分かっていたが、日本の文科省が山拓の策謀で左右されるように堕落しきっているとも思えない。検定問題、訂正勧告を要求 自民・山崎氏が文科相に  (9/29 )

だとしたら福田首相が来るべき衆院選に向けてマスコミに媚びる作戦に出たのか。

それとも「薬害肝炎問題」で「政治決断」をしたのがマスコミ受けしたため、調子に乗って、

「政治決断」の名の下に「政治介入」をしたのか。

新報報道によると、いずれにせよ福田首相が27日の訪中前の26日に出すといわれる「福田談話」を発表すると言う。

軍強制記述は「回復」 自民山崎氏が示唆  (12/25 16:02)

<福田康夫首相が26日に記者団との定例会見で、検定問題に関して発言することを明らかにした。首相は沖縄戦の実相を学校教育の中で語り継ぐ必要性を強調するとみられる。>(琉球新報)

「福田談話」の内容によっては、

福田内閣は歴史教科書に「政治介入」をした最悪の内閣として後世にその悪名を残すことになる。

「教科書問題」のような取材記者の恣意的要素が入りやすい問題では、最後の刷り上った教科書を見るまでは分からないが、

敢て推測すると「日本軍の命令、強制」といった表現は避けながらも、

「工夫と努力と知恵」(10月1日の町村官房長官)を駆使して、

文脈では「命令」或いは「強制」を臭わして、

「首相談話」で「命令、強制の文言は記載してなくとも、日本軍の関与なしにはありえなかったので、教室ではそのように語り継いで欲しい」・・・・。

うーん、これでは最悪だ。

冒頭のタイムス、そして新報記事もいずれも山崎拓氏を取材したものなので、どれだけ信憑性があるのやら。

それに「軍命、強制」を教科書に記述したい地元二紙の恣意的報道で一喜一憂するのも愚かだが・・・。

とにかく教科書の現物を見るまで気は抜けない。


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朝青龍?ほっといてくれ!内館委員の笑顔の怒り?

2007-12-25 09:14:02 | 県知事選

去年の今頃は何をエントリーをしていたかと覗いて見たら、12月25日は更新が無く、26日に2件のエントリーがある。

そのうちの1件は「朝昇龍が横綱審議委員会に挑戦!」で相撲を知らない横審の面前での稽古総見で、

彼らが「品位がない」と批判する「蹴手繰り」の技を連発し、あてつけをしたことに関してのエントリである。

朝青龍問題はもう書かないつもりだったが、今朝の「みのもんた『朝ズバ!』」を見て気変りした。

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朝青龍が正月休みに帰国したいと発言したことに対して、みのもんたや、コメンテーターの三屋裕子氏(元女子バレー選手)が口をそろえて猛反対している画面を見て気が変ったのだ。

朝青龍言うには、

「帰る、帰らないのと何で気にするの。不思議だね。部屋の年末解散に合わせ、けいこはじめに合わせる。勝手な行動ではないよ」。

この発言のどこがおかしいのか。

高砂部屋の稽古は年末28日から年始の3日迄休みというからそれを利用しての帰省だという。

みの、三屋氏が言うには、「自分の立場を考えたら、休みといえども1日でも多く稽古して、初場所に備えるべきだ」という。

自分の立場というがもう謹慎期間も終わったはずだ。

朝青龍に代わって言いたい。

「大きなお世話だ!」

独自の稽古で(激しく、量は少なめに)横綱迄上り詰めた最強の横綱に向かって、正月休みで人気(ひとけ)の無い土俵で、それこそ「一人相撲」でも取れというのだろうか。

少なくともテレビ司会者や元女子バレー選手が天下の横綱の稽古法まで口を出すべきではない。

どのスポーツでもそうだが、いくら稽古をしても強くなれない者にとって猛稽古は怪我をするのオチだ。

その昔、東京で学生生活を送っていた頃、懐具合が不如意で正月休みを東京で過ごしたことがあった。

地方から上京していた知人友人は殆どが帰省してしまい抜け殻のような感じの東京で独り寂しく部屋に篭って過ごした。

天下の横綱と貧乏学生では、東京の正月も寂しさの度合いが違うだろうが、何も稽古が休みの東京に無理して留まる理由は無いだろう。

 

もう一人、相撲を知らないくせに肩書だけで勘違いしているオバサンがいる。

アポなし訪問で偶々朝青龍の稽古が無かったからと「怒り」を顕(あらわ)にしている横綱審議委員会の内館牧子委員。

(12/21)内館委員「非常に不愉快」・けいこ休みの朝青龍に怒り… 

 日本相撲協会の諮問機関、横綱審議委員会の内館牧子委員が21日、横綱朝青龍のけいこ視察を目当てに抜き打ちで東京都墨田区の高砂部屋を訪れたが、肝心の横綱は姿を見せず「けいこは毎日やるものでしょ? 心をうんと入れ替えてやっているものだと思っていた。非常に不愉快」と怒りをあらわにした。(略)ー日本経済新聞

アポ無しなのだから朝青龍がいなくてもこのオバサンが怒る筋合いではないのだが。

ん?「稽古は毎日やるものでしょう?」。

ほっといてくれ!

お前さんのスケジュールに合わせて稽古をするわけではないし、お前さんの顔を見ながら稽古したら、流石の朝青龍も気が抜けて大怪我をしないとも限らない。

大体このお方「怒る」というが、顔は笑いながら怒りを表すという竹中直人もびっくりの特技の持ち主で、彼女に関して某ブログ(逆風って気持ちいい!)で触れているので、彼女の「顔」 についてはそちらへ譲りたい。

笑い顔で怒りを表す特技は本家竹中直人や内館女史の他にもいた。

亀田大毅に殴られてマットの上で笑うボクサー、きっと札束でも想い出し思わず笑いが顔に出たのでしょう。

「お笑い亀田劇場」に怒りながら笑う人 ⇒竹中直人の新ネタ?

朝青龍が稽古少なめで初場所の成績が悪かったら、

そのときになって初めて、みのもんたも三屋氏も内館女史も、

「だから言ったじゃないの! 横綱のくせに、自己管理もも出来ないのはけしからん!」

と口を揃えて批判すれば済むことだ。

 

朝青龍となると何でも報道のネタになるのは、

少なくとも現役では最強の横綱だということをマスコミを含めて皆が認めているからではないのか。

これも可笑しいね。

岡田監督、衝撃の自白!朝青龍に虎ジャン贈ったのは俺や

阪神ファンの横綱に阪神の監督がロゴ入りジャンパーをプレゼントしたのが、何で「衝撃の告白!」なのか。

同じ岡田監督でも、サッカーの岡田監督だったら「衝撃!」かも知れないが・・・。

で、結論だが日本は北朝鮮ではないのだから、朝青龍も正月を故郷で過ごしたければ自由に帰って故郷の正月を楽しめばよい。

朝青龍は日本の相撲協会に「拉致」された訳ではないのでしょう?

 

【大相撲】「反対」続出も…朝青龍、モンゴル帰国を希望  【

モンゴルへ帰りたい。この日、けいこを休んだ朝青龍(右)は親交のある歌手北島三郎(左)のディナーショーを訪れ、花束を贈った(撮影・小倉元司)

 

帰国には否定的な高砂親方。「渡航許可証」には、師匠の認め印が必要だが…(撮影・原田史郎)

 大相撲の横綱朝青龍(27)が24日、年末年始の期間に母国モンゴルへ帰国することを希望した。子供との約束を果たすことを理由としている。所属する高砂部屋のけいこは実質的に28日まで。けいこ再開となる来年1月3日に合わせ、28日のけいこを終えた後、離日する計画。帰国には否定的な師匠の高砂親方(52)=元大関朝潮=と摩擦が生じる可能性もある。

 鬼の荒げいこで、下位力士を痛めつける朝青龍も、泣く子には勝てない!?

 モンゴルにいる長女イチンホルロちゃん(4)から帰国をせがまれていることを理由に、モンゴル行きを希望した。

 横綱はこの日、都内のホテルで行われた「北島ファミリーディナーショー」へ足を運び、親交のある歌手北島三郎に花束を渡した後、帰国の意向を示した。現在、右足関節周囲炎を患っているが、治療のためではなく、「子供との帰国の約束を果たすため、もうみやげの服を買ってある」とパパの顔になった。

 28日のけいこを終えた後、成田空港から直行便で飛び、年明けの1月2日にソウル経由で再来日するスケジュールを描いているという。

 朝青龍は例年、年末年始の休みをモンゴルで過ごしているが、今回は特別な事情がある。社会問題にまで発展した一連の騒動の謹慎などが明け、来年初場所(13日初日、両国国技館)で再起を期す立場。再来日した11月30日の謝罪会見でも、けいこに集中する意思を示していただけに、言動の一致が望まれている。協会幹部には、家族との再会を強く望むならば、日本に呼ぶ方法を模索すべきという声もある。

 だが、朝青龍は「帰る、帰らないのと何で気にするの。不思議だね。部屋の年末解散に合わせ、けいこはじめに合わせる。勝手な行動ではないよ」と主張。25日にも高砂親方へ申し出る。

 協会では11月から力士が離日を希望する際には、師匠の認め印付きの「渡航許可証」の提出を義務づけている。帰国するには28日までに協会へ提出しなければならないが、高砂親方はこの日、「(帰国について)オレは聞いていない。聞いてから判断するが、認めない方向だ」と言い切った。同親方はこれまで、朝青龍の年末年始の帰国には否定的な発言を繰り返している。

 協会から2場所出場停止、謹慎などの処分を受け、「解離性障害」と診断された一連の動きのなかで、師弟のコミュニケーション不足が露呈したことも記憶に新しい。再び師弟の軋轢(あつれき)に発展する危険もある。

 おりしも、20日の番付発表会見で横綱が「(帰国について)まだわからない」と微妙な言い回しをした際、それを受けた北の湖理事長(54)=元横綱=が帰国に強く反対する意向を示したばかり。力士か、父親か。“ハムレット”朝青龍が悩ましい立場に置かれた。

★朝青龍に聞く

 ――北島さんに花束を渡しました

 「ボクも大ファンで、先生(北島)も昇進祝いとか来てくれて、お礼をしたいと思ってね」

 ――年末に帰国を希望している

 「年末にちょっと帰りたいと思っています。子供に約束したし、(来年)3日からのけいこに合わせて2日には帰ってきたい。(高砂)親方と相談して決めたい」

 ――その親方は反対の方向

 「まだ話していないけど、お話ししていきたい」

 ――お子さんには

 「みやげの子供服を錦糸町で買いました」

 ――子供さんを呼ぶことは

 「今はない。時間がたったらね」

 ――帰国について(横審の)内館さんらが厳しい意見をもっている

 「部屋の年末解散に合わせて帰りたい。それで、けいこはじめに合わせたい。勝手な行動ではない」

 ――25日はけいこをする

 「するよ。(朝)赤龍が調子よくないので、出げいこになると思う」

■帰国に反対する見解

 ★北の湖理事長は20日、朝青龍の年末年始について、「療養するためにモンゴルに帰り、戻ったばかり。いまは本場所に全神経を集中させるべき。結果を出すまでは気を緩めてはいけない。私が師匠だったら絶対に(帰国は)ダメだと言う」と来年初場所へ向けての心構えをといた
 ★横綱審議委員会・内館牧子委員(59)=脚本家=は横綱がけいこを休んだ21日に高砂部屋を視察した際、朝青龍がモンゴル帰国を希望した場合について、「親方がちゃんと指導するといってるわけですから。帰ったら、私たちがいう問題でなくなります」。横審が引退勧告などをする以前の問題と指摘した
 ★序ノ口力士の死亡を受けて発足した「再発防止検討委員会」の外部有識者委員、やくみつる氏(48)=漫画家=は18日、朝青龍のモンゴル帰国について、「見張られている環境の方がいいんじゃないか。いま(横綱の)要求が通る状況でないことをわかっていくべきだ」と厳しい見方を示した

★春日野親方に陳謝

 高砂親方は24日、「23日午後に春日野親方(元関脇栃乃和歌)に『迷惑をかけた』と電話した」と明かした。前日、朝青龍が春日野部屋へいきなり出げいこに訪れ、関取衆と10番取り、わずか20分で帰ってしまった。あいさつはしたが、一方的な都合でけいこを終えて帰ったことについて、謝罪した。

出場停止明け後の朝青龍のけいこ
7日 ぶつかりで幕下以下に2番胸貸す
8日 休み
9日 ぶつかりから幕下以下と16番
10日 幕内朝赤龍と9番      
(友綱部屋への出げいこ拒否される)
11日 春日野部屋に出げいこ、関取と14番
12日 休み
13日 ぶつかり(再防委視察)
14日 春日野部屋に出げいこ、関取と13番
15日
~21日
休み
22日 幕内朝赤龍と20番
23日 春日野部屋に出げいこ、関取と10番
24日

休み

                  ◇

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悪いのは全て「日本軍」 メチルで死んだ父も軍のせい」

2007-12-24 06:54:07 | 教科書

 

「強制」外し、怒りの声 軍隊美化を指摘 「集団自決」検定問題  

 高校歴史教科書の「集団自決」(強制集団死)検定問題で、訂正申請の記述内容について文部科学省の教科書調査官と教科書出版社が、日本軍による「強制」の文言使用を避ける形で調整していることに、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委員からは22日、怒りの声が上がった。
 代表団として25日に上京する
副実行委員長の小渡ハル子県婦人連合会長は「県民大会の前に戻ってしまった。11万6千人の思いを踏みにじるもので、許せない」と話し「文科省が記述にこだわるのは、軍隊を美化したいという思いが見え見えで、背景には軍事化が進む日本の流れがある。だからこれだけは譲れない」と強く訴えた。
 県民大会事務局幹事で代表団の平良長政県議は「もし事実であるならば許せない。県民大会が成功したのにもかかわらず、申請をやり直す文科省のやり方について憤りを感じる」と話した。
 実行委員の「青春を語る会」の中山きく代表(白梅同窓会会長)は「手りゅう弾を渡し、受け取った側の住民は命令として受け取っているので強制。文科省は住民の意思を尊重すると言いながら結局、沖縄の要望に添っていない。強制という文言を使用してほしい」と訴えた。

 (琉球新報 12/23 10:04)

                       ◇

 

 >副実行委員長の小渡ハル子県婦人連合会長は・・・・文科省が記述にこだわるのは、軍隊を美化したいという思いが見え見えで、背景には軍事化が進む日本の流れがある。

教科書の記述を学術的検証に基づいて記述するように、ということが「軍隊を美化」とか「軍事化が進む日本」とかの妄想に繋がる人はおそらくは自分の脳で考えることは忘れ去っているのだろう。

この次には「軍靴の響き」が聞こえたり、「きな臭いにおい」がするようになり、

ついには「カメムシ」の幻覚にも襲われかねない。

カメムシ先生「君が代訴訟」で敗訴確定!

怒りをあらわににする「日本の軍事化」を、危惧する小渡ハル子女史、沖縄の新聞ではお馴染みの名前だが、

自分の父親が戦後、違法行為の「メチル禍」でしかも神奈川県でなくなったのも「残虐な日本軍」のせいだと妄想する珍しいお方だ。

何でもかんでも日本軍のせいにしたがる小渡ハル子女史のことを7月のエントリから紹介したい。

違法のメチルアルコールで死んだのは事故責任、いや自己責任だと思うのですがね。

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メチル禍も日本軍の責任? <史実封殺>届かぬ沖縄の心 1

さて、今日から始まった琉球新報の連載特集の第一回目。

この特集の説明は次のように記されている。

教科書検定で、沖縄戦の「集団自決」の日本軍の強制の記述が修正・削除された件で、県代表団の撤回要求が“門前払い”された。

沖縄戦の史実の歪曲が踏みにじられた。 各界の関係者に自らの体験を交えて語ってもらうという。

社会面トップを飾る大げさな見出しは・・・。

<史実封殺> ーーーー届かぬ沖縄の心 1


戦後命絶った父

家族裂く戦  歪曲許さぬ

 

その第一回目だが、まがまがしい見出しとともに、写真入で小渡ハル子さん(76歳・県婦連会長)の証言を紹介している。

紙面構成からは日本軍の残虐性に対する証言者の怒りが滲み出している。

だがよく読んでみると、・・・。

「終戦後 命を絶った父」・・・父君は戦時中は神奈川に在住し、沖縄戦とは直接関わってはいない。

ましてや「命を絶った」のは、敗戦後の日本で流行した「メチル禍」(★下記解説)が原因であり、これも日本軍の残虐性とは全く関係ない。

新報記事では次のように記されている。

<・・・終戦後の46年2月。 神奈川で「沖縄は玉砕した」と友人から聞かされた父は、沖縄にいる全てを失ったと思い込み、友人とメチルアルコールを飲み、自らの命を絶った。>

「自らの命を絶った」という見出しとは如何しても重ならない。

「家族裂く」・・・も偶々運悪く、父君一人を神奈川に残して一家で里帰りした為、結果的に家族が引き裂かれる不運にあったわけで、これも日本軍の残虐性とは無関係。

 「歪曲許さぬ」・・・も、証言者は何一つ「日本軍の残虐性」を証明する証言をしていない。

にも関わらず、記事は最後は次のような小渡ハル子さんの怒りの言葉で結ばれている。

<「これでは『集団自決』した人たちが浮かばれない。母親集団として、検定意見を絶対に撤回させる。何度でも何度でも撤回するまでやる」と語気を強めた。今後県民大会が開かれれば、要請団の一人として文科省に出向き、多くの沖縄戦証言資料を沖縄の資料を突きつけるつもりだ。>

次々と新たに登場する年老いた証言者たちは、「教科書検定意見が集団自決そのものを否定・削除している」とでも思い込まされているのでしょう。

お気の毒に。

★メチル禍http://yabusaka.moo.jp/kai1945.htm

・・・日本では終戦直後から軍が放出したものが闇市場に流れ、猛毒性を知りながらメチル入り酒の販売が行なわれていた。そのため1年間で、報告されただけでも2000件のメチル禍が起こっており、1500人以上が死亡するという大惨禍をひき起こしていた。1946年になってもメチル入り酒は野放し状態で、死亡者はさらに急増した。46年1月から9月までの総被害者439名中292名(70%)が死亡、60名(13%)が失明したため警視庁では警鐘を鳴らす談話を発表した。ちなみに失明することから「目散るアルコール」とも言われていた。
 こうしたメチルアルコール中毒死事件は戦後の混乱期に多発したが、人々の暮らしが落ちついてくるとともになくなっていった。
 また同様の中毒死事件は04年5月に中国・広州でも起こっている。その後の捜査でやはりメチル入りの偽造酒が押収された。

 

メチル禍も日本軍の責任? <史実封殺>届かぬ沖縄の心 1

うーん、沖縄戦の体験も無く戦後神奈川県で、酒の代わりに違法のメチルアルコールを飲んで亡くなられた父親も日本軍の責任、自分は沖縄にいて父親と「引き裂かれた」のも日本軍の責任では、沖縄で戦死した日本の兵隊さんも浮かばれないでしょう。

いや、この方が被害妄想に駆られるくせがあるのならこれを報じた琉球新報の方が責任は重いのかもしれない。

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【おまけ】

今日はクリスマスイブだが休日に当たる。 昨年の今日のエントリを見たら日曜日でやはり休日のようだった。

今日の沖縄は雨らしいが、異教徒の筆者にはクリスマスイブなんて、「そんなのかんけーねぇー!」。(早く使っておかないと賞味期限が迫っている気配)

で、おまけは?

そうでした去年は「忘年会のネタ」でした。

以下再掲です。

                     ◇

今日は日曜日のクリスマスイブ。

クリスマスを祝い、大晦日にはお寺の除夜の鐘を聞き、その足で神社に初詣でに行く多神教徒は日本では珍しくない。

そういえば沖縄波の上の護国寺と波の上神社は隣あって在り、同じ敷地内にあるように思える。

除夜の鐘の生の音を聞いたその足で隣の神社で初詣が出来る。

いや、鐘の音を聞きながらお賽銭を投げられるほどだ。 

両施設に行ったことのある息子にこの二つの違いを聞いてみたら

「一緒でしょ?」と簡単明瞭。

沖縄では「本地垂迹」が現代でも生きている。

恐るべしチャンプルー文化。

それとこの時期になると何故かクラシック音楽が盛んになり、プロ、アマを含めて多くのオーケストラがベートーベンの「第九」を演奏する。

これに参加するアマチュア合唱団がシラーの詩の原語を覚えるのに四苦八苦する話が良く話題になる。

クリスマスイブの日曜日に忘年会をする物好きががいるかどうかは別にして、これから年末にかけて忘年会が目白押しの人もいるだろう。

そんな人にかくし芸ネタを一つ。

誰でも知っている有名なメロディーに乗せて、ベートーベンの「第九」合唱部分の「歓喜の歌」のサワリを原語で歌うこと。

ドイツ語歌詞

「フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン」

ここまで覚えて後は知っているドイツ語らしい単語を羅列すれば済む。

例えば

バウムクーヘン(お菓子)、ベッケンバウアー(サッカーのヒーロー)

ヒンデンブルグ(ドイツ大統領)、

エンゲルベルト・フンパーディリンク(歌手)・・・この辺になると古すぎる?

他にもたくさんある。  

菩提樹(リンデンバウム)とか。

あ!そうそう、肝心な人物?を忘れていた。

フランケンシュタイン

そして、愛ん手多淫、・・・失礼、変換ミスです、吾飲酒多飲、でも無く

アインシュタイン。

(カタカナ有名人を部分変換しようとするととんだしっぺ返しを食う)

 

でも肝心の「フロイデ シェーネル ゲッテルフンケン」の部分を覚えるのが舌を噛みそうで大変だって?

大丈夫。 今朝の日経が覚え方を指南している。

風呂出で(フロイデ)。

詩へ寝る(シェーネル)、

月照る糞犬(ゲッテルフンケン)

 

余裕があれば

蒸す(ムス)、愛ん(アイン)、利減る(リーベル)、負当てる(ファーテル)、忘年(ヴォーネン)!

もあわせて覚えるとウケること請合える。

ただしウケるコツはネタ晴らしが必要。

本地垂迹http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%9C%B0%E5%9E%82%E8%BF%B9%E8%AA%AC

                     ◇

春秋(12/24)

 喜びよ。美しき神の霊感よ――。年末のベートーベン「第九」が日本に定着した時期は、高揚感が国中を覆った高度成長期に重なる。だが人が友愛で支え合い生きる力を歌うシラーの詩は、自殺や虐(いじ)めが増える今の日本でこそ響かせたい。

▼東京向島の料亭の芸者衆の合唱団が、ドイツ語の歌詞の暗記で苦労したという85年の記録がある。そこで上智大独文科の学生だった吉井実奈子さんが“虎の巻”を考えた。たとえば冒頭はこんな調子。「風呂出で(フロイデ)。詩へ寝る(シェーネル)、月照る糞犬(ゲッテルフンケン)」。原意とはかけ離れているが人生を明るく楽しむ気持ちが伝わってくる。

▼今宵(こよい)クリスマスイブ。第九の最終楽章のように1年の最高潮のはずだが街の風景がどこか寂しげに映るのは気のせいか。仕事や育児、介護に追われ、孤独や鬱(うつ)病に悩む人の話をよく耳にする。出生率が落ち、日本の人口は半世紀後には1億人を割るという。国の将来に希望を抱けない気分のまま年は越したくない。

▼ここはひとつ「喜びの歌」を覚え、内籠(ご)もりの心の扉を開こう。人は皆独りぼっちではない。金銭だけが幸せの源ではない。シラーの原詩は「この星空の上に、愛する父なる神がきっと住んでおられる」と歌う。虎の巻版はこうだ。「蒸す(ムス)、愛ん(アイン)、利減る(リーベル)、負当てる(ファーテル)、忘年(ヴォーネン)!」。――楽しいイブをお過ごしください。

【蛇足】

テレビを掛けっぱなしで書いていたがフジテレビ「報道2001」のエンディングに稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」を流していた。

以前から気になっていたことだが、歌詞の冒頭で

「ク ・ リ ・ ス ・ マ ・ スキャロルの」というくだりが気に食わない。

「クリスマ」までのブツ切れ歌詞は我慢もしよう。

だが「スキャロル」(そう聞こえる) とは、一体どこの言葉だ!

 

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薬害肝炎訴訟団の主張に「理」はあるか?【追記】情に棹差した首相

2007-12-23 07:25:35 | 県知事選

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薬害肝炎和解協議 被害者要求に最大限配慮を

 なぜ原告側が命の線引き拒否にこだわるのか、福田康夫首相や舛添要一厚生労働相は理解していないようだ薬害肝炎訴訟で、舛添厚労相は20日、原告側が求めている「全員一律救済」を受け入れられないとの考えを示し、大阪高裁の和解骨子案を支持する方針を示した。
 「今日の案が政治決断だ」と舛添厚労相が示した案は、未提訴の患者800人を含め計1000人に総額約170億円を支払うという内容。「事実上の全員救済」と国は説明するが、原告側は拒否した。あくまで血液製剤の投与時期や提訴、未提訴と関係なく、原告一人一人の症状に応じて和解金を支払うこと、これが原告側が求める「一律救済」である
 大阪高裁は和解骨子案を示した際の所見説明書で「原告案は望ましい」とし、一方で「国・製薬会社側の格段の譲歩がない限り提示しない」という姿勢を示した。これはつまり、国・製薬会社側に解決のためのボールが投げられたと理解していいのではないか。そこに、政治決断の期待がかけられたはずだ。
 だが、政府内では「和解骨子案と矛盾した決断はできない」という慎重論が強く、それに押し切られた格好のようだ。
 舛添厚労相は再び薬害を発生させたことを反省し、謝罪した。まったくその通りだ。薬務行政の当たり前になすべきことをしていれば、薬害は最小限に抑えることができたはずだ。原告側のかたくなな姿勢は、国や製薬会社に猛省を促しているといえよう。
 政府内には一律救済を認めれば兆単位の予算が必要になるという推計があるようだ。原告の求めに応えられないのは、そういう計算も働いているに違いない。
 しかし国はよく考えてほしい。税金の無駄遣いについてである。会計検査院による2006年度決算検査報告によると、不正・不当な公金支出は薬務行政を所管する厚労省が最も多く62億円にも上る。その他の省でも10億円以上の巨額の無駄遣いが行われている。
 
一方で無駄をはびこらせ、他方で薬害肝炎被害者への補償金額を懸念して、命の線引きをするのは甚だおかしい。
 福田首相は20日夜の会見で、「高裁の判断があれば柔軟に対応する」と述べた。
 また、大阪高裁は21日、原告、国側双方の案を検討した上で、第2次和解骨子案を出す意向を明らかにした。
 これにより和解協議の完全決裂は回避された形だ。迅速な決着が望まれる裁判だけに、高裁のリーダーシップに期待したい。第1次案より踏み込み、原告側の要求が最大限配慮され、いっそう幅広い救済が実現するよう望む。

(琉球新報社説 12/22 9:49)

                                           ◇

なぜ原告側が命の線引き拒否にこだわるのか、福田康夫首相や舛添要一厚生労働相は理解していないようだ

この問題ほど情と理の境界をどのあたりに置くか迷う問題はない。

今朝の琉球新報政治面のトップには、

支持率急落に危機感  福田政権3ヶ月

と大見出しが踊っている。

支持率を回復するには、マスコミ論調に媚びた政策を取れば済む。

薬害肝炎問題は命に関わる問題だ。

「全員まとめて面倒見てやろう」と大見得を切れば福田首相の人気もうなぎ上りだろう。

かつて福田首相の父君福田赳夫元首相は、ダッカ日航機ハイジャック事件で、

「人命は地球より重い」と有名なセリフを発して、

犯人側の条件を飲み、身代金の支払いおよび、超法規的措置として囚人の引き渡しを行った。

だが、日本はテロリストにお金を持たして世界中にばら撒いたとして世界中の批判を受けた。

息子の福田内閣はマスコミの批判にも負けず、支持率急落にも負けず、じっと耐えている。

あくまで血液製剤の投与時期や提訴、未提訴と関係なく、原告一人一人の症状に応じて和解金を支払うこと、これが原告側が求める「一律救済」である

日本が三権分立を国是とする法治国家であれば、マスコミの福田批判は的外れである。

情緒めんめんたるマスコミ論調の典型は、下記信濃毎日・社説(12月22日)が分かり易い。

 薬害肝炎訴訟 国が歩み寄るしかない 
 「心からおわびをしたい」と言うのなら、福田康夫首相はなぜ薬害肝炎訴訟の原告の願いにこたえられないのか-。法律論と財源の問題に縛られた対応は、被害者の思いに寄り添えない今の政治の冷たさを印象づける。

 「全員一律救済」を求める原告と、血液製剤の投与時期によって責任を限定したい国の立場は隔たったままだ。だが、このまま決裂するのでは被害者の負担は増すばかりだ。国は薬害による被害拡大を率直に謝罪し、早期解決への手だてを尽くすべきだ。(略)

                      *
 

薬害肝炎・和解交渉決裂 首相縛った官の論理

(毎日新聞12月21日)

一方で無駄をはびこらせ、他方で薬害肝炎被害者への補償金額を懸念して、命の線引きをするのは甚だおかしい。

マスコミの論調は「命に線引きが出来るはずがない」という原告側の主張を全面的に後押ししている。

情にほだされて福田首相に「線引きせずに全員責任とってやれ」というのは容易いが、支払われる費用は国民の血税だ。

必要な分は国が補償しても、「当時(1985年8月)の医療水準では分からなかった患者」の分まで補償せよという要求は、いくら総理大臣といえども認めるわけにはいかないだろう。

日本は法治国家である。 法的責任の範囲で、「線引き」はなされるべきだろう。

この「当時の医療水準では分からなかった患者」のことを、マスコミは意識的に隠して、福田首相に政治的決断を迫っているのがマスコミ論調である。

マスコミは、前例になった場合の危険性、国の将来の危機については報道していない。

薬害肝炎訴訟全国弁護団 ホームページを読むと、

薬害肝炎九州弁護団弁護士の次のような談話がある。

「この薬害肝炎訴訟の中で、1人でも切り捨てを許すことは、実は、加
害に加害を重ねることだ。

国や製薬会社に1人でも切り捨てをゆるすこと、あるいは、裁判所に1
人でも切り捨てを許すような線引きをしようとすることは、犯罪である
ということを、私たちは多くの国民の皆さんに訴える」。

「全員救済」を国が認めてしまうと、覚せい剤の注射といった国に責任の有無が分からない患者まで補償する責任が生じかねない。

大阪の原告代表は、『この訴訟はウイルス性肝炎患者350万人の恒久対策を獲ち取るための闘いであるといいわれ、原告はその代表であると、私も肝に銘じて闘ってきました。』

情にほだされただけの理由で350万人もの患者を全員国が補償できるわけはない。

今回の薬害肝炎問題で論議の的になっているのは
C型肝炎である。

それまで、ウイルスが同定されなかった時期は非A非B型肝炎と呼ばれていた疾患の1つである。

それが1989年になって、この分野では先進国のアメリカでC型肝炎ウィルス発見されている。

アメリカのFDA(厚生省相当)ですら規制していなかった以前の肝炎まで全て「一律救済せよ」は無理である。

もう一つマスコミが意図的に指摘しない矛盾は、原告側が薬害を批判していながら、未承認薬の認証を早く求めていることである。

ついでにもう一つマスコミが敢て触れていないことはハンセン病の補償時の条件である。

ハンセン病の補償は、政府は裁判所の和解案に従っており、今回も政府は裁判所の和解骨子案に従っている。

その意味では裁判所はハンセン氏病補償も薬害補償も同じスタンスを示している。

この手の問題は国民の人気取りには絶好のテーマであり民主党などは、

「薬害かどうか認定が困難なので、C型肝炎全員を薬害認定し、すべて国が謝罪と賠償をせよ」と、原告の主張を丸呑みした主張をしているが、国の財政を無視した飛んでもない人気取りである。

                      *

知に働けば角が立つ。
情に棹差せば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかくこの世は住みにくい。
(夏目漱石・「草枕」)

これは、「理知」と「情」の狭間に苦しむ人間の悩みを表している。

福田首相や桝添厚生労働大臣の心境は今まさに

「知に働けば角が立つ。情に棹差せば流される」といった心境だろう。


今朝のフジTV「報道2001」は薬害肝炎問題を巡って町村官房長官と菅直人氏がバトルの予定らしい。

どうせ菅直人氏は情緒綿綿と「生命に線引きできない」と人気取りを演出するだろうが・・・。

【追記・1】  07:45

司法の判断に逆らって、政府が「一律全員救済」の前例を作った場合の危険性を、マスコミは意図的に指摘していない。

【追記・2】  13:30

薬害肝炎患者「一律救済」へ議員立法、首相が表明 

 福田康夫首相は23日午前、首相官邸で記者団に対し「薬害肝炎患者を全員一律で救済する」と述べ、薬害肝炎患者を一律救済するための法案を議員立法で今の臨時国会に提出する方針を表明した。

 首相によると、薬害肝炎訴訟の原告団による和解拒否を受けて、21日に与党に検討を指示。22日に幹事長・政調会長との間で方針を確認したという。

 首相は「公明党の了解も取っている。早く立法作業を進めてほしい」と語り、与党による法案具体化に期待を表明。「民主党とも当然話し合わなければならない。法案作成に加わってもらってもいいのではないか」と述べ、法案の早期成立に向けて与野党政策協議を実施することにも前向きの考えを示した。(日本経済新聞 12:04)

                                              ◇

テレビ朝日の「サンデープロジェクト」を途中から見ていたが、

田原総一郎氏が三権分立とは言っても行政の方が上に立つから、

福田首相は決断すべき、というようなことを言っていた。

【追記・1】で「司法の判断に逆らって、政府が「一律全員救済」の前例を作った場合の危険性を、マスコミは意図的に指摘していない。」、

と危惧していたらその3時間後に、

福田首相が「全員一律で救済する」と決断したニュースだ伝わった。

「人道上の問題」という言葉の前には、政治家もマスコミも一斉に、「理」を放棄して「情」に走る。

個人の行動として人間味があって結構だが、同じ行動を国歌の指導者が行ってよいものか。

殆どのマスコミと前野党の後押しだから、議員立法も難なく通るだろうが、

批判者がいないだけよけに、これが悪しき前例とならないかという懸念は依然として拭えない。

>民主党とも当然話し合わなければならない。法案作成に加わってもらってもいいのではないか

あれだけ「一律救済」を叫んでいたのだから反対するわけはないだろう。

だが、今後「司法の判断に逆らう時は議員立法で」ということになったら三権分立の崩壊に繋がることは無いのか。

福田首相は父親の後を継いで、「人命は地球より重い」という名言ははかなかったのだろうか。

とにかく、日本は法治国家であるという「理」を度外視すれば、

これで多くの人の命が救われるのならめでたいことには違いないのだが・・・。

 福田首相は結局「情に棹さす」ことになってしまったが、

日本国という「船」が流されないようにして欲しいものだ。

【再掲】

知に働けば角が立つ。
情に棹差せば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかくこの世は住みにくい。
(夏目漱石・「草枕」)


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教科書検定で「強制」の記述認めず 

2007-12-22 09:35:51 | 教科書

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  • 「強制」の記述認めず 教科書検定審 出版社が再修正(12月22日 朝刊)
  •  沖縄戦の集団自決での日本軍の強制性を巡る日本史高校教科書検定問題で、教科書検定審議会日本史小委員会は「強制」と明記した訂正申請の記述は認めず、教科書出版社が記述を再修正したことが、関係者の話で分かった。

     この問題で検定審は、複数の沖縄戦などの研究者の意見を書面で提出を求めた上で、集団自決には「複合的な要因」があったとの見解をまとめている。軍官民一体の沖縄戦で、軍が手りゅう弾を渡したり、教育訓練で捕虜になることは許されないなどの感情を植え付けたりしたことがあった一方で、直接的な軍命令があったとする証拠は確認されていないとの内容だったとみられる。

                                                ◇

    おめでとう!

    教科書問題における「軍命なし派」の完全勝利である。

    このニュースを伝える地元新聞のウェブ記事更新は遅いので中日新聞を引用したが、むしろ余分な感情を排して少なくとも琉球新報記事よりは分かり易い。

    今朝の琉球新報は一面で、

    <集団自決 検定>   

    「強制」外しで調整

    文科省調査官  教科書会社  表現大幅後退も

    と報じているが、何かもう一つ諦めが悪い印象だ。

    今までの異常ともいえる「教科書検定意見撤回」運動の大キャンペーンの手前、引っ込みが付かない気持ちも分からぬではないが・・・。

    その点中日新聞の報道の方が冷静に現実を受け止めて報じている。

    タイムスも新報も厳粛に現実を受け止めるべきである。

    >教科書検定審議会日本史小委員会は「強制」と明記した訂正申請の記述は認めず、教科書出版社が記述を再修正したことが、関係者の話で分かった。

    簡単なことで、教科書に軍の強制と明記した記述は認めない、・・・ということは「軍命あり派」の完全敗北ということになる。

    >複数の沖縄戦などの研究者の意見を書面で提出を求めた上で、集団自決には「複合的な要因」があったとの見解をまとめている。

    >軍官民一体の沖縄戦で、軍が手りゅう弾を渡したり、教育訓練で捕虜になることは許されないなどの感情を植え付けたりしたことがあった一方で、直接的な軍命令があったとする証拠は確認されていないとの内容だったとみられる。

    結局、沖縄戦の専門家に意見を求めても、

    「軍命あり派」の唯一の証拠とされる「手りゅう弾」配布を検証しても、

    当時の軍国教育を考慮しても、

    直接的な軍命令があったとする証拠は確認されていないということ。

    だとしたら「軍命、強制」を削除した「検定意見書」は従前どおり効力を発したことになる。

    あれほど世間を騒がした教科書検定意見撤回」運動が、

    潰え去った瞬間だ。

    国を貶める運動に狂奔した勢力の完全敗北である。

     

    文科省の皆さん、

    教科書検定審議会の皆さん、

    サヨクの執拗な圧力を配して毅然と正論を貫き通したことに敬意を表します。

     

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    「集団自決」・碑文が真実を語っている 軍命めぐり最終弁論

    2007-12-22 08:01:30 | ★集団自決

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    沖縄タイムス 2007年12月21日(金) 夕刊 1面  

    軍命めぐり最終弁論/「集団自決」訴訟

    大阪地裁3月にも判決
     沖縄戦時に慶良間諸島で相次いだ住民の「集団自決(強制集団死)」をめぐり、島に駐屯していた部隊の元戦隊長とその遺族らが、作家・大江健三郎氏の「沖縄ノート」などの著作で名誉を傷つけられているとして、大江氏や岩波書店に出版の差し止めや慰謝料などを求めている訴訟は二十一日午後、大阪地裁(深見敏正裁判長)で最終弁論が始まった。
     原告と被告の双方がこれまでの主張をまとめた最終準備書面を提出。法廷で代理人がそれぞれ十五分ずつ、要旨を陳述した。提訴から約二年五カ月の審理を経て弁論は同日で終結し、来年三月には判決が言い渡される見通し。

     これまでの審理で原告側は、自決命令を否定する元戦隊長らの名誉回復訴訟と位置付け、戦隊長による個別の命令について事実の立証を要求。被告側は、当時の状況から軍隊による強制や命令があったのは明らかで、戦隊長による命令も数多くの資料から真実だと反論。判決が「集団自決」の事実にどこまで踏み込むかが焦点となる。

     訴えているのは、座間味島駐屯部隊の戦隊長だった梅澤裕氏(91)と、渡嘉敷島の戦隊長だった故赤松嘉次氏の弟の秀一氏(74)。「沖縄ノート」や故家永三郎氏の著作「太平洋戦争」で、住民に「集団自決」を命じたと記され、両元戦隊長の名誉とともに、秀一氏が兄を慕い敬う「敬愛追慕の情」が侵されている、としている。

     弁論に先立ち、傍聴抽選が行われ、六十四枚の傍聴券を求めて百七十八人が並んだ。

     宜野湾市から傍聴に訪れた平和ネットワーク会員の外間明美さん(41)は「沖縄戦の実相を住民からみれば、軍によって多くの被害をもたらされ、命を失うところまで追いやられたのは明らか。被告側は幾つもの新証拠で示している」と指摘し、「裁判所は、それを踏まえた判決を書いてほしい」と話した。

                                                  ◇
     
     >被告側は、当時の状況から軍隊による強制や命令があったのは明らかで、戦隊長による命令も数多くの資料から真実だと反論。

    沖縄タイムスが次々と紹介した一連の資料で軍の命令や強制を客観的に証明できるものは皆無であり、いずれも被告側が情緒的に証拠として思い込んでいるに過ぎない。

    裁判が客観的証拠・証言を元に論理で戦う場であるとしたら、この裁判は原告勝訴が客観的見方だろう。

    >判決が「集団自決」の事実にどこまで踏み込むかが焦点となる。

    裁判官の資質にもよるが、裁判官が結論を出すのを躊躇して、「軍命、強制の有無」をあいまいにしたま、「名誉毀損の有無」のみに絞った判決が出るのを危惧する。

    >沖縄戦の実相を住民からみれば、軍によって多くの被害をもたらされ、命を失うところまで追いやられたのは明らか。

    >被告側は幾つもの新証拠で示している。

    「軍によって・・・命を失うとこまで追いつめられたのは明らか」というのなら証拠が必要だが、「幾つもの新証拠」の中にこれを立証できる客観的証拠は一つもない。

    ■琉球新報の「声」欄■

    教科書問題と係争中の裁判は、「集団自決」の軍命の有無については表裏一体をなす。

    琉球新報は中立を標榜するアリバイ作りのためか、時折自社論調に真っ向から反論するような読者の声を掲載する。

    「教科書記述」に関し、昨日の琉球新報オピニオン面に那覇市在住の公務員Mさんの「万難排し軍命挙証を」と題する読者の「声」が掲載された。 

    <(略)・・沖縄戦の専門家を自負され、旧日本軍の命令・強制はあったと主張される県内外の国私立大学の諸先生方は、万難を排して挙証責任を果たさなければならないはずだ。 それが不可能なのであれば、「検定意見を撤回せよ」を撤回するしかない。>

    係争中の「裁判」でも軍の命命・強制の有無の挙証責任は大江・岩波側にあるはずだ。

    「旧日本軍の命令・強制はあったと主張される県内外の国私立大学の諸先生方」は、裁判では被告大江・岩波側を支援している。

    Mさんが指摘するように、教科書問題と同様に裁判においても、「彼ら」は万難を排して挙証責任を果たさなければならないはずだ。

    だが結審を迎えても未だに「彼ら」は挙証責任を果たしていない。

    つまり次々出てくる「新資料」「新証言」はいずれもピントはずれで、客観的論証に耐えるものはないのだ。

    ということは来年3月28日といわれる判決の結果は自明だと思われるのだが。

    ■曽野綾子氏が語る慰霊碑・碑文の真実■

    渡嘉敷島の戦隊長だった故赤松嘉次氏が、

    集団自決の慰霊祭に参列のため沖縄訪問した時、沖縄の左翼団体の猛抗議で渡嘉敷訪問を阻止された話は良く知られている。

    その赤松氏を『屠殺者』として断罪した『沖縄ノート』やその種本になった『鉄の暴風』を伝聞による物語だとして批判した曽野綾子氏に対して、地元マスコミの論調を見る限り、渡嘉敷島の住民は決して快く思ってはいないだろうと想像しても不思議はない。

    ところが地元マスコミの報道とは裏腹に渡嘉敷島の住民は曽野氏の「集団自決」の聞き取り現地調査に対して敬意を払っていた。

    何と「集団自決」の慰霊碑の碑文は曽野氏が書いていたのだ。

    曽野綾子氏は碑文を依頼された時の事情を雑誌『will』1月号で、次のように書いている。

    <・・・この連載(「集団自決の真実」)が『諸君!』に連載され、本になった後、いつのことか私は時期も詳しくは知りませんが、渡嘉敷島に慰霊塔が建てられることになったようです。 私は今でもその碑を見たことさえありませんが。

    その時、村から、その碑文を私に書くように、と言って来たのです。 私は当事者ではないし、そんな資格もないと思ってご辞退したのですが、それでも、と言われたのは、私が文章を書き慣れているからだと思われたのだろうと思ってお引き受けしました。

    その際私は「あったことの事実のみ」と「自決は家族への愛からであった」という意味の一言を書きました。

    もし、村の大半の人々に私が既に出版していた『「集団自決」の真実』への反感があったら、その碑文を書くことを私に依頼して来ることはないだろうと思います。

     

    ■碑文が語る真実■

    昭和25年、『鉄の暴風』(沖縄タイムス)が出版され、それを鵜呑みにした『沖縄ノート』(大江健三郎)が、その20年後に出版された。

    二つの本は渡嘉敷、座間味両島で起きた「集団自決」は赤松、梅沢両隊長の命令或いは強制であると断罪した。

    『沖縄ノート』出版の後、雑誌連載を経て二年後に曽野綾子著『「集団自決」の真相』(ある神話の背景)が出版された。

    地元マスコミは「集団自決」は「集団自決」は軍の命令、強制によるものと主張し犯人を梅沢、赤松両隊長と断定した。

    地元マスコミは、これに反対する意見は「沖縄県民を敵に廻す」といった風潮を造り上げた。

    事実、『鉄の暴風』や『沖縄ノート』を一貫して批判してきた当日記に対しても、

    沖縄県民と見られる読者から「沖縄県民のくせに云々」とか、

    「仲間を裏切る気か云々」と理屈にならない理由で罵詈雑言のコメント受けたりもした。

    このような風潮では「軍命説」に最初に異論を述べた曽野綾子氏などは県民、いや少なくとも「集団自決」の現地・渡嘉敷島住民にとっては、憎悪の対象となっても不思議ではないはずだ。

    ところが渡嘉敷住民は「集団自決」の慰霊碑建立にあたり碑文を、

    「味方」のはずの大江健三郎には依頼せずに、

    「敵」であり憎悪の対象であるはずの曽野綾子氏に依頼している。

    「県民の10人に1人が参加した」といわれる「県民大会」にも渡嘉敷島から参加した人は僅かで、

    それも「集団自決」を指導したといわれる当時の古波蔵村長の縁の人たちだけだったという。 

    地元マスコミが造り上げた「現地の人々は曽野氏に反感を持っている」といったミスリードが真実でないことは曽野氏が書いた碑文が証明している。

    つまり沖縄タイムスを始めとする地元マスコミにミスリードされているのは本島の「沖縄県人」であり、

    現地の人々は「真実」を知っている。

    もう一度曽野綾子氏の言葉を引用する。

    <もし、村の大半の人々に私が既に出版していた『「集団自決」の真実』への反感があったら、その碑文を書くことを私に依頼して来ることはないだろうと思います。>

    碑文が真実を語っている。

     

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    平和主義が戦争をもたらす 合成の誤謬

    2007-12-21 06:40:34 | 普天間移設

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    ■風邪が吹けば桶屋が儲かる■
     
    バターが品薄になったとテレビは報じていた。
     
    牛乳が売れなくなり、折角絞った牛乳を廃棄処分するニュースを見てもったいないと思ったのも記憶に新しいが、牛乳の廃棄は牛乳の需要の低迷だという。
     
    畜産農家が牛乳の生産調整を行い、それがバター不足の原因だという。
     
    畜産農家が真面目に努力して牛乳の生産拡大した結果が、生産過剰、⇒そして生産調整、⇒めぐり巡ってバター不足とは皮肉なものだ。
     
    まるで落語のネタではないか。
     
    「風が吹けば桶屋が儲かる」を連想した。
     
    連想ついでに遠い昔学んだ経済学の需要と供給、とか「合成の誤謬」といった経済用語を想い出した。
     
    もう一つの真面目な努力の皮肉な結果の例、つまり「合成の誤謬」を、めったに見ないNHKの特集番組で見た。
     
    先日のNHKスペシャル「ワーキングプアⅢ解決への道」で、
     
    韓国政府が非正規社員の増加対策として、「非正規社員保護法」を立法した例を紹介していた。
     
    その名の通り非正規社員を保護する目的の同法の趣旨は、
     
    「企業は二年間非正規社員を雇用したら正規社員にしなければならない」という非正規社員にとってありがたい法律のはずだった。
     
    だが、結果は逆であった。
     
    大量の非正規社員を抱える韓国の有名百貨店は同法の施行の前に急遽300人もの非正規社員を解雇したというのだ。
     
    番組では解雇された非正規社員のデモの様子を伝えていた。
     
    個々に見れば非正規社員に有利なはずの法律も全体で見れば思わぬ結果をもたらすという点で、この例も「合成の誤謬」を連想させた。
     
    同番組のテーマである「ウォーキングプア」や「格差社会」については脱線すると困るのでこのサイト「※NHKスペシャル「ワーキングプアIII 解決への道」の感想こはちら」に譲るとして、
     
    ここでは「合成の誤謬」について述べてみたい。
      
     ■合成の誤謬■
     

    合成の誤謬(fallacy of composition)とは、経済学用語でミクロの視点では正しくても、マクロの世界では、かならずしも意図しない結果が生じることを意味する。

    冒頭の例で個々の畜産農家が牛乳の増産に努力することはミクロの視点では正しいが日本の経済全体というマクロの視点で言うと生産過剰が価格を下げ、結局努力の結果を廃棄する羽目に陥ることにもなる。

    念のため昔学んだサムエルソンの『経済学』の合成の誤謬の説明を見ると次のようになっている。

    「もしすべての農民が精出して働き、自然がこれに協力して、方策が得られるならば、農家所得の総額は下がるであろう」

    個々の農家は精出して働いた結果が、所得の増加ではなく所得の減少という意図しない事実に終わる事を言うのである。

    要約すると「一部分において真であることが、そうであることだけのゆえに、全体においても必然的に真であると錯覚することを合成の誤謬」と呼ぶ。

    Fallacy of composition: A fallacy in which what is true of a part is, on that account alone, alleged to be also true on the whole.
     

    ケインズは「貯蓄は個人を富ませるが、社会全体を貧困にする」と主張して倹約・貯蓄といった日本古来の美徳に水をさした。

    ここで念のため断っておきたいが、昔のあいまいな記憶を頼りにここで経済学のウンチクヲ傾ける意図は無いし、そのため長々と「合成の誤謬」を解説してきたわけではない。

    合成の誤謬は経済学のみならず他の社会学、特に「平和論」にも応用できると思うのだ。

    ■平和主義の「合成の誤謬」■

    反戦平和といえば左翼勢力の専売のようにマスコミは喧伝するが、左右を問わず戦争を好む人はいないだろう。

    反戦平和に固執したあまりに結局はそれが世界大戦の原因になったことを歴史は教えてくれる。

    1936年、天性の侵略者ヒトラーがベルサイユ条約を踏みにじって独仏の中立地帯ラインラント進駐した。

    フランスの安全はドイツによってのど元に匕首(あいくち)を突きつけられた状態になりながら、フランスは反撃のために立ち上がることをしなかった。

    当時のフランスは現在の日本のような平和ボケ状態にあり、空想的平和主義が跋扈し戦争反対や、いかなる理由でも軍隊を動かすことには反対する運動が盛んだった。

    フランス政府は反戦平和の国内世論に怯えてヒトラーの暴挙を拱手傍観していた。

    同じような態度はイギリスにも見られ、このような各国の早期防衛に踏み切れない「平和主義」が、結局はヒトラーの世界征服の野望の後押しをする結果となった。

    この辺の事情を小室直樹は「第二次大戦は『平和主義』の捲き起こした戦争である」と喝破している。

    小室先生に言わせると「無防備地域宣言」に狂奔する平和主義者たちは「戦争愛好者」に見えるのだろう。
     

    無防備平和条例:札幌市会総務委、全会一致で否決 /北海道

     「無防備平和条例」制定の直接請求について、札幌市議会総務委員会は10日、全会一致の反対で否決。上田文雄市長は市民約4万人の署名を重く受け止め、08年度に「平和事業担当」を新たに設置する考えを示した。

     同条例案の元となるジュネーブ条約追加第1議定書では、「無防備地域」を宣言するには、戦闘員や兵器などの完全な撤去など4条件を満たすことになっている。上田市長は反対理由について「(防衛政策に関する事務について)私の権限では4条件を満たすことができない」と述べた。【内藤陽】

    http://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20071211ddlk
    01040188000c.html


    毎日新聞 2007年12月11日

     わが国は平和主義の立場から「武器輸出三原則 」を掲げて事実上武器の輸出を行っていない。

    戦争に繋がるとも思える「武器輸出」が実は自国の防衛に貢献するという論がある。

    これもある意味「合成の誤謬」といえるが、これについては稿を改めて触れてみたい。

    空想的平和主義が戦争の原因であると思う人、
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